< 時の流れに >

 

 

 

 

 

第一話.ホシノ ルリの私生活

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジリリリリリリリリリリリ!!!!

 

 

 ・・・頭の中に響き渡るベルの音に、小声で愚痴を呟きながら私は起き出します。

 どちらかというと低血圧気味な私は、耳元で騒ぐベルを止めた後もベットの上で座り込んでしまいます。

 2年前から一度も切っていない瑠璃色の髪が、肩を滑って自然に背中に回っていきます。

 その髪の動きを見るとはなしに見ながら、私は今日の授業のスケジュールを思い出していました。

 

「・・・」

 

 まだ、正常には動いていないみたいです、私の頭の中・・・

 数秒の間、焦点のあわない目でカーテンを見た後、やっと私の頭が活動を始めました。

 

 あ、確か二時間目には体育があったはずです。

 これは今日の朝食を抜く事は致命的でしょう。

 ・・・なにしろ今の肉体年齢は15歳、育ち盛りなんですし。

 

「・・・眠いです、徹夜には強いのですけど。

 昨日、ラピスとダッシュの遊び相手をして、夜更かしをしすぎましたか」

 

 ここで一つ大きな欠伸が・・・

 

 動き出さなければいけないと、頭では分かっているのですが、ね。

 

 どうして、学校が始るのは朝からなのでしょうか?

 どうせならお昼からにしてくれればいいのに。

 

 ―――ベットに転がり込みたい誘惑に耐え、私は着替えを始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルリさ〜〜〜〜〜ん!!

 学校に行きましょう〜〜〜〜〜〜〜〜!!

 ・・・ついでにラピスも」

 

 玄関に何時もの声が響き渡り、私は登校時間が余り残されていない事を知りました。

 リビングのテーブルで椅子に座りながら、トーストを一生懸命食べていたラピスがその大声に驚いて喉を詰らせています。

 

「・・・」

 

    ガチャッ

 

 目を白黒させているラピスを苦笑をしながら見た私は。

 無言で冷蔵庫から牛乳のパックを取り出し、コップに入れて目の前に置いてあげました。

 

 そして差し出された牛乳を飲み干し、何か物騒な事を呟きながらラピスも学校に行く準備を整え出します。

 目の前を駆け足で自分の部屋に向かうラピスの薄桃色の髪には・・・アキトさんに貰ったヘアバンドがありました。

 ・・・昨日は久しぶりに皆さんが揃いましたからね、少し感傷を引き摺っているのでしょう。

 

 ―――それは私にも言えることですが。

 

 私はラピスより先に、既に用意をしていた通学カバンを手に持ち玄関に向かいました。

 直ぐにラピスも自室から飛び出してくる筈です。

 

「おはよう、ハーリー君。

 何時も注意をしてますけど、玄関前で大声で騒がないで下さいね。

 まだユリカさんは寝ているのですから。

 ・・・それと、今日は彼女と一緒じゃないのですか?」

 

       ゴスゥ!!

 

 私の朝の挨拶を聞き、その場でミスマル家の門扉に頭突きを入れるハーリー君。

 一瞬、揺れましたね・・・この巨大な門が。

 

 学校指定の革靴を履きつつ、私は相変わらずのハーリー君の頑丈さに関心をしました。

 そう言えば衣替えがあったので、今日から制服は夏服です。

 昨日の『アキトさんへの報告会』も、6月とは思えない気候でしたからね良いタイミングです。

 

 ブレザーのリボンを玄関に飾ってある姿見でチェックをしている間に、ハーリー君が自爆から復活をしました。

 ・・・ふむ、どうやらリボンに変な歪みは無いようです。

 ツインテールにしている髪も綺麗に纏まっていますね。

 

「・・・キョウカさんは、別に僕とは何の関係も無いんですってば〜

 あれほど説明したのに、どうして信じてくれないんですか!!」

 

「ふ〜ん、じゃあキョウカちゃんにそう伝えておくね♪

 また泣いちゃうだろうな〜、キョウカちゃん。

 大好きなハーリー君にそんな事言われちゃうとね」

 

