>SYSOP

時に2015年 5月15日。
第3使徒戦によって破壊されたまま復旧工事のメドが立っていない、程好く世紀末風なビル群の並ぶ道路を、
これまた旧世紀の遺物とまで言われる暴走族が、我が物顔で疾走していた。

   パラララ、パラララ
              ブオ〜〜、ブオ〜〜

電動式バイク全盛の時代にも関わらず、全員が判で押したかの様にカワ○キのガソリン車。
しかも、マフラーを消音効果の薄いタイプに付け替え、デコトラも真っ青なくらい無意味に装飾してある。
それを操る者の出で立ちもまた、全員が揃いの特攻服を着込み、髪型もまた、
先頭を走るリーダー風の男の卍カットを筆頭に、スキンヘッド、モヒカン、アフロと、ある意味、懐古趣味とさえ呼べるくらい徹底している。
案外彼等は、律儀な性格をしているのかも知れない。
実際、これまでの彼等は、多少の近所迷惑に目を瞑るのであれば、特に悪どい事はしていなかった。
だが、今回は少々事情が違った。
その目的が、暴走行為ではなく、目の前を必死に逃走する少年少女達への暴行だったのだ。

「ひゃ〜〜〜っはっはっはっ。ど〜した樫原? 空手は無敵じゃなかったのかよ」

「何を言ってるのよ西山君! バイクでなんて卑怯よ! しかも、こんな大勢で!」

金属バットを振り回しつつ、獲物を嬲る様に威嚇するリーダーこと西山に、気丈にも言い返す可憐な少女。
樫原と呼ばれた少年の方は、その余力が無い。
既に何度か殴打されているらしく額から血を流し、左手も、力無くブランと垂れ下がったままだ。
だが、少女を守ろうとしてか、そのすぐ後ろを覆い被さる様な体勢で隣走している。

「だってボク、ヒッキョー大好きやもん」

「へっへっへっ。リーダーは吉○家よりも狡猾なんだぜ」

「牛肉の輸入がストップしても、それをライバル店蹴落としのネタに使うくらいにな」

悪びれもせず、オドケながらそう宣う西山に、良く判らない自慢を始める子分達。
そうこうするうちにも、樫原と少女の逃げ足は、体力の限界から目に見えて落ちて行く。

「よ〜し。そろそろ、やっ〜〜ておしまい!」

それを見て取り、西山は子分達に止めを命じる。

「待ってましたぜ、リーダー! これで、無意味な蛇行とも漸くオサラバだぜ!」

「このスピードで転がすのって、実は結構キビシイっすからね」

「だあ〜〜〜っ! 馬鹿野郎、黙っていれば判らねえ事をわざわざ口にするんじゃねえ!」

と、スタンダップコメディ風に二人が絶体絶命のピンチに陥った時、

「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ。悪を倒せと俺を呼ぶ!」

「だ、誰だ!」

突如流れ出したBGMと共に響き渡る口上に、御約束のツッコミを入れる西山。
やはり彼は、基本に忠実な性格をしている様だ。

「正義の味方、マッハ・バロン!!」

予めセットして置いた特撮用爆薬の爆風をバックに、ビル群の屋上で見得を切るマッハ・バロン。
目ぼしい悪が居なかった所為で、今日まで御預けを食っていた決めポーズ。ついに御披露目である。

「とう!」

そして、掛け声も勇ましくビルから飛び降りる。
些か不謹慎ではあるが、その顔は、マスク越しでもハッキリ判るくらい愉悦に満ちていた。だが、

  ドガッ、バキッ、グシャ……………カラカラカラ

先頭の西山が、それにみとれていた所為で転倒。
そのまま、後ろの子分達も玉突き衝突を起し、暴走族『マッド・マックス』は、僅か数秒で壊滅した。

ファイテングポーズのまま硬直するマッハ・バロン。
やり場無く彷徨わせている右手人差し指が、どこか哀愁を漂わせていた。



「(コホン)その、なんだ。大丈夫かね、御嬢さん?」

数十秒後。漸く我に帰り、マッハ・バロンは、少女達に誰何の声を掛けた。
少年の方は、打撲と安堵感から既に気絶している様だが、少女の方は無傷らしい。
『良くやったな』と、内心で少年を賞賛する。
だが、この一件は、まだ終わってはいなかった。

「私達は大丈夫です。嗚呼、でも白鳥沢君が! 友達が私達を庇って!」

そう叫び、ついには泣き崩れる少女。

(しまった! 彼女達以外にも犠牲者が居たのを見落としていたなんて!)

