< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 夢の様な楽しい日々が終わり。

 僕はまた退屈な日常に帰ってきていた。

 彼女は最後に笑顔で手を振りながら、空港へと消えていった。

 

 僕はその後姿を見送るしかなかった・・・

 

 ピースランドで過ごした逢瀬は、正に天国だった。

 北斗によってルリ君が国外に連れ出され、僕達は国王と王妃に拉致された。

 初めからエリナ君達は、僕をスケープゴート(身代わり)に用意をしていたらしい。

 でも、その事は許そう。

 いや、むしろ感謝したいくらいだ。

 監禁中に過ごした千沙君との時間は何物にも変え難い記憶だ。

 

 ・・・合間合間に訪れる、王妃や国王が邪魔だったが。

 

 何故かルリ君と間違えられて誘拐された、ルリ君の友人であるアユミ君を助ける冒険も楽しかった。

 もう一人の友人である男子中学生(男の名前は滅多に覚えないんだよ、僕は)が生意気なので修正をしてあげた。

 ルリ君が脱出した後、ヤガミ君が王妃に臨時ボーナスで誘惑されて、僕の敵に回った時は本当に困ったものだ。

 ・・・臨時ボーナスで新居を買うと聞いた時に、給料30%カットで対抗をしたもんさ。

 あとは、国王とお互いの境遇に同情をして酒を酌み交わしたりしたりね。

 

 その全てに、千沙君が隣に居てくれたのさ、ふふん♪

 ちょっと呆れた顔をしていたのは、気のせいだろう。

 

 だから―――迎えに来たプロス君とゴート君に、帰りたくないと駄々をこねたのは心の中の秘密だ。

 

 

 

 

 

 ―――ま、それなりに収穫のあった旅行だったね。

 

 

 

 

 

 カラン、カラン・・・

 

 手に持つグラスを軽く振り、中の氷から軽い音を引き出す。

 良い気分で酔っている自分の隣に、千沙君が居れば正に文句無しなのだが・・・

 

「・・・」

 

 無言でグラスを傾ける今日の酒の仲間は・・・戦友の一人であり、現在二股をしている外道男だった。

 そう、奴の名前はヤマダ ジロウ

 超一流のエステバリスライダーにして、「不死身の男」という異名を持つ人物だ。

 

 今日の仕事が終わり、帰りに軽く飲んで帰るかな、と思っていた時

 珍しい事にこの友人から誘いの連絡が入ったのだ。

 何やら悩んでいる彼の顔を見て、好奇心も手伝い・・・僕はその誘いに乗った。

 

 しかし、お互いに僕の行きつけのバーに入ってから一言も会話が無い。

 お決まりのカウンターに座り、お互いに酒を注文したのが最後だ。

 

 ・・・どうやら、隣に座っている友人はアルコールの力をかなり借りなければ、相談事も出来ない状態らしいね。

 

 内心で肩を竦めながら、プロス君かヤガミ君でも呼ぼうかと考えていると―――

 

「なあ、アカツキ・・・」

 

「何だい?」

 

 ようやく話す気になったのか、遂にヤマダ君がその重い口を開いた。

 僕は気の無い振りをしながら、次の言葉に最大限の集中をする。

 

「酒って・・・恐いよな。

 ついでに女も」

 

      ゴン!!

 

 ・・・思わずカウンターに頭突きを入れる。

 

「あの〜、もしかしてまたやっちゃったのかい? 君は?」

 

 事の重大さを感じ取りながら、僕は恐る恐るヤマダ君に尋ねる。

 もしかすると、本当に洒落にならない事態に追い込まれてるかもしれない・・・この男

 

「両親が町内会の旅行で不在だったんだよ・・・兄貴も何時もの如く朝までコンパに行っててさ。

 珍しく万葉の奴が酒でも飲もう、って大吟醸の一級品を持ってきてさ」

 

 嵌められてるよ、君

 