 何時の間にか私の背後に来ていたラピスが、ハーリー君の台詞を聞いてそう返事をします。

 小学校には指定の制服が無い為、今日はお気に入りのワンピースをラピスは着ています。

 

 そんなラピスの目には、先程の事件に対する復讐の炎が燃え盛っています。

 余程苦しかったのでしょうね。

  ・・・まあ、ハーリー君が自分で犯したミスですから。

 私が庇う必用も無いでしょう。

 

 しかし・・・ラピスも今ではランドセルが似合いますね。

 最初に見た時は、違和感が凄かったですが。

 何しろあのユリカさんでさえ何と言っていいのか分からない、と顔に出てましたから。

 

 憮然とした表情のラピスと、それを笑った後にお仕置きをされていたハーリー君が未だに忘れられません。

 

「ラ、ラピス〜〜〜〜〜〜〜!!

 頼むからそれだけは止めて!!

 もしウリバタケさんに知られたら大変だよ〜〜〜〜〜!!」

 

 本当にラピスに縋りつくようにして哀願をするハーリー君。

 私の知らない所で、何かあったのでしょうか?

 実はキョウカさんとはウリバタケさんの娘さんです。

 ラピスとハーリー君と同じ小学校に通っていて、クラスメイトでもあるのですが。

 ・・・どうも、ハーリー君に一目惚れしたらしいです。

 私達は実に興味深く・・・いえいえ、暖かい目で二人の『恋』を見守ろうと誓いました。

 これに反対しているのはウリバタケさんと、その息子さんのツヨシ君だけです。

 ハーリー君もきっと内心では憎からず思ってるはずです、ええ、絶対に。

 

 それに何故ハーリー君がウリバタケさんを恐がっているかというと。

 

 実は定期的にウリバタケさんとハーリー君、それにアカツキさん達は連絡を取り合ってるみたいです。

 何故かアオイさんだけは、『彼等』の輪からは弾かれているようですが。

 アオイさんはアオイさんで、苦労をしてますからね。

 

「やあ、おはようマキビ君。

 ところで三人共、仲が良いのは結構な事だが・・・時間は大丈夫かね?」

 

 

 

 私達はパジャマ姿のミスマル提督に一礼をして、ミスマル家から元気よく飛び出して行きました。

 

 

 

 ―――昨日と同様に、今日も天気は快晴です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とか、小走り程度の速度で学校には間に合いました。

 ラピスとハーリー君は少し手前の角を曲がり、中学校から少しだけ離れた場所にある小学校に向かいました。

 最後まで私に向かって手を振るハーリー君を、呆れた目でラピスが見ていましたね。

 

 タッタッタッ・・・

 

「ここまで来れば、後は歩いてでも間に合いますか」

 

 少しだけ乱れた息を整えつつ、私は服装をチェックします。

 ・・・別に可笑しな所はありませんね?

 

「おはよう〜、ルリルリ!!」

 

「あ、おはようございます、アユミさん」

 

 私に背後から話し掛けてきたのは、学校に通うようになってから最初に親友になったイトウ アユミさんでした。

 黒髪を背中の辺りまで伸ばし、快活な印象を与える笑顔を持つ・・・私より少しだけ背の高い人です。

 もっとも、私の背の高さがクラスで一番低い事を考えると、世間一般では二人揃って『チビ』と呼ばれるでしょうけど。

 何気ない会話を続けながら、私とアユミさんは並んで学校への道を歩き出します。

 勿論、アユミさんと私は同じクラスです。

 

「でね、昨日の休日に―――」

 

 

 何の気兼ねもなく私に話し掛けて来るアユミさんの言葉に頷きながら、私は今までの自分の環境を思い返していました。

 

 はっきり言って、学校という空間に初めて触れた私は入学当初は浮いた存在でした。

 どう振舞っていけばいいのか、全然分からなかったのです。

 今までが、良い意味悪い意味の両方で大人の世界に身を置いてきた私です。

 ・・・逆に、学生という世間から浮いた空間には、当初は馴染めませんでした。

 

 と、いう事を主張してユリカさんとミスマル提督に、学校に通う事に対して反論をしたのです。

 勿論、ラピスもその時は私の隣で不満気な顔で二人を見ていました。

 

『残念だけどねルリちゃん、日本には義務教育があるんだよ?

