<お願い>

 

この作品は〜Blu〜〜Rosso〜のふたつの話から構成されています。

どちらか片方だけで読まれても大丈夫なように書いたつもりではありますが、

両方お読みになっていただくと、よりお楽しみいただけます。

なお映画「冷静と情熱のあいだ」のストーリーとは全く関係ありませんのでご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2201年8月9日。

この日、火星の後継者が蜂起した。

爆炎と閃光に満ち、崩壊しつつあるコロニー『アマテラス』。

僕はそこで初めて艦長が激しく感情を顔に出すの見た。

その表情が示すのは『驚愕』と『悲しみ』。

戦友であり、姉であり、兄であり。

そして・・・・・

義父であり義母であった人達の変わり果てた姿を見たのだから当然だろう。

 

その時、僕は無力だった。

だけど何時の日か…僕は艦長を守れる男になる。

艦長がいつも笑っていられるために・・・・・

 

 

― The False Theater ―
冷静情熱のあいだ
〜Blu〜

 

 

火星の後継者の蜂起から何日かたって

僕達はナデシコAのクルーだった人達を訪ねてまわっている。

ナデシコCに乗ってもらうために。

だけど、乗ってくれる人は少なかった。

ナデシコを降りてから三年・・・それぞれ新しい生活があった。

そもそも、全員集める必要はあるのだろうか?

パイロットの補充は必要だとしよう。

だけど短期決戦である今回、整備員や生活班の人達まで集める必要はないと思う。

 

疑問と不満が徐々に膨らんでいき、

昼食をとる為に訪れた『日々平穏』で破裂した。

 

 

「艦長、本当に全員必要なんですか?」

思い切って尋ねてみたけど・・・

 

「・・・・・必要。」

即答だった。しかも僕の方を見もしなかった。

 

「パイロットの補充は必要だとしましょう。

 だけど戦闘指揮はサブロウタさんだって居るし、艦の運用も僕と艦長が居れば・・・・・」

負けじと反論してみたが、

 

「ホウメイさん、おかわり。」

・・・・・相手にもされなかった。

 

僕は店を飛び出した。

無性に悲しくて、そして・・・寂しかった。

 

あてもなく街を歩く。

だけど、何時かは軍の寮に帰らなければいけない。

艦長と顔が会わせるのが辛い・・・そう思うのは初めてだった。

そんな時、一人の女性に会った。

ハルカ・ミナトさん・・・・・ナデシコAのクルーの一人であり、艦長のお姉さんの様な人だった。

 

近くの公園でミナトさんと話しをした。

ミナトさんは、僕のことを知っていた。艦長からの手紙に僕の事が書いてあったそうだ。

艦長は僕のことを弟の様に思っていてくれたらしい。

嬉しかった。

『弟』というのが不本意だけど・・・少なくても僕のことを大切だと思ってくれた。

それだけで救われた気がした。

だけど・・・何時の日か『男』として『パートナー』として認めて欲しい。

そんな事を考えていた。

 

話の最後に、ミナトさんが公園の出口を指差した。

指している方に眼を向けると、

 

「ハーリー君、帰ろう。」

 

艦長が迎えに来てくれていた。

 

 

 

「マキビ・ハリ少尉。ネルガル月ドックにボソンジャンプにて移動後、ナデシコCの最終チェックをおこなって下さい。」

 

「りょっ、了解しました。」

風呂上りで浴衣姿の艦長に見とれていた為、少々慌ててしまった。、

 

ここは艦長の個室。

宿舎の大浴場に行く途中で「話がありますので、お風呂を出たら外で待っててください。」と艦長に言われて、その後、艦長の部屋まで連れ立って戻って来たんだけど。(ちなみに、烏も真っ青(?)なぐらい早風呂だった)

風呂上りの艦長は、何というか・・・・・実に色っぽかった。

浴衣姿とほんのり上気した頬、僅かに濡れている髪とシャンプーの香り。

艦長の説明も上の空で、僕はこの幸せな空間に酔いしれていた。

でも・・・・・この後、僕はさらに幸せな体験をした。

艦長と手を繋いで・・・・・一緒に寝たんだ。

だけど、幸せの余り早々に意識が遠くなってしまって、ほとんど記憶に無いのが残念だった。

 

 

 

翌朝、僕はボソンジャンプの実験場に来ていた。

艦長が見送りに来てくれなかったのは、少し残念だったけど・・・

でも・・・悲しくはなかった。

艦長は僕のことが必要だと思ってくれている。

昨日それが良く分かったから・・・・・

 

どうも幸福感が顔に出てたらしく、サブロウタさんに昨日あったことを根掘り葉掘り聞かれた。

二人だけの秘密にしようと思ってたのに・・・余りのしつこさに全てを話してしまった。

けどサブロウタさん・・・何故そんなあきれた顔をしているんですか?

