ネオロシア領事館にあてがわれた個室の中、リョーコは静かに立っていた。

 サブロウタの配慮か、豪華と言うほどではないがかなりの整った調度と広さを持つ部屋である。

 少なくともアキトの起居しているジャンクの一室や、舞歌が下宿している僧房よりはいい部屋だ。

 無論、調度がどうあれ実質は牢獄でしかないのだが。

 

 濃緑と茶の色彩で固められた、飾り気や洒落っ気といった物が全くない厚手のシャツとズボン、無造作に羽織ったベスト。

 体にフィットしたそれは、女性らしい体のラインを適度に浮き上がらせている。

 囚人である事を表す両手首の鉄枷と首の黒いバンドを気にしなければ、

 ある意味その服装は身に付けた人間の飾り気ない魅力を引き出していると言えたかもしれない。

 

 ランバーナデシコとの激闘から既に三日。

 医療用ナノマシンを駆使した医療により、手足の怪我も既に完治していた。

 

 胸の前で両拳を合わせ、軽く気合を入れる。

 かすかな光が拳の合わせ目から漏れると共に、花瓶などの小物がカタカタと揺れ始める。

 震動がベッドを小刻みに揺らし、窓の強化ガラスを震わせる位になった所で

 リョーコが溜めていた息を吐き出し、合わせていた両拳を開く。

 始まった時と同じく唐突に、部屋は静けさを取り戻した。

 

 かすかに満足げな微笑を浮かべ、リョーコが己の両拳を見下ろす。

 ガイアクラッシャー。

 「気」により生み出された震動を媒介として大地を操り、敵を食らい尽くす大技。

 だがこの技が何より恐ろしいのは例え一撃で仕留められなくとも、

 動きを封じられて機動力と攻撃力を失った敵は反撃も回避もできないまま

 甘んじてとどめを受けるしかない、という点にある。

 いや、むしろ動きを封じてしまうことこそがこの技の最大の目的だと言ってもいい。

 初披露の相手がアキトではなくヒサミになったのは予定外だったが、

 あれだけのバッドコンディションの中でも技を完璧にコントロールできたのは満足すべき結果と言える。

 これならば、アキト相手にも互角以上の戦いをする事が出来るはずだ。

 

 と、リョーコが迫るアキトとの戦いに思いをやったその時。

 突然、周囲の風景が暗転した。

 

「なっ!?」

 

 上下左右360度の漆黒の空間にきらめく星々。

 全く唐突に、リョーコは宇宙空間の只中を漂っている。

 一瞬驚きはしたものの、すぐにリョーコは冷静に周囲の状況を分析した。

 足元には固い床の感触がある。重力も感じる。

 ごく僅かな空気の流れもここが一瞬前まで自分がいた部屋の中だと言うことを証明している。

 間違いない。これは立体映像だ。だがなんの為に?

 

 そこまで考えたとき、宇宙に変化が生じた。

 前方から自分目掛けてかなりのスピードで接近してくる物がある。

 そのずんぐりした無骨なシルエットにリョーコは見覚えがあった。

 「現役」時代に何度か襲撃した覚えがある。

 

「ネオロシアの・・・・軍用輸送船か?」

 

 一体何の真似だ、と思う暇もなく一直線に、更に加速した輸送船はリョーコに正面衝突する。

 

 場面が切り替わった。

 

 じめじめした、碌に掃除もしていなさそうな薄暗い一角。

 通路の両脇にえんえんと続く天井から床まで延びた重い鉄格子。

 その中はシミだらけの床、備え付けの板のようなベッド、小汚い壷のような便器。

 そして厳重な電磁ロック。

 そこはあらゆる意味で本当の牢獄だった。

 囚人服を着た、十代半ばから五十過ぎまで様々な年齢の男女が数十人、

 数人ごとに分けられて鉄格子の中に押し込められている。

 覇気を失い、うなだれ、疲れ切った顔、顔、顔。

 そして、そのいずれもがリョーコの覚えのあるもの・・・・

 かつて自らが率いた宇宙海賊「赤い獅子」のメンバーであった。

 

「ヒカル・・・イズミ・・・ミナトさん!」

 

 忘れもしない、仲間一人一人の名前をリョーコが呼ぶ。

 殆どは海賊船で生まれ育ったリョーコの生まれた時からの顔馴染み・・・・

 既に縁者のいない彼女にとっては家族とも言える人間たちだ。

 

「ヤス! トウジ! コウヘイ! クニオさん! カズッ!」

 

 だが無論のこと立体映像はその呼びかけに応えず、

 それどころかその名を呼ぶたびに一人、また一人と仲間は消えて行く。

 最後の一人が消えた時、食いしばったその奥歯がぎしり、と鳴った。

 俯いた顔を上げ、すうっ、と深く息を吸う。

 直後、大使館その物を震わせるような怒声が響いた。

 

「ふざけた真似してんじゃねぇ!

 さっさとこの下らねえシロモノを消しやがれっ!」

 

 映像が消えた。

 しばしの間を置いてドアを開き、元通りに戻った室内に入ってきたのはやはりサブロウタであった。

 だが、普段は軽薄な笑みを浮かべて何やかやと話し掛けて来るこの男が、

 今日に限ってはリョーコと目を合わそうとはしない。

 

「てめえサブ! こいつぁ何のつもりだ・・・・・今日という今日は見損なったぞ!」

「言うなっ! 俺だってっ!・・・・・・

 いや、頼む。言わないでくれ」

 

 一瞬リョーコのほうに向き直って激昂を見せた後、打って変わって意気消沈したサブロウタに、

 不服そうな表情は崩さぬもののリョーコがとりあえず口をつぐむ。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・よぉ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「何とか言えよ、おい。その為に来たんだろう?」

「・・・・・・・・・本国からの命令だ。キミの戦闘意欲を掻き立てるために仲間の立体映像を映せってさ」

 

 リョーコの眉が訝しげに寄せられた。

 

「今更何を言ってやがる?」

「おそらく・・・・・・原因はキミの次の対戦カードだ」

 

 ふん、と鼻を鳴らしてリョーコがサブロウタを睨みつける。

 

「わかんねぇよ。回りくどい喋りかたしてねぇではっきり言いやがれ」

 

 再び、サブロウタが口篭もる。

 その様子は事実をリョーコに告げるか否かと逡巡していると言うより、

 自分自身を落ちつかせているかのように見えた。

 

「テンカワアキト・・・ゴッドナデシコとネオジャパンは

 今現在間違いなくこの決勝大会で注目度ナンバーワンのファイターであり、国だ」

「そりゃ全勝優勝なんて法螺を吹けば、注目も浴びるだろうよ」

「まぁね」

 

 何をわかりきった事を、とでも言うようにリョーコが肩をすくめる。

 苦笑しながらサブロウタが後を続けた。

 

「開会式、世界の目が集まる中での全勝宣言。

 優勝候補筆頭と言われたゼウスナデシコを鮮やかに破り、

 同じく全勝街道を突っ走っていたノーベルナデシコを倒し、

 そして決勝リーグが後半に差し掛かった今もなお、

 いずれも優勝候補の一角と謳われるシャッフル同盟の三人までと対戦しながら宣言通り全勝し続けている。

 こう言う状況の中で『ゴッドナデシコに勝つ』という結果それ自体に重みが増しつつあるんだ」

 

