〜 翌日。再び冬月家 〜

放課後、校門の前でレイさんが待っていてくれた御蔭で一悶着あったものの、その辺は拳で黙らせて。
本日も部活を自習休暇とし、逸る心を抑えつつ、運命の答えの待つ冬月家へと向かった。
だが、其処で俺達を待っていたのは、さり気無く玄関に張り付けられた一枚の置手紙だけだった。
曰く『ふと、故郷の晩秋を感じたくなったので里帰りする事にしたよ。老い先短い年寄りの不意の我侭を許してくれたまえ。尚、冬に入る前には帰るので心配無き様に』との事。
ちなみに、今日は6月14日。梅雨も真只中な季節を反映してか、お空はどんより雲に覆われている。
よ〜するに、かの老人は、ほとぼりが冷めるまで帰ってくるつもりは無いらしい。

「流石、冬月先生。生汚さなら太陽系でもベスト5に入ると言われるだけの事はある様ね」

いつものポーカーフェイスのまま淡々とそう宣う、レイさん。
だが、そんな外見的なクールさとは真逆に。額に薄っすらと浮かぶ井形が、その内面の激しい怒りを端的に物語っていた。

「仕方ないわね。この不始末の責任は、あの人の元部下達に取って貰いましょう」

「って、広義の意味では貴女だってその『元部下』の筈ですよ」

そんな俺のツッコミを豪快にスルーすると

「(パシッ)さあ、行くわよゲンちゃん」

レイさんは再び俺の手を取り強引に引きずり出した。

「って、チャンとついて行きます。今更、逃げたりしませんから、この手は離して下さいよ〜」

「駄目」



   〜 30分後。ネルフ本部内、MAGI管制室 〜

「それで、冬月元司令の尻拭いを私にしろって言うの?」

顔に縦線の入った。普段の明朗さが嘘の様な表情で、伊吹博士がそう聞き返してきた。
無理も無い。突然来訪して来たと思ったら、こんな無理難題を言い出されたのだ。
年中無休で多忙な。他の職員達の三倍は忙しいこの人にしてみれば、堪ったものでは無いだろう。
だが、レイさんは小揺るぎもする事無く。まるで当然の権利でも主張するかの様に、

「そう。だって、赤木博士達が居ない以上、此処の実質的な責任者は貴女だもの」

そんな彼女の攻勢を前にタジタジに。チョッと涙目となりつつ震え出す、伊吹博士。
その外見と相俟って、まるで小動物の様な。見る者の罪悪感を刺激せずにはいられない見事な媚態である。
だが、母さんで慣れている俺には通じない。
レイさんに至っては、その手の情動があるかどうかさえ怪しい。
従って、此処で躊躇うに理由なんて一つも無い。

「(グスッ)先輩とナオコさんの馬鹿〜」

「ええ。親子揃って古い韓流ドラマに嵌まった挙句、ペ・○ンジュンに会う為だけに韓国支部へ転勤を捻じ込んだんだから、正に馬鹿よね。
 それは良く判ってるから、サッサと此方の質問に答えて」

ついには泣き言まで言い出したが、それを強引に論破しつつ、レイさんが更に詰問を。
そう。一見、十代後半くらいの可憐な美少女風の外見ではあるが、伊吹博士の中身は、御年40歳の智謀に長けた熟女様。
こんな事位で油断していては、簡単に煙に巻かれかねない。

ちなみに、この人の場合は、母さん達みたいな真性の化け物と違って只の若作り。
よ〜く目を凝らして見れば、瞼や口元にファンデーションで隠した小皺とかがあったりして、実際には歳相応に老けている事が見て取れる。
要するに、色んな意味で見た目通りの人間では無いのだ。

「そんなの(グスッ)本人に聞けば良いじゃない〜」

「出来る訳ないでしょう。そんな事をしたらキレるわよ、碇君」

「……………それって、チョッと取り越し苦労なんじゃない? だって、もう14年も前の話よ」

「ええ。『彼女にとっては』、もう遠い昔の話だわ。でも、『彼にとっては』生々しい今よ」

「なるほど」

今の会話の中に境線に触れるものがあったらしく、それまでの嘘泣きを止め素に戻る伊吹博士。
そして徐に、

「それじゃ、今のレイちゃんのセリフが、私からのヒントという事で」

と、強引に話しを終らせに掛かった。
つまり、今の良く判らない会話の中に、俺の父親について示唆する内容があったらしい。
「ズルイですよ、伊吹博士」

「あら、私は寧ろ親切で言ったつもりなんだけど?
 だって、流石の貴女も、あの人達を敵に回したくは無いでしょう?」

「でも、ズルイ」

そんな外見だけはうら若き乙女達の他愛無いやりとりっぽい。
その実、かなりギスギスした会話を続けているレイさん達の姿を眺めながら、チョッと反芻し分析して見る。

何故か知らないが、俺の父親の話と言うのは基本的にタブーに属する。
それも、素敵に無敵な傍若無人っぷりを誇るレイさんをおして、秘匿を強制されそれを厳守しなくてはならない相手らしい。
一応、アレコレ想像してはみるが結果は予測通り。まったく思いつかない。
何せ、武闘派揃いの(そう。名実共に深窓の令嬢である筈のカヲリさんでさえ、何故か俺より強かったりするのだ)母さんの友人達の中でも、この人こそが最右翼。
その戦闘力もさる事ながら、最も容赦というものが無い。
取り分け、数年前、勢力の拡大を狙ってか某宗教団体がウチの近所に引っ越してきた時なんて、もう最悪だった。
あの日、一体何人の信者達が己の信じる神とやらの御許に旅立った事やら。
しかも、その加害者には罪の意識など欠片も無く、当人曰く『さあ? 多分、そんなにはいないと思うわ。銃火器の類は使ってないから』だもんな〜
この不祥事を揉み消すべく奔走する事になった(一応、正当防衛っぽい形での開戦だったがアレは明らかに過剰防衛)カヲリさんとネルフの保安部の人達が浮かばれない。

そんなワンマンアーミーなレイさんが恐れる存在……………駄目だ。どう考えても俺的には答えは一つ。『そんなモノは無い』だ。
強いて上げれば母さんだが、これはもう最初から戦いにすらならない。
相当酷い目にあったであろう幼児期の後遺症から『絶対に勝てない』という刷り込みがなされているらしく、どんなケースであろうと彼女の方が全面降伏して終わりである。
従って、敵は母さんではないのは確実なのだが…………

「(ガシッ)次、行くから」

と、思考の海に浸っていた俺を無理矢理サルベージする力強い手。
気付けば、再びレイさんに引き摺られている所だった。
その僅かにブスっとした顔付きからして、どうも伊吹博士との舌戦にはボロ負けしたらしい。
口に出すと後で色々とタタルので、『流石は歳の功』と胸中でのみ呟いておく。



   〜 10分後。ネルフ本部内、技術二課の課長室 〜

「(ハア〜)で、アタシの所に来たってワケ?」

気怠るげな溜息と共にそう問い返してくる、アスカさん。
月を思わせる怜悧な美貌を誇るレイさんとは対照的に、太陽をイメージさせる躍動感溢れる赤み掛かった金髪の美女であり、
若干31歳にして二桁を越える博士号を所持する世界でも指折りの天才なのだが………

「あんたバカァ? 何が悲しくて、そんなヤバイ話に関わんなきゃならないのよ。
 それも、仮にホントは木の又から産まれたんだとしても大して気にしない様な、ツラの皮の分厚いヤツの為に」

