赤き力の世界にて

 

 

 

 

 

第32話「アキトの知名度はどれくらい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼフィーリアに帰ってきて一週間・・・・

 

ニースとメアテナも街のみんなに認められ(というか、歓迎されていた節もあるが・・・)、

ゼフィーリアの暮らしにも、リアランサーのアルバイトウェイトレスのお仕事にも大分慣れてきた。

 

 

そんなある日・・・・

 

 

 

昼食・・・それは、レストランなどの店にとって、一番の稼ぎ時。流行っている店なら、尚更のこと。

リアランサーも、その例に外れることなく、忙しい時間帯となっていた。

 

以前から忙しい店ではあったが・・・アキトが働きだしてから女性客が増え、

さらに、ニースやメアテナといった美女が働くことになってから、客足の多さに一層拍車がかかった。

店を経営するものにとっては、その状況は諸手をあげて喜ぶものかもしれない。

 

が、しかし・・・・それも限度というものがある。

 

 

「カレーライス。三人前だ」

「ニャラニャラの鍋、一人前で〜す」

「店長、子羊ラム肉の塩釜香草焼き、追加です」

 

「わかった!」

 

 

ニース、メアテナ、ルナが、厨房にいる店長に客からの注文を伝える。

店長は、短く返事をすると、素早く料理を作っていた。

 

本来なら、この場にアキトが加わり、今よりはましな状況になるのだが・・・・

アキトはまだ、療養中で、まだ満足に腕を動かすことすらできない状況だった。

 

 

(もうそろそろ、客が一斉にやってくる頃合いだな。今日も忙しくなりそうだ・・・・)

 

 

店長が心の中でぼやいている。

ちなみに、まだお昼のピークは迎えていない。まだ、昼食にはやや早い時間帯なのだ。

 

 

(そろそろ、ニースかルナちゃんに厨房を手伝ってもらわないとな・・・・)

 

 

店長の頭には、メアテナに手伝ってもらうという考えはない。

 

少し前、試しにキャベツを切らせようとしたところ、包丁の切れ味に不満を持ち、

自前の包丁赤い光の刃で、まな板ごとキャベツを切ってしまったのだ。しかも千切りに・・・

極薄に切ったのは見事と言うべきなのだろう。

 

以来、店長は暇をみつけてはメアテナに料理を教えてはいるものの、まだ客に出せるレベルではないのだ。

そもそも、料理人が一人なので、暇をみつけることすら難しいのだ。

 

(アキト君さえいればな〜・・・・メアテナちゃんにもっと料理を教えられるのに・・・・

嬉しい悲鳴といっても、限度ってものがあるよな・・・・)

 

店長は、そっと溜息を吐きながら、アキトの一日でも早い完治を心から祈った。

 

そのアキトはといえば・・・・・

 

 

「いらっしゃいませ。二名様ですね。奥のテーブルにどうぞ」

 

 

店の入り口に立って、客をさばいていたりする。

腕を動かせないため、料理やウェイターなどはできないが、

やって来たお客をテーブルに振り分けるぐらいはできるらしい。

 

メアテナに、一通りの仕事を教えたので、店に来る必要はないのだが・・・・

ルナとメアテナが、何もしなくてもいいから店にいてほしいと頼み、

家にいても、なにもできることがないアキトはそれを承諾したのだ。

ルナ達は、ただ居てほしいだけ、と言うものの、座っているだけは居心地が悪いので、

簡単な仕事をやっているという現状なのだ。

 

一応、名目上は用心棒とかそう言った類の役割も担っているのだが・・・・

この世界で最高峰の戦士が二人もいるこの店に、そういったものが必要かはわからないが・・・・

(ちなみに、二人というのはルナとニース。アキトは怪我をしているので員数外)

 

 

(ん?・・・・あの客、様子がおかしいな・・・)

 

 

空席が少なくなってきたので、次に席を立ちそうな客を捜すために、

店の中を見回したアキトの目に、挙動不審な男性客の姿が入ってきた。

 

男は大体四十歳過ぎといったところだろうか。気弱そうな表情をしているものの、体格はかなりごつい。

鍛えていると言うよりも、生まれつき・・・・といった感じがする体つきだ。

 

男の目の前には、空になった食器が並んである。だが、食べ終わった後にしては様子がおかしすぎる。

その男は、なにやらおどおどとしながら店内を見回し、ちらちらと、入り口近くにいるアキトに視線を向ける。

 

 

(まるで何かのタイミングを図っているような・・・・まさか・・・)

 

 

アキトは、ある一つの可能性を思い浮かべ、入り口近くから離れてみることにした。

男は、アキトが離れたのを見計らって、突然席を立つと、端に置いてあった自分の荷物を手に取り、

入り口に向かって猛然と走り出す。

 

後一歩出店から脱出!

