< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近・・・不思議な夢を見る。

 

 今までの人生で、一度も見た事もない白い宇宙船が、もう片方の船からの攻撃により消え去る夢だ。

 どれほどの威力を秘めた攻撃なのか・・・一瞬にして、白い戦艦は塵一つ残さずに消えた。

 

 その光景を見て、何故か胸が張り裂けそうなほど痛んだ。

 

 自分自身でも知らないうちに、何かを叫んでいた。

 

 もしかすると、涙を流していたのかもしれない。

 

 だけど、まるでそれは他人の身体のようで・・・自分の意思では何一つ実行できない。

 涙を拭う事も、叫びを止める事も。

 全ては自分の知る事のない、他人事のはずなのに。

 

 

 

 

 そして―――

 

 

 

 

 

 

第一話 現世(うつつよ)

 

 

 

 

 

 薄闇が支配する部屋の中で目を覚ました男性が、ベットの棚に置いてある時計を見る。

 長年愛用してきたその時計では、目覚ましのベルが鳴るまでまだ20分の猶予があった。

 特に低血圧でもない彼は、二度寝をするほど睡眠を欲していないので、そのまま起き出す事にする。

 長髪と呼ぶには少し短い黒髪を手櫛で整えながら、部屋の中にあるクローゼットに近付く。

 彼の身長は180cmほどで、身長に対して少し身体つきは細い。

 パジャマから私服に着替え、眠っている間に連絡がなかったかどうか、留守録を再生してみる。

 

『メッセージはゼロ件です』

 

 彼にとって幸運な事に、就寝中に呼び出しは無かったようだ。

 流石に三日続けて徹夜をするのは、彼にしても堪える。

 

 しかし、急患がいればそんな事を言っている暇などない。

 祖父からの教えを無駄にしない為にも、自分の全力を尽くして患者の命を救う。

 それが、亡くなった祖父との約束だった。

 

「それにしても、疲れているのかな・・・変な夢を見るし」

 

 最近の忙しさを思い返しながら、軽く身体を動かして調子を見てみる。

 次に、剣を振る様な動作を何度も正確にこなし、自分の意思通りに身体が動く事を確認する。

 身体の端々に、気だるい感じが残っているが、大きな問題は無いようだ。

 その後も、暫く朝の日課となっている運動をこなし、薄っすらと浮かんだ汗を流すためにシャワーを浴びる。

 仕事用の私服に着替え、髪を簡単に乾かした後、次にやるべき事が彼を待っていた。

 

「・・・さて、朝ご飯を作らないとな」

 

 洗面所の鏡で身嗜みを簡単に整えて、鏡の中の自分を観察する。

 疲れが残っているのか、少々顔色は青白いが、強い意志を感じさせる黒瞳の色は褪せてはいない。

 なかなか整った容姿をしているが、その雰囲気は鋭さを第一印象として感じさせる。

 

「よし、問題無し」

 

 小さく頷くと、彼はキッチンへと向かった。

 この時間なら、彼の弟達は未だ夢の国だろう。 

 弟達が起き出して騒ぎ出すより先に、彼は朝食を作っておかなければいけない。

 

 

 

 

 彼の名前は久遠 玄夜(くおん げんや)二十四歳

 木連の統治を嫌い、逃げ出した人々で作られたスラムの街で、モグリの医者を生業にして生きる男。

 

 

 

 


 

 

 

 

「ふぁぁぁぁぁぁ・・・おはよーさん、兄貴。

 どうも夢見が悪くてよぉ、寝不足気味だぁ」

 

 玄夜が朝の定番ともいえる目玉焼きを作っていると、弟の一人が眠そうな顔でリビングに現れた。

 兄の玄夜と同じく黒い髪に黒い瞳だが、伸ばした髪は背中の辺りまであり。

 その長い髪を一纏めにし、首の後ろで括っていた。

 もう少し眠気が取れれば、何処か皮肉っぽい光を宿している、何時もの瞳に戻るだろう。

 兄同様に整った容姿を持っているが、普段からの飄々とした態度は兄と違って柔らかさを感じさせる。

 

 しかし、今、一番目を引くのは玄夜を超える身長で、彼の身長は190cmに近い。

 ただ身長のわりに体型は細いため、余計に長身が目立っている。

 そんな弟が、白いシャツに薄青色のジーパン姿でリビングの椅子に向かう。

 のろのろとした足取りだが、その動きには野生の獣を思わせるようなしなやかさがあった。

 

「ああ、おはよう。

 また夜更かしでもしてたのか?」

 

