─ 2096年10月20日 ナーウィシア首都・水都 ─

ドン! ドン! ドン!


首都の沖合いには旧式となり首都警備艦に身をやつした薩摩級戦艦〈常陸〉がいた。彼女の持つ45口径41センチ主砲塔が左舷に回転し、砲身がゆっくりと持ち上がり先端が蒼穹に向けられ、伊達遙を天に送り届ける為の空砲が悲しげに撃ち鳴らされた。


今、ナーウィシアの首都・水都では元帥海軍大将(死後昇進)伊達遙の国葬が営まれている。礼砲艦に戦艦〈常陸〉が選ばれたのは海軍士官の常識として予め書き残されていた遙の遺言故だった。本来だったら主力艦となっている〈周防〉級戦艦、もしくは彼女が戦隊司令を勤めていた〈高千穂〉が使われるはずだったが葬儀委員長になっている沖田は彼女の望みを叶えた。反対する声もあったが遙の遺言と知ると反対する人間はいなくなった。

目の前の旧式戦艦は自分が艦長を勤め、遙が副長を、そして艦長として乗った思い出の艦だからだ。遙は武運拙く死んだ時は思い出深い艦に送られ天に還る事を望んでいた。そして戦艦〈常陸〉も遙の後を追うように解体が予定されている。

長い間、ナーウィシア海防の重責を担った戦艦〈常陸〉の船体は竣工から20年以上たって傷み、改装を施しても戦力として使えない・・・そう判断され、首都警備艦としてもう半年使用した後、除籍・解体される事が決まっていたのだ。遙の礼砲艦としての役目がやはり彼女の、老女〈常陸〉の最後の晴れ舞台だった。


沖田は儀丈隊とともに最敬礼を行いながら寂しげに空砲を撃ち鳴らす目の前の旧式艦を見ている。あの艦と同様すでに自分の役目は終わったのかもしれない、そう感じ不覚にも落涙を覚えた。沖田にとって心を許せる遙が逝き気が弱くなっているのかもしれない、彼はすでに五十代になっている。そろそろ引退を考える時期に差し掛かっていた。



沖田の見ている〈常陸〉が、歪む。視界が、世界が、どんどん滲んで色味を失っていく。

身体がふわりと浮き上がり聞き覚えのある2度と忘れまいと思った声が聞こえた。



(なーに、馬鹿なコト言っているんですか! 十五さんはまだまだ現役です。導かなきゃいけない若者たちがいるんですよ、しっかりしてください)


滲み色を失った世界で遙が頬を膨らませ腰に手を当てて文句を言っている。自分にたいして若者たちをもっと死地へ送り込めと言っていた。


(誤解しないでください、私は自分に続く英霊なんて要りませんから)


───じゃあ何故だ?

(彼らの未来を護ってください、今の彼らにできる事は限られています。貴方には彼らにない経験と若者たちにできない事ができます)

───俺の経験と俺にできる事か・・・そんなもの有るのか。


(十五さんはナーウィシアいえ、連合海軍大将ですよ、できない事の方が限られていると思いますけど?)


遙は悪戯っぽく笑って沖田に手を伸ばした。沖田もつられるように手を伸ばすが彼の手は遙の手をすり抜けた。


(そして貴方は─── 鋼鉄 くろがね

───わからない。

鋼鉄 くろがね は蒼い蒼い大海と健やかに育とうとしているこの世界を、外の悪意から護り、守護する人のこと)


遙はゆっくりと沖田にのばした両手を大きく横に広げた。色を失った世界が急激に色彩を帯び、遙の背後には広大な蒼海が広がった。蒼穹にはカモメたちがゆっくりと飛んでいる。穏やかな海には漁を営む小さな舟。豊漁なのか猟師たちの顔には笑みが浮かび子供たちが採った魚を掲げて見せている。

沖田はその世界の眩しさに目を細め、見慣れた様子ではるか彼方の水平線を見つめた。


───ばかな、俺にそんな力はない。現にお前一人護れなかったじゃないか! そして・・・あの時だって!!

(それは十五さんがそう思い込んでいるだけ。貴方は一度、それを成し遂げているの、この宇宙で)

───遙、お前は何を言っているんだ? お前は本当に・・・伊達遙なのか!?

(そう、十五さんの知っている伊達遙よ。ほんの少しだけ変わってはしまったけど)


遙はそう言うと寂しい笑顔を沖田に向ける。


(十五さんの今の使命、それはこの世界をあるべき姿に導く新たな 鋼鉄 くろがね を育てること。残念だけど私は 鋼鉄 くろがね になれなかった)

───お前が 鋼鉄 くろがね になれなかった? だからお前は死んだのか? だとしたら俺は、ますます自分が許せない!!


