< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ドシュゥゥゥゥゥ!!

 

 アカツキのアサルトピットを貫こうとした錫杖は・・・

 

 

 

 夜天光の左腕ごと、地面へと落ちていた。

 

 

 

 

『・・・熱血は自分には似合わない、確かそうおしゃってましたよね?』

 

『なに、熱血もたまには悪くないな、と今は思ってるよ。

 まさか千沙君に助けて貰えるとは、夢にも思わなかったしね。

 ほんと、女神様に見えちゃう。』

 

『・・・私に止めを刺して欲しいのですか?』

 

 油断無くライフルを構えながら、千沙君の雷神皇が両手を失った夜天光を牽制しつつ。

 半壊状態のアカツキのエステバリスに話し掛けていた。

 

 

 

 

 

 

『ちぃ!! 何なんだコイツ等の動きは!!』

 

『本当、信じられない機動をするね!!』

 

 六連に囲まれながらも、致命傷を受けずに戦闘を続けるエステバリス隊。

 予備知識も無しでよくあの機動に付いていけるものだ。

 ・・・さすが、ナデシコクルーという事か。

 

『・・・初対決で傀儡舞にそこまで対応出来れば大したものだよ、ガイ、ヒカル。』

 

『その声は!!』

 

『万葉ちゃん!?』

 

 二人に襲い掛かろうとしていた六連の内の二機を、ライフルで牽制しながら万葉ちゃんが参戦する。

 その後に続くように、俺達も愛機に乗って戦場に次々と到着した。

 ちなみに、俺は三姫ちゃんと相乗りだ。

 ・・・理由は簡単、俺の乗る機体が無かったからだ。

 

『ははは、最後の大舞台には間に合ったみたいだね!!

 御剣 万葉、及び優華部隊プラスおまけ、只今推参!!』

 

 嬉しそうに笑いながら、自分に襲い掛かってくる無人兵器達を撃ち落す万葉ちゃん。

 

『あああああ!! 万葉ちゃんが一番美味しい役を持ってった〜!!』

 

 拗ねた口調で文句を言いながらも、万葉ちゃんのサポートをこなす百華ちゃん。

 

『百華・・・こういうのは先に言ったもの勝ちなのよ。』

 

『そんな身も蓋も無い事を言わないで下さい、飛厘・・・それより月臣様は何処ですか?』

 

『飛厘さんの事を言えませんね、京子さんも。

 まあ、北ちゃんも無事みたいだし、良かった・・・』

 

 飛厘ちゃん、京子ちゃん、零夜ちゃんがそれぞれの感想を述べている。

 俺はそれを聞きながら、万葉ちゃんの先程の台詞について考えていた。

 

『本当にね。

 それより、プラスおまけって・・・もしかして、三郎太さんの事なの、万葉?』

 

 ・・・いや、その発言について怒るべきは俺であって。

 君じゃないと思うんだけど、三姫ちゃん?

 って、言葉にして言えないんだよね。

 

 だって、後が怖いし・・・

 

『まあまあ、その場の勢いだよ、三姫。

 それに・・・今までの鬱憤を晴らす相手には事欠かないよ。』

 

 そう、辺りを見渡せば・・・全て無人兵器

 その大群に包囲された状態なのが、俺達とナデシコのエステバリス隊だった。

 

 

 

 

 

 

『・・・優華部隊、か。

 何故、おぬし達がこの場に居る?

 いや、それより氷室の命令を無視するとは、反逆罪を問われてもいいのだな?』

 

 両手を失っても、余裕を感じさせる声で俺達に話し掛けてくる北辰。

 今は、千沙君とアカツキから距離をとり、上空の俺達を眺めている。

 

『残念ながら、私達優華部隊に命令をする事が出来る御方は唯一人!!』

 

 そんな夜天光を睨み付けながら、千沙君が叫ぶ。

 

『・・・まさか。』

 

 初めて北辰の声に動揺の響きが混ざる。

 そして千沙君は楽しそうに笑いながら、北辰に向けて言い放った。

 

『大罪人は・・・貴方達よ。』

 

 そして戦場に響き渡る、最後の登場人物の声。

 

 

 

『東 舞歌、黄泉路より生還して参りました!!

 草壁 春樹、及び北辰!!

 貴方達を国家反逆罪で逮捕します!! 』

 

 

 

 

 

 

 

 舞歌様の発言により・・・初めて草壁の通信がこの戦場に発信された。

 さすがに舞歌様の登場は無視出来なかったらしい。

 

『私を反逆罪で逮捕する、だと?