 気だるそうに、リビングに置いてある椅子に座り込む弟に、玄夜が背中を向けたままで話しかける。

 弟達の生活に、玄夜としてはむやみやたらと干渉するつもりはない。

 何より、もう一人の弟には危なっかしい所が多々あるが、この弟に関しては心配する必要は何も無い。

 自分の身に起きた事は、すべて自分自身で対処できるだけの力を、この弟は持ってた。

 

「仕事だよ、仕事。

 サンシローの奴が、無茶なスケジュールを組みやがるからさ」

 

 眠そうな声で返事を返しつつ、テレビの電源を入れる。

 これだけは何時の時代にも変わらない、朝の天気予報に続いて昨日のニュースが流れる。

 食事中は玄夜が注意をするので、テレビを消してしまう。

 弟達からどんな文句が出ようと、素知らぬ顔で電源を切るのだ。

 長兄に逆らうと碌な目に合わない事は、今までの人生で十分知っている。

 

 だから朝のニュースを見るためには、玄夜がキッチンに立っている今しかないのだ。

 

『それでは昨日の夕方の事件です。

 人質の命を盾に立て篭もり、政府に無茶な要求をしていたテロリスト達が、漆黒の戦神率いる『黒の軍』により制圧されました。

 この作戦による死者は、テロリスト5名にのぼりますが、民間人及び人質にされた方に怪我は無いとの事です』

 

「・・・ふん、何処までが本当の事かねぇ」

 

 テレビの中で愛想笑をしている女性キャスターを、揶揄するような笑みで見ている玄夜の弟。

 眠たげだった瞳が、一瞬鋭くなった事を知るものはいない。

 次の瞬間には自分で淹れた珈琲を飲みながら、昨日のゴシップニュースを見て大笑いしていたからだ。

 

 

 

 

 彼の名前は久遠 暁(くおん あきら)二十二歳

 兄と同じく、このスラムの街で暮らす人間。

 職業は運送業と兄弟達に説明をしているが、本当のところは何でも屋のような仕事をしている。

 それも殆どが荒事を専門とするような・・・

 

 

 

 


 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おはよぉ、玄夜兄さん、暁兄さん」

 

 眠そうな声で朝の挨拶を終え、リビングにあるテーブルにそのまま倒れこむ、黒い制服姿の少年。

 上の兄達とは違い、短い髪の毛は茶色っぽく寝癖が酷い、眠そうな瞳は栗色だった。

 しかし、一番目に付く兄達との大きな違いはその身長で、彼は160半ばしかない。

 体付きも細く、荒事には向いていないように見える。

 それでも兄弟と言われれば、三人共に顔の造りは似ているので、誰もが納得する。

 ただ、年齢のせいか少年の幼さが抜け切らない顔は、上の兄二人に比べてどうしても緩く見えるだろう。

 

「テーブルで寝るな、こら」

 

 テーブルでそのまま熟睡しそうな弟の頭を、軽く叩いて起こそうと努力する暁。

 しかし、それしきの衝撃ではこの弟は起きない。

 

「もう、駄目だよ、エイリアンが支配した地球に、人間の住める場所は無いから」

 

「・・・寝惚けてやがる」

 

 本当の猫のように、暁が弟の制服の襟を捕まえて持ち上げる。

 無言のまま近づいた玄夜が、手に持っていたナニかを弟の口に放り込んだ。

 

「!!!!!!!!!!!!!」

 

 次の瞬間には眠た気だった顔をしかめて、弟が暴れだす。

 ジタバタと暴れる弟の服から暁が手を放すと、凄い勢いで洗面所に走っていった。

 

「今日はナニを使ったんだ?」

 

 洗面所で悲鳴を上げている弟を心配しつつ、隣に立つ兄にそう問い掛ける。

 

「ベーコンのタバスコ和えだ」

 

 涼しい顔でキッチンに帰って行く玄夜に、少し引き気味の暁だった。

 

 

 

 

 泣き顔で洗面所に居る少年の名は久遠 貴(くおん たかし)十五歳

 兄達との身長にコンプレックスを抱きながらも、何時か追いついてやると遠大な野心を秘める少年。

 常日頃から明るく毎日を過ごし、兄達にからかわれながらも真っ直ぐに育っている。

 そんな彼の夢は、パイロットになる事だった。

 

 そして、目指すものは・・・15年前から帰らぬ、火星に居る両親との再会だった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 フォークで自分の皿に盛られた目玉焼きを、色々と調べている貴。

 眠たそうに閉じかけていた瞳は、今は逆に爛々と警戒心により輝いていた。

 ただ寝癖は大分マシになったものの、その癖毛はどうやら自前のようだ。

 先程の玄夜の悪戯で、完全に目が覚めたものの、自分の目玉焼きに対して疑いを捨てきれないのだろう。

 

