…ナデシコという、船があった。

 幾度かの、戦いがあった。

 生き抜いた者達が手にした物はそれぞれで、

 それからの彼ら、彼女らの人生もまた、それぞれであった。

 変わったこと、変わらなかったこと。

 どちらが良いともいえないが、どちらが悪いともいえない。

 …つまりは、時の流れの中で、なるようにしかならないということだろうか……










ヴァーチャル・ゲーム
〜プロローグ〜









 変わらなかったことの一つに、”ネルガルのトップ”がある。

 個人に筆頭株主になられ、
 一時会長の座も危ういと見られた彼、アカツキ・ナガレは、
 戦いが終わってみれば、相も変わらずネルガルの会長でいる。

 …その事に問題があるわけではないが。



 さて、そのアカツキは今、自室に客を迎えていた。

 相手は世界的な有名人。

 漆黒をイメージカラーとする、素顔を知られぬ時の英雄。

 ……『テンカワ・アキト』である。




「…ゲームのテストプレイ?」


 いぶかしげな声をあげたのはテンカワ・アキト。

 戦闘服ではなく、私服でいる彼を戦神と見分ける者は少ないだろう。

 年齢よりも若く…あるいは幼く見える顔を隠していない今ならなおさらだ。

 気配を読み取れる者ならば、それと気づくかもしれないが、
 もともとそういった者は多くない…

 …話がずれたようだ。

 彼に相対しているのは、冒頭で述べたようにネルガル会長、アカツキである。


「そ、今日呼んだのは、君に我が社の新製品を試してもらうためなんだ。」


 ようするに、試作品のデモプレイ。

 なぜ会長が直々に…などと言うなかれ。

 そこはアカツキとアキトの仲である。


「…アカツキ、俺は―」

「っと、その点は言わなくてもわかってるよ。
 パイロットとしての仕事は極力したくない、というんだろう?」


 そう、戦いが終わって…あるいは小休止かもしれないが…
 アキトは戦神としての力を振るうことを避けていた。

 ……羅刹との手合わせは例外として。

 理由は…いくつかあるが、今ここで述べることはやめよう。


「…ああ。」


 アキトが頷く。

 たかがゲームと言ってはいけない。

 ネルガルには前例がある。

 本物のデータを使ったホログラムゲーム「漆黒の戦神」が。


「もちろん、君の主張は理解しているよ。
 それをふまえた上での頼みさ。」

「……」


 沈黙するアキト。

 迷いが、顔に出ている。


「…先にテンカワ君の懸念を払っておこうかな。
 今回のゲームは戦神ものとは一切関係ない。」

「…?」

「…わからないって顔してるね。
 つまりは純粋にテンカワアキトにテストプレイをして欲しいってことさ。
 漆黒の戦神じゃなくてね。」

「それは…」

「だいいち、ジャンルが違う。」


 詭弁じゃないか、という言葉はさえぎられた。

 いぶかしげな表情をしながらアカツキに問い掛ける。


「ジャンル?」

「そう、今回のゲームは…」


 アカツキはそこで言葉を切る。

 背中にイヤー―な感触。

 かなり悪い予感がした。…そう、ある特定の時に感じる予感だ。



 …そして、時が動いたのは数瞬のちの事。






「…『恋愛シュミレーション』だ。」


    
だっっっ!!


