< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 その少女は、戦艦と呼ばれる船にはもっとも不釣合いな存在たった。

 他にも年齢的に考えれば、若すぎる女性が多い戦艦だが、その少女はさらに幼い。

 これから先、戦争という非日常の中に飛び込もうという戦艦に、何故年端も行かぬ少女が居るのか?

 

『私の名前は―――――、この子は友達のオモイカネ』

 

 子供とは思えない、感情を表さない口調で少女が名乗る。

 しかし、名前の部分ははっきりと聞き取る事が出来なかった。

 

 

 

 オモイカネ

 

 

 

 その名前だけが、何故か記憶に残っていた。

 

 

 

 ――――――いや違う、その名前を思い出したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

第五話 秋風

 

 

 

 

 

 

 秋も深まりだした季節の昼頃。

 久遠家では、夜勤に備え自宅で休んでいた玄夜と、仕事の依頼が無いので暇を持て余している暁が居た。

 

「おい、暁。

 ちょっと聞きたい事があるんだが」

 

「んー、何だよ兄貴?」

 

 リビングのソファーで、寝転がりながら雑誌を読んでいた暁が、玄夜の声を聞いて顔を上げる。

 そこには、何時にも増して硬い表情をした玄夜が立っていた。

 その只ならぬ雰囲気に、自分が何か玄夜に責められるような事をしたのかと、ここ最近の記憶をひっくり返す。

 細々とした事は思い出せないが、少なくとも問答無用で斬りかかられるような事は・・・してないはずだ。

 

 

 ――――――していないと、思いたい。

 

 

「・・・何を青い顔をして震えている?」

 

 声を掛けてから1分後。

 何故か青い顔でガタガタと身体を震わせ出した弟に、ちょっと引いてしまう玄夜だった。

 逆に暁はその声を聞いて、何とか平常心を取り戻した。

 そのついでに、何時でもソファから飛び退けれるように、さり気なく四肢に力を込める。

 

「いや、別に深い意味はないぞ。

 本当の本当に無いからな。

 ・・・それより、聞きたい事って何だよ?」

 

「ああ・・・まあ、なんだ。

 お前なら、女性に贈るプレゼントにとかには詳しいと思ってな」

 

 何時もは真っ直ぐに話し相手を見据えている視線を、珍しくも逸らしながら玄夜が小声で呟く。

 小声になっていった理由は、脅えていた暁の表情がニヤニヤとした笑い顔に変じていったからだ。

 玄夜の最大の弱点とも言える女性関係については、何時も暁にとってからかいの種であった。

 何とか冷静に対応をしようと努める玄夜だが、この問題に関してだけはどうしても暁に勝てない。

 暁にからかわれて刀を振り回した事も少なくないが、全然懲りない辺りが実にこの弟らしい。

 

「ふ〜ん、兄貴がプレゼントねぇ〜」

 

「・・・悪いのか?」

 

 少し開き直りが入ったのか、玄夜の目が段々と据わってくる。

 ここら辺が潮時と判断したのか、暁は真面目に記憶を探り出した。

 

「吉野ちゃんの趣味は詳しく知らないけど、無難に指輪かネックレスにしとけばどうだ?

 指のサイズとかは・・・ま、真北ちゃんにでも頼めば、それとなく調べてくれるだろうさ。

 間違っても理恵ちゃんに頼むなよ、その日のうちに病院中がその話で持ち切りだぞ」

 

「おい、俺は別に吉野君に贈るものだとは――――――」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 呆れた顔で暁に顔を見つめられ、言葉をなくす玄夜。

 再び、その視線から顔を外し、意味も無く背中を向けるのであった。

 

 実際、玄夜がこのような行動を起こした原因は、一生懸命に働いてくれた吉野に何かを贈ればどうかと美代に唆されたからだ。

 しかし、今までの人生の中で女性に贈り物をした経験の無い玄夜は、その手の知識は皆無だった。

 何となく貴金属類などが喜ばれそうだと思うのだが、本当にそうなのかいまいち自信が無かった。

 

 今も暁に指輪のサイズについて注意されて、初めてその事に気が回ったほどだ。

 

「・・・ま、タイミング良く今週末はバザーの日だからな。

 そこに吉野ちゃんを連れ出すのも、良い手だと思うぞ?」

 

「なるほど、それもそうだな」

 

 最早否定をする気力も無いのか、素直に弟に意見に賛同する玄夜だった。

 そして心なしか、肩を落としてリビングから出て行く玄夜に、暁が真面目な口調で話しかけた。

 