遙はゆっくり首を振ると沖田を見た。


(私が死んだのは外からの影響だけど・・・それも天命。彼らがいなくても私は死ぬしかなかったの。だから自分を責めないで)

───そんな馬鹿な話があるか! 遙が言うように俺に本当に鋼鉄くろがねの力があるなら!!


歴史をやり直したい・・・お前を、そしてアイツを! 俺は・・・俺は幸せにしたいんだ!



沖田は力の限りに吼えた、理不尽な力に操られる自分、その力を断ち切るように。遙は悲しそうな顔をして息を荒げている沖田を見る。



(歴史を・・・逆行することは出来ます・・・・・・・・・・・。でも逆行したからといって今の・・私を幸せに出来るとは限らない。

それでも十五さんは歴史をやり直したい? 改変前の歴史で生まれるはずだった、貴方以外の人たちのさまざまな絆を断ち切って・・・私を、いえ私たち・・、たった二人の人間を幸せにしたいの?)

───な!?


沖田は遙の問いに絶句した。彼女の言う通り、やり直した歴史で生まれる絆もあるが、逆を言えば改変により結ばれる絆が結ばれずに終わる事もある───今の世界を否定し逆行してやり直せば当然そうなる、そんな単純な事に気づかなかった。

彼は自身が思った事を、自分の望みを感情に任せてただ言っただけだったが彼女から返ってきた問いはあまりにも深く沖田の胸を刺した。意図的に歴史に干渉し他人の運命を捻じ曲げた上に自分の幸せを築く事が出来るのかと遙に問われたのだ。


(私たちは貴方にそれを望まない、それは十五さんの・・・いえ、ずっと戦ってきた影護四補という人間の人生をすべて否定すること)


そう、彼はずっと戦ってきた。最初は自分のためでもあったが愛する彼女と一緒に平和を得て静かに暮らすこと。この世界に飛ばされてからは自身にとって特別な意味をもつ女性・御劔瑞葉が生きているこの世界を護ってきた。そうでも想わなければ孤独で狂い死にそうになった。

そして彼の真の望みは───向こうの世界で彼・影護四補を待つ自分の御劔瑞葉に再び逢うこと。


(新しい歴史なら私たち2人は幸せになれるかもしれない。でもその2人は貴方が愛した私や彼女じゃない、意識が連続していない私たちは・・・同じ顔と名を持つだけの別人。それは十五さんが一番良く知っているでしょう?  貴方はこの世界に存在している最愛の女性を愛せなかったのに)


遙は目を瞑り自分の身体を抱える。そしてゆっくり目を開けると真剣なまなざしで沖田を見た。


(───それでも貴方は私ではない私を・・・愛してくれるのですか? この世界の御劔瑞葉を愛せなかった貴方が)


遙の問いに沖田は・・・影護四補は何も答えない、ただ俯いているだけだった。


(仮にそうなったら私たちが愛した四補さんや十五さんは消え、今の私たちの存在もなくなる。四補さんや十五さんが私たちを殺すのよ)

───俺が遙たちを殺す? 馬鹿な、そんなことは有り得ない! それになぜ俺が・・・影護四補だと知っている!? 遙、君はナギ、いやあの世界の御劔瑞葉なのか、答えてくれ!


沖田十五、いや影護四補の悲痛な声がこの空間に木霊した。


(ごめんなさい、私はナギさんではないの。あくまでも私は伊達遙。彼女を知っているのは貴方の心を少しだけ・・・。でも十五さんがナギさんを好きになった理由は良く分かった。私は・・・少し彼女が羨ましい)

───俺の心を? ・・・すまない、遙。アイツのことをずっと黙っていて。

(貴方は自分が知っているにも関わらず、同じ顔・同じ声をしていながら自分を知らない人間を相手にずっと生きてきた。誰一人貴方を知らないこの世界で何十年もたった一人でずっと彷徨って・・・その末、貴方は自分の心が安らげる存在として私を選んでくれた。この世界の御劔瑞葉ではなく、この私を。それがとても・・・嬉しい。

話してくれなかったことは・・・少し悔しいけど貴方の立場を考えれば・・・責められない。それに貴方を好きになったこと、私、後悔してないの)


四補の目の前にいる泣き笑いの表情を浮かべた遙の姿が段々薄れていく。


───待ってくれ、遙! 俺は、俺はどうしたら良いんだ!?