 冗談にしては笑えんな。

 それ以前に、お前が東 舞歌だという証拠が何処にある。』

 

 何時もの落ち着いた口調で舞歌様を責める草壁。

 だが、その周囲を取り巻く木連軍人達の動揺は激しいようだ。

 現に舞歌様の旗艦には、続々と真偽を問う通信が入っているのが伺える。

 

『・・・私は貴方が戦力を補充している間、和平派の人達と接触していました。

 勿論、表立って私が動けば、北辰に見つかる可能性は高かった。

 そこで先に行方を晦まして貰っていた高杉君に頼んで、西沢さんと連絡を取って貰ったのです。

 既に西沢さんの協力を得て、私の死の真相を木連で表明しました。

 私の生存については、既に木連では認められた事!!

 そして!!

 既に貴方の非道な行いは、木連の人間全てが知る事!!

 己が野心の為に、木連を食い潰す大罪人よ!!

 最早貴方に帰るべき地は無いと知りなさい!!』

 

 そう、今まで俺は三姫ちゃんを伴って、木連の内部に隠れていたのだ。

 そして舞歌様の密書を持ち、四方天の一人―――西沢殿と連絡をつけ。

 死んだ事になっている舞歌様との会合を設定したりしていた。

 

 舞歌様は氷室殿の正体を知っていた。

 いや、この和平会談の前に、氷室殿から告げられたそうだ。

 そして、氷室殿と草壁の関係も・・・

 でもさすがに、草壁が舞歌様の暗殺を考えている事を聞いた時は驚いたそうだ。

 そこでこの暗殺劇を逆手に取る事を考えついた。

 しかし、それはナデシコに白鳥少佐が和平使者として赴く直前だった。

 全てにおいて時間が無く、また作戦としては不備が多かった。

 その為にナデシコ側には正確な説明をする事を断念した。

 

 唯一理由を知る飛厘ちゃんが、イネスさんに頼んでCCを都合して貰い。

 優華部隊で一番ボソンジャンプの精度が高い万葉ちゃんにCCを手渡し。

 万葉ちゃんは、あらかじめ決められていた脱出ポッドに先に乗り込み。

 氷室殿の手によって、仮死状態になった舞歌様を連れて脱出ポッドからジャンプをしたのだ。

 勿論、タイミングを間違えれば二人の死は確実だった。

 予定されていたポイントに漂う二つの宇宙服を見た時は、俺も胸を撫で下ろしたもんだ。

 

 ・・・二人の迎えも、俺がしたんだよな。

 

 しかし、今回の仕掛けを俺達だけでこなした本当の理由は別にある。

 実は優華部隊の誰かが・・・スパイの可能性があったのだ。

 それが誰なのか、詳しい事は分からない。

 ただ、北辰と草壁の会話を聞いていた氷室殿が、そのスパイの存在を言外に感じ取ったのだ。

 もしかするとあの二人の考えた嘘かもしれないが・・・

 舞歌様にも、スパイの存在に思い当たる節はあるそうだ。

 

 そうなると、この計画の重要性を考えると、とても下手な博打はうてなかった。

 親の代から東家に仕えている飛厘ちゃんは、潔白だと判断された。

 三姫ちゃんは・・・まあ、俺の判断で同行してもらった。

 惚れた弱味と、俺が側にいれば責任は全て俺自身でとる事が出来るから。

 万葉ちゃんは、計画の要と言える存在なので、最後までその身辺調査をしていたのだ。

 その結果―――万葉ちゃんも『白』だった。

 

 そして、結局他の優華部隊の隊員に計画を話す事無く・・・この作戦は実行された。

 この事は、きっと後々まで問題になるだろう。

 だが、少なくとも・・・今はそのスパイも大人しくしているようだ。

 

 優華部隊の戦いを見ながら、俺はこの事を俺と舞歌様に告げた時の氷室殿を思い出す。

 

 氷室殿は草壁の本心を知る事は出来ないと言っていた。

 草壁の本心が分かれば、もっと他に手のうちようがあったかも知れないが。

 所詮、自分は草壁にとって使い捨ての道具なのだから―――

 ・・・と苦笑をする氷室殿の顔が忘れられない。

 

 取り合えず、以上の理由により・・・

 俺は秋山艦長には何も説明をせずに、艦から抜け出したのだ。

 無事に帰れたら、きっとまた殴られることだろう。

 舞歌様が何故この役に俺を選んだのかは謎だ。

 多分、面白半分ではないと・・・思いたい・・・

 

 しかし、今回の任務のおかげで益々三姫ちゃんに逆らえなくなってしまったな。

 だって、隠れ家として俺は三姫ちゃんの実家に居候していたんだし。

 ・・・御両親にはしっかり紹介されちゃったし。

 

 秋山艦長、俺は我が身を犠牲にして和平に尽くしたんです。

 そこらへん、酌量の余地を考えて下さいね?

 

『ふん、反逆罪ときたか・・・その罪を問うのなら、舞歌よ。

 貴様の方が先だろうが。

 これまでの行い、まさか忘れたとは言わさんぞ。

 もっとも、それより先に解決しなければならない問題があるがな。』

 

 そして横にスライドする通信画面・・・

 そこに映ったのは―――氷室副官だった。

 

 

 

 

 

 

 

『氷室君!! そんな!!