と、中身は我侭な子供丸出しな。
小学校低学年にありがちなイジメっ子そのものなメンタリティの持ち主。
それも、ある意味ソレを極限まで極めており、既に何度かノーベル賞の候補者にノミネートされているにも関わらず、
『何が悲しくて、このアタシが爆弾成金の作った自己満足の賞金なんかを貰う為に人前でペコペコ頭を下げなきゃいけないよ!』
なんて馬鹿丸出しな理由で、人類が生んだ最高の栄誉の一つであるかの賞の受賞を辞退し続けている、天上天下唯我独尊な人だったりする。
そんなんだから嫁の貰い手が無い…………

「(ガシッ)ナンか〜、(ギリギリ)不遜極まり無い事を考えてるみたいじゃない。
 つ〜か、それが人にモノを頼む態度かしら。(ギリギリ)えっ、ゲ・ン・シ・ロー君」

「ギ…ギプッっす(パンパン)すびません、ゴメンなさい、お美しいアスカたま」

必死にタップしつつ、ヘッドロックを外して貰うよう懇願する。
横合いから美女に絡まれるという悪友達が見たらさぞ羨ましがるであろうワンシーンなのだが、その実体はさにあらず。
そう。一見、ふざけてやっている様な。
本家プロレスでさえ見せ技の代名詞の様なこの技だが、アスカさんのコレは、頭蓋骨の継ぎ目を利用して脳に直接ダメージを与えてくるシャレにならないものなのだ。
正味の話、胸の谷間に埋もれての窒息死ならば、俺とて男の本懐の一つと思わなくも無いが、同じ密着プレイでも、激痛しか感じられないコッチでは死んで死に切れん。

「(フン)まあイイわ。アタシからも一個だけヒントをあげようじゃないの。精々感謝しなさいよ」

漸くヘッドロックを解き、腰に手を当てて胸をそらす何時もの無駄に偉そうなポーズを取りつつ、そう宣うアスカさん。
此処は当然、

「是非ともお願い致します。聡明かつ慈悲深いアスカ様」

「うんうん。そうやって、最初からそういう愁傷な態度で臨めばイイのよ。
 で、肝心のヒントなんだけど………え〜と、ドレにしようかしら?」

平身低頭しつつ懇願する俺の態度に機嫌を直してくれたらしく、より良いヒントを紡ぎ出すべく(と、信じたい)アスカさんはシンキングタイムに。

にしても、エライ目にあった。
うん。今度、イマリさんに会ったら、ツンデレには年齢制限を設ける法案を国会に通してくれる様に進言するとしよう。

「そうねえ。別に直接の原因ってワケじゃないけど、今思えば、14年ばかり前にアレの師匠が、卒業が決まった自分の受け持ちのクラスの生徒達に、
 『勇気ある未熟者共、(中略)気に入った! ウチの馬鹿弟子をF○CKしていいぞ』なんてハー○マン軍曹みたいな事を言っちゃたのが最初の切欠だったかしら?」

「なんじゃそりゃあ!」

懐かしそうな顔でそんな事を宣うアスカさんに、思わずそう絶叫する。
だが、何故かレイさんまでもが溜息交じりに淡々と、

「ええ。(ハア〜)それで終っていれば、いつもの笑い話でしかなかったのに」

「って、違うでしょ! 全然笑えないし、どう考えても直接的な原因そのものでしょうが、ソレ!」

何か回想シーンに浸っているっぽい二人を現実に引き戻すべく、必死に訴える。
そう。今更、父親の素性なんかに拘りなんて無いつもりだったが、流石にコレは黙ってはいられない。
幾ら相手が母さんでも、キッパリと犯罪だ。

だが、そんなハートブレイクかつ義憤に燃える俺に向かって、

「「そんなワケ無いでしょ(わ)」」

二人は呆れた様な口調でそうハモった。

「アンタってば、自分の母親を舐め過ぎよ。
 こう言っちゃなんだけど、アレは僅か2年で奥伝(秘伝(奥義)を除く総ての技を修得したという証)を与えられたホンモノの天才。
 あんな一山幾らの有象無象にヤられる様な安い女じゃないわよ」

「ええ。『優人部隊の名誉に掛けて』とか何とか言って、彼等は一対一の勝負に拘ってたけど、
 たとえ北斗先生が受け持った士官学校の卒業生100余名全員が一度にかかって来たとしても、結果は同じだったでしょうね。
 いえ、寧ろその方が都合が良かった。そうすれば、その後に起こった悲劇を回避する事が出来たのに」

「はい?」

あまりな話に、思わず目がテンになる。
そんな俺を尻目に、アスカさんとレイさんは淡々と話を続け、

「よ〜するに、アテ馬よアテ馬。
 何せアンタの母さん、典型的な『男に触れられるなんて虫唾が走る』っていうタイプだったからね。まあ、無理も無いけど。
 (コホン)兎に角、あのままじゃ行かず後家間違いなしだったんで、拒否反応の少ないタイプを摸索する為に。
 ついでに、自分が受け持った某エリート部隊候補生の連中に、最後に『世の中には常識では測れない化物が居る』って事を教え込むのを兼ねて、
 決闘という名目で行なった合コンって所かしら?
 何しろ、ソレを北斗先生に入れ知恵したのは舞歌さん。
 多分、あわよくば、彼等の誰かが、あの当時、アレの周りに常駐していた女友達を引っ掛けてくる可能性も視野に入れていたでしょうね」

「ええ。計算違いだったのは、挑戦者全員が良いトコ無しでボロ負けした事。
 あの人だって、彼等が碇君に勝てるとは思ってはいなかったでしょうけど、アレはチョッと。
 正直、余程特殊な趣味の持ち主でない限り、幻滅する事はあっても恋愛感情を抱く切欠にはならないわ」

「つ〜か、出発点からしてお門違いよね。
 何せ、あの当時ってば、ヒカリとラナ以外はもう全員が恋人候補って言うか、多かれ少なかれアレに気があった頃だし」

嗚呼。何気に、最悪の予測が最悪の結果として肯定されちまったよ。
意外と冷静に。『ああヤッパリ』って感じに納得しちまってる自分が何かヤダ。

「で、此処からがヒントだから心して聞きなさい。
 貴方の父親は、日替わり定食の如く連日の様に決闘をしなきゃなんない日々に嫌気が差したアイツが偶然出会った、太陽系一逃げ足の速い男よ」

「ワケが判りません」

アスカさんの言に、思わずそう答える。
実際、実の母親がレ○だったという衝撃の事実に混乱している(?)事を差引いても、理解不能な話である。
そんな困惑中の俺に向かって、さも呆れた様な溜息と共に大仰に肩を竦めつつ、

「(ハア〜)仕方ないわね〜、それじゃメガネの所で当時の映像でも………」

「駄目。今、彼は浮気がバレて緊縛プレイ中だから」

アスカさんの言を遮り、端々とそう宣うレイさん。
それを受け、二重の意味で苦笑しつつ、

「って、またなの。懲りないわね〜、アイツも。
 んじゃ、マユミにでも頼みますか。フェアープレイに拘るカヲリと違って、アレならチョッと位の反則なら上手く誤魔化すわよ、きっと」

「なるほど。(ピッ)ああマユミ、私よ。実はお願いがあるんだけど………」

携帯を取り出すと、唐突に本題を切り出すレイさん。
相変わらず、マユミさんとはツーカーの仲の様………って、それってヤッパリ、そういう事なの!?
と、先程、衝撃の事実を知った影響からか、これまでは敢えて目を逸らしていた部分にも光が当たる格好に。

