出会いというものは時というものに支配されがちだ。

 

 出会った瞬間から、何気ない出来事、些細な偶然、その時々の考え、決断、想いが、時と共に積み重な

ってできたのが『現在』だ。

 

 ならば、

 

 因果の理すらも捻じ曲げて遡って来た者。

 

 彼にとって、出会いとは何なのだろうか――――。

 

 

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコ  もう一度逢う貴方のために

第2話

 

 

 

 

 

 

 心地良い夜明けの風が彼方から此方へと運んでいく。

 

 それは、人の想いすら運んでいくようだった。

 

 

 

 

 周囲はまだ薄暗かった。

 空の高みは未だに藍色に包まれ、星々が白みゆこうとする空に光を投げかけている。

 街もまだ動きを見せていない。

 その中、低い息吹が微かに聞こえる。

 樹木の多い公園。その奥に、居た。

 

 ―――アキトが脚をしっかりと大地に下ろし、瞑目していた。

 

 

 

 

 指を屈伸する――――――動く。

 息を強く、深く吸う――――――全身に空気が満ちていく。

 全ての筋肉に力をこめる。一点の不備も無く、全身に力が漲る。

 今、この力を然るべき方法で振るえば、その破壊の力を前に逃れられる者など、そうはいないだろう。

 

 ―――――だが、

 

 不意に力を抜く。それと同時に、塞き止められていたかのように汗が噴き出してくる。

 

「・・・・まだ、全然、足りない」

 

 汗まみれとなったアキトは気息を整え、呟く。

 この時期の自分の身体は、平均的がいい所といった方で、地球へ跳んだ頃には自分は戦いを嫌うように

なっていた。

 

 でも、今は。

 

(・・・・・今の俺に、そんな感傷など必要無い)

 

 ―――自分が急ぎすぎているのは、知っている。

 でも。それでも。

 

「全てが始まる前に、失った力を取り戻す―――――」

 

 かつて一年の時を費やし狂気の心をもって作り出した身体を、今度は半年で作り上げる。

 そして、自分は戦場に向かう。今度は、見紛う事無く自分の意思で。

 

「守ってみせる―――今度こそ」

 

 そのための力なのだから。

 

 そしてまた、人が見たら眼を剥くであろう過酷な修練を始める。

 

 それがアキトの日常となっていた。

 

 

 

 

 日が昇り、白んでた空が色を取り戻す。

 街が次々に息を吹き返していく。

 日常が、始まる。

 

 

 フィリアとアイが揃って出かける時間は平均的な出勤時間と同じで、

朝は大抵、扉の前で鉢合わせをする。

 

「お兄ちゃん、おはよ!」

 

「ああ、おはよう」

 

 この頃になると、初対面の時にあったどこか人見知りした様子など無く、一言で表すと、懐かれていた。

 

「おはようございます」

 

「あ、おはようございます」

 

 何気ない挨拶。

 それだけなのに、なぜか優しく懐かしい昔を思い出すのは、何故だろうか。

 その笑顔によって、自分自身で忘れ去ってしまった思い出が思い起こされるからであろうか。

 

 ―――癒されている。そう感じていた。

 

「ところで、アキトさんは今日はお休みなんですか?」

 

「ええ。学校は休校日なんで、午前の内にバイトに入るんですよ」

 

「あら、そうなんですか」

 

 談笑して別れる。

 

 

 それもまた、アキトにとっての日常の一つ。

 

 

 

 ―――アキトが『遡って』きて、はや一週間が経過していた。

 

 

 望むべくも無かった時を、再び過ごしている。

 

 ほんの僅かな安堵と、罪悪感。

 

 それでも、このまま緩やかに時は流れていくのだろう。

 

 やがて来るであろう、その日まで。

 

 

 ただ、アキトは気づいていなかった。

 自分という存在がこの世界に『遡って』きた時点で、流れゆく時が変容を始めたことに。

 

 ―――もし、気付いても、自らが動くことを止めることは無いかもしれないが。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 日が昇りきる頃、空はどこか透き通った青の色を持つ。

 その間、人は安堵し、思い思いの時を過ごす。

 

 

 

 

 ―――その少女は少し、困っていた。

 ガラの悪そうななのが声を掛けてきたのはどうでもいい。

 それがしつこく声を掛けてきたのも、ほんの少し頭には来たものの、どうでも良かった。

 いざとなれば、張り倒せば済むことだから。・・・・その後の周りの反応が怖い気もするが。

 