「俺は何時でも手伝うからな、兄貴」

 

 

 

 

 

「――――――そうか、有難う」

 

 ソファから顔だけを出している暁に、笑顔で礼を言う玄夜だった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 スラムと『街』を隔てる『壁』の近くで、月に一度バザーが開かれる。

 『街』で売られた中古品の家具や衣服、それに機械類等が格安で手に入るチャンスの日である。

 中古品と言っても、『街』で作られたものだけに質はよく、スラムの人間からすれば上等な品と呼べる。

 たまに思わぬ掘り出し物も出てくるので、月に一度のその日には『壁』の前にある広場は人の海で混雑するのだった。

 その盛況を見込んで、スラムで通常の商売をしている者の露店や、飲食関係の出店も多数設置される。

 ある意味、そのバザーはお祭りともいえる活気に包まれていた。

 

 

 

 そんなバザーに、久遠家一同とその知人達は足を運んでいた。

 

 

 

「相変わらず、凄い人ごみだな」

 

「うわぁ、本当に凄いですねぇ」

 

 離れ離れにならないように・・・という名目の元、玄夜の左腕に抱きついている吉野は上機嫌だった。

 何度も通った事のある広場は、今日は別世界と化している。

 一度はぐれてしまえば、落ち合う場所でも決めていない限り、再び合流する事は不可能だろう。

 今までにも何度か理恵に連れられて、バザー自体に出た事はあるのだが・・・今日は隣を歩いている人が違う。

 

 自然とその足取りも軽いものになっていた。

 

 

 

 

 十一月にもなると、外はかなり冷え込んでくる。

 過去から懸念されている温暖化は止まる事無く進んでいるが、冬は必ずやってくる。

 玄夜も吉野も、身体を冷やさぬようにと厚着をしてバザーに来ていた。

 

 ――――――ちなみに、他の面々はそれぞれの目的の為に別行動をしている。

 

暁が事前に玄夜と吉野を二人っきりにしようと、同行者に根回しをした結果だった。

 

 

 

「久しぶりのお休みなのに、付き合ってもらって済みません」

 

「別に構わないさ、たまにはこういった場に出るのも悪くない。

 それに、俺も誘うつもりだったしな」

 

 確かに休日を取るのは久しぶりだった。

 玄夜の今までの休日の過ごし方は、殆どが家で本を読んでいるか、書店などに足を伸ばす程度である。

 以前は貴が何処かに連れて行けと騒いでいたが、最近では自分で行動をするようになったので大人しいものだ。

 たまに暁とサンシロー君が、無理矢理何処かに連れ去って行く場面を目撃する事もあるが。

 

 ・・・五体満足で帰ってきているのだから、問題無いだろう。

 

 それに今日の玄夜の目的は、吉野に贈るプレゼントだ。

 逆にバザーに誘われた事は、渡りに船だった。

 昨日の晩から徹夜で考えていた誘い文句が、全て無駄になってしまった事も些細な事だ。

 

「しかし、相変わらず凄い品揃えだ」

 

 立ち寄った露店で、並べられているガラス細工を手に取る玄夜。

 スラムの人間にも、このような嗜好品を作る人間は存在していた。

 だが『街』の住人に比べると、その需要は明らかに低い。

 そうなると生活の事を考えれば、その手の職業を選ぶ人間は減っていく。

 品物が減れば、当然値は上がっていく。

 そんな循環の結果、この手の商品はバザーなどでしか見られない物と化していたのだ。

 何より実用性を重んじるスラムの住人にとって、鑑賞用の品はあまり重宝されてはいない。

 しかし、プレゼント用品としての根強い人気がある事も確かであり、バザーでこの手の商品が売れ残る事もなかった。

 

「あっ!!

 このコート、玄夜さんのサイズにきっとピッタリですよ!!」

 

 隣の露店を覗いていた吉野が、嬉しそうに微笑みながら黒いコートを手にして小走りに駆け寄ってくる。

 そして玄夜に背を向けさせてコートのサイズを確認すると、満足そうに頷いた。

 どうやら見立て通り、サイズはピッタリだったらしい。

 成人男性の平均身長を越える玄夜や暁の服は、どうしても品薄になりがちなので入手が困難だった。

 夏服などは吉野や美代が、古着などから簡単に繕ったりもするのだが、冬着になると話は別だ。

 丈夫で厚い布地を加工したりするには、また一ランク上の技術や器具が必要になるからだ。

 

「・・・だが、値段はどうかな?」

 