 勿論できたらの話だけどね、とサブロウタが肩をすくめる。

 黙って聞いていたリョーコの目が僅かに細められた。

 

「・・・・・・・・・・つまり?」

「つまり、ゴッドナデシコを破ったファイターと、ファイターの国は一躍脚光を浴びるって事さ。

 ナデシコファイトはあくまでも国家間の代替戦争だ。

 国家の代表であるナデシコファイターが活躍すれば国家その物の権威も上がる、発言力も増す。

 そして今現在、『ゴッドに勝った』という事実は間違いなく優勝に次ぐインパクトを持つ」

 

「じゃあ、何か」

 

 すう、と部屋の気温が下がったような気がした。

 半目になったリョーコの、その声が低い。

 

「俺があんなモンを見せられたのは、国家のメンツだかなんだかの為か」

「どちらかと言えば権益の為だろうな。

 ナデシコファイトでの実績はかなり直接的にコロニー連合内での発言権に反映される。

 準優勝や勝ち点と言った明確な物でなくても、強く印象付けられればそれだけで・・・」

同じ事だ馬鹿野郎っ!

 ああ、確かに戦闘意欲は掻き立てられたぜ。

 ネオロシアのお偉いさんの首をねじ切ってやりたいくらいにな!」

 

 ぱしん! とリョーコが拳と手の平を打ち合わせる。

 その牙を剥き出しにしたオオカミのような顔を見、サブロウタが疲れたような、弱々しい笑みを浮かべる。

 溜息をついたその体が一回り小さく見えたような気がした。

 

「御免よ、リョーコちゃん」

 

 ぽつり、と漏れたその言葉に・・・というよりそこに含まれた頼りなさにリョーコが呆気に取られた。

 思いがけない不意打ちに、たった今まで感じていた激怒も忘れて

 どもりながらオウム返しに聞き返す。

 

「な・・・・なんだよいきなり」

「自分がさ、情けなくってさ」

 

 再び、サブロウタが弱々しく微笑った。

 

「情けないよなぁ。普段やりたいようにやっているとイキがってみた所で、結局は国家の飼い犬。

 こんな、反吐の出るような命令にだって最後は従っちまう。本当、情けなくってさ」

 

 ちっぽけな「個人」など平気で踏みにじるような命令に対する、はらわたの煮え繰り返るような怒り。

 それでもその命令に従うしかない無力感。

 そしてリョーコに対する済まなさが同時に彼を責め苛んでいた。

 

「まぁ、ね。軍とか国とか。そんなシロモノに正義なんてないって事はさ。

 分かっちゃいたはずなんだけどね。昔・・・・・一遍こっぴどく思い知らされてさ。

 それでもさ、まだ、どっかですがってたのかもな。信じてた国家とか正義とかってヤツに」

 

 無言のまま、唇を引き結んでリョーコはサブロウタの独白を聞いている。

 リョーコは海賊の頭領の子として、生まれた時から海賊だった。

 先代の頭領である父親は軍人崩れで、荒っぽい所はあったが筋はキッチリ通す男だった。

 男も女も荒くればかりではあったが連帯感の強い、家族同然のコミュニティの中で生きてきた。

 それはあくまで「仲間」であり、そこに上下関係はあっても必ず信頼と互いへの敬意があった。

 信じていた誰か、何かに裏切られた経験もない。

 仲間は常にリョーコに誠実だったし、リョーコも仲間に誠実だった。

 彼女には揺るぎ無い信じるべきものがあった・・・いや、今でもそれは確かにあるのだ。

 リョーコがナデシコファイトを戦うのは、まさにその絆の為なのだから。

 

 だから、何も言うことが出来ない。言えると思うなら、それは傲慢に他ならないだろう。

 

「悪い、愚痴聞かせちまったな。俺よりリョーコちゃんのほうがよっぽど辛いってのにさ」

 

 それでも、何か言わなければいけないと思った。

 こんなサブロウタを見たのは初めてだった。

 喪家の狗。

 そんな言葉が頭の隅をよぎる。

 もう死んでしまったが、『赤い獅子』でも一番の物知りだった航海士の爺さんが

 子供の頃リョーコに聞かせてくれた話の中で、そんな事を教えてもらったような覚えがある。

 意味はよく覚えてないが、今のサブロウタの様子を表すのにこれほど相応しい言葉もないような気がした。

 

 普段はいかにも軟弱に見えて、しかし打たれても押されても、しなって決して折れない男なのだ。

 だが今のサブロウタは一押しでぽっきりと行ってしまいそうに見えて、

 普段は絶対口にしないような安っぽい慰めが思わず口を突いて出た。

 

「ンなこたぁねぇよ。俺にはわからない事かも知れねぇけど、その、誰だって辛い時はあるだろ?

 でさ、なんでも話しちまえば楽になるって言うじゃねぇか?

 何でもいいからさ。

 ほらさ、酒でも飲んで愚痴ってればそれだけで気が軽くなるッつぅかその、・・・・・・・・・・・」

 

 自分でもよくわからないことを夢中で喋っていたリョーコが、ふと我に帰る。

 ぽかん、と呆気に取られたサブロウタの顔が目の前にあった。

 

「・・・・・・・えーと」

 

 数十秒ほど、空白があった。

 ようやく再起動し、何故か慌てるリョーコが何か言いかけて、

 それより一瞬早く我に返ったサブロウタがにやり、とその機先を制する。

 

「じゃあ今度酒と愚痴に付き合ってもらおうかな」

「え? ちょ、ちょっと待てコラ!」

 

 思わぬ成り行きに泡を食い、リョーコが反論しようとする。

 片手で拝む様な仕草をしつつ、サブロウタがウインクしながらその反論を封じた。

 

「話せば楽になるんだろう? ・・・・・・・ってことで協力お願いしますよ」

「・・・・・・・・ぐ」

 

 じゃ、明日にでも誘いに来るから。

 などと言いつつ、入ってきたときとは裏腹の、スキップでもしそうな軽い足取りと表情でサブロウタが出てゆく。

 後にはひとり、憮然とした顔のリョーコだけが残されていた。

 罪のない絨毯を踏みにじり、忌々しげに呟く。

 

「くそっ! 人の同情につけこむなんざ何て野郎だ! まんまと一杯食ったぜ!」

 

 どう考えても自ら墓穴を掘った以外の何物でもないと思うのだが。

 

 

 

 

 

 ファイトまで後三日と言う日。

 この日の朝一番の便で地球に降りてくるルリを出迎えるべく、

 アキト、ガイ、そしてハーリーとエリナはネオホンコン新啓徳宇宙港にいた。

 アキトは唯一の肉親(一応親権者でもある)として、

 ガイは一応冷凍睡眠から蘇生して間もない体であるルリの医療責任者として、

 エリナはルリの身柄に関する公的な監督責任者として、

 そしてハーリーは単なるおまけとして。

 実際、ハーリーがルリを出迎えなくてはならない必然性が何かある訳ではないのだが、

 そこはそれ、少年の純情と言う奴である。

 

 

