悠久を奏でる地にて・・・

 

 

 

 

 

第17話『メロディを奪還せよ!』

 

 

 

 

 

 

―――――七月二十五日―――――

 

 

この日、モンスター退治の仕事が、週初めの三日で全て終わってしまったため、唐突に暇になったアキトは、

借りていた本を返すために、旧王立図書館に向かっていた・・・

 

暇になったら、他の仕事を手伝えばいい・・・と、普通は思うだろう。

だが、その他の仕事も皆が今日一日で終わるというので、手伝いはいらないと断られてしまっていた。

ただし、建前上は・・・その本音は、働きすぎるアキトを少しでも休ませようという、みんなの配慮なのだった・・・

 

 

とにかく、アキトは本を返すついでに、新たな本でも借りようかと考えながら、

旧王立図書館の中へと入っていった・・・

 

とりあえず、本を返す手続きをするため、カウンターに向かうアキト。

するとそこには・・・

 

 

「ふみぃぃ〜〜・・・そんなぁ〜・・・」

「御免なさい、メロディさん・・・」

 

 

ものすごくがっかりしているメロディと、申し訳なさそうな表情のイヴがいた。

 

 

「ご本、無いの〜?」

「あることにはあるのだけど・・・メロディさんには読めないの。御免なさい」

「ふみぃ・・・メロディ、がっかりです〜〜」

 

「どうかしたのかい?メロディちゃん」

 

 

あからさまにがっかりした姿のメロディを見かねて声をかけるアキト・・・

自分にできることなら力になりたい・・・と、思ったのだ。

 

 

 

「あ、アキトちゃん!」

「こんにちは、アキトさん」

 

「イヴさんにメロディちゃん、こんにちは。

ところで、メロディちゃんが落ち込んでいますけど・・・何かあったんですか?」

 

「ええ・・・実は、メロディさんが楽しみにしていた本が、今日届く予定だったの・・・

でも、こちらの手違いで、共通語ではなく異国の古い文字で書かれた原本を取り寄せてしまったの」

 

「その原本は誰にも読めないんですか?」

 

「簡単に読める人はいないわ・・・少なくとも、私の知る限りは・・・

幸い辞書はあるけど・・・この本を確実に訳そうとするのなら、最低一週間は必要となるわ・・・」

 

 

そういうと、イヴはすぐ側に置いてあった少し古びた一冊の本をメロディとアキトの前に置いた。

メロディは、その本を手にとってページをめくる・・・が、やはり読めなかったらしい・・・

本を台に置き、さらにがっかりした顔・・・というよりも、半分泣きそうな顔になって肩を落とした。

猫のような耳も、尻尾も、力無くションボリと項垂れていた・・・

 

これ程落ち込んでいると、傍に居る者も気分が沈んでしまう・・・

現に、イヴは気まずそうな表情をしていた。

 

 

「なんとかならない・・・・・・」

「どうかしたのかしら?アキトさん」

 

 

不自然に言葉を止めたアキトに、イヴは何かあったのか?と声をかける。

 

 

「ええ、ちょっと・・・」

 

 

イヴの言葉に、要領を得ない返事をしたアキトは、置いてある本をジッと見つめていた・・・

そして、その本を手に取ると、ページをめくり、書かれてある文字を目で追った。

 

その様子に、イヴは一つの可能性を思いついた。それは・・・

 

 

「アキトさん・・・貴方、もしかしてその文字が読めるのではなくて?」

「・・・・・・・・・そう、みたいですね・・・この様な文字は見たこと無いのに・・・」

 

「今回といい、この間の古代神聖文字の事といい・・・貴方は一体何者なの?」

 

 

見たことのない文字が平然と読める・・・通常、有り得るはずのない事態に、

感情を滅多に表に出すことのないイヴが、怪しんだ表情をしていた。

 

そんなイヴの態度に、アキトは苦笑を返すしかない・・・

 

何者・・・と言われれば、異世界から流れてきたごく普通の人間・・・としか言えないのだから。

そのようなことをいえば、かなりの確率で病院行きを勧められるだろう。

それに、文字が読めるのはアキトの所為ではなく、おそらくは遺跡の影響・・・

本人が原理も解っていないのに、他人に話せるはずがない。

 

はたして、イヴはアキトの苦笑をどう受け止めたのか・・・それは不明だが、

諦めたように大きな溜息を吐き、

 

 

「まぁいいわ・・・貴方の非常識さを今さら疑問に思っても、仕方のないことですしね・・・」

 

 

さらりと酷いことを言いながら、これ以上の追求を止めた。

一応、アキト自身を信じてくれているということなのだろう。

 

 

「メロディさん、アキトさんがこの本を読めるそうよ。読んでもらったら如何かしら?」

「アキトちゃん!本当に読めるの!?」

「ああ、読めるよ」

「わ〜い!」

 

 

アキトはメロディが飛び回るようにはしゃいでいるのを傍に、本をチラッと横目で見た。

その本のタイトルは『奴隷王』・・・はたして教育にいい本なのかどうか、判断に苦しむ・・・

 

(悪影響の出るような本だったら、メロディちゃんの教育に悪いからな・・・)

 

少なくとも、イヴが何も言わないところから、そうそう悪い本ではないだろうと、アキトは判断する・・・が、

安心はできない。もし、問題があればすぐさま読むのを止めようと、固く心に誓った。

まるで・・・いや、まるっきり保護者だ。

事実、幼い子供のようにじゃれついてくるメロディに、アキトは兄か何かの代わりのように振る舞っていた。

女子供に弱い、アキトらしい反応と言えるだろう・・・

 

