機動武闘伝
ナデシコ

 

 

 

 

 

 

「ついに・・・ついに来たわ。私が認められるチャンスが。

 あらゆる手を使って、下げたくも無い頭を下げて、

 数多くのライバルを蹴落として掴んだナデシコファイターの座!

 死に物狂いで手に入れた決勝大会への切符!

 でもね、これからよ。そう、すべてはこれからなのよ。

 私の事を認めようとしなかった馬鹿どもに私の事を認めさせるの!嫌って言うほどね!

 その為になんとしてでも優勝して見せるわ・・・そう、どんな手段を使ってでもね・・・・。

 うふふふふ・・・・おほほほほほほほ!」


暗い部屋の中、ときおり光の加減かその人影が異形に歪む。

狂気じみたものを声に乗せて、影はいつまでも笑いつづけていた。      



「さて、優勝候補筆頭と言われたネオギリシャのゼウスナデシコを倒し、

決勝大会の緒戦を見事勝利で飾ったテンカワアキト。

しかし、それは各国のファイター達にとって、彼が最大のマークすべき対象になった事をも意味していたのです。

そして、彼を倒して名をあげようとする者達もまた・・・・・。

そんな中で不気味に笑うこの男は一体何者でしょうか?

答は今日の対戦相手、ネオインドのマタンゴナデシコとの戦いで明らかになる事でしょう。

しかしご用心。ファイトは、対戦が組まれた時から既に始まっているのです・・・・・。

それでは!

ナデシコファイト・・・

レディィィ!ゴォォォゥ!」

 

第二十七話

「不破の誓い!

友に捧げた大勝利」

 

 

 

試合開始後五分五秒。

ナオのナデシコマックスターの右拳がネオケニア代表オラン中佐のナデシコゼブラの頭部を吹き飛ばした。

『Winner,Nadesico−Macster!』

試合場に歓声と少なからざる落胆の声が上がる。

あまりに短時間で決着がついたため大穴が出たのだ。

画面の中のナオが手を上げて歓声に応える、その様子をネオホンコン首相メグミ・レイナードが眺めていた。

市松模様の巨大なチェス盤のような床の上に数十体のナデシコの模型が並ぶ部屋、

ネオホンコン政庁最奥の一室である。

ことり、と倒れたナデシコゼブラの模型には目もくれず、

モニターを注視したままやや意外そうにメグミが一人ごちる。

「ナデシコマックスターの圧勝ですか・・・もうすこしいい勝負になると思っていたんですけどね。

まあ、さすがはネオアメリカの希望の星、というところですか。

そう言えばアキトさんの次の対戦相手をそろそろ決めないといけませんね。さて・・」

玉座のような浮遊椅子を動かし模型の間を飛びまわるメグミに

今まで無言で控えていたホウメイが初めて口を開く。

「メグミ首相。かねてからの約束通りにテンカワ・アキトの相手は手強くね。」

白く細い指を唇に当てたままその言葉にしばらく首を傾げていたメグミが、やがて笑みを浮かべて指を鳴らした。

それに反応して模型の一つが動き出し、ゴッドナデシコの模型の前で向き合って止まる。

「いかがです?」

「ほぉう・・・・これは面白い組み合わせだね・・・。」

満足した、というより興味を引かれた顔でホウメイが頷く。

その反応を見て胸の前で手を組んだメグミが気だるげに微笑んだ。

「それではよろしいですね?ゴッドナデシコの次の相手は・・・ネオインド、マタンゴナデシコということで・・・」          

 

 

