悠久を奏でる地にて・・・

 

 

 

 

 

第11話『多忙な休日・・・・』

 

 

 

 

 

 

 

―――――五月二十一日―――――

 

 

五月の月、三回目の休日・・・

この日、アキトはこの世界の知識を少しでも知るために、旧王立図書館に向かっていた・・・

たとえ一年足らずとはいえ、この世界に留まる以上、知識はあって困るものではない。

そう考えての行動だったのだ。

その途中、アキトは見慣れた後ろ姿を見かけ、声をかけた。

 

 

「こんにちは、シェリルちゃん」

「あ・・・こ、こんにちは、アキトさん。どこかにお出かけですか?」

「ちょっと図書館にね。何か本を借りようと思って・・・」

「そうなんですか。実は私もそうなんです」

「そうなんだ。じゃぁ、一緒に行こうか?」

「え!?」

 

 

シェリルは驚いたように大声を上げる。一緒に行こうと言われるとは思わなかった訳ではないのだが・・・

こうもあっさりと言われると思ってなく、ビックリしてしまったのだ。

 

 

「ごめん、いきなりは悪いよね、シェリルちゃんにも都合があるし・・・・・」

 

 

アキトは、シェリルの驚きを否定の方向に受け取り、慌てて謝る。

シェリルはその事にすぐに気がつき、こちらも慌てて首を振って否定した。

 

 

「い、いえ違うんです。私なんかを誘ってくれるなんて思ってなくて・・・」

 

「私なんかって言うことはないよ。シェリルちゃんは充分可愛いんだから。

その内、男の方から声をかけられて困ることになるよ、きっとね」

 

「は、はい・・・ありがとうございます・・・」

 

 

シェリルは顔をまっ赤にしながら、アキトに礼を言った・・・

頭の中では、『シェリルちゃんは可愛い』というアキトの声が、何度も繰り返し流れていた。

 

 

「じゃぁ、行こうか」

「は、はい!」

 

 

それから程なくして、アキトとシェリルは旧王立図書館についた。

旧がつくとはいえ、仮にも国が建てた図書館・・・その威厳というか、雰囲気は他の建物より群を抜いて重い。

 

エンフィールドを一つの森に例えるならば、図書館は森一番の老木というところだろうか・・・・

長年、この街を見守ってきたものの一つとも云える。

アキトは、目の前に鎮座する大きな建物旧王立図書館を見上げながら、感心したように呟いた。

 

 

「あらためて見ても、大きな建物だな・・・・」

 

「そうですね。何といっても、王国時代からの建物ですから・・・

そうだ!アキトさん、図書館の中を見て回りませんか?

この図書館、もの凄く広くて、見て回るだけでも結構面白いんですよ?」

 

「確かに面白そうだけど・・・シェリルちゃんは良いのかい?何か本を借りようとしてたんだろ?」

「別に構いません。本はまた別の日に借りればいいだけですから・・・」

「そうなんだ・・・・じゃあ、お願いしようかな?」

「はい!あ、でもちょっと待ってください。一応、イヴさんの許可をもらっておきたいので・・・・」

「そうだね。だったら、カウンターの方にでも行ってみようか?」

「そうですね」

 

 

アキト達は、イヴに許可をもらうため、受付のカウンターに向かった。

受付にいたイヴに、アキト達は図書館の中を見回る許可をもらいたいと言ったところ・・・・・

 

 

「別に構わないわ。ただし・・・・」

「ただし?何ですか?イヴさん」

 

「この図書館には文化財に指定されているの。それ故に、立入禁止区画や部屋があるので、

私が同行して、それらに立ち入らないように監視をさせてもらうことになるわ。

といっても、お二人なら大丈夫でしょうけど・・・・一応念のために・・・と、思って」

 

「でも、イヴさん。お仕事の方は?」

 

 

シェリルが首を傾げながら、もっともな質問をイヴに問うた。

確かに・・・人がほとんどいないとはいえ、受付に誰もいないのは不味いだろう。

 

 