(この世界は貴方を、そして新たな鋼鉄くろがねを必要としています、だから・・・どうか・・・彼らを導いて。そうすればきっと)


遙は愛しい人間を抱きしめようと手を伸ばす。沖田も遙を抱きしめようと手を伸ばすが腕の中で光の粒となって消え、沖田の目の前に現れたのは幾何学模様が刻まれた黒と金の四角い箱。沖田にはその箱から湧き出す蒼白い光の粒が遙の涙のように見えた。


(十五さん・・・私はいつも貴方の傍にいます・・・ずっと待ち続けます。だからすぐにこちらに来ないで・・・ご自分の使命を・・・果たしたら・・・私は・・・貴・・・方の・・・)


遙の言葉は段々と細くなってついには消えた。沖田十五は目の前の黒い箱に、その存在を利用され沖田の目の前に現れた彼女に語りかけた。



───遙、わかった。俺が彼らを導く、そして使命を終えたら必ず君の、そしてアイツの元に行くから。



四補は表情を改めると《遺跡》を睨みつけた。遙の姿を取り逃避しかけた自分に使命の再施行を命じたのが分かったのだ。


───《遺跡》よ、約束を違えるなよ、俺は必ず遙とナギに逢いに行く。自分の全ての能力を使って必ず彼女たちに逢いに行ってやる。約束を違えたら・・・お前を破壊してやるぞ、遙の姿をとった事を・・・必ず後悔させてやる。



そしてろうそくの火が掻き消えるようにこの世界に存在する“《遺跡》の門番ゲートキーパー”沖田十五の意識は消えた。





─ 2096年10月22日 ナーウィシア首都・第一海軍病院 ─

「オヤジ!! 良かった!!」


病室に隼人の喜びの声が上がった。


「・・・ここは?」


沖田は目を瞬かせ辺りを伺った。枕元には息子の隼人がおり、彼の艦の仲間たちがいた。盟友の葛城博士も心配そうな顔をして自分を見ている。


「オヤジは伊達元帥の葬儀の途中で倒れて意識不明になったんだ。一時は危なかったんだけど・・・本当に良かった」

「そうか、ワシは倒れたのか。・・・ははは、死に損なったな」


沖田の呆然とした呟きに怒気を発した隼人が怒鳴る。


「オヤジ!!」


沖田は分かったというように隼人に向かって軽く片手を上げた。


「すまん、隼人。ワシは伊達に追い返されたよ、こっちにくるのは早いって」


沖田の突然の言葉に隼人を含めた病室にいる人間たちは唖然とする。


「え? 伊達さんが」

「ああ、使命を果たしてから来いとさ」

「使命って・・・何言っているんだ、オヤジ?」

「さあな、ワシにもさっぱりだ」


沖田は肩をすくめ、曖昧な表情を作り自分の義理の息子・隼人を見た。

彼は気づいたのだ、この世界が求める新たな鋼鉄くろがねはこの青年であることを。そして自分は青年を導き外からの歪みを払い、大海とこの世界に平和をもたらさねばならない。


そしてその使命が終わった時、沖田はいや影護四補は遙やナギに逢う事が許されるのだ。


四補は窓の外から海を見る、あの海を護るのは老いた鋼鉄くろがねの使命。その先の未来を護るのは隣にいる新しき鋼鉄くろがねの使命なのだということを。




 

連合海軍物語

第25話 出会い



─ 2096年11月5日 日本・佐世保 ─

医者から今回倒れた原因が過労からの心臓発作と診断されたにも関わらず、沖田は医者や隼人の制止を振り切り短期間で退院、この世界を護り遙とナギに逢うべく勢力的に動き始めた。まずは日本との同盟を自身で結ぶべく直接日本に向う。

日本への移動は遙の時と同じ、空軍の輸送機型〈富嶽〉だったが完璧な連合制空圏(ナーウィシア・日本・中国)のにも関わらず、新鋭機〈疾風〉を護衛戦闘機として引き連れていた。

沖田にしてみれば同じ轍を踏む気はまったくなく、同じ事を繰り返せば犠牲となった遙に対して申し訳がたたなかった。


隼人たち第七戦隊も沖田の随伴員として選ばれ、同盟国となった日本へ提供される機材を積んだ輸送船団を護衛しつつ佐世保軍港に向かい先ほど到着したばかりだった。




─ 2096年11月5日 日本佐世保 隼人 ─

ようやく輸送作戦も終わり、第七戦隊旗艦〈金剛〉と3隻の僚艦は対潜作戦で受けた損害の修理と補給を行っている。沖田が参加する同盟締結セレモニー終了後、日本からの輸送船団を護衛しつつナーウィシアに帰還する事になっていた。


艦はドックに入渠しているので乗組員全員に休暇を与えており、ようやく多忙な艦長職を終えた隼人も鋭気を養おうと考えていた。


(最近転戦続きで上陸も少なかったったしな。さて、せっかくの上陸だしどうしたものかな)


