〜 30分後、ネルフ発令所 〜

「使徒はどうなっている?」

最上段の席より冬月司令代理が尋ねる。
それを受け、オペレーター達が現状分析を開始。

「哨戒任務中の戦自巡洋艦『そよかぜ』より入電。紀伊半島沖にて巨大な潜航物体を確認」

「潜航物体データの受信を確認」

「データ照合開始……………パターン青。間違いありません、使徒です!」

最後に、青葉シゲルの叫びが発令所内に響き渡り、弟7使徒の襲来が公式に確認された。
と、同時に、それまでのデータの羅列が消え、飛行中の二機のウィングキャリアーが、正面モニターに映し出される。

「発令所からエヴァ二機へ。今、使徒の進攻状況を確認。
 約15分後に、予定のポイントから上陸の予定です。
 先程のブリーフィング通り、その直前でこれを迎撃。
 まずは零号機によって接敵。目標を水際に。不安定な足場に釘付けにして、敵生体のデータを収集。
 コアの位置が判明次第、初号機も参戦。一気に殲滅して下さい」

敬愛する上司とレイに。否、今は己が指揮すべきパイロット達に向かって、日向マコトは最後の作戦確認を行なった。

言うは易く行なうは難し。そんな格言が胸中に去来する。
せめて、もう少しマシな戦闘環境を整えてやりたかった。
だが、第五使徒戦の折に負ったダメージによって、現在、第三新東京市の迎撃システムの実戦における稼働率は、ほぼ完全にゼロの状態。
従って、有利な戦場を選ぼうにも、現在、彼女達が向かっている地点が。
周りの被害を心配する必要の無い、海岸沿いが精一杯なのだ。

実を言えば、戦術だって少々問題がある。 当初、マコトは、今少し捻った作戦を立案していた。
だが、今回、オブザーバーとして参加したアスカに、

『第一段階として、レイと連携しての波状攻撃? そんな高級な事、ミサトに出来るわけ無いじゃない。
 そりゃあ、兵士としての技量が低いとは言わないけど、アレに出来るのは考え無しの突貫だけよ。
 戦術に組み込もうと思ったら、精々、捨て駒が前提の囮役。
 一万歩譲ったって、大規模兵器を持たせての殲滅戦くらいにしか使い道がないわよ』

と、言下に却下されてしまったのだ。 無論、彼女にそんな権限がある訳では無い。その気になれば、頭から無視して作戦を押し通す事も出来た。
だが、日向にだってプロとしての矜持がある。それに、葛城さんに対する暴言も看過する訳にはいかない。
かくて彼は、アスカを納得させるべく、作戦の有効性を切々と語った。
だが、何故か彼の言は、次々に論破されてしまう。
一体、何が拙いのだろう? 暫し沈思黙考。そして答えは得られた。
そう。多少の訓練は積んでいるとは言え、14歳の少女が、一流の兵士の動きに付いて行ける筈がないのだ。
それを、同僚贔屓な視点で語ると、さっき彼女が言った様な感じになってしまうのだろう。
そして、そう考えるならば、その内容も妥当なものと言って良い。
此処は、レイちゃんのレベルに合わせて、もっと簡略化すべきである。

そんな過程を経て生まれたのが前述の作戦なのだが………いや、迷いはこの辺で捨てるべきだ。
大丈夫。前後の状況を考えれば、そう悪い迎撃体制じゃない。

『あ〜あ。なんで私が後詰なのよ?』

「そういうセリフは、キチンとATフィールドを使いこなせるようになってから言いなさいよ
 フィールド中和もまともに出来ないアンタじゃ、危なっかしくて前衛に出せないわよ」

『ナニ言っちゃってるのよ、アスカ。そんなの、一気に殲滅しちゃえば関係ないじゃない』

「アンタの取り得は正にそれだけよ。
 イイ。この作戦、ファーストアタックを外したら、そこで負けだと思いなさい」

通信越しに葛城さんと語るアスカちゃんの存在も、今思えば貴重なものだと思う。
あんな憎まれ口混じりなハッパの掛け方、自分には到底出来そうない。
そう。勝利の為の条件は、これまでより遥かに整っているのだ。大丈夫、必ず勝てる!
漠然とした不安を胸に抱えつつも、必死に自分にそう言い聞かせるマコトだった。

その数分後、ウイングキャリアは予定ポイントに。
奇しくも第7使徒を上陸ポイントとなった、第三使徒迎撃戦跡地に到着した。
ウイングキャリアからドッキングアウトし、かつて爆発したN2地雷の影響から、その付近の数キロだけが若干色の違う砂浜へと降り立つ零号機。
初号機が、その後方1q程の地点に下ろされ、いかにも渋々といった動きで、同様に降下された武器コンテナの陰に隠れる。

   ザパ〜ン

更に十数分後、第7使徒が上陸。ヤジロベエの様なその姿が、波打ち際に現れた。
2丁拳銃用に改造された小振りなパレットライフル(改)で、これを迎撃する零号機。
有効なダメージこそ与えられていないが、その濃密な弾幕によって使徒の動きを封じる。
多少、変わった形状ではあるが、その胸元にコアを確認。
マコトは、銃弾をそこに集中する様に指示。

「敵のATフィールドは?」

「完全に中和している」

それでもノーダメージか。
シゲルから返ってきたネガティブな情報に舌打ちするマコト。
だが、これは予測されていた事。気落ちする事無く作戦を次の段階へ。

その指示を受け、スクリーン上の零号機が、第7使徒を中心に半円を描く位置取りで、少しずつ右へと移動。
予め配置しておいた予備のパレットライフルに片方ずつ持ち替える事で、絶やす事無く銃弾の雨を降らす。
その巧妙な動きを内心で賞賛しつつ、マコトは慎重にタイミングを計る。そして、

