< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 警邏の隙を突き、音も立てずに先を進む。

 体にフィットした黒の上下に、なめし皮のような材質の靴で夜陰を走る。

 どちらも、ウリバタケから手渡されたリュックサックに入っていた品だが、実に性能は良い。

 ただ、長い髪だけは外気に晒しているので、俺の姿を確認できる奴がいれば、赤毛が舞う姿を捉えるだろう。

 

 壁を背にして周囲の状況を確認した後、背後の零夜に手で合図を送り招きよせる。

 百華には及ばないまでも、見事な忍び足で零夜は俺の背後に辿り着いた。

 零夜も俺と同じ格好をしているが、着慣れない服にどうも戸惑っている節がある。

 ま、そのうち慣れるだろう、零夜も優華部隊の一人なのだし。

 しかし、どうして俺や零夜の身体のサイズにぴったりの服を、あのウリバタケは用意できたんだ?

 

 少しだけ疑問に思いつつ、俺は親指で目的の建物を指差すと、壁から少しだけ顔を出して零夜がそれを確認する。

 

「・・・舞歌様のお屋敷にしては、警備はそれほどじゃないね?」

 

「聞き出した情報では、舞歌自身は既に草壁に捕まっているんだ。

 屋敷に今更割く人員は無いという事だろう」

 

 予想よりも少ない警邏の数に、零夜が不思議そうにつぶやく。

 俺は縛り上げた警邏の一人から聞きだした情報を思い出しつつ、予想を述べる。

 警邏を縛り上げ尋問をした時に、零夜がその後の処理を気にしていたが・・・とりあえず、倉庫に縛って放り込んでおいた。

 期限が限られている以上、あまり呑気に情報を集めている暇は無い。

 ・・・多少の無茶をしてでも、必要な情報を得るしかないだろう。

 腐っても木連の軍人だ、二、三日位何も食わなくても死にはせんだろう。

 

「舞歌の屋敷に隠した携帯用DFSを回収した後、直に舞歌の居場所を探すぞ」

 

「うん、分かってる」

 

 警邏が遠のくタイミングを計り、俺は零夜を抱えて舞歌の家の壁を飛び越えた。

 零夜を残しておいても良かったが、今や敵地と化した木連では油断は出来ないので連れて行くことにする。

 

 何より、零夜とはぐれて一番困るのは・・・方向音痴という業を背負う、この俺だしな。

 

 

 

 

 

 

「・・・誰だ」

 

 物陰に隠れていた人物の気配に気が付き、俺は瞬時にしてその人物を取り押さえる。

 気配の消し方も知らない素人だと分かっていたので、気絶まではさせなかった。

 それに床下に隠れている人物の方が、気配の大きさから考えてそこそこの手錬だろう。

 隠れている気配に意識を向けつつ、取り押さえた人物に視線を向ける。

 

 ・・・騒ぐようなら黙らせるだけだが。

 

「・・・よう、随分と手荒い再会の挨拶だなぁ?」

 

「・・・こんな所で何してる、海神の爺さん?」

 

 あまりに意外な人物の登場に、咄嗟に何も言い出せなかった俺が呟いた言葉がこれだった。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・他に言う事は無いのかよ、嬢ちゃん」

 

 

 


 

 

 

 その後、床下に隠れていた公介の奴も姿を現し、その場で情報交換となった。

 

「いや〜、咄嗟に隠れるには狭いですわ、あの床下」

 

「その体格なら当たり前だ。

 しかし、よく俺達が屋敷に入って来た事に気が付いたな?」

 

 自分では完璧に気配を消していたつもりだった。

 零夜にしても、可能な限り気配を殺し、忍び足で動いていたはずだ。

 

「北斗の方は無反応だったが、零夜ちゃんの微かな足音を、廊下に設置したセンサーが拾ったんだよ。

 そこで直に先生に隠れてもらって、俺も床下に隠れたのさ。

 こちとら伊達に床下で、毎日寝てる訳じゃないんだぜ?」

 

「う、不覚・・・ごめん、北ちゃん」

 

 公介の説明を聞いて、零夜が顔を赤くして謝る。

 ま、木連にはあまり無い機械なだけに、仕方が無いといえば仕方が無いか。

 それに諜報活動は本当に専門外だからな。

 

「気にするな、今回の失敗はまだ取り返しがつくだけマシだ。

 それより、舞歌の捕まっている場所を知っているか?」

 

「お嬢ちゃんが知らないなら、俺に分かるはずもないな・・・

 それに俺達より、西沢の旦那に聞いた方が確実だと思うぜ。

 ・・・しかし、押さえ込まれた時に捻ったかな?」

 

 俺に取り押さえられた時に打ったらしく、右肘のあたりをさすりながら海神の爺さんが話す。

 ・・・年が年なだけに、骨が脆くなっていそうだな。

 

「・・・ちっ、折れてやがるぜ」

 

「何!!」

 

 流石にそこまで酷いとは思っていなかった俺は、少々取り乱す。

 今後の木連からの脱出を考えても、爺さんの怪我はマイナス要因にしかならない。

 しかも、その要因を自分自身で作り出すなど、先程の零夜の失態より酷いではないか!!