隼人はこれからの休日をどう過ごそうか考えながら歩いていた。


「あ、艦長。少しお時間よろしいですか? お話があるんですが」


隼人を呼び止めたのは先に上陸していた暁副長だった。


「なにか?」

「ここでは何ですから食堂でも」

「ああ、構わないけど」


暁副長は隼人を食堂に誘う。特に急ぐ用事もなかったので隼人は快諾し2人は食堂に向かった。


食堂に入ると今回見聞を広めるという名目で乗艦している瑠璃といつもの面子、愛、瑞葉の3人がお茶をしていた。


「あれ? みんなここに居たのか。てっきり上陸しているのか思ったけど」

「はい、お茶が終わったら3人で佐世保の街を見学しようって考えてマスよ。私は見知った街ですケド、愛さんと瑠璃ちゃんの2人は初めてなんで。でも艦長はどうしたんデスか?」


瑞葉がにこやかに隼人に向けて笑いかける。ご機嫌はかなり良いようだった。


「いや、暁副長が俺に話があると。副長、機密なら人払いするが?」

「いえ、機密って訳ではないですし、まあ・・・彼女たちにも関係ある話ですから(笑)」


暁副長は含みを持たせた笑みを浮かべ隼人の提案を断った。副長の言葉に首を捻る瑞葉。


「私たちにも関係ある? なんだろ」



ゾクっ!





その途端、隼人の背筋に猛烈な寒気が走った。ゾクゾクと断続的に起こる寒気は戦闘時の、それも敵の罠にはまりそうになった時に感じた物と同じだった。


(なんか・・・非常に嫌な予感がする)


背中に走った寒気に隼人は“ここにいてはいけない”という天からメッセージを受け取った。慌てて暁副長に向かい、時間の変更を言い出した。


「ふ、副長。ちょっと用事を思い出したんで後にしてくれないかな?(汗)」


その慌てぶりを不審に思い疑いの視線を向ける3人の女性。隼人が何か良からぬ考えを持っていると思ったようだ。


「むー、なんか艦長あやしいデス」


瑞葉の疑問に隼人は必死になって誤解を解こうとする。


「いやホント、話しの内容は知らないんだって」

「・・・本当?」


さらに隼人を崇拝している瑠璃からも追い討ちを受け、冷汗がダラダラと流れた。


「ホント、ホント」


隼人はキツツキ人形のように首をブンブン縦に振って瑞葉と瑠璃の誤解を解こうとする。


「で、副長、お話っていうのは?」


その3人を横目に暁副長に話を促す愛。隼人に聞いても埒があかないと考えたのだろう、キーマンになっている副長から聞く事にしたようだ。


「あ、愛さん! 余計な事を聞かないでくださいって」


隼人は慌てて愛と副長を静止にかかる。彼の奇妙な慌てぶりに一旦は納得しかけた瑞葉と瑠璃の目が光った。


「お話というのは、お・・・」

「・・・お?」<身を乗り出す女性陣




「お見合いだ」






思いっきり溜め、さらりと言う暁副長。



ピキっ




隼人は初めて聞いたのだ、空気が割れる音というものを。

この時、世界の時間は止まったと後の隼人はしみじみ語った。


さすがの隼人も以前から沖田に聞かされているとはいえ“お見合い”という単語に一瞬固まったが、この後の惨事を考えるといつまでフリーズしている訳にはいかなかった。


(皆が固まっているうちに逃げなきゃ)


隼人は古流歩行術・流水(足音だけじゃなく気配も消す上位バージョン)を使い、完璧に気配を消して食堂から脱出を図った。もうすぐ入口かと安心しかけた時・・・。



「待てぃ」





いつの間にか後ろにいた彩に襟首をつかまれ捕まっている。


(馬鹿な! こんなタイミングで俺の流水が敗れる事があって良いのか? いや、あって良い筈がない!)


すでに隼人はパニックに陥っている。訳の分からない反語表現が彼の慌てぶりを表していた。混乱している隙に彩にテーブルまで引きずられ連れ戻されてしまった。


隼人は脱出を諦め暁副長の話を聞くしかなかった。すでに出口は彩の命令により他の兵に塞がれ、脱出路はなく、蟻の這い出る隙間もない。


(しかし・・・艦の最高責任者より中尉の命令が優先って・・・やっぱり兵の教育を間違えたのかな)


隼人は自分の影響を棚に上げ、〈金剛〉艦内の緩い雰囲気を後悔していた。


(それにこの後が想像できるだけに本当は聞きたくないんだがな)


深ぶかと溜息をついた隼人は覚悟を決めると暁副長に話を促した。


「で、お見合いってのは?」

「ええ、上陸した時に沖田提督にお会いしまして。その時にこの話を伝えてくれと頼まれたんですよ」

「で、ダレがお相手なんですかぁ?」


暁副長の話の内容に興味深々という顔と口調で瑞葉が聞いてる。一緒に聞いている瑠璃や彩、愛の顔にも大同小異ながら同じものが浮かんでいる。


「連合海軍のいや日本海軍・御統浩一郎司令長官の娘さんだ」


(ミスマルの名を持つ娘さんか。あの子と一緒だけど・・・)


