『10月20日 晴れ』
   基礎訓練を終え、本日より訓練生達は次の階梯へと進む。
   頑張れ、訓練生諸君! 目指すは全員合格だ。

基礎訓練を始めて早三ヶ月。訓練生達は、かなり良い動きをする様になってきた。
既に新兵としては上出来の部類だし、このままジックリ育てていけば、一流と言って良いレベルの技能を身に付けることだろう。
だが、この計画には、三月二十九日というタイムリミットがある以上、それを気長に待っている訳にはいかない。
この辺、俺としても辛い所である。
そんな訳で、時期尚早と渋る大佐を強引に説得し、訓練を次なる階梯へと押し進める。
輸送ヘリに揺られること約3時間。
途中、少年兵達の緊張が緩むタイミングを見計らって2198年にジャンプ。
そんなこんなで、俺と訓練生達は、次なるステージたる特別訓練施設『レッド・ノア』に到着した。

ヘリを降りると同時に、和やかだった少年兵達の顔に緊張が走る。
無理も無い。訓練だと言われて連れて来られた場所が、ジャングル風の森の中となれば、その内容はイヤでも察しがつくだろうからな。
この島の実情を知れば、その焦燥感はさらに増大することだろう。

そう、此処は絶海の孤島。
嘗て『誰も居ないプライベートビーチ』と呼ばれていた場所だったりする。
だが、一寸した不祥事が起こった所為で、件の企画は日の目を見る事無く中止と成り、
来年の春まで土地を遊ばせて置くのも勿体無いので、今回、こうして彼等の為の訓練施設に改装されたという訳なのだ。
当然、温泉なんて軟弱な物は巧妙に隠蔽されているし、この島唯一の人工物だった宿泊施設も、既にその痕跡さえ残っていない。
某ロンゲのテロリストが、木連の女性士官を人質に立て篭もった時に出来た、惨たらしい殲滅戦の傷跡も同様である。
ちなみに、麻酔が切れる前に救出する事が出来た御蔭で、その女性士官は、トラウマに成る様な物を見なくて済んだらしい。
実に喜ばしい事だ。

「全員整列!」

  タッ、タッ、タッ………

大佐の号令と共に、彼らが駆け足で整列してゆく。
その統制の取れた溌剌とした動きは、見ていて実に気分が良い。
ナデシコでは絶対に見られない光景だけに、なんか心が洗われる様だ。

「良くぞ生き残った我が精鋭達よ」

「教官殿。恐れながら、仰る意味が全く判りません」

大佐の訓示に全員が困惑する中、彼のすぐ前に立つ艦長顔負けな巨乳の少女が、隊員を代表して疑問を訴えてきた。
手元のプロフィールで確認すると、彼女の名は春待ユキミ。
生き残った少年兵達の中では最年長の16歳であり、部隊再編以前から、年少組の纏め役を務めていたらしい。
そういう事もあってか、どうやら暫定的なリーダー役に納まった様だ。

「無理に理解する必要は無い。
 スポンサーからの指示通りの訓示を述べただけで、如何いう意味かは私自身も判らん位だ。
 枕詞の一種とでも思って聞き流してくれたまえ。
 さて。諸君らは最初の関門たる心理戦の罠を潜り抜け、次なる関門へと………」

「度々申し訳ありません教官殿。関門とは何の事でありますか?」

「これもスポンサーからの指示でな。まあ、そう深く考えるな。別に意味など無い話だ」

「りょ、了解致しました」

引き下がりはしたが、尚も困惑顔のままの春待訓練生。
資料には『優れた戦術眼を持つ』と記載されていたが、余り柔軟な発想の出来るタイプでは無いらしい。

「それでは次の関門………要するに訓練内容を発表する。
 次の関門はサバイバルだ。まずは1カ月間生きのびろ。
 その為に必要な物資は、既に配布したリュックの中に入っている。各自装備を確認せよ」

    ガサゴソ、ガサゴソ………

一斉にリュックの中身を探り、その少なさに呆然とする少年兵達。
現実を受け入れられず、リュックを逆さに振っている者や裏返してみたりする者も居たが、当然隠しポケットなど存在しない。

「教官殿。寝袋とナイフとコンパスと携帯用医療ツールしか入っておりません」

真っ青な顔をした春待訓練生が、装備の脆弱さを大佐に訴えた。
その顔は『何かの間違いであって欲しい』と痛切に物語っていたが、その願いは叶わぬ夢でしかない。
そう、現実とは常に過酷なものなのだ。

「ならば問題無い。此方が用意したのは、その四点のみだ」

「食料は如何するのでありますか?」

「無い。各自、現地で調達せよ」

「地図は如何するのでありますか?」

「無い。各自、自力で作成しろ」

「き、緊急時には如何対処するのでありますか?」

「各自、自己の判断に於いて最善と思う方法をとれ」

   シ〜〜〜ン

今少しオブラ−トに包んだ物言いをするかと思っていたが、大佐が少年兵達に引導を渡す声音と内容は、実に淡々としたものだった。
おそらく、此方こそが大佐の素顔なのだろう。
往年の鬼隊長、今此処に復活と言った所か。