「大丈夫。この時間帯は利用者が少ないから、私の休憩時間になってるの。

利用者がきても、奥には館長もいるので大事はないわ」

 

「そうなんですか」

「ええ。じゃぁ、早く行きましょうか」

 

 

イヴは、アキトとシェリルを連れて、階段のある方向に向かって歩き始めた。

おそらく、最上階から下に向かって案内するつもりなのだろう。

アキトは、先に歩いていたイヴに並ぶと、申し訳なさそうな顔で話しかけた。

 

 

「でも、すみません。俺達の所為で、休憩時間を潰すようなことになってしまって・・・」

 

「気にすることないわ。休憩時間といっても、いつもやることがないから、座っているだけだったし・・・

いい暇つぶしになるわ・・・それに、丁度いい機会ですしね」

 

「丁度いい機会・・・・ですか?」

 

「ええ、この建物は歴史が古すぎて、館内の構造を把握している人は誰もいないわ。

この図書館に馴染んでいる館長や私ですらも、知っている部分は、全体の半分にも満たないでしょうね」

 

「え?そうだったんですか?」

「ええ。だから、全体を見て回るのには丁度いい機会と思ったの」

 

 

アキト達は、イヴに案内されながら、図書館内にある部屋を見て回っていた。

この図書館の場合、部屋分けというのは、『本の種類別』と同義語であり、

アキトはその蔵書の多さ・・・特に、大閲覧室の天井を覆いつくさんばかりの本の多さに、

かなり圧倒されながらも感心して見て回った。

 

しばらくすると、アキト達は元いた一階に下りてきた。

最上階から、一階ずつ下におりながら見て回ったにしては、かなり早すぎるといった感じがある。

 

館内をよく知らないアキトでさえそう思ったのだから、

ある程度、図書館の大きさを知るシェリルにはかなり疑問に思ったのだろう。

案内していたイヴに、疑問をぶつけることにしたようだった。

 

 

「イヴさん、かなり早すぎませんでしたか?」

 

「ええ、でも、貴方達も見た通り、案内できるところには全て案内したわ。

確かに、禁止区画には案内しなかったけど・・・・」

 

「それでも早すぎましたね・・・・隠し通路でもあるんでしょうか?」

 

「それは否定できないわ。上にあった立ち入り禁止区画・・・

あれは数年前にあった地震で壁の一部が崩れ、新たな通路が現れた所よ。

他には絶対にない・・・・とは、言い切れないわね」

 

「図書館に隠し通路ですか・・・・・」

「長い歴史には、長いなりに色々とあるという事ね・・・・・」

「そうですね・・・・少し休みましょうか?区切りもいいですし」

「ええ、そうね。丁度中庭が空いているみたいだから、そこで休みましょうか」

「はい」

 

 

シェリルは、ホッとしたような表情で返事をした。

アキトとイヴは、シェリルが疲れていることを知っていたので、休憩をしようといったのだ。

かなり体力のあるアキトと、図書館内を本をもって歩くことが多いイヴの体力はともかく、

本来、読書家で、あまり運動を得意としないシェリルの体力では、上がったり下がったりはかなりきつい・・・・

 

アキトは、始めて訪れた中庭を、やや興味深げに・・・そして慎重に見回していた。

周りにある花壇には、色とりどりの花が咲き乱れ、目を楽しませていた。

その花を支えているであろう中央の噴水よりわき出る澄んだ水は、陽光を反射し、

花達に幻想的な美しさを付加させていた。

しかし、それらを見るアキトの表情は、その光景に見入っている様子ではなかった・・・

むしろ、悲しそうに見ている・・・・そうとらえる方が、違和感が無いだろう。

 

そんなアキトの様子には気づかず、シェリルは中庭のことを話し始めていた。

 

 

「アキトさん、この図書館の七不思議って知っていますか?」

「七不思議?初めて聞くけど?」

「そうなんですか?」

「うん。よかったら、教えてくれるかな?」

「はい!」

 

 

シェリルは嬉しそうな顔をしながら、話し始める。

こういったことを話すのが好きなのか、それともアキトと話すことが嬉しいのかは、判断できないが・・・

アキトは、シェリルの話を黙って聞いていた。

 