一瞬、素のサイトウに戻った思考で猛反省。
だが、過ぎ去った時は、決して戻りはしない。

「判った。その少年の事は私に任せてくれ。君は、彼とそこの連中の為に、救急車の手配を頼む」

そう言って少女を安心させた後、誰よりもそれを良く知る彼は、時間を無駄にはせず、今出来る最善の事を。
もう一人の少年の救出に向かった。



「アレか!」

疾走すること十数分後。
残党らしき連中を何人か締め上げて聞き出した情報通り、倒壊したコンビニを曲がった先の路地裏に、
モヤシにソックリなヒョロヒョロ細長体形の少年が、賞味期限切れになったかの様にボロボロの姿で転がっていた。

「遠野さんと樫原君は……無事ですか?」

マッハ・バロンの誰何の声に、弱々しい声でそう尋ね、求める答えが返ってきたのを確認すると、

「よ…良かった」

彼はガックリと崩れ落ちた。

(なんと気高き心を持った少年なんだ!)

感動に打ち震えるマッハ・バロン。そして、

「死なせはせん、死なせはせんぞ!」

と、叫びつつ、彼を抱きかかえ、何処へとも無く走り去った。

ちなみに、この少年の名は白鳥沢 愛。
数十年後、とある地獄の最強部隊の隊長を務める事になる男なのだが、これはまた別の御話である。







オ チ コ ボ レ の 世 迷 言

第5話 レイ、心の目覚め







『………という訳で、昨日午後4時頃、バイクに乗った少年達が、マッハ・バロンと名乗る謎の怪人に襲われるという事件がありました。
 被害にあった少年達は『ありゃマジでヤバイ』『俺、もう不良やめる』など、要領を得ない感情的な証言を繰り返しており、
 警察は、少年達が落ち着くのを待って、詳しい事情を聞くことにしています』

「ね〜、リツコ。これって、昨日壊滅した暴走族のことよね」

何時も通り仕事をサボり、見るとはなしに見ていた昼のニユース。
だが、少々引っかかりを感じたミサトは、親友にその詳細を尋ねた。

「ええ、そうよ」

気の無い返答をするリツコ。
彼女にとっては、そんなつまらない俗事よりも、提出期日が目前に迫った第4使徒の死骸に関する報告書作成の方が、遥かに重要だった。

「じゃあ、なんで被害者っぽく報道されてんの?」

「実際、そういう風に処理されているからよ。
 現行の日本の法律では、喧嘩両成敗で問題の当事者達を処罰。被害が大きい方を被害者とする傾向が強いもの。
 それに、彼等はまだ十代半ばだしね」

「つまり、正義の味方っぽく活躍したら犯罪者って事か〜
 これじゃあ、悪が蔓延るのも自明の理よね」

いや、それは一寸違うでしょ。
と、ツッコミたかったが、それを言い出したら話がやたら長引きそうなのでスルーする。

「あっ、そうそう。
 明日なんだけどさ〜、例の第4使徒の死骸、アレの一般見学の許可を出してくんない?」

   カシャ

あまりの事に、思わずタイプミス。
ノート・パソコンの画面に延々と同じ文字が並び出すが、それに構ってる場合では無い。

「一体どういう事? 明瞭な説明を求めるわ、葛城一尉」

私が今、どれだけ苦労していると思ってるのよ!
内心そう絶叫しつつも、ミサトの方へ振り返りながら、表面上だけは何時ものポーカーフェイスを浮かべるリツコ。

「え〜と、話せば長い事ながら………」

長年の付き合いから、その内面の怒気を敏感に感じ取ったものの、必死に抗弁を続ける。
此処で引く訳にはいかない。『やっぱり無理でした』なんて言ったら最後、今度こそ命が死んでしまう。
そう。最近、色々あった御蔭で、『約束を守る』というスキルを、不完全ながら習得したミサトだった。