「それじゃ行きましょうか」

そんな混乱中の俺の手を、レイさんは再び強引に引きずり出した。



「あの〜、学生時代のレイさんとマユミさんて………その、どんな感じだったんですか?」

道すがら、恐る恐るそう尋ねてみる。
事実確認半分、興味本位半分。あるいは、怖い物見たさという所だろうか?
おまけに、これは全くの人事ではない。
特に、母さんとレイさんに関しては、わりと己の将来に関わってくる。

「高校卒業までは一緒に暮らしていたわ」

って、十代半ばの頃から、同棲する様な深い仲だったんかい!
なんてこった。コイツは予想以上に深刻そうだ。

「でも、マユミが京都大に進学する事になって、その時に別れたの。
 私には仕事があって、第三新東京市から出る訳にはいかなかったから。
 帰って来たら、また二人で暮らそうって約束していたけど、彼女が卒業したのは、先の戦争が終結した直後の事。
 その戦後処理に追われて私は身動きが取れなかったし、マユミの方も就職先の事でお父さんと揉めた所為で、それどころじゃなくなって。
 そのまま御互い忙しさに感けてズルズルと来て、今現在に至るって所かしら」

それって、何てホームドラマ?
配役の性別以外は、この数年の間に雨後の竹の子の如く作られた使い古しの設定そのまんまじゃんか。

「え〜と。それで、当時の母さんはどんな感じだったんですか?」

驚愕の事実に気圧されながらも、恐る恐るそう尋ねる。
無論、この時点で、母さんもまた元はソッチ系だったという事は諦観と共に半ば受け入れいてた。
だが、返って来た答えは、俺の予測の右斜め上を行くものだった。

「一言で言えば、『みんなのダンナ様』ね。
 当時はモテモテだったのよ、碇君。いえ、今もだけど。
 ちなみに、あの頃は、カヲリさんを本妻に私が愛人一号。
 歳も考えずに横恋慕してくるのが葛城一佐で、マユミさんがカヲリさんの方の愛人でありながら碇君にも気のある両刀で、
 ツンデレ系としてアスカ。引っ込み思案な後輩系としてシンリちゃん。友達の延長系としてウミとミオ。お姉様系として零夜さん。
 そして、大穴中の大穴。隠れ攻略キャラな北斗先生。
 後は、あえて名前を上げるまでもない有象無象が何人か。そんな『どこのギャルゲー?』ってくらいバリエーション豊富なハーレム状態だったんだから」

「……………マジですか?」

「マジ。少なくとも、嘘は一つも言っていないわ」

「泣いても良いですか?」

「ダメ」

そんな訳で、俺は必死に涙を堪えつつ、マーベリック社への道程をトボトボと歩んだ。



   〜  20分後、マーベリック社、社員用休憩室  〜

若い頃はさぞや美人だったであろうと思わせる、40歳を少し越えた位の容姿の。
母さんの関係者の中では珍しく歳相応な外見をした女性職員。ライザさんに案内されてその部屋に入ると、何故かその室内のTVが付けっ放しになっていて、

『我こそは、木連流鉄鎖術を極めし番場蛮なり! いざ、尋常に勝負、勝負〜!』

矢鱈滅多羅濃い顔立ち故、パッと見はパーペキにオッサンな容姿をした。
それでも、肌の張りや物腰等から辛うじて十代後半だと判る暑苦しい男が、先端に鉄球付いた鎖をジャラジャラさせつつ、そんな時代錯誤な口上を宣まっていた。

「なるほど。『休み時間にチョッと当時の映像を見ていて。所要で席を外していた所へ、運悪くゲンちゃんがやってきた』っていう設定なのね」

うわ〜っ、そこまでヤルんだ。マユミさんらしいって言えば、らしい手だけど。
でも、これが父さんと何の関係が………って、まさかアレじゃないだろうな、俺の父親って。
だったら泣くぞ、今度こそ。誰が何と言おうとも。

「心配しなくても良いわ。アレが出てくるのは、この手の決闘騒ぎが一段落してからだから。
 それより、よく御覧なさい。これが、貴方のお母さんの本当の姿よ」

  レイさんに言われてTV画面に視線を戻すと、場面は対戦直前の状態。
件の暑苦しい鉄球男と、おもいっきり嫌そうな顔をした母さんとが、試合場と思しき場所の両端に立った所だった。

「御互いに礼!」

精悍な雰囲気を纏った20代前半と思しき長髪の男の号令に従い、母さんと鉄球男がペコリと頭を下げる。
と、同時に、

   ビュイン

鉄球男が、その容姿に似合わぬ洗練されたコンパクトな動きで。
セットアップからのサイドスロー気味の動きで、自慢の得物による攻撃を。
間一髪、ソレを回避する母さん。
だが、完全に機制を制され防戦一方に。

「それ、それ、それ!」

鉄球男の掛声と共に鉄鎖がうねり、それに応じて先端部の鉄球が蛇の如く鎌首をもたげ母さんを狙う。
それを紙一重で避わし続けながら、ジリジリと素手の間合いへと。
その嵐の如き連続攻撃を物ともせず、男の方へ近付いて行く母さん。

正直、驚愕の光景だった。
繰り出される鉄球のテンポはドンドン上がっており、既に俺にはもう目で追うのがやっとなレベル。
同じ立場に立たされたら、とっくに直撃を貰っている。
否、それ所か、最初の不意打ち気味な一撃からして避ける自信が無い。
それを、あのぽややんとした母さんが………まあ、強い事は知っていたが、まさかこれ程だったとは。

「って、何ですか、コレ!
 対戦相手が男である事自体が既に相当なハンデだってのに、どう見てもダブルスコア以上の体重差で、素手の相手に武器を使用だなんて。卑怯のオンパレドーじゃないですか!」

「だから何?」

素で。それも、さも不思議そうな顔で聞き返され口篭る。
そんな俺に向かって、レイさんは出来の悪い生徒を前にした教師の様な、如何にも『仕方ないわね』と言わんばかりの口調で、

「判ってないのね、ゲンちゃん。勝負を語れるのは勝者のみ。卑怯なんて言葉は敗者の戯言だわ」

「でも、『勝てば良い』ってもんでも無いでしょう?」

「いいえ、勝利は総てに優先するの。
 『死人に口無し』。名誉の戦死なんてものは、時の為政者達が作り出した幻想に過ぎないわ。
 それと、彼等は寧ろ綺麗過ぎるくらい正々堂々と勝負しているわよ。
 だって、一対一で。それも、銃火器の類は使用せずに、自分の修めた武術の技だけで碇君と戦っているですもの」

「いや『一対一』って、そんなの当り前じゃないですか!」

「いいえ。実戦においては、そんなケースは極めて稀な事。一対複数こそが戦いの基本よ」

真顔のまま、そんな無体な事を言い切るレイさんの言に絶句する。
いやまあ、仮にも二度に渡る大戦を最前線にて戦い抜いたエース様の御言葉だし、実際、戦場ではそれが正しいんでしょうけど………

『秘儀、大回転魔球!』

と、俺が鼻白んでいる間に、画面内の戦いは終盤に。
既に近距離まで近付かれた鉄球男が、最後の手段として何やら必殺技っぽい技を。
ハンマー投げの要領で回転に入ると同時に、そのままフィギュアの高速スピンすら及ばぬ超スピードに。
外周部の鉄球はもはや視認出来ず、まるで鉄壁の防壁の様に見える。
総てを飲み込まんとする嵐の如き攻防一体の、常識に目を瞑るのであれば見事な攻撃だ。
だが、そんな『それ、なんてトンデモ武道漫画?』と言いたい人外な大技ですら、母さんを捕らえるには至らず、
逆に一気に間合いを詰められ、