隼人は予想通りの名前を聞きある意味ではほっとしている。まったく知らない人間の娘を連れてきてどうですか? と聞かれたら何と言えば良いのか途方に暮れるところだったのだ。直接知っている御統大将の娘さんなら幾らかはマシだった。

大将自らの誘いを受けている以上いずれは逢わねばならない事は分かっていたが、日本に来てもなかなか御統邸に足を運ぶ気にはなれなかったのだ。


「へぇ〜、御統って言えば武門の名家デスよねえ。そのお嬢様がお見合いの相手って・・・艦長、凄いデスねぇ」


瑞葉は感嘆半分未満、冷ややかな揶揄が大部分といった感じの言葉を投げかける。隼人はその言葉を聞きながら諦めの表情を浮かべた。


自分の義父の積極性を見誤ったと思っている。ここ最近、思えば伊達元帥の葬儀の時、倒れ意識を取り戻して以来、沖田は以前にも増して精力的に行動を続けている。その点を考えれば十分有りえることだったのだ。

休みもそこそこに働き続ける義父を見て、隼人には義父は何かに、妄執とも言えるようなものに取り憑かれているように思えた。


「みたいだね。で、沖田提督はなんと?」

「「隼人も26だしそろそろ嫁を貰った方が良いだろう」と」

「また勝手な事を!」


義父の相変わらず勝手な言い分につい怒気が漏れてしまう。今の危機を迎えているのは完璧に沖田のせいだった。


「私に怒られても困るんですが(汗)」


隼人の怒気に晒された暁副長が冷や汗を流して隼人に不満を言った。


(しまった、ツイ副長にあたってしまったか)


「あ、スマン。それにしてもオヤジめ、余計なお世話を」

「・・・お見合い、するの?」


今まで黙っていた瑠璃が心配そうに聞いてくる。隼人は椅子の背もたれに体をあずけ、誰ともなしに呟く。どっちともつかない返事だった。


「どうするかな」


愛は投げやりになっている隼人を思い真剣な表情を浮かべるとお見合いを断った場合、引き起されそうな事柄を考え出した。


「艦長の気持ちを考えればお断りした方が良いんでしょうけど、向こうは名門のメンツがあるし。最初から断るって訳にはいかないんじゃないかしら」

「ん〜、御統提督は日本海軍もそうデスけど、連合海軍の重鎮デスしねぇ。おまけに今回の同盟を考えると・・・マズイんじゃないデスか?」


ヘソを曲げたような顔をしていた瑞葉も、愛の真剣な表情を見ると状況を思い出す。彼女自身としては隼人のお見合いに断固反対だったが、すでに隼人が一介の少佐ではなく“連合海軍の英雄”であり、私的な事まで政治的に利用されるというのが分からない程、愚鈍ではなかった。


「ヘソを曲げられて今後の作戦行動を邪魔されると困りますね」


腕を組みじっと考えていた暁副長も懸念を示す。


「やれやれ、顔合わせくらいはしなきゃいけないって事か」


結局、隼人には断るという選択肢はなく溜息をついて首を縦に振る事しか出来ないのだ。どうせ受けねばならないのなら少しでも前向きな要素を見つけようと暁副長に相手の事を聞く。


「ちなみにどんな女性なんだ?」

「ええとですね、沖田提督から聞いたお話ですが、人材としては下手すると艦長より有能な方かもしれませんよ」


副長の言葉に瑞葉がいかにも呆れたように言う。


「え〜、艦長より有能な訳ないでしょ」


その言葉を聞き、暁副長は瑞葉を驚かせようと相手の経歴を話しだす。


「御劔クン、ところがだ、名門だけが取り柄じゃないんだ。連合兵科大学校戦略・戦術学科主席卒業の才媛だよ。今は同大学・同学科の研究生だ」


暁副長の言葉を聞いて呻いたのは瑞葉ではなく当事者の隼人の方だった。


「げっ、俺よりはるかに優秀じゃないか。俺も兵科大卒だが戦時の短期でハンモックナンバーは・・・後ろに近いし(ボソっ)

「艦長・・・実は落ちこぼれ?」

「ぐっ!(涙)」


瑞葉は可笑しそうに隼人に突っ込みを入れる。瑞葉自身もハンモックナンバーは自慢できる程高くなかったので内緒にした上で突っ込みを入れているのだからいい根性をしている。


「うーん、連合兵科大の主席って・・・何か聞いた事あるような気が・・・?」


笑いを引っ込めた瑞葉は記憶に引っ掛かるものがあるのか腕を組み頭を捻って唸っている。


「ま、そういう方に限って○スな事多いですよね」


さらにある一面の真実をついているかもしれない厳しい突っ込みを入れたのは愛だった。隼人は内心で“おいおい愛さん、そこまで言うか”と冷汗を流している。


「で、これが娘さんの写真です」


予めそういう事を言われるだろうと予想していたのか暁副長の動作は素早かった。懐からさっと写真を取り出すと机の上にぱさっと置いた。その写真に群がるように一斉に覗きこむ女性陣。