 

「七不思議っていっても、そう大したものはないんですけど・・・・

真夜中に本を読む、体が透き通った少女とか、いつの間にか整理した本が荒らされているとか・・・・

建物の奥から動物の唸り声が聞こえてくるとか・・・・・・

他にも、この図書館のどこかにある、開かずの扉の向こう側は、知識の根元アカシック・レコードに通じているとか・・・

そうそう、この中庭も七不思議の一つなんですよ」

 

中庭ここも?」

 

「はい。この中庭の花は、誰も世話をしなくてもずっと枯れることがないんです。

その為、四季折々の花がいつまでも咲いているんです。」

 

「そう・・・なんだ・・・・やはり・・・・」

 

 

シェリルはアキトの最後の呟きは聞き取れなかったらしく、何事もなかったように話を続けた。

 

 

「それにあの噴水、浄水設備もないのに、ずっと澄んだ水を出しているんです」

「不思議なこともあるんだね・・・・」

「そうね・・・私は、おそらくこの真下・・・地下に何かがあるのだと思っているわ」

「思っている?イヴさんはこの下に何があるのか知らないのかい?」

「ええ、この真下に通じる道はないわ。少なくとも、私の知る限りは・・・・・」

「そうか・・・・」

 

 

アキトは、自分の足下・・・地面に目を向けるものの、その視線はさらに下、地中に向かっていた。

シェリルとイヴは、アキトの様子がおかしいことに気がつき、何やら心配げな視線を向ける。

 

アキトは、そんな二人の視線に気づくことなく、イヴに話しかける。

 

 

「イヴさん・・・ここに大きな穴を空けたら迷惑になるかな?」

 

 

アキトの突拍子もない言葉に、イヴは珍しいことに目を丸くして驚いた。

だが、イヴはすぐに気を取りなおし、一つ咳払いをするとアキトに向かって言葉を紡いだ。

 

 

「私達だけではなく、図書館を訪れる人の迷惑にもなるから、それは遠慮願えるかしら」

「じゃあ、この図書館の地下には、どんな部屋があるのかな?」

「地下書庫しかないわ」

「・・・・・・案内してくれるかな?」

「別に構わないわ」

「ありがとう」

 

 

イヴは立ち上がると、地下に続く階段に向かって歩き始める。

アキトは、イヴの後にただ静かについていった・・・・

後に残されたシェリルは、アキトのいきなりの行動に、やや呆気にとられていたが、

すぐさま気を取りなおし、慌てて二人の後を追い始めた。

 

 

 

「ここが地下書庫・・・・今だ未整理な本が、山のように積まれているわ。大体・・・四十万冊ぐらいかしら?」

「四十万冊・・・ですか・・・整理するのも大変でしょうね」

 

「ええ、どう考えても、整理し終えるまでに百年はかかるでしょうね。

それも、今のままで・・だけど。毎年、約百冊ほど増えているから、さらに数十年の時を要するでしょうね・・・」

 

「そうなんですか・・・私が死ぬまでには、全部読み切れませんね・・・

でも、これじゃぁ読むのにも一苦労しそうですけど・・・・・」

 

 

シェリルが、側に積まれていた本の一冊を手に取り、表紙を見ながらそう言った。

アキトは、シェリルの持っている本を横から覗き込んだ。

 

 

「なかなか難しそうな本だね・・・『闇の神と精霊王』・・・・か」

「え!?アキトさん、読めるんですか!!」

「う、うん・・・読めるけど・・・・どうかしたの?」

「こ、これ、古代神聖文字なんですよ?」

 

 

シェリルの持っている本の表紙は、大陸共通語で書かれているのではなく、古代文字で書かれていた。

古代神聖文字は、古代文字の中でももっとも古いといわれている文字・・・・・・

神がまだ地上界に居た時代に使われていたとされているので、『神聖』という枕詞が付けられている。

 