 玄夜は吉野が見付けて来たコートを手に取り、その値札を見て苦笑をする。

 普段から久遠家の三兄弟は贅沢を好みはしない。

 玄夜からして、白衣は別だが普段着は着れれば文句は無い・・・という人間だった。

 その影響を受けたのか、暁と貴にしても着るものに頓着はしない。

 それぞれ趣味には金を掛けているが、それも派手に散財する程ではなかった。

 

 何時もギリギリの予算で病院を経営している久遠家は、他の人間が思うほど裕福ではないのだ。

 

「大丈夫ですよ、玄夜さんの誕生日プレゼントですから。

 私、皆さんから代金を受け取っているんです」

 

 そう言って、笑顔で茶封筒を振ってみせる吉野。

 封筒に書かれた人名に、兄弟以外の名前を発見して玄夜は少し驚いた。

 夏頃から何かと顔を出している、真北の名前なども書かれていたからだ。

 他にも美代やサンシローの名前も書いてある。

 どうやら、今日のバザーに連れて行って欲しいと言い出したのは、これが目的だったらしい。

 

「そうか、俺の誕生日か・・・

 それじゃあ、皆の好意に甘えるかな」

 

「はい!!」

 

 畳んだコートを片手に持って、吉野は露店の主の所に向かう。

 自分自身の誕生日を忘れていた玄夜は、家族と友人達の好意を有難く感じていた。

 暁も最近は夏の出来事を吹っ切ったのか、何時もの明るい表情を見せるようになっていた。

 最近では、もっぱら真北に引き摺りまわされているようだが。

 貴も毎日が充実しているらしく、何時も楽しそうに学校に向かっている。

 

 ――――――ただ、吉野の記憶だけは、甦る兆しを見せていなかった。

 

 これ以上考えても仕方が無い事なので、軽く頭を振って思考を切り替える。

 吉野の用事は終わったみたいだが、肝心の自分の用事がまだ残っている。

 口下手な自分に、さり気なく吉野の欲しがる品を聞きだせるような芸当が出来るだろうか?

 

 今後の苦戦を覚悟しつつ、周囲の露店から宝石類などを扱っていそうな店を探す。

 

 

 

 

「あの・・・すみません」

 

「・・・何か?」

 

 背後から突然声を掛けられ、玄夜は振り返る。

 そこには、緑色の長い髪を持った女性が緊張した面持ちで立っていた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 その頃の暁と真北ペア

 

「なぁ、そろそろ他の店に行こうぜ」

 

「もうちょっと待ってて!!」

 

 真北が自分の趣味であるカメラのレンズを前にして、完全に腰を据えていた。

 何時もの冷静な顔を捨てて、必死にレンズの物色をする真北に、何とも言えない表情を作る暁。

 連れのそんな顔にも気が付かないのか、真北は次のレンズを手にとって真剣にチェックをしていた。

 

「ま、何時もの澄ましている顔より、余程マシだけどな」

 

 ブチブチと文句を言いながらも、結局は真北の気が済むまで買い物に付き合う。

 

 廃墟の地下でダッシュと名乗るAIと遭遇して以来、さすがに自分の生まれを疑った。

 しかし、ダッシュが見せた過去の映像と自分とは・・・余りに違う点が多かった。

 確かにその人物との外見上の類似点は多い。

 遺伝子情報なども同一人物だと証明をしている。

 

 だが・・・それがどうしたというのだ?

 

 既に自分は23年間、久遠 暁として生きてきた。

 二百年前の人物と言われても、それで何が変わる訳でもない。

 出生に関しては謎だらけだが、今の生活を気に入ってる以上、特に知りたいとは思わない。

 過去を振り返っても何も解決にならないが、『今』と『未来』は幾らでも変えられる。

 

 そう、兄貴が言ったとおり・・・今を生きている俺には、関係の無い話だ。

 

 

 

「人の話を聞きなさい!!」

 

「おわっ!!」

 

 物思いに耽っている暁の腕を、全体重を掛けて引っ張る真北。

 思わず体勢を崩しながらも、鍛えこんだ足腰で踏ん張り転倒を避ける。

 少し顔をしかめて真北を睨みつけると、それ以上に不機嫌な顔で睨まれた。

 

 時々みせる真北の子供っぽい行動に、何故か暁は弱かった。

 

「な、何かな?」

 

「手持ちのお金じゃちょっと足りないのよ。

 この前貸した分、今返してくれないかしら?」

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さて、他の所に行くか」

 

「こら、逃げるんじゃない!!」

 

 見事な身のこなしで群集の間をすり抜けていく暁を、必死になって追いかける真北だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 貴、大介、サンシロー組