どさり、どさりと言う感じでアキトの腕の中にチンゲン菜の束が積まれる。

大根、ほうれん草、人参、キャベツ、白菜・・・

新鮮な野菜を見繕っては次々と、ブロスとディアが中腰のアキトの腕の中に放りこむ。

「お、おいおい、まだ買うのかぁ?」

「だって、アキト兄もガイ兄も良く食べるじゃん。」

呆れ顔のアキトに、澄ました顔でブロスが答える。

ちなみにガイの背中のしょい篭は豚肉数キロ、締めたばかりの鶏十数羽、魚、小麦粉などで既に一杯である。

そのガイの様子ともう五分以上も店員の値段交渉をしてるディアを交互に見て、

アキトの口から思わず溜息が洩れた。

「おし、500NHKドルでどうだ!」

「買ったぁ!」

「だってさ、アキト兄。」

「お、俺が払うのかぁ!?・・・宿の客だってのに・・・」

自分の方に伸ばされたブロスの手を見て、アキトが少々情けない表情を浮かべた。

屈託のない笑顔のまま、ぺしぺし、とブロスがしゃがんだままのアキトの肩を叩く。

「いいじゃないの、友達でしょ?」

「友達って・・・」

アキトが更に情けない顔になる。

「今度おごってあげるからさ、固い事言わないの!」

ディアの言葉にがっくりとアキトがうなだれた。

ガイと、店の主人が苦笑を交わしている。  

 

もう一つの篭の中に買った野菜を放り込み立ち上がろうとした時、アキトの目つきが不意に鋭くなった。

「・・・どうした?アキト。」

「いや、視線を感じたんだ。」

真剣な表情のまま通りの向こうを見据えるアキトを見て、ブロスが茶化す様に声をかけた。

「しょうがないよ、今やアキト兄は有名人だもん。」

「気にしても仕方ないって!」

ブロスとディアの方に振りかえったアキトがこそばゆそうな笑みを浮かべる。

「そんなものかな・・・?」

「そうそう、そんなもんそんなもん!」

何故か胸を張るブロスにガイが勘定を払いながら合いの手をいれる。

「へぇ、ここじゃあアキトも有名人って訳か。出世したもんだな?」

「ふむ。まぁ悪い気はしないな。」

「お、こいつ早速図に乗ってやがるぜ。」

「アキト兄調子いい〜!」

和やかな笑いが起きる。

だが、ガイだけはさすがに気がついていたろうか。

一見緊張を解いたかのように見えながら、アキトは油断無く周囲に気を配っている。

あの一瞬、確かにアキトは自分を見る視線を感じていた。

それも、決して好意的なものではない。

アキトに特に恨まれる覚えはなかったが、

戦いを道とする武闘家であるからにはいつどこで恨みを買っていてもおかしくは無い。

かつてマスターホウメイは未熟な弟子にそう教え諭したものだ。  

 

