機動武闘伝

ナデシコ

 

 

「うわっ、うわっ、うわああああああああああああ!」

ネオギリシャ代表ゼウスナデシコがリングにうずくまる。

紛れも無い恐怖の悲鳴を上げるのはそのファイター、ロバート・クリムゾンだった。

その巨体を怯える幼児の如くリングの上に丸め、両手で頭を抱えている様は一種滑稽ですらあった。

「う〜〜〜ん、やっぱり体は大きくても精神が特別丈夫なわけじゃないんだね?

期待してた僕としてはちょっとがっかりだなぁ。研究対象にもなりゃしないよ。」

「あ、ああああああ・・・」

「まあ、君にはもう特に興味は無いからケリをつけさせてもらうよ。」

「いひゃああああああああっ!」

ロバートが一際大きな絶叫を上げる。

次の瞬間ゼウスナデシコの頭部は破壊され、彼の意識は暗転した。

 

 

 

「さて皆さん。またしても恐ろしく強いナデシコファイターが登場しました。

その名はネオポルトガルのジェスターナデシコ、ファイターはヤマサキ・ヨシオ。

驚くべき事に彼は、試合中相手の精神を直接攻撃する事により、

かのゼウスナデシコ、ロバート・クリムゾンに一方的な勝利を収めたのです!

その彼の次の対戦相手はドラゴンナデシコ。

ですが舞歌はここで全く思ってもいなかった敵・・そう、自分自身の過去と戦う事になってしまうのです!

それでは!

ナデシコファイト、レディィィィ!

ゴォォォォォォゥ!」

 

 

 

 

第三十一話

「ピエロの眩惑!

ドラゴンナデシコ怒りの鉄拳」

 

 

 

 

 

 

 

その日、例によってジュンはツいていなかった。

 

 

 

昨夜はファイトで中破したナデシコローズの整備で完徹。

今朝は珍しく早起きしたユリカに「お願い」されて(無論、その内容がなんであれジュンが断る筈もない)

朝から香港中を走りまわらなければいけない羽目に陥っている。

もっとも、ジュンにとってはこのくらいのオーバーワークは別段珍しい事でもない。

優男な外見の割には意外とタフだ。

・・・・・・一番不幸なのは当人がこれを不幸と認識していない事だったかもしれない。

 

「ちょいとお兄さん、顔貸してくれない?」

正午を回った頃どうにかユリカご所望の品を手に入れ、帰途についたジュンに裏路地から声がかかる。

声の主は栗色の髪をおかっぱにしてバンドでまとめた十三、四歳くらいの少女だった。

黒の鋲打ち皮ジャンに同じく黒レザーのショートパンツ、端の尖ったサングラスという、

絵に描いたようなラフな服装をしている。むろん、教科書に忠実に口にはフーセンガムだ。

 

「え、えっと・・・僕今お金持ってないんだけど。」

反射的に体を硬直させ、スケバンに詰め寄られた優等生の如き答えをしてしまうジュン。

五つも年下の少女相手にはっきり言って情けない。

 

「失礼ね!誰がカツアゲよ、誰が!」

サングラスを鼻の辺りまで下ろした少女が全身で怒りを表現する。

冷や汗を流しながらも頬を膨らませてむくれる顔が可愛らしいな、と思ったのは秘密である。

 

「ご、御免。」

「うむ、わかればよろしい。それでね・・・私、お兄ちゃんに会いに来たんだけどお財布落としちゃったのよね。」

「一人でこのネオホンコンまで?そう・・・それは大変だったね。で、僕に用って言うのは?」

ジュンの問いに、にこにこしていた少女の笑みにちょっぴり凄みが加わる。

「お兄さん優しそうだからお金貸してくれないかな〜、なんて思って。」

 

(やっぱりカツアゲじゃないか〜!)

絶叫するジュン・・・・・・ただし心の中で。

思ってはいても言葉に出す勇気はないジュンであった。

 

「あ〜〜〜〜〜〜〜!」

ジュンの表情を見ていた少女が突然大声を上げてジュンに人差し指を突き付ける。

 

「え?あ?」

「あなた!今やっぱりカツアゲじゃないか、な〜んて思ったでしょ!」

「い、いやぁ、そんな事は・・・あはははは。」

炊事洗濯掃除裁縫、庭の花壇の手入れからフェンシング、MSの操縦にナデシコの整備と

種種様々な才能に恵まれたジュンではあったが、こと嘘をつく才能に関しては

女性に自分をアピールする才能と同程度にしか恵まれていなかった。

 

「あ、嘘ついてるって顔!あなた、嘘はいけないわよ、嘘は。

いい?確かに借りる事は借りるけどそのうちきっちり返すんだからこれは単なる借金!