・・・・というところで、男はなんの前触れもなく前に向かって勢いよく倒れ、地面に激突した。

 

 

「やっぱり食い逃げか・・・・」

 

 

アキトは、男が立ち上がって逃げられないように、思いっきり背中を踏みつける。

腕が使えない為、押さえ付けることができないためにとった行為なのだ。

ちょっと力が入りすぎているのか、男は潰れたカエルみたいな声を出しているが・・・・自業自得だろう。

 

 

「そ、そんな・・・一体どうやって」

「ん?ただ単に回り込んで足を突き出しただけだが?」

 

 

男の問いに、アキトは淡々と答える。

男が聞きたかったのは、どうやって転ばせたのか?ではなく、どうやって回り込んだか?だろうが・・・・

アキトの実力を知っている者にとっては、愚問と言えるだろう。

 

 

「ご苦労様、アキト君」

 

 

近づいてきたルナが、アキトに労いの言葉をかける。

ニースとメアテナも、ルナに続いてアキトの元に近づいた。

 

 

「よかったな。捕まえたのがアキトで。私だったら足を斬り落としていたぞ」

 

 

ニースが冷酷な目を、アキトの足の下にいる男に向ける。

俯せに倒れている男には、ニースの顔を見ることはできないが、冷たい視線に背筋を凍らせている。

 

 

「そんな事したらいけないよ?ニース姉さん」

「メアテナは優しいな」

 

 

ニースは優しそうな顔をしつつ、隣にいたメアテナの頭を撫でる。

それを見ていた一部の女性客が、羨ましそうにしていたが・・・・まぁ、余談である。

 

 

「だが、一ついいことを教えてやろう」

「いいこと?」

「ああ、それはな・・・『無銭飲食、及び、マナーを守らない客に人権はない』のだ。わかったか?」

「うん!わかった」

 

(((((((((わかった。じゃないって・・・・・・)))))))))

 

 

店内でニースとメアテナのやりとりを聞いていた客の全員が、同じ様な台詞を心の中でつっこんでいた。

しかし、ここにはニースに突っ込みを入れることができる人物が三人いる。

この店の主たる店長と、ゼフィーリアを代表する『赤き竜神の騎士スィーフィード・ナイト』ルナ・インバース。そして・・・

 

 

「おいおい・・・メアテナちゃんに物騒なこと教えるなって・・・」

「そんなに物騒か?私の実家では家訓の一つなんだが・・・」

 

「一体どういう家訓なんだか・・・・まぁいいけど。

とにかく、メアテナちゃん。無銭飲食したからって、斬っちゃいけないからね」

 

「はぁい。でも、どんなことだったらいいの?」

「後遺症が残らないように、お仕置きするのがベストかな?」

「わかった。アキト兄さん」

 

((((((((おい!!))))))))

 

 

またもや、客全員が心の中でつっこむ。

 

 

「さて・・・この無銭飲食の現行犯。どうしましょうか?役人に突き出しておきますか?ルナさん」

「それよりも、私が教育しておいた方がいいんじゃない?」

 

 

男性客が数人、ルナの言葉を聞いた途端、顔を真っ青にする。

アキトも、それが一体どういうものなのか、聞こうと思った矢先、足下から声が聞こえてきた。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください。私は無銭飲食をしようなどとは思っておりません」

 

 

中年の男は、気弱げな表情をしながら、踏みつけているアキトを見上げる。

ちなみに、女性陣は、スカートの中が見えてしまうので傍に寄っていない。

 

 

「じゃぁ、なんなんだ?状況から云って、食い逃げ以外のなんでもないように見えるが?」

「それが間違いなのです。私は、お金が少し足りないことに気が付き、外に出て稼ごうとしていたのです」

「稼ぐって・・・どうやって?」

「私は・・・・見てのとおり、旅の吟遊詩人でして。なら、やることは決まっているではないですか」

 

 