「大丈夫。今更、貴女に要点を纏めた簡潔な説明なんて期待していないから。
 最初から話し出して、御終いまできたら止めれば良いのよ。簡単でしょ?」

だが、彼女の成長に伴い、その保護者たるリツコの負担が減るか? と問われれば、実は、必ずしもそうでは無い。
この辺、保育園では、年少組よりも年長組の方が手が掛かるという事例に通じるものがある。

「えっと…その〜、シンジ君を改めてスカウトしようと思って北斗君の家に行ったら、その途中で、なんか三つ編みの少女が行き倒れになってて、
 彼の所まで運んで夕食を御馳走になって、そしたら二週間授業をサボってた所為で、今度の土曜日に課外授業をやる様に言われたらしくって、
 それならチルドレンの重要性をアピールする為にもって考えて、昨日その場で話を決めてきたのよ」

って、本気で纏まってないし!
一昔前のJTのCMの様なミサトの説明に頭痛を覚えつつも、リツコは内容を整理し、それを確認した。

「要するに、明日、北斗君とその生徒達が見学にくるのね?」

「そう、それよ! ねえ、良いでしょリツコ。別に減るようなモンじゃないし」

「判ったわ。でも、余り長くは駄目よ。当然、使徒の死骸に触れるのもね」

いかにも『仕方ないわね』といった風に承諾するリツコ。
だが、実の所これは、彼女にとって素晴らしい朗報だった。

(第五条『碇シンジの拘束期間は、正パイロットである綾波レイが復帰する5月1日迄とし、それ以後は、いかなる理由があろうと、契約の延長は認めないものとする』
 ミサトの訪問は、これに抵触するもの。これまでの事例であれば、実力行使による排除の対象になっていた筈。それが何故?
 シンジ君の成長に伴い、その辺りの事は彼自身の裁量に任せる事にした? それとも、相手がミサト個人だから?
 いずれにせよ、歓迎すべき展開になっているようね)

そんな打算を素早く巡らすと、取り敢えず、それとなくその辺りの事を聞き出しに掛かる。

「それで、勧誘の成果はどうなの?」

「まあボチボチと言ったところかしら。まずは外堀から埋めていかないと」

「へえ〜、らしくないわね。何時からそんなに慎重になったの?」

「だってだって、北斗君てば怖いんだもん。
 しかも、あそこじゃヒエラルキーの一番下なのよ私って。
 食事時なんて正に『居候、三杯目ソット出す』状態なのよ」

(なるほど。妙に態度が軟化していると思ったら、既に餌付けされていたってわけね。
 それにしても、彼と同じテーブルで食事できるなんて………凄まじい胆力と言うべきか、学習能力ゼロと言うべきか)

かくて、シンジ再獲得に関しての算段が立ち始めた事を感じたリツコは、その援護射撃をすべく、直属の部下に内線で指示を出した。

「先輩、酷いです。(グスッ)」

急遽、生徒用パンフレットの作成を命じられ、半泣きになるマヤ。
自宅に帰る暇が無くなり、本部に泊り込みになって早3週間。
リツコがミサトの世話を焼く時間が増えるのに比例して、加速度的に仕事の増えていく彼女だった。