それをカツアゲだなんて無礼千万!天に代わって成敗してあげるわ!」

んな無茶な、とは思いつつも少女の拳が自分に迫るのを感じ、思わずジュンが目をつぶる。

ほぼ同時にぱしぃん!と景気のいい音が響いた。

予期していた痛みを感じなかった事に戸惑い、ジュンがおそるおそる目を開ける。

栗色の髪の少女は後頭部を押さえてうずくまっており、その後ろに黒髪のハイティーンの少女が立っていた。

呆れたような怒ったようなそんな表情をしている。

 

「いった〜い・・・・。」

「何やってるのよ、あなたは!」

「あ、いや一寸借金の算段を・・・・」

怒髪天を突く、と言った形相で黒髪の少女が栗毛の少女を叱る。

頭をはたかれた少女が少し顔を引き攣らせながら誤魔化し笑いを浮かべて、

その表情を見た瞬間、ジュンの口からは白々しいフォローが飛び出していた。

 

「そう、そうなんだよ。この子が何か困ってるみたいだったから・・・」

一瞬黒髪の少女が虚を突かれたような表情を浮かべ、

ややあってジュンが愛想笑い(と冷や汗)を浮かべながら話し続けるのを苦笑しながら手で遮る。

 

「えへへ、お兄さんありがと。これでさっきの一件はチャラにしてあげるね。」

「・・・はいはい。」

屈託のない笑みを浮かべる栗毛の少女に、ジュンも苦笑しながら頷いた。

 

 

 

「まず自己紹介しておくね。私ユキナ。」

「私はチハヤ。」

「僕はアオイ・ジュン。チハヤさん、君・・・ひょっとしてナデシコファイター?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・元、ね。」

「嘘!チハヤ姉が!?」

「昔の話よ。それにしてもよく分かったわね?のほほんとした顔の割には結構鋭いのかしら。」

「は、ははは・・・。それはどうも。」

余りといえば余りに率直なチハヤに、やはり苦笑するしかないジュンである。

「ところで。」

ユキナの方に向き直ったチハヤの表情が僅かに厳しくなる。

「なんで人にお金を借りたりするの?お兄さんが見つかるまで私の所にいていいって言ったでしょ?」

「・・・でも、いつまでもチハヤ姉に甘えるわけにもいかないし。」

 

急に声のトーンを落として顔を背けるユキナにチハヤが溜息をつく。

怒りたいけど怒るわけにもいかない・・・そんな複雑な表情をしていた。

他人行儀な事を言うな、とそう言おうとしてしばし躊躇う。

口を再び開いた時、結局出てきたのは違う言葉だった。

 

「・・・大体、なんで道端で借金の算段なんてしてるのよ!」

「大丈夫だよ、絶対貸してくれそうな人を選んでるから。」

「そう言う問題じゃないでしょ!」

「・・・・あのさ、結局はユキナちゃんのお兄さんを捜せばいいんだろ?

だったらまずはそっちを片付けた方が良いんじゃないかな。

そう言えば君のお兄さんって、何やってる人なんだい?やっぱり出稼ぎ?」

ユキナの言い様に五秒ほど陰々滅々としていたジュンが、再び口論になりそうな気配を察して口を開く。

しかし、返ってきたのは予想外というか、意外にもジュンにとっては非常に馴染み深いパターンであった。

 

「え?ジュンくん手伝ってくれるの!」

「え?え?」

「う〜ん、さすがジュンくんは男の子。女の子には優しいのね。」

「あの?」

「「手伝ってくれるんでしょ?」」

「・・・・はい。」

そして、同時攻撃の前にジュンの儚い抵抗は散った。

 

 

「はあ・・・女性に振りまわされるのは僕じゃなくてテンカワの役目なのにな〜。」

「ジュンくんの嘘つき。」

「ジュンくん・・・絶対嘘よ、それは。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 あの・・・手伝いはわかったからさ、二人ともできれば『ジュンくん』はやめてくれないかな・・・」

 

最後の抵抗、というには諦めきった顔つきでどこか哀れっぽく訴えるジュン。

二人は互いの視線をからませ、にやっ、と笑った後声を揃えてこう言った。

 

「「や!!」」

 

「とほほほほ・・・。」

 

 

 