中年の男は、アキトに踏みつけられたままだというのに、

器用に自分の荷物から竪琴をとりだし、ろぉん・・・とかき鳴らす。

 

 

「すまないが・・・・大道芸人かか何かか?」

「失礼ですね。私の何処をどう見たら、吟遊詩人以外の何かに見えるのですか?」

「あんたの何処をどう見れば、吟遊詩人と思えるのかを聞きたい気分だがな・・・・」

 

 

アキトの言葉に、店の客全員が頷いている。

 

子供の腰回りもありそうな太い腕、しっかりと大地を踏みしめている硬そうな足・・・・

総じて、ごつい体格というしかない・・・

これで、厳つい顔をしておけば、力自慢の格闘家と自称した方が、余程信じてもらえるだろう。

 

はっきり言ってこの男、世間一般が思っている吟遊詩人というイメージを、

ぶち壊しているといってもいい程、まったく似合っていない。

 

 

「あ、あの・・・そろそろ退いてくれませんか?せっかく食べた料理が逆流しそうなので・・・」

「・・・まぁ、いいか。ちなみに、逃げ出したらそこの怖いお姉さんの折檻が待っているから。そのつもりで」

「は、はい!!」

 

 

男は、ニースのニヤリとした顔(正確には放っている氣)に怯えながら、何とか頷いた。

 

 

「ところで、あなたの名前は?」

 

「わ、私は、ユジーン・バイオレッタという吟遊詩人です。

後世に残るような詩を作るために、放浪の日々を重ねるものです」

 

「それで、行き着く先が軽犯罪無銭飲食か・・・呆れてものも言えんな」

 

 

ニースは、完全に冷めきった目で、ユジーンを見る。

実家に伝わる妙な家訓の所為か、今回のニースはかなり危険な思考になっている。

ニースは、ユジーンを(自分の感覚で)軽く睨みながら、口を開く。

 

 

「で?一体どれぐらい足りないと言うんだ?」

「そ、それが・・・・銀貨が十枚と、銅貨四枚ほど・・・・」

 

 

銀貨十枚と銅貨四枚。それは、ユジーンが食べた料理の代金とピッタリ一致している。

つまり・・・・最初から無一文で料理を頼んだということだ。

 

 

「メアテナ。よく見ておけ、これが無銭飲食をする者に対しての対処の仕方だ」

「は〜い!」

 

 

ニースは、右手を軽く目の前までかざすと、その手に赤い光を集束させる。

ユジーンは逃げだそうにも、ニースの絶対零度の視線にさらされ、身動きがとれなくなっている。

 

そして、今にも剣を創り出そうかという瞬間、横手からのびてきた手が、ニースの手を軽く抑えつけた。

 

 

「はいはい。そこまで殺気ばしらないで。一度くらいチャンスをあげてもいいでしょ?」

「・・・・・わかった。ルナに免じて、一度だけ待ってやる」

「あ、ありがとうございます!!」

「ただし、この店の中でしろ。外に出たら、逃げ出さないとも限らないしな」

 

 

例え逃げ出そうとも、ニースを相手にして、この街から逃げ出せる可能性は、

某同盟の方達が、アキトの事を綺麗さっぱりと諦める程度もない・・・・・

 

男は、多少青い顔をしつつも、ろぉん・・・と竪琴を爪弾きながらコクコクと頷いた。

 

 

「ん、んん・・・・では、最近、ちまたで有名になっている新たな英雄。『漆黒の戦神』の詩をば・・・」

「ちょっと待った!!」

「はて?何か?」

「なんなんだ、『漆黒の戦神』っていうのは・・・・・」

 

 

アキトは顔を微妙に引きつらせながらユジーンを見やる。

対するユジーンは、何かお気に召しませんか?とでも言わんばかりにアキトを見ているが・・・・

 

 

「知らないのですか?ゼフィーリアに現れた新たな英雄『漆黒の戦神』テンカワ アキトのことを。

近隣諸国だけでなく、遠く沿岸諸国連合まで・・・その名は轟いております」

 

 

そこまで聞いたアキトは、ルナに近づき、小さな声で質問した。

 

 