   〜 翌日 第4使徒戦跡地 仮設解体作業現場 〜

「はい。この建物の中にあるのが第4使徒です。あっ、白線の内側には絶対入らないで下さいね」

何所か怯えた様な震えた声で出された号令のもと、2Aの生徒達&北斗&ミサトは、使徒の死骸を囲う形で建てられたブレハブ内部へ。
無論、この見学に合わせて作業日程まで崩す訳にはいかない為、今日もその内部では、死骸の調査と解体作業とが並行して行なわれている。
従って、彼女の使命は、その邪魔をさせない事である。
『先輩、私には無理です!』と訴えてはみたが、『そう。それじゃあ、此方を頼もうかしら?』と、別件の無理難題を押し付けられそうになり、
泣く泣くガイド役も務める事になったマヤだった。

   ガチャ

「おおお〜〜〜っ!」

ドアを開け案内された内部の光景に、2A生徒達は歓声を上げる。
無邪気に喜ぶ(とりわけ狂喜する約一名)彼らを前に、『これもアタシのセッティングの御蔭』と、喜色満面になるミサト。

「…………」

だが、死せる使徒を前にした事で、その心は急速に冷えだし、暗い感情が頭をもたげ出す。
そう。結局の所、今度の戦いでも自分は何も出来なかった。
ついに戦場に立つ事こそ叶ったものの、使徒を倒したのはダークネス。
おまけに、彼らは地上に出ていた民間人のフォローまでやってのけた。
『助けた相手をわざわざ撃ち殺した!』と、三流タブロイド誌などが報じたりもしたが、アレはどう見ても麻酔銃。
倒れた身体から全く血が流れ出していない事でそれが判るし、何より、本当に撃ち殺したのであれば、わざわざその遺体を回収して行く理由が無い。
『ってゆ〜か、アレは撃ち殺してもOKよね』と、例の映像を見た時は、半ば本気で思ったものだったし。

それに引き換え、自分のやった事といえば、発令所の指示を無視して、無謀な突撃を行い返り討ちにあっただけ。
間違っていたのは自分の方だと、彼女の中の知性と良心を司る部分は、素直にそれを認めていた。
だが、そうした良識以外の。葛城ミサトという人間を形成する上で、小泉内閣よりも圧倒的な議席数を誇る部分が、頑なに己の非を認めようとはしないのだ。
『父の仇である使徒を、己の手で倒す』という固い決意。
本来ならば、賞賛にすら値するその情熱が、この場合は、思考の柔軟さを阻害する原因となっていた。

「次は必ず………」

我知らず歯がギリリと鳴り、拳がきつく握り締められる。

『Cブロックの解体終了!』

『全データを技術局一課の分析班に提出して下さい!』

「ん? 確かCブロックって………リツコ御執心のコア部分だったわよね」

作業員達の間で飛び交う符丁を聞きつけ。
また、最近はなるべく………全体のだいたい1/3位には目を通す様になった事もあって、奇しくも(?)死骸の調査作業が終了した事を知るミサト。
此処は当然、

「あっ、マヤちゃん。私、チョっちヤボ用が出来たんで、後、宜しくね」

と、涙目で引き止めようとするマヤを置き去りにして、最新情報を聞き出しに、親友の仕事場である別区画へと向かった。

「リツコ〜、なんか判った〜?」

分析班用に設けられた区画で親友の姿を見つけると同時に、ミサトはそう尋ねた。

「駄目ね。前回同様、コアの部分はスッポリ欠けているわ。おまけに、それ以外の部分ですら………」

と、苦々しい顔で返答するリツコ。
そして、彼女の指がキーボードの上で踊ると、ディスプレイ上に数字と記号が高速で流れ出し、やがて『601』と映し出された。

「なにコレ?」

「解析不能を示すコードナンバーよ」

「ほう。ひょっとして、『良く判らない事が判った』っていうオチか?」

「あら、それもまた科学では重要な認識………って、北斗君! 何故此処に!?」

背後から聞える皮肉な質問にリツコが振り返ると、そこには、北斗&2Aの生徒達が。

「いや、赤木君の言う通りだよ北斗君。
 そうだねえ。君の言葉を借りるのならば、『科学とは、己の無知を知りて一歩目』と言った所かな」

と、フォローの言葉を入れつつ、その後ろから、冬月までもがやってきた。

「アンタまでアレを見たのか? 悪趣味だな」

「はははっ、耳が痛いね。
 差し当って、観覧料は此処への招待で相殺という事にして貰えると嬉しいのだか?」


そのまま談笑する二人。リツコにしてみれば、正に悪夢のような光景だ。
いかに機密性の高い情報は暗号化してあるとはいえ、部外者を。それも、最も危険な男を、こんな所まで招き入れるなんて、正気の沙汰ではない。