アキトの眼が、再び鋭く光る。

「ガイ!ブロスとディアを頼む!」

言い残すと同時に、アキトは裏路地のひとつに飛び込んでいた。

気配を追って、アキトが石畳で舗装された狭い道を走る。

数十メートル走った先、ビルの狭間にぽっかりと十メートル四方ほどの空間があった。

「こそこそと俺を窺ってる奴・・・出て来い!」  

「ほほほほほ。さすがねぇ、テンカワアキト。このアタシの気配を嗅ぎ付けるなんてねぇ?」

どこからともなく声が響いた。

ビルの壁の反響を利用して、アキトにすら出所を悟らせない。

「どこにいる!さっさと出て来いと言った筈だぞ!」

「ほほほほ・・・せっかちさんは嫌われるわよ?でも、折角だし姿を見せてあげましょうか・・ほほほ。」

ずりっ。ずりっ。

細い路地のひとつから、何かを引きずるような重々しい音が響く。

やがてアキトの目の前に現れたのはアキトが想像すらできなかったような「もの」だった。

粘液に覆われた無数の短い触手・・いや、偽足と呼ぶべきだろうか・・・がぬとぬと光る菌糸の塊を引きずっている。

ぼってりと膨れた塊から伸びる、不自然なほどに真白いぶつぶつとした数十本の茎の先に、

それぞれ人の顔ほどもある黒く大きい、歪んだ傘がついている。

毒蛇の頭部にも見えるその傘の上に先ほどのカマ言葉の主であろう、

軍服らしきコスチュームを纏ったなよっとした男が仁王立ちでアキトを見下ろしていた。

その眼には強烈な侮蔑と嫉妬の色がある。

瞬時に身構えたアキトが摺り足で間合いを測りながら怒鳴る。

「そんなキノコの化物で俺が倒せると思っているのか!」

「うふふ・・試して見る!?」

男が傘を蹴って後方に跳んだ刹那、今までののろのろした動きが嘘のように、キノコの化物が加速した。

アメーバのような偽足を震わせて高速で移動する怪物の上をアキトが本能的に飛び越そうとして、

にちゃり、とキノコの茎が伸びてアキトの足を掴むと石畳に叩きつける。

咄嗟に受身を取り、立ちあがろうとしたアキトの足に菌糸と粘液の塊が絡みつく。

それは瞬く間にアキトの全身を覆い、動きを封じた。

「ほほほほほ・・動けないでしょう・・・いいざまね。」

「・・・・貴様何者だ・・・・!」

「ほほほ・・私の正体なんか知る必要はないわ・・・だって、貴方はここで死ぬんですもの。」

男がゆっくりと、ふところから取り出した銃をアキトの眉間にポイントする。

「ぐっ・・!」

「無駄なあがきはおよしなさいな。人間、諦めが肝心よ?」

全身に力を込めてまとわりつく菌糸を引き剥がそうとするアキトに嘲笑を浴びせ、

男が引き金にかけた指に力を込める。

銃声が響いた。          

 

 

 

やや呆然と、アキトが男を見る。

男の手の中の拳銃が吹き飛ばされていた。

痺れる手を押さえながら男が上を睨む。

ビルの上、薄く硝煙を上げる大口径の銃を構え、鈍く光る銀灰色の装甲服がそこにいた。

「アンタ・・何者よ!?」

「私ノ名前ハばいおはんたー・しるばー。ばうんてぃ・はんたーダ。・・・キサマモ身ニ覚エガアルハズダな。」

電子合成されたその言葉を聞き、男の顔が引きつる。

「おお〜ぃっ、アキトぉ〜っ!」

「アキト兄〜!」

路地から追い掛けてきたガイ達の声が男に決断をさせた。

真後ろに跳び、裏路地のひとつに身を隠す。

どういう合図をしたのか、キノコの化物がアキトの体からあっさりと離れ、昆虫めいた素早い動きでその後を追った。

「テンカワアキト!この次までその命預けておくわよ!」

「くっ!」

アキトが立ち上がろうとしてよろける。

顔を上げたとき、「バイオハンター・シルバー」と名乗った男の姿は既にどこにもなかった。

 

  なお、駆けつけて来た三人に粘液まみれである事を指摘され、余りの匂いに

「洗い落とすまで10m以内に近づくな」と異口同音に言われたアキトが大いに腐ったのはまた別の話である。          

 

 

 

ネオホンコンの赤い夕焼けが暗く変じビルの灯りが夜の闇を照らし始める夕食前の一時。

ダッシュのジャンクの中でガイが携帯端末を操作している。

ブロスとディアは夕食の準備を、ダッシュが網を繕いながらアキトから昼間の話を聞いていた。

「おやおや、それはまた大変な目に会いましたね。」

「ああ・・・まさか街中で襲われるとはな。」

話しを終えたアキトにガイが声をかける。

「うし、準備OKだぜ。」

「さっきから何をしているんですか?」

興味津々と言った顔でダッシュもディスプレイを覗きこむ。

「昼間襲ってきた相手がナデシコファイターかどうか、確かめるのさ。」

端末の画面から目を離さぬまま、アキトがダッシュに答えた。

ガイが各国のナデシコとファイターと関係者のデータを洗っていく。

「出たぜ。ネオインドのマタンゴナデシコだ。」

「・・・・・・・・・・・なんだこれは。」

「・・・・・・・・・・・いや、何だと言われても・・・・・ナデシコなんじゃないのか?・・・・・多分。」          

 

 