 

「うわっ、このゲームセット凄いなぁ。

 この値段で十本も人気ゲームが付いてるよ」

 

「・・・動くかどうかは別だろ?」

 

 貴が興奮しながら手に持ったゲームソフトのセットに、大介が冷静な声で注意をする。

 以前、購入したソフトの大半が動かず、悲嘆にくれていた貴の姿を見たのだ。

 そもそも、ラベルを張り替えただけで中身は別物というケースもありうる。

 

 このバザーの場合、騙した方が悪いのではなく、騙された方が悪いのだ。

 

「えー、ちゃんと動くよねオジサン?」

 

「おうよ、ちゃんと確認済みだ!!」

 

 威勢の良い露店の店主の返事に、満足気に微笑む貴。

 言葉で保証をされても、全然意味が無い事に気付いていないな、と大介は人知れず溜息を吐いた。

 このお人好しの友人は、何度同じ騙され方をしても相手を信用しようとするのだ。

 

「サンシローさんは何してるんですか?」

 

「妹の土産の値引き交渉中」

 

 隣の露店に居る知人に顔を向けると、店主と激しく値引き交渉を展開していた。

 こちらもそう簡単には決着を見そうになかった。

 

 毎日が忙しい日々の中で、こういった息抜きも必要だと分かっている。

 だが、幼い妹と二人だけの生活では、そんな心の余裕は中々持てない。

 今も妹の面倒を美代が久遠病院で見てくれているから、こうしてバザーに繰り出させているのだ。

 久遠家の兄弟とその知人が、不器用な自分を心配して連れ出してくれた事を大介は知っていた。

 

 

 

 

 

「・・・良い天気だな、今日は」

 

 青空を見上げながら、大介は本当にそう思った。

 

 

 

 


 

 

 

 

「・・・つまらん」

 

 書類の山から顔を出した男性がそう呟き。

 不機嫌な顔で、隣のテーブルで書類の山に戦いを挑んでいる副官に文句を言う。

 

「文句を言わずに手を動かせ!!」

 

 その文句を一言で斬ってた捨てた副官は、書類の山に遮られて顔を見る事すら出来なかった。

 

「大体だな!!

 この現状も、お前が何とか時間を作れと言い出したのが原因だろうが!!

 例のガキとの訓練時間を、週二日に増やしやがって!!」

 

「いや、確かにそれは悪いと思っているが・・・

 それにしてもこの書類の量は異常だろ?

 またあれか、政治部のお偉いさん達からの嫌がらせか?」

 

 たまたま手に取った書類には、極々つまらない内容のクレームだった。

 不審人物の尋問を行っていた優人部隊の人間が、通りかかった軍部の人間に邪魔をされたというものだった。

 あまりに一方的なその抗議内容を読む限り、提出した本人は自分の正当性を疑ってはいないようだ。

 

 副官を近くに呼び寄せて、その書類を手渡す。

 

「・・・ああ、これか。

 本人からの報告書を見たが、どう見てもただの少女をいかがわしい場所に連れ込もうとしていたらしい。

 優人部隊の人間は大抵名家の出だからな、相変わらず好き勝手な事をしやがる。

 で、その現場を見て止めに入ったのが、問題にされているウチの人間だ。

 少女を逃がす代償に、さんざん殴られたらしいぞ」

 

 トントン、と報告書に書いてる人物を副官が指差す。

 そこには軍部に属する三人の名前が書かれていた。

 無抵抗で優人部隊の人間に殴られたという事は、相手の正体に彼等は気が付いていたという事だ。

 まあ、優人部隊の白い制服をそうそう見間違える事など有り得ないだろうが。

 

「・・・だとしたら、相手の正体を知りつつそれを止めた、という事か。

 なかなか思い切った事をする奴等だな、興味深い。

 今度、会ってみるか」

 

 楽しみが増えたとばかりに上機嫌になりながら、書類にサインをして処理済の箱に放り込む。

 しかし一向に減る気配をみせない書類の山を見て、一気に顔が暗くなった。

 

「なあ、もう一人副官を作らないか・・・凱次郎?」

 

「俺を凱次郎と呼ぶなー!!

 真の名前!! 

 先祖代々伝わる魂の名!!