 ただ、何をどこで、どこをどう間違ったのか、九、十人の人が乱闘騒ぎへと突入した今、下手をすると

警官たちが介入してくるだろう。最初こそ口論だったものの、頭に血が上りきっている以上そんなことお構い

無しに続けるだろうし、下手すれば警官の方が返り討ち。なんてことにもなりかねない。

 

「・・・どうしましょう?」

 

 ふぅ、とため息が漏れる。それに合わせて艶やかな黒髪が、揺れる。

 ・・・極論として、さっさとその場から抜け出せばそれでいいのだが、人の良さゆえか、そこまで頭が働いて

くれないようだ。

 その時、道の先のほうからまた一人現れた。

 年は自分と同じくらいだろうか?でも、その醸し出す雰囲気は外見を大きく裏切って、大人びていた。

 その少年の、どこか深みを持った瞳に引き込まれそうになってると、

 

「きゃ!」

 

 偶然、自分のほうによろめいてきた男がぶつかった。

 

「邪魔だ!」

 

 彼女を邪魔者扱いして払いのける男。

 倒れかけて、いい加減我慢の限界量が超えたのか、その男を睨み付けて何かを言いかけて。

 

 

 そして―――――

 

 

 

 

「―――――ん?」

 

 何か、騒がしい気がする。

 一見行きゆく人々のざわめきがそうさているのかとも思ったが、どうやら違うらしい。

 それに加えて、放っている気配こそ拙く感じるものの、殺気が入り混じっていた。

 

(乱闘か・・・・・?)

 

 とりあえずそれを辿っていって、通りを曲がって出ると、丁度現場に居合わせる。

 

(あれは・・・・・)

 

 その視線が一番始めに捉えたもの。

 ある意味、アキトにとって思い出深いひとだった。

 理屈などない。ただ一目見ただけで頭の中に彼女の名前がよぎる。

 

 そう、彼女の名は――――

 

「邪魔だ!」

 

 その時、男がその女性を突き飛ばす。

 

 瞬間、アキトの雰囲気が一変した。

 

 

 

「おい」

 

 抑揚の全くない声。普段のアキトしか知らないものであれば、別人と間違えかねないほどの『何か』を

含んでいた。

 それに言葉もなく、ポケットから出したナイフで返答する男。

 もはや何の区別もつかなくなるほど興奮しているのだろうか。

 しかし、アキトに言わせる所の、蝿が止まるような速度のそれが当たる筈も無く、難なく避けてみせる。

 

 アキトの今の実力は、肉体の関係上「黒い王子」であった頃とは及びもつかないものの、傍から見れば

その力量は、其処等にいる有象無象など問題にならないほどに高いものとなっていた。

 

「聞こえないのか?」

 

 続けざまにナイフを振り回すが、それはどれも当たらない。

 無駄な動きは一切行なわず、全て紙一重で避けていた。

 

「落ちつけ」

 

 突くようにして出された一撃を、左の指二本で受け止め、右手を胸に当てる。

 

 ドンッ!

 

 そして、俗に言う発剄の応用で、男を紙切れの様に吹き飛ばした。

 悠に数メートルは吹き飛ばされた男。

 その、あまりといえばあまりの出来事に争っていたことも忘れ、吹き飛ばされた男とアキトに視線が集まった。

 

「あ・・・・ぐ・・・」

 

 その男はアバラでも折れたのか、苦しげな声を漏らしている。

 

「おい」

 

 アキトが発する先程と同じ、声。最もアキトに近い位置にいた者が、脂汗を浮かばせている。

 アキトの発する僅かな―――本人にとっては、だが―――殺気。

 それだけで普通に生きる人には十分過ぎた。

 

「今すぐこの馬鹿騒ぎを止めろ。あと、そこの男を病院に運んでおけ」

 

 それを合図に各々散って行く一行。不満そうな顔をした者もいるが、

アキトの眼光がそれらを通過すると、すごすごとどこかへ消えていった。

 

 そして、放つ雰囲気が元に戻っていく。

 そのギャップはさながら別人と言ってもさし支えないようだ。

 

「あの・・・大丈夫?」

 