「他に質問は無いか? 無ければ現時刻11:00時を持って訓練を開始する」

   パラ、パラ、パラ………

呆気に取られたままの少年兵達を尻目に、輸送ヘリは離陸体制を取っていく。
ローターが起す強風に煽られ、何人かが正気に帰り大佐を呼び止めようとするが、彼の目を見た瞬間、言葉を失う。
そう。彼らを見つめる大佐の目には、侮蔑の色しか表れていなかった。

「訓練内容が不服だと言うなら、転属を申し出るのだな。今なら転属先まで直通のヘリがあるぞ」

その言葉に頭を垂れる少年兵達。
いや。ツリ目の少年だけが、気勢を失わずに大佐に噛み付いている。

「ふざけんな! 俺達とは、まともに話も出来ねえって言う気かよ!」

「有態に言えば、その通りだ」

「なっ! なんだとこの(ドサッ)ぐわっ」

激昂した少年が殴り掛かったが、その手を易々と大佐に捌かれ、そのまま投げ飛ばされた。
ハッキリ言って相手が悪い。

「脆いな。これでは本訓練から逃げたがるのも無理は無い」

追い討ちを掛ける様に憎まれ口を叩く大佐。教官の経験も豊富なだけに、この辺の呼吸が実に上手い。
………コレが地だったりしたら、ちょっとヤダな。

「ん? 何時まで寝転がってるつもりだ鷹村。
 ああ、ヘリまで運んで欲しかったのか。
 仕方ないな。おい、誰かこの民間人をヘリまで………」

   ガバッ

大佐の挑発に反応し、弾かれた様に起き上がる鷹村訓練生。
心底悔しいらしく、彼の全身は瘧の様に震え、目は射殺さんばかりの目付きで大佐を見据えている。
だが、もう口に出しては何も言わなかったし、その眼の奥には、しっかりと決意の色が見て取れる。
うん、彼はモノに成りそうだ。

「ふん、まあ良いだろう。他に転属希望者は居ないか?」

大佐がユックリと少年兵達を見回すが、誰一人小揺るぎもしない。
ここまで残っただけあって、どの子にも胸に決意がある様だ。

「よかろう。では諸君、1ヶ月後に又会おう」

   パラ、パラ、パラ………

かくて、彼らにとって最後となるであろう社会復帰へのチャンスは、永遠に失われた。
今後どういう人生を歩む事に成ろうとも、これから歩む1年半の出来事を、彼らが忘れる事は無いだろう。
そう。此処から先は機密保持の為、脱落者にも最後まで付きあって貰う事になる。

ジャンプの事が、2014年の人間に洩れた所で………
と、仰る向きもあるかも知れないが、実は、向うの世界で露顕した場合の方が、事は遥かに深刻だったりする。
これは、決し杞憂などでは無い。
予備のコアを準備して置く為に、何百人もの人間を事故に見せかけて殺害。
妹の治療を条件に鈴原少年をフォースチルドレンにし、その妹を、治療と称して参号機のコアに使う。
エヴァの世界とは、そんな北辰や草壁の風下に置きたい様な連中の支配する世界なのだ。
A級ジャンパーの存在が確認されたりしたら最後、中世の魔女狩りのノリで、国連公認の下にジャンパー狩りが行われる事に成るだろう。
まったく、『人間の敵は人間』とは、良く言ったものである。

「それでは、私はこの辺で」

島の全体像がハッキリ見え始めた頃、大佐は、少年兵達と同じリュックを背負い席を立った。
その姿からは、何の気負いも感じられない。
これから彼等のそれとは比較に成らない過酷な訓練が待っているというのに、まるで小旅行にでも出掛けるかの様な気安さである。

「やれやれ、まさか本気だったとは。
 何度も言いう様ですが、あの島は万全の監視体制が整っています。
 何も自分の目で直接見なくても、彼らの行動は逐一チェック出来るんですよ」

「そんな御大層な理由じゃなありません。単に、私がリハビリをしたいだけですよ。
 それに、私は自分に出来ない事は、部下にもさせない主義でしてね」

う〜ん。戦術を組み立てる際は弱兵を基準にすべきと言うが、ある意味、部下を信頼していないとも取れる意見だな。
だが彼の場合、総てのスキルが平均値を軽々と超えているからなあ。
相手がナオクラスの実力者でもない限りは、正しい方針かも知れん。

「それでは一ヵ月後に」

   ザパ〜ン

そう言い残すと、大佐は僅かな水飛沫と共に波間へと消えた。
その殆ど波の立たない泳ぎ方は、在りし日のアキトを彷彿させる。
たしか古式泳法の一種で、両手両足縛られていても問題なく泳げるとか言っていたっけ。
島まで約10キロ程あるが、あの様子なら問題ないだろう。
大佐と少年兵達の健闘を祈りつつ、俺は訓練地を後にした。




『11月 3日 大雨』
   今日、ハーリー君が士官学校を主席で卒業した。
   普通なら、手離しで喜ぶべき事だろう。
   だかこの快挙は、彼の新たな軍人生活に於ける、ケチの付き初めにしか成らなかった。
   不幸の一番星は、いまだ彼の頭上で燦然と輝いているらしい。
   全くもって胸糞の悪い事だ。

「プロスさん………じゃなっかったマスター、おかわり」

「提督、今日は一寸呑み過ぎじゃないんですか? 
 御気持ちは判らなくもありませんが、これ以上は身体に毒ですよ」

「健康の為、スコッチはスコッチ(少し)控えめに」

プロスさんとマキ君が代わる代わる窘めてくる。
だが、今日はもう呑まずには居られない。

「それじゃ、次はウオッカのウオッカ(おか)わりをくれ」

まだ頭は正常に働いている事を証明しつつ、俺は再度注文を繰り替えした。
苦笑しつつ、新たな杯を差し出すマキ君。
それを受け取ると同時に、一息に胃に流し込む。
って、これは水割り。それも、限り無く只の水に近い代物じゃないか!