二人を絶句させた「それ」は一見して異様であった。

不気味なほどに白い一本の柱。

高さは通常のナデシコの二倍半ほど。

ゆるく膨らんだ根元からは白く細い触手が無数に生えていた。

てっぺんが丸くふくらみ、開く前のキノコのカサのようにも見える。

その傘のすぐ下にナデシコの顔がついている様は、シュールレアリスム絵画のような非現実感があった。

顔の少し下からは同じく白い二本の腕が突き出している。

本体の巨大さに比べそれは余りにも細く弱々しげだったが、

胴体の大きさを考えると通常のナデシコの腕と同じ位の大きさはある筈だった。

「・・・これが一回戦の攻撃パターンだ。」

根元の触手を使い、鈍重そうな外見からは想像も出来ないようなスピードでマタンゴナデシコが移動する。

相手の死角を取ると同時にぐにゃり、と下半分が無数の菌糸触手に分裂して相手の下半身から絡みつき、

全身の動きを封じた。

「これだ・・・ファイターは?」

再び画面が切り替わり、目つきと肉付きの悪いキノコ頭の男を映し出す。

「間違いない、こいつだ。」

「ネオインド、ムネタケ・サダアキ・・・」

「どうやらこいつが次の対戦相手らしいな。」

「だけどよ、どうしてこいつの方が対戦情報を先に入手できたんだ?」

「気にするな。強い相手とわかっただけでも収穫はあったさ。・・だがもうひとつ気になるのは・・」

アキトが言葉を切る。

二人の間に沈黙が落ち、やや過ぎてからガイが言葉を繋いだ。

「バイオハンター・シルバーとかいう賞金稼ぎの事か。」

「ああ。仮にもナデシコファイターに賞金が掛かるとは思えない。」

「けどよ、ムネタケは賞金稼ぎ、って言葉に反応したんだろ?」

「だから・・・まあ、今の時点では何を言っても推測にしかならないな。」

「・・・だな。」

ガイと頷きを交わしたアキトが立ちあがり、扉の方に歩き出す。

「俺はゴッドナデシコの所にいるから、飯が出来たら呼んでくれ。」

「え?お前が作るんじゃないのか?」

「今日はディアとブロスの番だろ。」

「おめえの作る飯のほうが美味いんだけどな・・。」

「何よそれは!私の料理が不味いって事!?」

心なしか顔を引きつらせたガイが振り向くと、床の上げ蓋からぎょろり、とこちらを睨む目があった。

「ディ、ディア・・・。」

「それじゃ、俺はディアの料理が出来上がるまで格納庫の方にいるからな。

 ディアの料理楽しみにしてるよ。」

「うん、わかった!」

にっこり、とアキトに微笑んだディアが一瞬で表情を変えてガイの方に振り向く。

「さぁて、ゆっくりと話を聞かせていただきましょうか、ガイ兄?」

「待て、ディア!話し合おう・・・話せばわかる!」

じりじりとガイに接近していたディアがアキトに対して浮かべたのとは全く異質な笑みを浮かべる。

「こう言う状況でそんなセリフを吐くとどうなるか・・・ガイ兄は知らないみたいねぇ?」

ネズミをいたぶる猫のようなディアのセリフを背中で聞きつつ、

後に続くであろう大騒ぎが起こる前に、薄情にもアキトは後ろ手にドアを閉めてジャンクを出た。      

 

 

 

ダッシュのジャンクから歩いて三分。

倉庫を借りて多少の改装を施したゴッドナデシコのドックがある。

アキトがモビルトレースシステムの調整をしようとコクピットに入ろうとして、

エレベーターを操作する手が止まった。

「気配」に背中を向けたまま、低い声がアキトの口から洩れる。

「こそこそするのが余程好きらしいな・・・・ムネタケ・サダアキ!」

格納庫に積まれた資材の影から姿を表したのはやはり昼間の男、ムネタケ・サダアキであった。

「おほほほほ。やっぱり侮れないわね、テンカワ・アキト。野性の勘、とでも言うのかしら?