 一瞬で扉まで駆けるアキト。

 ドアをぶち破ろうとして・・・


   がしっっ


 誰かに腕をつかまれた。



 …ここで、また時が止まる。



 今の瞬間…アカツキの言葉から、連想される女性達の顔が浮かんだ瞬間…
 自分は本気で逃げた。

 本気で動く自分を捕まえられる心当たりは、
 今現在二人…ある意味一人しかいない。


   ぎぎぃぃっっ


 そんな擬音が響きそうな動作で、『彼女』を見る。


「…にげちゃだめだよっ、アーくんっ♪」

「…なんで枝織ちゃんがここにっっ!!」


 そう、そこにいたのは影護枝織…現在最強の暗殺者にして、
 戦神のライバルたる真紅の羅刹と身体を同じくする女性である。


「多分、逃げるかなって思ってね。
 事前に舞歌さんに借りといたんだ。
 …予想通りだねぇ、テンカワ君。」

「か、『借りといた』って…」

「もちろん、交換条件はだされたけどね?
 まぁ、もともとその予定だったし、それはいいんだけど」



 妙にうれしそうなアカツキは、にやけた顔を隠そうともせず言葉を告げる。

 枝織はにこにこと無邪気な笑みを浮かべている。

 …おそらくは、本当に他意はあるまい。

 ただ純粋にアキトと遊べる事がうれしいのだろう。

 だが、今のアキトはその笑顔にこそ、恐怖を感じた。


「うけてくれるよねぇ、テンカワ君?」


 止めとばかりにアキトに近づき…それも充分ゆっくりとした動作で…
 ぽんっと肩に手を置く。

 …テンカワアキトが頷いたのは、数秒たった後だったと言う…

























 …私立アカツキ学園

 生徒数・教師数ともに莫大な数値を記録する、有名校である。

 
(…名前、何とかならなかったのか?アカツキ…)

(…まだ試作品段階なんだよ…)


 多くの奇才、あるいは鬼才を排出してきた学園ではあったが、

 能力第一主義で集められた生徒・教師らの中には、問題児・変わり者等をも多く含んでいた。

 何が起こるかわからない学園生活。

 これは、その中で過ごす人間達の物語である・・・




「…さて、アカツキ」

(なんだい?)


 テンカワアキトはそう、姿の見えない男に話し掛けた。

 いま、彼は学園の一室にいる。

 先ほど話し掛けた男…アカツキは、ヴァーチャル空間にいる自分を
 どこかでモニターしている事だろう。

 
「まず、ここはどこだ?」

(…アカツキ学園内、用務員室だ)


「……」

(……)


 沈黙は数秒続く


「……」

(……)

「…なぜ?」

(まず、君の設定から話した方がいいかな?)


 アカツキの声はどこか、確実に、笑っていた。


(君はアカツキ学園において、複数の役割を担っている)

「……」

(具体的に言うと、
 非常勤講師兼、用務員兼、生徒会ご意見番だ)

「なんだそれはっっっ!!!」

(ゲームを進めていけば、さらに増えていく事になる)

「……」


 ろくなゲームじゃない、という思いがまた、アキトに沈黙を呼んだ。


(次にこのゲームについてだが…!?)



「…………?どうした?アカツキ」


 ふいに、アカツキの声が不自然に途絶える。

 アカツキを呼ぶが、受け答えはない。


「アカツキ?おい、アカツキ!!」


 突然の異常に不安になりかけた時、また通話が復活した。


(…あ、ああ聞こえているよ…)

「どうしたんだ?何が…」

(悪いが、ここからの説明は別の担当者に任せようと思う)

「…アカツキ?」

(では、また後で・・・)


 言って、またアカツキは通信をきった。


「…なんなんだ?一体」


 と、つぶやいたそのとき、


「説明しましょう!!」

「のわっっ!!」


 床から突然生えるようにして現れた立体映像は、もちろん、ご想像通りの方である。


「…い、イネスさん…」

「まず、このヴァーチャルゲームの説明からね。
 長ったらしいから以下VGと略す事とします。
 このVGは、かつてナデシコに搭載していたヴァーチャルルームの技術を応用しています。
 変更点は同時多人数の接続を可能にした事と、選択性のゲーム要素を盛り込んだところね。
 ただし、あまり無茶な行動をとるとすぐにフリーズしてしまうわ。
 さらにこれは全年齢対象としてプログラムされているから、「そういう」行為をとろうとすると、
 そこで強制的に終了になります。…アキト君には不要な説明かしら?…少し残念だけれど。
 この世界における五感は先ほどつけてもらったヘッドセットを通して脳に
 疑似体験として伝達される事になります…もちろんフィードバックは下げるべきところは下げてあるから
 安全よ。…次にVGでの行動に関してだけれど選択肢にある行動をとるまでは何をしようが
 イベントが進む事はないわ。ただしイベントごとに使われる映像は決まっているからそれ以外の
 場所に行くためにはイベントを進めるしかないわね。選択肢についてだけれど、
 思考に割り込みをかけて情報を直接頭に伝える形になります・・・
 ラピスとの伝心みたいなもの、と考えてもらえると理解しやすいかもしれないわ。
 いちいち文面を表示する事はないから気をつけてね。
 また、VGにおける会長の役割だけど、彼はゲームマスターとして存在しています。
 …一応試作品だし何が起こるかわからないからっていうのが建前で、
 実のところアキト君がどんな行動をとるか、野次馬根性で見物しているだけ、
 というのが実際のところでしょう。後は……」