「今です、葛城さん!」

その合図に、コンテナの陰から、待ってましたとばかりに飛び出すと、初号機は大上段にソニックグレイブを構え、

「でええええ〜〜〜やあっ!」

掛声も勇ましく突進。
そして、作戦通り、零号機に立ち位置をコントロールされ、その突撃コースに背を向けていた弟7使徒を、背後から真っ二つに。

「よっしゃあ〜〜〜っ!」

勝鬨をあげるミサト。
記念すべき初勝利に、マコトの顔も思わず緩む。だが、その瞬間、

「バカ! まだ終ってないわよ!」 

そのアスカの叫びにハッとし、次いで驚愕するマコト。
見れば、真っ二つにされた使徒は、そのまま二体に別れ、それぞれが元の形状に復元している所だった。

「なんてインチキ!」

そう叫びながらも、復活した使徒一号(仮)に切りかかるミサトIN初号機。
だが、切り飛ばした筈のその右手は、瞬時に回復してしまう。
返す刀で逆袈裟に切り付けた、使徒二号(仮)の胸のキズも同様である。

「戦自にN2爆雷の投下を依頼して!」

「えっ?」

「……………シゲル、アスカちゃんの言う通りにしてくれ」

数瞬の逡巡の後、アスカに指示され戸惑うシゲルに向かって、それに従う様に再度指示するマコト。
そう。これは彼女の言が正しい。
有効なダメージを与える手段が無い以上、悔しいが此処は引くしか無い。

『ナニ言っちゃってるのよ、こんなヤツラすぐにでも………』

「そんな大口叩くんなら、爆撃機が到着する前にカタを付けて見せなさい! 時間は三分近くもあるのよ、楽勝でしょ!」

『そんなあ〜、ウ○トラマンじゃあるまいし〜!』

「つ〜か、無駄口叩いてる暇があったら戦えっての! レイの足を引っ張ってんじゃないわよ!」

言ってる事は乱暴だが、これも正論であり、また、上手くミサトを発奮させている。
一体、どうしてこんな事が出来るんだ、彼女は?
苛烈な言動と、それに似合わぬ冷静な判断力を見せるアスカに驚愕するマコト。

その間にも、画面上では戦闘が続行中。
一方的な。だが、決して有効打とならない二機のエヴァの攻勢が行なわれ、

「戦自より入電。『30秒後にN2爆雷を投下』との事。カウントダウン開始!」

シゲルの報告によって、タイムアップが告げられた。

「聞いた通りよ、二人とも撤退して」

『イヤよ。使徒は必ず私が倒すの!』

「戦略的撤退! 別に『戦うな』って言ってんじゃないわよ!」

(電気ショックを流すか? それとも、LCLの酸素濃度を上げるか?
 駄目。初号機が動かなくなったら、撤退の難易度が爆発的に上がってしまう)

胸中でそんな算段をしながら、不毛な押し問答を続けるアスカ。
だが、解決策が見付かる前に、『兎に角、イヤ!』というミサトの叫び声と同時に、初号機との通信を繋いだモニターがブラックアウト。

「ミサト!(ピコン)ってコラ、ミサト!(ピコン)く〜〜〜っ、あのバカ女!」

手元のコンソールを弄るが、初号機との通信が回復しない。
どうやら、向こうで回線を切った様だ。

「レイ! どんな手を使っても良いから、初号機を引き摺ってきて!」

苛立ち紛れに再度撤退支持を出す、アスカ。

『任務了解』

何時も通りのポーカーフェイスで、レイはそれを拝命。
その直後、零号機は二体の使徒に向かって、左右のパレットライフルで牽制射撃を。
後方に飛びのき、その射線を避ける使徒達。
それを追撃する初号機。

「バカ! それじゃ………」

『逆効果よ』と、アスカが叫ぼうとした瞬間、零号機は片方のパレットライフル(改)の持ち手を変えると、

   グワキッ

躊躇いも無く、そのグリップ部分で、背中を見せていた初号機の延髄部を激しく殴打。
堪らずよろける初号機。その、ふらついて前屈みになった頭部を目掛けて、

   グシャ

止めとばかりに、踵落とし気味なフットスタンプを放つと、そのままグリグリと後頭部を踏締めた。

  シ〜〜〜ン

あまりの事に、静まりかえる発令所。
敵である使徒達ですら、呆気に取られたかの様に立ち尽くしている。
そんな凍りついた空気を無視し、左手のパレットライフル(改)で牽制射撃を行ないながら、
右手で沈黙した初号機の足首を掴み、ズルズルと安全圏へと引き摺って行く零号機。そして、

『任務完了』

そんなレイの報告を合図にしたかの様なタイミングでN2爆雷が投下され、凄まじい爆音と共に第7使徒戦が『一時的に』終了した。

「敵には血も涙も無い………って、聞いてはいたけど(汗)」

そんなアスカの呟きが、発令所スタッフの心境を代弁していた。



   〜 午後3時。ネルフ本部 ブリーフィングルーム 〜

「午後2時12分15秒、零号機が使徒と第7使徒と接敵。この1分34秒後、初号機によってこれを分断」

伊吹マヤのナレーションに合わせて、先の使徒との戦闘がスライドで投影されてゆく。
ブリーフィングという名の反省会である。

「午後2時14分3秒、司令部は撤退を決断し、戦自に協力を依頼。
 午後2時17分54秒、爆撃機により使徒対しN2爆雷を使用。
 これにより、2体に分離した第七使徒の構成物質の合計約31パーセントを消滅させる事に成功」