 背中に冷汗を掻きながら、僕は学習をしないこの男に頭を抱えた。

 ただでさえ、ヒカル君との事件で彼等の関係は大きく変化した。

 その事を身をもって知っている当事者が、同じ過ちを繰り返すとは・・・

 

 まあ、彼らしいと言えば、彼らしいが・・・

 

「朝になったら・・・隣に万葉が寝てるんだ・・・

 そんでもって、顔を赤らめて・・・」

 

 ・・・段々腹が立ってきたな

 

 ヤマダ君の独白を聞きながら、僕は自分の理性と必死に戦っていた。

 こっちは千沙君との関係を進めようと、必死の努力をしてるとゆ〜のに・・・

 

「なあ、アカツキ、

 元大関スケコマシと呼ばれたお前ならどうする?

 いや、俺はどう責任をとればいいんだ?

 遊び人で無責任で女たらしのお前なら、こんな時はどうするんだ?

 頼む、俺に道を教えてくれ!!」

 

 

 ・・・僕に喧嘩売ってるのかい、君?

 

 

 目と顔は真剣そのものだが、その台詞は僕に喧嘩を売ってるとしか思えないよ。

 段々自分の目付きが悪くなっていくのが分かる。

 

「・・・その後でさ、なんかヒカルと牽制のしあいをするんだよ。

 間に挟まれてる俺は生きた心地もしなくてよぉ」

 

「あ〜、それは気の毒だね」

 

 適当に馬鹿の言うことを聞き流しながら、僕はある場所に連絡を入れていた。

 この時間なら・・・まだ仕事をしてるだろう。

 

「ヤガミの旦那にも相談したんだけどさ。

 責任、責任って、全然建設的なアドバイスをしてくれね〜んだよ、これが」

 

「・・・・ふ〜ん」

 

 どうやれば建設的なアドバイスが出来るんだ?

 自業自得の見本みたいな事をしておいて、何を今更言ってるんだこの馬鹿は。

 

 それでも一応ストレスを感じていたのか、ペースを上げてアルコールの摂取に努める二股男

 酒で二度も失敗しておいて、懲りると言う言葉を知らないのか・・・

 呆れた顔で彼を観察しながら、僕は連絡の取れた相手に事の次第を報告していた。

 

 おお、珍しい事に怒ってる、怒ってるよ。

 まあ、気持ちは分からないでもないけどさ。

 

「・・・誰と話をしてるんだ?」

 

「ああ、タニ君だよ。

 君も知ってるだろう、万葉君の実の父親

 今の君の話を包み隠さず話しておいた」

 

「ああ、そうか・・・って、何て事すんだ、お前は!!!!!!」

 

 酔いが一瞬にして冷めたのか、赤い顔を青くして叫び出すヤマダ君

 いや、僕は人間として当たり前の行動をしただけだけど?

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、バーに乗り込んできたタニ君相手に、ひたすら頭を下げるヤマダ君の姿があった。

 僕はそんな二人を肴にして一人で酒を楽しんだのさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ふ〜ん、それが今日の遅刻の理由なの?

 んん? この極楽トンボさん?」

 

「まあ、そうなんだけど」

 

 目の前に仁王立ちをしているスーツ姿のエリナ君に言い訳をしながら、僕はちょっと焦っていた。

 実は今日は朝一番の予定に会社の重要会議があったりしたのだ。

 僕がその事に気が付いたのは、自室で日課の千沙君へのメールを書いている時だった。

 

 いや、昨日は例の件で帰るのが遅かったからさ。

 

「一応、付き合いで飲みに行くのも分かるけど・・・会社の会議まで忘れるなんて非常識よ。

 まったく、社運を賭けたナデシコ級の製造状況の報告会なのに、遅れるなんて何考えてるんだか」

 

 ブツブツと言いながら自分の仕事に向かうエリナ君

 どうやら小言は終わりらしい。

 これで終わるところを見ると、さして大きな問題も無く建造は進んでいるらしいね。

 ・・・見捨てられてる、とは思いたくないね・・・流石に。

 