 旅行者やビジネスマン、それを見送る、あるいは出迎える人々などの周囲の好奇の視線もものともせず、

 (アキトはこのネオホンコンにおいては一級の有名人だ)

 アキトはうろうろと歩きまわり、足を踏み鳴らし、一分ごとに時計を確かめては他の三人を呆れさせていた。

 事情を知らない人が見れば、檻の中の野生動物の様だと言ったかもしれない。

 実際言われていたが。

 

 ルリが地球に降りてくる。

 会える。

 ようやく会える。

 凍り付いた彫像ではなく、血の通った、生身の妹にやっと会える。

 今にも爆発しそうな期待と歓喜がアキトの肉体にはちきれんばかりに躍り、

 精神が殆ど躁状態と言っていいくらい高揚している。

 

 まぁ要するに、傍から見れば「足が地に付いていない」の一言で片付けられるような状態ではある。

 ガイは苦笑しながら、エリナも少々呆れながらも微笑ましげにそれを見ていた。

 ハーリーはそんなアキトに呆れていたかと思うと、無言のまま何やらいきなり頬を赤らめたりしている。

 これはこれで初々しいと言えなくもない。

 

 

 とは言え、彼らは臨戦態勢を整えるファイターとそのクルーでもある。

 雑談で時間を潰している内に自然、話は数日後に控えるリョーコとのファイトに移っていった。

 話題が話題だけにそれぞれの表情もまじめなものになってゆく。

 

「で、正直な話今のスバル・リョーコはどのくらいの脅威なの?」

 

 かなり真剣な表情でエリナが口火を切る。

 先日のファイトでリョーコの放ったあの技が余程の衝撃だったのか、

 その声にはかすかに焦りすら感じられた。

 

「どのくらい、と言われてもなぁ・・・・・」

「強敵なのは間違いねぇよな。ぱっと見じゃそうそう勝てる気がしないって言うか・・・・

 つっても、ここ最近はそんなのばっかだけどな」

「違いない。ナオさんにユリカに舞歌さん・・・我ながらよく勝ち続けたもんだ」

 

 肩をすくめたガイの言い草にアキトが苦笑を洩らす。

 

「あのね。笑ってる場合じゃないでしょう、もう」

「そう言われてもな」

「・・・・・・あの、エリナ委員長はアキトさんがリョーコさんの技を攻略できるかとか、

 そう言うことを聞きたいんじゃないかと思いますけど・・・・」

 

 尖るエリナと眉根を寄せるアキトを見かね、ハーリーが助け舟を出す。

 どうやら当たりだった様で、エリナの表情が少し明るくなった。

 

「そうそう、そう言うこと。取合えず、あのガイアクラッシャーという技を攻略できるのかどうか聞きたいわね。

 あなた、今回に限っては何の特訓も対策もしてないんですって?」

「ああ。あの技を破るのはまず不可能だからな」

 

 あまりにもあっさりと断言され、エリナが一瞬言葉を失った。

 そのこわばった肩が、次のアキトの言葉を聞いてがっくり落ちる。

 

「破る必要はない。躱せばいいんだ」

「・・・・あのねぇ」

 

 脱力したエリナを気にも止めず(というか気付きもせず)、アキトが説明を続ける。

 

「リョーコちゃんのあれ・・・ガイアクラッシャーは確かにとてつもない大技だけど、

 逆に言えば大技だけにそうそう当たる技じゃない。特に一回見せてしまった後ではね。

 まぁそれでも怖い技には違いないなんだけど・・・・・リョーコちゃんの本当に怖い所はむしろ別にある」

 

 そこまで一気に喋ったアキトが一息つく。

 見ればハーリーとエリナは真剣に聞き入り、ガイは顔に難しい表情を浮かべていた。

 おそらく、アキトの言いたい事に薄々ながらも気が付いていたのだろう。

 

「そうだな・・・・・・・リョーコちゃんと最初に生身で立ち会った時、俺は全力の正拳突きを放った」

「リョーコちゃんは避けなかった。避ける必要がなかったんだ。

 みぞおちを正確に抉ったにもかかわらず、俺のパンチは全く効いてなかった。

 逆に俺は急所への一撃で意識を刈り取られてしまった。

 ナデシコファイトの時も同じだ。

 俺の正拳を顔面で受け止め、なんらダメージを残さないタフネス。

 俺の腕を一瞬でへし折ったパワー。

 その、化物じみたパワーとタフネスが更に鍛え上げられている。

 俺にとって本当に恐ろしいのはそこなんだ」

「あのー」

「ええと、つまり、基本スペックそのものが脅威であると言うことですか?」

「ん〜、まぁそう言っても構わないかな」

 

 ハーリーの技術者らしい表現に首を傾げつつもアキトが肯定を返す。

 

「むう。柔よく剛を制すと行きたい所だけどな」

「剛よく柔を断つとも言うぞ。実際バン・ヒサミとのファイトはそのものだっただろう。

 バン・ヒサミの寝技・組み技の技術は間違いなく俺より上だ。

 あれで押さえ切れなかったパワーを技で封じる自信はないな」

「もしもし」

 

 傍から聞こえてきた声を無意識の内に片手で追い払いつつ、ガイが更に疑問を投げかける。

 

「じゃあ、スピードか?それでもいつかは捕まるぞ。捕まる前にリョーコちゃんを倒す、その自信はあるのか?」

「ああ、問題はそこだ。結局の所リョーコちゃんも俺もインファイターだ。自然、接近しての戦いが中心になる。

 間合いを取っての打撃戦に持ち込むにしろ、あっちが本気で組みに来たらいつまでも躱しきれる物じゃない」

「じゃあどうするのよ。バンザイ突撃でも掛ける?」

「しませんよ」

「じゃあどうするのよ」

 

 苦笑しつつ、ぱたぱたと手を振ってアキトがそれを否定するのをエリナが上目遣いに睨む。

 心なしか頬を膨らませているようにも見えた。

 

「兄さんには何か策は無いんですか? それとも相手の出方の予想とか」

「あったらとっくに言ってる」

「あの、ハーリー君?」

「そうは言ってもそれこそ何も考えずに突っ込む訳にはいかないんでしょう?