「…っと、イネスさん!!ちょっとまったぁ!!」


 延々と続く「説明」をさえぎりアキトが叫ぶ。


「…なにかしら?」


 説明をさえぎられ、多少、いや、相当不機嫌そうにイネスが答える。

 説明の前には愛も引っ込むのか、睨んでくるイネスに対し、
 アキトはそれでも、どうしても聞かねばならない事があった。

 たとえその質問で、説明が延長される事になろうとも。

 
「質問です…イネスさん」

「なにかしら?アキト君♪」


 その一言で、イネスの機嫌が直る。

 機嫌のいいイネス…この時点で説明は五割増だ。

 しかし、それよりも問題なのは説明の冒頭にあった一言だ。


「どうじたにんずうのせつぞく…?」


 思わず棒読みである。


「ええ、そうよ。」

「つまりそれは・・・」


 こほんっと一つ咳払いをして、イネスはアキトに答え始める…


「…今回、このアカツキ学園にはアキト君も”良く知る”人達が参加しています。
 それが誰かは…」


 その先の言葉はイネスにしては珍しく、本当に珍しく、だがそれがなによりも雄弁に事実を物語る。



「秘密、ということで。」

(間違いない。全員きてる。絶対に。)


 イネスの表情・口調から、直感でアキトはそう悟った。

 危うく、意識を手放しそうになりながら、その後しばらく、アキトは上の空だったという。



  追記。

 
「同時接続の場合、メインプレイヤーである一人以外はゲームの登場人物の中でパーソナルの近い相手に
 割り振られる事になるわ。行動は基本的にメインと同じで決められた行動以外は自由にできるけど、
 選択肢は常にメインにあるわけだからイベントがないときは基本的に待ちの状態になるわ。
 参加してるけど、見てるだけ、という状態になるのね。もっともログオフは自由にできるけど。
 また決められた行動に関しても重要な部分を抑えれば自分なりにアレンジできるわ。
 「好き」という言葉をたとえば「愛してる」という言葉に変えれるわけね。例えばだけど。
 実際はもうちょっと複雑でもいいわ。ちなみになぜ今回会長がゲームマスターでいるかというと
 各務千沙…が東舞歌…仕事を…………て……不参……」


 …イネスの説明は、その後も結構長い時間、続けられた。












 始まりは、闇の中だった。

 何もない、誰もいない闇。

 自分ひとりでいて、それを全く考える事もない。

 そんな中、声が聞こえた。


(テ…ワ…ん)

「ん…う…」

(テン…くん)

「あ……」


 視界に光がさす。

 目に飛び込んできたのは、全く知らない…いや、先ほど知ったばかりの風景だった。


「…用務員室」


 その単語を思い出す。


(気が付いたかい?テンカワ君)

「…アカツキ…か?」


 確信はしているが、確認はする。

 戦いの日々の中、身に付いた覚醒の早さはいまだ健在らしい。


(ようやくお目覚めのようだね。
 …良かった、危うく彼女らに責任をとらされて秘蔵ファイルの一部を公開するところだったよ。)

「……」


 ……突っ込みどころは他にもある。

 他にもあるが、やっぱり気になる。


「…やっぱり、来てるんだな?みんな」

(……)


 アカツキは答えない。


(…さ、さぁそろそろ始めようじゃないか)

「アカツキ…」

(ああっ、そうそう、設定に用務員があるからといって
 大昔にはやった○作シリーズみたいな展開はないからね?)