「あらら、ウオッカない顔」

俺の抗議の視線を受け流しつつ、彼女は妖艶に微笑んだ。
開店から約半年。近頃では、この手のBARマダム技能も御手の物の様だ。
潔く敗北を認め、再度同じ物を注文。
それをチビチビ舐めながら、俺は思考の海に身を浸した。




   〜  7時間前 執務室にて  〜

就業時刻を間近に控えた夕暮れ時、カヲリ君が臨時の報告書を携えてやって来た。
その険しい顔から察するに、またも碌でもない事の様だ。
さり気無く覚悟を固めつつ報告書を読む。
読後、暫し絶句。珍しく大局には影響の無い事だが、それだけに情けなさが倍増する。

「まったく。あの人達には倫理観というものが無いのかしら。
 これはもう、司法組織に訴えるに値するわね。明らかな人権侵害ってことよ」

俺が読み終えたのを見計らい、嫌悪感も顕わにそう訴えるカヲリ君。
無理もない。これはある意味、人間のエゴ全開な話だ。
人間暦約半年。いまだ穢れ無き人生を歩む彼女にしてみれば、さぞ許しがたいものだろう。
だが、此処で事を荒立てる訳にはいかない。

「そのなんだカヲリ君。落ち着いて聞いてくれよ」

それから一時間後。何時に無く臍を曲げるカヲリ君ではあったが、如何にか説得に応じてくれた。
高い知性を持つが故に、道理を持ってあたられると我侭を通し切れない。
それが彼女の女としての弱点であり、また人としての美点でもある。
俺の言に納得しつつも、拗ねた顔のまま西欧州に帰るカヲリ君。
それを見送った後、報告書の内容を反芻する。




本日12:00。ハーリー君が士官学校を卒業。
その同時刻を持って、木連駐在員の任務を拝命。一週間後に到着する彼の地にて、15人分の事務仕事を押し付けられる身と成った。
無論これは、彼のマシンチャイルドとしての能力を当て込んでの人事では無い。
此処を卒業後に就職する筈だったハーリー君以外の生徒14人が、残らず自主退学してしまった所為なのだ。
資料によると、全員政府高官や高級将官の所の馬鹿息子達なので、正直ザマアミロと言いたい気分なのだが、
その皺寄せで卒業式すらやって貰えず、小荷物扱いで木連行きの貨物船に積み込まれたハーリー君の心情を思うと、手放しで喜ぶのも躊躇われる。
それも、腹立たしい事に本当に小荷物扱いでだ。

政府高官等が乗る為の専用機を、下士官である彼の為に手配するのは体面上拙い。
この主張は、まあ理解出来ない事もない。
木連行きの一般用の旅客機が、いまだ未配備なのも動かし難い事実だ。
だが、幾ら貨物船と言っても、有人機である以上、居住スペースが無い筈が無い。
まして相手はハーリー君だ。
御客様扱いが無理なら、船のオペレーター代理として乗り込ませる事だって出来る筈である。
にも拘らず、現在彼は、天地無用生モノのコンテナに詰め込まれて搬送中の身の上なのだ。
考えるまでも無くこれは、例の馬鹿息子の親達の陰謀………否、逆恨みによるものだろう。
まったくもってフザケタ話だ。

改めて、自分が汚い人間である事を再確認する。
本来なら、如何考えてもカヲリ君の主張の方が正しい。
俺自身、件の馬鹿共に天誅を加えてやりたい気持ちで一杯だ。
だが、敢えて其処をグッと堪える。

そう、今は雌伏の時。我慢しろ俺。
こんな事で政府との間に余計な波風を立てる様では、計画の成功など到底覚束んぞ。
幸か不幸か、彼はこの程度で如何にか成るようなタマじゃない事だし、
『それで連中の気が治まるならそれも良い』とでも思って割り切るんだ。




   〜  再びBAR花目子  〜

気が付けば、目の前のグラスの中身は、只の生水と化していた。
仕方なく、アルコール臭がするだけのそれを一気に呷り、新たな杯を注文する。
その時、俺はある重要な事を思い出した。
呆れた事に、これまで愚痴を垂れるだけで、一度もハーリー君の卒業を祝っていなかったのだ。
そんな訳で、渋るブロスさんとマキ君を強引に説得。
キープしていた秘蔵のシャンパンを開け、二人にも祝杯に付き合って貰う。

「「「カンパ〜イ!!」」」

黄金色の美酒が、喉だけでなく心も潤していく。
うん、これで漸く蟠り無く言える。

卒業おめでとうハーリー君。これで君も正式に曹長だ。
明るい未来を守る為、これからも頑張ってくれ………って、アレ?