 

実験場に着いたとたん、コードがたくさん付いた宇宙服の様なスーツを着せられた。

まさに気分は操り人形。

データ取りに必要らしいけど・・・大丈夫なのか?本当はまだ実用化されてないんじゃないか?

いや、そんな筈はない!!

艦長がそんな危ない事を僕にさせる筈がない!!艦長を信じるんだ!!

そう考えるだけで・・・気分が楽になっていった。

そうして安らかな気持ちのまま・・・・・僕は月にジャンプした。

 

 

 

「もう目を開けていいわよ。」

頭上から聞こえたナビゲーターさんの声に従い目を開けると・・・・・何も代わり映えのしない景色が広がっていた。

「心配しなくてもいいわ。ジャンプの実験施設はどれも似た様なデザインだからムリないけど・・・

 ここは確かにネルガル月ドックに併設されているボソンジャンプ実験施設よ。」

困惑が表情に出てたのかナビゲーターさんが説明してくれた・・・・・妙に嬉しそうだったのは何故だろう?

 

 

実験場にはネルガル月面支社長のエリナ・キンジョウ・ウォンさんが待っていてくれた。

この人も昔ナデシコに乗っていたらしい・・・今度も乗るのかな?

 

数分後、僕はエリナさんの案内でドックに来ていた。

そこには最終チェック中のナデシコCと・・・・・スカウトをあきらめた筈のウリバタケ・セイヤさんが居た。

本人は「昔の仲間の為だ!!」と言っていたが、エリナさんによると「漢の浪漫」の為に来たらしい。

「漢の浪漫」とは、もうすぐ産まれる自分の子供より優先される事なのだろうか?

僕はウリバタケさんの頬に走る痛々しい爪痕を見ながら、そんなことを考えていた。

 

 

ネルガル月ドックに来て数時間後。

ナデシコCの最終チェックが終わり、物資の積み込みもあと数分で終わる頃・・・連合軍から連絡が入った。

艦長の乗ったシャトルが火星の後継者の奇襲に会ったらしい。

助けに行きたいけど・・・ここからじゃ間に合わない。

僕は今度もまた無力だった・・・・・。

 

だけど・・・悔しさにふるえていた僕に力を貸してくれる人達がいた。

その人達とは・・・元ナデシコの乗組員だったウリバタケさんとエリナさん、そして亡くなった筈のイネス・フレサンジュ博士だった。

イネスさんのナビゲートでジャンプしたナデシコCは、グラビティ・ブラスト一撃で敵を殲滅した。

「漢の浪漫」を実現できて喜んでいるウリバタケさんと、

やや照れながら説明しているイネスさんを眺めながら・・・

僕は仲間の大切さと・・・自分たちだけで十分だと思っていた僕の思い上がりとを実感していた。

 

 

 

僕が艦長と合流した、丁度その時・・・ついに火星の後継者が攻勢をかけてきた。

各地の政治的拠点をポゾンジャンプによる奇襲により次々と制圧して行く。

当初、流れは火星の後継者側にあった。

しかし、その流れは突然遮られた・・・旧ナデシコクルーの数名と月臣元一郎によって。

流れが止まったその瞬間・・・ナデシコCは火星極冠遺跡「イワト」上空にジャンプアウトした。

間髪置かずイワトのシステムを掌握、さらにネットワークを介して各戦艦・機動兵器を次々に行動不能にしていく。

そして・・・艦長の手により、火星域に存在した全ての敵は、そのシステムを掌握された。

 

残ったのは北辰の夜天光と北辰六人衆の六連だけだった。

どうやらテンカワ・アキトに決着を着けさせる為にあえて掌握しなかったようだ。

激しい戦いの末・・・北辰六人衆の六連はサブロウタさんとリョーコさん達が撃破し、そして北辰の夜天光はテンカワ・アキトが一騎打ちで倒した。

 

その頃、遺跡内部から救出されたユリカさんは長い眠りから目を覚まそうとしていた。

起きた早々ボケをかましたので少々心配したが、どうやら「いつもの事」らしい。

艦長はちょっとあきれたような顔をしながらも嬉しそうだった。・・・これで艦長の心配事が一つなくなった訳だ。

 