「俺達はコイツに誘われて来ただけだぞ。実際、此方の方が面白そうだったからな」

「私としても、未来ある子供達に、今ある危機を正しく認識して欲しかったのでね」

リツコの再度の詰問に、悪びれもせずそう答える北斗と冬月。

「時に北斗君。終った話を蒸し返して済まないが、シンジ君のパイロット再登録の件、もう一度、考えてみては貰えないかね?」

「交渉する相手を間違えているな。
 俺は只、シンジの意志を尊重してやっただけ。自分から志願する分には止めはせんよ。
 無論、これはシンジ以外の者でも同じ事だ」

やはり、コード707について知っていたようだね。
やや露骨におこなった腹の探りあいによってもたらされた、北斗の返答に。
より正確には、『俺の生徒に手を出したら只ではおかん』と暗に脅しを掛けられた事で、己の推測が正しかった事を悟る冬月。

「つまり、使徒は粒子と波、両方の性質を備える光の様なモノで構成されている………」

気が付けば、リツコが、2A生徒達を相手に使徒について講義を始めている。
その説明を聞くとはなしに聞きながら、ゼーレから指示された『数撃てば当る』を狙った、チルドレン複数選出案を蹴っておいて本当に良かったと、
好々爺然とした笑顔の下で、ホッと胸を撫で下ろす彼だった。



   〜 翌々日、第一中学校 〜

月曜日。2Aの4時間目は体育の授業で、男子はグラウンドでバスケ、女子は水泳だった。
試合に出ていない男子生徒達は、この手の授業の定番通りゴロゴロとタベりながら暇を潰し、
何人かの猛者は、思春期の男の子の煩悩全開に、プールサイドで戯れる女子生徒達を凝視している。
その中に、TV版に遅れること約3週間。つい先日、漸く結成されたばかりの三馬鹿トリオの姿もあった。

「みんなええ乳しとんのぉ〜」

トウジが、心底シミジミといった感じで呟く。
彼にしてみれば、久方ぶりの命の洗濯である。
だが、言っている事とは裏腹に、その視線は、まるで一幅の絵画を観るかのような憧憬がこめられていた。
元々の資質も相俟って、彼は急速に木連男子化。ぶっちゃけて言えばこの場合、女性に対して幻想が入りつつあるようだ。
教育とは………とりわけ、この年頃の頃に受けるそれは、人格形成に多大な影響を与えるという典型的な事例であろう。

「いや、まったくだねえ」

相槌を打ちながら、ファインダーを覗く動作を取るケンスケ。
しかし、極めて真剣な眼差しでありながら、彼の視線もまた邪気に欠けており、餓えた獣というよりも獲物の動きをつぶさに観察する狩人のそれである。
これが、最近女子生徒達の間で、『大人びている』と噂される由縁。
実際、良く言えば、がむしゃらに積極的。悪く言えば、いっぱいいっぱいで余裕の無かったTV版とは異なり、
最近の彼は、一歩引いた客観的な行動をとる事が多かった。

「おっ、シンジ。なに熱心な目で見とんのや?」

何やら真剣な。ハラハラと落ち着きの無い態度で食い入る様にプールを見詰めていたシンジに、トウジが声を掛けた。

「カヲリさんかぁ?」

ケンスケもまた絡みだす。

「「カヲリはん(さん)の胸! カヲリはん(さん)のふともも! カヲリはん(さん)の、ふ・く・ら・は・ぎぃ〜!!」」

ニヤニヤと人の悪い笑みを浮べながら、シンジに迫るトウジ&ケンスケ。

「そんなんじゃ無いよ!
 って、大体おかしいよ。何で誰も彼もが、僕とカヲリさんをそういう目で見るのさ!」

完璧なユニゾンで迫る二人に、シンジは顔を真っ赤にして反論。
そして、此処最近の学園生活における最大の不満を彼等にぶつけた。

「まさか、判らないのか?」

「まあ、そんな気はしとったんやがなあ」

と言いつつ、顔を見合わせ嘆息する二人。
だが、このまま放ってもおけない。
気を取り直すと、彼等は、いまだ己の立場を自覚していない友人に、噛んで含める様な調子で、その辺りの事情を話し出した。