「えっと、それでなんの話だっけ?」

「ほら、あなたのお兄さんが何やってる人かってこと。」

「あ、そうそう、お兄ちゃんの話ね。・・実はね、ナデシコファイターの付き人やってるんだ。」

「・・・じゃあ、お国の大使館なり領事館なりで尋ねれば済む事じゃないか?」

 

すこし呆れるジュン。

確かに正論である。

仮にもナデシコファイター、しかも決勝大会まで進出したからには普通国家元首に次ぐVIP扱い、

国を挙げてのバックアップをしているのに大使館が所在を掴んでいない、等と言うことはあるわけがない。

と、そこまで考えた時、ジュンの頭脳にようやく閃くものがあった。

 

「・・・ひょっとして、家出してきたとか。」

「ぴんぽーん♪」

「それで、大使館に行くと捕まって強制送還されるとか。」

「ぴんぽんぴんぽーん♪」

「あのね・・・・。」

 

思わずジト目になるジュン。

もっとも、ユキナにはなにほどの効果もない。

 

「そう言うわけだからなかなか見つからなくって。

でも、ジュンくんが協力してくれるならすぐに見つかるかもね♪」

「はいはい。で、君のお兄さんって言うのはどこの国の・・・」

「ったくよぉ、なんで俺がお前達の買い物に付合わなくちゃいけないんだ?大体アキトとの約束の時間までもうないぞ?」

「間に合うんだからいいじゃない!男が細かい事を気にしないの!」

「そうそう、これも将来の為の修行だと思ってさ!」

「あ、お兄ちゃん!?」

「「「「「へ?」」」」」

 

急に路地の入り口を振り向いたユキナの呼びかけに反応して、声が五つ綺麗に重なる。

そのユキナの視線の先、幼児二人に引っ張られるような格好で

こちらを振り向いたまま固まっていたのはジュンも良く知った顔だった。

 

「あ、あれ?・・・違う・・。」

「・・・・・誰だお前?って、なんでぇ。ジュンじゃねえかよ。」

「君は・・・ダイゴウジ・ガイ?」

「フッ。こんな男前が他にいるわきゃねえだろ。」

 

・・・白けた視線が集中するが、その程度で貫通できるほどこの男の面の皮はやわではない。

ツッコもうとしたジュンがある事に気がついてユキナのほうを振り向いた。

 

「・・・ひょっとしてユキナちゃんの姓って、『白鳥』?」

「うん、そうだけど・・・・ジュンくんひょっとしてお兄ちゃんの事知ってるの!」

「まあ、ね。なんというか、言わば同業者だし。」

思わぬ展開に苦笑しながら頷くジュンに、その他の一同も事情を察する。

 

「え?ああ、そーいう事ね。」

「あのお付きの人の妹さんなんだね。」

「へえ、ジュンくんナデシコのクルーなの?なんか意外・・って、そこの顔の濃いあなた!

ネオジャパンのクルーじゃないの!」

「えーっ!?この人も!?」

「あん?あんた、どこかで会ったっけか?」

チハヤが、すっかり忘れていたガイに自分の事を思い出させるまでに五分ほどの時を要した。

 

「そーかそーか!あの時のお嬢ちゃんだったか!いや、そーじゃないかとは思ったんだ!」

「嘘つき。・・・・ところで仮にもナデシコクルーがこんな所で何してるのよ?

クルークビになって子守りのバイトでも始めたの?」

「あのな・・・。」

「チハヤさん、彼と知りあいだったの?」

「昔、ちょっとね。・・・それより、あなたたち二人って違う国のナデシコクルーなんでしょ?

なんで敵同士が仲良くしてるのか聞きたいもんだけど。」

「・・・まあ、何となくね。」

 

 

 

「白鳥?ああ、俺様の偽者か。」

チハヤの説明を聞いていたガイがそのセリフを言い終わる前に、彼の足元で鈍い音がした。

「〜〜〜〜〜〜!」

「誰が偽者よ!アンタこそお兄ちゃんのパチモンじゃないの!」

ユキナに足を踏みぬかれてぴょんぴょん跳ねまわるガイには目もくれず、

ディアがユキナの手を引っ張る。

「じゃあお姉ちゃん達も一緒にアキト兄の所いこ!舞歌さん達も一緒にいるんだよね?」

「そだね。」

「ん・・じゃあ、ご一緒させてもらうわね。お礼も言いたいし、チハヤ姉も一緒に来てよ。」

「そうね、アキトにも会ってみたいし・・。」

「それじゃ決まりだね!」

「あー。ところでよ、話の途中悪いんだけどな・・・・」

「何、ガイ兄?」

「なんで俺がその子の兄貴なんだ?」

 