そしてもう一つの心配事であるテンカワ・アキトはポゾンジャンプで火星を後にした。

妻の容態を確認することも無く、決着を着けさせてくれた義娘に感謝することも無く・・・去って行った。

 

「帰ってきますよ。帰ってこなかったら追っかけるまでです。」

ポゾンジャンプして消えた空を見上げて言う艦長。

「だってあの人は・・・あの人は私の大切な人だから・・・・・」

そう言って微笑んだ艦長はとても辛そうに見えた。

 

艦長・・・僕は決してあなたにそんな顔はさせません。

今はまだ力不足ですけど・・・何時の日か貴女がいつも笑っていられる、そんな場所を作ってみせます。

 

 

 

あれから三ヶ月が過ぎた・・・

 

火星の後継者の幹部たちは、ほとんどの者がまだ裁判の最中だ。

多くの人体実験をおこなったヤマサキ・ヨシオは移送中に何者かに襲撃を受け爆殺された。

火星の後継者の指導者であった草壁 春樹は獄中で自害した。

逮捕を免れた残党たちは海賊行為を行っていたが、連合宇宙軍によって追い詰められほぼ壊滅状態となっている。

 

全ての原因となった遺跡は連合宇宙軍の管理下に置かれ厳重に保管されている。

ナデシコCはそのあまりの強さゆえに統合軍と連邦議会に恐れられ封印された。

それに伴い、ナデシコクルーはそれぞれの生活に戻っていった。

 

 ユリカさんは体の方は多少弱っていたくらいで特に後遺症も無いようだ。

肝心の記憶の方だが、シャトル内で襲われ時の記憶までしか無く、ジャンプのコントロールに用いていた「夢」のも含め、それ以降のことは一切憶えていなかった。

そしてテンカワ・アキトについては、父親であるミスマル総司令の意向もあり「シャトルでユリカさんをかばって死亡した」と伝えられた。

最初は悲しみに沈んでいたが、ミスマル総司令や艦長のおかげで、徐々に立ち直ってきているらしい。

 

僕たち三人は功績を認められそれぞれ一階級昇進した。

サブロウタさんは最近、統合軍に戻ったリョーコさんにモ−ションをかけているようだ。

艦長はあまり以前と変わらない生活を送っている。

変わったことと言えばミスマル邸に休みの度に通っているくらいだ。

そして僕は最近サブロウタさんに木連式柔を習い始めた。

体だけではなく精神を鍛えるため・・・そして艦長を守るために。

 

 

 

火星の後継者の蜂起から二年後・・・

今日はユリカさんの結婚式だ。

過去にあった事には心の整理がついたようで、新たに夫となった人の傍らでとても幸せそうに笑っていた。

艦長も笑顔でユリカさんを祝福している。

全ての出席者が、幸せそうな笑みを浮かべていた。

 

幸せに満ちた空間。

僕達が戦って守ったもの・・それは・・・この空間だったのかもしれない・・・

そんなことを思うとともに、

この幸せな日々がいつまでも続くと、僕はそう信じていた.

しかし・・・

 

「艦長!!土星開発公団に入るって本当なんですか!!」

僕は艦長の個室に入るなりそう叫んだ。

 

艦長は突然の事にキョトンとしていたが

「ええ、本当ですよ。」

と、一番聞きたくなかった答えが返ってきた。

「正確にはネルガルに入社して、それから土星開発公団に出向することになるのですけどね」

 

「では土星に行くのですか?」

地球圏に居るなら何時でも会える・・・一縷の望みを託したが

 

「そうなりますね・・・情報処理と開発用ナノマシンの制御が主な仕事ですから・・・・・向こうに行ったら5、6年は帰ってこれませんね」

・・・現実は甘くなかった。

 

「いい機会ですから、仕事の引継ぎを済ませておきましょう。まずナデシコBですが・・・・・」

なおも淡々と今後の予定を話す艦長。

しかし『5、6年は帰ってこれませんね』の言葉以降、僕は何も聞いてはいなかった。

6年間も艦長に会えない・・・その事実が重く圧し掛かる。

その事実から逃れるために僕は・・・・・

 

「・・・次にオモイカネについてですが「艦長!!」・・・なっ何ですかハーリー君!?」

艦長の話を遮るように叫ぶと・・・

「僕も・・・僕も艦長に付いていきます!!」

艦長との別れを防ぐにはこれしかなかった・・・

艦長が土星に行くのなら、僕も土星に・・・

冥王星に行くのなら、僕も冥王星に・・・

艦長が行くところなら何処へでも着いていく・・・そこが僕の居るべき所なのだから・・・・・

僕はそう決意した・・・・・が

 