辞書などはあるものの、それすらも完璧というわけではなく、何の苦労もなく読める人間は存在しない・・・

しない・・・・はずなのだが・・・・・アキトはいともあっさりと読んだ。

アキト自身も驚いているようで、不思議そうな表情をしていた。

 

 

「そういえば・・・・俺、何で読めるんだろう?」

 

 

アキトは、あまりに自然すぎて気にしていなかったが、この世界と前の世界・・・そして自分が元いた世界・・・

もちろん、この世界とアキトの世界は文字が似ているところもあるが、古代文字ともなるとまったく違う・・・・

それなのに、まったく困った様子もなくアキトは文字を読んでいた・・・

些か、間が抜けているかもしれないが、アキトは今さらながら疑問に思った。

 

(何で読めるんだ?こんな文字習った憶えはない・・・でも、意味は解る・・・・

異世界を渡ったからか?それとも遺跡が、俺に何らかの細工をしているのか?)

 

アキトは数秒ほど悩んだが、害があるわけでもなく、むしろ便利なことなので悩むのをやめた。

プラス思考というものなのだろうが・・・・アキトも結構いい性格になってきたみたいだ・・・・

超常現象とお友達になりすぎた所為ともいえるのだが・・・・

 

 

「あの・・・アキトさん?どうかしたんですか?」

「ん?いや、何でもないよ。それより・・・・・」

 

 

アキトは、周囲を見回しながら、地下室の氣の流れを探っていた。

この地下書庫・・・いや、地下にきてからずっと、アキトは大地の氣の流れが異常なことに気がついていた。

大地の氣というのは、人間の血液と同じくある一定の流れをもち、停滞することはない・・・はずなのだ。

しかし、この図書館の地下は、氣の流れが停滞しており、それ故に酷く不愉快な感じをさせていた。

水も流れより外れて滞れば、腐り、濁ってしまう・・・それと同じ事が、この地下で起きていたのだ。

『氣』を感じることのできない普通の人間でも、この地下が何かおかしいことに気がつくだろう。

 

(この淀みの中でも、少しは流れがあるみたいだな・・・・・こっちか)

 

アキトは、淀んだ氣の溜まり場となっている地下にも、微かながらも氣が流れていることを感じた。

その流れている方向は常に一定で、それは流れるというよりも、

一点に向かって集束している・・・・といった感じが強い。

 

 

「そこがどうかしたの?アキトさん」

「ちょっとね・・・・・」

 

 

イヴは、壁際に高く積まれている本の山に向かって立っているアキトに声をかける。

数秒ほどその山・・・正確には、その山の間を眺めていただろうか・・・アキトは本を脇に片づけ始める。

 

 

「一体どうし・・・・・!!」

 

 

シェリルはアキトが何をしているのかと、近づいてみてみると、意外なものを目にした。

そこには、壁の一部がぽっかりと空いており、さらに奥へと続く通路があったのだ。

 

高く積まれた本の影となり、見えにくい所にあったのを、アキトが本を隅に片づけた事により、

よりはっきりとわかるようになったのだ。

 

 

「こんな所に穴があったなんて・・・・・・気がつきませんでした」

「本の影になっていたとしても・・・・今まで誰も気がつかないなんて不自然すぎるわ」

 

 

二人は、アキトの後ろから人一人が通れそうな穴を覗き込んでいた。

その穴は、地下書庫についている明かり程度では中まで照らせず、暗闇が広がっている・・・・・

 

 

「二人はここで待っているといい。俺が一人で行く」

「え!?でも、危ないかもしれませんよ!アキトさん」

「私も反対ね。いくらなんでも怪しすぎるわ」

 

「だから俺一人で行くんだ。何かあった場合は自警団の、リカルドさんかノイマンさんに言うといい。

少なくとも、あの二人なら真剣に取り合ってくれるはずだ」

 

 

アキトは二人に向かってそれだけ言うと、穴の方へと歩を進めた。

イヴとシェリルはお互いに顔を見合わせ、どうするか悩んだ挙げ句、アキトの後に付いていった。

アキトは気配でそれを感じ、ついてくる二人に向かって困ったような表情を向けた。

 

 

