< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは夢の続き。

 

 自転車のペダルを、必死になって漕いでいた。

 汗だくになりながらも、何かを追いかけていた。

 目の前の施設に押し入り、激しく抵抗をしたが・・・警備員に捕まった。

 

 

 

 

 

 白い戦艦が入っているドックの前で、眼鏡を掛け赤いベストを着た中年が何かを言っている。

 その人物が話しかけている相手が、自分だと気が付いた時・・・相手の言葉がはっきりと聞き取れた。

 

『これぞ我社の開発した機動戦艦―――』

 

 

 

 

 

 

 そして―――

 

 

 

 

 

 

第二話 迷い鳥

 

 

 

 

 

 合同入学式を終えて、貴と大介は自分達の教室に向かった。

 目の前にある立派な校舎・・・しかし、そこは彼等の学び舎ではなかった。

 入学式に使われた体育館こそ立派なものだったが、それは本来は貴達が使用出来る場所ではない。

 貴や木連でも地位の低い親の子供達は、この学園の外れにある小さな学び舎こそが、これからの居場所だった。

 そして極少数の地位の高い親の子供達のみが、この立派な校舎を使う。

 

「・・・いや、まあ差別されるのは覚悟してたけどさ。

 ここまであからさまだと、呆れるしかないね」

 

「呆れて何も言えないよ、俺は」

 

 気難しい性格の友人を心配して、それとなく話題を振る貴。

 しかし、大介は現状に既に憤りを通り越して呆れ果てたという印象しか、持っていないようだ。

 

「ただ、入学式で隣に並んでいた木連の血縁者・・・俺達を随分と馬鹿にしたような目で見てたな。

 これで実は血縁以外、自慢できるモノが無かったら大笑いだな」

 

「だからって喧嘩はしないでよ。

 僕も大介も、腕っ節はダメダメなんだから」

 

 貴の兄達は、職業柄かどうか知らないが、何故かやたらに腕が立つ。

 玄夜などは刃物を持たせると性格が変わるタイプだと、貴は確信していた。

 唯一、医者としてのプライドが辛うじて自制心を発動させるのか、メスだけは性格が変わることがないが。

 ちなみに、暁は美女で暴走すると十五年の付き合いの中で思い知っている。

 

 チンピラに絡まれた時などは心強い存在だが、私生活では喧嘩をしても絶対に勝てない相手だ。

 つい最近も、玄夜が作った夕食のシチューを引っくり返し、無表情のままお仕置きされたのだ。

 同じ様に空腹状態だった暁もお仕置きに参加したため、悲惨な事になってしまった。

 騒ぎを聞きつけた美代が止めに入らなければ、当分寝たきりになっていただろう。

 

「どうせ肩を並べて勉強をするわけじゃないんだ、せいぜいこっちも無視しておくさ。

 あちらさんからすれば、俺達なんて存在していないに等しいんだろうしな」

 

「それはそれで、腹が立つけど・・・」

 

 等と入学早々、不毛な会話をしながら、彼等は自分達の教室に向かい分かれる。

 学習するコースがパイロットと経理である以上、同じ教室になるはずがなかった。

 それに校舎自体、少し離れた場所に建っている。

 

 全く顔見知りのいない教室に向けて、二人は歩き出していった。

 

 

 

 

「う〜ん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 教室が並ぶ廊下で、貴は悩んでいた。

 心底悩んでいた。

 とことん悩んでいた。

 自分の教室が、何処だか分からないから。

 

「6つ、パイロット育成組があって。

 そのうちの一つが、僕の入る組なんだよな」

 

 当たり前の事を呟き、再びその場で唸りだす。

 つまり、自分の教室が分からないのだ。

 今まで通ってきたスラムの小中学校のように、教室前にクラスメイトの張り紙がしてあるはずもない。

 合格通知が入っていた封筒に、自分の割り振られたクラスは書かれていた。

 ちなみに、合格した嬉しさで一度だけ見たその書類の内容は、綺麗に貴の記憶から消去されている。

 スラムと『街』を隔てるゲートのパスポートこそ忘れなかったものの、書類のほうは見事に忘れた貴だった。

 

「大介と話してて遅れたから、廊下に残ってるの僕だけだしなぁ。

 適当に教室に入って、誰かにクラス割りの書類を見せてもらうしかないか。

 ・・・もう、ホームルームまで時間が無いし」

 

 入学早々、恥を掻きにいきます・・・玄夜兄さん。

 

 

 

 

『心配するな、お前は何時でも何処でも、そんな役回りだ』

 

 

 

 

 ―――嫌な幻聴を、聞いたような気がした貴だった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 人とゴミが散乱するアスファルトを、一台のジープが走っている。

 見通しが悪く、決して走りやすいとは言えないその道路を、ジープは結構なスピードを出している。

 きっと運転をしている人物は、この道を毎日のように走っているのだろう。

 

「で、今日の仕事は何だよ、サンシロー?」

 

「人探しでーす」

 

 助手席に座っている暁が、隣で車の運転をしている、ブルゾンを着た金髪の青年に話し掛けた。

 ショートカット程度の長さの金髪を持つ青年は、暁ほどの身長はないがそれでも170cm後半はあった。

 それに暁と同じ様に鍛えているのだろう、ブルゾンの下には太い腕や首が覗いている。

 今はサングラスをしていて瞳の色は分からないが、口調から予想出来るように愛嬌のある顔立ちをしており。

 年齢は二十歳を超えていると思われるが、その口調と仕草からは二、三歳若く見える。

 

「探し出す相手の写真とかは?」

 

 ジープの騒がしいエンジン音に負けないよう、声を張り上げて質問をする暁。

 

「もらえませんでした!!」

 

 即答だった。

 

「・・・見た目の特徴とか、服装とか、居なくなった場所とかの情報は?