まだいきさつを理解していなかったらしい。

 

 

 

 

昼下がりの佳肴酒家。

普段なら客で賑わう頃合だが、店主代理が妹と彼氏を連れてショッピングに行ってしまったため、

今は数人の男女がアキトの作った点心を静かにぱくついているだけである。

 

「ま、舞歌殿!それは自分のシュウマイですぞ!」

「ぬう・・・!なんと言う箸さばき。この俺の目を持ってしても影しか捉えられなかった・・・」

訂正。あんまり静かにでもない。

 

「へ〜え?どこかに九十九の名前でも書いてあるの?」

言いつつ、九十九の皿から奪い取ったシュウマイ(複数)をさも美味しそうに頬張る舞歌。

美味しそうな顔でものを食べる事が出来るというのはある意味才能だが、

目の前でトンビにアブラゲかっさらわれた方からすれば小憎らしいだけである。

もっとも、それをはっきり言うわけにもいかないのが九十九の立場であった。

宮仕えは辛い。

とは言え、九十九と元一朗は舞歌のお守役・・・いわば「しつけ」を任されている立場でもある。

その義務を遂行すべく、溜息をついて親友の方を振り向いた九十九は・・・絶句した。

常日頃から武道家としての気配りを絶やさぬ元一朗であったが、

今はその全身に生死をかけた戦いの時の如き、凄まじい緊張感をみなぎらせていた。

全身の力を抜き、無形にだらんと垂らした箸は瞬息の動きに備える。

その防御に徹した構えには、九十九から見ても一分の隙もない。

自分の皿の小龍包と海老団子を舞歌から守りぬく為の、まさに鉄壁の陣であった。

 

「・・・・そこまで堕ちたか元一朗!」

「なっ!いきなり何を言い出す九十九!事と次第によっては只では済まさんぞ!」

「我らの使命は舞歌様を立派な少林寺の跡取りとして育て上げる事にある筈!

それを忘れて己の食事を守る事にのみ気を取られるとは言語道断!貴様は御守役失格だ!」

「何を言う!貴様のように隙だらけの、自分の食事すら守れない未熟者が!」

「食いものに意地汚い貴様のような奴が言うセリフか!」

「何ぃ!もういっぺん言って見ろ!」

「何度でも言ってやる!己に課せられた使命よりも自分の食事を守ることを重視するお前は意地汚い奴だ!」

「貴様・・・っ!」

「やるか・・・!?」

「「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」」

 

「御馳走様でした。」

 

二人の間に漂っていた一触即発の雰囲気が、舞歌の一言で雲散霧消する。

そして、我に返った二人が見たものは何時の間にかその上から料理が消えた卓であった。

・・・・・・・・無論、九十九と元一朗の皿に乗っていたのも全て、である。

 

「立派な少林寺の跡取りになるためにはちゃんと栄養補給しないとね♪」

「お・・・・・・・・俺の海老団子が・・・・・・・最後の最後の楽しみに取っておいた・・・

俺の海老団子がぁっ!」

「大変美味しゅうございました。」

「う・・・うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!」

「・・・やめてよ元一朗君。そんなに泣かれると悪い事をしたような気分になるじゃない。」

「したんですよっ!悪い事をっ!」

「でも、自分の食事を取られるのは隙があるからでしょ?

所詮世の中は弱肉強食。食った方が勝ちで食われた方は負けなのよ。

それに、『隙につけこむ方が悪い』なんて武道家のセリフとも思えないわね♪」

「うぐぐぐぐぐ・・・・」

 

トラウマでもあるのか、卓に突っ伏して号泣する元一朗。

舞歌の論破を諦めて(というか論破されて)、親友を慰める九十九。

そんな事にはお構いなく、満ち足りた幸せそうな顔で長楊枝を使う舞歌。

調理場から出てきたアキトが呆れた顔でそれを見ていた。

 

 

 

「うっうっう・・・・」

「なあ元一朗。所詮団子ではないか?ここはひとつ飢えた野良犬にでも噛まれたと思って・・・」

「・・・・誰が飢えた野良犬よ。」

「泣き止んで下さいよ、もう一度海老団子作りますから、ね?」

「頼もーう!」

「ん?」

「あら、この声は確か・・・。」

 

九十九と一緒に元一朗を慰めるアキト。

その隣でさすがの舞歌も、ややばつが悪そうにそっぽを向いてほっぺたをぽりぽり掻いている。

ツッコミだけはきっちりと入れているが。

可愛らしい声と一緒に女の子が一人、つむじ風のように飛びこんできたのはそんな状況の中だった。

 