 

「じゃぁ、どこで読もうか?図書館の中で読む?」

「メロディね、お天気がいいから、お外で読んでほしいの!」

 

「そうだね・・・それじゃ、『陽のあたる丘公園』に行こうか。あそこの木陰なら、涼しくて良いだろうし・・・

と、言うわけで・・・イヴさん、この本を借ります」

 

「わかったわ。貸し出しのカードに名前を記入して、提出してくれれば良いわ」

「はい・・・これで良いですね」

「ええ」

「では、俺はこれで・・・メロディちゃん、行こうか?」

「は〜い!」

 

 

早く本を読んでもらいたいのか、アキトの手を取って外に行こうとするメロディ。

苦笑しながら足を早めるアキトに、イヴは後ろから声をかける・・・

 

 

「アキトさん、今度、翻訳の仕事を回しますから・・・」

「ええ、できる限りやってみます・・・」

 

 

それだけ言うと、アキトはメロディに引っぱられ、図書館からでていってしまった。

 

やっと静かになった・・・そう思いながら、イヴは自分の仕事に戻った。

ほんの少し・・・自分でも気がつかないほど、人気が全くない図書館を寂しく思いながら・・・

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「アキトちゃん、こっちこっち!!」

「はいはい」

 

 

アキトはメロディの特等席であろう、大きな木の下に座った。

地面には芝生が生えており・・・風は適度に吹いている。絶好の読書日和びより・・・又は、昼寝日和びよりだ。

 

 

「早くご本を読んで!アキトちゃん」

 

 

 

メロディは待ちきれないといった感じで、座った。アキトの前に・・・

形的には、アキトは木を背もたれに・・・メロディは、そのアキトを背もたれに・・・という感じだ。

つまり、メロディは小さな子供の如く、ひざの上に座るような形となっていた。

正確には、アキトの足のあいだに座っていたのだが・・・

第三者には、仲の良すぎるカップルがいちゃつくように座っているようにしか見えない。

とてもじゃないが、他の女性・・・特に、同盟には見せられない光景だ。

 

 

「あの、メロディちゃん?この格好は・・・」

「アキトちゃん、早く!」

「・・・・・・はいはい」

 

 

メロディの純粋な視線に負けたのか、アキトは諦めたような顔つきで本を開いた。

ざっと見たところ、挿し絵などがそこそこあったため、メロディにも見えるように開く。

丁度、両手でメロディを挟むようにした格好だ。抱きつく一歩手前と言えなくもない・・・

 

 

「はるか昔、神様が地上より天界へと去っていった時代・・・一つの王国がありました。名は《ファルーション》。

その国は、特別大きいわけではありませんでした。しかし、他の国には無い、非常に珍しいものがありました・・・」

 

 

普通、小さな子供ならこの時点で、それは何?と訪ねてきそうなものだが、

メロディはアキトにもたれかかったまま、黙って聴いていた。視線は、本の挿し絵に注がれている。

 

愛らしい顔で真剣に本を見ている顔は、非常に微笑ましい・・・

アキトも例にもれず、メロディの横顔を見て微笑むと、本の続きを読み始めた。

 

 

「それは、果てしなく地の底へと続く、地下迷宮でした。

そこは、色々な不思議なことが起こる、奇妙な場所です・・・

そこに入れば、便利な道具が手に入ったりするため、様々な人が潜りました。

ですが、良いことばかりではありません。その中には、モンスターもいたのです。

下に行けば行くほど、モンスターは強くなりますが、珍しい道具も手に入りました。

幸い、モンスターは街に出てきません。その上、迷宮に入れば、珍しい道具が手にはいるのです。

その噂を聞いた強い人達は、珍しい道具とお金を目的に、次々に迷宮に入ってゆきました。

その甲斐あって、その王国は豊かになり、人も数多く住むようになりました」

 

「ふみぃ・・・面白そうだね。アキトちゃんなら、どこまで行けるのかな?」

「さぁ、どうだろうね?きっと、あまり進めないんじゃないかな?」

「そうかなぁ?」

「そうだよ。たぶんね・・・」

 

 

メロディが首を捻っている様子を微笑ましく見ながら、アキトは続きを読み始める・・・

 

 

「その王国ができて百数十年・・・一人の王女様が、提案をしました。

王国を護る騎士を、身分の差に関係なく、一般から募集しよう・・・と。

しかし、王女の兄である王様は反対しました。その様なことはせずとも、貴族の子供達を騎士にすればよい、と。

ですが、王女様はその案を推しとおしました。全ての者に、平等に権利を持たせるために・・・

それを、喜ぶ一人の少年がいました。その少年は奴隷という身分でした。

少年は、騎士に憧れていたのです。そして、その案を出した、王女様にも・・・

少年は思いました。これで、奴隷である自分も、王女様を護る騎士になれるかもしれない!と・・・」

 

 

その後の話は、ごくありふれていたストーリーだった。

 

『騎士』の試験・・・地下迷宮の一層をクリアするという試験に挑戦した少年は合格し、

騎士へとなるための資格を得た。

そして、『騎士』と認められるために、さらに迷宮に潜り、修行を重ね、強くなって行く少年・・・

そんな最中、奴隷の少年は、孤児院を兼ねていた教会にお忍びで訪れていた王女と出会った。

心優しい王女と奴隷の少年は、次第に惹かれあい、お互いを意識していった・・・

 