(はぁ〜、こういう事って興味があるんだな、皆(汗)


隼人は再度溜息をつき写真に群がっている女性陣を呆れたように見ている。どんな台詞が女性陣から上がるのかと思えば・・・。


「嘘・・・これは強力なライバルかも」

「・・・綺麗」

「これは・・・勝負を申し込まないと!!」

「うわ〜! すっごい美人だしスタイル抜群じゃないですかぁ〜」


そう言った後、なぜか自分の胸を見てうなだれる瑞葉と瑠璃。


(諦めるな、瑞葉クン、瑠璃ちゃん! 胸の大きさで女の価値が決まる訳じゃない・・・はずだ、多分)


隼人は心の中で涙を流し瑞葉と瑠璃にエールを送った。言葉にして言わないのは口に出そうものならお仕置きが待っているのが想像できるから。でも瑠璃は15歳なので発展の余地は十分あるのだが・・・。


「ホラホラ、艦長、見てくだサイよ!」


瑞葉が写真をひらひらされて隼人を呼ぶ。


(やれやれ、どれだけの美人なんだか)


手渡された写真を覗きこんだ隼人は本当に凝固してしまった。


「・・・ッ!!」


そこには連合海軍の白い制服をきた25歳前後と思われる女性。

まず目につくのは腰まである綺麗な青味を帯びた長い黒髪。白い制服とのコントラストが非常に綺麗だった。端正な顔に優しい笑みを浮かべている。


「あれ、艦長どうしたんデスか? 惚けちゃって」


どこかで見たような。何で知っているんだか思い出せない。

でも、隼人はこの女性を知っていた。ときどき見るあの白昼夢に出てくる女性。


目の前にノイズがちらつき、一瞬目を閉じて開くと写真の女性がいた。

いや、写真の女性ではないようだ。同じ顔だがこちらの方が若い。

連合海軍の制服じゃない、見慣れない制服を着て制帽を被り立っている。


その女性が嬉しそうに駆け寄って隼人に話しかけた。その笑顔と言葉には親愛の情が込められており、隼人と話すこと自体がとても楽しいという感じだった。


【アキト! アキト! アキトは私の王子様だから!】


そう言って隼人の腕に自分の腕を絡め、嬉しそうに彼の顔を覗き込んだ。


「・・・ユリカ」


隼人の口から無意識に出る呟き。その呟きを聞いて不思議そうな顔をする他の人間たち。


「「「「「はぁ?」」」」


隼人の呟いた名前と写真の人間の名が違っているので暁副長が訂正を入れた。てっきり自分の上司が沖田から彼女の名を聞いているものと思っていたのかもしれない。


「艦長、その方はゆりか・・・さんという名前ではありません、似てますけどむらさきと書いてゆかり、御統紫さんですよ」

「・・・そうか」


暁副長の指摘を受けても隼人の視線は写真から動かず反応が鈍い。瑞葉はここまで動揺している隼人を見た事がなかった。


「ホント、どうしたんデスか、艦長? ははぁ〜ん、あまりの綺麗さにビックリしたとか?」

「あ、ああ。そうだね、美人だね」

「?」


瑞葉は揶揄を込めて聞いてみたがやはり隼人の返事は虚ろで、いつもと違う反応に皆ハテナマークをつけている。


(しかし・・・どういう事だろう。俺は彼女を知っていたというのか?)


今まで食い入るように写真を見ていた瑠璃がぽつりと言葉を漏らした。


「・・・心配」

「え? 瑠璃ちゃん、どういう事?」

「・・・隼人さん好みの女性」

「「「えええっ!」」」


驚きの声を上げる愛と瑞葉、そして彩。

さらにギョっとしているのは隼人だった。


(もしかして瑠璃ちゃんにはあの映像が見えているのか?)


そんな事は有り得ないにも関わらずそう考えてしまった隼人だが、瑠璃の口から続いて出てセリフに冷や汗を流す。


「・・・隼人さん、綺麗な黒髪が好きだし」

「は?(汗)」


愛はじろりと隼人を見たあと瑠璃に視線を向けた。


「そうなの? 根拠は」

「・・・これ隼人さんが大ファンの女優」


といって1枚のプロマイドを取り出す瑠璃。


(あ、それ! どこからもってきたんだ)


「ダレ、これ? やっぱり黒髪だし凄い綺麗な人だけど」


彩がプロマイドの見知らぬ女性に首を捻っている。頭に入れてある隼人の交友関係や、幼馴染である自分の同級生、さらに隼人の同期に彼女はいないという事を瞬時にはじき出す。