「てい(パシッ)」

襲い来る鉄球を避けるべく、地を這う様に身体を沈めた体勢から繰り出された水面蹴り(下段後ろ回し蹴り )によって軸足を蹴り払われ、
彼の必殺技の大前提となっているその猛烈な勢いがアダとなり、まるでベチャ独楽に下から弾かれたベーゴマの如く、派手に場外に弾き飛ばされ、

「(ドスッ)おごっ!」

絡まった鉄鎖によって身体の自由を奪われ、駄目押しとばかりに、先端の鉄球を自らの鳩尾に貰って昏倒。
そんな感じに、鉄球男は派手に自滅した。

「次! 次鋒、出でませ!」

そんなピエロな男が担架にて運ばれて行く中、何事も無かったの様に長髪の男が号令を。
それに応じて小太りな。否、そう錯覚してしまうくらい分厚い筋肉に覆われた男が試合場へ。
そして、開始前の礼が済むと同時に、

「碇さん。先手は譲るゆえ、先に叩いてくれないか?」

と、筋肉男は、そんなMっぽい事を言い出し、

「その若さで教官殿の。木連が誇りし最強の武神、真紅の羅刹殿の御墨付きを得た君の功夫は賞賛に値する。
 事実、番場めを下した先程の足技の妙には、驚嘆の溜息しか出ない無い程だ。
 だが、それだけに惜しまれてならない。
 正直に言わせて貰おう。君の身体は、武を修めるにはあまりにも華奢過ぎる。
 そう。私と君とでは、戦力と基本となる肉体に差があり過ぎる」

更には、そんな事をナルシーっぽく独白したかと思うと、徐に己の着ていた白のガクランを脱ぎ捨て、
その下に着込んでいた趣味の悪い柄のTシャツをビリビリと破って自慢の筋肉を披露。

「我が木連式硬功夫は、五体の金剛化を旨とする。
 木剣に始まるその受打訓練は、やがては鉄鎖による殴打に変化し、大型車輌による腹部通過を経て、ついには旧式カノン砲の実体験に至る。
 そして最終試験は、台風来襲の夜より始まる夜明けまでの。落差30m以上の滝壷にて、落下する木石を含んだ滝浴びをもって終了とする」

って、どこの万国ビックリショーだよ、それ?

「遠慮はいらぬ。存分に叩き尽くし給えっ!」

そんな呆れる俺を尻目に、自信満々に敢えて正中線を晒した。
軽く広げた両足を踏ん張った、相撲の不動の構えを取る筋肉男。
おもいっきりベタな。『さあ、何処からでも打って来い』という強烈アピールだ。

「(ハア〜)それじゃあ、御言葉に甘えまして」

そんな得意絶頂っぽい筋肉男の要求に、疲れた様な溜息を一つ洩らした後、母さんはゆっくりと近付いて行き、

「えい(ポン)」

気の抜ける様な掌底突き………否、単に左手の掌を彼の顔に乗せると、

  シュッ


その瞬間。視界を奪う事で生じた隙に、至近距離からのウエスタンラリアットを筋肉男の喉笛に叩きつけ、
そのまま、ヒットした右手を基点に流れる様な素早い動きで背後へ回り込み、スリーパーホールドに。

  ドサ

頚動脈を一気にシメ落され、アッサリ崩れ落ちる筋肉男。
正直、前フリが前フリだっただけに笑える光景だ。

此処で、母さんの腕力では、自分の胴体よりも太そうな彼の首を締めても効果がある筈が無いと思われる向きもあるかも、さにあらず。
プロレスの様な見せ技とは異なり、実戦レベルで使用するこの手の絞め技に必要なのは力ではない。
暴れ回る牛自身の突進力を利用し、その首に縄の掛かる瞬間を狙って逆方向に引っ張り、その相乗効果によって絞め落とすカウボーイの投げ縄の如く、
抗う相手の動きを逆利用して一気に行くのがコツなのだ。
そして、彼が馬鹿にした母さんの華奢な腕も、この手の技には寧ろ持って来いだったりする。
そう。力が同じならば、寧ろ細い方が有利。
極太のロープよりもピアノ線の方が効果的に締め上げられるのである。

「次! 中堅、出でませ!」

己の筋肉に溺れたアホが担架にて運ばれて行くなか、再び長髪の男が号令を。
それに応じて、これまた筋肉質な。だが、先程のそれとは違い均整の取れた体躯の。
どこか仁王像を思われる風貌をした、(実に羨ましい事に)身の丈が190p代の後半はありそうな長身の男が試合場へ。

「御互いに礼!」

そのまま対峙する両者。
豪快そうな外見に似ず、摺足で慎重に間合いを計る長身の男。
母さんの方もまた、先の二人とは別格と見てとったらしく、その顔が見たことも無い様な真剣なものとなっている。
だが、客観的には、これまでの対戦以上に何とも締まらない構図だった。
何せ、身長差が50p近くもあるもんだから、母さんの頭は男の胸板にすら届いていない。
従って、双方の外見も相俟って、どう見ても大人と幼子しか見えないのだ。

そして、そんなチョッとシュールな。当人達だけがマジな睨み合いが2分程も続いただろうか?
一定の間合いを保ちつつ、ゆっくりと母さんの周りをグルグルと回っていた長身の男が、

「木連式柔術が一派。羅漢阿修羅拳、ガナハ ジョウ! 参る!」

そんな名乗り上げと共に、某美形ボクサーの必殺技を彷彿させる様な、やたらモーションの大きなアッパーの体勢に。
明らかに遠過ぎる間合いからの。しかも、あんな大ぶりなテレホンパンチなど、実戦ではまず当たりっこ無い。
まして、ファイトスタイルがアウトボックスに特化されているっぽい母さんが相手では尚更だ。

   ブオオオオオオッ!!

だが、長身の男のアッパーは、見開きページの車田修正が掛かった………否、我が目を疑うものだった。
何十発もの残像を伴った。格闘漫画の誇張表現を除けば某多機能プリンタのCM以外にはあり得ないと思っていた、弾幕の様な拳の嵐だったのだ。
そして、その一つ一つが微妙に異なる軌跡を描いて母さんを狙う。

逃げ場の無い、散弾銃の如き点ではなく面の攻撃。アレでは避け様が無い。
ズタボロにされるであろう母さんの無残な姿を思い、つい目を逸らしてしまう。
だがそれは、そんな一瞬の間に起こった。

「って、何でガナ…何とかって人の方が倒れるの? あり得ないでしょ、前後の状況からして!」

ボッコボコに腫れた顔で『我が人生に一辺の悔い無し』と言わんばかりなイイ笑顔を浮かべつつ仰向けにブッ倒れている長身の男を指差しつつ、思わずそう絶叫する。

「羅漢阿修羅拳の代名詞とも言うべき奥義、阿修羅千手殺。
 刹那(1秒の75分の1)の間に拳を繰り出す事で、あたかも全く同時にそこに偏在しているかの様な錯覚を引き起こす。
 その圧倒的かつ計算し尽くされた手数よって、敵に引く事も往く事も許さぬ撲殺空間を作り出す、正に殲滅の為の戦陣。
 でも、そんな有り難い必殺技も、使い手があんな未熟者ではお話にならないって所かしら?」

レイさんが、そんな格闘漫画の御約束っぽい解説を。

「実際、アレが放った87発の拳の内、警戒に値するのはホンの2〜3発だけ。
 後は、碇君ならば目を瞑っていても避けられる様なテレホンパンチでしか無いわ」

それって、何てペ○サス流○拳?
いや、そうじゃなくて…………

「それで、いったい母さんは何をしたんですか?」

「何って、単にカウンターを入れただけよ。大体70発位ね」

ドラゴンさんや蛇使い座の人すら越えるんかい、あの化物主婦は。
一瞬、ヒヤっとさせられた事あって、思わず胸中でそう毒吐く。
全く、俺が甘かった。もう二度と、アレの心配なんかするもんか。