「…○作シリーズ?」

(…し、知らないなら無理にわかる必要はないよ。
 はっはっはっは………はぁ)



 声がなにか落ち込んだ気がする。

 ちなみに○作シリーズが彼の秘蔵ファイルの一部だという事は秘密だ。

 ……なんだかいじめてるような気になってきたからもうやめよう。


「…いまさら逃げられない、か…」

(そ、そうそう、それじゃとにかく始めよう!!)






 こんこん


 控えめなノックの音がする。


「…先生、テンカワ先生、いらっしゃいますか?」

(……先生…?ああ、そうか非常勤講師も兼任だったな…)

「…ああ、いるよ」


 一瞬考えたが、そう応えた…応えた、というよりは口について出た、という感じだった。


(なるほど、これが強制的な受け答えか…)


 さっきのイネスの説明の中にそんな事があったような気がする。

 何とはなしに不快なものを感じないでもなかったが、ゲームの中の事、と割り切った。 


「…理事長がお呼びです、理事長室までおいでください」


 相手はドア越しにそう、伝えてくる。

 おそらくそういうプログラムなのだろう。

 ドアをあけても誰もいない可能性もあった。


(…ヴァーチャルのせいか気配がない…あるいは俺の感覚が鈍っているのか…)

「ああ、わかっ…!?」

 言いかけて、頭に何かが呼びかける感覚を覚えた…

 なにかが、鎌首をもたげてそこにある感触。


(これが選択肢のくる感覚か…
 選択肢は…)


 少し目を閉じて、聞き逃さないようにする。

 頭に直接入るのだから、あまり意味もない様な気もするが、
 そこは気分の問題である。


(<1>理事長室に行く…まぁ当然の選択肢だな)


 そしてそのまま二番目を待つ。


(二番目は…<2>相手の指示に従う……)


「おい、アカツキ、アカツキ!」

(何の用かな、テンカワ君)

「この選択肢、どう違うんだ?」

(違わないよ。意味は一緒さ。
 どう転んでも理事長室に行く)

「選択肢の意味がないだろ、意味が!!」

(まぁ、最初だけはね。
 選択肢はこんな風に出るよって言うのをユーザーにしらせとかないと)


 ……それがセオリー、とでも言うようにアカツキが言う。

 確かに、その通りなのだが何か納得いかない。

 
「……で、移動するにはどうするんだ?」


 とりあえずアキトはそれだけを聞いた。

 本気で一般に売るつもりなのか?とか、
 ひいてはどこの誰がこんな大掛かりなゲームを買うんだ、とか
 基本的なことも頭に浮かばないでもなかったが、
 それはゲームを終わらせてからでもいいだろう。


(てっきり新製品というのは口実で、
 みんなに脅されてやってるんだと思ってたんだがな…)


 正直、たまにアカツキの考えはわからない事がある。

 何の目的で自分に今回の事を持ちかけたのか…

 …彼女達の事を恐れているのさえ、演技に見えて仕方がない。


(……話、聞いてるかい?テンカワ君)

「ん…あ、ああすまない。
 説…」


 ぴくくっっ


「……話をつづけてくれ。」


 何かが、反応しかけた気配を感じてそういい直した。


(……そうかい?じゃ、続けるよ?
 基本的に移動は通常と同じさ、ドアから出て行けばいい。
 選択肢が複数あるときはドアをくぐるときに行きたい場所を考える。
 もちろん、選択肢のない場所にはいけないけどね。
 まぁ大昔にあった何とかロボットの道具の一つと同じようなものだね。)

「……わかった。最後の例えは何かわからないが…」

(気にしなくていいよ。さ、理事長室へGo!!)


 …何かアカツキのノリに不自然なものを感じつつ、アキトは言葉に従う。


(あ、そうそう)

「?」


 ドアをくぐるときになって、不意にアカツキに呼び止められた。


(僕が口出しするのは、ここまで。
 必要な事は大体教えたと思うから、後はよっぽどの事がないと出ないからね。)

「……ああ、わかった…
 アカツキ?」

(ん?なんだい?)