N2爆雷により体の一部を溶かされた二体の使徒が投影される。

「その際、対衝撃姿勢をとっていた零号機と異なり、活動停止状態にあった初号機が爆風をまともに受け………」

此処で、順調に話を進めていたマヤの口調が鈍り、その心象風景を表わす様に、まるで犬○家の一族の如く、海辺に上半身を埋めV字に足を開いた初号機が投影される。

「……………現在、発掘作業中。その指揮を取っている、E計画責任者のコメント」

『無様ね』

最後に、スクリーンからリツコの声が冷ややかに響き渡り、映写会は終了した。

「殺ったの?」

「残念だが、コアへのダメージは確認されていない。
 MAGIの試算では、体組織の修復完了まで約一週間。再進攻は時間の問題だ」

上目使いに尋ねたアスカに、冬月がそう答えた。

「やっぱ、その程度か〜
 まあ、再戦の機会が与えられただけでも御の字よね」

あからさまにホッとした表情でそう宣うアスカ。
上手く時間稼ぎが出来た事を喜んでいるのか? 
それともミサトよろしく、自分の手で使徒を倒す機会が失われなかった事が嬉しいのか?

「………危うく、君にはその再戦の機会が与えられない所だったのだがね」

いずれにしても問題だと思い、冬月は苦虫を潰した様な声音でアスカに釘を差した。
些かイヤミっぽい内容が、これは厳然たる事実である。
只でさえ、連敗による突き上げが厳しくなっていると言うのに、この結果。
しかも、指揮権の委譲話の最有力候補とも言うべき、空軍長官の鳥坂中将に借りを作る形になっているのだ。
現状は正に、首の皮一枚と言ったところだろう。
だが、アスカはまったく悪びれずに、

「ええ。マコトには、下げた頭が上がらないわね。帰ってきたら、ホッペにキスでもしてやりたい気分だわ」

これには冬月の二の句を失う。
そう。現在マコトは、今回の協力に感謝の意を示すべく戦自に出向いている最中なのだ。
彼とアスカの首を繋いだのは、そうした努力の賜物であり、責任者が責任を取っている中、オブザーバーに過ぎない彼女に、これ以上難癖を付けるのは些か筋違いだろう。

「(コホン)雪辱戦、期待しているよ。頑張ってくれたまえ」

かくて、取って付けた様な冬月の激励の後、反省会は、やや尻切れトンボな形で終了した。



   〜 葛城作戦部長の執務室 〜

「え〜と、これが広報からの苦情。これが戦自からのN2出前の請求書で、コッチが海上保安庁の………」

山と積まれた書類の束を、一枚一枚、丁寧により分けていくシンジ。
平行して、空き缶や御菓子の袋、既に期限切れを起した書類といったゴミの片付けも行なっている御蔭で、
これまで僅かな余白すら見えない状態だった特大の作戦部長のデスクも、既にその領土の半分が、本来の姿を取り戻していた。

「おお。意外と手際が良いじゃない。
 『初号機とシンクロ出来ない』って知った時には、『なんて役立たず』って思ったもんだけど、やっぱ連れて来て正解だったわ」

シンジの淹れたコーヒーを飲みながら、その仕事振りを賞賛するアスカ。
此方は、来客用とおぼしきソファーに身を預け、既に寛ぎのブレイクタイムである。

「何かが激しく間違ってると思うんだけど?」

「アンタの気の所為よ」

シンジの繰言を一刀両断。
そして、『やっぱインスタントはイマイチね』と呟く。
その姿からは、敗軍の将の悲哀など欠片も感じられない。

「それで、あの使徒に勝つ為の算段はついたの?」

『本当に、僕がこんな事をしても良いの? 後でミサトさんに怒られない?』という疑問を賢明にも棚上げしつつ、シンジはアスカにそう尋ねた。

正直、結構気になる事だった。
何しろ、高速で自己再生する厄介な相手。自分には、攻略法がまったく思いつかない。
強いて上げれば、次は余計な事をせず、ダークネスの到着を待つという手だが、
目の前で偉そうに踏ん反り返っている少女が、そんな消極策を取るとは思えないし。

「まあ、目鼻くらいは付いたってとこかな?
 でも、どうもコレっていう決め手に欠けているのよね〜
 アンタかレイのどちらか。或いは、アタシが初号機の操縦さえ出来たら、話は簡単なんだけど〜」

気怠そうに曖昧な返答をするアスカ。と、その時、

「よお、やってるみたいだな」

差し入れを片手に、加持が入室してきた。

「それで、あの使徒に勝つ為の算段はついたかい?」

お茶菓子の包みを広げながら、図らずも、先程シンジがしたのと同じ質問をする加持。
だが、そこから先が大きく違った。

「はい。あの使徒は、二体に分裂後、相互に補完しあっている。それが、あの高速修復の秘密だと思うんです。
 その証拠に、二体同時に大ダメージを受けた現状では、修復にかなりの時間を稼げたでしょう?
 だから、コアへの二点同時攻撃を仕掛ければ良いと考えたんですが、その方法が中々見付からなくて」

僕の時とは随分と態度が違うな〜
丁寧に加持の質問に答えるアスカの姿を眺めながら胸中でそう愚痴るシンジ。

だが、これは仕方ないだろう。
此処暫く距離を置いた御蔭で、彼の立ち位置が大分見えてきたし、
ママから受けた『あの男は止めておきなさい』という忠告の意味も、今ではなんとなく理解出来てきているが、
アスカにとって加持は、まだまだ大きな存在なのだ。

