< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢は続く。

 見覚えの無い、だけど何故か覚えている場面を繋げながら。

 

 あの白い戦艦が、不思議な物体と戦っていた。

 その光景を、自分は少し離れた場所から見ていた。

 

 そこは、何かの操縦席のようだった。

 周囲の状況を確認しているうちに、白い戦艦は謎の物体に飲み込まれ・・・内側から崩壊した。

 

 突然、目の前にウィンドウが開く。

 

『――――――ト!!

 早く帰ってきて!!

 直ぐにこの場所から離れるよ!!』

 

 

 

 

 

 

 そして―――

 

 

 

 

 

 

第三話 雨、上がる

 

 

 

 

 

 支配者が変わろうとも、地球の自然は変わらない。

 いや、実際は緩やかにその形態を変えてはいた。

 それは緩やかな変化であり、人間には判断のつかない大きな尺度で確実に起こっている事だった。

 

 自らを支配者と名乗る者達は、その事に最近になって気が付いた。

 だからこそ、地球を見限り他の惑星に希望を求めた。

 彼らの欲求に応える事が出来ない星に、用などは無いとばかりに。

 

 ・・・そう、地球はその内包する資源を枯渇させつつあった。

 

 慎ましく一〇〇年を木星で生きてきた彼等の、押さえ込まれた欲求は一度開放された時に歯止めを失っていた。

 無計画な木々の伐採、石油を初めとしたあらゆる資源の乱用、それは動植物にも及んでいた。

 食べるためだけでなく、楽しみむためにも殺した、奪った、そして地上から幾つもの種族と自然は消えていった。

 誰も彼等を止める事は無く、また諌める者は次々と消えていった。

 

 そして――――――火星への本格的な移住が、上層部で決定されたのは50年前。

 

 スラムに住む人間を労働力に狩り出し、計画は順調に進んでいた。

 自分達の支配する世界は、永遠に続くと信じていた。

 無限と言われる宇宙でさえ、彼等の誇る技術の前では意味が無かったのだから。

 彼等は生体跳躍が完全に、己が支配下にあると思っていた。

 

 

 

 

 ――――――しかし、その術は二十年前に突如として消え去った。

 

 

 

 


 

 

 

 

 梅雨を証明するような、ジトジトとした湿気の中で雨は降り続けている。

 六月の季節に相応しい雨だが、憂鬱な事には変わり無い。

 そんな待ち合わせをするには最低の環境の中、一人の少年が仏頂面で青い傘を持って立っている。

 律儀に待ち合わせ場所で野ざらしになるより、何処かで雨宿りをすればいい話なのだが。

 

 その傘を差した少年・・・大介は意地でもその場所から動くつもりはないようだ。

 

「・・・遅い」

 

 何時もの事とはいえ、あまりに遅い貴の登場に愚痴がひとりでに出る。

 既に育成学校に入学してから二ヶ月余りが経つが、未だ遅刻などはしていない。

 それはひとえに、大介が常に緩い貴の緊張感を引き締めていたからだった。

 

 しかし、今日は既に待ち合わせの時間を大幅に過ぎている。

 父親の形見である腕時計を見て、現在の時刻とゲートまでの時間を計算する。

 それに学校の始業ベルが鳴り響く時間を思い出して・・・溜息を吐いた。

 

「・・・仕方が無い、先に行くか」

 

 更に五分・・・その場で待った後、大介はゲートに向けて歩き出した。

 貴に付き合って遅刻をしていては、きりが無いと判断をしたのだろう。

 

 大介が歩き出してから五分後。

 

 大介の隣に、幌を掛けた一台のジープが止まった。

 

「よっ、大介君」

 

「・・・サンシローさん?」

 

 気軽に挨拶をしてくる運転席のサンシローを見て、大介の足が止まった。

 

 

 

 

 

 

「へー、あの貴君が食中毒になるなんて。

 昨日なんか、平気で二週間前に賞味期限が切れたパンを食べてたのに。

 ・・・この梅雨の時期によく食べても平気だな、って感心してたんだけどなぁ」

 

「その程度、貴なら全然大丈夫だ。

 今回は・・・相手が悪かった」

 

 今にも降り出しそうな空模様の中、大介と枝実が並んで歩いている。

 いかにも梅雨らしい空なのだが、外を歩いている者にとっては鬱陶しい事この上ない。

 そんな中、大介は夏服に指定されている半袖の白いシャツに、黒い学生ズボン姿。

 枝実は同じように白い半袖のシャツに胸元に赤いリボン、濃い緑と黒のチェックのスカートを履いて歩いていた。

 

「遅刻しそうな事はあっても、何時も人一倍元気だったんだけなぁ」

 

「だから、実際に丈夫なんだって・・・貴は」

 

 学校からの帰りに、三人で公園によって話をするのが、出会ってから続く彼らの日課だった。

 誰かが言い出した訳でもないが、お互いに話を聞いて欲しい事は幾らでもあった。

 授業の事、意地悪な同級生の事、失敗談に初めて触れた知識についても。

 