そして、様々な艱難辛苦の末、王女と少年は結ばれ・・・少年は王に、王女は王妃となった。

 

よくある、身分違いの恋が叶うお話・・・

だが、『よくある』ということは、それ自体が大衆に好まれるため・・・と言えないこともない。

 

話的には悪くはない。むしろ、面白い部類にはいるだろう。

メロディがあそこまではしゃいでいた気持ちが解る。アキトは正直にそう思っていた。

読んでいるアキトもまた、心から素直に面白い・・・と感じたのだ。

 

 

「地下迷宮から現れた伝説の怪物を倒した少年は王様となり、妻となった王女と末永く、仲良く暮らしました・・・」

 

 

読み終えたアキトは本を閉じ、アキトにもたれかかりながら、半ば眠っているメロディを見た。

あまりにも心地よい陽気に、そよそよと吹く風・・・寝てしまいたくなる気持ちも理解できる。

 

 

「メロディちゃん、終わったよ」

「ふみぃぃ・・・ごめんね、アキトちゃん・・・メロディ、眠くって・・・あんまり、聴いて・・・なかったの・・・」

 

 

そう言いながらも、半ば寝ぼけているメロディ・・・

普段なら、そのまま寝かせるアキトなのだが、

 

 

「だったら、家で寝たほうがいいよ」

 

 

今回は違ったらしい・・・多少強引に、メロディを起こして立たせる。

 

 

「みぃぃ・・・でも・・・ちゃんとお話を聞きたいし・・・」

「今度の休みに、また読んであげるよ」

「みゅぅぅ・・・本当にまた読んでね、アキトちゃん」

「うん、絶対にね、約束するよ」

 

 

アキトの言葉に納得したのか、メロディは目を擦りながら、家に向かって歩き始めた。

そんなメロディの姿を笑顔で見送るアキトの口から、非常に冷たい声音の言葉が発せられた・・・

 

 

「そこの人・・・何か用ですか?」

「やはり、気がついていましたか・・・気配は完全に消したはずなんですけどね」

 

 

平静な声と共に、アキトとメロディが居た木の後ろから姿を現す一人の男・・・

丈の長いコートを着て、一筋の傷が入った広い鍔の帽子をかぶっている。色は両方とも黒・・・

夏本番の今時の服装とは思えないが・・・男の雰囲気が、それを不自然には感じさせない。

それもそうだろう・・・男の放つ雰囲気は、冷気のように周囲を凍えさせていたのだから!

 

(気配を抑えることを止めただけでコレか・・・この人、強い・・・)

 

男から感じる冷氣・・・いや、むしろ妖気と呼称すべき氣に、軽い鳥肌を立てるアキト・・・

振り返り、真正面から対峙する。無防備な背後を見せる余裕などない・・・そう思ったのだ。

 

 

「俺の質問に答えていない。なんのようだ」

「お気になさらずに・・・私が用事があるのは貴方ではなく、あの生物せいぶつなのですから」

「貴様!」

 

 

あの生物せいぶつ・・・明らかに、メロディを指している呼称を聞いた瞬間、アキトの氣が爆発的に増加する!

それを感じたのか、男は冷酷とも、愉悦ともとれる微笑を浮かべた・・・

 

 

「失礼、お気にさわったようですね・・・テンカワ アキト君」

「何者だ・・・」

「私は赤屍あかばね 蔵人くろうど・・・ただの運び屋です」

「運び屋?」

 

「ご存じ無いようですね・・・では、お教えしておきます。

運び屋とは、依頼された品を、誰にも奪われることなく送り届けることを生業とする者です」

 

「・・・・・・今回の運びの依頼対象はメロディちゃんか」

「そうです。察しが早くて助かります」

「一体誰に・・・といっても、言うはずはないな・・・」

 

「ええ、こちらにも、守秘義務というものが一応ありましてね・・・

悪いですけど、あの『メロディ・シンクレア』と呼ばれる生物を運ばせていただきます」

 

「そう言われて、素直にさせると思うのか・・・」

 

 

アキトの解放された氣の奔流が、衝撃波にも似た波動を放つ!

昂氣を発動させていないとはいえ、間違いなくアキトは本気になっている!!

 

この『運び屋』赤屍 蔵人の実力は、アキトを最初から本気にさせるほどあるということなのか!?

 

 

「戦う気になっているところ、悪いのですが・・・一つ、言い忘れていることがありました」

「・・・??」

「運び屋・・・つまり、裏稼業には様々な種類がありましてね・・・その一つに、奪還屋というものがあります」

「文字通りだとすれば、奪われたモノを奪い返すのが仕事・・・だな」

「ええ・・・今、貴方の護ろうとしている者に近づいている男二人が、その奪還屋です」

「なにっ!?」

 

 

アキトがメロディが居る方向に振り向くと、気絶したのか、グッタリとしているメロディを、

トゲみたいな髪型の青年が、荷物のように抱えていた!

その傍には、緑色のジャケットを着た、金髪の青年・・・

そして、やや浅黒い肌をした、年の頃十五、六歳ぐらいの少女がいた。

 

 

「さっすが卑弥呼の快眠香・・・ちょっと嗅がせただけでぐっすりおねんねだな」

「それ誉めてるの?蛮・・・」

 

 

蛮・・・と呼ばれた男に対し、やや不機嫌そうな顔で返事をすると、

手に持っていた小さな小瓶に栓をする卑弥呼と呼ばれる少女・・・

 

話の流れから、卑弥呼の持っている小瓶の中の小さな粉・・・香が、メロディを眠らせたらしい。

 

 

「チッ!!(この男に気をとられたか!)」

 

 

アキトは舌打ちして、捕らわれたメロディに向かって駆けようとする・・・

 

―――――次の瞬間!!