 ダイゴウジ・ガイと呼べ!!」

 

 幼い頃から聞き慣れたその絶叫を、耳を塞いで耐えているのはあの御剣 赤顎だった。

 

 凱次郎と呼ばれた男は、親から貰った名前を気に入らずに、魂の名前というものを持っていた。

 もっとも、親もそれを期待して、彼にその名前とその手の知識を与えていた節がある。

 どうやら、この名前への拘りは彼の家に伝わる伝統らしい。

 だが養子として御剣家に入った赤顎は、その流儀には全く染まっていない。

 

 

 

 彼の義理の弟である御剣 凱次郎(みつるぎ がいじろう)、魂の名前はダイゴウジ・ガイ。

 赤顎が唯一、心を許せる存在であり、最高の相棒である。

 

 

 

 

 

 

「あー、疲れた・・・」

 

 机に上半身を倒しこみながら、凱次郎がぼやく。

 

「デスクワークには向いてないな、俺達は・・・」

 

 片付けた書類の山を脇にどかし、冷え切ったお茶を飲む赤顎。

 元々、考え事をするより身体を動かすのが得意な二人だったが、今の立場とこれまでの経緯からある程度の事務能力は得ていた。

 だが、所詮その程度では本職の処理能力には到底及ばない。

 今日も殆ど執務室から出る事無く、書類の山を片付けるだけで一日が終わってしまった。

 

「・・・さっきの副官の話だけどなぁ、実は一人立候補している人物がいる」

 

「今まで黙っていたという事は、何か問題でもあるのか?」

 

 机から顔を上げて話す凱次郎に、赤顎が問い質す。

 その問いを聞いて、凱次郎は身体を起こし用意をしていた書類を赤顎に手渡した。

 受け取った書類に目を通していく赤顎の顔が、次第に厳しいものに変わっていく。

 

「西沢家の次女だと、向うは本気で言っているのか?」

 

「本人の希望だそうだ。

 優華部隊への入隊を断って、うちへの入隊を望んでいるらしい」

 

「だが・・・」

 

 自分の存在は、四方天の一つである西沢家にとって敵でしか有り得ないはずだ。

 比較的、他の東海家・南雲家・北条家に比べて気性が大人しい家系とはいえ、四方天のどの家系にも属さない自分は異端でしか有り得ない。

 今までの嫌がらせも、四方天に属する人間達からのものだろうと分かっている。

 だからこそ、西沢家の次女が自分の元に配属を望むなど、何らかの意図があるとしか思えない。

 ましてや優華部隊は、優人部隊に並ぶエリートだ。

 その誘いを断ってまで、過酷な仕事ばかりをこなす通常の軍部に入隊を希望するとは・・・

 

「・・・元々、西沢家はこの手の事務能力には長けている。

 彼女も成績を見る限り、その血を受け継いでいるようだな」

 

「そうなると・・・断れば、西沢家に負い目を作る事になるか。

 今の時期に下手に敵を作る訳にはいかんな」

 

 手に持っていた書類を机の上に投げ出し、暫しの間考え込む赤顎。

 どんな意図があるのかは分からないが、西沢家の人間が自分に興味を持った事は確かだ。

 これを足掛かりにして、他の四方天とのパイプを作る事も可能かもしれない。

 元々、荒事には弱い西沢家にとって、他の三家と無関係の自分達は興味深い存在ではあるだろう。

 凱次郎との話に、西沢家を取り込む案もあったのだから。

 ・・・だが逆に、下手に動けば自分達を潰す口実を与える事になる。

 まだ、自分達はこんな場所で止まるわけにはいかないのだ。

 

 かなりの間考え込んだあと、自分の答えを待っている義弟に赤顎は返事をした。

 

「監視はお前に任せる、とりあえず彼女を受け入れよう。

 下手に断れば、無用な詮索をされるだけだろうしな。

 優秀な副官なら大歓迎だし、失敗が多ければそれを理由に追い返してやるさ」

 

「了解しました、戦神殿」

 

 ふざけた敬礼をする凱次郎に、先ほどまで見ていた書類を投げつける。

 それを上手くキャッチすると、凱次郎は執務室を出て行った。

 

 戦神・・・それをこの木連で名乗る事を許された人間は、常に一人しか存在しない。

 それは優人・優華部隊を除いた全ての軍部の頂点に立ち、最強の兵士である証明。

 

 

 

 漆黒の戦神

 

 

 

 ――――――それが、赤顎の肩書きだった。

 

 

 

 彼本人はその肩書きに、憎悪の感情しか持っていなかったが。

 

 

 

 

 

 

「俺に対する様子見は終わり・・・という事か。

 これからが本番だな」

 

 例のバイザーを付けながら、赤顎は厳しい表情でそう呟いた。

 彼と義弟の命を賭けた茶番劇は、まだまだこれからが本番だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2に続く

 

 

 

 

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