「どうして俺が有名になってるんですか?大した事してないのに?もしかしてニース達との一件が・・・・」

「それはないわ。あれは完全に極秘裏に片づけたから」

「だったらなぜ・・・・」

「アキト君、この前の襲撃事件、おぼえてる?私とニースが初めて戦ったときの事・・・・」

「ええ、もちろん憶えてますよ」

「アキト君、あの時活躍したでしょ?」

「活躍って程でもないと思いますけど・・・」

「他人から見れば、十分活躍してるのよ」

「はぁ・・・・それで?」

「アキト君って、私やティシアの婚約者になってるでしょ?」

「ええ、まぁ・・・一応ですけど・・・・」

「そういう立場の者が活躍したって聞けば、それなりに噂が広まるでしょう?」

 

「確かに、そうかもしれませんが・・・・なんで俺の通り名が広まっているかですよ。

あれを知っているのは、ルナさんぐらいじゃないですか」

 

「ああ、その事?女王様がね、アキト君の通り名はなにがいいか?って訊ねてきたからつい・・・」

「つまり、俺の噂は、故意に流したって事ですか・・・・」

「たぶん・・・流したのではなく、流れるのを止めなかっただけだと思うんだけどね・・・・」

「どっちにしても、似たようなものですって・・・・」

 

 

アキトの脳裏に、してやったりという笑顔で、ピースサインをしている女王が浮かぶ。

 

(これで俺はこの世界でも有名人か・・・・大した通信手段もない世界だから、少しはましか?

噂程度なら、そのうち消えて無くなるだろうしな・・・・)

 

 

アキトは、希望的観測を考えながら、ユジーンの方に注意を向ける。

ちょうど・・・・幸か不幸か、ユジーンも唄い始めるところだった。

 

 

「おおアキト   テンカワ アキト

 漆黒の衣を身に纏い  その名を世界に轟かす

   気高き面差おもざしに慈愛を浮かべ   その笑顔は万人に安らぎを与えん

    されどその笑顔に騙されて   女はすぐにひっかかり   あっさりポイ捨て   誠か嘘か?」

 

 

「ちょっと待て!!」

「はい?なんですか?」

「最後のは一体何なんだ?」

 

「いえ、実際に会ったことがないので、噂をかき集めただけですので私にいわれても・・・・

おや?なにやら周りの女性達の視線が熱いですね」

 

 

それは熱いのではなく、殺気や怒気といったものだった・・・が、ユジーンは微塵にも感じていない。

アキトの傍にいるルナは、噂なんて広がるとそういうようなものよね・・・と、妙に達観した表情で呟いていた。

 

 

「何でもないのなら続けますよ?」

 

 

ユジーンは、気を取りなおすかのように、ろぉん・・・と、竪琴を爪弾く。

アキトは、これ以上聴きたくはない・・・・・と思っているが、

余所でどんなことを言われているのか、確認するのにいい機会だと思い、我慢して押し黙る。

 

 

「おおアキト   テンカワ アキト

 光の剣をその手に携え  天に届かんばかりの白き巨獣を討ち倒さん

  その栄誉を称え 彼の者を皆はこう呼ぶ  『漆黒の戦神』テンカワ アキトと・・・・

   皆はいう  彼の者は伝説の光の剣を継承せし者だと・・・・・

    皆は言う  彼の者は水竜王の生まれ変わりと・・・・・

     皆は言う  彼の者は赤き竜神フレア・ドラゴンの力の欠片を持つ男と・・・・

      皆は言う  彼の者はその身に赤眼の魔王ルビーアイを取り込んだ者と・・・・」

 

 

 

「ルナさん、最後のくだりなんですけど・・・・・本当にニース達のこと、噂になってないんですか?」

「ただの偶然じゃない?人の噂なんて、一人歩きし始めたら、どうなるかなんて誰にも予想つかないもの・・・・」

「そうなんですか・・・・(ルナさん自身、自分の噂で困ったことあるんだろうな・・・)」

 

 

赤き竜神の騎士スィーフィード・ナイトとしての噂が噂を呼び、遙か遠方からも挑戦者が現れるルナにとって、

今のアキトの気持ちは、痛いほどわかるのだろう。

 

とにかく、無責任に広まる人の噂というものは、張本人にとって、迷惑以外の何でもない。

そんな二人の心情をまったく気にせず・・・というか、気づいてすらない・・・ユジーンは朗々と唄い続ける。

 

 