「お兄ちゃん!」

「ユキナ!?」

「え?」

「あら。」

兄に駆け寄り、首っ玉に飛びつくユキナ。

よほど嬉しいのか、その表情が緩んでいる。

 

「えへへへへ・・・」

「こいつめ、勝手に家出なんかして心配した・・・・」

妹を軽く叱りながらも顔をほころばせた九十九が、ユキナの服を見た途端絶句した。

そう、ユキナの格好は不良予備軍(あるいはそのもの)のような、黒のレザーずくめのままだったのである。

 

「アキト君もお久しぶり。」

「え?チハヤさんですか!?」

「一体、チハヤさんとどういう知り合いなんだい?」

「ジュン?なんでお前がここにいるんだ。」

「・・・まあ、成り行きと言う奴で。」

 

「お!お前なんという破廉恥な格好を!」

「破廉恥って・・・いいじゃないの!ネオホンコンではこれが普通なんだから!」

「世俗の者たちに惑わされてはいかん!婦女子たるもの・・・」

「郷に入っては郷に従えって言うでしょ!?」

ぷうっ、とふくれっつらをするユキナ。

妹を叱責しようと九十九が深呼吸したその瞬間、絶妙のタイミングで舞歌が話の腰を折る。

 

「あら、可愛いじゃない。なかなか似合ってるわよ、ユキナちゃん。」

「え?そう?ありがと、舞歌姉。」

「ふふ。そろそろボーイフレンドの一人くらいできてもいいお年頃よね。」

「やだ、まだそんなの・・・」

「あ、赤くなった赤くなった。」

「もう、舞歌姉ったら・・・・。」

 

「舞歌殿・・・う。」

怒涛の「女同士の会話」にひるみかけた九十九が気を取りなおして文句を言いかけたのを、

今度は妙に力の篭もった視線で沈黙させる舞歌。

 

「・・・・いいかしら九十九君。ユキナちゃんだってお年頃の女の子なのよ?

オシャレもしたいし着飾ってもみたいものなの。お兄さんだったらわかってあげなさい。」

「し、しかしですね、これはしつけ・・・いわば家族の問題でありまして・・・」

「少林寺の大僧正と言えば親も同然、僧侶と言えば子も同然!

故に、それを言うなら私もユキナちゃんの家族同然よ。姉として妹の事に口を出して何が悪いの。」

「う、うう・・・・。」

「大体、しょっちゅうTシャツにジーパン着てる九十九君が言ったって説得力ないわね。」

 

舞歌殿のせいでしょうが、と叫びたい誘惑に九十九は必死で抗った。

一言反撃すれば百か千になって帰ってくるに決まっているからだ。

口では絶対に勝てない事は二十年余りの人生でよくわかっている。

・・・・・まあ、そもそも男が女に口で勝とうというのが無謀なのであるが。

 

「へ〜〜〜〜。お兄ちゃん、自分では着ておいて私には着るなって言うんだ。それってずるいんじゃない?」

「あ、いや、その、それはだな・・・・」

 

「そういえば、ジュンくんとそちらのお嬢さんは?」

攻守逆転し、妹のジト目を必死に受け流す九十九を微笑ましげに見つめ、舞歌が話題を変える。

 

「あ、こちらチハヤ姉。こっちに来てからずっと世話になっていた人。

ジュンくんは・・・・・まあ、色々と助けてくれたの。

チハヤ姉、私のお兄ちゃんで白鳥九十九。こっちは東舞歌。

で、そこで突っ伏しているのが月臣元一朗・・・・・・だよね?」

「・・・・・ユキナ、今はそっとしておいてやれ。

あ〜、何はともあれ妹がお世話になりましたようで。」

「ありがとうね、二人とも。私からも礼を言っておくわ。

ところでジュンくん、ユキナに手を出してないでしょうね?」

舞歌が悪戯っぽい笑みを浮かべてジュンをからかう。

動揺したジュンが口を開く前にユキナがまじめな顔を作って答えた。

「ん〜む、微妙なトコかな?ジュンくん、お誘いに二つ返事で乗ってきたし、私には妙に親切だし。」

「ちょ、ちょっとユキナちゃん?」

「・・・・・ほう。」

 

短く呟くと、音も無く立ちあがる九十九。目が妙に据わっている。

 

「詳しい話を聞きたいものだな、アオイ・ジュン。」

「あの〜、お兄さん?」

「貴様に『お兄さん』などと呼ばれる筋合いは無い!」

 