「・・・ダメです」

その一言が全てを打ち砕いた・・・

「ハーリー君を連れて行く訳には行きま・・・」

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

僕は艦長の部屋から逃げ出した・・・これ以上聞くのが辛かったから。

そして・・・・・『必要とされていない』と認めたくなかったから。

 

 

 

何処をどう走ったかは憶えていない・・・

気が付くと、以前ミナトさんと話した公園に居た。

夕方の公園は物悲しくて・・・僕の心と同様に木枯らしが吹いていた。

 

ミナトさんと話したベンチに腰掛けると、二年前の事が脳裏に浮かぶ・・・

あの時は艦長が迎えに来てくれた・・でも今は・・・・・

居るはずが無いと思いつつも、公園の出口に眼を向けてしまう・・・

そこには・・・一人の女性が立っていた。

幻覚かと思い、目をこすってからもう一度見てみたが・・・やはり艦長がそこに立っていた。

 

「ハーリー君・・・帰ろう。」

艦長は僕の前まで来ると、そう言って手を差し伸べた。

だけど僕は・・・下を向いたまま、その手を取ろうとはしなかった。

艦長の顔を見るのが、とても辛くて耐え切れなかっから・・・

 

「ハーリー君・・・」

僕の横に座ると、そう話し掛けてきた。

「ハーリー君・・・『着いてきてくれる』と言ってくれたハーリー君の気持ちは、とても嬉しい・・・

でもね・・・私と一緒に居たら、ハーリー君はずっとサブオペレータ・・・・・いつまでも一人前にはなれない。

ハーリー君にはすでに、一人でナデシコを動かすだけの力はある。あとはハーリー君の気持ちしだい・・・

私はハーリー君に早く一人前のオペレータになって欲しい・・・

だからハーリー君を連れて行く訳にはいかないの・・・・・」

そう言いながら艦長は僕の方に手を伸ばすと、膝の上で握り締めていた僕の手の上にそっとかさねた。

重ねられた掌から、艦長の気持ちが体温と共に感じられる・・・

それは、僕の冷え切った心と体を優しく包み込み暖めてくれた。

 

艦長は僕の手を握ったまま立ち上がると

「ハーリー君・・・帰ろう」

と再び言った。

 

僕は黙って頷くと、ベンチから立ち上がった。

そして僕たちは一言も話すことなく軍の宿舎まで戻った。

話さなくても繋いだ手から気持ちが通い合ってるように感じた。

 

 

 

半年後・・・ついに別れの時が来た。

 

新東京臨海国際空港―――

その出発ロビーの一角が人であふれ返っていた。

旧ナデシコA・ナデシコBのクルーに、アララギ大佐率いる『妖精親衛隊』・・・

全員・・・艦長・・いや、ルリさんを見送りに来た人達だ。

 

ルリさんは共に開発公団に出向するイネスさんや、土星の衛星軌道上に建設されるネルガル土星支社の支社長として赴くエリナさんと一緒に、旧ナデシコAの主要クルーと話をしている。

僕はその様子を、サブロウタさんやナデシコBのクルーと共に眺めていた。

やがて、挨拶が済んだのか、ルリさんがこちらにやってきた。

ナデシコBの皆から贈られる激励の言葉・・・その中で僕は何も言えずに・・・ただ俯いているだけだった。

 

「ハーリー君・・・」

突然、すぐ近くでルリさんに呼ばれた。

顔を上げる僕にルリさんは・・・

「ハーリー君・・・オモイカネをよろしく」

と微笑みながら言った。

 

僕は大きく頷くと、

「ルリさん・・・お願いがあります!!」

と切り出した。そして・・・

「六年後の・・あの日・・あの公園で・・・僕と会って頂けないでしょうか?」

胸に秘めていた言葉を口にした。

半年前のあの日以降・・・ずっと言いたくて・・でも・・言えなかった・・・その・・言葉を・・・

 

ルリさんは驚いた様だったが・・・

「成長したハーリー君に会えるのが・・・今から楽しみです」

そう言って微笑んでくれた。

 

 

『MW航宙、BS−3便に御搭乗のお客様・・・・・・』

出発準備が整った事を告げるアナウンスが流れ・・・

ルリさんは出発口へと消えていった。

最後に振り返った時・・・ルリさんの瞳からこぼれた一粒の涙が・・・

とても美しかった・・・・・

 