   ガタン

祝い酒を飲み干すと同時に、何故かストップモーションでカウンターに倒れ込む俺の身体。急速に意識も遠のいていく。

「あっ、ナカザトさんですか? 私、プロスです。じつは提督を引き取って頂きたいのですが。
 ………… はい、例の御薬を使いました。………… 大丈夫です。フレサンジュ印の特別製ですので、肝臓に負担は掛けません。
 その辺りの事は、先日、貴方が身を持って体感した通りで、 ………… ええ、判っておりますとも。決して他言など致しません。
 ………… はい、それでは宜しくお願いします」

は…謀ったなプロスさん。
薄れ往く意識の中、心中そう呟く俺。

「君の酒癖が悪いのだよ」

最後に、そんなセリフが聞こえた様な気がした。




『11月12日 晴れ』
   今日、コバヤシ君、アヤスギ君、ミルクちゃんの三人が新たに参戦した。
   これでサンジェルマンが誇るメイド四人衆が勢揃いした訳だ。
   新たな美女&美少女を向え、活気溢れる今日この頃………と、日記には書いておこう。

先月一杯でサンジェルマンが改装休業に入り、予定通りメイド部隊の残りの面々も、火星駐屯地に配属(?)する事に成った。
この季節から新年明けまでの期間こそが、あの手のホテルの客足のピ−クの様な気もするが、
実質的経営者たるマツモト女史が『これで良い』と言う以上、ここは素直に好意に甘えるべきだろう。
そう、もうすぐ彼女達の力が必要と成るのだ。

「(カチャ)とうとう来ちゃいましたね先輩達。
 後悔してませんか提督? って言っても、もう手遅れなんですけどね」

食後のコーヒーを給仕しつつ、ライトな毒舌風本音トークを繰り広げるカスミ君。
最近ではこれも、御馴染みのモノと成りつつある。
そう。実は、此処に着たばかりの彼女の言動は、作られた仮面。
これまでのクルービューティ振りは、一切の感情を消していた所為だったのだ。

今となっては脱線だらけの彼女の話を総合するに、アレは、コバヤシ君の徹底した接客指導の成果だったらしい。
アレはアレで問題だった様な気もするが、今のコレよりは通常の接客業に向いているのも、また確かな事だろう。
とは言え、此処はナデシコ。少々の毒舌など物の数ではない。
それ所か『子悪魔風でイイ』と言った感じで、整備班達の間では、只今人気急上昇中だったりする。

「オイオイ、もうすぐ例の訓練が始まるんだぜ。
 君にとっては怖〜い先輩かも知れんが、来てくれなきゃ君だって困るだろう?
 まあなんだ。先輩達への御機嫌取りの意味も込めて、今夜の歓迎パーティの準備、しっかり頼むわ」

カウンター越しに彼女の顔を見上げつつ、俺はそう答えた。

しかし何だな。彼女の縦ロールの髪や装飾過剰に改造しまくった制服も、こうして毎日見ていると違和感を覚えなくなるから不思議だ。
一部のフアンのラブコール通り、悪魔のシッポを付けてみても、きっと良く似合うことだろう。

「でもでも。エクセル先輩の事だから、そういう段取りを無視して、もうすぐ此処に来るんじゃない? ってのが、カスミ的フィーリングです」

タクトの様に人差し指を振りつつ、そう宣うカスミ君。

「カスミ的フィーリング?」

「なんとなくって意味です」

彼女がそう言った直後、なんと本当にコバヤシ君がやって来た。

「ヤッパリ。もう、先輩ってば傍若無人なんだから」

と言いつつ、厨房に引っ込むカスミ君。何やらドリンク類を作っている様だ。
それと入れ替わるように、周囲に矢鱈愛想良く挨拶していたコバヤシ君が、俺の座るカウンター席までやって来た。

「いや〜〜、お久しぶりです提督。
 あっ、判ってます。ホントなら此処に来るのは、もう3時間ばかり後の事。
 私としても『チョット拙いかな〜』とは思ったんですが、長旅の所為で如何にも脳味噌が餓えていると言うか、血糖値が下がり気味で落ちつかなくって。
 そんな訳でチョッち失礼をばして、すいませ〜〜ん、クリーム(ピトッ)きゃぁぁぁぁ!」

高度に………いや、無駄に気配を消しつつ、背後からコバヤシ君のホッペにクリーム・ソーダを宛がうカスミ君。
コバヤシ君が飛び跳ねたにも関わらず、ソーダを一滴も溢していない所もまた、無意味に優れた技術だ。

「嫌ですよエクセル先輩『きゃぁ』なんて。少しは歳を考えて欲しいです」

     チャキ

「黙れ、このクソガキ」

引く手も見せずに抜かれた銃口が、生物学的な正確さでカスミ君の心臓にポイントされる。
う〜ん、流石カスミ君の先輩。恫喝もハイレベルだな。(笑)

「ワカリマシタ。(もう、ささやかなパーティジョークに目くじら立てるなんて。これだからオバサンは困ります)」

   ガチャン

「………誰がオバサンだって?」

撃鉄を起こしつつ、にっこり微笑むエクセル君。
その顔は、もはやシャレに成っていない。

「なっ!? 如何してカスミが考えている事が? さてはテレパス!?」

「んな訳あるか! アンタの悪癖が戻っちゃってるのよ、もう思いっきり!!」

(くっ。なんて巧妙な言い訳。さすが歳の功)

