< 時の流れに >

 

 

 

 

 

第六話.マキビ ハリの私生活

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハリ〜、早く起きなさい!!

 朝御飯できてるわよ〜」

 

「分かってるよ〜〜〜」

 

 部屋の外から、そんな母さんの声が響く・・・

 僕は掛け布団を跳ね除けながら、大きな欠伸をした。

 そのままノロノロとした動作でベットから降り立ち、窓のカーテンを開ける。

 

      シャッ!!

 

「うん・・・快晴だ」

 

 七月に入ったばかりの空には、梅雨の名残もなく晴れ渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日からだったな、オオサキ提督とアフリカに行くのは?」

 

 父さんが珈琲を飲みながら、僕に確認をしてきた。

 僕は母さんが用意してくれていたトーストを食べながら、軽く頷く。

 ・・・アフリカに行く事を最初父さんは凄く反対してた。

 でも、僕の意思が固い事を知って今回の旅行を認めてくれた。

 それに多分、シュンさんが直々に挨拶に来た事が効いたんだろうな〜

 

 僕のアフリカ行きを取り持つ為に、いちいち僕の家まで足を運んでくれたシュンさんに感謝。

 

 でも護衛の事を考えると、どうしてもシュンさんと一緒に動いた方が楽なんだよね。

 そこら辺の打算も、きっとあったと思う。

 色んな意味で凄い人だから、あのシュンさんも。

 

「うん、そうだよ。

 やっぱり、きちんとお礼を言っておきたいんだ。

 ・・・随分、面倒を見てもらったから」

 

 近頃の癖になりつつある・・・胸に掛っている認識票を、意味も無く指先で撫でる事が。

 でも、無意識にやっている事だしね。

 辛い時、苦しい時、困った時、どうしても僕の手はこの認識票に向かう。

 

 未だに頼ってる・・・情け無いと、自覚はしているけどさ。

 

「でも、あのオオサキ提督ならまだ信用できるわね。

 軍人さんって、恐そうな人ばかりだと思ってたけど」

 

 僕用にカフェオレを作っていた母さんが、そんな事を言いながら台所から出てくる。

 ・・・外面は良いんだよ、ナデシコクルーってさ。

 本性を見せたら、そりゃあ凄いんだから。

 

 特に女性陣

 

  ピンポ〜ン♪

 

「むごっ!!!!!!」

 

 頭の片隅に、自分でも凄い事を考えてるな〜

 っと、思った瞬間だった、玄関のチャイムが鳴ったのは!!

 食べかけのトーストを詰らせ、呼吸困難に陥る僕!!

 

 父さんはトイレに向かって席を立ち。

 母さんは来客を迎えるために・・・カフェオレを持ったまま、玄関に向かった!!

 

 ちょっと待てい!!

 頼むから、そのカフェオレを僕にプリーズ!!

 

 声にならない声で叫ぶ僕!!

 その間にも視界は段々と狭まり、色を失っていく!!

 

 

「はいはい〜、どちら様ですか?」

 

「さて、早くトイレを済ませて着替えないとな。

 私が遅刻をしたら、部下に示しがつかんからな〜」

 

 

 

 

 

 

 ・・・心の叫びが両親に通じたら。

 

 

 

 そんな事を切望しながら、僕はテーブルにつっぷした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ドムッ!!

 

 鈍い衝撃が、僕の身体を襲った・・・ように感じた。

 そしてその衝撃と共に、喉を塞いでいたトーストが飛び出し僕の視界は急速に色を取り戻す。

 

「―――ぶはっ!!」

 

 新鮮な酸素を求めて僕の肺が大きく動く!!

 虚ろな視線で周囲を見渡せば、そこが自宅のリビングだと僕は知った。

 そして次第にはっきりとしてくる頭の中に、見知った顔と聞き慣れた声が聞えた。

 

「ね、一撃だったでしょ♪」

 

「凄いね〜、ラピスちゃん?」

 

 ・・・僕の腹部に、棍棒で一撃を加えたのはラピスだった。

 今回は命の恩人と呼べる女の子だが、その本性は悪魔そのものだと僕は知っている。

 

「・・・なんか、失礼な事考えてないかな〜?」

 

      ヒュン!!

 

 手首の返しだけで綺麗に棍棒を操り、その先端を僕の喉元に当てるラピス。

 その棍先から伝わる必殺の気合に、僕は身動きが出来なくなってしまった。

 ・・・実はラピスは戦争後も自主的に槍術のトレーニングを積んでいる。

 アカツキさんに頼んで、かなりの腕を持つ達人に師事をしたそうだ。

 実際、その手の才能もあったらしく・・・最近では下手に口答えも出来ない。

 僕自身、ラピスの行動力に焦りを覚えて、以前と同じ様に三郎太さんに木連式柔の稽古をつけてもらってるてるけど。

 

 ・・・ラピスには差を開けられる一方だったりする。

 

