< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに落ち着いた空気の中で、私は洗濯物を干していた。

 地球と違ってコロニーでは突然雨が降る事など有り得ない。

 確たる大地ではないけれど、この中で生まれ育った私には不安は無い。

 地球から来た人達がオドオドとしているのも、やはりこんな環境が要因の一つなんだろうな・・・

 

「・・・零夜、俺の服が見当たらないんだが?」

 

「北ちゃんの服?

 全部、今洗濯しちゃったよ」

 

 軒下で不機嫌な顔をした北ちゃんが、黒いタンクトップに白のホットパンツ姿で仁王立ちをしていた。

 ・・・部屋着として使用する分には問題は無いけど、この格好まま平気で外を出歩こうとするのが北ちゃんだ。

 動き易いのがお気に入りなのは分かるけど、隣を歩く私としては赤面ものだった。

 

 まあ、誰が一番悪いかと言うと・・・こうなる事を分かっていて、北ちゃんにその服をプレゼントした舞歌様だろうな〜

 

「代えの服は無いのか?」

 

「あのね・・・北ちゃんが昨日、洗濯物を纏めて『昂氣』の一撃で吹き飛ばさなければ、その着替えも充分あったんだけどね」

 

 私の額に、ちょっと青筋が浮かぶ。

 昨日、何時もの鍛錬の最後に何を思ったのか『昂氣』を全開で解き放った北ちゃん。

 地球から木連に帰るまでの間、宇宙船で大人しくしていた反動だったと思う・・・

 本人は清々とした顔だったけど、周囲の地面は大きくひび割れ、深く抉り取られ、その解放されたエネルギーの凄さを示していた。

 そして、そんな惨状の修練場からかなり離れていた、私と北ちゃんと舞歌様が住む家も・・・・手酷い被害を受けていたのだった。

 

 (ちなみに、私と北ちゃんは東家に居候という形で住んでいる)

 

 大岩がぶち抜いた天井の下で、延々と舞歌様に説教をされる北ちゃんは、流石に今度から気を付けると謝っていた。

 でも幾ら謝ったところで、空を飛んでいった洗濯物は帰ってこないよ?

 

 ・・・お気に入りの下着も一緒に飛んで行っちゃったし。

 

 地球から帰ってきたばかりで、洗濯物が溜まっていたのが不幸の2乗倍だった。

 何時にも増して大量の洗濯物をこなしつつ、腹が減ったと騒ぐ北ちゃんに御飯を用意しつつ、部屋の掃除をする。

 その総ての努力が、夕方時の北ちゃんの鍛錬で帳消しになったのだ。

 いや、むしろ酷くなったかな・・・・

 

 

 ・・・私でも怒る時は怒りますよ、ええ

 

 

「枝織ちゃんの服があったでしょ♪」

 

「あ、いや・・・俺にアレを着ろと言うのか?零夜?」

 

 何故か笑顔の私に向かって、引き攣った顔で返事をする北ちゃん。

 枝織ちゃんの服は幸か不幸か・・・大量にあるだけに、先日の被害からかなりの数が逃れていた。

 私が今着ているエプロンドレスもそのうちの一つ。

 

 ・・・胸元がスースーして、腰周りが少しキツイのが私の怒りを助長しているのは大切な秘密♪

 

 そして、逆に北ちゃんの持っている服は、数が少ない為に壊滅的な状況だったりする。

 ・・・自業自得なので、私からは何も言わないけど

 

「お昼御飯が終ったら、直ぐに服の買出しに行くからね♪

 荷物持ちをしてくれるって、昨日約束したもんね?」

 

「いや、確かにそれは約束したが・・・枝織、お前が代わりに行け!!

 何、零夜の笑顔が恐い?