 本当に何も思いつかないんですか?」

「ガイアクラッシャー対策ならまだどうにかなるけどなぁ・・・・・

 相手の腕力とタフネスに対策なんざ立てられるかよ。

 ジョンブルナデシコ並の火力があるならともかく、ゴッドに装備されてる程度の飛道具で倒せる相手じゃなし、

 あれに対抗できる程のウェイトの増量となりゃ数ヶ月はかかる。

 正直、こっちでやれる事は・・・・・・」

「人が話し掛けてるんだから返事位して下さいっ!」

 

 真後ろから浴びせられた突然の怒声に、ガイとハーリーが同時にびくっ、と背筋を伸ばした。

 兄弟だけあって妙な所でそっくりである。

 

「さっきから話し掛けてるのに誰も気がついてくれないし、ガイさんに至っては私を追い払うし。

 本当にガイさんもハーリーくんも、何かに熱中すると他の事が見えなくなるんですから」

「わ、悪ィ」

「ご、ごめんなさい・・・え?」

 

 ガイやハーリーが調子にのって騒ぎ、怒られ、謝る。

 十年もの間、随分と慣れ親しんだお馴染みのパターンであった。

 だから二人は一瞬気が付かなかったのかもしれない。

 彼らを叱っている懐かしい声の主が誰か、という当たり前の事に。

 

 顔を上げた二人の目の前。そこに、白銀の妖精が立っていた。

 

 

「ルリちゃん。ルリちゃんだよね」

 

 アキトの声が震えていた。

 ガイとハーリーを押しのけるようにして一歩、踏み出す。

 こくり、とルリが頷く。

 言いたい事は沢山あった。伝えたい気持ちもあった。けれど言葉が出てこない。

 その代わりに目から熱いものが吹き出してこようとしている。

 久しぶりに会うのに。

 こんなじゃアキトさんに心配かけちゃう。

 笑わないと。

 笑顔を見せて、安心させないと。

 そんなルリの努力にもかかわらず、既にその瞳は潤み始めていた。

 

 一歩、また一歩とアキトが踏み出す度に二人の距離が縮まる。

 二人の間を隔てていた氷の壁と、無数の見えざる障壁は既にない。

 もう、手を伸ばせば届く。

 その頬に触れ、その手を握り締める事もできる。

 この一年、待ちに待った瞬間が目の前にまで来ているのだ。

 

 二人の距離が、息が触れ合うほどに近づいた。

 ルリと視線の高さを合わせるように膝を折り、ゆっくりとルリをその両腕で押し包む。

 強く強く、抱きしめる。ルリの息が苦しくなるほどに、強く、狂おしく。

 

「ルリちゃん・・・・・・・・っ!」

 

 それだけを絞り出し、もう後は言葉にならなかった。

 ただ、妹を抱きしめて男泣きに泣く。

 

「・・・・苦しいです。アキトさん」

 

 そう言いながらも、ルリの双眸に涙が溢れる。

 そしてそれはすぐに、嗚咽となって零れ落ちた。

 アキトの肩に顔を埋め、切れ切れの涙声でむせび泣く。

 

 震えながらアキトがルリを抱きしめ、泣きじゃくりながらルリがアキトにしがみつく。

 もう、決して放すまいと。

 

「アキトさん・・・・・・アキトさぁん!」

 

 

 

 

 

 ルリの護衛(兼監視)との事務的なあれこれを手早く済ませたエリナがアキト達の方に戻って来た。

 ガイが盛大に鼻を啜り上げている。ハーリーは嬉しそうな表情をしながらもどこか複雑そうだった。

 見守る三人の前でゆっくりと、二人が身を離す。

 どちらからともなく、照れ臭そうに笑みを浮かべる。

 さすがに少し恥ずかしかったのかもしれない。

 

「その、取り乱してすみませんでした」

 

 涙のあとを拭い、ルリが軽く頭を下げる。

 アキトは照れ隠しのつもりか、その後ろで頭をぼりぼりと掻いていた。

 頭を上げたところで、ようやくルリはガイとハーリーの横に立つ見慣れない女性に気がついたらしい。

 

「ええと、そちらの方は?」

「エリナ・キンジョウ・ウォンよ。ネオジャパンナデシコファイト委員会の責任者兼あなたの監督責任者。

 平たく言うとあなたのお兄さんとあなたの面倒を見る人ね。何かあったら私に言って頂戴」

「はい。よろしくお願いします、ウォン委員長」

「エリナでいいわよ、ホシノ・ルリ」

「わかりました、エリナ委員長」

「エリナでいいってば」

 

 ぼぉっ、とルリを見ていた・・・というか見とれていたハーリーの背中をとん、とガイが押した。

 たたらを踏んで一歩前に出たハーリーと、振り向いたルリの目が合う。

 ルリの瞳が懐かしそうに細められた。

 

「お久しぶりですね、ハーリー君」

「は、はいっ! あ、あの・・・・」

「なんですか?」

「あの・・・あのっ」

 

 ようやくルリに話し掛けてもらったと言うのに、すっかりハーリーは上がってしまっていた。

 言いたい事は山ほどあるのに、先ほどのルリ以上に言葉が空回りしてしまっている。

 そんな弟を見かねたか、ガイがえへん、と咳払いをしてルリの肩をつついた。

 

「あ〜、ルリちゃん」

 

 ん? と言うように首を傾げ、ルリがガイを見上げた。(この二人の身長差は40cm近い)

 

「その、さ。俺が言うのもなんだけどな、ハーリーの奴もルリちゃんを助け出す為に色々と骨を折ってたんだ。

 褒めてやってくれよ」

「そうでしたか・・・・ハーリー君、ありがとうございます」

「いえ、その、ル、ルリさんの為なら僕は・・その、僕はルリさんにそう言って貰えるだけで嬉しいです!」

 

 ハーリーの余りの素直と言うか、ストレートさに困ったようにルリが微笑む。

 残りの三人はと言えば、顔を見合わせて苦笑していた。

 

 

 

 

 

 この一年どうしていたかとか、ハーリーの設計したシャイニングやゴッドはどうだとか、

 あるいは子供の頃ピクニックに行った先でハーリーが蜂の巣を落し、兄やアキト共々追い掛けまわされたとか、

 感激の対面も終わって久々に四人の間でたわいもない話に花が咲いている。

 かつて、その輪の中にいた人間の分を補おうとしているかのように、その様子はとても賑やかだった。

 

 なんとなく置いてけぼりにされる形になったエリナが、手持ち無沙汰な様子でそれを眺めている。

 しばらくの間そうしている内に、会話にちょっとした特徴がある事に気が付く。

 アキトと受け答えをしてるときだけ、ごくわずかにルリの声が弾んでいるのだ。

 揃いも揃ってにぶちんの男どもは全く気がついていないようではあるが。

 また、ハーリーやガイに話しかけられれば答えるが、

 ルリの方か能動的に話を振るのはしばしばアキトに対してであるようだった。

 ふむ、と考え込んだ後、おもむろにエリナがガイとハーリーの肩を叩く。

 

「ほら、ガイ君ハーリー君。私達は領事館で片付けなけりゃならない用事があるでしょ。そろそろ帰るわよ」

「え? 用事ってそんなの知りませんよ? 第一さっきまで何も言ってなかったじゃないですか」

「今思い出したのよ」

「ん〜? ンなのあったか?」

「あるの!」

 

 アキトやルリに聞こえないように小声で、

 だが有無を言わせぬ調子で断言したエリナの鋭い視線が困惑するガイに叩きつけられる。

 (ちなみに、上手く割り込んでアキトからは顔が見えないポジションをキープしている)

 言うまでもなく、先に諦めたのはガイの方だった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・まぁ、仕事じゃしょうがねえか」

「ハーリー君もね」

「えぇ? そこまで急ぐような仕事は今はなかった筈でしょう」

「あるの。私が言ってるんだから間違いないわ」

「えっと・・・じゃあ、手続きとかもあるでしょうからルリさんも一緒に」

「別に明日でもいいわよ、そんなの。

 彼女は疲れてるんだから、今日はゆっくり休んでもらったほうがいいわね」

「じゃあ領事館でゆっくりと」

「ホシノルリには別にホテルが取ってあるわ」

「案内が必要では」

「タクシーという便利なものがあるでしょう」

「誰か側に付いてないと」

「アキト君以上に頼りになるボディガードがいたら教えて欲しいわね」

「僕、今日は有休使ってるんですけど」

「その内代休上げるわよ・・・・・・・・・・・何時になるかは知らないけどね」

 