 私のような文明人には縁遠い感覚よねぇ。」

「何が目的だ。俺の命か!」

「当然よ・・・と言いたいところだけど。やっぱり人死にが出るとまずいじゃない?

 次の試合の間貴方が寝ててくれるなら無駄な血を流さないですむんだけど?」

「ほざけ!」

「じゃあ・・・しょうがないわね?」

その言葉を合図に、双方が構えを取った。

暫し睨み合った後、正面のムネタケから視線を外さぬままにアキトが再び口を開く。

「・・・今度はあのキノコの化物は連れてきていないのか?」

「ほっほっほ・・・貴方なんか、私一人で充分よ。」

そう嘲るように言い放った後、ムネタケはにやぁり、と嫌な笑いを浮かべた。

アキトの目が細く、鋭くなる。

「面白い・・・・ならば、試してやろう!」      

 

 

アキトが流れるような動きで間合いを詰め、連続攻撃を繰り出す。

だが、のらりくらりとした動きでムネタケはそれをことごとく外した。

「ほほほ・・・こんなものかしら?」

ムネタケの挑発にアキトの唇に獰猛な笑みが浮かぶ。

直後、アキトの動きが数段加速した。

無論アキトもあの化物がどこかに伏せてある可能性を忘れてはいない。

だがムネタケの動きにはアキトをどこかへ誘い出そうとする意図は全く見えなかった。

本気の攻撃を辛うじて捌いていたムネタケの防御が破れたその瞬間、

アキトがムネタケの顔面に渾身の一撃を叩きこむ。

 

 

一瞬の後、薄暗い格納庫にアキトの驚愕の叫びが響いた。      

「何ぃっ!?」

ぐにゃり。

アキトの拳を受けたムネタケの顔面が、指で押したスポンジのようにへこむ。

同時にその頭がまさしくキノコの傘のように開き、無数の微細な粒子が爆発的に噴出する。

黄色い雲が周囲数メートルに瞬時に広がり、戦っている二人の姿を覆い尽くした。

雲はすぐに晴れ、アキトとムネタケが再び姿を現す。

唐突にアキトが膝を突いた。そして激しく咳き込み始める。

その姿に、ムネタケが再びあの嫌な笑いを浮かべた。  

 

優越感に満ちた表情でムネタケがアキトに歩み寄り、見下ろす。

「ほほほ・・今すぐ手当てをすれば命は助かるかもしれないわね。そう、命は。

 でも、生き延びたとしても肺の中の胞子を取り去るには随分と時間がかかってよ?

 ま、アタシとのファイトには到底間に合わないわよねぇ。ほほほほほ・・・。

 それじゃ、お大事に。」

「ゴボッ、キサ、ゲボッゲボッ、何者・・」

苦しみながらもムネタケを睨むアキト。

「あら、まだ喋れるの。」

少し意外そうな表情になったムネタケが振りかえり、三度、あの嫌な笑みを浮かべた。

「知りたい・・・?でも、それを教えちゃうと貴方を殺さなければならなくなるのよねぇ・・・。」

にやにや笑うムネタケの服の下で、何かがもぞり、と動いた。

「!?」

ムネタケの顔が一転して焦りとも恐怖ともつかない表情に彩られる。

「くっ・・・ゆっくりしてるわけには行かなくなっちゃったわね。それじゃ、さよなら。」      

 

 

そのころ、ガイが倉庫までの道を歩いている。

「そりゃまあ、不用意だったかもしれないけどよ・・・あそこまで怒らなくたって・・・・」

ディアに謝り倒して解放してもらったもののさんざんに怒られ、

おまけに夕飯の準備ができた事を知らせる為ゴッドのドックまで知らせに行く役目を押しつけられ、

何か釈然としないガイであった。

「お〜い、アキト!晩飯の仕度が・・・」

ぱん、ぱんっ。

軽い音が二回、格納庫に響いた。

「え・・・・・」

あっけに取られた表情のまま、ガイの体がぐらり、と傾く。

視界が揺れ、ガイの全身が何かに叩きつけられる。

自分の体が叩きつけられたそれが地面であると、ガイが理解したのは数秒後だった。

生暖かいものが自分の体を濡らしてゆくのがわかる。

薄れゆく意識の中で、ガイはキノコ頭の男・・・ムネタケ・サダアキが走り去るのを見、

更に気を失う直前、銀灰色の人影を見たように思った。          

 