「歳は関係ね〜〜〜!!」

はあはあと、肩で息をするオバサン………じゃなくてコバヤシ君。
その後、ふと何かを思いついた様な顔色を浮かべると、それまでの剣幕が嘘の様な満面の笑みを浮べつつ、あのカストロフィへの引き金を引いた。

「良い機会だから聞いておこうか。 カスミは私を如何思っているのかな?」

「モチロン、敬愛するセンパイですぅ♪ (絶対に目を合わせてはいけない人間)」

    シ〜〜〜〜ン

一瞬にして空気が張り詰め、聖戦の………いや、それとは比べ物に成らない殺気が食堂内に充満していく。
嗚呼、テレパス能力なんて無くても判る。
今、此処にいる人間の心は、君と一つだぞカスミ君。

「ど…如何しましょう、提督。理由は判りませんが、如何も先輩を完璧に怒らせちゃったみたいです」

「(シッシッ)俺に近づくな!  同類だと思われるじゃないかっ!!」

「ひど〜〜〜い! 私達、同じ皿のエビチリを分けあった事さえある、純正100%の仲間じゃないですか!」

「あれは単に、1皿2〜3人前だったから………」

   ズキュ〜〜〜ン

「随分と楽しそうじゃない。私も混ぜてくれないかしら?」

この後の事は良く覚えていないし、何より思い出したくも無い。
只、この後エクセル君は、運悪くその場に居合わせた整備員を中心に『金髪の悪夢』と呼ばれる様に成ったとだけ言っておこう。




『11月20日 晴れ』
   今日、訓練生達は修羅の門を潜った。
   そう。これまで彼らを守ってきたモラルや法律は、此処から先その意味を失う。
   過程には一オンスの価値すら無く、結果によってのみ事象が語られる、戦場のルールが総てを支配するのだ。
   遂に戦場に立つ彼らに、幸多からん事を祈るとしよう。
   

サバイバル訓練が始まってから早1ヶ月後。今日の朝の定期検診によって、訓練生全員の生存と無事が確認された。
当初は、その過酷な内容ゆえ些か心配したものだったが、蓋を開けてみれば、全員文句なしの合格という訳である。
かくて、今日より訓練を次の階梯へと進める事と成った。
その為の機材と人材を伴い、輸送ヘリで一路『レッド・ノア』へと向う。
途中、暇潰しがてら訓練生達の様子を覗いてみた。
海底に設置されている監視カメラの倍率を上げ、島の周辺部にピントを合わせると、

「おっしゃあ! や〜ってやるぜ!!」

筏に乗ったツリ目の少年………鷹森訓練生が、沖合いで魚と格闘している所だった。
防刃仕様のチョッキが既にボロボロに成っており、剥き出しの両腕は傷跡だらけ。
おまけにズボンも膝から下が無く、アチコチ繕った跡がある。
今日まで相当の無茶をやっていた様だ。

浜辺では、女性訓練生達が食事の準備中。
何故か三白眼の少年が、その中心で繕い物をしていたりする。
良く見ると、調理の指示や味付けをしているのも彼だった。
いやはや、人は見かけによらないものだな。

「そこの干物を作る為の棚と、果物の類を貯めておく為の箱を作ったのも紫堂だよ」

俺の目線と顔色から意図を察したのか、大佐が解説を入れてくれた。
興味をそそられ、改めてプロフィールを確認する。

彼の名は紫堂ヒカル。
元衛生兵見習で、既に看護士の資格も取得している。
高度なサバイバル技術も身に付けており、本訓練に於ける成績も文句無しのトップ。
おまけに、あんな愛想の欠片も無い顔でありながら、実はかなりの世話焼きらしい。
実際大佐の見立てでは、もし本訓練に彼が参加していなければ、訓練生達の半数は一週間でリタイヤしていたとの事。
素晴らしい。実に重宝な人材だ。

「おう、追加の獲物を釣ってきたぜ。後で干物にしといてくれや」

「御苦労。此方も修繕が終ったところだ」

「すまねえな。にしても、マジに限界だぜコイツはよ〜」

数十分後、獲物を持って帰還。
それと引き換えに継接ぎだらけのアンダーシャツを受取りながら、そう愚痴る鷹森訓練生。
だが、三白眼の少年………紫堂訓練生は、その能面の様な表情を崩す事無く、

「良く判ったな。お前のシャツとズボンは、次に破れたら直し様が無い」

と、最後通牒を言い放った。

「ど、如何にかなんね〜のかよ」

「自業自得だ。諦めろ」

如何やら彼らのサバイバル生活は、肉体的だけで無く物理的にも限界にきている様だ。
いや、良くぞ一ヶ月間も持ったと誉めるべきだろうな、この場合。

ううっ。感慨に耽るうちに、あの悪夢の三日間の事まで思い出しちまった。
実は、一寸した幸運から連休が取れたので、三日だけ大佐と行動を共にしてみたのだが、
『少年兵達と同じ条件で潜伏生活を送る』というのは、俺が当初予想していたよりも遥かに厳しいものだった。

