< 時の流れに >
特に大きな問題も無くホームルームは終わり。
大介は貴との待ち合わせ場所である、学校の近くの公園で待っていた。
自分達のクラスが早く終わった事を考えても、既にこの場所で三十分は待っている。
季節は初春なので、別段待つ事に苦痛は無かった。
目の前を、数人のパイロット育成科の制服を着た生徒が歩いていく。
しかし、その中に貴の姿は無い。
道に迷ったとは思えないし、何かトラブルでもあったのか・・・と、大介が心配しだした頃、貴は姿を現した。
「ふ〜ん、貴君のお兄さん達も、IFS付けてるんだ?」
「そうなんだ。
一番上の兄さんは、特殊なIFS医療機器を使用するのに必要だったし。
その下の兄さんは、仕事柄IFS対応の車の運転とかがあるから付けたらしいんだ」
今まで見たことの無い少女と、楽しげに会話をしながら歩いてくる貴。
その姿を見て、重い溜息を吐く大介だった。
暁の影響かどうかは分からないが、貴は女性とのお付き合いにかなり憧れを抱いていた。
しかし、顔立ちは悪くないのだが、どうにも女運は悪い。
たまに良い雰囲気になる女の子がいても、玄夜や暁の姿を見るとそちらに目移りされてしまう。
だから極力自宅には女友達を呼ばないし、誘わない貴だった。
「ま、暁さんのレベルまで到達するには、まだまだ修行が足りないと思うけどな」
怒る気力も失せたのか、一生懸命に会話を継続しようとする貴の姿を、生暖かい目で見守る親友だった。
「私の名前は園部 枝実(そのべ えみ)。
貴君と同じ、パイロット育成科の一年生だよ。
今後とも、よろしくね」
「経理育成科一年の高木 大介だ。
そこの貴とは、小学校時代からの腐れ縁をやっている」
「腐れ縁には否定はしないけど・・・・・・・そこの、って酷い扱いだよなぁ」
かといって、枝実との会話に熱中してたため、大介をかなりの時間待たせていた負い目が貴にはあった。
自然と抗議の声は尻すぼみになっていく。
勿論、大介はその抗議の声を無視。
目の前で笑っている枝実を、しげしげと観察していた。
枝実は栗色の髪をショートカットにし、茶色の大きな瞳を持つ美少女だ。
スレンダーな体付きで、身長は150cm半ば位だろう。
くるくると表情がよく変わり、さきほども明るい笑顔で貴と大介の漫才を見ていた。
そんな枝実の観察を終えた後、不思議そうな口調で大介は彼女に話しかけた。
「確か・・・園部ってのは、クリムゾンに組していない、珍しい企業の名前だったよな?」
「え、そうなの?」
大介の言葉に、驚いて枝実に尋ねる。
その言葉を聞いて、少し顔を顰めた後、枝実は話しだした。
「・・・ええそうよ、ウチはクリムゾンとは血縁じゃ無いからね。
でもね、所詮はクリムゾンの下請け会社なのよ。
色々と反抗的な事も出来るけど、そんな事をすれば干されるのが分かってるから、結局無茶は出来ない。
元々はクリムゾンに並ぶ大企業だったらしいけど、今じゃ負け組みって事ね。
だからかな・・・実家に居ても、将来が見えちゃって。
私はパイロットになりたかったから、実家を出てこの学校を受験したの。
ま、それでもクリムゾンの人達には嫌われているから、こっちの校舎に放り込まれたんだけどね」
その言葉を聞いて、大介は納得したように頷いた。
スラムではなく『街』に住む枝実が、どうして貴と同じクラスなのかと勘繰っていたが、その理由ならば納得できる。
大介のクラスでもホームルームの自己紹介時に、幾人か『街』の人間が混じっていたからだ。
彼等と枝実に共通するものは、クリムゾンか木連の人間に爪弾きにされている、という事だった。
「で、何が切っ掛けで仲良くなったんだ?