 

その日以降・・・

僕は自分を鍛え続けた。

ルリさんを守れる男になるために・・・そして・・共に在るために・・・・

 

 

 

月日は流れ・・・僕は・・「約束の地」に立っている。

六年後の再会を誓った・・・・・あの公園に

 

 

 

 

2210年、初夏―――

昼時をやや過ぎた公園は人影が無く、近くの商店街を通る車の音が、時折聞こえるだけだった。

ルリさんと話したあのベンチは、僕の入ってきた場所の丁度反対側・・・目の前に見える木立を抜けた所にある。

もし・・・ルリさんが約束を憶えていてくれたなら・・・きっとあのベンチに来てくれる筈だ。

 

木立を迂回するように配された道を、ゆっくりと歩く・・・

長いようで短かった、この6年間の出来事が脳裏に浮かぶ・・・

 

ナデシコBのメインオペレータを経て、16歳の時に少佐に昇進し、同艦の艦長になった。

その後も、火星の後継者の残党や海賊の討伐に功績を上げた。

そして20歳になった現在・・・

「電子の魔術師」の二つ名で呼ばれ、来年発足する「ナデシコ艦隊」旗艦の艦長および副提督として、准将に昇進することもほぼ決まっている。

肉体的にも、あの頃とは比べ物にならないほど成長し、木連式柔を修めた。

すべては・・・ルリさんを守るために。

 

正面に砂場や滑り台などの、簡単な遊具が見えてきた。

この場所からは木の影で見えないが、遊具のすぐ隣に立っている一本の樹・・・

その木陰に、あのベンチがある・・・

僕は立ち止まると、大きく深呼吸。

「もう忘れてしまっているかも知れない」不意にそんな考えが頭をよぎる・・・

僕は不吉な考えを吹き飛ばすかのように左右に首を振ると・・・再び歩き出した。

 

木々で隠れていた場所が徐々に視界に入ってくる・・・

砂場で大きな帽子をかぶった女の子が遊んでいた・・・

ここで遊んでいるのは、その女の子だけみたいだ。

一歩進むごとに緊張と不安・・・そして期待感が増していく。

やがて・・・視界が完全に開かれ・・・一本の樹が現れた。

 

その樹の木陰にあるベンチには・・・一人の女性が座っていた・・・

水色のワンピースに白いカーディガンを羽織っている、小柄な女性・・・・・

本を読んでいるらしく、下を向いているので顔はよくわからないが・・・・・

長い瑠璃色の髪が・・・風にそよいでいた・・・・・

その女性は・・・美しい大人の女性になったルリさんだった。

 

駆け寄りたいのを必死に堪え・・・それでも早足になってしまったが・・・ベンチに近づく。

ベンチの三歩手前で立ち止まり・・・そして・・・

「お久しぶりです・・・ルリさん」

と、声をかけた・・・・・

 

ピクリと軽く肩がふるえ、その後ゆっくりと顔をあげるルリさん。

僕の顔を見上げるルリさんの金色の瞳は、僕の成長に驚いたのかやや大きく開かれていた。

そして数秒の沈黙の後、瞳を細めると・・・・

「お久しぶりです・・・ハーリー君」

やさしく微笑んでくれた。

 

その後、僕はこの6年間にあった事を色々と話した。

僕が一方的に話しているだけだったが、ルリさんは終始笑顔で聞いていてくれた。

ルリさんの笑顔が勇気をくれる・・・

今ならば・・・ルリさんに僕の気持ちを伝えることができる。

 

「ルリさん・・・・・聞いて下さい」

自分の顔が強張っている分かる。

 

「?・・・どうしました。あらたまって?」

不思議そうに、首を傾げるルリさん。

 

「僕は、近々ナデシコ艦隊の司令部が置かれる火星に移動しなければなりません。」

心拍数が跳ね上がる・・・

「火星に移動したら・・・おそらく数年は、地球に戻っては来れないでしょう。」

心臓がさらに鼓動を増す。

少し息苦しい。

 

「・・・・・?」

とっても不思議そうな表情のルリさん。

 

「そ、そうなると、また、ル、ルリさんに会えなくなってしまいます!!」

思わず、ルリさんの視線を外すように俯いてしまう。

「だだだだ、だから・・・・ぼぼぼ、僕と・・・っ!」

 

「・・・僕と・・・なんです?」

 

「いいいいいいい、一緒に・・・っ!」

顔から火が出そうだ・・・

僕は固く目を瞑り・・・・・      ――タッタッタッ・・・パタン

「ぼ、僕と一緒に火星「ぅえ〜〜〜〜ん」・・・・・にって・・・何だ?」

 

振り返ると、さっき砂場で遊んでいた女の子が泣いていた。

転んだらしく、砂だらけだ(・・・何も無いのに、どうやって転んだんだろう?)