「でも、それだけじゃないぞ、あの玄夜さんに暁さんまで入院なんて。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・よっぽど、見た目は美味しそうに出来たんだろうな」

 

 折り畳んだ傘を揺らしながら、大介は今日の出来事を話題にしていた。

 

 今朝、ジープでゲートまで送ってもらいながら、苦笑いのサンシローから聞いた事を話す。

 あの付近のスラムでは、あらゆる意味で有名なあの三兄弟を、同時にノックアウトをした強者。

 その威力を思い出すだけで、彼は久遠家の三兄弟に深い同情の念を覚える。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一体、何を食べたのよ?」

 

 顔色を青くして、ガタガタと震えだす大介に、只ならぬ気配を感じて問い質す枝実。

 年の割りに落ち着いた雰囲気を持つ大介が、ここまで恐怖を顕にする姿を、枝実は初めて見た。

 

 

 動きの止まった二人の隣を、お迎えの車に乗った木連血筋の学生が次々と通り過ぎて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「前に話した・・・新しいお手伝いさんの・・・手料理・・・・うっ!!」

 

「ちょ、ちょっと大丈夫?」

 

 貴に騙されて一度だけ食べたその味が、告白により舌に甦った大介だった。

 

 

 

 


 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・こうして、兄さん達と病院のベッドに並ぶ事が、最近多いね」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだな、先月に食べた『初めての手料理』以来だな」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・言うな、記憶が甦るだろうが」

 

 三人仲良く、三台のベッドで川の字を作っている、パジャマ姿の久遠家三兄弟。

 

 つい最近にも二日ほど、三人はこの病室に仲良く並んでいた。

 ジメジメとした梅雨の湿気も、空調の効いた病室には関係が無い。

 健康、電気その他の理由で、久遠家ではエアコンを殆ど使用しないため、居心地の良さではこちらが上だ。

 

 ただし、腹部に断続的に襲い掛かる、鋭角的な痛みがなければの話だが。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・というか、さ。

 俺、隣で何の調味料を入れてるか、調理中ずっと見張ってたんだぜ?

 どうやったら、こんな毒物が作れるんだよ?」

 

「見た目だけは、大分マシになってたもんね。

 なんか、悪質なトラップに引っ掛かった気分・・・」

 

 暁の呟きに、貴が今回の敗因を述べる。

 

「・・・・・・・・・・・・・・初めて目の前に出された料理は、謎の物体Xだったからな」

 

「「・・・・・・・・・・・・・」」

 

 玄夜の言葉により、ファーストインパクトを思い出したのか暁と貴の顔が引きつる。

 何故か濃緑色をした、泡を吹き出しているゲル状の食べ物を目の前に出された時、彼等は我が目を疑った。

 ついでに言えば、彼女の掃除洗濯の手際は見事だった。

 今までは、一番掃除が得意な玄夜が一番忙しい身の上なので、久遠家は常に雑多な状態だった。

 それを二ヶ月前に家政婦として雇った彼女は、見事な腕前と身のこなしでその状態を退治してみせた。

 病院から帰って来た玄夜が、一瞬帰る家を間違えたのかと思ったほどだ。

 

 ・・・しかし、世の中は良い事ばかりではない。

 

 見た目はアレだが、あれだけの手際を持つ彼女の事・・・料理も美味しいはず、という先入観が生まれていた。

 その結果、彼等はそのまま久遠病院のベッドへと直行。

 貴にとっては、入院した期間が学校が休みである土日だった事だけが、唯一の幸運だっただろう。

 

 たまたま遊びに来た大介に、とっておいた料理を食べさせて入院させたのは、お茶目な悪戯のつもりだ。

 ・・・後で散々苛められたが。

 

「美代さんから料理の手解きを受けて・・・見た目はレベルアップしたのにな」

 

「・・・嫌な予感はしてたんだよ、僕」

 

「はっ!! それなら俺もだよ!!」

 

 何故か貴の台詞に対抗心をみせる暁。

 つまるところ・・・ベッドに括り付けられている現状が、暇で仕方が無いのだろう。

 

 ファーストインパクトの後、仲良く唸ってる三人の看病を、彼女は涙を流しながら不眠不休で行った。

 三人が回復した後は、美代に頼み込んで料理の特訓もしていた。

 昼間は久遠家の掃除洗濯、午後は久遠病院で看護士として働き、夜は料理の特訓。

 同じ家に住んでいる三人は、彼女のその頑張りを全て見ていたのだ。

 

 それだけに、セカンドインパクトは必ず回避出来ると、三兄弟は信じていた。

 

「吉野君に涙目で『食べて』、と言われて・・・喜んで真っ先に食べたのは暁だろうが。

 俺は最後まで抵抗したぞ」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・隣で声も無く悶絶してる弟の姿を見てたくせに。