「ああ、それとお昼にオオサキ提督との昼食の予定が入ってるからね。

 勝手に出掛けたり、姿を晦ましたりしないように!!」

 

「はいはい、分かったよ」

 

 ―――ちっ、ヤマダ君の事でウリバタケ君と馬鹿騒ぎをするのは夕方にとっておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ〜、ヤマダの奴・・・とうとう引き返せない状況になってるのか?」

 

 僕の報告を聞いて、口に持ってきていたスプーンを皿に戻すオオサキ提督

 つい最近まで、木連との関係が微妙になっていただけに、この事件にはかなり感心が強いみたいだ。

 

 ・・・しかし、大企業の会長と統合軍の大佐がカウンターで並んで昼御飯とは。

 ある意味、恐ろしい店だね『日々平穏』って。

 ホウメイさんは気を利かせてくれたのか、裏の方で在庫のチェックをしている。

 

 エリナ君は昼前に遊びに来たラピス君とルリ君と一緒に、僕より先に昼食を取る為に出掛け中だ。

 ヤガミ君とゴート君はその3人をガードするために、ここには居ない。

 

「まあ、タニ君に絞られてたから今回の事は懲りてると思うよ。

 ただ問題は女性陣の事だね。

 言いたくは無いけど、千沙君の事で男女関係についてはかなり敏感になってるからね」

 

 ヤマダ君と万葉君の事はエリナ君にも黙っている。

 ただ、皆に知れ渡るのは時間の問題だろう。

 男性陣・・・とくにウリバタケ君とかヤガミ君達なら、冷やかしはしても女性陣に話そうとはしないだろう。

 それだけの分別と理性は持っているはずだ。

 

 ・・・ゴート君は少し危ないかもしれないけどね。

 

「それこそお前さん次第だろうが、何時までお子様の恋愛してるんだ?」

 

「・・・似合わない、やっぱり?」

 

 僕はラーメンを食べる手を止め、オオサキ提督に苦笑を返す。

 確かに千沙君との関係を一気に進めないのは僕の弱気のせいだ。

 手応えが無いとは思っていなけど、やはり振られるのは心外である。

 まあ、そんな関係を楽しんでいるのは確かだけどさ。

 

「俺もあまり他人に色恋沙汰を指南する柄じゃないからな・・・ま、なるようになるだろうさ。

 さて、この問題は置いておくとして。 

 バールの奴に情報を流した奴等の正体は分かったのか?」

 

「残念無念、またどうぞ・・・ってね。

 あの蛸親父は本当に何も知らないみたいだね。

 それと木連からの偽造文章の出所も不明のまま。

 あの草壁が大人しくしているとは思っていないけど、どうやらそろそろ動きそうだね」

 

 確証は何も無い・・・

 無いけれど僕やオオサキ提督は、何かが裏で動き出しているのを感じていた。

 木連との不仲の誘発、オオサキ提督の暗殺未遂、その他にも裏では色々な戦いがあった。

 今は『前哨戦』と呼んでいい状態に僕達は陥っていた。

 

「夏休みが終れば・・・忙しくなりそうだな」

 

 定食のダシ巻き卵を食べながら、そんな事を呟くオオサキ提督

 お互いに狙われる事が多い身の上だ、覚悟を決めて挑まないといけないだろう。

 しかし、自分の力が『彼女』に必要な以上・・・そう簡単に諦めるつもりはないけどさ。

 

「皆も何か感じてるのかな?

 ホウメイガールズやメグミ君もそれぞれ夏休みを楽しんでるよ」

 

 パイロット仲間も同じ様なタイミングで休みをとってるし。

 お陰でシークレットサービスの皆は多忙らしいけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、フィリス君との仲が進展したそうで?」

 

「―――ぶっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その4に続く

 

 

 

 

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