 というか、何時行方不明になったんだよ?」

 

「殆ど情報無しっす!!」

 

 とりあえず、明るく無責任な事を述べるサンシローの頭頂に、拳骨を撃ち込む暁だった。

 

 

 

 

 

「あー、まだお星様が見えるぉ」

 

「ひ弱な奴だなぁ、貴なら三秒で回復するぞ?」

 

「・・・何時か、貴君を殺すかもしれないっすね」

 

 ハンドルに身をもたせ掛けながら、貴の境遇に同情というか共感を持ってしまうサンシローだった。

 頭頂の一撃で一瞬気を失い、危うく事故を起こしかけた所を、暁が横から手を伸ばしてハンドル操作を行い回避した。

 自分のせいで事故を起こしかけたのに、その回避の手際について威張っている暁だったりした。

 

「とにかく、こんなふざけた仕事取ってくるな。

 顔を伏せてるって事は、多分いいとこのお嬢さんだろう?

 どうせ、スラムの人間と係わったりした経歴を残したくないから、捜査用の写真を渡さないんだろうし。

 ・・・時間の無駄だぞ、こんな仕事?」

 

「え〜、確かに探し出す相手ってのは『街』から迷い込んだ、深窓の令嬢ですけど。

 依頼人の親御さんは、『街』の企業家みたいですし。

 だからギャラが良いんですよ、情報収集だけでも。

 それに暁さん、その手の女性も好きでしょ?」

 

「勘違いするな、俺は女性が好きなんじゃない。

 美女が好きなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・い、言い切りましたねぇ」

 

 額に汗を浮かばせながら、改めて暁の凄さを思い知るサンシロー。

 

「で、美女なのか?」

 

「当人を見つけてから判断して下さい。

 一応、スラムに入り込んだと思われる大雑把な場所と、その時の服装だけは聞きだせましたから。

 あと、名前は歩美(あゆみ)ちゃん、二十歳だそーです」

 

「・・・ま、他に仕事が無いんじゃ仕方がないな。

 暇つぶしに、歩美ちゃんが美人である事を祈りつつ。

 その入り込んできた場所に向かうぞー」

 

 やる気があるのか無いのか、無気力な態度で煙草に火を点けながら、サンシローに出発を促す暁だった。

 

 

 

 


 

 

 

 

「・・・急患?」

 

「そ、頭を強く打って、意識不明の女性の方です」

 

 先ほど診察が終わった患者のカルテに、病状の記入をしていた玄夜に美代が話しかけてきた。

 その報告を聞いて、筆を止める玄夜。

 

「他の先生達は?」

 

「皆さん、それぞれ忙しいみたいです。

 玄夜先生なら、この後少し時間が空くでしょう?」

 

 美代にそう言われて、自分のスケジュールを思い出す。

 今日の患者の診察が、予想より早く進んでいるので確かに時間の余裕はあった。

 玄夜はその余った時間を、入院患者の様子を見回る時間に充てるつもりだったのだ。

 そしてもう一つ、やっておかなければいけない仕事があったのだが・・・

 

「急患ならそちらが優先だな。

 分かった、直ぐに診る」

 

 美代に患者を連れて来るように頼み、玄夜は書きかけのカルテの続きを急いだ。

 

 

 

 急患の女性は美人だった。

 見た目の年齢は二十歳前後で、白いトレーナーと薄い黄色のスカートを履いている。

 亜麻色の長い髪は、腰の辺りまで伸びていた。

 身体に怪我が無いか調べていた同性の看護士がプロポーションも抜群だと、複雑な顔で玄夜に報告をしてきた。

 苦笑をしながら渡されたカルテに目を通す玄夜。

 そこには、目の前に横たわる女性の身体的なデータと、病院に運ばれた理由等が記されていた。

 

「身長165cm前後、スリーサイズは上から・・・って、何を書いてるんだ、君は?

 本当に頭部以外に、怪我は無かったんだな?」

 

「はい、先生が自分で調べられる前に、出来るだけ情報を揃えておこうかな、と。

 それはもう、一生懸命調べました」

 

 叱られた小柄な看護士が、苛められた小動物のような瞳で玄夜を見上げる。

 その態度に気勢を削がれ、玄夜は溜息を吐きながら看護士を追求する手を緩めた。

 

 ちなみに、小柄な看護士が美人の患者に警戒心と嫉妬を感じている事に、玄夜は気付いていない。

 

「衣服にそれほど汚れも無いし、顔色も悪くない。

 呼吸も正常だな。

 頭部への打撲も・・・部位的には、一応問題が無さそうだ」

 

 美代たちが施した頭部の包帯を解き、患部を診る玄夜。

 触診をした限り、頭蓋骨に問題は無いだろう。

 患部に触れる度に、女性が小刻みに身体を揺する以上、神経系も大丈夫だろう。

 ただ、意識が戻ってから本人と直接話をしなければ、最終的な判断は下せない。

 

「・・・脈拍も正常、こうなると後は意識が戻るまで待つしかないか。

 すまないが理恵(りえ)君、彼女を空いている病室に運んでおいてくれ」

 

 患部にガーゼを当て、包帯を締めなおしながら玄夜は後ろに控えていた看護士に頼む。

 

「はい、分かりました」

 

 元気良く返事をすると、理恵と呼ばれた小柄な看護士は診察室から出て行った。

 その姿を見送った後、玄夜は再びカルテに目を落とした。

 

「子供を暴走車から庇って、地面で頭部を強打か。

 ・・・どうやら、中々のお人好しらしいな」

 

 しかし、玄夜の口調には嘲りではなく、感心した色合いが含まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2に続く

 

 

 

 

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