 

 

翌日。

頂点をやや過ぎた太陽が荒れた岩地に照り付けている。

ネオホンコンの市街をやや外れた所、香港島のほぼ中央にある山ビクトリア・ピークで、

本日二試合目のナデシコファイトが開催されようとしていた。

試合上の上空を飛行するネオホンコン公営テレビの中継飛行船から女性の声が流れている。

『本日の第一試合、ネオフランスのナデシコローズが

 ネオオランダのネーデルナデシコを破り勝ち点二を上げました!

 引き続き第二試合、ゴッドナデシコ対マタンゴナデシコがここビクトリアピーク・リングで開始されます・・・・・!』      

 

 

 

ビクトリアピーク会場では山地の両端から入場したそれぞれのナデシコが、

中腹のリングで相まみえるようになっている。

自軍の陣地を出ようとしたゴッドナデシコが顔だけを振りかえらせて

ネオジャパンのクルーデッキを見つめる。

いつもならガイがいるそこに、今は人の姿はなかった。

決意を固めたかのようにゴッドが足を踏み出す。

そのままゴッドナデシコは揺るぎない足取りで山を上っていった。  

 

 

「馬鹿な!そんな馬鹿な事があるわけないわ!

 どんな腕のいい医者でもこんな短時間で肺の中の胞子を取り除く事は出来ない筈よ!」

一方、ムネタケは困惑と焦燥を隠せないでいた。

アキトが例えば前のファイトの負傷が完治していないで、それを押して出てきたというならまだわかる。

だが、例えナデシコファイターと言えども体内に胞子が残っている限りろくに動くことはできない。

否、通常ならば生存すら不可能だ。

一度肺に定着してしまった胞子は肺胞で繁殖し、毛細血管を塞いでしまう。

血管との酸素と二酸化炭素のやり取りが出来ない、即ち呼吸が不可能になると言う事だ。

その状態で生存するには人工肺と接続するか、生体移植、あるいは・・・・。

だが、そんな手術をしてから一日二日でファイトが出来るようになる物か?

「・・・出来るわけがないわ・・・ハッタリよ!」

ようやくムネタケの口に笑みが戻る。

自らの勝利を確信し、マタンゴナデシコもまたその巨体を動かし始めた。      

 

 

貴賓席のモニターが二体のナデシコを映し出している。

それを見ながらメグミ首相は、

いつもの如く軽く指を組んで気だるげな微笑を浮かべていた。

「さて、ホウメイ先生。ムネタケの報告によれば、

 アキトさんは負傷していてとてもファイトできる状態ではないとか・・・・」

「ほう・・・。だが、それもあやつにはいい試練となるだろうさ。」

「『試練』で済めば・・・の話ではありませんか、ホウメイさん?」

ちらり、と自分の言葉にも微動だにしないホウメイを見てメグミが肩をすくめ、

そのまま視線をモニターに戻した。

画面の中のゴッドナデシコの歩みには普段となんら変わる所がない。      

少なくともメグミの目にはそう見えた。 

 

 

ビクトリアピークの中腹、周囲をバリアで覆われた試合場にゴッドナデシコが立つ。

「さあ、ムネタケ!とっとと出て来い!」

「ほほほほほ・・・お〜っほっほっほっほっほっほっほ・・・

 お体の具合はいかがかしら、テンカワアキト?」

「!?」

あの甲高い笑い声と共に大地が揺れる。

ゴッドの正面の地面にひびが入り、次の瞬間、大地を割って白い物体が現れる。

むくむくと巨大化するそれが、やがて白い柱の様に屹立した。

通常のナデシコの倍以上、四十メートルほどもある巨大なキノコだ。

白い、不気味なほどに白いぬめぬめとした表面の一部がぱちん、と音を立てて弾け、

ナデシコの顔を生み出す。

「うっぷ・・・」

観客の中からも、えずく声が上がった。

続けて顔の少し下二箇所が割れ、その巨体には不釣合いにも思えるほど小さい、

二本の腕がずるり、と生えてくる。

最後に、根元から無数の触手が枝分かれする。

「さて、双方とも準備は整ったようですね・・・・。」

メグミ首相が薄く笑みを洩らす。    

 