「なるほど、流石アスカだ。思ったとおり、こんなのものは無用の長物だったな」

そう言いながら、一枚の書類を玩ぶ加持。

「なんですそれ?」

「いや。一応、俺も似たような結論に達したんで、チョッとその対策を考えてみたんだが………」

「うわ〜、ぜひ見せて下さい」

丁度、少々煮詰まっていた所だった事もあって、それに飛びつくアスカ。
だが、その内容を読み進めるうち、その笑顔がどんどん引き攣っていく。

「やっぱ駄目かい?」

「いえ、とても素晴らしい作戦です」

辛うじて笑顔を死守してそう言い切ったものの、それがアスカの限界だった。
加持の提示した作戦。それは彼女が、『これだけは避けなくては』と思っていた策だった。



   〜 2時間後。再び、葛城作戦部長の執務室 〜

「とゆ〜わけで、これから六日間、アンタにはこれから、ミサトと同居してもらうわ」

あの後、本命の『零号機で近接戦闘を挑みATフィールドを中和。その間に、MAGIの制御によるスナイパーライフルでの二点同時攻撃』から、
大穴の『リツコ謹製の怪しげな薬物をシンジに投与して、初号機とシンクロ可能にする』まで、計7種類の策を用意して技術部に相談したアスカだったが、
どれもリツコの『技術的に無理よ』の一言で却下されてしまった。
そんな訳で、最終的には、加持の提示した『ミサトとレイのユニゾンによる二点同時の加重攻撃』が採用となり、こうして、その片方の。
一応、話の通じそうな方の説得を行っているのだが………

「それは命令ですか?」

「……………命令よ」

問い返すレイに、意を決しそう宣うアスカ
こんな言い方はしたくなかったが、仕方ない。
どんな罵倒でも甘んじて受けよう。やってもらう以外に道はないのだ。

「判りました。パイロット職務規定の第77条B36項を申請します」

「へっ? チョ…チョッと待ってね」

予想外な。淡々とした口調での返答に少々面食らいつつ、取り急ぎ、件の職務規定の内容を確認。そして、暫し絶句する。
ぶっちゃけそれは、年単位の禁固刑等の重罰を覚悟しての抗弁だった。

「………そこまでイヤなの?」

「同じ事を命じられたら、貴女、どうするの?」

再度、言葉を詰まらせるアスカ。
正に、グウの音も出ない一言だった。
確かに、同じ状況に立たされたら、弐号機に固執していた頃の自分ですら、クビを覚悟で反対した事だろう。

「それに、葛城一尉がその作戦を承諾する筈が無いわ」

だから、レイの方から頭を下げてほしいの。
当初は、そう頼むつもりだったのだが、流石にそれを言い出せる雰囲気ではない。

「何より、これは私一人の問題じやない。マユミにまで累が及ぶ以上、断固として拒否するわ」

「ああ、それなら………」

『ミサトの官舎で寝泊りすれば良い』と、続けようとしたところでハタと思い出す。
ドイツ研修時代の逸話が事実なら、そこは現代に蘇った腐海なのだ。
これでは、虎の子の唯一の戦力に、むざむざ死に行けと命じている様なものである。

「悪いけど、貴女の我侭に構っていられないの」

追い詰められた末に逆切れし、そう言い放つアスカ。

「その言葉、そのまま総て返すわ。机上の空論をパイロットに押し付けないで」

冷ややかにそれを見詰めつつ、言い返すレイ。

かくて、炎と氷の眼差しが交錯する。
二人の美少女による、一幅の絵画の様な。優美でありながら凄絶な睨み合いが始まった。

ちなみに、この激しくも不毛な戦いは、アスカが『カヲリに頼んでレイを説得して貰う』という非常手段を思いつくまでの二時間に渡って、延々と続いた。



   〜 5日後。ネルフ敷地内、格闘技修練場  〜

「勘弁してくれ」

今日も思わずそう愚痴る。
発案者として、ミサトとレイのユニゾン訓練の監督役を押し付けられ、『こんな作戦、考えるんじゃなかった』と、この5日間、後悔の連続な加持だった。

一体、何が拙かったのだろう? 自問するが答えは出ない。
ついでに言えば、今や冬月司令代理の憶えも目出度くない。
どうも、アスカが思いのほか元気だったものだから、つい日本到着後のバイト先への挨拶を優先させてしまった事が、お気に召さなかったらしい。
だからと言って、『アスカの変貌は俺の所為じゃない』と、加持的には強く主張したかった。

「ヘロ〜ォ♪ 加持さん、調子はどう?」

と、内心で愚痴っていた時、その一因たる少女が、差し入れを片手にやって来た。
5日前から世間より隔離された状態なので前後の事情は良く知らないが、済崩し的にこの作戦の総責任者に納まったにも関わらず、やたら御機嫌な様子である。
それを怪訝に思いつつも、伊達男の矜持から笑顔で出迎えた後、

「残念だが、御覧の通り最悪だよ」

加持は問題の二人を指差した。

   ブッブー

その時、丁度、市販のダンスマシンを改造して作られたユニゾン訓練用採点装置が、既に致命的な失敗回数に達した事を示すブザーを鳴らした。
そう。二人のユニゾンダンスは、練習開始から5日も経つと言うのに、規定の点数に達するどころか、いまだ曲の最後まで辿り着く事さえ出来ずにいた。

「ナニやってんのよ、レイ! しっかりやりなさい!」

もはやすっかり御馴染みとなったミサトの罵声が上がる。
色々不満はあるが、実例を示され他に方法が無い事を『リツコによって微に入り細を穿って説明された』為、『仕方なく』参加している訓練。
只でさえ、作戦中のフリーハンドと快適な生活を奪われ、鬱屈しているところ。
肝心の攻撃手段の完成が遅々として進まないとあっては、もう叫ぶくらいしかストレスの捌け口が無い。