 

なんの予備動作もなく、その場に伏せる!

その直後、アキトの身体のあった空間を、鋭い銀光がJの文字を描くように斬り裂く!!

 

アキトは伏せたまま、身体を回転させて、すぐ後ろにいるであろう人物の足を払う!

しかし、その人物・・・赤屍は、足払いを受ける前に、軽く後ろに跳躍して避けた!!

 

 

「背後からの攻撃を避け、その上反撃してくるとは・・・素晴らしい反応速度です。

自慢じゃありませんが、先程のタイミングで仕留められなかった人はそうはいませんよ・・・」

 

 

愉快と言わんばかりに、クスクスと楽しげに笑う赤屍・・・それとは裏腹に、アキトはゾッとしていた。

先程、赤屍からは注意をそらしてしまった・・・たった一瞬だけ。

その一瞬で、赤屍はアキトの背後に回り、なんの気配の変化もなく、強烈な一撃をくり出したのだ。

 

 

(冗談じゃない・・・こいつは、色んな意味で危険だやばい!)

 

 

冷や汗が出るのを感じながら、アキトは赤屍に視線を固定する。

目を逸らした瞬間、斬り刻まれるのではないかという雰囲気を感じながら・・・

 

 

「では・・・行きますよ」

 

 

そう言うと、赤屍はアキトとの間合いを一瞬で詰める!

静止した状態からの高速移動のため、傍目からは、赤屍の姿が消えたようにしか見えない!

 

間合いを詰めた赤屍は、右手で握り拳を作り、アキトに向かって腕を一閃させる!

その攻撃を後方に跳ぶことで避けるアキト・・・だが、アキトの二の腕あたりが何かによって浅く斬られる!

 

(今、奴の指の間から、二十センチぐらいの細長いモノが生えるように飛び出て俺を斬った・・・一体何なんだ?)

 

腕についた傷の数は四つ・・・ほぼ等間隔で並んでいる・・・

それが、アキトの見た何かを実証しているが、肝心のその何かを見切れなかった。

 

そもそも、握り拳の中から、二十センチぐらいの棒状の刃物が出るなど、

予想外・・・と言うか、常識的には考えられない。

何らかの力の具現化・・・と言う考えも出たが、それはおそらくありえなかった。

アキトの視た限り、赤屍の手に何らかの力が集まった様子は見られないからだ。

 

(どうやって出てきたとか考えるのは二の次だ、次の攻撃で武器を見切る!)

 

後方に跳んだアキトの着地した瞬間を狙い、赤屍はまたもや一瞬で間合いを詰め、左腕を右に薙ぎ払う!

だが、アキトはその前に、さらに一歩を踏みだして間合いを詰め、左腕を振るわれる前に受け止める!

 

動きを止めた赤屍の手の内にあるモノを見たアキトは驚く!

 

 

「メス!?」

 

 

そう・・・赤屍の持っている武器とは、病院などの手術に使われたりする、メスだったのだ。

確かに・・・メスの切れ味は半端ではなく、下手な刃物よりも殺傷能力は高い。

それこそ、切ることを追求した『刀』・・・それも業物に匹敵するぐらいは・・・

 

アキトは目の前の人間・・・赤屍のあらゆる意味での異常さを感じた・・・直後!

氣を集束させた掌底の一撃を、赤屍の腹部に叩き込んで吹き飛ばした!!

 

(危なかった・・・もし、後一秒でも遅れていたら、右手のメスで斬り裂かれていた・・・)

 

赤屍の右手にあるメスを見ながら、アキトは冷や汗をかく・・・

咄嗟の判断だったため、手加減はなかったのだが、相手の心配はまったくしていない。する必要すらなかった。

 

 

「やはり、素晴らしい反応速度です・・・私の攻撃を、こうもあっさりと回避するとは・・・」

 

 

赤屍は弾き飛ばされはしたが、倒れることもなく着地すると、

アキトの掌打によるダメージなどなかったかの如く、平然と・・・先程と同じ表情で立っていた。

 

いや、先程よりも、さらに嬉しそうな顔をしていた・・・

 

 

「嬉しい限りです・・・美堂君や銀次君以来ですよ・・・

ここまでワクワクさせる人に会えたのは・・・私も、さらに本気が出せそうです」

 

 

その言葉が嘘偽りでないことは、対峙しているアキトには嫌というほど解った。

赤屍が放つ、冷氣紛いの殺気が、先程よりも格段に強くなっていることを感じていたのだから・・・

 

アキトは赤竜の力を解放し、両の手に具現化させて、手甲・・・赤竜甲を創り出す。

 

相手の間合いが極端に短い以上、こちらが間合いの大きいもの・・・例えば剣などを使えば有利になると思えるが、

赤屍の悪魔的なあのスピードの前には、その有利性は逆に不利になる可能性が高い。

あの凄まじい速さの前では、剣の間合いを保つことは至極難しい。

それ以前に、剣を振るう前に、赤屍の間合い・・・懐にでも入られたら、その時点でアウト・・・

ならば、間合いが違いすぎる武器を選ぶより、近い武器・・・手甲を使った方が良い。と、アキトは考えたのだ。

 

そこまでアキトに覚悟させる、赤屍の実力・・・はっきりいって、洒落にならない・・・

 

 

「手甲ですか・・・」

「・・・驚かないんだな」

 

「ええ・・・貴方のことは依頼人クライアントを通して、仲介屋から聞いていましたからね・・・

今回の仕事で、もっとも邪魔になる可能性が高い人物だと・・・その他にも、色々と・・・」

 

 

(俺の力・・・赤竜の力による具現化を知っている人物は少ない・・・

そもそも、俺自体、この世界で広く名前が知れ渡っているはずがない・・・そもそも、存在しないんだからな。

となると・・・メロディちゃんの誘拐紛いな事を依頼したのは、この街の住人なのか?)