「ゼフィーリアを守護せし  赤と黒の二本のつるぎ

  光と影よ  対となる二つの刃よ  祖は互いに求めあい 惹かれて出会う運命さだめなり

   おお 如何なる敵をも討ち倒せし神秘の刃よ

    その加護がある限り  人々に安寧たる暮らしを与えん・・・・・・・・

 

・・・・・・・・以上です」

 

 

ろぉん・・・・と、静かに竪琴を爪弾き、詩を締めくくる。

今度のは、受けがよかったのか、店の女性達(男性も少々)から、お代が投げられる。

ユジーンは、(まったく似合っていないが)優雅な礼をしつつ、代金を回収する。

 

 

「一、二、三・・・・結構な額になりました」

「そう・・・それはよかったね」

「どうかしたのですか?ウェイターさん。なんだかお疲れのようですが・・・・」

「は、ははは・・・・ちょっとね」

 

 

アキトは、一人歩きしている噂に、頭を悩ませていたのだ・・・・

 

自分アキトが、この世界最高の騎士たる『赤き竜神の騎士スィーフィード・ナイト』と同格扱い・・・

それはつまり、実力があるかどうかわからない『漆黒の戦神』を倒せば、『赤き竜神の騎士スィーフィード・ナイト』と同格になれる・・・

そう考える戦士達が、挑戦者となってやってくる・・・・そう考えているのだ。

その予想・・・・そう外れたものでないことは、想像に難くない。

 

近い将来に起こされるであろう騒動に、アキトは疲労感を感じていた。

 

 

 

「さて・・・・それでは私はこれで失礼します」

 

 

ユジーンは、商売道具竪琴を片づけると、そそくさと店を出ようとする。

・・・・が、それより先に、血の如く赤い刃が、ユジーンの喉元にそえられた。

 

この時は、幸いながら、ニースが警告を兼ねてわざと見えるようにそえたので、無事であったが、

もし、ニースがその気であれば、ユジーンは気づくことなくそのまま歩き、頭と胴体が分かれていただろう。

それほど、ニース達が創り出す武器は、非常識なまでに切れ味がいいのだ。

 

 

「言ったはずだな・・・一度だけだと。代わりにその足でも置いて行くか?

足が無くとも、竪琴を弾くのに、なんの障害もあるまい」

 

「無情に突き出される赤きつるぎ  その刃の上に在る儚き命

 我が歌ただ聞きしたあげく  代金払えと脅される  等価交換という言葉を知っているのか・・・・・」

 

 

いつの間に、締まっていた竪琴を取りだし、歌い出すユジーン。

喉元に、刃を突きつけられたまま歌える勇気は、かなり凄いかもしれない。

・・・・単に、無謀なだけかもしれないが・・・

 

 

「つまり、お前の歌を聴いた代金を払わなくていい、その代わり、食事代も払わない・・・・と」

「その通りです・・・・私の歌を無料タダで聴けたのですから、それぐらいは当然かと・・・」

「食い逃げしようとした挙げ句、代金まで取ろうとはな・・・・いい度胸だ」

 

 

ニースは、スゥっと切れ長で怜悧な目を細め、再び絶対零度の視線でユジーンを見る。

仕方がない・・・と呟きながら、ルナがニースを止めようとした矢先、店の入り口が勢いよく開かれた。

 

 

「や〜!お腹が空いた!講師も結構疲れるものね・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

店に入ってきたリナが、ちょうど真正面にいるユジーンを見ると、動きが凍り付き、絶句する。

リナは数瞬ほどで硬直が解けると、さも何もなかったかのように、ユジーンの横を通り過ぎ、

カウンター席に座り、メニューを開いて思案し始める。

 

ちなみに・・・リナが言った講師云々というのは、現在、魔導士協会で講師をしているからだった。

修行も一段落ついた今、家でゴロゴロしているわけにもいかず、講師として、エルネシアに雇ってもらっていた。

 

 

「何がいいかな〜、これもいいな〜、あ!これなんかが良さそうね!」

 

 

何かを必死に否定するかのように、不必要なまでに大きな声で独り言を言うリナ・・・・

自然な態度を装ったつもりかもしれないが、それは不自然さを通り越し、滑稽にしか見えない・・・・

 

 

「おお、リナ殿。お久しぶりです」

「今日はオーソドックスにカレーかな?それとも、ちょっと捻ってカツカレーにしようかな?」

「まさかこの様な場所で会えるとは、これぞ神のお導き・・・」

「ちょっと話しかけないでよ。知り合いみたいに思われるじゃない」

 