まず、水分が不足する。
何しろ煮炊きが出来ないので、海水から真水を作り出す事が出来ない。
従って、葉に付着した朝露や時折振る雨水が生命線と成ってくる。
しかも、絶えず移動しなければならないので、雨水を貯めておく事さえ出来ないのだ。
行軍中、何度水の幻覚を見た事か。

次に食料だ。
森には食用となる木の実が群生しているが、それには手が出せない。
千切った跡・実の臭い・食べカス等で、此方の存在を悟られる危険性が高いからだ。
食欲が無いので実感は湧かないが、カロリーの不足は確実に体力を削ってゆく。
食事は一日一回。少年達が寝静まるのを見計らって、海で漁をする。
煮炊きが出来ないので当然生であり、ボウズの場合は食事抜きとなる。
月明かりの中、血の滴る生臭い魚肉は心底食べ辛かった。

そして睡眠。
これもマトモに取る事が出来ない。寝袋等使用せず、木に凭れて立ったまま眠るのだ。
それも、僅かな物音に反応しては身を隠し、数百メートル移動した後、再び木に凭れると謂った事を繰り返すのである。
実質的な睡眠時間は、多分3時間も無かったと思う。

ハッキリ言って、過去ワースト3に入る苦行だった。
最終日の夜、迎えにきてくれたカヲリ君の姿が、マジに天使に見えたのは言うまでも無い。

「全員整列!」

  タッ、タッ、タッ………

島に到着すると同時に大佐の号令が鳴り響き、訓練生達が駆け足で整列してゆく。
その野性味溢れる俊敏な動きは、彼らが一ヶ月前とは別人である事を如序に物語っている。

「良くぞ生き残った我が精鋭達よ」

   シ〜〜〜ン

前回、割と物議を醸し出したこのセリフも、今回はノー・リアクションに終った。
まあ、単に今回はシャレに成っていない所為という気もするが。

「諸君らは第二の関門たるサバイバル訓練を生き抜き、次なる関門へと………」

「失礼します教官殿。新たな訓練に移る前に、聞いて頂きたい事があるのですが宜しいでしょうか?」

大佐の棒読みの訓示が新たな訓練内容に差し掛かった所で、春待訓練生が意見具申をしてきた。

「転属願いなら受理出来んぞ。
 諸君らには、既に基本的人権など存在しない。兵士として生き抜くか此処で野垂れ死ぬかの、二つに一つだ」

そう言いつつ、大佐はサディスティックな笑顔を浮べた。
う〜ん、何度見てみ演技とは思えないな。
コレと普段とホテルオーナーバージョン。大佐の素顔は一体どれなんだろう?
と、俺が愚にも付かない事を考えている間に、

「ふん、良いだろう。五分だけ時間をやる」

気丈にも大佐の威圧に耐え抜いた春待訓練生が、ささやかな勝利を勝ち取っていた。

「有難うございます」

彼女が一礼し列の中に戻ると同時に、訓練生達は揃って最敬礼をしつつ唱和した。

「「「山本・浅利の両名を御救い頂き有難うございました」」」

予想外の攻撃に、一瞬だけ驚愕の表情を浮べた後、

「何故判った?」

もはや取り繕っても仕方が無いとばかりに、大佐は素のままの声色でそう尋ねた。

「日々の行動に於ける行軍跡より、我が隊以外の人間の存在を確認したからであります。
 大佐が如何に巧妙に隠されようと、身長190cmを越える巨躯の大佐と、小柄な体躯の者しかいない我々とでは、その違いは明白です」

さも嬉しそうに溌剌と答える春待訓練生。
他の訓練生達も『この一ヶ月、遊んでいた訳じゃない』と言わんばかりの、誇らしげな顔付きだ。

「無論、状況証拠だけではありません。救助された折、山本訓練生が大佐の後姿を確認しております」

「………そうか。山本」

「は、はい」

「君の演技は見事な物だった。
 君がその気なら、私の人生はそこで終っていただろう。見逃して貰ったことに感謝する」

「あ…有難う御座います」

勝気そうな外見に似合わず、消え入りそうな声で謝辞を述べる山本訓練生。

「へへへっ。流石にファーストキスの相手ともなると、殊勝な態度じゃね〜か」


「ば、馬鹿言ってんじゃないよ」

鷹村訓練生のからかいに対する反応も、照れが先行していて、寧ろ『もっと言って』と言わんばかりだ。
真っ赤になって語尾が震えている所が実に初々しい。
良いねえ。鬼教官モードの大佐が相手というのがちと意外だが、久しぶりのラブコメだ。

「鷹森」

「な、なんでえ」

「本訓練の終了後、ライフセービングの補習を命じる」

ちっ、そういう事か。つまらんな。
(注釈:人工呼吸は、あくまで自律呼吸の回復補助を目的として行うものです。
 相手の症状を無視して闇雲に行った場合、かえって状態を悪化させるケースも少なくありません)

「それと浅利」

「はい」

「その点に於いて、君には済まない事をしたと思っている」

「………御気遣い頂き、有難う御座います」

蒼白に成りながらも、如何にかそう答える浅利訓練生。
どうも彼は、ジュンやハーリー君と同じ星の下に産まれた少年の様だ。
霧島マナとムサシ=リー=ストラスバーグのオマケでトライデントのパイロットに内定したという経歴も、その考えを助長させてくれる。
まあ、ファーストキスのショックにもめげずに礼を言える辺り、あの二人よりも頼りに成りそうではあるが。