 必死に繰り出した連続攻撃をことごとくブロックされ、ハーリーが泣きそうな顔になる。

 

「えぇと、その、じゃあ」

「往生際が悪いわね、男の子でしょ。・・・・ガイ君、いいから引っ張って来て頂戴」

「へ〜いへい。おら、行くぞハーリー」

「まだほんの少ししかお話してないのに・・・」

「諦めろ、ハーリー。明日になりゃまた会えるだろうが」

「うう・・・・日程調整して今日有休取ったのにぃ・・・・・」

 

 半ば小脇に抱えられるようにして、ハーリーが連行されてゆく。

 それを横目に見て、エリナがアキトとルリの方に向き直った。

 

「そう言うわけで、ちょっと片付けなくちゃならない仕事が入ったの。

 手続きとかは明日領事館の方に来てくれればいいから」

「はぁ」

 

 展開についていけず、ルリが呆気に取られている。

 後ろのアキトも似たような物だが。

 

「ペニンシュラ・ネオホンコンのガーデンスイートを取ってあるわ。

 お兄さんの下宿で泊まってもいいけど、護衛の都合もあるからその時は領事館に連絡を頂戴ね」

「え、ええ。わかりました」

「久しぶりなんだから、ね。今日は一日、兄妹水入らずでゆっくりしてるといいわ」

 

 にっこりと、満更営業用でもない笑顔でエリナがルリに微笑みかける。

 ルリがぺこり、と頭を下げた。

 

「なあ、エリナ」

「何?」

「気遣ってくれるのはありがたいんだが、ファイトはあと三日後だぞ?」

「さっき言ってたじゃない。具体的な特訓案とかがあるわけじゃないんでしょ?

 なら体と心の疲れを取るのも仕事のうち、と思いなさいな」

 

 それじゃ、と手を上げてエリナが身を翻し、歩み去る。

 はぁ、とか、ああ、とか、アキトとルリがぼんやりとした返事でそれを見送った。

 

 

 

(・・・・これでアキト君の好感度アップ・・・・したかしらねぇ?)

 

 歩み去りつつ、エリナはかすかに眉根を寄せていた。

 形としてはアキトと、特にルリに気を利かせて二人きりにした訳だし、実際そう言う気持ちもあるのだが、

 それとは別にアキトへのアピールという恋する乙女の打算も当然働いてはいる。

 だから他の二人(当然この連中がルリの事まで気が回るはずもない)を一緒に引っ張ってきたのだが、

 果たしてルリはともかくアキトは自分の気配りに気がついてくれただろうか?

 一抹の、と言うにはやや大きめの不安はエリナの脳裏から消える事はなかった。

 

「ううう、ルリさ〜〜〜ん」

 

 その前方100mほど、ずるずると兄に引きずられていきながらハーリーが名残惜しげに・・・というか未練がましくルリを見ている。

 残念ながらルリがその視線に気がつく事は、もちろんなかったが。

 

 

 

 

 

「で、どうしましょう」

「どうしようか」

 

 てっきりトイレに行くにも監視付きと言うくらいの態のいい軟禁状態でデータの解析をさせられる、

 と思っていただけに、こう言う展開は完全に予想外だった。

 アキトの方もファイト直前に「特別休暇」を貰うとは思ってもみなかったので

 嬉しいと言うよりはむしろ戸惑いが先に立ってしまう。

 

「その」

「ん?」

「せっかくお休みを頂いたんですし、ネオホンコンを案内してくれませんか、アキトさん?」

「それはいいけど・・・・・名所とかほとんど知らないよ?」

「構いません。アキトさんのお休みでもあるんですから、アキトさんの行きたい所に行って下さい」

 

 ね? とルリが微笑んだ。

 

 

 

 ルリに言われ、思いつくままに時々出歩いているネオホンコンの繁華街や下町、

 ディアやブロスに教えてもらった名所などを案内していたアキトであったが、

 一人の時に比べてどうにも違和感と言うか、肌にまとわりつくようなむず痒さを感じていた。

 

 理由は簡単だ。

 とにかくルリは目立つ。

 青白い月の光から削り出したような銀髪に、自然には有り得ない神秘的な金の瞳、白磁よりなお白くすべらかな肌。

 もとより幻想的なまでの容貌を備えている少女なのである。

 アジア系が八割以上を占めるネオホンコンにおいては目立つ事尚更だ。

 そのルリが空港からこの方ずっとアキトの右腕にしがみついている為、

 アキトも否応無しに奇異と羨望と嫉妬と敵意の眼差しを向けられる羽目になっていた。

 それでもルリのほうがひどく楽しそうにしているため、アキトとしては何も言えない。

 ただ傍らの少女に聞こえないよう、心の中で溜息をつくばかりだ。

 

(・・・・・ルリちゃんって、こんなに俺にべったりだったかなぁ)

 

 実の所、オオサキ家で暮らしていた時は自分以上にアキトべったりなアイがいたので

 年長者としては余りアキトにベタベタするわけにはいかなかった・・・というあたりが真相のようである。

 まぁそれはともかく。

 ショッピング客で賑わうセントラル地区の目抜き通りで、

 それぞれ別の意味で目立つ二組のカップル(?)がばったりと顔を合わせた。

 かたや、幸せそうにアキトの腕にしがみつくルリとある意味なすがままのアキト。

 かたや、仏頂面のリョーコとブランド名の入った紙袋と箱を抱えたサブロウタ。

 

「て、てててててってんかわっ!?」

「リョーコちゃんにサブロウタ?」

「・・・・おや、ウチとのファイトがすぐそこまで来てるのにデートとは余裕だねぇ」

「デートって・・・・・・そんなんじゃないって。

 お前こそ女の買い物に付き合わされているようにしか見えないぞ」

 

 コバンザメの如く、脇に張り付いているルリをちらりと見ながらアキトが苦笑する。

 真っ赤になったリョーコが、慌ててしどろもどろに弁解する。

 

「ち、違うんだよ! これはサブロウタの謀略に引っかかってだなぁ・・・」

「謀略?」

「あー、謀略ってのはひどくない? ちなみにこっちも付き合わされているわけじゃない、と言っておこうか」

「だったらファイト直前のファイターと街を歩いている上にプレゼントの山を抱えてるのはなんなんだ」

「そいつは企業秘密さ。

 けど、君だって傍から見ると年端の行かぬ少女をたぶらかす悪い男にしか見えないよ?