「……お前、俺に何をさせたいんだ?」

(…………)


 アカツキは答えない。

 沈黙の向こうで、微かに苦笑しているような気がした。


「……まぁいい。それじゃ、移動する。」


 ほんの少しの逡巡の後、アキトは扉をくぐった。

 仮想空間がゆがみ、周りの風景が変わってゆく。

 彼の姿は、一時見えなくなった。


「……ゲームの、テストプレイさ。
 …人生という名のね?」


 モニターの前でつぶやいたアカツキの表情を、
 見ている者は誰も、いなかった。











 ドアをくぐって、少しの時間がたったように感じる。

 CPUの反応速度から考えて、こんな時間がかかるはずもないのだが、
 これは製作者側のこだわり、だろう。

 ようするに、移動した、という感触を作り出したかったわけだ。

 ……別に文句があるわけではない。

 特に何という感慨も起きはしないが。

 とにかく、今アキトは理事長室、と書かれたドアの前に立っていた。


「……失礼します!」


 軽いノックの後にそういって部屋に入る。

 …自分で口から、意図しない言葉が漏れる感覚。

 何度やろうがなれる事はない様に思えた。


(…アカツキ、売れないぞこのゲーム…)


 思いながらも部屋に入る。

 と、同時に気づいた。

 
 やたらと広い理事長室。

 学園内にしては異様な内装。

 ……見る人が見ればとある部屋と同じだとわかっただろう。

 そして、そこにいる人物。


「ようこそ、理事長室へ。
 テンカワアキト君♪
 理事長の、東舞歌です。」

「…………」


 無言で立つアキト。

 心なし、脱力しているように見える。


「……あら?あまり驚かないのね。」

「…ある意味、予想通りですから……」


 いないはずがないのだ。
 枝織がこの件にかんでて、
 この人がここにいないはずがないのだ。


「……えーーと、で、舞歌さん。…」

「り・じ・ちょ・う・よ、テンカワ君。」

「……りじちょう。ごようけんはなんでしょう」


 もはや逆らう気力などなく…

 気力があったら逆らったのか、という問題はさておき…

 棒読みで尋ねる。


「あら、せっかちね。
 もう少し会話をたのしみたいのだけれど…」

「……今の精神状態では無理です……」


 少し涙目になりつつそう応えるのが今のアキトの精一杯だった。

 対し、舞歌はやはり楽しそうにそんなアキトを眺めている。


「まぁ、まだ冒頭部分だし、楽しみは後に残しましょうか。」


 と、少しまじめな表情を作る。


「…テンカワ先生、今回あなたをお呼びしたのは
 あなたにお願いしたい事があるからです。」

「……と、いいますと?」

「……創立以来、この学園は様々な人材を輩出してきました。
 誰もが一流の技能を持って、というわけではないのだけれど、
 それでも今現在、学園の名が知られるようになるくらいの実績があります。」

「はあ……」

「それはひとえに、性格はともかく能力は一流という
 この学園の方針のおかげでもあると思います。
 ……けれど…何か一分野に長けた人物、というのは
 ある一面から見るととても奇異な側面を持っている事が多いの。」

「…………」

「もちろん、それぞれの事情なり、何かがあるのだけれど、
 それはときに人と人との間に、問題を生じる事があるわ。
 そして、精神的な負荷のために、その才能を潰していく…
 ……全員がそうだ、とは言わないけれど」


 と、ここまで喋って舞歌は一度アキトの眼を見た。


(澄んだ眼ね……
 悲しみの色は完全には取れていないようだけど。
 ナデシコの彼女達から見れば、多少は和らいできているのかしら?)