席が隣にでもなったのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、まあどうでもいいじゃないなか、そんな事」
言葉を濁す貴を不審に思い、視線で枝実に問いかける大介。
それを受けて、枝実は苦笑をしながら知り合った訳を説明した。
「廊下で貴君が立ち往生してるのを、私が見付けたの。
自分の教室が分からなくて、困ってたのよ。
それにしても、私がクリムゾンから睨まれてるって聞いても、驚かないのね?」
「別にスラムに住んでる俺達には、どうせ接点の薄い存在だしな。
それにしても・・・情け無い奴だな、お前って奴は」
「悪かったな」
『街』に住む企業家の娘とは思えぬほどフレンドリーな枝実に、貴も大介も好感を抱いた。
そして枝実からすれば、クリムゾンに目の敵にされている事を知りながら、態度を変えない二人は興味深い存在だった。
それぞれに第一印象は悪くなく、三人は暫くの間、時間が経つのを忘れて会話を弾ませていた。
スラムではまず拝めない、綺麗に掃除された公園の中は、心地よい初春の匂いが満ちていた。
「う〜ん、まさか兄貴の病院に連れていかれたとはなぁ・・・」
「どうします?
玄夜さん、患者については一歩も引かない人でしょ?」
久遠病院の専用駐車場にジープを止めて、暁とサンシローは唸っていた。
探していた女性の聞き込みの結果、有力な情報を掴む事が出来た。
ただし、その女性は暴走車から子供を救い、頭部を強打して意識不明になったらしい。
スラムでも比較的治安の良い所だったのが幸いし、女性は久遠病院へと運ばれた。
もしこれがスラムの暗黒街とも呼べる場所だったなら、彼女の姿は二度と日の目を見なかっただろう。
だが、どちらにしろ玄夜の居る久遠病院に引き取られた時点で、面倒な事態になった事には変わりはなかった。
「それとなく看護士に聞いてみるか、部屋の場所さえ分かれば、何とかコンタクトを取れるだろうし」
「玄夜さんも忙しい身の上ですからね。
上手く隙を突けば、女性の一人くらい連れ出せるかも」
場所が場所だけに、揉め事を起こしたくないと暁は考えていた。
それは玄夜も同じ考えだろうが、今朝の出来事があるだけに病院では会い辛い。
かといって、今回の報酬は魅力的であり、このまま指をくわえて見過ごすには惜しかった。
サンシローの情報によると、他にも同じ依頼を受けた同業者も存在するらしいし。
その同業者達が久遠病院を突き止めるのも、時間の問題だと二人は判断していた。
「・・・ここで考えても仕方が無い、とりあえず動くぞ」
「うっす」
覚悟を決めた暁はサンシローを伴い、久遠病院の玄関へと向かった。
知り合いの看護士を捕まえて、暁は自分達が探している女性が運ばれたかどうかを尋ねた。
幸いにもその看護士は、件の女性を玄夜が診ている時に側に居たらしく、女性が運ばれた病室を知っていた。
その証言により、暁とサンシローは目的の人物が久遠病院に居る確証を得た。
しかし、今朝の騒ぎが原因で、暁は病棟への立ち入りを断られてしまった。
何とか情報を聞き出した看護士に頼み込んだのだが、結局は無理だった。
この久遠病院では、院長である玄夜と看護士の統括役である美代の言葉は絶対なのだ。
「・・・どーするんですか?」
「ふふん、心配するな俺が前回夜這いに使ったルートを使って、こっそりと忍び込むまでよ。
ターゲットの居る病室は分かっているんだ、どうにかなるって」
「・・・あんたって人は」
痛み出した頭を抱えながら、こういう人なんだよな・・・と妙に達観するサンシローだった。
暁の使ったルートは、病院内に縦横に走る排気口だった。
長身だが細身の暁にはそれほど窮屈ではないが、後ろに続くサンシローは横幅があるため、かなり窮屈そうだ。
スイスイと軽快に移動する暁を必死に追いかけながら、こんな抜け道をどうやって見つけたのか、不思議に思うサンシローだった。