 これでも、同年代の子供との喧嘩にはまず負ける事は無いんだけどね。

 ラピスは例外でしょ。

 

 その上、例のお気に入りの槍を持った日にはもう手をつけられないよ。

 

 補足をするならば、ルリさんは料理クラブに入っている。

 いや〜、試食をするのは・・・その・・・色んな意味で勉強になったな・・・うん。

 最近はかなり上達してられるけど。

 

「で、何の用なの?」

 

 取り敢えず、ラピスを牽制しつつ僕は床から起き上がる。

 ラピスに聞いた所で来訪の目的は素直に話さないだろう。

 そう思った僕は、ラピスの横に居る女の子・・・ウリバタケ キョウカちゃんにそう尋ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、ハーリー君が暫く学校を休むって、ラピスちゃんから聞いたから・・・

 風邪でもひいたのかなって心配になって」

 

 本当に心配そうに僕の顔を見るキョウカちゃん。

 ・・・本当にウリバタケさんの娘なのか?

 その心遣いに天と地の差を感じるよ。

 だいたい、どう考えても母親似だよねキョウカちゃんってさ。

 お母さんのオリエさんの子供の時も、こんな感じだったんだろうな〜

 

 それにしてもラピスも意地悪をせずに、僕が学校を休む理由を教えてあげればいいのにさ。

 

「・・・あの、誉めてくれて嬉しいけど。

 お父さん、あれでも結構優しい所あるよ?」

 

「ハーリー、まだ思った事を口に出す癖直ってないんだ」

 

「・・・悪かったね、どうせ僕はボケキャラさ」

 

 ニヤニヤしながら僕の失敗を笑うラピスに僕は嫌な予感を覚えた。

 今日の夕方には、僕のコミュニケにウリバタケさんの怒鳴り声が響くだろう・・・

 そんなラピスの隣では、キョウカちゃんが赤い顔で俯いている。

 

「ラピスちゃん、キョウカちゃんも。

 早く出ないと学校に遅刻しちゃうわよ?」

 

 母さんが洗濯籠を持って移動をしながら、リビングで言い争う僕達を笑っていた。

 この言葉のやりとりの裏にある、お互いの真意を知ればそんな呑気な事は言えない。

 

 うん、絶対に言えないな・・・

 

「あ、は〜い直ぐに出ます♪」

 

「分かりました〜」

 

「本当、外面だけは良いんだよな、ラピスって」

 

 

 ゴン!!

 

 

 

 

 

 

 

 注意一秒、怪我少々

 

 

 ・・・少々、って所が僕らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あてててて、思いっきりやったな、ラピスの奴」

 

 痛む後頭部を抑えながら起き上がった僕は、掛け時計を見て驚いた!!

 

「わ!! シュンさんが迎えに来るまで後20分しかないや!!」

 

 気絶をしていたのは約30分ほどらしい。

 既にラピスとキョウカちゃんは家にはいなかった。

 ・・・当たり前と言えば当たり前だけど。

 

 母さんが掛けてくれと思われるシーツを跳ね除けて、僕は自分の部屋に向かう。

 出掛ける準備自体は終っているけれど、忘れ物が無いかどうかのチェックはしておきたい。

 どうやら母さんも研究所に行ったみたいだし、この家には僕だけが残されていた。

 

 ・・・あのまま僕が気絶したままだったら、どうするつもりだったんだ、母さんは?

 

 多分、不可抗力と言う事でシュンさんとの旅行は取りやめになってたんだろうな〜

 部屋に置いてあった大きめのスポーツバック

 その中には約一週間分の着替えと、暇潰しの為のマンガや小説が入ってる。

 後、カズシさんが好きだった日本酒も入ってる。

 

 ・・・シュンさんに見つからない様に、気をつけておかないと駄目だな。

 

「ん? これなんだ?」

 

 見覚えの無い白い封筒が、スポーツバックの中にはあった。

 思わず取り出し、裏返してみると・・・

 

『カズシさんの前で読む事。

 それ以外の場所で開けたら怒るからね、ハーリー!!』

 

 ―――ラピスの字で、そう書かれていた。

 

「・・・僕もカズシさんに会いに行くのは、結構辛いんだけどな」

 

 苦笑をしつつ、僕はラピスの手紙をスポーツバックに仕舞った。

 キョウカちゃんを連れて来たのは、僕に直接手渡すのが恥かしかったからだろう。

 テンカワさん以外には、強気の態度をとっているのが今のラピスだった。

 何時までも甘える事を良しとせず、自分なりのスタンスを探している。

 

 そう・・・皆が皆、強くなろうと足掻いている。

 僕もそうだ。

 あの時のテンカワさんに追いつけるとは思わないけれど、それでも追いかけている。

 最後の最後に、手を差し伸べる事が出来なかった自分を恥じて。

 

 これは思い上がりかもしれない、だけどあの時皆が・・・僕が流した悔し涙は本物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、照れ隠しで僕を気絶させるのは止めて欲しいな、ラピス・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2に続く

 

 

 

 

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