「私は音楽に合わせているわ。貴女が合わせようとしないだけ」

レイが、冷やかな口調で、それに答える。此方も既に限界ギリギリだ。
『ミサトに』ではなく『音楽に』に合わせているというセリフが、その苛立ちを端的に示している。
快適な生活を奪われたのは、レイもまた同じ事。否、彼女の方が遥かに深刻だった。
何しろ、ミサトと本部のワンルームに同衾させられ、同じ生活サイクルを強要されているのだ。
その苦労は筆舌につくし難い。とゆ〜か、たとえ自白剤を使われても決して口外しない自信がある。
ある意味、自身の出生以上に深刻な秘密が、日々量産されているのだ。
いかな彼女でも、これで平静では居られない。

とまあ、そんな一触即発の見本の様な状態だったのだが、

「もう、加持さんてば。脅かすもんだから、もうドッチか死んだのかと思ったじゃない。いや〜、予想よりずっと仲良さげで安心したわ」

って、そこまで予測が立ってて訓練を強要したのか!?
アスカの好意的な反応に、思わずそうツッコミを入れる。
ある意味、彼女達以上に追詰められた状態だった事もあって、その満面の笑顔に、思わず殺意が沸くのを押さえ切れない加持だった。

「それで、どうするつもりなんだ?」

自分でも引き攣った笑顔だなあと思いつつも、何とか普段通りの口調で質問する。
そう。色んな意味で、これだけは是が非でも確認しておかなくてはならない。

「う〜ん、そうねえ。このまま二人を競わせて、ドチラか生き残った方を………」

「アスカ!」

「(クスクス)やだなあ。冗談よ、冗談」

嗚呼、完全にからかわれている!
胸中でそう絶叫すると共に、加持は冬月司令代理の心境を理解した。
これはもう、誰かの所為だとでも思って八つ当たりでもせん事にはやっていられない。
確かにアスカは、ドイツ支部が勝手に行なっていたマインドコントロール下にあった。
そして、弐号機が失われた事で、その呪縛は解けた。
とは言え、これはもう変わり過ぎだろ、オイ!

と、加持が懊悩しているのスルーして、アスカはミサトに近寄り、

「喜びなさいミサト。アンタ、目出度く本訓練に失格よ」

「って、どういう意味よ!」

噛み付くミサト。彼女にしてみれば、失格=第7使徒戦への不参加。
到底、許容できる決定ではない。
だが、アスカはその剣幕をやんわりと制しつつ、

「たった今から、エビちゅを浴びるほど飲もうが、北斗先生の所にメシをタカリに行こうが、好きにして良いってことよ。精々、鋭気を養ってらっしゃい」

「…………ホントに? クビとかじゃなくて?」

「そうしたいのはヤマヤマだけど、他に人材が居ないのよ。
 その代わり、作戦開始時刻の8時間前には再び断酒する事。
 明後日会った時、アルコール臭なんてさせたらもう、有無を言わさず銃殺ものだからね」

「OK、OK、OKの三連呼! そんなの当たり前じゃない!」

その『当たり前』がまるで出来ないのがアンタでしょうが!
内心でそう突っ込むが、アスカは、それを億尾にも出さずに微笑みつつ、『うおっしゃあ!』とか叫び声を上げながら走り去るミサトを見送った。

「さてと。レイ〜……………って、やっぱ怒ってる?」

「怒ってなんて無いわ」

嘘つけ、メチャメチャ怒ってるじゃない!
当然の結果とは言え、此方を見詰めている凍て付いた瞳に身震いがする。
だが、あの無謀な試みは、本作戦の必須事項。止める事は出来なかった。
『せめて、作戦が終ったらチャンと謝ろう』と思いつつ、アスカはレイの機嫌をとる為に用意した品をおずおずと差し出す。

「これ、カヲリからの差し入れなんだけど………」

「頂くわ」

躊躇いも無く、それを受け取るレイ。

「げ…現金ね、アンタ」

「本当に追い詰められた人間は意地なんて張らないわ。目の前に僅かでも希望があれば、それに飛びつくだけ」

つまり、許してくれた訳じゃ無いって訳か。まあ、当然よね。
恭しい手付きでランチボックスを空け、目を輝かせながらタマゴサンド食べてるレイの姿を見ながら嘆息する。
何せ、これまでは、相手が菜食主義者である事を無視した注文を食堂でしやがったミサトと同じメニュー。
彼女にとっては、5日ぶりのまともな食事である。
だが、レイをこうした飢餓状態に追い込んだ事もまた作戦の重要事項。
今日までの差し入れを、マコトの方に横流ししていたのにも、チャンと意味があるのだ。

まあ、昨日の豆腐ハンバーグとポテトサラダのヤツはアタシが食べたんだけど。
ナスとチーズのグラタンのトマトソースを口の端っこに付けているレイの姿を微笑ましげに眺めながら、そんな彼女には絶対聞かせられない事を胸中で呟く。

ともあれ、命の洗濯は此処まで。
ミサトと違って、彼女に関しては、此処からが訓練の本番なのだ。
心を鬼にして、アスカはレイにそれを促す。
と、その時、ポンと肩を叩かれ、