 呆然と崩れたままの格好で地べたに座っている女性に、アキトが心配そうな声を掛けると、こくこくと

首を縦に振って応えた。

 

「えぇと・・・その・・・名前、聞いてもいいかな?」

 

 ある種の確信を持って訊ねる。

 

「・・イツキ。イツキ・カザマです」

 

 セーラー服を着た女性は、名前をはっきりとこう答えた。

 

 

 

 

 

「――――それで、気付いたらああなってた、と?」

 

「はい・・」

 

 そこはアキトのバイト先、乱闘騒ぎのあった場所から少し離れた程度の所に位置するファミリーレストラン

である。

 

 本来仕事中の筈だが、何かを勘違いした店長の計らいでこうしていた。

 ・・・ある意味都合が良かったが。

 

 ―――判っていたはずだった。

 

 こうしてもう一度、相手にとっては初めての出会いをする事を。

 だが、予想すらしていなかった出会いは、アキトの心を容易に揺さぶっていた。

 

(火星出身、だったのか―――――)

 

 そんなことも知らないままに、彼女は消えていった。

 今度も、そうなってしまうのだろうか―――。

 

(!・・馬鹿な・・・事を・・・・・・・!)

 

 一瞬、記憶フラッシュバックする。

 

 眩い光の中に消えていく。

 

 誰かが泣き、誰かが叫ぶ。

 

 ・・・・・

 

 変えられなかった出来事。

 死んだ人は、戻らない。

 でも、

 時を越えた自分。

 全てを知っている。

 全ては、白紙。

 

 ならば―――――、

 

 おまえは、何をするつもりだ?

 

(やり直し・・・・。そう、だったな)

 

 考えが表情に出たのであろうか、イツキがどこか不思議そうな表情を浮かべる。

 

「あの・・・?」

 

「・・・・あぁ、ゴメン、もう時間切れみたいだ」

 

 ちらりと視界の端に、店長が手招きしているのが見えた。アキトの自由時間がもう終わりなのだろう。

 

「何かあったらココに連絡してくれればいいよ」

 

 そう言ってメモの切れ端に何かを書いて手渡し、立ちあがる。

 

「あの」

 

「はい?」

 

 立ちあがった姿勢のまま、首を向ける。

 

 

「・・貴方の名前、まだ聞いてません」

 

 そう言って穏やかに笑う様子は、確かにあの僅かな時で見たことのある同じ面影を思い出させる。

 

 心が落ち着いていく。

 

 自然と浮かぶのは、深い―――穏やかな笑み。

 

「テンカワ・アキト、それが俺の名前だよ」

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 日は落ちていく。もう一度昇るために。

 夕闇は濃度を増し、全てを飲み込む色へと変わっていく。

 人は、灯火を求めて帰路につく。

 

 

 

(これは、迷ったのかしら?・・・端末は持ってるし、いざとなったら

 昼間のあの人にでも連絡しよう。この辺りが近所みたいなことを言っていたし・・・)

 

 引越しが終わり、散歩ついでに歩き回って近くの森林公園に入った辺りで立ち往生していた。

 特に意味は無かったはずだが、何となく引き込まれていったのだ。

 樹木のざわめきとは違う、何かが風を裂く音と、鋭い呼気が聞こえたのだ。

 

「・・・?」

 

 聞き覚えのあるような声に、声を目指して近づいていく。

 呼気が、風を裂く音が近づいていく。

 

「フウゥゥ――――・・・・」

 

 不意に思い当たった。この声は―――――、

 

「アキト、さん・・・・・?」

 

 少し躊躇しながらも踏み込んで、呼びかける。

 視界が開ける。

 

「あれ、イツキさん」

 

 最初に目に入ったのは腕だった。

 細身な様でいて強靭な腕が、少し肌寒くなってきた外気を受けて白い煙を上げている。

 アキトのいでたちは、シャツにジャージといったラフな格好で、何かの鍛錬をしていたようだ。

 

「また会いましたね」

 

「まあ、ね」

 

 アキトがどこと無く安心した表情で応え、逆に聞き返す。

 

「それで、どうしてここに?」

 

「えぇと――――」

 

 少し逡巡するイツキの様子に何かを悟ったのか、笑みの形をを苦笑へと変える。

 

「俺はもう帰るけど、どうする?」

 

「あ、御一緒します。途中まで」

 