何より、迷い無く進むその姿に、普段から疚しい事のためにこの通路を使用している事が予想出来る。
そして・・・・腹這いになったまま、二人の探索は続く。
排気口に潜り込んでから20分程経った頃、前を進んでいた暁の動きが止まる。
「どうしたんですか?」
「しっ!! もっと小声で話せ」
暁が小声でサンシローに注意をする。
何か見付けたのかと、息を殺して耳に神経を集中するサンシローに話し声が聞こえてきた。
「でも、玄夜院長も無茶するよねー」
「うーん、暁さんだけが悪いわけじゃないけど。
・・・やっぱり、患者さん第一って人だし」
聞こえてきた女性の声に、サンシローは暁が何をしているのか嫌でも想像が出来た。
よくみれば、暁の視線は排気口にある鉄網の部分から、下を見ていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・覗きっすか」
「・・・脱いだら凄いんだな、あの娘。
あはははははははー」
思いっきり自分の発言を無視されて、暁の後ろで涙を流すサンシロー。
何が悲しいかというと、どうして自分はこの男とコンビを組んでしまったのか、という過去の自分の先見の無さが悲しい。
腕も立つし色々と役立つ技能を持ってはいる・・・だけどこの女好きだけはどうにかならんのか?
真剣に今後の付き合いについて考えるサンシローだった。
「でもね、暁さんが忍び込みそうな場所に、地雷を設置するのはやりすぎだと思うけど。
患者さんにもしもの事があったら大事よ?」
「ああ、大丈夫よ。
暁さんってほら、普通の人が通るはずもない所を通るから。
兄弟だもん、玄夜院長もそこらへんは良く分かってるわよ」
その言葉を耳にした瞬間、バックを始めるサンシロー。
暁は・・・その場を動こうとしなかった。
そして、かなりの距離を取ってからサンシローが話しかける。
「もしかして・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・踏んじゃってます?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん」
目の前で不貞腐れている弟を見て、玄夜は大きく溜息をついた。
パートナーのサンシローは用事があると言って、今はこの院長室には居ない。
排気口から着替えを覗かれた看護士は、悲鳴を上げて玄夜に助けを求めた。
それを聞いて、愛用の日本刀を携えて玄夜は現場に急行。
・・・犯人が実の弟と知った時、玄夜は何とも言えない表情をしていた。
実は例の急患の女性を見る前に、玄夜がしておこうとした仕事が、この地雷の設置だった。
結局、女性の診察をした後に、暁が侵入時に使用すると思われるコースに簡単に仕掛けておいたのだ。
「・・・病院で地雷なんか設置するなよ。
しかも排気口なんかに」
「俺も設置して二時間で獲物が引っ掛かるとは、想像もしてなかったよ」
今日、家に帰ってから警告をするつもりだったのだ。
その警告をする暇も無く、馬鹿は引っ掛かったのだが。
「それに地雷と言っても、気を失う程度の電撃が襲い掛かるだけだ。
排気口なんかで爆発物を仕掛けて、本当に爆発したら大変だろうが」
「・・・というか、病院に何故そんな地雷がある?」
呑気に院長室の椅子に座って珈琲を飲んでいる玄夜に、半眼になって問い詰める暁。
彼にとっても、この久遠病院には謎は多い。
「気にするな、俺の趣味だ」
「・・・おいおい」
納得はいかないが、これ以上食い下がっても良い事は無いだろうと判断したのか、暁は表情を元に戻した。
結局、例の歩美と思われる女性を連れ出すのに、この玄夜の許可は必要だろう。
ならば、今の時点で話を通しておいたほうが良いと判断したのだ。
「で、本当に何しに来たんだ?
まさか覗きが目的とは言わないよな?」
「そんな訳ないでしょーが。
本題はだな・・・兄貴、今日の昼前に急患で女性が一人運ばれただろ」
――――――暁の言葉を受け、玄夜の視線が鋭くなった。