 しかもいつものメティ君じゃなくて、別の美少女とだ。何と言うか・・・・・流石だねぇ」

 

 ニヤリ、と笑うサブロウタ。

 

「ちょっと待て。人聞きの悪いことを言うんじゃない!」

「そうですね。アキトさんは昔から女性には人気がありましたから」

 

 絶妙のタイミングで挿入されたルリの呟きがアキトの反論を封じる。

 さもありなん、とサブロウタが大仰に頷いた。

 

「ところでどちらさまですか?」

「あ・・・・・・・そう言えば自己紹介がまだだったね。ネオロシアのタカスギ・サブロウタだ。

 君みたいな美少女とお近づきになれて光栄だね」

「はじめまして。アキトさんの義理の妹のホシノ・ルリです」

「あ、ああ。俺はスバル・リョーコ。ネオロシアのナデシコファイターだ。よろしくな、ルリ」

 

 ルリが自己紹介した後、僅かに間が空いてサブロウタの顔から軽薄そうな笑みが消えた。

 

「・・・・・・・・・ああそうか、君が『アレ』の・・・・・・・・・」

「・・・・・ええ。アルティメットナデシコ・・・・・デビルホクシンの共同開発者です」

 

 アキトから身を離したルリが、表情を消してサブロウタの推測を肯定する。

 その横でリョーコの目がまん丸になっていた。

 

「お、お前がアレを作ったのか!?」

「正確にはアレの元となったアルティメットナデシコの共同開発者ですが」

「し、信じられねぇ・・・・こんなガキが・・・・」

「ガキじゃないです。私、少女です」

 

 ルリが無表情のままリョーコの発言を訂正する。

 そんな言葉も耳に入らないまま、リョーコが再び呆然と呟いた。

 

「信じられねぇ・・・・・」

「信じられないのもわかるけどね。彼女はネオジャパン技術大学を飛び級で卒業したモノホンの天才だ。

 それに、年若いとは言えレディを子供扱いするのは失礼だよ」

「レディったって子供じゃねぇかよ・・・・・」

「子供じゃありません。私少女です」

 

 無表情のまま、律儀にルリが訂正する。

 

「・・・・・・・・・・・でも、いいんですか?」

「何が?」

「個人的にはお友達なのかもしれませんが、ナデシコファイトでは敵同士なんでしょう?

 こんな所で話しこんでいて大丈夫なんですか?」

「なぁに、ファイトの直前に遊び歩くような連中だ、どっちの上層部も今更諦めてるよ。

 それに、デビルホクシンが出現した時は否が応でも協力せにゃならないだろうしね」

「テメェと一緒にするな。大体オレがここにいるのもお前のせいだろうが」

 

 もっともなルリの危惧を、サブロウタが笑って打ち消す。

 既に耐性が付いているのか、冷ややかなリョーコの眼差しにもその笑顔は崩れなかった。

 一方、ルリがかすかに驚きの表情を見せる。

 

「それは・・・・デビルホクシンが出現した場合、その破壊に協力していただけると言うことですか?」

「ああ。ネオロシアの上の方は色々たわ言をほざいてるが、ンなもんはくそ食らえだ。

 この件に関しちゃ、俺はリョーコちゃんともども君たちの味方だよ」

「まぁ、次のファイトでリョーコちゃんとの決着がついてからの話だけどね」

「ああ」

 

 短く答えたリョーコが、右拳の甲を軽くアキトに叩きつける。

 笑みを浮かべたまま、アキトが右腕でそれを受けとめた。

 

「で、ねぇと・・・・オレの気がすまねぇ」

「わかってるさ」

 

 裏拳を受けとめた姿勢のまま、笑みを交わす二人。

 再び無表情に戻ったルリが、並んでそれを見ていたサブロウタにぽつりと呟く。

 

「いつもこうなんですか?」

「まぁ、大体こんな感じかな、ファイターってのは」

「・・・・・・そうですか」

 

 溜息をついて、ルリはリョーコの拳を受けとめたままなにやら嬉しそうにしている兄を見た。

 

 

 

 

 

 

「うわぁ・・・・・」

 

 眼下に広がる絶景にルリが感嘆の吐息を洩らす。

 ネオホンコンのダウンタウンを見下ろす景勝地、ビクトリア・ピークである。

 リョーコたちと別れた後セントラルからダウンタウンの方角へと歩いてきた二人は

 旧西暦時代から数百年間営業を続けていると言うアンティークなケーブルカーで山頂まで昇り、

 その目に飛び込んできたのは真昼の陽光に照らされる、雑多な活気に満ち溢れた街と輝く海。

 街の熱気と潮の香りがここまで伝わってくるようだ。

 コロニーでは見られない、「本物」の風景にルリが見入ってしまうのも無理はあるまい。

 

「地上は随分荒廃していると思っていましたけど・・・・・・・活気のある所もあるんですね」

「ああ。ここだけじゃないけど、特にこのネオホンコンは凄い。

 住んでる人たちもみんなエネルギーの有り余っているような連中ばっかりだ」

 

 ダッシュやブロス、ディア、そしてこの街で精一杯生きている人々の顔を思い浮かべる。

 そしてナデシコファイトの予選で、更には修行時代にホウメイと旅した土地土地で出会った人々の顔もまた。

 いつしかルリとともに街を見下ろすアキトの目にはそれらを懐かしむ色が滲み出ている。

 そして眼下の風景を視線で撫でていく内に、ルリは奇妙な空間に気がついた。

 

「あれ、あちらの麓は何もないんですね?」

「ああ。あそこはナデシコファイトのリングに使っているんだ。

 あそこでファイトをする時は、ここも見物人が鈴なりになるのが見えるんだよ」

 

 何気ないアキトの一言に、一瞬ルリの動きが止まる。

 ややあって、ポツリとルリが呟いた。

 

「そうですよね。アキトさん、ナデシコファイターなんですよね」

「今更だけど・・・・それがどうかしたのかい?」

「私を・・・助ける為にアキトさんは戦ってくれたんですよね」

「勿論」

「傷ついて・・・辛い思いをして・・・・聞きました。格闘技の先生と敵対する事になってしまったって。

 私がアイを止められていれば。私とアイがあんなものを作りさえしなければ・・・」

 

 ぽん、と頭に置かれたアキトの手がルリの懺悔を中断させる。

 

「ルリちゃん、そういうのは無し。家族だろう、俺達?」

「・・・・・アキトさん。・・・・・私・・・・」

 

 震える声でそこまで言ったとき、くぅ、とルリのおなかがささやかに自己主張した。

 ルリの頬に赤みが差した所で今度はアキトの胃がルリよりやや強めに不平を洩らす。

 

「・・・・・お昼にしようか?」

「・・・・・はい」

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待ちな!」

 

 平手を強烈に叩きつけられ、数十人が掛けられそうな、巨大な会議卓が一瞬飛び上がったように思えた。

 だが、玉座のようないつもの移動式の椅子に座ったメグミはホウメイの激昂にも微動だにしていない。

 

「テンカワが用無しって言うのはどういう事だい!」

「ええ。我々が求める最強のファイターは彼ではありません」

「では誰だと!」

 

 無言の笑みを浮かべたまま、メグミが手元のコンソールを操作する。

 軽い電子音がして、テーブルの中央に栗色の髪をした活動的な顔立ちの少女の立体映像が浮かんだ。

 

「この子は・・・・・」

「ネオスウェーデンのメティス・テア。彼女こそがデビルホクシンの復活に必要な人材なのですよ」

「だがこやつの実力はいまだに未知数。それともそれを裏付けるだけの根拠があるのかい?」

「もちろんです。次のファイトでそれを実証してご覧に入れますよ」

 