転んだ拍子に帽子が脱げたらしく、ツインテールにした瑠璃色の髪にまで砂が付いていし・・・

大きな金色の瞳には涙があふれてる・・・・・

・・・って、金色の瞳?、ツインテール??、瑠璃色の髪???・・・・・どこかで見たような・・・・・

 

「ルキア・・・大丈夫?」

ルリさんが女の子に駆け寄ると、脇に手を入れて立ちあがらせる・・・って、ルキア?

「あなたは、何も無いところでも転ぶんですから・・・・・どうやらケガはないようですね。」

砂を払いつつケガの有無を確認すると、ハンカチを取り出し、女の子の顔を拭く。

・・・・・ルリさんの知ってる子かな?

 

「ルリさん・・この子を知っ「ママ〜〜」・・・・・ママ?」

僕の言葉を再び遮り、ルリさんに抱きつく女の子・・・・・ま、まさか・・・・・

 

「そういえば、娘のことを話していませんでしたね・・・ルキア、ご挨拶して」

 

・・・む、娘?

 

「は〜い、・・・えっと、アマガワ・ルキア、4歳です!!・・・・これで良いの?ママ?」

 

・・・・・アマガワ?・・って、誰?

 

「はい、よくできました。・・・・・と、言う訳で、今の私はアマガワ・ルリですから・・・って聞いてますか?ハーリー君?」

 

その時、僕の意識は事象の彼方に吹き飛んでいた・・・・・

確かにあの女の子は、以前オモイカネのデータの隅で見つけたルリさんの子供の頃にソックリだった。(どうやら無意識のうちに否定していたらしく、言われるまで気づかなかった・・・)

それにルリさんの左手の薬指にあるリング・・・(やはり視覚に入っても、認識されなかった・・・・・)

つまり、ルリさんは・・・ルリさんは・・・・・・

ああ・・・この六年間はいったい何だったのだろう?

ボクノドリョクハ、ナンノタメダッタノ?

アア・・・カミハワレヲミハナシタ・・・・・グフッ

 

「ハーリー君?ハーリー君!!・・・・・動きもしませんね」

「ママ〜、おなかすいた〜〜」

「はいはい、そろそろホウメイさんとの約束の時間ですね・・・ハーリー君も動かないことですし・・・行きましょうか?」

「ママ〜、はやく、はやく〜〜」

「そんなに急ぐと、また転びますよ」

「大丈夫だよ ――タッタッタッ・・・パタン え〜〜〜〜ん」

「やっぱり転んだ・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・」

 

 

遠ざかっていく声・・・やがて完全に聞こえなくなる。

親子が去った昼下がりの公園に・・・・・人影は無い・・・

そして・・・・・その場に残っているのは・・

少々気の早いセミの声と・・・

塩の柱と化した・・哀れな男・・・ただ・・それだけだった。

 

 

 

 

 

― The False Theater ―
冷静情熱のあいだ
〜Blu〜

 

〜fin〜

 

 

 

あとがき 「疲労編」

 

どうもBearDogです。最後まで読んでくださってありがとうございます。

映画の公開と同時に投稿する筈だったのに・・・こんなに遅れてしまいました(涙)。

あいかわらず遅いな、俺・・・書くのが

二話同時というのは無謀だった・・・しかし、同時でなくちゃ意味が無いし・・・・・

まあ、それはどうでもいいとして(良くないけど)・・・

この〜Blu〜は、劇ナデの中盤〜その後を舞台に、ルリの『冷静』さとハーリーの『情熱』『あいだ』におこる悲(喜?)劇をハーリーの視点で書いてみました。

もうひとつの話〜Rosso〜は、舞台は同じですがルリの視点で書いてあり、『冷静』『情熱』も違う形でとらえているつもりです。

ルリの六年間に一体なにがあったのか?

そしてルキアの父親は?(って、おそらく御分かりでしょうけど・・・)

そんな訳(どんな訳だ?)で、ぜひ〜Rosso〜のほうもお読み下さいませ。

 

それでは・・・・・
冷静と情熱のあいだ
〜Rosso〜

・・・でまたお会いできることを願って・・・・・

 

  2002.02.15 BearDog