「二人とも・・・・・」

「アキトさんの言いたいことは解りました。でも、待っているなんてできません」

「そうね・・・それに、私は貴方達の案内人よ。私を置いていくのは規定に反するわ」

 

 

そもそも、危険なところに立ち入らせない為の案内人であるイヴ・・・

そんな立場の者としてはやや不的確な言葉なのだが・・・・・アキトはそれに気がつくことはなかった。

シェリルに至っても・・・・引くことがないのは、その瞳からしてすぐに理解できる・・・・

 

アキトは、仕方がない・・・といわんばかりに溜息をはくと、渋々二人の同行を認めた。

 

 

「わかった・・・でも、二人とも気をつけるように。危ないと思ったらすぐさま逃げること。

それと・・・どんな危険があるかわからないから、俺の後ろにいる・・・・わかった?」

 

「はい!」

「ええ、わかったわ」

「ならいいんだけど・・・・」

 

 

アキトは再び歩を進め、穴の中へと入っていった。

イヴとシェリルの二人も、アキトの背中に付かず離れずの距離で穴の中へと入った。

そこは、まったく光をささぬ暗闇で、正に一寸先も見えない状態だった。

 

 

「足下さえ見えないわ。一旦外に出て、明かりを用意した方がよくなくて?」

「それよりも、私が魔法で明かりを作った方が・・・・・」

「そうだね・・・・万が一にそなえて、二つ明かりを作っておこうか。シェリルちゃん、一つは頼める?」

「はい。でも、もう一つは・・・・」

「それは問題ないよ。俺が作るから」

「わかりました」

 

 

シェリルとアキトは、自分が知る明かりの魔法を唱え、その手に光球を作り出す。

そして・・・・アキトはそれを後悔した・・・・・

 

 

 

「イ、イヤァァァァァッッッッ!!!!」

「―――――ッ!!」

 

 

 

暗闇だった通路に、シェリルの悲鳴が響き渡る。

イヴは、かろうじて悲鳴をあげることはなかったが、その顔は恐怖と驚愕にそまっていた・・・・

 

アキトは、顔を真っ青にして震えている二人の傍により、

それ以上、通路の光景を見させないように、二人の頭を胸に抱え込むように抱いた。

 

シェリルは一瞬、ビクッと体を硬直させたが、先程感じた恐怖に負け、アキトにしがみつくように抱きついた。

イヴは、流石に抱きつくという事はなかったが、それでも素直にアキトに抱きかかえられていた。

アキトは、二人が少しでも落ち着けるように頭を撫でながら、目の前の光景に目をやった。

 

 

アキトとシェリルの作り出した明かりによって照らしだされた通路には、

無数の骨が転がって・・・・否、敷き詰められていた・・・・

まるで床に、カーペットの代わりといわんばかりに、乱雑に通路にばらまかれている骨・・・・・

頭蓋骨などの形状からすると、そのほとんどが人間のようだった。

男女の区別はつかないが、大小入り乱れているところを見ると、大人から子供まで無差別のようだ。

 

(一体誰がこんな外道な事を!!)

 

アキトは、漏れ出ようとする怒気を内に封じ込めつつ、二人が落ち着くのを待った・・・

しばらく経っただろうか・・・最初に立ち直ったのはイヴで、その後、シェリルもアキトから離れた。

まだ、その瞳に恐怖といった感情は残っているものの、恐慌に陥ることはなさそうだと、アキトは判断した。

 

 

「アキトさん・・・これは一体・・・・」

「わからない・・・が、これは人為的なものだ。もっとも・・・・・」

「まともな人間のやることじゃないわね」

 

 

イヴは、アキトの言葉を受け継ぎながら、嫌悪感を含んだ声で言い捨てた。

その瞳には、今だ若干残る恐怖と、それを上回る憤怒の感情があった。

隣にいるシェリルも、概ね同じ様な目で、周りを見ていた・・・・

 

 

「・・・・・やっぱり、二人は引き返した方がいい」

「いいえ・・・・私は残るわ」

「私も・・・・こんな光景を見たら、引き返すなんてできません!」

「・・・・・・わかった。でも、思った以上に危険だろうから、二人とも気をつけて」

 