 煩い!! 今の俺の問題は貴様のヒラヒラな服を着なければならん事だ!!」

 

 何やら必死に枝織ちゃんと交渉を始めた北ちゃんを背中に、私は人工の太陽を見上げた。

 総てが作り物の世界・・・だけど、ここは間違い無く私と北ちゃんが生まれ育った世界だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、零夜ちゃんじゃね〜か」

 

「あ、海神さん」

 

 買い物の大半を終え、北ちゃんなのか荷物なのか分からない物体を背後に引き連れ。

 私達が商店街を歩いていた時、思わぬ人物から声が掛った。

 

 小柄であり、所々に白髪が混じり始めた髪を持つ老人・・・だけどそんな外見を吹き飛ばすような精力を感じさせる。

 その背後には逆に2mを越える体躯を誇る、かなりの巨漢が大造りな顔に笑みを浮かべて私を見ていた。

 二人共に私服なところを見ると、どうやら私用で商店街に出てきていたみたい。

 

 とにかく年長者に対する礼儀として、私は木連の駐在大使でもある海神さんと三堂さんに深く頭を下げる。

 そんな私の挨拶に軽く頭を下げる海神さんと、その背後に控えている三堂さんも軽く手を上げて挨拶をしてくれた。

 

 そして、自然と二人の視線は・・・歩く荷物の山に吸い寄せられていったのだった。

 

「あの荷物の山は何でい?」

 

「・・・あれだけの量の荷物を運びながら、全然揺るがない足腰とは。

 かなりの武術の腕前を持つ人物らしいな」

 

 二人して北ちゃんの奮闘する姿に感心をする。

 三堂さんは中々鋭い指摘をする辺り、やはりそれなりの腕の持ち主なんだと私は思った。

 そして三堂さんはかなりその荷物の山に興味を持たれたらしく、背後に回りこみ運搬者の顔を確かめようとした。

 

「あ、今は下手に近づかない方が―――」

 

「え?」

 

 

      ドゲシ!!!!!

 

 

 そのまま、北ちゃんの八つ当たりの一撃により・・・三堂さんの巨体は地面に沈んだ。

 案外、タイミングの悪い人なのかも知れない・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほぉ〜、この女性が例の・・・ね

 イテテテテ!! なら俺のプライドも少しは慰められるな」

 

 蹴られた腹をさすりながら、目の前で珈琲を飲む北ちゃんに苦笑をする三堂さん。

 私からすれば、北ちゃんの一撃を受けて直ぐに意識を取り戻しただけでも、充分賞賛に値するんですけど。

 

「しかし何だな、聞いていた話と違って随分『女っぽい』格好だな?」

 

「・・・黙れ、これは始めは枝織の奴が選んだからであって。

 俺の意思で着た訳じゃ無い」

 

 無愛想に海神さんの質問に応える北ちゃん。

 本人としては、先程買った男物の服装に着替えたいと思ってるだろうな。

 でも、この喫茶店で流石に着替えるのは無理だと、分かってはくれているみたいだ。

 ・・・何より、お気に入りの服を破ったり汚したりしたら、枝織ちゃんが怒るしね。

 

「だが、貴様等こそこんな所を何故うろついている?

 先日の事件の報告書は、千沙から受け取っているんだろう」

 

 睨みつけるような眼で、海神さんと三堂さんを見る北ちゃん。

 物理的な圧力さえ感じそうなその視線を、三堂さんは少し椅子を背後に動かし、海神さんは平然と受け流した。

 

「逆に短期間の内に俺達にちょっかいを出せば、連合軍か統合軍の介入を早めるだけだ。

 連中にもそれくらいの判断が出来る『頭』はあるだろうさ。

 それに市場ってのは国の『顔』だ。

 暇な時に視察をしておいて、損は無いんでな」

 

 北ちゃんの睨みつけるような視線を受けたまま、しらっとそんな事を言ってのける海神さん。

 

「・・・ふん、俺には政治に関する事は分からん。

 まあ、舞歌の奴は貴様に期待をしているんだ、下手な『事故』で命を落とすなよ」

 

 暫くの間、目の前の老人の真意を探るかのように睨んでいた北ちゃんも、やがてはその視線を外した。

 北ちゃんの癇癪が何時爆発するのか、とドキドキしながら見守っていた私と三堂さんは同時に溜息をついたりした。

 

「『事故』、ね・・・

 丁度良い、お前さん達から見た玉 百華とはどんな人物だったんだ?