「ん〜、確か仲間由●恵っていう21世紀初頭の女優さんデス」

「瑞葉ちゃんも詳しいね(汗)」


芸能などその手の事に全く無縁だった愛が頬を引きつらせながら瑞葉のことを見た。


「ええ、だってその頃作られたアニメ「機動戦艦ナデシコ劇場版」に出てくるラピスって子のCVだし」

「「「普通そんな事知らないって(汗)」」」


瑞葉のあまりのオタなネタに冷や汗をかく愛や瑠璃、彩。


「それにしても。どうして瑠璃ちゃんが艦長の好みを知っているの?」

「・・・乙女の秘密」


ほんの少し頬を赤らめた瑠璃の何気に突っ込みずらい答えに、黙り込む愛と瑞葉。結局矛先は隼人に向かってくる訳で。


「さ、艦長。お仕置きの時間ですよ(にこり)」

「だから何で!」

「いえいえ、気にしないでください、私たちの愛情表現です(にこり)」


「そんな愛情表現はいらないって!」


すでに愛と瑞葉の手は隼人の襟首にかかっており、彼はお仕置きの連行から逃げるべく最後の抵抗を試みていた。


「副長もそういうツマラナイ話を持ってきたのでお仕置きね」

「いや、私は沖田提督に頼まれただけで・・・」

「・・・問答無用です」


副長の言い訳? に冷たい視線を向ける彩と瑠璃。


「瑠璃〜っ! 父親にナニする」

「・・・往生して」


冷ややかなドライアイスを思わせる視線とセリフに暁副長はトドメを刺された。



「「たぁすけてくれぇぇぇ!」」





女性陣に引きずられていく艦長と副長。

食堂にいた乗組員たちは誰も隼人と暁副長を助けようとせず、ただ涙を流して敬礼で連行される2人を見送っていた。彼らは知っているのだ、この艦の中の真の権力者たちを。


「合掌!」




─ 2096年11月5日 日本・佐世保鎮守府 隼人 ─

「ったく副長のせいだぞ。イテテテ」

「ナニ言っているんですか、どう考えても私の方が被害者ですよ。アタタタ」


隼人と暁副長は腹をさすりながら佐世保鎮守府内を歩いていた。彩に腹を殴られたとかではなく、最近料理に凝り始めた愛の作った特製激辛カレー(激辛は後からつけられた)を試食させられたのだった。瑞葉たちは愛の料理の程度と彼女の(実験大好きな)性格を知っているので試食の役を2人に押し付けたのだった。

あまりにも辛すぎて胃がチクチク痛んでいるのだ。料理を作る隼人からすればどうやったら普通に作ったカレーがここまで辛いものになるのかと問いたい気分だった。


「ああ言う話は普通、私室でするもんだろ」


今回のお仕置きを貰った隼人が不満気に暁副長に文句を言った。隼人からすれば私室でしてもらえればこんな目にあわずに済むのだから文句の一つも言いたくなるだろう。


艦長がハッキリしないのが悪いんですよ。それに」

「・・・? それに?」


暁副長の声は最初の方は小声だったので隼人には聞こえなかった。

なんて言ったんだ? と聞きなおそうとしたところで彼の本音がポロリと漏れた。


「いや〜、あの場の方が楽しいじゃないですか」

「・・・確信犯、か(怒)」

「はっ!」




─ 2096年11月5日 佐世保・沖田の部屋 隼人 ─

「失礼します! 双岳少佐参りました」


沖田のいる部屋のドアをノックし入ってきたのは隼人一人だけだった。


「ご苦労。ん? 暁副長はどうしたんだ?」

「池で鯉と戯れているようです。良い歳して困ったものですね、はっはっは」


口調は軽いが隼人の目は据わっており、沖田は隼人に詳しいことを聞くのは躊躇われた。だが何かがあったであろう暁副長の安否を気遣いおそるおそる聞いてみた。


「・・・何かしたのか?」

「いいえ」


即答した隼人の口元は歪んでいた。

「絶対なにかしたろ、隼人」という沖田の無言の訴えを無視すると隼人は今回の件を問い質しはじめた。


「で、沖田提督。いやオヤジ、どうしてこういう話になったのか教えて欲しいんだ? 前々から出ていた話だったけど」

「まあ、座れ隼人」


隼人は沖田の薦めに従い対面のソファーに座り、自分の義父の顔をじっと見つめた。沖田はその視線に込められた感情をさらりと受け流すと淡々と事情を説明しはじめた。


「うむ、実は向こうの娘さんの要望なんだ」

「オヤジのお節介ではなく?」


隼人は軽く義父にカマをかけてみる。そんなものには引っかからんとばかりに肩を竦めた沖田は現在の状況を説明する。


「違うな。こちらとしても無下に断れない人物なんでな、御統提督は。特に今の状況だと断って彼にマイナスのイメージを与えたくない。ワシとしても乗り気じゃないのを知っているからな、断る事ができないにしても出来るなら時期の延期をさせる」