「何なら、スローでもう一度見てみる?」

「いえ、結構」

とか言ってる間に、既に副将戦がクライマックスに。
某槍使いが、その必殺の穂先をアッサリ避けられ、カウンターとなるタイミングでの、跳ね上げる様なハイキックを顎先に喰らって昏倒している所だった。

「(クスッ)馬鹿な男よね、碇君を相手に六合槍で挑むなんて。
 それはジャージの得物。最も対戦経験の豊富な、組し易い武器だと言うのに」

そう言いつつ冷笑するレイさん。
そうか。母さんは、トウジさんが武装しても勝てない相手なんか。もう知らんわ。

「これで終わりですね」

そんな色々とハートブレイクな俺とは対照的に、大将戦を前に晴れやかな。
普段見慣れているそれとはまた違った、何かをやり遂げた者だけが見せるイイ笑顔を浮かべつつ、そんな事を宣う母さん。
観客席のギャラリー達もまた、これでフィナーレとばかりな内容の歓声を上げつつ騒ぎ出す。
はて? 前後の状況からして後一人居る筈なんじゃ……

「北斗さんが受け持った本年度の優人部隊候補生の卒業者総数は109名。
 そして、一日五人がノルマだったこの馬鹿げた決闘モドキも、今日が最終日。
 先程のマタザさんで最後ですよね? まさかとは思いますが、実は貴方が最後の相手とか言い出しませんよね?」

と、偶然にも俺の疑念に答えた後、それまでの笑顔を何やら黒っぽい物に変えつつ、そう念を押し出す母さん。

「……………(ハッ)違いますよね。そんな事はあり得ませんよね、元一郎様!」

それを受け、ギャラリー席に居た観客の一人。
碧眼にチョッと長めの栗色の髪ながら、どこか巫女の様な雰囲気を漂わせた美女までが『違うと言ったら殺す』と言わんばかりな殺気を湛えつつ、長髪の審判に詰め寄り出す。

   シュッ

そんな中、場の空気全くを読まずに。何時の間にやら、真っ黒な服に真っ黒なマント、更にはバイザー状の真っ黒なサングラスという、
『お前は何処の敵キャラだよ』と突っ込みたくなる様な何かのコスプレっぽい服装をしたボサボサ髪の男が、試合場に立っていた。

「なっ! なぜ貴様が此処に居る!?」

これ幸いと、二人の矛先を避けるベく、ややオーバなまでに驚愕しつつ詰問する長髪の審判。
それを受け、真っ黒クロ助な男は、そのエクセントリックな外観に似合わぬシドロモドロな調子で、

「いやその。何か知らないけど、メグミちゃんやレイナちゃんやホウメイガールズの皆が、
 何時に無いって言うか『此処で目立たないと、もう後が無い』って言わんばかりな迫力で迫ってきたもんで、つい。
 咄嗟だったもんで、半分ランダムジャンプみたいな感じって言うか、此処に出たのは只の偶然。他意は無いんだ」

「って、そんなワケあるか! 幾ら何でも御都合主義が過ぎるだろうが、それは!」

と、良く判らない口論を始める真っ黒クロ助と長髪の審判。
そこへ、何処からともなく第三の人物の声が。

「説明しましょう!
 彼の言った事は嘘では無いわ。
 実際、腹立たしい事に、あの時は、いっちかばっちかな賭けに出ざるを得ない様な絶対絶命のピンチだったしね。
 そして、ランダムジャンプでありながら、狙いすましたかの様に此処に出たのも、実は只の偶然ではないの。
 私が最初に疑ったのは、ラピスちゃんの所。
 先の遺跡戦争の折の様に、てっきり彼女の所に出ると思っていたんだけど、これは空振りに終ったわ。
 それを受け、ある仮説を立ててみたの。
 私自身、やってみて初めて実感した事だけど、ジャンプ中の高次元空間内において変換された視点から見た限りでは、
 彼女は実に目に付き易い、まるで灯台の様な存在だったわ。
 ランダムジャンプ中の彼が、無意識の内にそれに引かれたとしても可笑しくないくらいね。
 結果は、この通りドンピシャリ。
 つまり、この場合は、ラピスちゃんとのラインを辿るのでは無く、それを逆用して、私達が居ないであろうと思われる場所を選択したと…………」

光の中から現れると同時に、絶好調で良く判らない事を並べ立てる、三十歳前後と思しき金髪の年増美人。
そして、そんな彼女の長口上を黙殺する様に、その背後より、

「「「見つけましたよ、もう逃がしませんからね!」」」

と、声を揃えて宣う、色取り取りな容姿の。
それでいて何れもが水準以上の美貌を誇る、二十歳前後の美女達。

「わ…判った。俺が悪かった。だから、もう少し落ち着いて。冷静に話し合おようよ。
 メグミちゃん、レイナちゃん、サユリちゃん、ハルミちゃん、ジュンコちゃん、ミカコちゃん、エリちゃん」

ガタガタと震えながら。まるで、母親にイタズラが見付かった幼子の様な調子で、真っ黒クロ助は必死に抗弁を。
だが、そんな彼を宥め透かす様に。丁度、先程の意味不明な説明が一段落したらしく、彼女達の代表者っぽい金髪の女性が勝ち誇った顔で、

「そうね。どこか落ち着ける場所で、ゆっくりと話し合いましょう。
 如何に貴方でも、流石にもう逃亡は不可能でしょうし。
 何しろ、そのスーツのジャンプ用ユニットは、こんな事もあろうかと予め重要部品を外してあるし、ヘソクってたCCも先程の物で最後だものね」

余裕タップリにそう宣う彼女とは対照的に、痛い所を突かれたとばかりに激しくうろたえる真っ黒クロ助。
にしても、一体ナニが不満なんだコイツは。
『どこのハーレム』って感じの美女達に囲まれているという、男の究極の夢の一つが具現化されたウハウハ状態。
仮に、彼女達が刑場へと牽きたてに来た死刑執行人だったとしても、ある意味、本懐だろうに。

「フレサンジュ博士。今、近くのホテルの最上階をワンフロア抑えましたわ。後は、ごゆっくりってことね」

「あら、ありがと。相変わらず、気が効くわね」

「(クスッ)お褒めに預かり恐縮ですわ」

とか言ってる間に、ギャラリー席にて何処かへ携帯で連絡を取っていたカヲリさんによって外堀が埋められ、
やって来た美女達の期待に満ちた顔とは対照的に、真っ黒クロ助の顔が蒼白に。
次いで、まるで捨てられた子犬の様な表情で周囲に無言で助力を訴え出す始末。
なんや知らんが実に見苦しい。同じ男として、目を覆いたくなる様な情けない姿だ。

「えっ?」「君は?」

そんな中、母さんとも目が合う。
その瞬間、両者の顔が劇的に変化した。
一瞬の驚愕の後の、稀有な深さでのシンパシー。
まるで、どこかのニュー○イプ達の如く、言葉にするまでも気持が通じあうと言うか、
今にも『ああ、ア○ロ。刻が見えるわ』とか口走りそうな雰囲気だった。