 

 

「貴方は強い・・・と聞いていたので、結構楽しみにしていたんです。

あっさりと死んで、私を失望させないでくださいね・・・」

 

 

手品みたいに両の手にメスを出しながら、赤屍はアキトとの間合いを詰め、襲いかかってくる!!

そのスピードは、先程よりもさらに増している!

 

 

「身勝手な期待を他人に押し付けるな!!」

 

 

赤屍のくり出すメスの攻撃を、赤竜甲で受け止めながら、アキトも反撃する!

両者は異様なスピードで、公園の一角の空間を飛び回っていた!!

 

 

 

 

「ねえ蛮ちゃん・・・あの人凄いよ・・・」

「ああ、とんでもねぇな・・・」

 

「確かにそうね・・・」

 

 

メロディを背負った女性・・・工藤 卑弥呼が、金髪の青年・・・天野 銀次と、美堂 蛮の言葉に肯定する。

 

ちなみに、卑弥呼がメロディを背負っているのは、同じ女だから・・・である。

正確には、胸のサイズを触って調べようとした蛮を、卑弥呼が殴ってメロディを引き取ったのだが・・・

 

 

「あのジャッカルと対等にり合えるなんて・・・」

 

 

ジャッカル・・・正確には、ドクター・ジャッカル・・・赤屍の通り名である。

赤屍はその名を誇示するように、『ジャッカル』のスペルの頭文字・・・Jという文字の形で人を斬る。

最初、アキトに背中から斬りかかったときのように・・・

 

 

違うちげぇよ、気がつかねぇのか?」

「気がつかないって・・・なにがよ」

「あいつ・・・赤屍と闘っているのに、俺達から注意を逸らしてねぇ・・・」

「そんな・・・本当なの?」

 

 

卑弥呼は銀次に問う・・・銀次なら、嘘などは言わないと思ってだ。

 

 

「うん・・・あの人、僕たちをずっと気にしている。

もし、その子を連れていこうとしたら、何かしてくると思うよ・・・」

 

「・・・よくそんな余裕があるわね、かなり本気で闘っているのに・・・」

「ハッ!あの程度で本気?冗談きついぜ・・・」

 

 

卑弥呼の信じられないと言わんばかりの言葉を、蛮は一笑する。

 

 

「二人とも・・・少なくとも、赤屍の野郎は本気どころか、実力の四分の一も出しちゃいねぇ・・・

その証拠に、奴は斬りかかっているだけで、技の一つも使ってねぇ。なぁ、銀次」

 

「うん・・・もし、赤屍さんが実力の半分を出していたら、僕たちはこんな近くに居ることなんてできないよ。

それにあの人も・・・赤屍さんの速い攻撃を、完全に防いでいる・・・余裕をもってね」

 

 

銀次の一言に、卑弥呼は半ば絶句する・・・

今のアキトと赤屍の二人は、常人には残像しか見えないほどの速さで闘っている。

その程度で全力とは思ってはいなかったが、半分以下とは考えてもなかったからだ・・・

 

 

その時!

空中での攻防で、アキトに殴り飛ばされた赤屍が、平然とした感じで蛮達三人の前に降り立つ。

アキトの拳は完全に受け止め、衝撃を逃がすように自ら後ろへと跳んで、ダメージを減らしたのだ。

 

それでも、赤屍の腕についた打撃痕を見た蛮は、皮肉げに笑いながら声をかける。

 

 

「おいおい、ドクター・ジャッカルともあろうお方が苦戦しているのか?」

 

「ええ・・・彼は今だ本気を出していませんが、なかなか強いですよ・・・

特に、乱雑に見せかけた攻撃の中、偶然を装った本気の一撃は・・・かなり、面白いです。

しかし、どんな理由があるかまでは知りませんが、何やら実力を隠したがっているようですね・・・

そういう人ほど、隠している実力は奥が深い・・・美堂君や、銀次君のようにね」

 

 

そう言いながら、フフフ・・・と、楽しげに笑う赤屍・・・

それを見た銀次は、赤屍が楽しそうに笑っている姿に、全身鳥肌を立てていた・・・

何よりも殺戮を好む赤屍の楽しそうな顔なのだ・・・誰が見ても、良いことではない。

 

 

「そんな事よりも・・・美堂君、依頼人クライアントとの約束の時間が迫っています・・・

私のことは気にせず、早く先に行ってください」

 

「ああ?正午約束の時間までまだ時間はあるぞ・・・」

 

「ええ、知っています。しかし・・・依頼人クライアントを待たせないのに越したことはありませんし・・・

何より、テンカワ君は観客ギャラリーが居ると実力を出さないと思いますので・・・」

 

「・・・みてぇだな。だが、俺達が居なくなっても、あまり大差ないんじゃねぇのか」

 

 

蛮はそう言いながら、近くにある木々をチラッと見る・・・

銀次も卑弥呼も、その事に関しては疑問をはさまない・・・はさむ必要もない。

 

 

「それと、理由はもう一つ・・・テンカワ君は美堂君と銀次君によく似ているんです」

「は?」

「あの人と・・・僕と蛮ちゃんが似てるって?」

「ええ・・・自分のこと以上に、仲間が危機に陥った時、実力を発揮するタイプのようです・・・」

「・・・・・・」

 

「さ、早く行ってください・・・今は、貴方達の動きに注意しているようですが・・・

すぐに、その様な暇など無くなりますからね・・・」

 

「赤屍さん!人殺しは駄目だからね!」

 

「ふふ・・・銀次君、貴方だけですよ・・・私の楽しみを、真っ向から否定するのは・・・」

 

 

赤屍は苦笑した直後、その場から忽然と消え去る!