 

アキトの言葉に、二人はしっかりと肯いた。

それを確認したアキトは、二人を守るように先頭に立ち、通路の奥へと向かって歩き始めた。

 

しかし、アキト達がいくら歩こうとも、通路には変化どころか、突き当たることはなかった。

 

 

「おかしくありませんか?地下書庫から直線的に歩いたのに、突き当たりがないなんて・・・・」

「そうね・・・距離からすれば、そろそろ街から出てもおかしくないくらいね」

 

 

シェリルは不安げな表情で、先がまったく見えない通路の先を見る。

イヴも、表情はさして変化はないが、その雰囲気は心中の不安を感じさせるのに充分だった。

アキトはというと・・・・・・・

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

二人の言葉に返事することなく、周りの氣の流れを感じつつ、ただ黙々と歩いていた。

その時、アキトは急に足を止め、ぐるりと少し前方の通路の天井と壁を見回した。

 

 

「ここが・・・・継ぎ目・・・みたいだな・・・・」

「アキトさん?」

「ちょっと待ってね、シェリルちゃん」

 

 

シェリルは、足元の骨を脇に寄せているアキトに、恐る恐る後ろから声をかけるが、

アキトは振り返ることなく、作業を続けた・・・・

 

 

「こいつが原因だな・・・・・・」

「それは・・・・符とよばれるものかしら?」

 

「はい。東方系の魔術で、高等な術に使われるものだと聞いたことがありますが・・・・おかしいですね。

エンフィールドには、東方系の魔術を使う人はいないはずなんですけど・・・」

 

 

エンフィールドの魔術体系は西方を祖としているため、東方魔術を使う者はいない。

もしいたとしたら、魔術を学ぶ者達の間で噂にくらいはなっているだろう・・・

 

シェリルはそう考えていた。実際、その考えは当たっている。

 

 

「でも、実際にここにあり、何らかの力を発揮している・・・何か謎がありそうね・・・」

 

 

イヴは眉間にしわを寄せ、図書館の地下について思案し始める・・・・・

シェリルはといえば、聞いたことしかない東方の術に、どう対応すればいいかわからず、悩んでいた・・・・・

 

 

「それよりアキトさん、今、継ぎ目といいましたね。どういうこと?」

「どういえばいいのかな・・・・この通路の空間がねじれて、ループ上になってるんだ」

「そうだったんですか!通りでいくら進んでも行き止まりがないんですね・・・・でも、そんな事が可能なんですか?」

「論より証拠、見せて上げるよ・・・・・・氷の矢フリーズ・アロー!」

 

 

アキトは魔法の構成に手を加え、本来は十数本現れる氷の矢を、一本だけ出現させる。

 

 

「二人とも、通路の端によっていてくれるかな?」

 

 

アキトがそういうと、イヴとシェリルの二人は、言われたとおりに通路の端によった。

それを確認したアキトは、氷の矢を素手で掴み、前方に向かって投げつけた!

投げられた氷の矢は、もの凄い速さで飛んでゆき、アッと言う間に、イヴとシェリルの視界から消え去った・・・

 

と同時に、後ろの方から風を引き裂く音が聞こえてきた。

それは、かなりの速度で飛来しているらしく、急速に音が大きくなってくる!

何事か?と、二人が振り向く目の前で、アキトはその飛来してきた物を無造作に掴んだ。

 

余談だが、氷の矢の飛来速度は、人が投げたというレベルを超えている・・・・

やり方次第では、長距離狙撃でもできるのではないかと思えるほど・・・・・まさに非常識だ・・・・

 

 

「本当に戻ってきたわね・・・・でも・・・」

 

「はい・・・この回廊に施された術に驚けばいいのか、

それとも、それを証明した、アキトさんの手段に驚けばいいのか・・・・難しいですね」

 

「ええ、まったく・・・・・・」

 

 