 それでもあの料理を食べた兄貴を、俺は尊敬するよ。

 いや、本気で」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・ほっとけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・だって、吉野さんに『あーん♪』って迫られてたもんなぁ、玄夜兄さん。

 吉野さん、僕と暁兄さんが倒れているのに、全然気が付いてなかったみたいだし。

 ある意味・・・・・・・・・漢だよね、玄夜兄さんって」

 

 

 

 

 ――――――その後、三兄弟の騒がしい言い争いは、深夜にまで及んだ。

 

 

 

 


 

 

 

 

「オツトメ、御苦労様デヤンス」

 

「・・・嫌味か?」

 

 何故か中腰になり、右手を手前に、左手を腰に回して凄んでいるサンシロー。

 わざわざ服装にまで気を使ったのか、白いシャツとジーパン姿に何故か腹巻をしている。

 そんなサンシローに久遠病院前で待ち伏せをされて、冷めた目で睨みつける暁だった。

 

 一応は味も進化していたのか、今回は一晩入院しただけで三兄弟は何とか回復していた。

 すでに貴は学校に、玄夜は院長室に直行。

 これ幸いと、空調の効いた部屋で惰眠を貪っていた暁だが、つい先ほど美代に発見され追い出されたのだ。

 幸い、着る物は吉野が運んでくれていたので、パジャマ姿で久遠家に帰る必要はなかった。

 

「待てよ、サンシローが此処で待ってたって事は・・・

 お前だな、美代さんに俺が病室で寝ているのを告げ口したのは?

 そうだろ?そんなんだな?この野郎?」

 

「はいはい、次の仕事が待ってるんですから、何時までも我侭言わないで下さいねー」

 

 さすがにこの季節に腹巻は暑いのか、その場で脱ぎながらサンシローが催促する。

 そして、仏頂面の暁を乗せて、サンシローの運転するジープは走り出した。

 

 

 

 

「しっかし、毎回料理を作る度に入院されたら困るんですけどねぇ」

 

 運転をしながらサンシローが呟く。

 面と向かって吉野に告げるのは、さすがに憚れるのだ。

 何より、その後で玄夜がどのようなアクションを起こすか、分かったものではない。

 

 サンシローの言葉を聞きながら、暁は煙草に火を付ける。

 病院は完全に禁煙のため、今まで我慢をしていたのだ。

 

 そして紫煙を吐き出しながら、暁が返事をした。

 

「・・・さすがにもう作らないだろ、二回も入院させたんだし。

 幾ら吉野ちゃんに甘い兄貴でも、病院の仕事に支障をきたすような事なら止めるさ」

 

 実際、玄夜は吉野に甘かった。

 もともと、他人にも自分にも厳しい性格の男だが、吉野に関しては対応が優しいのだ。

 そのため、久遠病院ではあの堅物院長が恋をしたと、上へ下への大騒ぎだった。

 本人達は別段何時もどおりの生活を送っているが、その裏では色々な憶測が飛び交っている。

 そもそも、幾ら記憶喪失だからとはいえ、美代以外の女性の立ち入りを嫌がっていた玄夜が、自ら女性を招いたのだ。

 それだけでも、久遠病院や関係者の間に走った衝撃には、凄まじいものがあった。

 

 その衝撃も二ヶ月も経てば、少しは落ち着いてきた。

 看護士見習いの仕事にも慣れ、人当たりの良い吉野は同僚とも打ち解けていたし、玄夜も自分のペースを崩しはしなかった。

 しかし、当初は突然現れて玄夜の心を掴んだ女性という事で、様々な反発もあった。

 吉野はそんな職場でも常に笑みを絶やさず、一生懸命に働いた。

 そんな彼女の姿に、周りの女性達も次第に親身になって、吉野を支えていくようになった。

 考えてみれば、あの堅物の玄夜が心を許したのだ、つまらない女性では無いだろうと。

 

 玄夜は美代からの報告で吉野の現状を知っていたが、何も口出しはしなかった。

 吉野本人から、自分の問題だから自分で解決すると言われている。

 それで首を突っ込むほど、玄夜も野暮ではなかった。

 

 この時玄夜は、彼女の芯の強さを知り認識を改めた。

 そんな今の久遠病院の話題は、どちらが何時告白するかだったりする。

 

「本当、良い娘なんだけどなぁ・・・料理の腕以外は」

 

「しみじみと言うあたりに、実感が篭ってますな」

 

 同居を始めた当時、暁も吉野を狙っていた事をサンシローは知っている。

 あれだけの美人で気立てもいいのだ、この自他共に女好きを認めるこの男が放っておくはずがない。

 だが予想以上のガードの固さと、玄夜との会話で見せる笑顔を見て、何時しか諦めたのだ。

 

 

 

 ――――――本能のままに生きているような男だが、無粋ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「で、今日の仕事は?」

 

「ボディーガードですよ、『街』から来る雑誌のレポーターの」

 

「・・・美女?」

 

「・・・あんた、それしか頭にないんすか?」

 

 

 

 

 

 

 

その2に続く

 

 

 

 

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