 

「テンカワアキト・・・どうやら、おまえの全勝戦言に土をつけるのは、この私だったみたいね?」

「・・・そう言うセリフは、勝ってから言って貰おうか!」

睨み合う二人にメグミ首相がほくそえみ、良く通る声で試合の開始を告げる。

『よろしい・・・それではナデシコファイトォ!』

「レディ!」

「「ゴォッ!」」      

 

 

「ほほほほ・・たっぷりいたぶって・・・!?」

舌なめずりをしていたムネタケの言葉が途切れた。

全身のバネをたわめ、ゴッドナデシコが目前の空中に浮かんでいる。

次の瞬間、ためていたバネ全てを破壊力に変えて、

マタンゴナデシコの顔面に強烈なドロップキックを叩きこんだ。

「うぶぎゅうっ!?」

踏み潰された発泡スチロールのような、妙な悲鳴を上げてマタンゴナデシコが倒れる。

すかさず馬乗りになったゴッドが両膝でマタンゴナデシコの両腕を押さえつけた。

咆哮とともに両の拳でキノコの顔面を乱打する。

「うおおおおおおおおおおおおっ!」

「・・・・・この、くたばりぞこないがぁ!」

喚いたムネタケが、マタンゴナデシコの腹筋に力を込める。

元々のウエイトに数倍の差があるため、馬乗りになったゴッドごと勢い良くキノコが立ちあがる。

持ち上げられる形になったゴッドが直立しようとするマタンゴナデシコの右腕を取り、

マタンゴナデシコに背を向けて腕を取ったまま肩に担ぐ。

「どおりゃああああっ!」

気合一発。

立ちあがったキノコが、空中のゴッドナデシコを支点として豪快に一回転した。

風切る音と共に岩肌に背中から叩きつけられ、ムネタケの息が詰まる。

すかさず降ってきたゴッドの足の裏を、転がってマタンゴナデシコがかわした。

どうにか間合いを取り、ようやくの事で起き上がるキノコに、半身で構えたゴッドが指を突き付ける。

「よく聞けよ、このカマキノコ。」

びくん。

通信機から洩れる声に、ムネタケの体と、マタンゴナデシコのボディが震えた。

「俺は許さん・・・友を傷つけ、ナデシコファイトを汚した貴様を・・・俺は絶対に許さん!」

蒼く、そして白くなったムネタケの顔が真っ赤になった。

「小僧が・・・・言ってくれるじゃないの!戦いなんて勝てばいいのよ!

そうよ、こんなところでアンタごときに負けるわけにはいかないんだから!」

その言葉と共に、マタンゴナデシコの巨大なキノコ型の下半分が爆発した。

試合場が粘液まみれの肉片で白く染まり、その外に飛び出そうとした欠片が周囲を覆うバリアに阻まれる。

「・・・なんのつもりだ?」

両腕を交差させて顔面を庇っていたゴッドが怪訝そうに腕を開く。

下半身を爆散させ、半分以下の大きさになったマタンゴナデシコはぶるぶると震えているばかりである。

「まあいい。とっとと貴様の頭を砕いて・・・・!?」

一歩、踏み出そうとしたゴッドの足がよろけ、二歩目で膝を突く。

立ちあがろうにも全身を脱力感が襲い、倒れない様にするのが精一杯だ。

「ふ・・・・ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、ふ・・・・・ほほほほほほ!」

「何を・・・しやがった!?」

ささくれた切断面からずるり、と足を引き出し、マタンゴナデシコが立ち上がる。

「ほほほ・・・知りたい?なら、自分のナデシコをよぉく見てみるのね。」

「!」

力の入らぬ己の体を見やり、愕然とする。

先ほど飛散したマタンゴナデシコの下半身の一部・・・それがゴッドナデシコのボディに張りつき、蠢いている!