 その姿を見て、暁は苦笑をし、玄夜は素知らぬ顔で新聞を読んでいた。

 既に玄夜は朝食を食べ終わっているので、新聞を読むくらいなら自分のルールではセーフらしい。

 暁としては食後の一服をしたいところだが、煙草は玄夜と貴が嫌っているので、この場では我慢している。

 

「おいおい、早く食べないと遅刻するぞ。

 入学そうそうに、遅刻するつもりか?」

 

 お茶を飲んでいた暁が、そう注意をすれば。

 

「春先だからな、廊下に立たされても別に辛くはないだろう」

 

 既に遅刻は決まったとばかりに、そんな台詞を玄夜が呟く。

 

「・・・今の時代に、廊下に立たされるなんて事は、まずないよ」

 

 兄達の言い草に、憮然としながら反論をする貴。

 しかし、実際に家を出る時間が迫っているのも事実なので、急いで朝食をお腹に収める。

 友人との待ち合わせの約束もあるので、ゆっくりとしている暇は無かった。

 

「ごちそうさまでした!!」

 

 玄関前に置いていた鞄を掴んで、貴が家を飛び出していく。

 

「行ってきま〜す!!」

 

「ああ、頑張って勉強をしてこい」

 

 登校する貴の背中にそんな言葉投げ掛けた後、残された食器を玄夜は片付けていく。

 暁は凄い勢いで走っていく弟を、ベランダで見ながら煙草を満喫していた。

 春に入ろうかというこの時期に、外で吸う煙草は格別だ。

 兄の玄夜はこの後、直にでも最寄の職場・・・病院に向かうだろう。

 若すぎる医師であり院長だが、祖父から譲り受けた病院だから仕方が無い。

 それに他の医師や看護士も、兄の腕も人柄も院長として相応しいと認めている。

 

「だからと言って、あの年であれだけ働く必要もないだろうに。

 何時か倒れるな、あれじゃあ」

 

 生真面目なところは兄の長所であり欠点だと、次男の彼は考えていた。

 尤も長男と末っ子からすれば、彼はアバウト過ぎると反論されるのだが。

 

「それにしても、まさか貴が受験に受かるとはなぁ」

 

 弟が顔も殆ど覚えていない両親に会うために、宇宙船のパイロットを目指している事は知っている。

 スラムの住人と言っても、適性があれば木連の運営するパイロット育成学校には入れる。

 労働力の確保という面では、彼等は労を惜しまない。

 それは、先祖達が木星のコロニーに住んでいた時の苦労を知るがゆえだろうか。

 駄目元で試験を受けると言い出した貴に、玄夜も暁も反対はしなかった。

 無謀とも思える挑戦だが、貴自身が選んだ事に口を挟みたくなかったからだ。

 それに、あまりに高いハードルはあの甘えん坊の三男には超えられないと、二人は予想していた。

 

 しかし、貴には頭は別として・・・パイロットとしての適性があった。

 

 そしてこの春から、貴はパイロット育成学校の生徒になる。

 スラムと『街』を隔てる『防壁』を越えて。

 

「・・・生体跳躍が使えなくなって、早二十数年か」

 

 暁用に設置してある灰皿で煙草の火を消しながら、彼はそんな呟きを洩らした。

 様々な夢を人類に見せ続けていた生体跳躍が、突然使えなくなった。

 正確には、制御が出来なくなり、とんでもない場所にジャンプアウトをするようになったのだ。

 三人の両親は、開発が進む火星に医師として出向いている。

 しかし、立場が低い彼等は生体跳躍が使えぬ今では、地球に帰るシャトルに乗せてもらえない。

 手紙一つ寄越すことでさえ、法外な料金を請求される。

 火星での生活を考えると、そんな余裕は無いだろう。

 貴が生まれて、直に火星に連れて行かれた夫婦。

 慢性の人手不足に悩まされる開拓星に、スラムの人間とはいえ医者は貴重な存在だった。

 そう、まさに両親は連行されて行ったのだ。

 

 ・・・貴は両親の顔どころか、声さえも記憶には無い。

 

 だからだろうか、兄に聞かされた両親の居場所を知り、そこに向かおうとするのは。

 暁と玄夜には、そんな貴の想いを止める理由が無かった。

 

 

 

 

「一途・・・いや、意外と頑固者なのかな、あの弟も。

 それだけに・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 暁の最後の呟きは、言葉として口から漏れる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その2に続く

 

 

 

 

 

 

 

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