「何やってるのよ!人を誤解させるような事を言うんじゃないの!」

「だって、本当の事じゃないの、チハヤ姉。」

「ジュンくんが迷惑するじゃないの!」

「まあまあ、いいじゃない。そっちの方が楽しいんだし。」

「・・・・そう言う問題ですか?」

 

九十九を落ちつかせるのにしばらくかかった・・・

というか、誰も止めなかったのでしばらくかかった、と言う方が正しい。

 

 

 

 

「何、仕事の途中だったのに私達に付合ってくれていたの?」

「まあ、そうなんだけど・・・・放っておくわけにもいかないし。」

 

ジュンの返答にふうっ、とチハヤが息をつく。

「ジュンくんって、本当にお人好しよねぇ。」

「そんな言い方って・・・・・・。」

「褒めてるのよ。」

「・・・・・・・本当?」

「嘘。」

くすくすとチハヤが笑い、対照的にジュンの表情が暗くなる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「ほらほら、これくらいの冗談で落ちこまないの。あなたのご主人様に一緒に謝ってあげるから。」

「え・・・・でも、いいの?君だってやることが・・・。」

「・・・・・ジュンくんって、本当に優しいんだ。」

「そ、そんなこと・・・。」

「う〜む、ジュンの奴結構やるじゃないか?」

「意外だったな・・・。」

「むう・・・!」

「おのれ・・ユキナに手を出しておきながらあの振るまい、男児の風上にも置けぬ!」

「あるわよ。自分の事よりわたしの事を心配してくれるんだもの。

もっとも、そう言う人じゃなかったら私もここまでしないけどね。」

くすり、と微笑むチハヤ。我知らず赤くなったジュンに、外野から黄色いヤジが飛んだ。

 

 

ネオフランス・ナデシコファイター用宿舎。

 

「んもう、遅かったじゃないのジュンくん・・・・って、そっちの人誰?」

「御免、ユリカ。遅れたのにはその、ちょっと訳があって・・・。」

「・・・・・?ああ!なるほど、そう言う事ね!もう、ジュンくんも隅に置けないんだから!」

「あの、ユリカ?」

「ユリカ・・・・さん?」

「分かってる、何も言わないでも分かってるって!ジュン君はユリカの友達だもんね!

今日と明日はお休みをあげるから、二人でゆっくりするといいよ!」

「だから、そうじゃなくて・・・・」

「いいからいいから!」

 

言いつつ、二人をドアの外へ押し出すユリカ。

背後でばたん!と扉が閉まり、二人が何となく顔を見合わせる。

しばしの沈黙の後、口を開いたのはチハヤだった。

 

「あの・・・折角お休みをもらったんだし、どこかへ骨休めに行ってきたら?

ジュンくんさえ良ければお詫び代りと言う事で私も付合うけど。」

「え、でも僕とじゃ・・・」

「相手が私じゃ、御不満かしら?」

「・・・・いいえ。」

 

顔をわずかに朱に染めながらもはっきりと言うチハヤ。

ジュンの返事を聞いてその顔がパッとほころぶ。

屈託のない、綺麗な笑顔だとジュンは思った。

 

 

 

ジュンたちと別れた舞歌たちは、佳肴酒家を出てネオホンコンの下町を歩いていた。

ラフな服装の美女、舞歌を先頭に僧衣を着た九十九と元一朗、チーマーのようなユキナ、

服装は普通だがやたら濃いガイにディアとブロスの幼児二人。

とどめに日本刀を背負った怪人赤マントことアキト。

・・・よくよく考えてみると、相当怪しい集団かもしれない。

 

「そう言えば今日はどこに行くの?」

「え?舞歌さん聞いてなかったんですか?」

「敵情視察に行く、としか聞いてないわよ。」

「ほら、この前ゼウスナデシコのロバート・クリムゾンに勝ったファイターがいたでしょう。

そいつが働いている・・・・・ほら、見えてきましたよ。」

 

アキトが指差した方角でぽん、ぽん、と小さ目の花火が上がる。

その公園のような広い空間には、沢山の人とざわめきとが満ち溢れていた。

辮髪を結った火吹き男、十本以上のナイフを手玉に操るジャグラー、南京玉すだれ、

美女の頭の上のリンゴを標的としたナイフ投げ、物真似にパントマイム、綱渡り。

猿回しに犬使い、鉄の棒を素手で曲げる怪力男、スティルツ(組体操のようなもの)・・・

周囲の喝采を受け、日頃鍛えた芸を披露するありとあらゆる種類の芸人達。

さながら大道芸の見本市だった。

そして、広場の中央にはピエロの顔の看板を掲げた巨大なテントがあった。

その看板を目の当たりにした瞬間、一瞬だけ舞歌の表情が歪む。

舞歌の表情の変化には気付かぬまま、九十九が説明を始める。

 