 

根負けしたのか、リナは関わりたくないと言わんばかりの表情をしながら、ユジーンに言い放つ。

ユジーンはそんな事は気にもせず、手に持っていた竪琴を掻き鳴らしながら、上機嫌に話を続ける。

 

 

「久しぶりに会えた記念に、リナ殿を称えた詩を唄わせていただきましょうか。

今回は特別に、私とリナ殿が共に手がけた、城の宝物庫へ侵入した時の事でも・・・・」

 

「歌うなぁーー!!」

 

 

リナの怒声と共にさく裂する回し蹴り。腰のひねり具合が、いい感じに威力を増強していたりする。

ユジーンはまともに顔面に蹴りを喰らい、床に倒れる。

 

 

「このこのこのこの!!!」

 

 

床に倒れたユジーンを、リナは何度も踏みつけるように蹴る。

 

 

「リナ、城の宝物庫がなんだとか・・・・」

「それはですね・・・ぐぇ」

「気のせいよ姉ちゃん。きっと聞き間違いか何かよ」

 

 

リナは、無意味なまでににこやかな笑みを浮かべつつ、ユジーンが喋れないように顔面を思いっきり踏みつける。

ルナは、そんなリナの態度を不審に見ている。

 

 

「あんた、一体いつ牢屋からでてきたの?」

「リナ殿が旅立って、一週間後ぐらいに恩赦されまして」

「恩赦って・・・なんかあったっけ?」

 

「私が、城の皆さまが心地よく眠れるようにと、毎夜毎夜、繰り返し歌を歌っていたのです。

私の歌に感動したのか、目を真っ赤にさせたロードが、頼むから出ていってくれと言って下さったのです。

ご丁寧に、国境まで護衛もしていただいたのです」

 

(あんなスカな歌を毎夜聴かされたら、寝不足にもなるし、ノイローゼにもなるわね・・・)

 

 

恩赦というよりは、追放といった方が正解だろう・・・と、リナは見当を付ける。

 

 

「リナ、あなた人様に迷惑をかけたのではないでしょうね・・・」

「そ、それより!何か騒いでいたみたいだけど、何かあったの?」

 

 

リナが、話題を逸らそうと、先程のことをアキトから聞き出そうとした。

ルナは、いつものことか・・・と考え、気にしないことにした。(腐っても、リナが悪事を働くと思っていないから・・・)

 

 

「実はね・・・・・・・」

 

 

アキトは、先程までの出来事を、やや省略しながらリナに話した。

事のあらすじを聞いたリナは、あきらめと呆れが微妙に混ざった感心したような表情をする。

 

 

「何とまぁ・・・この店の店員相手に食い逃げね・・・無謀を通り越して自殺行為だわ。

私なら、この店で食い逃げするぐらいだったら、そこらの草を食べて我慢する方を選ぶけどね・・・・」

 

「あのリナ殿が・・・数々の異名を欲しいままにしているリナ殿が、その様な弱気なことを・・・・」

 

「九分九厘・・・欲しくない異名ばかりだけどね・・・・んな事より、代金払わないんだって?」

「そうなのよ。ニースは『食い逃げするやつには人権はない』なんて言って足を斬り落とそうとするし」

 

「その方が、いっそのこと後腐れがないような気がしていいような気もするけどね・・・

だったらこうしたら?姉ちゃん達が代金を払う・・・まぁ、それぞれ銀貨一枚程度でいいわね。

それで、ユジーンは、食事代、場所代、そして勝手に人の名前を使った料金として、金貨十枚を請求。

これで万事解決!双方とも納得がいく結果よね。どう?ニース」

 

「ん・・・・・なかなかの計算高さ。さすが商売人の娘だ。

それに、床に血液が付いたら、洗い流すのが面倒だからな・・・・私に異存はない」

 

 

リナの提案に納得したニースは、創り出していた剣を元に戻す。

対して、慌てふためいたのはユジーン。いつの間にやら、代金が百倍近くになったのだから仕方がないが・・・

自業自得というものだろう。

 

 

「待ってください!!なぜ食事代と場所代だけで、金貨十枚なんですか!?