停止状態から急速に動いたため、目が追いつかなかったのだ。

 

無論、蛮と銀次、アキトはその動きを見切っていたが・・・卑弥呼には残像しか見えなかった。

 

 

再び、先程と同じ高速戦闘・・・否、さらにそれを越える高速戦闘を始めるアキトと赤屍!

 

 

(さらに速くなった!)

 

「これで三十パーセント・・・徐々に上げてゆきます・・・ちゃんと、ついてきてくださいよ」

「クッ!!」

 

 

徐々にだが、確実に速くなる赤屍に、アキトも徐々に本気を出さざるをえない状況に追い込まれる・・・

実力を・・・昂氣を出せば、一気に倒せるかもしれないが、

周囲から自分を観察している存在に、それを躊躇する。

 

 

(メロディちゃんが捕らわれているのに、俺は何を迷っているんだ・・・クソッ!)

 

「悩んでいる暇はありませんよ・・・早く、実力を出してください。でないと・・・死にますよ」

 

 

赤屍が右手を天にかざす・・・すると、その手より無数のメスが、空に向かって放たれる!!

その意図が読めず、アキトは一瞬悩む・・・が、すぐに理解し、その場を跳びずさる!

 

(物質は重力に引かれる・・・上空に投げたメスは重力に引かれ、落ちてくる!!)

 

そう考え、先居た場所より大きく移動するアキト・・・

そんなアキトに、赤屍はただ一言・・・・

 

 

赤い雨ブラッディー・レイン・・・」

 

 

アキトの推察通り、赤屍が上空に投げたメスは、重力に引かれて落ちてくる・・・

 

その場から動き、避けたはずのアキトの真上に!!

 

 

「―――――なっ!?」

 

 

アキトは驚きの声を上げる!

避けるべく行動したのは、投擲した後だというのに、メスはアキトの真上から降り注ぐ!

 

(俺の行動を読みきったというのか?)

 

 

初めて闘う相手・・・そして戦い始めてからもほんの数分・・・

それだけで、赤屍は回避行動パターンを読んだ・・・その事実に、アキトはゾッとした。

 

赤屍という人物は、今まで闘ってきた中でも、トップクラスの戦闘バトルセンスがあることに・・・

 

 

「・・・まだこの程度なら避けきれる!」

「そうですか・・・なら、これを差し上げましょう。赤い奔流ブラッディー・ストリーム!!

 

 

降り注ぐ無数のメスを避けているアキトに、赤屍は右腕を一振りする!

すると、その腕より何十・・・いや、百以上のメスが一斉に投げ放たれる!!

 

 

「チッ!!盾よ!」

 

 

アキトは舌打ちすると、赤竜甲を盾へと変化させ、構える!

その直後、盾の中央部に埋め込まれた蒼銀の宝玉が輝き、赤い天蓋ドーム状の防御結界を形成する!

 

アキトに迫っていた無数のメスは、その赤い結界に阻まれ、ことごとく弾かれる!

そのメスの内、降り注いでいたものは、弾かれた後、大地や近くの木に突き刺さる。

だが、後の・・・『赤い奔流ブラッディー・ストリーム』と称されて投げたメスは、

木や大地に突き刺さると、その箇所を爆発させたかのように大きく穴を穿った!

 

 

「少しは本気を出してきましたね・・・ちなみに、今ので四十パーセント弱です」

「・・・・・・―――――ッ!!」

「おや、やっとお気づきになられましたか・・・」

 

 

アキトが歯を食いしばりながら、ある一点・・・蛮達が居た・・地点・・・すなわち、メロディが居た場所を見ていた。

そう、居た場所・・・そこにはもう、誰もいなかった!

 

赤屍の連続して放った技を避けている間、アキトは蛮達からほんの数秒、気を逸らしてしまった・・・

その隙に、蛮達は公園から姿を消していたのだ。

 

たった数秒の間に姿を消す・・・それも、アキト相手に・・・並大抵の実力ではできない行為だ。

 

 

「彼らは、一足先に依頼されたモノを依頼人クライアントの元へと届けに行きましたよ・・・

場所はここより北にある森の中・・・大きな空き地となっている所です」

 

「なぜ場所を教える・・・」

 

「その方が、貴方の焦燥感を煽れると思いまして・・・

テンカワ君。貴方みたいな人が本気になるには、仲間が危機に陥らないといけないようなのでね・・・」

 

「・・・・・・」

 

「次は五十パーセント・・・本気にならないと、助けに行く前に死にますよ・・・」

 

 

右手を目の高さまで持ち上げる赤屍。

すると、怪我をしていないのに、右の掌から大量の血液が流出し始めた!!