「ネオポルトガルのジェスターナデシコ・・・ファイターの名前はヤマサキ・ヨシオ。

ジェスターという名前の通り、ここのサーカスで道化師として活躍しています。

実は昨日通達がありまして、ネオチャイナの次の対戦相手に決定しました。ですから・・・・」

「パス。」

「は?」

「かったるいからパスパス。代りに見ておいてちょうだい。」

「ちょ、ちょっとお待ち下さい舞歌殿。いきなり何をおっしゃるのですか!?」

「大体、見なくたって大丈夫。負けやしないわよ!」

 

九十九と元一朗の二人に目で助けを求められたアキトが、苦笑しながら割って入る。

「彼を知り己を知らば百戦するとも危うからず、ってのは舞歌さんの国の言葉でしょう?

相手の事を知るのは戦いの基本中の基本でしょうに。」

「要らない物は要らないの・・・あ、ちょっと、何するのよ!」

「俺もそのうち対戦する相手ですからね・・・ここは仲良く敵情視察と行きましょう。」

「やだ!私帰りたいんだから・・・あれ、ジュン君じゃないの?」

「へ?」

 

その言葉に、舞歌の首根っこを捕まえてテントのほうに引きずっていこうとしたアキトの動きが止まる。

振り向いた一同の目の前で、驚いた顔をして立っているのは紛れもなくジュンとチハヤであった。

・・・ちなみに、チハヤの右腕とジュンの左腕が絡んでいる。

 

「ほほぉ。何よ二人とも。腕なんか組んじゃって、いつの間にそんなに仲良くなったのかな〜?」

「え・・・」

舞歌の言葉にジュンが口をパクパクさせて、チハヤが無言のままで頬を赤らめる。

 

「なんだよジュン、結局デートかぁ?」

「ジュンさんやるぅ〜!」

「ねえ!私たちこれからサーカス見るんだ!ジュンくんとチハヤ姉も一緒に見ようよ!」

取って付けたようなセリフを言いつつ、ユキナがジュンのもう一方の腕を強引に引っ張る。

一瞬チハヤのこめかみが引き攣ったのは気のせいではあるまい。

 

「ユキナちゃんもなかなか積極的じゃない・・・いい傾向だわね。」

「とか言いつつ、うやむやにしようとしても無駄ですよ。」

「やだ〜!帰る〜!」

「はいはい、わがまま言わないの。いい子ですから大人しく一緒に来ましょうね。」

「や〜ん!」

だだっ子の如く手足を振りまわしながらもアキトにズルズルと引きずられてゆく舞歌。

さすがに力では敵わない。

 

「・・・・・・」

「舞歌姉も変わってないわね〜。」

「あの人が本当にネオチャイナのナデシコファイターなの・・・?」

「「・・・お願いですから言わないで下さい。」」

どうリアクションしてよいかわからず立ちすくむジュン。その両脇でうんうんと頷くユキナと呆れるチハヤ。

九十九と元一朗が顔に苦悩の縦線を無数に刻んでいた。

 

 

 

 

「大体、なんでナデシコファイターが道化師なんかやってるのよ!?」

「いいじゃないですか、調理手伝いやウェイトレスのアルバイトやってるナデシコファイターだっているんだし。」

「そう言う問題なのか?」

「・・・俺に聞くな。」

 

観客席についてもまだ舞歌はぶーたれている。

それをなだめるアキトの隣で頭を抱えている元一朗。

別の意味でぶすっとしている九十九の視線はひとつ前列の三人に注がれていた。

その三人・・ユキナは兄をほっぽり出してジュンの左隣に腰を下ろし、右隣にはチハヤが座っている。

ジュンは両隣と背後からのプレッシャーに半ば金縛りになっていた。

 

(ぬう・・・・軟派めが!)