アキトは、二人の言葉にどういった反応をしていいのかわからず、何も持っていない左手で頭を掻いていた。

そして、手に少々力を入れて、必要なくなった氷の矢を微塵に砕いた。

 

 

「とにかく・・・これで、この回廊に施された術の正体は解りましたよね」

「ええ・・・・でも、一体誰が、なぜこの様なことを・・・・」

 

「わかりません・・・・とりあえず、この符というやつを何とかしましょう。

先に進んで、この術を施した張本人に会えば、おのずと答えは出るでしょうし・・・」

 

「でも、一体どうするんですか?私ではとても・・・・」

「まぁ・・・基本からいうと、この符をはがすのが一番だと思うんだけど・・・・・」

「確かに。張っているのなら、はがしてみる・・・・基本だけど、もっとも効果的に思えるわ」

「じゃ、俺がはがしてみます・・・・」

 

 

アキトはそういうと、符に手を伸ばす。

しかし、伸ばしたのはいいが、符の周りに弾力性のある何かが発生し、侵入を頑なに拒んだ。

 

 

(魔法発動時にできる障壁みたいなものだな・・・・・が、気にするほど強力なものでもないか)

 

 

アキトは掌に軽く『氣』を集中させる。

符の周りにあった障壁は、アキトの『氣』の前に一瞬大きくたわむと、あっさりと霧散した。

アキトはそれを気にすることなく、符を掴むが、

アキトの『氣』の力に耐えきれず、符は塵となって宙に散っていった。

 

すると、符を張っていた少し前方の空間が歪み、見る見るうちに先の通路の様子が変わってゆく・・・・・

歪みが収まった後には、わずか数十歩という距離に行き止まりの壁と、

さらに奥へ続く扉が、アキト達の目に入ってきた・・・・・

シェリルが何気なく後ろを見ると、そこには入ってきた入り口が、はっきりと視認できた。

 

 

「今まで、私達は同じ所を延々と歩いていたんですね・・・・」

「その様ね・・・・でもアキトさん。なんでわかったのかしら?」

「少し前にね、同じ現象に出くわしたことがあるんだ。その場合は、こういった術じゃなかったけど・・・・」

「それで?どうやってその空間を破ったんですか?」

 

 

シェリルは、興味津々といった表情でアキトに詰め寄った。

興味に圧され、周りのことは目に入っていないらしい・・・

 

 

「一緒にいた人がね、空間の継ぎ目を斬ったんだよ。魔剣でね」

「剣で・・・・・凄い!」

「それで?どうしてわかったのかは答えていないわ」

「ああ、感じたんだよ。符の魔力をね。そして、注意して見回したら、空間の継ぎ目が見えたってわけ」

「見えた?空間の継ぎ目が?」

 

「俺の中にある神の力の影響。見えないものが視えるんだよ。生命の輝きとかね。

といっても、視え始めたのはごく最近なんだけどね」

 

「へぇ・・・・・凄いですねぇ・・・・」

 

 

シェリルは驚きに目をまんまるにして、アキトを見つめた・・・・

アキトはそれを微笑しながら見ると、表情を一変させて、扉の方を見る。

 

 

「それより・・・・・俺が先に入ります。二人は俺の後ろにいて下さい。

本音をいうなら、ここで引き返してくれた方が嬉しいんですけど・・・・」

 

「無駄な論議ね。引き返すのなら、入ったときに足元のものを見たときにしているわ」

「そうですね・・・・」

 

 

仕方がない・・・・と言わんばかりに溜息を吐いたアキトは、なにもいわず、奥の扉に向かって歩き始めた。

イヴとシェリルも、アキトに遅れないようにすぐ後に続き、扉に向かった。

 

アキトは、扉のノブに手をかけると、覚悟はいいか?と、後ろに二人に目配りをする。

二人も、なにも言うことなく、しっかりとした目で、大丈夫・・・と言わんばかりに頷いた。

 

それを確認したアキトは、扉をいつも通りの調子で開ける。

扉は、少々ギギギ・・・・という音を立てながら、なんの障害もなく開いた。

そこで見たものは・・・・・・

 

 

 

(その2へ・・・・)