「その子達はねぇ、エネルギーが大好物なのよ。特にナデシコのエネルギーがね。

可愛いでしょう?私が頭の中で思っただけでその通りに動いてくれるのよ。

アナタのナデシコのボディに張りついてエネルギーを食べちゃうなんて、お茶の子さいさい。

そして、エネルギーを吸い取られたアナタには、既に打つべき手は残されていない・・・!」

映像回線が開き、ゴッドのコクピットにムネタケの姿が映し出される。

その生白い顔から、産毛の様に白い菌糸が垂れ下がっていた。

手足の先は蔓のように伸び、コクピットの各所に潜り込んでいる。

「DH細胞!?・・・・・いや・・違う。」

落ちついて、自分の言葉を否定する。

確かにムネタケの顔にはあの特徴的な銀色のウロコは浮き出ていなかった。

だが、DH細胞と同等・・・もしくはそれ以上のおぞましさを感じる。

少なくとも、今のムネタケは人間では有り得なかった。

動けないままのゴッドの、恐怖を煽る様にゆっくりとマタンゴナデシコが近づく。

「貴様・・・何者だ!?」

「おほほほほほ・・・言わなかったかしら?それを教えちゃうとあなたを殺さなければいけなくなる・・って。

でもいいわよね、アナタはここで死ぬんですもの。冥土の土産に教えてあげるわ。

私はね、ある方から頂いた物のお蔭で人間を超越した存在になったのよ。

そして、『力』を手に入れたの。不死身の体、手足の様に動く可愛いしもべ達をね・・・。」

言いざまにマタンゴナデシコがゴッドに蹴りを入れる。

「ぐっ!」

動けないまま、マタンゴナデシコの蹴りを胸に受けてゴッドが倒れた。

ムネタケがそのボディを執拗に蹴り続ける。

蹴り続けながら、まだ人としての面影を残しているその口元にはあの嫌な笑みが浮かんでいた。

「ほほほ・・どう?気分は。なにも出来ないままに踏みにじられて死んでゆく・・・。さぞかし悔しいでしょうね。

アンタは確かに強いわ。あの胞子を吸いこんでここまで動けるんですものね。

でもね、勝つのはアタシ。最期に笑うのもアタシよ。

今アナタは私の可愛いこの子達によってエネルギーを吸い取られて動けず、

通信も封じられて助けを呼ぶ事も出来ない。今度こそ、終わりよ。」

マタンゴナデシコが取り出した柄から、短剣のようなビームの刃が伸びた。

逆手に持ったそれをかざし、嬲るようにムネタケが言葉を続ける。

「今度ばかりはあの小憎らしい賞金稼ぎの邪魔もない・・・・!

そう言えばあの濃ゆい顔の坊やはどうしたかしら?死んだ?まあ、どうでもいい事だけど。

あっちで会ったらせいぜい友情を確かめ合うのね。」  

 

「・・・・死んじゃいねえさ。」

今まで微動だにしなかったゴッドから返ってきた答えに、

ぎょっとした様に蹴るのを止めるムネタケ。

「まだ生きてるの!?本当にしぶといわねぇ。本当、ゴキブリ並・・・」

「死なねえ・・・・そう、手前をブッ飛ばすまでは死ぬもんかよ!」

突風が吹き、ムネタケとマタンゴナデシコを一歩下がらせた。溶岩の様に熱い突風が。

いや、少なくともムネタケにはそう感じられた。

目の前にいる男の中で、うかつに触れれば手を焦がしそうなくらいに熱く、ごりごりとしたものが煮えたぎっている。

一瞬遅れて、ある事に気がついたムネタケの眼が大きく見開かれた。  

 

 

 

 

 

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