「ええかシンジ。
 カヲリはんはな、この学校でダントツの人気を誇る超絶美少女なんやで」

「そうそう。おまけに、あの通りの御嬢様気質っていうか一寸ズレてはいるけど、基本的に優しくて親切だしな。
 実際、春大会で地区予選突破を果した音楽部を筆頭に、彼女に世話になった人間は多いんだぜ」

「なんちゅうかこう、所謂スーパーガールちゅうか、何でも出来る人やからな。
 面と向かってコクる奴こそ居なかったけど、こりゃ単に、山岸が怖いからやで」

「何せ、ライバルには、よ〜しゃなくキビシイ人だからね、彼女。
 カヲリさんの方でも、男子生徒とは一枚隔てた付き合いっていうか、友人以上の存在になる気がなかったみたいだったし」

「「と、そんなカヲリはん(さん)が、お前にモーションを掛けている!」」

最後に、これまたユニゾンしつつ、そう締め括る二人。

「そうなの?」

キョトンとした顔で、そう聞き返すシンジ。

「かあ〜〜〜っ。これだから、お子ちゃまは困るんや。つ〜か、既にコクられてる様なもんじゃろが、お前は」

人の事言えた義理じゃないだろうに。
内心、そうツッコミを入れるものの、口には出さないケンスケ。
他のクラスメイト達同様、トウジと委員長ちゃんの場合は、周りが囃し立てたら逆効果だという結論に達している様だ。

「ひょっとして、『好きってことよ』っていう、あのセリフの事?
 あれなら、トウジやケンスケだって言われた事があるじゃないか。
 それに、例のハグっていうスキンシップだって、山岸さんや綾波さんを相手にやる方が多いし」

「(ハア〜)シンジと他の奴とじゃ質が違うんだよ。
 御蔭で、山岸さんの機嫌が悪いのなんのって。すぐ後ろの席の僕としては、堪ったもんじゃないね」

「彼女のファンクラブかてそうや。
 センセっつう後ろ盾が無かったら、今頃、後ろから刺されとるで、ホンマに」

シンジの反論に口々にツッコむ二人。
だが、彼はそれを碌に聞いておらず、心配そうにプールの方を見詰めている。

「ん? どないしたんや、シンジ?」

常ならぬ彼の態度に、不審そうにそう尋ねるトウジ。

「えっとその〜、日暮さんがね………」

「なんや、お前アッチの方が好みなんかい。趣味悪いのう」

「いや、そういうんじゃなくて。
 彼女、もう十分以上も潜水したままなんだけど………それに、3分位前からカヲリさんもね」

「「へ?」」

予想外の返答に呆気に取られる二人。と、その時、

   バシャ

「ラナ! プ−ルの底で寝るのは止めなさいと何度も言った筈よ。
 人として、最低限のルールは守りなさいってことね」

と、叫びつつ、三つ編みが解け乱れ髪になっているラナを担ぎ、カヲリがプールから這い上がってきた。
遠目にはほとんど水死体同然の姿だが、叱責する彼女の態度からして、肺に水が入る&呼吸停止といった症状は無く、単に眠っているだけの様だ。