「……え、っと、それで、俺にお願いとは?」


 見つめられて、軽く照れながらアキトが再度聞く。

 その様子が面白かったのか、舞歌はくすり、と笑みをもらした。


「それで、テンカワ先生には、生徒達の…
 いえ、この学園の人たちの心を助けてあげて欲しいの」

「心を、ですか?」

「そう、あなたはこの学校の正式な教師ではなく、非常勤講師。
 ほかの教師に比べれば余計なしがらみにも縛られてはいないでしょう。
 用務員として、この学園に住み込んでいる分、気づく事も多いんじゃないかしら?
 生徒会にも意見をはさむ事ができるし、なにより、
 この学園にはあなたとかかわりの深い生徒や教師が多いと聞くわ?」

(…そのための設定だったのか……)

「その人たち全員とは言わない。
 目にとまる数人、……いいえ、一人でもいいわ、精神的な支えになってあげれないかしら?」

「…………」

 
 …舞歌の問いかけの後、しばらくの沈黙が降りた。

 舞歌の言葉にこもる感情が、演技な様には聞こえない…
 そこにある感情も読み取れはしないが。


(精神的な支え、か。誰よりも不安定な俺が…)


 若干皮肉めいた事を考えもするが、答えは決まっている。

 迷いはあるが、なにより、そう答えなければ先には進まない。

 
 …そして、アキトは頷いた。






「……では、失礼します。」


 礼をして舞歌に背を向ける。

 舞歌はその背中をじっと見つめた。


(真剣な顔、してたわね?
 何か感じるところがあったかしら?)


 先ほどの問いかけに答えてからの彼は、
 これをゲームと感じていないように思えた。


(……んー、ちょっとまずいわね。
 こんなささいな遊びに一々思いつめるようじゃ
 精神的に追い詰められていくばかりだわ)


 今回、舞歌には舞歌の目的があって参加をしていた。

 いくつかあるのだが…それも彼が物事を楽しめる状況でなければ
 面白くない。

 あるいはアカツキの狙いには都合がいいのかもしれなかったが、
 協力を仰がれたわけでもなし、気にする事はなかった。 


(……彼はまじめすぎる一面があるわ…
 少し緊張をほぐしとこうかしら?)

「……テンカワ君」


 呼びかけに、彼が振り向く。

 舞歌はそんな彼にこれ以上ないくらいの上機嫌な笑みを向け、


「……私との恋愛イベントもあるから、
 あとで絶対この部屋にも来てね♪」


 と言った。


「い…あ、っその…えーと…し、失礼します!!」


 ばたばたと部屋を出て行くアキトを
 彼女はただ、穏やかに見つめていた。


(……実はホントに期待してる部分も…ね。)








「…さ、さて次の場所に行こう…」

 
 先ほどの動揺もそのままに、テンカワアキトは扉をくぐる。

 行き先の選択肢は先ほど流れ込んできていた。

 学園の各所の名称。

 おそらくそこには見慣れた顔ぶれが自分を待っているに違いない。

 行き先を頭に思い浮かべる・・・



「……ゲーム、スタート!!」





第一話前編へ


あとがき

 えーー初の投稿になります。

 荒田影と申す者です。

 長い事、SSは読む専門!!

 って考えてきたんですが、

 突如、私の中の何かが書け!!

 と言ってきまして…



 ふ、と思いついたのが題名「テンカワ一家」。

 戦争のないパラレルな中での平和な日常と
 父親(彼です)と娘達(某妖精達です)の危ない恋愛を 見てみたいなーと。(笑)

 しかし考えていく内に、

 「それだと他のキャラがだしにくいっっ
  特に北斗(北ちゃんでも良し)は好きなキャラだしっっ」

 とかって思いまして。

 結局、書く書かないはともかく全員出せる可能性を作るには、
 と考えて、学園ものに…

 さらに考えていくうちにあれよあれよと設定は変わり、
 結局当初考えていた話はどっかにいっちゃいました。(苦笑)

 (……結局北斗の出番つくれなかったし…)



 この作品は連載ではなく短編連作にするつもりです。

 1話完結形式にしたのは続ける覚悟がなかったからだったり…

 とりあえず、私のSS処女作、楽しんでいただければ幸いです。



 最後に、「時の流れに」と言う作品に出会えた事を感謝しつつ、
 お別れの挨拶とさせていただきます。

-----荒田影----