 

 

赤い剣ブラッディー・ソード

 

 

それは異様な光景だった・・・赤屍の右手から流れる赤い血が集まり、赤い剣を作り上げる!

まさに、赤屍が言ったとおり・・・鮮血のつるぎ赤い剣ブラッディー・ソードだ・・・

 

その赤い剣が尋常ならざるモノであるのは、一目でわかる・・・いや、見る以前に感じる。

その剣全体から放つ異様な気配に、常人でも鳥肌を立て、身体を震わせるだろう。

 

 

「さぁ・・・貴方はどこまで私を満足させてくれますか?」

 

 

赤屍がアキトとの間合いを詰める!それも、今までで一番速いスピードで!

 

 

「クッ!!」

 

 

アキトは盾を剣に変化させ、赤屍の赤い剣ブラッディー・ソードを受け止める!!

神の力で創った赤い神剣と、血液から作りだした赤い妖剣が激しく打ち合わされる!

 

 

「これから、攻撃を繰りだすたびに、少しずつ実力を出します・・・

さて・・・貴方は一体、どこまで私についてきてくれますか?」

 

 

赤屍が言う通り、本当に実力を出し始めているのだろう、

剣を打ち合うたびに、赤屍のありとあらゆる速さが増してゆく!!

 

それ対抗するべく、アキトの速さも自然と増してゆく!

 

 

「良いですよ・・・その調子です。その調子で、貴方のその人並ならぬ実力をどんどん発揮してください」

「黙れ!!」

 

 

アキトは赤屍の胴を狙って右薙ぎの攻撃を繰りだす!

赤屍は剣でそれを受け止める・・・が、アキトはそれに構わず振りぬいた!

 

赤屍はアキトの剣圧によって飛ばされるが、空中で体勢を整え着地する・・・何事もなかったかのように・・・

 

 

「なぜ、それほどの実力を隠そうとするのか・・・私には理解できませんね・・・」

「・・・・・・」

 

 

先程、赤屍が言った『人並みならぬ実力』・・・それは、皆がアキトの異常な戦闘力に対する評価でもあった。

だが、それは畏怖を感じさせるまでにはいたっていない。

アキトが皆に見せている実力は、リカルドなどの実力者を知る者にとって、並んで評される程度でしかないからだ。

 

しかし・・・本気で昂気を使ったアキトは、まさに人外・・・人の枠を越えている。

赤竜の力もそうだが・・・アキトはこの街に来て、人の目がある場所でその力を具現化以外に使用したことはない。

ただ単に、武器をいつでも創り出せる便利な力・・・それが皆の認識。そう思わせてきたのだ。

 

もし、アキトの全力で闘う姿をこの街の住民・・・仕事仲間が知れば・・・皆は恐れるかもしれない・・・

人は所詮、弱い生物・・・だから、人以上の力を持つ存在に恐怖する・・・

その時はいずれ来る・・・が、少しでも、その時期を遅らせたい。

 

そう、アキトは思っている・・・否、思っていた・・・・・

その思いは・・・仲間メロディを助ける事の前には、なんの意味もなさない。

 

(後一押しですね・・・テンカワ君が、本気を出すのも・・・)

 

アキトの真の実力を薄々感じていた赤屍は、先の見えない闘いにゾクゾクする気持ちを抑え、

その真の実力を引き出すであろう、言葉を紡ぐべく、ゆっくりと口を開く・・・

 

 

「最後に一つ・・・教えておきましょう。奪還屋あの二人に依頼された仕事内容を・・・」

 

 

その言葉に、アキトは動きを止めた・・・その事は、アキトも疑問に思っていたからだ。

奪還屋は、奪われたモノを奪い返すのが仕事・・・

つまり、今回は、『メロディ』がその対象・・・『奪われたモノ』となるからだ。

 

 

「彼らに依頼された仕事の内容は・・・奪われた『実験動物』の奪還・・・らしいですよ」

 

 

その赤屍の言葉は・・・アキトの中から、一つの思いを完全に消し去った・・・

 

アキトは赤竜の剣を体内に戻し、自然体で立っていた・・・俯いているため、その表情はうかがえない。

凄まじいほどの氣の奔流も、嘘だったように、鎮まっていた・・・

 

普通であれば、赤屍の言葉にショックをうけ、呆然としている・・・というように見える。

だが、赤屍は、そのアキトの様子が『嵐の前の静けさ』・・・いや、『爆発寸前の弾薬庫』に近いことを感じていた!

 

 

「さぁ・・・見せてください、貴方の真の実力を!!」

 

 

赤屍はアキトとの間合いを一瞬で詰め、その手に持つ赤い妖剣を振り下ろす!!

その赤い妖剣は、アキトを袈裟懸けに斬る!!

 

―――――寸前!!

 

その赤い刀身は掴まれ、受け止められた!

眩い蒼銀の輝きを纏わせた、アキトの左手に!!

 

 

「そんなに見たいのか・・・なら見せてやるよ。俺の昂氣本気を・・・」

 

 

バキンッ!!

 

言うや否や、アキトは素手のまま、赤屍の赤い剣ブラッディー・ソードの刀身を握り砕いた!!

鋼で作られた鎧でさえも、紙同然に容易く斬り裂く赤い剣ブラッディー・ソードを!!

 

剣を砕かれた赤屍は、アキトの予想以上の実力に口元に笑みを浮かべながら、後方へと一足飛びに下がった!

そんな赤屍を追撃するかの如く、アキトは素早く呪文の詠唱に入る!!