「なんちゅうか、睡眠道を極めつつあるのう、アイツ。そんなモンがあればの話やけど」

「そうだねえ。(ハア〜)」

トウジの言に、嘆息と共に相槌を打つケンスケ。
保護者役を仰せつかっている彼としては、頭の痛い限りだった。



「さぁ〜て、メシやメシ!」

数十分後。喜色満面にそう宣うトウジ。
お昼を告げるそのセリフを合図に、2Aの生徒達も昼食の用意を始めた。

「(カパッ)おっ、今日のメニューは鳥ササミの照焼に豆腐の味噌田楽かいな。こらまた美味そうやのう」

特大の弁当箱を開けつつ、トウジは嬉しそうにメニューを物色する。

「まったくだな。偶には、チョッと御裾分けしてくれよ」

コロッケパンの袋を開けながら、それを羨むケンスケ。

「駄目や駄目。(モグモグ)わしは、これが楽しみで人生を送っとんのんやで。
 おまけにコレ、(モグモグ)チャンとカロリー計算までしてあるらしいしの」

「あっ、ゴメン気付かなくて」

と言いつつ、シンジは、弁当の蓋の上に牛肉をゴボウ巻きを乗せた。
此方は、煮染めた野菜が中心のメニューだ。

「サンキュー。でも、良いのかよ?」

「うん。トウジと違って、僕はその辺の融通が利くから」

「じゃ、遠慮なく。(モグモグ)おっ、こりゃ美味い。
 でもさ、何か逆じゃないのか、このメニューって? タンパク質が必要なのは、寧ろシンジの方だと思うんだけど?」

刺さっている楊子を摘み、一口に頬張り目を細めるケンスケ。
そして、此処一週間程の二人のメニューを思い出しつつ、聞き齧りの知識を元にそう訊ねた。

「北斗さんの話だと、僕の場合、筋肉を付けても骨格がそれに耐えきれないから、体重は最小限に絞って、身の軽さを維持しないと駄目なんだって。
 でもって、トウジは骨格がガッシリしてるから、もっと筋肉を付けた方が良いみたいなんだ」

「そういうこっちゃ。(モグモグ)丈夫な身体に産んでくれた(モグモグ)おかんに感謝やで、ホンマ」

箸も休めずに相槌を打つトウジ。 実は、彼にはその辺の事情が良く判っていないのだが、その辺は御愛嬌だろう。

「ああ、なるほど。ボクサータイプとレスラータイプってわけね」

二人の話に納得しつつ、ケンスケはクリームパンの袋を開けると、

「ほい、日暮さん」

と、斜め後ろの席のラナに向って菓子パンを放った。
空中で掻き消える菓子パン。一拍遅れて、ムシャムシャと一頻り咀嚼音が聞え、次いで、再び寝息が聞こえ出す。

「しっかし、何度見ても奇怪な光景じゃのう。
 顔も手も上げずに、一体どうやって食っとるんじゃろうな?」

「さあ? きっと、『知らぬが花』ってやつじゃないの」

トウジの疑問に、気の無い声でそう返答しつつ、ケンスケは、二つ目のクリームパンの袋を開けた。
自分と同じ菓子パンの昼食とはいえ、一応レディーファーストにしている辺りが、いかにも彼らしかった。

と、三馬鹿トリオ+αが昼食をとっている場所から少し離れたヒカリの席の周辺で、カヲリもまた、友人達と昼食会を開いていた。

「もうマユミったら、御行儀が悪くてよ」

と言いつつ、カヲリは、頬に付いたクラブサンドのソースをハンカチで拭いた。
嬉しそうな顔で、マユミは、されるがままになっている。
その横で、黙々とチキンバスケの下に敷き詰められたレタスの取り出し作業を行うレイ。
付け合せのフライドポテトとブロッコリー。そして、彼女用の野菜サンドは、既に小皿の上に確保済みだ。

そんな微笑ましくも妖しげな光景に、ヒカリは、我知らず引き攣った笑みを浮べる。
そう。転校早々、自分でさえ上手くコミニケーションの取れなかったマユミを篭絡(?)し、
次いで、難攻不落と匙を投げていたレイの餌付けに成功したカヲリには、当初、そういう趣味の人だという噂が立っていた。
無論、すぐに誤解である事は判ったのだが、目の前の様な光景を見る度に、『本当に誤解なの?』との疑念が胸に過ぎる彼女だった。