それに人の名前を勝手に使ったといっても、それはテンカワ・アキト氏に対してのもの。

この店の人に払う云われはないし、それ自体を問題にするのであれば、吟遊詩人の存在そのものに関わります」

 

「あんた・・・薄々とはわかっていたけど、やっぱり気が付いてなかったのね」

「・・・・・??何がですか?」

 

 

リナは、ユジーンの疑問に応えず、ルナの傍に立っていたアキトをひっつかみ、

ユジーンに突き出すように前に押し出す。

 

 

「例え吟遊詩人でもね、本人を目の前にしたら、許可ぐらい取るってのが本筋でしょうに」

「本人って・・・・誰がですか?」

「ガクッ・・・・この話の流れ、この状況で少しは察しなさいよ」

「・・・・・もしかして、貴方が・・・」

「どうも、テンカワ・アキトです」

 

 

アキトは苦笑しながら、ユジーンに自己紹介をする。

 

ユジーンは、暫し呆然とした後、改めて上から下まで、じっくりとアキトを観察する。

そして、周りの女性達を見回すと、やや驚愕の表情を浮かべながら、竪琴を掻き鳴らし始める。

 

 

―――――ぽろろんろんろんぽろろんろんろん・・・・・・

 

 

「おおアキト  テンカワ アキト

  数多あまたの女性の期待を背負い  われ慕われ求める御姿

   されどその正体は  ただのナンパ師 女ったらし  ハーレム建造まっ最中

    この世の男の目の敵   月の無い夜 歩いてみては?」

 

 

『おおぉぉぉ!!!』

  

 

店の中にいる男性客は、盛大な拍手と共に、歓声を上げる。

ついでに、心ばかりのお捻り(主に銅貨)も再び飛んでくる。

ユジーンは、二度、(再度言うが、まったく似合っていない)優雅な礼をしつつ、床に落ちているお捻りを回収する。

 

 

「いや〜、この国の人は気前がいいですね。二度もお捻りをくれるとは・・・」

 

 

ガン!!

 

 

お捻りを拾うために、床に俯いていたユジーンの後頭部に、

ルナは手に持っていたトレイを遠慮なく振り下ろした。

ちなみに、そのトレイは、うっすらとだが赤い光を纏わせていたりする・・・

 

ユジーンは、その一撃により気絶し、ドスン・・・という音を立てながら床に倒れ込む。

周りで起こっていた歓声も、ピタリ・・・と止まった。

 

 

「・・・・せめて代金だけは取っておかないとね」

 

 

ルナは、ユジーンの懐から、銀貨十枚と銅貨四枚をひきぬく。

 

 

「さて・・・・誰かこの人を店の外に出してくれませんか?」

「「お、俺達が・・・・」」

 

 

すぐ端に座っていた男性客(もちろん、ルナファンクラブの会員)が、ユジーンをひっつかみ、

大急ぎで店の外に引っぱり出していった。

 

 

「さ、ニースにメアテナちゃん、アキト君も。続き続き!もうすぐ混み始めるからね」

 

 

ルナさんの一言によって、店の中は、何事もなかったかのように、動き始める。

俺は、やや呆然となりながら、何とかルナさんに声をかけた。

 

 

「あの・・ルナさん?」

「どうかした?アキト君」

「何で怒ったんですか?あの場合、俺が怒るのが本当では・・・・」

「その事ね・・・まぁいいじゃない。アキト君は腕が使えないから、代わりに私がやったとでも思ってくれればいいわ」

「そうですか。そうですね・・・気にしないことにします」

「ええ、じゃぁ、お仕事頑張りましょうか」

「はい」

 

 

ルナが言ったことは、無論、本音ではない。

アキトの全てを認めているルナにとって、アキトを卑下すると云う行為は、許せるものではないのだ。

アキトも、それを知っているのか、ルナから無理に聞き出そうとはしなかった。

 

二人は心が通じ合っているかのように、自然と表情が笑顔になり、それぞれの仕事に戻った。

 

 

 

 

 

 

「それにしても・・・・リナちゃん。変わった友達だね」

「友達なんかじゃないわ。たんなる知り合いよ」

「それでもさ・・・・少しは考えた方がいいんじゃないかな?付き合う人はさ・・・・・・・」

「うっさい。ほっといて・・・・・」

 

 

リナはさめざめと涙を流しながらいじけた・・・・

アキトが、リナのことをどうこう言えるのかは・・・・・この際、別問題なのだろう。たぶん・・・・

 

 

 

(その2へ・・・)