「此処まで付き合ったんだ。アスカ、俺にも、この件の真相を教えてくれても良いんじゃないか?」

振り返れば、オドロ線を浮かべた加持の顔が。
『も…もちろんよ』と愛想笑いを浮かべつつそれを宥めながら、アスカは、二人を連れて第二実験場へと向かった。



制御室では、リツコが一人端末に向かい、キーボードに指を走らせている。
熟練のタイピング。それに集中するあまり、入室を告げるチャイムが鳴った事は勿論、ドアが開いた事にも気付かない様だ。

「(コホン)」

ワザとらしく、咳払いなどしてみせるアスカ。
効果なし。だが、丁度、一段落したところだったらしく、手元に置いてあったコーヒーを手に取ったところで彼女達の存在に気付き、

「久しぶりねリョウちゃん。少し痩せたかしら?」

彼女らしからぬフランクな口調で、8年ぶりに顔を合わせた親友に再会の挨拶をした。

「そうかい?」

疲弊しきった心身に鞭打ち、加持もまた微笑み返す。
だが、彼の虚勢も此処までだった。

「きっと、悲しい事があった所為ね」

図星である。流石に、笑顔が引き攣る加持。

「どうしてリッちゃんに、そんな事が判るんだい?」

それでも、何とかそう聞き返す。
その問いに、リツコは悪戯っぽい微笑を浮べながら、まるで睦言の様な甘い声で残酷な真実を口にした。

「それはね、此処のモニターから、例の訓練の一部始終を見ていたからよ」

「……………」

絶句する加持。好奇心から、こんな魔境へやってきてしまった事を後悔する。
嗚呼、今は遠き学生時代。老婆心から『もう少し、人生を楽しんだ方が良い』と忠告した事さえある、あの頃のリッちゃんは、どこへ逝ってしまったのだろう?

「これから逃げるつもり?」

「いや、まあ。でも、ダメなんだろうな。コワ〜イ、お兄さん見てるから」

リツコの問いに、おどけた調子でそう答える加持。
その視線の先には、何時の間に入ってきたのやら、過日、現在のアスカの保護者に。
ミリアさんに対する口の聞き方を懇切丁寧に御教授してくださった男が、ニヤニヤ笑いながら立っていた。

「シンジの調子はどう?」

前置き無しに、アスカがそう尋ねた。

「う〜ん。精々、あの技のモノマネレベルってとこかな?
 まあそれでも、たった5日の成果としては立派なもんだ」

ナオもまた、『何が』とは尋ねず、訳知り顔で返答する。

「ユニゾンダンスの点数は?」

「最高得点は、さっきマークした97点。平均で93点ってところだ」

ちなみに、『あの技』の完成形は、100点を取って当たり前。
それどころか、MAGIが認識出来ないレベルの誤差でも致命的だったりする。

「そう。充分実戦に使えそうね」

「おいおい、ソイツは気が早すぎだぜアスカちゃん。
 その辺の判断は、これからのレイちゃんとの訓練を見てから考えるこった」

そのまま、部外者には謎な会話を行なう。
そこへ、リツコも話しに加わり、

「それにしても、良くまあこんな無茶な手段を思いついたものね。
 シンジ君の、あの技の習得。間に合わなかったら、どうするつもりだったの?」

「あら。シンジはやれば出来る子だって、私は信じていたわよ。
 実際、北斗先生の課したあの地獄の様な指導に。それを引き継いだ、ナオさんのよ〜しゃないシゴキに、文句一つ言わずに耐え抜いて見せたじゃない」

「…………あれは、口を開く余力も無かっただけよ」

誠意の感じられない信頼の言葉に、呆れ顔となるリツコ。
『信じている』と言うならば、一通りの事を教えた後、ナオに後事を託して躊躇いも無く本業の方に戻った北斗の行動をこそ指すべきだろう。

「(アハハハ)そうとも言うわね。それじゃレイ、早速プラグスーツに着替えて頂戴」

だが、アスカは悪びれもせずに屈託無く笑った後、レイに、本当のユニゾン訓練の開始を促した。

「さ〜て。覚悟してよ、二人共。最低でも90点は出さない限り、そこから出してあげないからね」

十数分後。訓練内容を伝え終えたアスカは、実験室のモニターに映るプラグ内の二人に。
疲弊しまっくた様子のシンジと、殉教者の如く悟りきった顔をしたレイに向かってそう宣言した。

「シンクロ率 95.5%か。また、微妙な数字ね」

ダブルエントリーにも関わらず、これまでの最高値とほとんど変わらない数字に、僅かに困惑するリツコ。
だがまあ、レイ程の高数値ともなれば、シンジの様な低レベルの親和性の補助など、あって無きが如し。
寧ろ、足を引っ張る結果にならなかっただけマシというものだろう。
そう割り切ると、これまで撮り溜めてあったミサトの映像データから、ランダムに62秒のダンスパターンを編集。
と同時に、それに対応した第7使徒の予測戦闘データを作成し、訓練を開始する。

「シミュレーション、スタート」

リツコの号令と共に、シュミレーションモードの零号機のメインモニターに第7使徒の姿が。
シンジの乗る後部座席の小型モニターに、ミサトの姿が映し出される。

ダンスという形で組み立てられたファイトパターンに従って、目の前の敵を攻撃するレイ。
シンジもまた、この五日間の間に送られてきたレイのダンス映像を思い浮かべながら、目の前に映るミサトの動きに合わせて攻撃をイメージする。

   ガキッ

結果。二人のパイロットの命令が上手く噛合い、並列処理で展開されているミサトVS第7使徒戦と攻撃タイミングがピッタリ一致。
シミュレーション上の事ではあるが、此処に変則ユニゾン攻撃が成立した。
つまりシンジは、レイとユニゾンしながら、その動きをミサトのダンスに合わせて矯正しているのである。