 厳しいホウメイの視線を受け、メグミが不敵に微笑んだ。

 

 

 

「う・・・・・」

 

 頭蓋骨に染み込むような頭痛に顔を顰めつつ、空飛厘は覚醒した。

 額を抑えようとして、右手が動かない事に気がつく。いや、左手も、胴も足もだ。

 一気に意識が覚醒する。

 薄暗い、広い空間の中で、飛厘は自らが電気椅子のような物に拘束されている事を認識した。

 

「・・・そう言えば、私は・・・ネオホンコン政庁に呼び出しを受けて」

 

 思えば妙だった。

 ネオスウェーデンの領事館や軍を通さず、直接自分に接触してここに連れて来た事。

 一介の技術者に過ぎない飛厘に対し、いきなりメグミ首相の名前を出して同行を求めた事。

 飛厘が一人きりになった時に接触してきた所。

 クサカベがあのようになった後、何となくナデシコファイトの実務を統括するような立場になっているが

 一応責任者は別にいるのだから、そちらに話を通してからというのが普通だろう。

 それにメグミがネオスウェーデンの上の方に一言言えば、連中は飛厘の身柄くらいあっさりと引き渡す筈だ。

 何しろ彼女の一言でナデシコファイトそのものから排除されかねないのだ。背に腹は代えられない。

 

 迂闊だった、と学者馬鹿故のうっかり加減に溜息をつく。

 自分を連れ出した黒服は「上には話をつけてある」と言っていたが、

 この分では領事館の連中は自分がどこに、誰に呼ばれていったのかすら知らないだろう。

 再び、飛厘は溜息をついた。

 

 しばらくして闇に包まれた空間の一角が矩形に切り取られ、光が差しこんだ。

 眩しさに目を細めた飛厘が現われた人物を見て僅かにたじろぐ。

 

「はじめまして、空飛厘博士。メグミ・レイナードです」

「?!」

 

 自分を拉致したのがメグミの意志だとしても、まさか本人がいきなり出てくるとは思わなかった。

 しかも、何が楽しいのかにこにこ笑いながら・・・・笑いながら得体の知れないプレッシャーを放っている。

 本能的に、そして否応無しに飛厘はこれから起こるであろうおぞましい事態を理解した。

 

 

 

 いつも通り、ネオホンコンの雑踏を軽やかに駆け抜けていたメティの足がふと止まる。

 自分でも理由はわからないが、何かを感じてその目は空を見ていた。

 

 

 

 

 再びケーブルカーに乗って山を降りたアキト達は、いつもの佳肴酒家を目指していた。

 ちょうどダウンタウンの一角にある事でもあるし、近くて都合がよかったのだ。

 店の戸を開けたアキトの耳に、店のざわめきと一緒に軽快なメロディが飛びこんでくる。

 

♪最近在弥和我両人間 感覚不錯 不好意志 感激不尽 

 従今以后還 多々照願 樹上剛摘下来的水果 非常的優・・・・・・・♪

 

「ん? この歌声は・・・」

「いらっしゃいませ・・・・・・っ、これはテンカワどの。先日はどうも」

 

 首を傾げたアキトを出迎えたのは、作務衣の上からエプロンを付けた白鳥九十九だった。

 その肩越しには、同じ格好の元一朗が厨房の片隅でニンジンの皮を剥いているのも見える。

 無論、厨房で歌いながら中華鍋を振っているのは舞歌だろう。

 

「何やってるんですか二人とも」

「・・・・・・・・見ておわかりになりませんか」

「それはわかりますけど」

「ならば武士の情、なにとぞお聞き下さるな」

 

 どんよりと俯く九十九を前に、気の毒になったアキトが口をつぐむ。

 この二人の格好と厨房の方から聞こえてくる楽しげな歌を聞けば、

 自ずと事情は察しがつくのだが。

 そんな二人を不憫に思いつつ、手近なテーブルに着く。

 すぐに、明るい・・・と言うか明る過ぎるウェイトレスの声がやってきた。

 

「ア〜キ〜ト〜、いらっしゃいませ! 注文は何にするの?」

 

 ・・・・・・・・・勘弁してくれ。

 溜息と一緒にそう声にならない声を洩らすと、アキトはエプロンドレスを着たユリカの方に向き直った。

 

「あのなぁ・・・何をやってるんだ、こんな所で?」

「何って、ウェイトレスのアルバイトだよ。忙しいから手伝ってくれると助かる、ってミリアさんが言ってるし」

「・・・随分女性のお友達が多いんですね、アキトさん」

 

 きょとんとした顔でユリカが答え、

 アキトの向かいに座ったルリが、どことなく冷ややかにアキトを睨んだ。

 その発言で、初めてユリカはルリに気がついたらしい。

 覗きこむようにして、ルリの顔をしげしげと眺める。

 

「あれぇ、ひょっとしてルリちゃん?」

「え? ユリカさん・・・・ミスマルユリカさんですか!?」

「うわぁ、やっぱりルリちゃんだ! 久しぶりだね〜」

 

 無邪気と親しみと言う言葉を具現化したような、そんな満面の笑顔でユリカがルリに笑い掛ける。

 もっともルリにとってユリカは「アキトを追い掛けまわしていたお金持ちのお嬢さん」でしかない。

 アキトと一緒にルリ自身も随分と振りまわされた物だ。

 ・・・もっとも、それが嫌な思い出だったかと言うと存外そうでもないのも確かだが。

 

「ユリカさんって、いいとこのお嬢様なんですよね?

 それがなんでこんなところでウェイトレスやってるんですか?」

「違うよ、ウェイトレスはアルバイト。本職は別にあるの!」

 

 含み笑いをしながら、ユリカの目がキラキラ光り始める。

 その様子は新しいおもちゃを見せびらかしたくてたまらない子供と大差ない。

 嫌な予感はしたが、自分から聞いてしまった手前無視するわけにもいかなかった。

 

「じゃあ本業はなんなんですか?」

「ふふふ。実はね、ユリカはネオフランスのナデシコファイターさんなんだぞ」

 

 意識はしてないだろうが、豊満なバストを誇示するかのように、えっへんとユリカが胸を張る。

 本日何度目かの呆気に取られた表情でルリが呟いた。

 

「・・・・・・・ナデシコファイターがどうしてウェイトレスなんか」

「だからアルバイト。美人の看板娘だ、って結構評判いいんだよ♪

 それに、アキトや舞歌さんだって時々料理のお手伝いもしてるんだよ」

 

 国家のエリートと言う認識を持っていたナデシコファイターのイメージが崩れたらしく、

 なにやらショックを受けた様子のルリを尻目に、ユリカが首を傾げる。

 

「あれ? そう言えばルリちゃんって・・・」

「・・・・・・ああ。色々あってさ、仮釈放ってとこなんだ」

 

 言葉を切り、視線で問いかけるユリカにアキトが嬉しそうに答えた。

 見る見るうちにユリカの表情が明るくなる。

 

「おめでとう! よかったね、ルリちゃん! アキトも!」

 

 ルリの両手をとり、ぶんぶんと上下に振る。

 何がそこまで嬉しいのか、本人以上にユリカははしゃいでいた。

 その顔を見ればなんのてらいも下心もなく、純粋に心から喜んでいるのは明白だ。

 喜色満面で自分の手を握り締めるユリカに戸惑いつつ、

 ルリの顔にも思わず笑みが――やや苦笑気味のものではあったが――こぼれた。

 

「そうだ! 御祝いに、今日の御昼はユリカのおごり!