「このままで良いの、カヲリさん?」

と、意を決し、小声で訊ねるヒカリ。
あれだけ積極的なのだから、てっきりお昼も一緒に囲もうとすると思っていただけに、現状維持の今の状況が、彼女にはチョッと意外だった。
それに、シンジとトウジが再び登校する様になった日に、無意識の内に行われた打算。
どうせ残りの二人もついて行くに決まっているのだから、済崩しに自分もその輪に入るという目論見が外れた事を、
今日になって漸く自覚したが故に、その辺の事情を聞いておきたかったのだ。

「ええ。残念だけど、時期尚早。
 今の彼に必要なのは、愛の籠もった御弁当よりも、計算された栄養食よ。
 食べる事もまた、トレーニングの一環ってことね」

「ちょ…ちょっと、カヲリさん! いったい何を言っているの。私は別に………」

顔を真っ赤にして否定しようとするヒカリ。
それを、『あら、私は貴女の事とは言っていないわよ』と言って制すと、

「勿論、このままの状況に甘んじているつもりは無いわ。私、チャンスは逃さない主義でしてよ」

と言いつつ、カヲリは意味深な笑顔を浮べた。
同性ですら魅了せずにはおかないその艶ぽっさに、ヒカリは別の意味で再び赤面。そこへ、

「お姉さま(ゴホンゴホン)………じゃなくて、カヲリさん。ラナさんの事は、どうされるんですか?」

「そうね。このままじゃ、中間テストでの赤点は必至だわ」

その流れを断ち切る形で、現在の2A最大の問題児について訊ねるマユミとレイ。
デフコンが5から一足飛びに3に変わった事を感じ、ヒカリは気配を消し押し黙る。
冒頭部分の失言も、聞かなかったことにするのは言うまでもない。

「此方も現状維持が精一杯って所かしら。
 幸い、北斗先生の授業中は起きている程度の生存本能はあるのだから、当座はそれで良しとしておきましょう。高望みしても仕方ないってことね」

と言って、嘆息するカヲリだった。



「あの、ちょっと良いかな」

昼食後。いつも通り図書室に向かう三人のうち、跡片付けをする分ちょっと遅れたカヲリを呼び止め、
ヒカリは、小声である重要な案件について尋ねた。
それは、『シンジ君と上手くいったら、二人の事はどうするの?』という内容のものだった。

カヲリは腰をすえ、長期戦を覚悟している。逆説的に言えば、それだけ本気だという事だ。
となれば、過去の実績(?)から考えても、失敗する可能性は皆無だろう。
だが、その時、あの二人が………特にマユミが、そのまま黙っているとは到底思えない。
ヒカリにしてみれば、正に悪夢の様な展開である。
故に、それを回避しうる為の目算を、是非とも聞いておきたかったのだ。

「大丈夫。今のマユミは、甘えられる相手が出来た事が嬉しくて仕方がないだけ。そのうち落ち着くわよ。
 逆にレイの場合は、人と付き合い方を知らないが故の事。
 どちらも、時間が解決してくれるわ。子供はいずれ、親の元を離れるものってことね」

ヒカリの質問に、何時も通りの微笑を浮べつつ、そう答えるカヲリ。
そして、『あら失言。最後のセリフは、ちょっと自惚れ過ぎだったわね』と言い残すと、レイとマユミの後を追って図書室へと向かった。

その後ろ姿を見送りながら、一人物思う。
確かに、そういう風に受け取れないこともない。
実際、自分自身、母親を早くに無くした事で、すぐ上の姉はおろか父親にさえ、無条件に甘えた時の事を思い出せないくらいなのだ。
複雑な家庭環境で育った(らしい)あの二人ならば、それは尚更だろう。
次いで、つい二人の様にカヲリに甘える自分を想像してしまい、『不潔よ〜!』と内心絶叫しつつ身悶えするヒカリだった。




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