そして、そんな永遠っぽい数秒が過ぎ去った後、二人はアイコンタクトすらせずに、

「フィールド全開!」

まずは、男の側に駆け寄ると同時に、そう叫ぶ母さん。
と同時に、二人を包み込む様な形で、何やら紅い光が。
それに合わせて、真っ黒クロ助が『ジャンプ』と呟く。

   シュッ

次の瞬間には、まるでテレポートでもしたかの様に二人の姿が掻き消えていた。
時間にして2秒足らず。まるで、予め入念に打ち合わせがされていたかの様な自然さで行なわれた人体消失ショーだった。

「……………まさかとは思いますが、アレですか?」

敢えて端的にそう尋ねる。
自分でも声がフラットに強張っていると判るが、この辺が限界だ。

「ノーコメント」

例の約束とやらがある所為か、断定はせずに言葉を濁すレイさん。
だが、何時に無く感情の込められた。怨嗟の如き憤りを含んだ声音が総てを物語っていた。
そう。最悪の予測は最悪の事実に確定されたのだ。

   バタン

「嗚呼、どうしましょう。不注意から、当時の映像をゲンシロウ君に見られてしまいました。
 某同盟の皆さんに。取り分け、いまだ子宝に恵まれていない方達に合わせる顔が無いわ」

そんな果てしなくブルーな俺の心に止めを刺す様に、唐突にやって来た………
否、どう見ても、別室にて事の一部始終が終るタイミングを待っていたっぽいマユミさんが、無駄に情感溢れる演技力を駆使しつつ白々しい台詞を。
(ハア〜)普段は、母さんの関係者の中では、ヒカリさんと双璧を成す数少ない常識人なのに。
この人もこの人で、矢張り何処か狂っている。

そんな俺の気も知らんと、

「お願いゲンシロウ君、これは見なかった事に………って言っても無理よね。何せ、自分のお父さんの事ですものね」

と言いつつ、制服の上からでもハッキリと判る豊かな胸に沿うボタンをゆっくりと外しながら、

「私には、こんな事しか出来ないけど………少しでも、貴方の心を癒せるのであれば」

そんな更に頭の痛い事を始めてくれるマユミさん。

「気持だけ貰っておきます」

と、適当に相槌を打っておく。 出来れば頭から完全スルーしたい所だが、経験上、それをやると、彼女は何処までもボケ続けると知っているが故に。
そう。男なら誰もが経験する朝の生理現象を経て性を明確に意識する様になった一昨年以来、この手のシチュエーションで俺をからかうのが大好きなのだ、この人は。
今回のコレをオフィス編とするならば、一月位前の家庭教師編なんて、赤点を取った挙句の『慰めてあげる』だったものだから、二重の意味でマジ泣きしたくなった程である。

「とゆ〜か、言われるまでも無く、俺自身サッサと忘れたいです。問題ありません」

苦い思い出に顔を顰めつつも、話を強引に本題へと戻す。
すると、パアッと顔を輝かせ、

「そうよね! 女の敵よね、あんなヤツ!」

我が意を得たりとばかりに、勢い込んで嬉しそうにそう宣うマユミさん。
嗚呼、どこまでが演技で、どこまでが本気なのやら………もう好きにして。



   〜 1時間後、碇家のリビング 〜

その日の夕食は中華なメニューだった。
テーブルの上には、大皿に盛られたレバニラ炒めと餃子が。
そして、インスタントではあり得ない。麺、スープ共に無駄に本格的っぽい、出来立てアツアツの手作りラーメン。
何度となくウチの食卓を飾った、いわゆる定番メニューである。

「いただきます。(カチャ、カチャ、カチャ、カチャ………)」

「やん。レイちゃんたら、またそんなにニンニクを入れて。それじゃスープの味が判らないじゃない」

「(ズズ〜ッ)も…問題ないわ(ズズ〜ッ)」

あり得ないくらい山盛りにニンニクをドバドバと入れて。
もはや突き刺すような辛味しか感じられない様なラーメンを無理矢理かっ込む、レイさん。
此方もまた、恒例の事だ。
ちなみに、これは彼女の味覚が狂っているからでは無い。
実際、行きつけのラーメン屋にて『ニンニクラーメン、チャーシュー抜き』という、彼女自身が考案した特別メニューを注文したりもする通な人ではあるが、
何度か御相伴に預かったソレは、その謳い文句通りニンニクタップリではるが、あくまでも常識の範囲を逸脱しない程度の物。

そう。何や知らんがレイさん、母さんの作る料理でコレだけは絶対的に嫌いらしい。
昔は菜食主義っぽい偏食家と言うか、肉類全般が苦手な傾向があったが、十年以上に渡る餌付けによって、今ではほぼ完全に矯正されている事を。
それでもなお、こういう強引な裏技を使ってでも何とか元の味を抹殺しようとする事も合わせて考えると、ほとんど妄執とでもしか言い様の無い嫌悪っぷりである。

「あっ、そうそう。あのね、ゲンちゃん………」

一頻り、一心不乱に麺をかき込む。終盤戦を迎えたフードファイターの様な苦闘を強いられているレイさんの姿をのほほんと眺めた後、母さんは何時もの食事時の雑談を始めた。
母さん曰く、家族の絆は、こういう何気ない事を母体としているものだとかで、『いや、逆効果だから』と、幾ら言って聞かせても止めようとしないのだ。ホンに困ったモンである。

「それでね、ユイちゃんたらねえ………」

いつも通り、その内容を右から左に聞き流す。
冷たいと言うなかれ。どうせ、聞いても全く判らないので同じ事だ。

そう。これが一般家庭の様に、TVのワイドショーの出来損ないの様なものならば、まだ救いがある。
俺とて鬼じゃない。母さんの主張に合わせて、家庭内の平穏を守る為に相槌位は打ってやっても良い。
だが、その実体は職業上の。形而上生物学とやらの専門用語が散りばめられた、言ってる当人だけが勝手にツボに入って笑い転げるだけのお寒い話なのだ。
精神的な自衛の意味でも、聞かなかった事にするのが吉である。

「でね、連絡が来たのは、ホンの1時間前。私が夕食の準備をしていた時なのよ。ヒドイと思わない?」

とゆ〜か、ネルフは何だってこんなのを雇ってるんだろう?
しかも、破格の好待遇。一応は博士号持ちとはいえ、何の実績も無い相手に分室の一個を丸々与えた挙句、
あんな何の役にも立ちそうも無い研究を、十年以上に渡って続けさせるなんて。
税金の無駄遣いも良い所だろうに。

「そんなワケで、明日にはコッチにも顔を出すって言ってたわ」

………ん? チョッと待て。

「母さん、今なんて?」

「だから、ユイちゃんってば、向こうの教授と折り合いが付かなかったとかで、卒業式を待たずに退学しちゃったんだって。
 それで、今日の午後11時着の飛行機で、一旦コッチに里帰りするって………」

11時! あと3時間足らずじゃないか! 
畜生、こうしちゃいられないぜ!

「(ズズズズズズズ〜〜〜〜ッ)ごっそさん!(ガタッ)」

普段の3倍のスピードで夕食を終えると(ホントはそれどころでは無いのだが、下手に残すと母さんがナニをするか判らないので安全策を取った)まずは風呂場へ。
シャワーで汗を流すと共にニンニク臭対策を。

嗚呼、もうすぐ帰ってくるのか………

ユイさんが帰ってくる!

ユイさんが帰ってくる!!