「どした、九十九の旦那。さっきから黙りこくっちゃって。」

「・・・・なあ、ガイ君。君には兄弟がいるか?」

「弟が一人いるけど・・・・それがどしたい?」

「その弟が悪い女に騙され弄ばれたらどんな気がする?」

「そりゃ、まあ・・・」

一瞬口篭もるガイ。

『既にとある女性の奴隷同然』とはさすがに言えない。

 

「そうだろう!それを・・よりによってあのような節操無しの女たらしの軟派野郎に・・!」

一呼吸、言葉を切る九十九。

次の瞬間、表情のみならず全身に溢れる鬼気がガイをも凍りつかせた。

「・・・・・・絶対許さん。」

 

「あれ、ジュンくん汗だらけだよ?」

「あらほんと。熱でもあるのかしら?」

「あ、ははははは・・・・・大丈夫だよ・・・多分今の所は。」

 

 

 

テントの中の照明が落とされた。

それとともに、ざわめいていた観客席が静まり返る。

あの祭りの前の奇妙で静かな、それでいて心地良い興奮と緊張感を盛り上げるかのように

暗闇に低いドラムロールが響く。

唐突にドラムロールが弾け、テントを支える柱のひとつ、

その中ほどの足場に立つ人影を数本のスポットライトが照らし出した。

派手な赤いタキシードに緑の蝶ネクタイ、黄色いシャツにサスペンダー付きの白いズボン、

腹を詰めもので膨らませ、白塗りに丸い赤鼻の道化師の仮面。

空中ブランコを右手で支えながら左手で観客に手を振っている。

 

(あれが、ジェスターナデシコのヤマサキね。・・・・・!?)

なんのかんの言いつつその人影を仔細に観察していた舞歌の表情が、

その白塗りの面を見た瞬間はっきりとこわばる。

その理由を舞歌自身理解できないでいる内に、再びドラムロールが始まった。

ヤマサキがブランコの横棒を掴み、空中に飛び出す。

無駄のない綺麗な動きで、くるりと逆上がりに一回転して腰掛け・・・られず、

手を滑らせて数秒の間おたおたと片手でぶら下がり・・・・・落ちる。

ドラムロールの続く中、手足をばたばたさせながら落ちていくその姿に観客席から悲鳴が上がる。

その瞬間、下に揺れていた別のブランコに今度は綺麗に掴まって腰掛けるヤマサキ。

シンバルの音が場内に響き、一拍遅れて大きな拍手と喝采が上がった。

 

「すっご〜い!」

「さすがだな。計算された見事な動きだ。」

無邪気に喜ぶディアとブロスの横でアキトも賞賛の表情を浮かべている。

 

 

空中ブランコの後は玉乗りだった。

あっちへよろよろ、こっちへふらふらと危なっかしい動きで観客の笑いを誘い、

遂には柱にぶつかり、玉もろともに弾き飛ばされて大の字に転がる。

倒れこんだ瞬間、舞歌とヤマサキの目が合った。

顔に笑みを張りつけたままヤマサキのその目だけがにやあ、と笑う。

一瞬、舞歌の背にまた理由のわからぬ悪寒が走った。

 

 

ひとしきり観客を沸かせた後ヤマサキは引っ込み、

ライオンや象を使った猛獣使いの芸を挟んで今度は羽織袴と言う噺家のような格好で登場する。

「さてみなさん、今度は僕のもうひとつの芸をお見せしましょう・・・・・

そこの弟さん妹さんを連れた顔の濃い君、ちょっとこっちに来てくれるかな?」

「へ?俺?」

「・・・・ファイトでも奴の得意技は催眠術だと言う話だったな。気をつけろよ、ガイ。」

「ヘッ、任しとけって!」

アキトとの小声での短い会話の後、のこのこ、と言う感じで観客席から舞台に降り立つガイ。

「さて、ではそこに立って下さい・・・」

言葉と共に、視線の高さに持ち上げられたヤマサキの指がゆらゆらと揺れ始める。

その指の動きを見た途端、ガイの瞳から光が消えた。

同時にその肉体がかちんこちんに硬直する。

「今、この方の肉体は私の催眠術によって鋼の如く固くなりました!では証拠をお見せしましょう!」

「ぱおーん!」

「この象がこれから全体重をかけてこの男性を踏みつけます!潰れなかったらお慰み!」

手に持った角材をガイの体に叩きつけてへし折りながら、恐ろしい事をさらりと口に出すヤマサキ。

ちなみに、成体とおぼしきそのアフリカ象の体重は推定6トン。

 

ぶぎゅる。

 

「はい、このとおり。象が踏んでも壊れない!」

 

「・・・・あれって、催眠術の力なのか?」

「ガイ兄だし・・・術がかかってなくても結果は同じだと思うけど。」

ごく一部の冷ややかな突っ込みは大多数の歓声によってかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

後編に続く