 

 

「光よ 我が手に集いて閃光となり 深遠なる闇を貫く光矢となれ!烈閃矢エルメキア・アロー!!

 

赤い盾ブラッディー・シールド!」

 

 

アキトが放った光の矢を、赤屍は先程の剣と同様、血液で作りだした盾で受け止める!

ただし、その盾はきちんとした形ではなく、赤い光の盾といった感じだった。

 

しかし、さすがに力の篭もった盾というべきか!

物理防御など意味をなさない、精神に直接ダメージを与える光の矢を完全に阻み、逆に砕け散らせる!!

 

―――――だが!!

 

直後、間合いを詰めたアキトがくり出した昂氣を纏う拳の前に、それはあまりにも容易く砕け散った!!

 

 

「―――――!!」

 

 

あまりにもあっさり破られたことに驚き、少々目を見開く赤屍・・・

そんな赤屍に対し、アキトはただ一言・・・

 

 

「秘拳・輝竜乱舞・・・」

 

 

その直後、突如発生した蒼銀に光る衝撃波らしきものが赤屍を弾き飛ばす!

そして、アキトはそれ以上は何もせず、メロディをさらった蛮達を追いかけていった・・・

 

少なくとも、第三者からはそう見えた・・・

 

 

「いやはや・・・参りましたね・・・」

 

 

蒼銀の衝撃波に弾き飛ばされ、大地に叩きつけられた赤屍は、その格好のまま・・・

つまり、地面に大の字の形に倒れたまま、誰にともなく呟いた・・・

 

(凄まじい実力ですね・・・あの一瞬で数十発の拳をくり出した上に、手足の関節をはずし、

ご丁寧に急所・・・経絡まで突いて全身を麻痺させるとは・・・これでは暫く身動きができませんよ・・・)

 

そう・・・あの瞬間放たれたのは、衝撃波などではなく、無数に放たれたアキトの拳だったのだ。

あまりに早く・・・そして数が多すぎたため、傍目には衝撃波のようにしか見えなかったのだ・・・

 

(まったく・・・最後の一言は、余程効果があったようですね。

私が本気を出す前・・・・・・に、一気に倒されてしまうとは・・・テンカワ君の実力を見誤っていましたか。

しかし、この私があの程度の反撃・・・・・・・しかできなかったとは・・・いやはや、世界は広いですね)

 

自分があっさりと倒されたというのに、赤屍はクックック・・・と笑う。愉快そうに・・・

それほど、アキトが強かったことが嬉しかったのか・・・それとも・・・

 

 

「ふん・・・これがあの最凶の運び屋赤屍 蔵人ドクター・ジャッカルとはな・・・情けない姿だ」

「おや、ようやく出てきましたか・・・」

 

 

周囲の木の陰などから、黒服を着た体格の良い男達が姿を見せる。

これが、先に赤屍が言っていた観客ギャラリーの正体だった・・・

 

アキトと赤屍が戦い始める少し前から、ずっと監視していたのだ。

ただ、赤屍はもちろん、蛮達も・・・そして卑弥呼にもバレバレだったほどの、低レベルな穏行だったが・・・

 

 

「それで・・・今まで影から見ていることしかできなかった人達が、身動きのできない私に何のようですか?

依頼は、奪還屋ともう一人の運び屋がきっと果たしていますよ・・・・・・」

 

「この件に関わった者には全て消えてもらう・・・機密保持のためだ、悪く思うな」

 

「おやおや・・・なんと単純明快な・・・ですが、貴方達には無理です。

私に死を教えることも・・・銀次君達を、殺すこともね」

 

 

赤屍の言葉に、黒服達は低く笑う・・・先程から地面に倒れたままで、動こうともしないのに、

よくそんなことが言えるもんだ・・・と、冷笑しているのだ。

 

だが・・・その笑いが続いたのも、僅か数秒だった・・・

 

 

「今回は、貴方達を殺す事で満足することにしましょうか・・・赤い暴風ブラッディー・ハリケーン

 

 

直後、大地や木に突き刺さっていた大量のメスが独りでに宙に浮かぶと、赤屍を中心に渦を巻き始める!

 

そうなるとどうなるか・・・答えは一つ。

赤屍を取り囲んでいた男達を容赦なく斬り刻み、貫く!!

巻き上げられた血は、無数のメスと巻き起こす風を赤く染める・・・

 

まさに、鮮血の嵐ブラッディー・ハリケーン!!

男達は理解不能な事態に、為す術もなく死んでゆく!

唯一許されたのは、絶叫を上げることのみだった!!

 

 

全ての男達が無惨な肉塊に変わり果てると、あれ程渦巻いていたメスは、空中でピタリと制止する・・・

そして、今度は刃先を赤屍に向けると、なんの躊躇もなく飛翔し、持ち主の身体に突き刺さり、体内に潜った。

 

それに対し、赤屍はなんの痛痒も見せず、ただ平然としていた。

それもそのはず・・・出ていったモノが、元に戻っただけなのだから・・・

つまり、アキトが疑問に思っていたメスの隠し場所・・・それは、赤屍の体内だったのだ。

だから、握り拳の中からメスが飛び出るという、非常識なことが可能だったのだ。

 

 

「さて・・・早く動けるようにならないといけませんね・・・

でないと、銀次君達に忘れられて、先に帰られるかもしれませんし・・・」

 

 

血の匂いが充満した公園の一角に、場違いなまでに暢気そうな赤屍の呟きが響いた・・・

 

 

 

(その2へ・・・)