時は2212年。
人類がボソンジャンプという手段を得て約15年の月日が流れた。
人類は、ボソンジャンプという手段を得て飛躍的に活動領域を延ばし、遂には太陽系全てを自らの領土と化した。
そしてその目標は遂に他星系にまで伸びていった・・・



機動戦艦ナデシコ
〜宇宙に散る雪〜

プロローグ




「艦長、司令部から通信が入っています」

「繋げて。どうせろくなモンじゃないだろうけど」

「そんな事言わないでくださいよ・・・モニターに出します」

ヴォンという音を出しながら空中に禿げた嫌味なおっさんが映し出される。
現地球軍総司令ミドウ・シヅキ元帥。
とある事件でミスマル・コウイチロウ提督を追い落として元帥に就任した人物。

『カキツバタDに帰還命令だ。司令部直属の命令なので拒否権は無い。
 中佐、君には新しい任務に当たってもらう』

「新しい任務? 今度はアタシに何をさせるつもり?」

『それは今話すことではない。君たちは一刻も早く帰還すればよいのだ』

それだけ言って通信がきれる。

「中佐、どうしますか?」

「帰らない訳には行かないでしょ。ジャンプフィールドを形成して」

「了解。C・C散布、ジャンプフィールド形成確認」

「目標、ターミナルコロニー『アマテラス』」

「ディストーション・フィールド出力最大」

「・・・ジャンプ」



2206年、時代はボソンジャンプ大航海時代に突入した。
2203年に火星の後継者を名乗るテロ集団が壊滅したことから彼らの持っていた技術が連合に流れた。
初めの内は連合も彼らの技術をそのまま流用していた。
しかし、A級ジャンパーを遺跡と融合させイメージ伝達をはかるだけではジャンプが不安定になる。
そこで連合は『不安定な伝達をするよりもA級ジャンパーを創ればいい』という結論に至った。
当然、火星の後継者も同じことを考えていたらしく、その技術はそう時間がかからないで実用化された。
とは言え人体改造を受けてまでボソンジャンプしたいと思う人間はそうはいない。
実際にその手術を受けたのはアタシをはじめ宇宙連合軍に所属する士官の一部だ。
被験者52名の内38名は失敗、その命を散らした。
結果、二次的要因でA級ジャンパーになったのは14名。
その全員が未踏地域探査部隊としてナデシコ級戦艦の艦長に就任した。
その甲斐もあって2212年には太陽系は完全に人類の物となった。
しかしその犠牲も大きい。
未踏地域探査部隊に所属する戦艦の大半が事故などで撃沈、または行方不明になっている。
残る艦はアタシのカキツバタDを含めたった3艦。
つまり11艦が沈んだか行方不明だ。人数で言えば2000人を超す人が亡くなったことになる。
まぁ、そんな事はどうでも良い。
私たちの仕事はまだ見ぬ宇宙を捜索し、人類が生きていける地域を増やす事。
それには第二の地球を探すことも含まれるわけで。
つまり、次の命令の内容も大体わかるってことだ。
足場は固めたわけだから、次は・・・



「とうとうこの時が来た。此度の遠征で太陽系は完全に我々の支配下になった。
 よって第二プロジェクト、『外宇宙探査』を実行に移す」

「で、具体的にはどうするのですか?」

威張りくさった口調のウェザード・ウェントス中将にそう聞いたのはコスモスC艦長フユミ・コウキ少佐。
年齢的にはアタシより少し若い。が、優秀な艦長だ。
それはこの太陽系の探査に生き残ったことも証明している。

「失礼ですが、現在我々探査部隊も私を含め三名しか残っておりません。
 太陽系を探索するだけで十一隻もの艦艇が沈んだのです。
 外宇宙を探索するのなら万全を期すべきです」

こっちはナデシコF艦長フェルト・ルーナセルト少佐。
先祖代々地球軍に所属している名家の出。しかしそれを鼻にかけない性格。
そのせいもあって女性には結構もてるらしい。

「うむ。それについては案が出ている。まぁ、誰でも思いつく事だがな。
 要は減ったら補充すればよいのだ。
 二度目の『A級ジャンパー化計画』を発動する。
 それに従い、ナデシコK〜R、コスモスE〜G、カキツバタG〜Jまでの建造も進んでおる」
訊いて判るとおり、ナデシコ級で最も多く造られている艦種は一番艦ナデシコ。
それに三番艦カキツバタが続き、二番艦コスモスが最も少ない。
理由としてはドッグ艦は需要が少ない事が挙げられる。
何せ宇宙探査は基本的に単艦行動。補給する機会など殆ど無い。
それでも多少は造られているのだけど・・・
ちなみに四番艦シャクヤクはB以降建造されていない。
なぜなら進宙前に沈んだ不吉な艦とされているからだ。