「(コホン)それでは改めて、次の訓練についての説明を行う。次の訓練は実戦を想定した模擬戦となる」

脱線は此処までとばかりに、大佐は声色を教官モードに戻すと、各種装備の詰ったコンテナを指差した。




   〜  一時間後  〜

「各自の持ち点は10点。一ヶ月以内に零に成った者。もしくは死亡判定を受けながら訓練に参加した者は失格となる」

模擬銃等の使用法と模擬戦のルールの説明を終え、大佐は最後に合格基準に付いて語った。
淡々とそれを拝聴する訓練生達。
特にビビッた様子は無く、リアクションと言えば、何人かが手に持った模擬銃を握り直した事くらいだ。
うんうん。精神的な面では、彼らは既に一人前だな。

「では、諸君らの相手を紹介しよう。いでよ、メイド四人衆!」

「「「は?」」」

大佐の号令に、一斉に少年兵達の頭に疑問符が湧く。
だが、当然そんな事は頭から無視し、例の四…いや三人が前方宙返りを決めつつヘリから飛び出してきた。

「ミルク=ボナパルトで〜す♪」

「宗像カスミで〜す♪」

「三」

  バシッ、バシッ

自己紹介中、ボケを入れようとしたエクセル君の後頭部に、御約束のダブルハリセンが決まる。
何処から出したかは追求しないのが通と言うものだ。

「痛〜っ! 
 って、ツッコミ早すぎだぞ二人とも。これじゃギャグに成らないじゃないか〜!」

「え〜っ。でもでも、カスミ先輩がこの方が良いって」

「カスミ!」

「すみません。ちょ〜と勇み足だったみたいで。
(ふん。当たり前の事だけやってる様じゃ、この業界生き残れません。これだからロートルは困ります)」

「って、口に出してるんだよ。何時もながら!」

「ふみ〜ん」

「駄目ですエクセル先輩。チョークは反則です」

カスミ君にスリパーホールドを決めるエクセル君。それを必死に宥めるミルクちゃん。
そんな三人の後からゆっくりと登場し、

「え…えっと、先輩はその…ちょっと忙しいみたいなんで、変わりに御挨拶させて頂きますね。
 あちらの金髪の方が、私共のリーダーでエクセル=小林。私は綾杉チハヤと申します。
 これより一ヶ月間、皆様の訓練の御手伝いをさせて頂く事に成りました。どうか宜しく御願いします」

柔和な笑みを浮かべつつ、アヤスギ君が自己紹介を始めた。
その穏やかな物腰と、すぐ後ろで行われているドツキ漫才とのコントラストが実にシュールだ。
こういった演出を、無意識に行うのが彼女の芸風である。
『だから如何した』と言われれば、特に意味があるわけじゃないけどね。

「あの、ひょっとして名前の発音が可笑しかったですか? 
 2014年の日本では、これが一般的だと伺ったので、それに合わせてみたんですけど?」

リアクションが返らない事に不審を抱いたのか、上目使いに訓練生達を見上げつつ的外れな質問をするアヤスギ君改め綾杉君。
全くもってグッド・ジョブだ。

「………オッサン。俺はまた、アンタという人間が判らなく成ったぜ」

「うむ。疑問を持つ事は良い事だ。
 戦場に於いては、中途半端な相互理解くらい始末の悪いものは無い。
 納得するまで疑い続けろ。最後には、確信に足る答えが見つかる筈だ」

呆れ顔でそう洩らす鷹村訓練生に、至言とも言うべき答えを返す大佐。
そして、訓練生全員が我に返るのを確認した後、徐に訓練の開始を宣言した。

「これより第一回目の実戦訓練を行う。
 本日は初日特典として、ポイントのカウントはしないものとする。
 今から30分後、メイド四人衆による森へのアタックが開始される。各自その間に配置を完了せよ」

「「「了解!!」」」

気合の乗った敬礼を返した後、森へと散っていく訓練生達。
この時点では、どの子の顔にも自信が漲っていた。
この一ヶ月、命懸けで生き抜いたホームグラウンドとも言うべき場所での初陣。それも18対4の圧倒的兵力差だ。
勝利を疑っていた子は一人も居なかっただろう。
だが、開始から僅か45分。実質的な交戦時間は15分足らずで、彼等は全滅した。

「やりました。大勝利です。ヴイ♪」

「ヴイ♪ じゃね〜〜〜っ!」

全身で勝利に歓喜するカスミ君。
その後頭部に、エクセル君の前蹴りが炸裂。

「いたたたっ。何するんですエクセル先輩。(ううっ。きっとカスミの大活躍を妬んでるんだ)」

「誰が妬むか〜! って、問題は其処じゃね〜!
 お前なあ、これは訓練なんだぞ訓練。圧勝しったって意味無いだろ」

頭が下がった所へヘッドロックを決めつつ、尚もガミガミとドヤシつける。
やり過ぎ………いや、正に体当たりな教育だ。
なにせ相手がカスミ君の場合、ここまでやっても効果は薄いと言わざるを得ない。
そう。彼女は、ヤマダと同じ世界の住人なのだ。