「まあ、初回にしてはイイ感じよね」

左右のモニターに映る、TV版の様な展開のイメージ映像を前に『計算通り』とばかりに悦に入るアスカ。

さて。此処で少々補足説明をさせて頂こう。
まず、この荒技を成立させる為には、手本となるものが。
好き勝手なタイミングで動く、二人のダンスパターンの細大漏らさぬデータが必要だった。

訓練の初期段階として、最初に、映像上のレイとのユニゾン(?)を果す。
最初は比較的簡単。レイの方で合わせてくれないとはいえ、動きが予測し易いからである。
だが、訓練が進むにつれ、その難易度は加速度的に上がってゆく。
キレた挙句、好き勝手なタイミングで動くレイに合わせる為、シンジは、TV版のそれとは比べ物にならない血の滲む様な鍛錬を積んだのだ。

そして、問題の『あの技』。
シンジが学んだそれは、『目瞑視想』と言って、概念的にはシャドウボクシングに近いものだった。
違うのは、対戦相手をイメージしてそれに対応するのではなく、相手と同じ動きを自分の身体に合わせて再現する点である。

なお、残念ながら、その練習方法については伏せさせて頂く。
何故なら、これは木連柔術の奥義の一つで、相手の動作を寸分違わず一瞬にして模倣する『千日飽鏡』という技の基礎鍛錬。
本来ならば、門外不出のものなのだ。

『………決める』

と、言ってる間にもシミュレーションは順調に進み、最後に、左右の画面でそれぞれドロップキックが決まり、見事、第7使徒は撃破された。
だがそれは、アスカを満足させる結果では無かった。

「86点、失格よ」

『ええっ!』

その駄目出しに、悲鳴を上げるシンジ。
彼的には、今ので決まったと。否、決まってくれなければ困る。
疲労は既にピークを超え捲くっているのだ。

「前半は、ほぼ完璧だったけど、後半がイマイチ。最後まで気を抜かないの。
 特に、最後の蹴り。肝心のアレのタイミングが狂ってちゃ、その前がどんだけ完璧でも意味が無いのよ」

実際に狂ったのは着地のタイミングなのだが、そんな事は黙っていれば判らない。
そんな誠意に欠けたアドバイスを背に、再びシミュレーションを開始するシンジ&レイ。
かくして、二回目の結果は、

「惜しい、88点よ」

『くっそ〜!』

『落ち着いて。此処で焦ったら負けよ』

更に三回目。

「あっ、ゴメン。今のナシ。ミサトの方が途中でコケちゃった」

『って、なんだよそれ〜!』

『断固として抗議します』

「だから、謝ってるじゃないの〜」

そんなこんなで、訓練は延々と続いた。

「……………彼も、大変だなあ」

いじめっ子オーラを纏っているアスカの背中越しにモニターを眺めながら、思わずそう呟く。
それなりに腕に憶えがあるだけに、シンジのやっているアレが、いかに神経を磨り減らす行為であるかが判る。
それだけに、今にも死にそうな顔で訓練を続けるその姿に、同情を禁じえない加持だった。



   〜 翌々日。復活予測時刻の4時間前、自己再生中の第7使徒から10qほど離れた地点。 〜

「(ヒュー)なかなか壮観ね」

打診していた援軍としてやってきた戦車部隊と特殊兵装車輌部隊(ミサイル等の発射台となる車輌)の威容を前に、思わず口笛など吹くアスカ。

「やったじゃない、マコト。正直、見直したわよ」

交渉役を任せていたマコトの背をバンバンと叩きつつ賞賛する。
これで最大のネックだった、TV版の兵装ビル役を務める戦力も集まったのだ。
M&Aモドキを仕掛けられている現状では、まともな協力を取り付けられると思っていなかっただけに嬉しい誤算である。

「いや。前の戦いで、葛城さんが、陸軍にチョッとしたコネを作ってくれてあったからね。それと………君に元気を分けて貰った御蔭かな」

「へっ?」

「お弁当、美味しかったよ。ありがとう」

照れ臭そうにそう言った後、マコトは、到着の挨拶にやって来た、かの部隊の幕僚である大河二佐との打ち合わせに向かった。
それを呆然と見送るアスカ。
流石の彼女も、この局面で、野菜ばっかだったんで処分に困って渡したなんて真実は口に出来ない。
何やら、拙いスイッチを押してしまった様な気がしてチョッと後悔する。

だがまあ、大事の前の小事。
あんなんでヤル気が出たんならラッキーだったとでも思って今は割切る事にする。
そう。通常兵装での支援の指揮は、マコトに任せるしかない。
自分は自分で、他にやらねばならない事があるのだ。

決意も新たに、チルドレン控え室となっているテントへと向かう。
そこには、既にレイが待機中。
いや、そう言うには些か無理があるか。
何しろ、戦闘前の激励に来たらしいカヲリとマユミと一緒に、優雅にお茶などしているのだ。
こんな事、以前ならば只の堕落だと思って激怒していた事だろう。
だが、今なら判る。この手の精神的後方支援は、結構バカに出来ないのだと。

「ってゆ〜か、なんで私を誘わないのよ!」

かくてアスカは、出陣の儀式を行なう彼女達の輪の中に飛び込んだ。

「にしても、遅いわね〜ミサトのヤツ。
 まあ、時間通りに来るなんて夢にも思って無かったから、集合時間には大分余裕を取ってあるんだけど」

遅めの朝食を兼ねたスコーンをカリカリモフモフと口に頬張りながら、そう呟くアスカ。
既に3個目。ジャムとクロテッドクリームもタップリ付けている。
別に甘党という訳ではないが、昨晩、チョッとハードな仕事があったので、身体がカロリーを欲しているのだ。