 精神的には18歳でも、戸籍上は13歳だもんね〜

 やっぱり保護者としては登校拒否は見逃せないよ』

 

『その通りだよルリ君、それにラピス君。

 それに君達が普通の生活を送る事が、息子の願いのはずだ。

 私では彼の代わりは務まらないと思うが、精一杯の援助はしていくつもりだよ』

 

 ・・・息子って、誰ですか?

 

 いえ、聞かなくても隣でジタバタとカーペットの上を転がってるユリカさんを見れば分かりますが。

 

 一瞬、本気で制度を変えるための行動を起こそうかと思いましたよ。

 ラピスも更に不機嫌な顔になっていますし。

 

 結局、ユリカさんとミスマル提督の根気強い説得に負けて私達は学校に通うことになりました。

 でもラピスや私の様な『存在』が世間に馴染むには、こういったステップが必要なのかもしれませんね。

 中学に入った頃は、ミナトさんが担任をしてくれましたし。

 ユキナさんも何かと世話を焼いて下さいました。

 そのユキナさんも、今では高校生ですけどね。

 

 準備期間とも言える2年間のお陰で、私にも親友と呼べる友達が出来ました。

 瑠璃色の髪、金色の瞳―――必ず障害になると思っていたこの外見も、今では誰も気にしていません。

 きっとミナトさんや他の方々の尽力があったと・・・私は思っています。

 だって、そういう事には凄く気が回る人たちばかりですから。

 

 アキトさん、私は・・・幸せですよ。

 

 

 

 

 

 

「ルリルリ、ま〜た何か難しい事考えてるの?

 学年トップを2年間独占しておいて、今度は何を狙ってるのかな〜?」

 

「いえ、ちょっとラピスの事を・・・」

 

 考え事に没頭していたのを誤魔化す為に、私は妹分の事を会話に持ち出しました。

 そういえば、何時の間にか私の呼び名がルリルリになっていました。

 

 ・・・やはり、ユキナさんが学校で私をそう呼んでいたからでしょうか?

 まあ、別にアユミさんにならそう呼ばれても構いませんが。

 

「ラピスちゃん?

 ・・・そう言えば、また小学校の校門の手前でハーリー君で遊んでたわよ」

 

「・・・そうですか」

 

 ・・・ラピスが学校に馴染むのは、私より難しいと予想されていました。

 過去ではアキトさんと一緒に、幾多の激戦をたった二人で戦い抜き。

 この世界に来てからも、常に最前線で戦ってきたのです。

 とてもじゃないですが、世間一般の小学生の精神レベルに馴染めるとは思いませんでした。

 

 でも、その考えは甘かったです。

 

 ラピスは私達の予想を遥かに超える速度で学校に馴染みました。

 そう、ラピスには学校生活の土壌と・・・彼等との間に太い絆があったのです。

 

 

 つまり、アニメオタク

 

 

 ・・・偏った知識ではありましたが、確実にラピスは私以上の速度で学校に馴染みました。

 その事を知った私やユリカさん達は、笑っていいのか嘆いていいのか判断に苦しみましたが。

 

 取り合えず、ラピスはあらゆる意味で小学校の人気者になりました。

 ハーリー君に関しては男の子なので、誰も心配をしていませんでした。

 それ以前に、皆さんの認識ではジャングルや北極でも彼は生き残るだろうと思われています。

 

 ・・・実際、見事に小学校に馴染んでいますし、特に私も反論をするつもりは無いです。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな事を考えているうちに、私達は学校の校門を潜り抜けました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2に続く

 

 

 

 

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