    完

って、終らせてどうする、俺!
しかも、ネタ古過ぎって。シチュエーションも微妙に違ってるって言うか、、わざわざ空港からランニングとかあり得ないし。

そんな混乱状態の頭に、冷水をぶっ掛け気合を入れ直した後、急いで身体を洗う。
そして、自室に駆け込み身支度を。
タンスの奥より、今日という日の為に用意していた一張羅を取り出し、

「うん。このスリットから零れる脚線美が…………って、違うだろ、俺!」

チョッとばかりミステイク。
捨てるに捨てられず、昨夜、タンスに適当に突っ込んだ所為で運悪く紛れ込んでいたらしい、レイさんの中国土産。
例の桃色のチャイナ服を脱ぎ捨て、改めて本命のソレを着込む。

再度、姿見用の鏡で慎重に再確認を。
服装OK、髪型OK、手袋OK、サングラスOK、オール・グリーン。
最後に、財布を広げて軍資金の確認を。
此方も万端。この間、臨時収入があった御蔭で、空港までのタクシー代及び途中で購入予定の花束の代金を工面するに充分な額がある。

「(フッ)出撃」

紅いサングラスのフレームをクイクイと中指で直しつつ、出陣の声を上げる。
ちなみにコレは.いまや歴史の教科書にも載っている偉人が着ていた。
俺が生まれる前に起こった俗に『使徒戦』と呼ばれている大戦中に亡くなったらしい爺ちゃんの形見を仕立て直した、云わば碇家の家宝とも言うべき勝負服である。

そう、これからドイツに。向こうの某超一流大学に留学していたユイさんを迎えに行くのだ。
前回の長期休暇以来の、約半年振りの再会。
しかも、『既に卒業を間近に控えながら、その才能を妬んだ悪徳教授の卑劣な罠に掛かって中退する事となってしまった』という不幸に晒されの。
そんな願っても無い………じゃなくて、あってはならないシチュエーションでの帰国。
断言しよう。此処で、その傷心を癒すべく一刻も早く馳せ参じなかったとしたら、もはや男ではない。
見ていてくれ、天国の爺ちゃん。つ〜か、是非とも俺に力を貸してくれ!

「あら、ゲンちゃん。こんな時間に………」

出掛けに母さんに呼び止められるが、さり気無く聞えなかった事にする。

「何処に行くの?」

何故か知らんが、デフォルトとも言うべき笑顔が崩れ驚愕と怒気に染まっているっぽいが、大方、この唐突な夜中の外出の所為だろう。
小言は後で聞く。今はそれどころでは無い。
黙殺して玄関へ………

  ドン

向かおうとした瞬間、視界が暗転した。
何故だ? 例の点穴への攻撃は、対衝撃素材が編みこまれた。
かつて一世を風靡した、このネルフ総司令の制服の前には無効な筈………

「(クックックッ)やだなあ。たかが防弾スーツくらいで、浸透剄をガード出来る訳ないじゃないか」

倒れ伏した俺に向かって、さも可笑しそうに常ならぬトーンで。
とってもブラックな暗笑を浮かべつつ、まるで少年の様な口調でそんな事を宣う、母さん。
つ〜か、実の息子に、そんな危険な技を使うかよ、普通。

「ゲンシロウ君とか言ったけ?
 別に君に恨みは無いよ。寧ろ、その生い立ちには同情さえしているくらいさ。
 でもね、僕、その格好だけは駄目なんだ。ほら、『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』って言うだろ?」

そんな声にならない内なる抗議を尻目に、母さんは狂気に染まった目で俺を見下ろすばかり。
嗚呼、意識が遠くなってゆく………




   BAD END


「…………という、愉快なまま呪われたかの様な夢を見たんだが」

「う〜ん。何と言うか、その……………疲れてんだよダンナは、きっと」

工事機械の総点検の為に完全休日となった日の、カントクが自腹を切って音頭をとっての宴会後。
他の作業員達が、死々累々な屍を晒している中の惨事。

いかにも酒豪そうに見えるし、事実、幾ら飲んでも何時ものポーズのまま小揺るぎもしないのだが、実はあまり強くない。
一定以上に飲んだ後は、意外にも結構ガードが緩くなる。
そんな、2015年の世界では冬月くらいしか知らないゲンドウの酒癖を、偶然にも知る事となった。
より正確には、そのぶっきらぼうながらも面倒見の良い性格が災いして、彼の良く判らない愚痴(?)を延々と聞かされる事になったサイゾウだった。







碇君の家庭の事情

第1話 あばかれた母の秘密

オ チ コ ボ レ の 世 迷 言

第14話 ゲンドウ、魂の座





>SYSOP

   〜 翌日。午後8時、ユートピアコロニーの某廃棄地区 〜

個人レベルでは言えば、既に潤沢な金銭を得ているゲンドウではあるが、現時点でのその立場は、あくまでも一介の工事作業員。
そして、現在、自分達が建造している各種施設を利用する一般人達がやって来るのは、来年の春以降の事。ホテルなんて上等なものは、いまだ開店すらしていない。
従って、プライベートの確保を。
ぶっちゃけて言えば、各種裏工作の計画を練る際には、他に訪れる者の無いこの寂れた地区の一角に佇む、
半壊した廃ビルの一室を利用するのが、地球から帰還後の彼の定番となっている。

   チャララララ

IFS対応のポータブルPCを立上げ、暇をみてはコツコツと行なっていた考察を再開する。
ちなみに、最近では、何か知らんが何処かの産業スパイらしいナカジマ セイジュウロウという警備兵を、
『働きに見合う対価は支払おう』&『嫌だと言うなら正体をバラすぞ』という飴とムチを駆使して二重スパイ(?)に仕立て上げる事に成功した御蔭で、
地球で色々と工作して貰っている某シスターより、リアルタイムとまではいかないものの、それなりに新鮮な情報が。
先日も、第11使徒戦が終了したとの報告があったばかりである。
それを読み解く限りでは、向こうの計画はスケジュール通り順調に進んでいる様だ。
最終的には、それを上手く流用する予定の此方としても結構な事。概ね朗報と言って良いだろう。

そんな中、ゲンドウは今、使徒娘達の動向に特に注目している。
コード707。チルドレンの生簀として選抜されたクラスに次々と転校してくる異能の能力を持った存在。
実の所、その正体が元使徒であるというのは、確証の無い、状況証拠だけが頼りの推論にすぎない。
シスターからの各種報告書でも、敢えて明言は避けられている。
だが、行間から滲み出る彼女の意図同様、彼自身もまた、その事を既に確信している。

そして、如何なる経緯を経ての擬人化かは知らないが、彼女達の戦力は驚異的なものが。
日暮ラナ、魚住ウミ、空条ミオ。そして、第一中学の生徒では無いものの、既に何度か姿を見せている雨宮カスミ。
それぞれタイプは全く違うが、いずれもが強力なライバルだ。
これに、いまだ正体の掴めていない。おそらくは、2199年サイドに組み込まれた使徒娘達が加わるかと思うと、背中を嫌な汗が伝う。

しかも、敵は使徒娘だけでは無い。
カヲリ=ファー=ハーテッドと惣流=アスカ=ラングレー。
この二人は、彼女達以上に危険な存在だ。
今となっては、レイが敵に回る可能性すら想定される。
更に、これまでノーマークだった者達とて侮れない。
山岸マユミや伊吹二尉辺りに足下を掬われる可能性も。
状況次第では、リツコや日向二尉という線もあり得る。

正に、四面楚歌。一筋縄ではいかない猛者ばかり。
安パイなのは、精々葛城作戦部長くらいのものだろう。

「問題ない」

御約束のセリフを口にして己を鼓舞した後、ポータブルPCに映し出された各々のプロフィールに目を通し、既に何度目になるか判らぬ戦力分析を。
いつものポーズをとりつつ、深く深く沈思黙考する。

ゆるキャラ、海フェチ我侭娘、なんちゃって格闘娘。そして、クーデレっぽい忍者娘。
好みの分かれるキワモノばかりだが、それぞれが常人では到達し得ない極みに達している。
流石、使徒娘と言ったところか。