 

「な〜んてな、嘘だよ嘘♪」

 

 俺の目の前で、小馬鹿にしたように右腕を振る。

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・遺言は書いてあるか、爺さん」

 

 

 

 

「わ〜〜〜〜〜!! 落ち着け北斗〜〜〜〜!!」

 

「ほ、北ちゃん、ストップストップ!!」

 

 片手で海神の爺さんを服の襟を掴み振り回す俺を、公介と零夜が必死になって止めた。

 

 

 

 

 ―――それから10分後

 

 

 

 

「で、何の話だった?」

 

 零夜に手渡されたミネラルウォータを飲み、気分を落ち着かせた俺が改めて問う。

 海神の爺さんに向ける視線に、殺気が篭るのは仕方が無いだろう。

 

「舞歌嬢ちゃんの居場所は、西沢の旦那に聞けば分かるだろう、って話だ。

 まあ、それはそれとして、一つ気になる情報を手に入れてな。

 ・・・お前さん達に話しておけば、地球の奴らには伝わるか」

 

 それを聞いて、俺は視線で零夜に合図を送る。

 俺の性格(枝織も含む)では、重要な話と言われても、肝心な箇所を聞き逃す事が多々あるからだ。

 興味対象外の話に関しては、それだけ注意力が疎かになってしまう。

 そんな俺達の欠点をフォローしてくれる零夜の存在は、本当に有難い。

 

「実はクーデター勃発寸前に、西沢の旦那から電話を貰ってな。

 不透明な資金の流れを探ってて、木連の廃棄コロニーの一つに、隠し工場を発見したらしい。

 極秘裏に偵察を行うと、そこにあのナデシコそっくりな船があり、その船体には『UE SPACY』の文字があったんだとよ」

 

「でも、それって嵯峨菊なんじゃないの?

 それ以外に、ナデシコシリーズが木連に存在するのはおかしいですよ」

 

 零夜が海神の爺さんの言葉に、逆に質問をする。

 だが嵯峨菊の船体には、既にそんな刻印は存在していなかったはずだ。

 しかも、それ以前の問題として・・・

 

「嵯峨菊は相転移砲の存在を恐れた木連・統合軍によって、和平後ナデシコAともども解体されたはずだ。

 あれだけ公の場で解体され、ナデシコAですら外装だけがネルガルに保存されている状態。

 ましてや嵯峨菊は、舞歌さん達木連トップと、統合軍トップの目の前で完全に廃艦処理をされた」

 

 零夜の質問には、公介が答える。

 多分、この謎の艦について、海神の爺さんと二人でとことん話し合っていたんだろう。

 

 しかし、この話を信じるとすれば・・・

 

「草壁の奴は、相転移砲すら再び手に入れた可能性が高いのか」

 

「だな・・・元々、相転移エンジンの開発については、木連の方が詳しい。

 3年も時間があれば、人知れずエンジンの一つや二つは作れるだろうさ」

 

 その威力を間近に見ていただけに、俺の言葉は唸るような感じになっていた。

 アキトが昔、地球に落下するサツキミドリを構成する、岩石の殆どを消し飛ばした一撃

 

 火星の決戦では不発に終わったが・・・あれこそが、相転移砲の威力なのだ。

 

「相転移砲の攻撃を防ぐ方法は、同じ相転移砲による相殺しかないらしい。

 遺跡の全てを解明できれば、その攻撃を無効化する方法も分かるらしいが」

 

「でも、先に分かって良かったね。

 これをネルガルの人達に知らせれば、きっとナデシコCにも相転移砲を装備してもらえるよ!!」

 

 確かにその点に関しては朗報だろう。

 だが、もう一つの問題は・・・何故、草壁の奴がナデシコシリーズの戦艦を持っていたか、だ。

 木連に地球側の技術が浸透してきたからといっても、ナデシコシリーズはネルガルの切り札だ。

 そうそう、造船技術を木連に教えるとは思えない。

 

 

 

 

 

 ―――何かが、俺の勘に引っ掛かる。

 

 

 


 

 

 

 じりじりと、舞歌の屋敷を包囲してくる集団の気配を感じたのは、それぞれの報告が一段落した時だった。

 俺は海神の爺さんへの説明を零夜に任せていたので、閉め切ったカーテンの隙間から、外を窺った。

 

 ・・・気配を殺そうとしているが、消しきれていない。

 それ程の手錬ではない、という事か。

 

 舞歌の家に隠していた携帯用DFSを、右手で弄びながら俺はそう判断をした。

 

「ざっと数えて50人、か。

 どうやら俺がここに居ることに、気が付いた訳ではなさそうだな」

 

 どう考えても、俺を捕まえるためには少なすぎる人数だ。

 侵入時に捕まえたあの警邏の兵は、どうやらまだ見つかっていないらしいな。

 

「四人だと、見付からずに抜け出すのは無理だな。

 仕方が無い、無理矢理突破するか?」

 

 俺一人なら、全然問題にもならない包囲網なのだが。

 