 予定では既に逃げ出していたはずよ!!』

 

 舞歌様の驚きの声が響く。

 そう・・・予定では、この段階の前に氷室殿は脱出をしていた筈だったのだ!!

 

 そして、舞歌様の声に反応したように、新城が氷室殿に拳銃を突きつけようとするが・・・

 

  ダン!!

 

『くっ!!』

 

 既に拳銃を構えていた氷室殿の一撃により、新城は自分の腕を撃ち抜かれ拳銃を取り落とす。

 騒然となる嵯峨菊のブリッジの中で・・・氷室殿と草壁の視線がぶつかり合った。

 無言のまま、草壁に拳銃を向ける氷室殿。

 そしてこれだけのピンチに陥ろうと、微塵も動揺の気配を見せない草壁。

 

 ・・・流石、ここまで木連を引っ張ってきた漢だな。

 

 嵯峨菊のブリッジのクルー達も、氷室殿の隙の無い構えを見てその場を動けずに固まっていた。

 そして無言のまま時間が幾許か過ぎていく。

 

『・・・どうした、撃たないのか?』

 

『一つだけお聞きしたい事があります。

 私は本当に閣下の・・・いえ、閣下にとって私は何だったのですか?』

 

 搾り出すような氷室殿の問に・・・

 

『聞いてどうする?

 今更、己の出自に執着するとは・・・最後の最後まで、私を落胆させる。

 それが私からの答だ。』

 

『っ!! 私の事はどうでもいい!!

 それでも母は―――!!』

 

 氷室殿が拳銃を構え直した瞬間。

 

  ドゥンンンン!!

 

 氷室殿の右腕が半ばから爆ぜた。

 

『見苦しいぞ、氷室。』

 

 一瞬の隙を突き、氷室殿を撃ったのは・・・

 何時の間にかクルーの影に隠れていた南雲だった。

 

 そしてその場で腕を抑え膝を付く氷室殿を狙ったまま、南雲は視線で草壁に問う。

 俺は歯を食いしばってその光景を見てた。

 

 ・・・見ている事しか、出来なかった。

 

『・・・何か言う事があるか、氷室よ。』

 

 草壁の言葉を聞いて、少しの間目を閉じた後。

 氷室殿は腕を抑えたまま立ち上がり、真っ直ぐに舞歌様を見つめた。

 誰にでも分かる、既に覚悟を決めた目で・・・

 

『はっきりと・・・閣下の言葉を聞くのが恐くて、ここまで結果を延ばしていました。

 馬鹿な男ですね、我ながら。

 この歳になってまで、こんな事を引き摺るのですから。

 もっと早くに吹っ切れるか・・・舞歌様に出会っていれば・・・いや、今更な愚痴ですね。』

 

 今まで見た事の無い、清々しい顔で笑う氷室殿から俺は顔を背けられなかった。

 この人は・・・どんな想いを抱いて今までを生きてきたのだろうか?

 

『優華部隊は私の一存で木連に残しました。

 舞歌様の手助けになると、判断をしましたので。

 そして、優人部隊を捨て駒にさせない為。

 自分の過去を清算する為に・・・私はこの場に残ったのです。

 ですから、それ程気に病まないで下さい。

 全て自分の判断で行なった事ですから。』

 

 優しく微笑みながら、俺達を見回す氷室殿に・・・

 俺も優華部隊も皆も、何も言えなかった。

 知らなかった、これ程までに氷室殿が俺達の事を気に掛けていたなんて。

 

『だからって!! その場に残る事は―――』

 

『舞歌様・・・貴方は日陰者の私には眩し過ぎた。

 そして、私の生き方すら変えてしまうほど素晴らしい女性だ。

 あの士官学校での日々は、私にとって一番の思い出です。

 色々と伝えたい事、話したい事があります。

 でも、今言える事はこれだけです。

 ―――必ず、生き残って下さい、何があっても。』

 

 南雲が拳銃を氷室に突き付けたまま、草壁の顔を見る。

 

 そして、草壁は無表情のまま・・・頷いた。

 

 

『氷室君!!』

 

                    ――――――ズドン!!

 

 

 舞歌様の叫びと、拳銃の発射音は同時だった。

 氷室殿の額に穴が開き、そのまま身体が崩れ落ちる。

 しかし・・・最後まで、氷室殿の顔は優しく微笑んでいた。

 

 俺達に舞歌様を頼む、と言ってるように。

 

『女の色香に迷い、大義を見失ったか・・・愚か者が。』

 

『草壁・・・春樹!! 貴方って人は!!!!!!』

 

 

 

 

 舞歌様の叫びが、混乱を増す戦場に響き渡った。

 一体、どれほどの犠牲を生めば―――この愚かな戦いは終わるのだろうか?

 声を殺して泣く三姫ちゃんを慰めながら、俺は草壁を睨み付けていた・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十六話 その3へ続く

 

 

 

 

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