「そんな〜、カスミ的には精一杯手加減したんですよ」

「一人で突っ込んでって、何が手加減だ〜!
 つ〜か、御手本に成るべきコッチがセオリー無視してど〜する」

「り、臨機応変な対応の御手本に…」

「なるか〜!」

と叫びつつ、そのまま首投げの要領で地面に叩き付ける。

「ハっちゃん先輩〜! 速く出てきて下さ〜い!」

もはや自分では止め様が無いのを悟り、ミルクちゃんが必死にヘルプを求めるも、狙撃の為にブッシュに潜り込んでいる綾杉君には聞えていない様だ。
かくて、高度かつ不毛なこの戦いは、ウメボシ固めを決められたカスミ君が泣いて謝るまで続いた。




「さ〜て、ボーイズ&ガールズ。全員、石鹸とタオルを受け取ったかな?」

あの戦いから一時間後。何事もなかったの様に、エクセル君が何時もの名調子で捲し立てている。
だが、それに答えるべき訓練生達の反応は極薄い。

「つ〜ワケで、これからキミらの一カ月分の垢を落して貰う。
 コッチが男風呂、アッチが女風呂。順番は適当、着替えも籠の中の物を適当に。
 フリーサイズが入らない様なコマッタちゃんは即退場だ。
 あっ、それと男の子諸君。
 言っとくが、くれぐれも覗きはしないよ〜に。特に、あたしが入ってる時やったらも〜滅殺モノだぞ♪」

仮設ユニット式のシャワー室を指差しながら、冗談めかしてそう言ったが、当然誰も笑わなかった。
無理もあるまい。彼らの顔には、今だ恐怖が色濃く残っている。
そう。言ってみれば現在の訓練生達は、単に惰性で頷いているだけなのだ。

「いやその。三つの内二つが男風呂だからって、実はオカマ用だったなんて二昔前のギャグ漫画みたいな事は言わないから安心………
 ひょっとして、心配なのは着替えがトンデモステキなモノってオチに成る方?」

得意の話術が滑りっぱなしな所為か、徐々にシドロモドロに成っていくエクセル君。
それを無視して、訓練生達はゾンビの様な足取りでシャワー室へと消えていった。

「て、提督! 一体ナニが拙かったんでしょうか!!」

俺に聞くなよ、頼むから。




「は〜い。此処が死亡判定者用の待合施設です。
 今後、皆さんが死亡判定を受けた場合、翌日の訓練開始時まで此処に拘束される事に成ります」

あれから一時間後。
遂にはイジケ始めたエクセル君に代わって、綾杉君が引率を代行。大型プレハブ住宅の前への案内を始めた。
キビキビとした動きで、それに続く訓練生達。
入浴を終え、清潔なパジャマ(サンジェルマンで使用している物)に着替えた御蔭か、彼らの緊張も大分解れた様だ。
まあ何人かは『もう如何でも良い』とばかりに現実逃避を決め込んでいるだけなんだろうけど。(笑)

「各種装備及び制服は、此処を出立する前に、必ず新品が支給されます。
 これは、ぺイント弾が当ったか否かの判断基準を明確にする為です。
 入浴施設を整えたのも同様の理由です。入浴時には、必ず総ての塗料を洗い流す様に注意して下さい」

説明中、何度か質問を受け付ける綾杉君。
だが、当然そんな気力の残っている子は一人も居なかった。

「それでは今日はゆっくりとお休みになり、明日の訓練への鋭気を養って下さいね」

そう言って、彼女がガラリとドアを開けると、其処には異様な光景が広がっていた。
16畳のプレハブを、三つ繋いで接合部の壁を取っ払った、計48畳の大スペース。
右側には五つの三段ベット、左側には四つの二段ベットが用意されている。
そう、かつて彼らが暮らした訓練所の寝室が、18人+4人バージョンにて再現されていたのだ。
そして、二つの部屋の間仕切りを兼ねる大テーブルの上には、メイド四人衆が作った心尽くしのメニューがズラリと並び、甘美な芳香を漂わせている。
おにぎり・サンドイッチ・ハンバーガー・ピザ……… どれも、今日まで主菜(ごはん・パン等)抜きの食生活を送ってきた彼らには、嬉しい一品だろう。
久しぶりの快適な生活に沸き立つ訓練生達。其処へ、

「浮かれてんじゃないわよ、この馬鹿ども!」

春待訓練生の一喝が響き渡った。

「これは罠よ!
 温かい食事と清潔な寝床。今の私たちにとって(モグモグ)喉から手が出るくらい欲しい物を目の前に置く事で
 (モグモグ)『9回は此処へ来ても良いんだ』という錯覚を刷り込み、ズルズルと脱落させるのが(ゴロン)教官殿の狙いよ」

「いやその姐さん。
 そんな握り飯頬張りながら、毛布に包まってベットでゴロゴロ弛緩しまくった体勢でそんなこと言われても、
 何処から突っ込めば良いのかさえ判らねえんですが………」

その後、アッサリ寝入ってしまった春待訓練生に習い、三々五々食事を摂り就寝する訓練生達。
束の間の戦士の休息。せめて今宵は良い夢を。




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