そして、お嬢様とツンデレ娘。 この二人は、どちらも各種パラメータと攻略の難易度が突出して高い。とき○モで言えば、○崎詩○にあたるキャラ。
正直、彼女達が握っているイニシチアイテブ。人間関係への影響力以外は大して怖くない。
今となっては、素直クールからクーデレへと移行しつつあるレイの方が余程強敵だろう。
逆に、文学少女系メガネ娘となんちゃってロリ娘は要注意だ。
ああいう清純派気取りの腹黒キャラ達は、イザとなったら本気で何をするか判ったもんじゃない。

また、微妙な立ち位置ながら、リツコや日向二尉の存在もまた侮れない。
二人の様な立ち位置のイジラレキャラは、まずハズレが無い鉄板物。
どんな作品を観ても、常に一定の人気を博している。

そして、いずれまた現れるであろう新たな使徒娘。
彼女達が、単なる予備兵力に止まってくれる保障は何処にも無い。
その登場タイミングによっては、決して無視出来ない存在に急成長する可能性も………



その類稀なる決断力を持って、数多の問題を踏み越えてきた彼をして、俄かには答えの出せない難問だった。
だが、この数日、暇さえあれば思考の海に沈みこんでいた彼の前に、ついに一筋の光が。
その深層心理。碇ゲンドウという男の人格を形作るイドの泉より、一つの真理がサルベージされた。

「(フッ)矢張り、シンジが一番可愛い」

臆面も無くそう断言する、ゲンドウ。

「(クスッ)同感ですわ」

そして、そんな彼の呟きを肯定する声が。
見上げれば、自分一人しか居ない筈のこの部屋に、





薄汚れた廃ビルには似つかわしくない、輝く様な微笑みを浮かべた少女が立っていた。

「(コホン)こう言っては何ですが、幾らお若く見えるからといって、女子中学生の制服というのは流石に無理がありませんか? 主に実年齢的に」

「……………何方かと御間違えになっているのではありませんか? こう見えましても、私は当年とって14歳。現役の女子中学生ってことね」

らしくなく敬語を使うゲンドウと、これまたらしくない憮然とした表情を浮かべるカヲリ。
本編終了後。恙無く2016年へと年輪を重ねる事となった世界にて、橋沼○美子劇場張りなホームドラマを演じる事となるこの二人の出会いは、
そんなとってもレアな感じ始まった。




そして、その頃、件の愛憎劇の中心となるであろう人物はと言えば、今日もやっぱり厄介事に巻き込まれ中。

   ドン

鋭い助走を伴ったロンダートから後方宙返りを。
その途中で1/2捻りを入れ、更にもう一回転しようとするが、

   ドサッ

二回転目を決めるには滞空時間が足りず、腹這いの体勢で補助用のマットに叩きつけられる事に。

「イタタタ………やっぱ無理だよ、ラピスちゃん。素人が、いきなりムーンサルトなんて出来るわけないよ」

痛む身体を擦りつつ、シンジは既に何度目になるか判らない抗議の声を上げた。
そう。いくら瞑目視想によって技の要諦をコピー出来ると言っても、母体となるのはあくまでも自分の身体。
難度の低いモノマネレベルな物なら兎も角、こんな如何にもな感じの難度の高い技を再現するには、
ジャンプの為の筋力が足りない(これは拳法に要求される足腰の力とは似て非なるもの)上に、空中感覚を初めとする体操特有の経験値が絶対的に足りないのだ。
だが、桃色髪のスポンサー様は、そんな彼女の主張に耳を傾ける事無く、

「違うわ! ムーンサルトじゃなくて、ラ○ダー月面キックよ」

「いや、だから無理………」

「イイから聞く! これは、かつて体操王国と呼ばれた日本が誇るエース、塚原光男が編み出した体操技。
 当時はまだ難度がCまでしか設定されていなかった事からウルトラCと呼ばれ一世を風靡した、月面宙返りの要諦を取り入れた。
 数多のライ○ーキックの中でも最も優雅華麗な。後に、技の一号と呼ばれる事となる男の必殺技なのよ!」

と、陶酔しきった顔付きで指差すTVのモニター内では、バッタをモチーフにした緑の仮面の男が、
技の優美さよりも要求される難度を満たす事の方が重要視される今日では絶滅寸前な、後方宙返り1/2捻りを二回繰り出すタイプの。
月面宙返りというその名の由来となった、空中遊泳っぽい動きが完全再現されたムーンサルトからの、空中力学を頭から無視した。
明らかに途中で編集が入ったっぽい飛び蹴りを、ネズミ色の身体にコンドル頭をした合成獣と思しき怪人に決めている所だった。

「えっと。当時の最先端の体操技を再現するなんて、当時のアクションスタッフは優秀………」

「中の人など居ない! アレは仮○ライダー○号よ!」

「そ…それじゃあ、せめて、その1号さんと同じ様に、トランポリンを使って………」

「そんな事実は無いわ!」

取り敢えず、逆らわない形で。
相手の主張を肯定しつつ現実的な話に持ち込もうとしたシンジだったが、桃色髪の少女は、欠片もそれに応じる気が無いらしい。
それどころか、此方の話を手を振って途中で制すと、さも理解のある人物を気取ったしたり顔で、

「うんうん。この特訓がツライのは判っているわ。
 でも、逃げちゃダメ。戦わなきゃ現実と」

等と、その言葉をソックリ返したい様な事を言い出し、更には、

「だって、仕方ないじゃない。
 このあいだ木連で封切りした、映画『北斗の拳』が予想以上に大好評を博して。
 そのエンドロール後に、今回の『MAGIクエスト 〜そして伝説へ〜』の予告編が流しちゃてあるもんだから、
 向こうじゃもう、早急に発表しない事には納まりがつかない状態なのよ」

そんな、此方の退路を塞ぐ、身も蓋もないぶっちゃけ話を。
それを受け、同席していた北斗までもが、

「んでもって、例の映画の噂が地球……じゃなくて、火星の方にも伝わったとかで、向こうの政府から『真紅の羅刹は何を遊んでいるだ!』つう抗議が来たんだと。
 そんな訳で、今回は俺は出演不可。ついでに言えば、あの親父モドキとの決着は、拍子抜けと言うか龍頭蛇尾なツマランものだったからな。
 出資者(パトロン)殿の主張通り、終劇の下りは差換えた方が無難だろうて」

「……………だからって、あの人にこんなモノが当ると思いますか?」

それでも、一縷の望みを託して再度反論を。
己の師の武道家としての矜持をくすぐる、致命的な矛盾点を指摘する。
だが、北斗はそれに拘らず、

「まあ確かに、花拳繍腿(かけんしゅうたい:見た目は派手で格好良いが中身(威力)が無い技)の見本の様なモンだが、その辺は………」

と、此処で、適当な言葉が見付からなかったらしく、ムニャムニャと言葉を濁した後、唐突に傍らに居たラピスの頭を軽く撫でながら、

「(コホン)まあなんだ。それはコイツが考える事であって、オマエが気にしても仕方あるまい」

「そうそう。演出の方は任せておいて。北辰に止めを刺す必殺技を決めるこのワンシーンさえ完成すれば、後はコッチでバッチリ編集するから」

それを受け、自信満々に自分の胸を叩く、桃色髪のスポンサー様。
そのやりとりから、既に己の師が丸め込まれている事を。
ぶっちゃけ、もうこの無理難題をどんな手を使ってでも片付けるしか道が残されていない事を悟り、諦観と共に胸中にて嘆息するシンジだった。




次のページ