 少なくとも、地球の資料には情報は残ってなかったぜ」

 

 私と北ちゃんは一瞬視線を合わせ・・・

 お互いの意見を確認した後で、私が百華ちゃんの事を説明する。

 

 北ちゃんよりは、私の方が彼女との付き合いが長かったのだから。

 

「百華ちゃんは・・・本当の意味で二重人格だったんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れを模した光が、コロニーの上部から私達を照らし出していた。

 大荷物を抱えたままの北ちゃんの横を歩きながら、私は無言だった。

 2年前には北ちゃんと二人で街に買い物に行けるなんて、夢にも思ってなかった。

 

 ・・・薄暗い座敷牢で、己を鍛える事だけを生き甲斐にしていた北ちゃん

 そして、北辰に命じられるままに他人の命を刈り続ける枝織ちゃん

 

 静かに壊れていく大切な二人の友人を、ただ見守る事しか私には出来なかった。

 

 それは、今も同じで―――

 

 

 

「前に行った時より、明らかに店の数が減っていたな」

 

「え?」

 

 突然、北ちゃんに話し掛けられて驚く。

 普段は私から話し掛けない限り、北ちゃんが自分から話してくる事はまずないから。

 そんな慌てふためく私を見て、北ちゃんは苦笑をしていた。

 

「どうやら確実に火星への移民は進んでいるみたいだな。

 近い将来、このコロニーも廃棄されるだろうな」

 

 そう言って、荷物を抱えたまま軽く周囲を見回す北ちゃん。

 今通っている道は、舞歌様の家へと続く道であり・・・北ちゃんや、私を養ってくれた叔父夫婦の家へと続く道だった。

 ・・・三人で何度も何度も駆け抜けた、想い出の場所だった。

 

「昔の事でも思い出したの?」

 

 良い事なんて殆ど無かったかもしれない。

 だけど、総てを忘れ去る事が出来ないのなら、その想い出を抱えたまま生きていくしかない。

 それは私も北ちゃんも・・・舞歌様も皆が知っている。

 

「俺が本当の意味で『自由』になれたのは、2年前のあの時からだ。

 無理に目を逸らし、無視をしていた枝織を認め、お互いの存在を感じた時・・・俺は自由になれた。

 変わる事を恐れる必要は無くなった、自然体で居る事を知った。

 ・・・アイツは、あの戦争の終わりに何を求めていたんだろうか?」

 

 薄暗くなっていく天井を見上げたまま、自問自答をしている北ちゃん。

 その問い掛けを、この2年間毎日の様にしていた。

 ・・・その返事が出来る人物は、この世に唯一一人だけであり。

 

 そして、その人物の行方は未だ手掛かりさえ掴めていなかったから。

 

「・・・そして、百華の奴は・・・何を望んでいるんだろうな?」

 

 視線を私に固定をして、そう尋ねてくる北ちゃん。

 私は一瞬その視線の強さに気圧され、その場に座り込みそうになるのを必死で耐える。

 北ちゃんの問は、今、ここで私に答えを求めるモノだったから。

 

 そう、海神さん達を百華ちゃんが狙った時・・・北ちゃんは海神さんを守るだろう。

 実力の差を考えてみれば、どう転んでも百華ちゃんは北ちゃんに勝てない。

 ・・・しかし、半ば操られている百華ちゃんに『逃亡』の二文字がなければ?

 その身を犠牲にしてでも、任務を遂行しようとするのならば?

 

「私は・・・」

 

 親しかった友人と北ちゃん、そして舞歌様からの信頼と海神さん達の命

 どれもが天秤に乗せるには重たすぎて―――

 

「北ちゃんの、したいようにすればいいと思うよ?」

 

 逃げる事しか・・・出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか・・・分かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今は祈る事しか出来ない自分が歯がゆかった。

 百華ちゃんを止める手段が無い事が悔しかった。

 結局、北ちゃんの望む答えを導けない自分の無知を呪った。

 

 ―――そして、私達の戦争はまだ全然終っていない事を・・・思い知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その3に続く

 

 

 

 

ナデシコのページに戻る