西暦2202年12月31日。

 二度目の蜂起を鎮圧された火星の後継者の残党達は、
 その主たる原因となったブラックサレナを駆るアキトを撃破する為の作戦に
 彼らは残りの全勢力を注ぎ込んだ。
 そしてアキトを誘き寄せる為に、火星の衛星軌道上に陣取り火星の人々を人質とした。
 今までに逃げようとした一般船は全て打ち落とされている。

 そして現在は火星衛星軌道上にてアキトと彼らの最終決戦が行われている。

 その情報はもちろん宇宙軍や統合軍に届いてはいた。

 しかし統合軍上層部は、双方が疲弊して共倒れになった所で漁夫の利を狙う為に
 火星で生活している人々の安全を省みずにこれを黙認し、
 さらに宇宙軍、特にアキトの養娘や妻であるユリカがナデシコで援護に出られない様に
 テロリストの活動に見せかけた工作を幾つも張り巡らしており、
 ネルガルに対してもエステバリスRの採用見合わせを盾に動きを封じ、
 アキトはこの絶望的な状況を、孤立無援で戦い抜かなくてはいけなかった。

 

 

 

 

 





 混沌の魂
  プロローグ

 

 

 

 

 



「あぁぁーーーーーー!!!!!!」

 アキトの咆哮と共鳴するかの様に獰猛な駆動音を響かせながら、
 ブラックサレナは次々と敵を葬っていく。
 だが、そのコクピット内にはアラームが鳴り響き、
 警告の為のウィンドウが次々と表示されている。

 ゴォォォン!!!

 いかにアキトとブラックサレナのコンビが強くとも、所詮は一体である。
 火星の後継者残党達の玉砕覚悟の人海戦術に少しずつではあるが、確実に損害を被っていく。

[外部装甲損傷率90%を突破!これ以上は爆発の危険性があります!]

 北辰の渾身の一撃をも耐え抜いた追加装甲も既にボロボロであり、
 もはやスクラップ同然になっている。

「く、この程度の事で!ギア、外部装甲強制排除!ついでにあいつらに叩き付けてやれ!」

[了解!]

 ボン!ボン!ボン!…
 
 小気味良い爆音と共に外れていく黒い装甲。
 それらは狙い違わず火星の後継者残党に当たり、その先々で盛大な爆発を起こして敵を葬る。

[外部装甲排除完了!残り敵機数約150、バッテリー残量は10分です!]

 そして中から出てきたのはあのピンクのエステバリス。

「貴様等だけでも、一緒に来て貰うぞ!!」

 そう言いながらエステバリスのリミッターを解除し、
 限界以上の機動で敵に向かって突撃していくアキトだったが、
 今までこの圧倒的な数を相手に対等に戦って来れたのはブラックサレナだからこそであり、
 いかにウリバタケ特製改造によって機体性能を向上されたエステバリスだったとしても、
 あまりに無謀な戦いだった。

[残り敵機数約60!]
[本体損傷率40%、バッテリー残量1分突破!撤退を進言します!]

「俺達は撤退出来る場所なんか無い!死ぬまで前に進み続けるまでだぁぁぁーーーー!!!」

 瞬く間に敵の数は減っていくが、それと同じように損傷していくエステバリス。
 そして無常にもバッテリーは切れようとしている。

[バッテリー残量10秒!]

[バッテリー残量 9秒!]

[バッテリー残量 8秒!]

[バッテリー残量 7秒!]

[バッテリー残量 6秒!]

[バッテリー残量 5秒!]

[バッテリー残量 4秒!]

[バッテリー残量 3秒!]

[バッテリー残量 2秒!]

[バッテリー残量 1秒!]

「これでぇ!!ラストォォォーーーーー!!!!!」

 アキトの叫びと重なる二つの兵器の発射音。

[        0!]

 ドゴォォォォーーーン!!!
 ガゴォォォォーーーン!!!


「ぐあぁぁぁーーーーー!!!!!」

 アキトの攻撃と最後の敵艦の攻撃はそれぞれに着弾し、それぞれに致命傷を与えていた。

 戦艦は動力炉か弾薬庫に引火したのか、すぐに轟音と共に爆発した。
 それに対してエステバリスの方は爆発こそしなかったものの、
 コクピットのすぐ近くに着弾し、奇しくも火星での北辰の最後の様な状況になっている。
 そう分かった時、アキトの口には自嘲の笑みが浮かんでいた。

「ぐぅ、ぐぼ…。北辰…、やはり俺も貴様と同じ様に、無様な死に方がお似合いらしい。」

 そう言ってバイザーに触れるアキト。

「ユリカ、ルリちゃん。
 やっぱり俺は変わったんだよ。」

 バイザーの下から覗く二つの瞳は、もう二度と光を写す事は無い。

「ラピス。
 幸せになってくれな。」

 呟きながらバイザーを外し、手探りで胸ポケットにしまってあった物を取り出す。
 それは蒼い輝きを放つ不思議な石、CC。

「父さん、母さん。」

 始めはテロによるものだと信じていた両親の死。
 アキトがナデシコに乗れた原因の一つ。
 自分やユリカ、火星の大勢の仲間達が狙われた原因。

「全てはボソンジャンプから始まった。
 そして、最後もやはりボソンジャンプで、か…。」

 アキトの呟きに呼応するかの様にCCからは光が溢れ出す。
 そしてそれはアキトをも包み始める。

「フッ、ここまで手の込んだ皮肉もないだろうに…。」

 そう言ったアキトの顔に狂気や復讐の炎は無く、
 そこにあるのはただ柔和な笑顔だけだった。

「漸く、逝けるんだな。
 みんな…、さよなら。」

 その時アキトは五感補助用のリンクを切っていたので、
 ボソン粒子の光の色が変わった事に気付かなかった。
 その光は紅い、血のような色だった。

 そしてコクピット内に満ちていた光は消え、
 代わりに炎が煌々と煌いていた。

 そのすぐ後にナデシコCがその場にボソンジャンプで到着するが、
 回収された機体のコックピットの残骸からは致死量の血痕が発見され、
 その報は宇宙軍に届けられた。

 『テンカワアキト、死亡の線は濃厚』

 数日後、各新聞の一面はその話題で持ち切りになり、
 火星の後継者残党の所業は小さく三面に載っただけだった。
 もちろんそれを統合軍や地球政府が黙認した事は知られず、
 これを機会に地球政府は臨時火星政府の危機管理能力を批判し、
 その実権を手中に収め様としたが、1週間も経っていないある日、
 統合軍上層部や地球政府官僚のスキャンダルと、
 火星の人々を見殺しにした事が各メディアに一斉に流出した為、
 それどころではなくなってしまった。

 これに関して犯人である二人組みは、

「いい気味です。これでもまだ全然やり足らないんですけどね。」

「アノヒトヲコロシタノハオマエタチダ。コンナノハヌルスギルンダカラネ!」

 との絶対零度な感じで犯行声明を出したそうな…。

 某ネルガル会長は、

「いやぁ、協力しないと僕のプライベートファイルを全部公開するって言われちゃってねぇ…。」

 そう言った後に何者かによって襲撃され現在病院で療養中である。
 因みにお仕事はベットの上でやらされている。
 夜には時折呻き声を上げているそうだ。

 

 

 

 

 



 後半へ