「まあ待てよ、ここで騒ぎを起こすのは得策じゃねぇ。

 デカイのとオイボレを残していけば、お嬢ちゃんなら零夜ちゃんを抱えて逃げれるだろう」

 

 自分の実力を疑われたようで、少し気分を害しながら海神の爺さんに視線を向ける。

 そこには、意外なほどに真剣な目をした爺さんがいた。

 

「爺さんとデカイのを残して、俺と零夜は逃げろというのか?」

 

 俺にまでデカイの、と言われた瞬間、公介がなんとも情けない顔をした。

 

「伝える事は伝えたんだ、俺達のような足手まといの救出は後回しでいいって事だ。

 嬢ちゃんなら、全員叩きのめす事も出来るかもしれねぇが、その場合・・・舞歌嬢ちゃんが危ねぇ。

 月臣の奴の消息も、俺達には分かってないんだしよ」

 

 確かに、舞歌の居場所すら特定できてない現状で、大きな騒ぎを起こすのは得策ではない。

 ましてや、俺の侵入に気が付かれれば、人質として飛厘や京子達も利用されそうだ。

 今の両軍の状況を考えれば、草壁は平気でそれだけの事をするだろう。

 

 それにしても月臣、貴様この状況下、何処で何をしている?

 

「居場所が掴めない以上、月臣も捕まったと考えるべきか・・・」

 

「じゃ、やっぱり京子さんも」

 

 俺の言葉を聞いて、零夜も心配そうに顔を歪める。

 

「ま、先生と俺を探しているなら、あの人数で十分でしょうね。

 そろそろシャワーくらいは浴びたいですし、先生の体力も限界ですからね」

 

「馬鹿野郎、俺はまだまだいけるぞ!!」

 

 強がっているが、海神の爺さんの『気』が弱まっている事に、俺は気が付いていた。

 確かに年齢を考えれば、今の環境下での生活はキツイはずだ。

 これから万葉達が迎えに来る三日間、隠れ続ける事は可能でも・・・この包囲網を抜け出し、逃げ続けるには厳しい。

 

「と、強がっていても正直キツイのは確かだ。

 俺達が大人しく捕まれば、嬢ちゃん達が動き易くなるだろ?

 この家で再会できただけでも、ラッキーだと思わねぇとな」

 

 似合わないウィンクをする海神の爺さんに、俺は苦笑をした。

 これだけ潔く自ら囮になるという爺さんなら、確かに木連の人間とも上手くやれるわけだ。

 月臣とかが、随分と気に入るのも納得だな。

 次に視線を爺さんの後ろにいる公介に向けると、大柄な肩を竦めていた。

 どうやら、特に反論をするつもりはないらしい。

 

 ・・・これが、師弟関係というモノなのか。

 

「でも、それでいいんですか、公介さんは?」

 

「こういう事態は慣れてる。

 ま、さすがにこれだけの規模の事件に巻き込まれるのは、初めてだけどな」

 

 零夜の問いかけに、公介は楽しそうに笑いながら答える。

 

 

 

 ―――これで、俺の気持ちは決まった。

 

 

 

 

 

 

「とりあえず期限ギリギリの三日間待つ。

 それでも救助が無理だと判断したら・・・迷わずに逃げろ。

 今後の戦いで必要になるのは俺達じゃねぇ、お嬢ちゃん達なんだからな」

 

「・・・ああ、そうさせてもらうさ」

 

 玄関から堂々と出て行こうとする二人を、俺と零夜は見送っていた。

 さすがに、無抵抗な二人に攻撃を加えるとは思えないが・・・万が一の為に、背後に控えておきたかったからだ。

 外の兵士達は、海神の爺さんがこの屋敷にいると確信しているのか、万全の体勢で包囲を完成している。

 二人の身柄が捕獲された瞬間、俺は零夜を抱えて直にこの家を脱出する予定だ。

 夜陰に乗ずれば、俺には逃げ切る自信が十分にある。

 

 ふと、俺にしては珍しく悪戯心が湧いた。

 

「今回の救助が無理だったら、後で何か一つ言う事を聞いてやるよ。

 だから、簡単にくたばるなよ、爺さん」

 

「ほぉ・・・なら孫の代わりに『お爺様、大好き♪』って言ってもらおうかな、ポーズ付きで。

 勿論、思いっきり服装から化粧から、女性らしくし決めてもらってよぉ」

 

「・・・今、この場で死にたいんだな?」

 

 俺の返事を聞いて楽しそうに笑いながら、爺さんと公介は玄関から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・爺さん、孫が居たのか?」

 

 屋根を走りながら、背負っている零夜に俺は尋ねる。

 爺さんの言葉を聞いた時は、怒りに我を忘れて暴れそうになったが・・・

 兵士達が舞歌の家に突入する気配を察して、直に逃げ出したのだ。

 屋根の上から確認した限り、二人は怪我もなく捕まった。

 

「えっと、聞いた限りだと、子供もいないはずだけど。

 確か、奥さんが結婚して直に亡くなってから、天涯孤独の身の上だって・・・公介さんから聞いた覚えがあるよ」

 

「そう、か」

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――助けに行くまで、生き延びてろよ、爺さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その7に続く

 

 

 

 

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