 好きな物沢山注文してね!」

「え? でも」

「いいのいいの!」

 

 満面の笑顔を浮かべてルリの言葉を遮るユリカ。

 それでも遠慮しようとするルリに、苦笑しながらアキトが目配せする。

 ユリカが相手では遠慮するだけ馬鹿を見るのだ。色々な意味で。

 

「いいんだよ、お祝いだし。それにアキトの妹なんだから、その内ユリカの妹になるって事でしょ?

 ねぇルリちゃん。私の事ユリカお姉さん、って呼んでいいんだよ♪」

「呼びません」

 

 きっぱりと、それこそとり付く島もなくルリに即答され、ユリカが一転して涙目になる。

 

「う〜・・・ルリちゃんのイケズ」

「そもそもアキトさんとユリカさんが結婚すると言う前提が間違っているんです」

「間違ってないもん! この間アキトと誓いの口付けしたんだから!」

 

 ざわっ。

 

「アキトがね、私の事をお姫様だっこしてくれて、それで、それで・・・むぐぅ」

 

 くねくねと身をくねらせて惚気るユリカの口を塞ぎ、羽交締めにしたのは

 瞬間移動したようなスピードで背後に回りこんだアキトだった。

 全身に冷や汗が吹き出ている。

 

「ーーーーーーー!」

「この、いきなり何をとんでもないことを・・・」

 

 ユリカが脱出しようとするが、力で上回るアキトの拘束を振りほどけない。

 ただ声にならない声で抗議するばかりである。

 

「ーーー! ーーーー!」

「なぁおい、今の本当かアキト?」

 

 ユリカをどこか人のいない所に連れていこうか、などと思っていた所に

 突然横から割り込んできた声の主をアキトがジト目で睨む。

 やはりというかなんというか、そこには野次馬根性を丸出しにして丼を抱えたナオがいた。

 

「どこの木の股から生えてきたんですか」

「人をサルノコシカケみたいに言うなよ。お前が気がつかなかっただけだろうが」

「似たようなもんでしょう」

 

 そっぽを向くアキトに、にへらぁ、とハイエナのような笑みを浮かべてナオが迫る。

 

「で、本当の所はどうなんだ。やったのか、オイ?」

「やったって、ルリちゃんの前でそう言う下品な言い方はやめて下さいよ!」

「いいじゃねぇかよ。妹さんのめでたいついでにもう一つめでたい事が重なったってさ。

 あ、俺はネオアメリカのヤガミ・ナオだ。よろしくなルリちゃん」

「そう言う問題じゃありません!」

 

 食欲をそそる香りと湯気を立ち昇らせる陶器の皿がテーブルに置かれ、二人の口論は中断された。

 アキトの左脇、ナオとは反対の位置にエプロンを付けた舞歌が盆を持って立っている。

 視線が合うとにっこりと笑った。

 

「こんにちわ、アキト君」

「あの、まだ注文してないんですけど・・・」

 

 その注文をとりに来たウェイトレスを羽交締めにし、口を塞ぎながらアキトが戸惑う。

 ・・・どうでもいいが、傍から見ると女性を拉致しようとする変質者にしか見えない。

 そこで舞歌がもう一度にっこりと微笑んだ。

 

「こっちは私からのおごりよ。妹さんの仮釈放、おめでとう」

「・・・・ありがとうございます」

 

 その一言で、不覚にもアキトはジンと来た。

 だが自然に頭を下げ、視線を再び舞歌にやった時、彼女の表情が微妙に変化している。

 

「で、本当の所どうなの?」

 

 キラキラと、舞歌の目が輝いていた。

 一歩踏み出し、アキトに迫ってくる。

 

「どうなんだよ、オイ」

 

 ラーメンを食べ終わったナオがアキトの右脇を小突く。

 笑みが、先ほどよりも深くなっていた。

 

 アキトの腕の中のユリカも先程よりも激しく暴れ始める。

 このままでは脱出されるのも時間の問題だろう。

 

「うふふふふ、早く言っちゃった方がいいわよ? ナオさんはすぐにいなくなるんだし」

「ん? おいおい、今日は俺は店が引けるまで待ってミリアとデート・・・・」

 

 ガラリ、と店の戸が開かれた。

 店の中で起きている馬鹿騒ぎを無視してウェイター業務を続行していた九十九と元一朗が

 反射的に「いらっしゃいませ」と言おうとして、何故か舞歌を白眼視する。

 アキト絶体絶命のピンチを救ったのは、意外にもこの三人組であった。

 

「ナオさん、ここにいましたか!」

「ナオ! 今日はマックスターの整備があると言っただろう!」

「・・・・・むぅ」

 

 謎のチョビヒゲ会計士、いかにも叩き上げといった面構えの軍人風、

 そしてグレーの三つ揃いより黒のタイツとリングシューズ(あるいは黒スーツとサングラス)の方が似合いそうな巨漢。

 プロス、カズシ、ゴート、御馴染みネオアメリカ中年軍団ことナオのクルー達である。

 その瞬間、にやにや笑っていたナオの顔が盛大に引きつった。

 

「な、なんでここにっ!?」

「今までのナオさんの行動パターンを考えれば簡単な事です」

「それに、今回は善意の協力者もいたからな」

「うむ」

 

 思わず一歩下がり、ナオがせめてもの抵抗を試みようとする。

 

「い、いいじゃねぇかよ、俺がいなくたって整備はできるんだし!」

「自分の機体を自分で面倒見ないでどうする!」

「ミリアとのデートなんて久々なんだぞ!?」

「本格的な機体の整備も随分久々だ。お前がサボったおかげでな」

 

 咄嗟に脱出しようとしたが、時既に遅し。

 さすがのナオも数の暴力には敵わず、三人がかりでずるずると引きずられていく。

 

「ミリアーッ! ヘルプミーッ!」

 

 助けを求められたミリアとは言うと、困ったような笑顔でナオ達を見つめている。

 いつの間に取り出したのか、舞歌が口元を扇で隠して含み笑いをしていた。

 

「ふふふ、これぞ天羅地網。悪は必ず天によって裁かれるべし」

「・・・・・・告げ口は悪事じゃないんですか?」

「あら、カズシさんたちには感謝されてるわよ」

 

「ノォォォォォォッ! ミリアァァァァッ!」

 

 絶叫するナオ、腰に手を当てて高笑いする舞歌、いまだに口を塞がれてもがいているユリカ、

 頭を抱える元一朗と九十九、溜息をつきながらも一人動ぜず調理を続けているミリア。

 いつもの事なのか、周りで食事を取っている客たちは面白げにそれを眺め、

 一部からはヤジまで飛んでいる。

 舞歌の運んできた料理を食べる事も忘れて呆気に取られていたルリがやがて、ぽつりと呟いた。

 

 

「馬鹿ばっか」

 

 

 

 

その三へ