 

 

「あの・・?」

 

「何?」

 

 場所はもう、アパートの前まで来ていた。

 

「どうしてアキトさんがここにいるんです?」

 

「ああ、それはね」

 

 そう言いながら、もう部屋の前まできていた。イツキの部屋の隣に立って、アキトが指を差す。

 

「ここ、俺の部屋」

 

「え?」

 

「だからお隣さん、という事」

 

「えっ?」

 

「それじゃ、また明日」

 

「えっ?・・あ、はい」

 

 アキトの台詞が意外だったのか、暫し固まっていたが、挨拶にもオウム返しに答えてアキトが扉の向こ

うに消えた頃、ようやく我に返る。

 

 

 

(何か・・・おかしなひと)

 

 そう考えて、苦笑する。

 今日一日見た限りでも、様々な表情を見せた。会ったときのあの鬼気を纏わせた雰囲気が、まるで幻の様に。

 確かにおかしなひと、なのだろう。

 

 そして、

 

(なんて――――、深い眼をしたひとなんだろう――――――)

 

 終始あの瞳は穏やかでいて、揺らぎが無かった。

 

 あの人は・・・、何か、違う。

 

 それに、

 あの時の、あの表情。

 あの表情は、何だったんだろう?

 

 

 それは、奇しくもフィリアの疑問と同じものだった。

 

 

 

 そして―――、

 

 

 

 

 アキトは身の回りのものを全て済ませると、ベッドに横たわる。

 一人になると、自然とこれからの事に思いがいく。

 

(やり直し・・・か・・・)

 

 何が最善であるのか。未だに計りかねる所がある。

 判っているのは、あんな未来など二度と御免だという事。

 

 全てがうまくいく、そんな方法などあるのだろうか――――。

 

 そんな考えに捕われてると、今自分におこなってる鍛錬の過酷さ故か、頭の中が徐々にぼやけていく気

がする。

 

(少し・・・無理が祟ったか・・・?)

 

 そう時間を置かずに、強烈な睡魔が襲ってくる。

 それに委ねて、目を閉じる。

 

(また・・・明・・日―――――・・・・)

 

 ―――程なくして、死んだような深い眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 彼の人は眠りにつく。

 

 

 また再び、自らの戦いを始める為に。

 

 

 願わくば――――――、

 

 

 せめて、この一時だけは、穏やかでいられるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 寄る辺無き放浪者の邂逅 〜Fin〜

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 何か、続いてます。

 某親子の出番が思いのほか減ってしまった・・・・、次回も出てこれるかどうか・・・。

 まあそれはともかく。

 よくよく考えたらイツキの設定って全然知らないんですよねぇ。

 しかもTV版も良く覚えてないし。そのため俺の書いてるSSの彼女の設定は殆ど(全部ともいう)嘘

っぱちです(苦笑)

 公式設定ってあるんでしょうか?

 

 ・・まあ、いいや(即決)

 

 アキトは相変わらず、です。当分こんなんでしょうから、気にするだけアレです(無責任)

 

 それとまだ動きませんが、動くのは次くらい、でしょう。

 

 

 とりあえずな登場人物その一

 

 イツキ・カザマ

 年齢はアキトと同じ。

 両親は既に他界。

 護身術として武術を多少齧っている。

 『前回』では第一次火星会戦時に辛うじて火星を脱出。その後軍の養成学校を経て本編に至る。

 

 ちなみにアキトとは同じ養護施設出身なのだが、本人たちは全く覚えてない。

 

 

 

 

続く

 

 

 

 

管理人の感想

 

 

 

かわさんからの投稿第二弾です!!

おお、かわさんはアキト×イツキですか?

う〜ん、Benの作品のイツキは・・・アレですからな(苦笑)

これは、一部の方々が喜ばれますよ!!

ふふふ、どんな感想がくるでしょうかね?

それに、今後の話も気になりますね。

実に、テンポの良い作品を書かれますよね、かわさんは。

Benも見習わないと・・・

 

それでは、かわさん投稿有難うございました!!

 

さて、感想のメールを出す時には、この かわさん の名前をクリックして下さいね!!

後、もしメールが事情により出せ無い方は、掲示板にでも感想をお願いします!!

出来れば、この 掲示板 に感想を書き込んで下さいね!! 

 

 

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