「その為君たちは暫く休暇をとってくれ給え。
 君たちには有無を言わさず外宇宙探査に出てもらうことになる。
 経験者は貴重なのでね。以上だ」

そう言い終えて、ミーティングは終了。
そのまま解散となった。



「休暇・・・ルーナセルト少佐はどうするんだ?」

「私か? そうだな・・・故郷に戻ってみるのも悪くない。
 もう5年程戻っていないからな」

「そうか。俺のほうは・・・」

休暇、か。
アタシはどうしよう?
やる事なんて無いよね。
もうアタシを待ってる人なんていないし・・・

――2203年、火星の後継者から技術を得た地球連合はその技術をある女性に使った。
  御統ユリカ。火星の後継者に連れ去られその身体を散々もてあそばれた挙句、遺跡に融合させられた女性。
  一度融合し、拒否反応が無いと判明している彼女に連合は白羽の矢を立てた。
  当然、それに同調しない者達もいた。
  夫、天川アキト、父、御統コウイチロウ、養女、星野ルリ・・・その他元ナデシコクルーと地球連合宇宙軍のコウイチロウ配下&ルリ信者。
  それは、地球連合を真っ二つに分けた戦いだった。
  結果は・・・連合統合軍が禁忌である相転移砲を持ち出した事で統合軍が勝利を収める。
  この戦は去、星野ルリ中佐の二つ名から『電子の妖精の乱』と呼ばれる。
  ・・・私は・・・周りの皆に止められてナデシコCに乗らなかった。
  それで私だけ生きているのだけど・・・私だけが・・・生き残って・・・――

いや、やっぱりやることはあったね。
帰ってきたこと、挨拶しなきゃ。
にしても皮肉だね。死ぬつもりで立候補したアタシが生き残ってほかの人たちが死ぬなんてさ。

「シラトリ中佐は如何なさるのですか?」

「アタシ? とりあえずお墓参り。
 その後はそのとき決める」

そう。もう皆居ないんだ。お兄ちゃんもミナトさんもルリちゃんもジュンちゃんも。
皆死んでしまった。
私だけが生き残った。
何であの時ナデシコCに乗らなかったんだろう?
負けるのは判ってた。でも、だからこそ一人残されるのも判ってたはずなのに・・・



「墓前には似つかわしくないお客様ね。
 アタシに何の用?」

休暇初日。私はとある人の墓の前に居た。

『ミスマル家代々の墓』

そこに知り合いの遺骨は無い。
相転移砲によって遺骨すら残さず掻き消されたから。
しかしそれ以外の人物の墓は作られていない。
だから。

「木連の英雄、白鳥九十九の妹、白鳥ユキナだな?
 我々とともに来てもらう」

「貴方たち、何者?」

「我々は、火星の後継者だ」

火星の後継者。2201年に連合軍に反旗を翻したテロ集団。
とっくに消えたものだと思ってたんだけど・・・

「まだ残ってたとはね。なかなかしぶとい」

「しかし我々だけでは人を集めるのに難儀していてな。
 そこで・・・」

「アタシに目を付けた訳か。でも残念だね。アタシはあんた達と一緒に行く気は無い」

「貴様にしても悪い話ではあるまい。
 我らと共に来れば貴様の家族の敵も討てよう」

真ん中にいる変人がそう声をかけてくる。
・・・これは悪魔的な誘いだね。でも、

「それでも、私はあんた達と一緒には行かない。
 私にとってはあんた達も敵だ」

「・・・ふん、貴様の意見など知ったことではないな。
 貴様はただの飾りとしていてくれればいいのだ」

「飾り、ね。私も安く見られたもんだ」

「行け。烈風!」

組傘を被った変人の一人が襲い掛かってくる。
が、私だって英雄、白鳥九十九の妹だ。
そう簡単にやられる訳いにはいかない。
そもそも、こう言う輩とやり合うのも初めてではないのだ。

「ガッ!」

短刀の腹を叩き軌道を変え、一瞬無防備になった腹に一撃を叩き込む。

「その程度の動きじゃ私を捉えることは出来ないよ。
 しかし、その格好・・・あんた達が六人衆ね」

「烈風を倒すか。流石は・・・といったところか。
 しかし、我々を相手にいつまで持つかな?」

「答える気は無いっての? まぁいいわ。
 直接聞いてあげる」

軍服のポケットから刃渡り30cmほどの軍用サバイバルナイフを取り出し、構える。



「ふん、予想以上だ・・・が、これで終わりだ」

「ちっ!」

三人殺った。
二人はもう瀕死だ。

対してアタシの方も結構やられた。
手足が千切れたりはしていないが、出血が多くて立っているだけでもふらふらする。
もう敵の攻撃を避けることは出来ない。

「あはは・・・こんな所で終わり、か。
 我ながらつまらない人生だったわね」

「別に殺すわけではない。我々のための礎となってもらうだけだ」

「私が私でなくなるのなら同じことよ」

「くっくっく・・・良い覚悟だ。貴様の体は我々が有効利用してやる。
 さぁ、そろそろ逝くが良い」

組傘の男が迫る。

あぁ・・・これは避けられないな・・・なんてのんきに考えてた。
情けない。木連の英雄の妹とか言われてもこの程度か。
お兄ちゃん、不肖の妹が今行きます。

「なに!?」

そして、私の意識は途絶えた。

 

第一話