「大丈夫ですわよ。アスカさんが此方に来る前に、鈴原君や相田君に、葛城さんのエスコートをお願いしてありますもの。遅くても、もう此方に向かっている時刻ってことね」

「おお、ナイスフォロー」

「(クスッ)お褒めに預かり光栄ですわ?」

さりげなくアスカの懸念事項を払うカヲリ。
基本的に、彼女はこうした気配りの人である。
だが、そうした優しさ故に年中多忙となり、本来の目的に中々着手出来ないのだ。
その辺の構造的矛盾に、本人がまったく気付けないのだから、何気に救いが全く無い。
嗚呼、使徒娘中唯一の常識人(?)。カヲリ=ファー=ハーテッドの明日はどっちだ。

「おう、邪魔するで」

「ちなみに、ミサトさんは、例の陸軍部隊の方に挨拶に行ったから」

と、噂をすれば影とばかりに、トウジとケンスケが入室。
そのまま、残りのスコーンを無造作に、何も付けずにムシャムシャと頬張り始める。

「………ご苦労さん。ダンケ、ジャージ、カメラ」

その極自然な厚かましさに呆れつつも、ミサトの御守をしてくれた二人を労うアスカ。
だが、トウジは、そのセリフが気に入らなかったらしく、

「って、なんなんや、そのジャージとカメラっちゅうのは?」

「渾名だろ多分? 綾波も時々、俺達をそう呼んでるし。
 それよか惣流、シンジはどうしたんだ? 姿が見えないんだけど」

そう、私もそれが聞きたかったの! 素晴らしいですわよ、相田君。
気の無いリアクションを取りつつも、さりげなく重要事項を聞き出しに掛かるケンスケに、内心、喝采を上げるカヲリ。
(自ら聞こうにも、二人の少女のそれとない妨害と己の立ち位置が邪魔して実行出来なかった)
だが、返ってきた言葉は無情なものだった。

「シンジ? アイツなら、もうプラグに放り込んであるわよ」

「「何故や(ですの)!」」

思わずハモって………否、語感が違いすぎる故、単に同時にそう問い返すトウジ&カヲリ。

「お前えなあ、幾らなんでも殺生やろ、それは!」

「まったくですわ。立場的には、彼は善意の協力者。これは不当な扱いってことね」

そのまま、二人は口々にその仕打ちを非難する。
だが、アスカは悪びれもせず、

「だって〜、チョ〜と昨晩、念の為に用意した切り札の練習に付き合わしたら、
 いきなりぶっ倒れた挙句、前後不覚に爆睡し始めたんだも〜ん」

と、これまでは加持専用だった可愛い娘ぶりっ子な口調で、そう宣う。
中々の媚態。だが、彼女の実態を知っている人間には通じない。

「って、一体お前はナニをやらせたんじゃ! ああ見えて、シンジはかなりタフなんやで」

「決まってるでしょ。無茶をさせたのよ」

「開き直んな〜!」

「大丈夫! 使徒戦開始までには、タップリ10時間以上睡眠が取れている筈だから。
 その辺の事はチャンと計算済み。任せて安心、プロのお仕事ってなもんよ」

「オマエは、根本的に間違うとる!」

そんなトウジとアスカのやりとりをバックに、

「ご…ごめんなさい、シンジ君。無力な私を許してってことね」

既に心が折れてしまい、瞳に涙を浮かべつつ祈る様なポーズでそう呟くのがやっとのカヲリだった。


その頃、ミサトはと言えば、

「今回の御支援、心より感謝します」

ビシッと敬礼などしつつ、何時になく、まともに軍人をやっていた。

「なに。此方としても、鳥坂の所の若造に一泡吹かせるチャンスと思ってやってきただけだ」

ニヤリと笑いつつ、軽口をもってそれに応える獅子王中将。
だが、すぐに目の前の女性の異常に気付き、

「そんな事よりどうした。顔色が悪いぞ?」

不審顔でそう尋ねる。
それに合わせ、ミサトは素の調子に戻ると、

「だって、だって、怖いんだも〜ん!
 なんか知んないけど、一昨日っから、零ちゃんが妙に優しかったり、昨日のメニュー、普段は絶対作らないトンカツだったり、
 知り合いに会う度に『頑張ってください』とか励まされたりしちゃって。
 おまけに、こうして止めとばかりに、かつての強敵(とも)まで応援に駆けつけてくれちゃったりしてるでしょ?
 これで誰かにプロポーズでもされた日には、もう完璧よ! 死亡フラグのコンプリートだわ!」

「うむむむっ。確かに、それは拙い。
 運良く生き残ったとしても、『俺達の戦いはこれからだ!』的な最終回に繋がりかねない、良くない流れだ」

劇画チックに驚愕しつつ、ミサトに同意する獅子王中将。

「……………お願いですから、そうした会話は二人きりの時だけにしていただけませんか?」

正直、関わり合いになりたくないが、放って置くわけにもいかない。
意を決し、おそるおそる話しかける大河二佐。
その諫言に、二人は恥じ入りつつ、

「そうね。誰かに聞かれたら問題だわ、こんな弱気なセリフ」

「うむ。現場の士気が崩壊しかねん。俺とした事が失態だった」

確かに、士気に関わる事ではありますが、それとは別の意味………いや、彼等に多くは求めまい。
色々思う所はあったが、『初期の目的を果たせただけマシ』と割り切り、大河二佐は、作戦確認をすべく手元のレポートを読み上げ始めた。

第7使徒の復活予測時刻まで、あと3時間足らず。
真昼の決戦は、もう間近に迫っていた。




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