「そうですか、ご迷惑をおかけているようですね。すみません」


隼人は素直に頭を下げた。義父という事を除いても上司には様々な世話になっている。さらに義父に余計な心配をかけているのは分かっていた。


「いや、本音を言えばワシもこの話は嬉しいよ、迷惑とは思ってない。大事な人間を、護るべき対象を得た人間は強い。お前にもそういう対象を持って欲しいんだ」


沖田は遠くを見て一言一言噛み締めるように話す。隼人は沖田の背後に伊達を見ている。自宅に何回か遊びに来た伊達と話した事がある隼人は彼女の沖田に対する想いをなんとなくだが感じていた。

そして自分の義父も伊達に対して特別な感情を持っていたのでは? という疑問は伊達が戦死したあの日、彼の取り乱した様子から確信に変わった。


だが隼人は義父の言う事は理解できたが、未だに実感出来ていない。年齢経験が義父とはあまりにも差が有り過ぎた。それに彼にはずっと気にかかっている女性がいる。


「心配してくれるのはありがたいけど・・・俺には」

「まだこだわっているのか? あの娘に」

「そういう訳ではないけど」


隼人は何となく頭をかきながら曖昧な表情を浮かべ答えた。彼の表情はなんとも表現のしようない顔をしていた。


(困ったヤツだ、現実にはいない人間を想うなど・・・いい加減ふっきれても良いはずなんだが)


そこまで考えて沖田は内心で大きく苦笑した。隼人を槍玉に挙げるまでもなく自身がそれと同じ想いを持っている事に気がついたのだ。隼人を笑い非難する資格など彼には全くなかった。義理とは言え親子揃って現実に存在しない人間に想いを寄せる───《遺跡》の作り出した状況はスパイスが効き過ぎていた。



─ 2096年11月5日 日本・佐世保青葉家 瑞葉 ─


「ただいま〜!」


瑞葉は懐かしい青葉家の門を潜った。連合兵科大通学時にはここから通っていたのだ。今回、佐世保に来たので1年半ぶりに訪れることにした。

勢い良くドアを開けると奥の応接間からこの家の主婦であり、瑞葉の母・初音の姉である叔母・恵子が顔を出した。


「み、瑞葉ちゃん! い、生きていたんだね!!」

「おばさん! ご無沙汰してます」


ペコリと頭を下げた瑞葉を駆け寄った恵子は抱きしめた。


「もう、もっと早く連絡をくれれば良いのに」

「ごめんなさい、いろいろ軍機があるからなかなか連絡できなくて」

瑞葉を抱きしめた恵子の目に涙が浮かんでいる。


「ううん、良いんだよ。生きて還ってきてくれるならあたしゃ何年も待つよ、アンタのこと」

「アリガト、おばさん」


相変わらずの優しい言葉に瑞葉の目にも涙が浮かんだ。第二の実家とも言える青葉家に帰ってきて本当に良かったと思う。

騒ぎを聞きつけたのか、いきなり玄関のドアが開いた。


「み、瑞葉ねえちゃん!」

「あ、健太クン! 久しぶりダネ」

「ねえちゃん! 生きてんなら、もっと連絡くれよな!」


涙を浮かべた目をこすりながら瑞葉に文句を言ったのはこの青葉家の長男・健太だった。瑞葉の居候時には小学生だった彼もすでに中学3年生になりすっかり男らしくなっていた。


「ウン、ごめんね、健太クン」

「瑞葉おねえちゃんになんて事言うのよ!!」


ドガァ!!


「ぐはぁ!!」


「・・・あ゙(冷汗)」


いきなりド突かれ地に伏す健太。その姿を冷や汗を流しながら唖然として見る瑞葉。

ツインテールの髪を揺らして健太の後ろに立っていたのは一人の少女。彼の後頭部をド突き、地に沈めたのは彼女だった。


「さ、咲耶。本気でぶん殴ったら馬鹿になるだろ!」


健太がむくりと起き上がり後頭部をさすりながら少女に文句を言った。青葉家の隣家に住んでいる彼の幼馴染で、名は咲耶といった。もちろん瑞葉とも顔見知りで健太と一緒に何度も遊んだ仲だった。


「なに言っているの、オネエちゃんにあんな言い方しといて」

「うっ、それは・・・」

「咲耶ちゃんも元気そうだね」

「ご無沙汰してます、おねえちゃん」


瑞葉の言葉にぴょこっと頭を下げ、頭を上げた咲耶はにっこりと笑った。中学生とはいえ、その笑みはすでに大人の女性と大差がない。非常に大人びた感じの娘だった。


「これからの時代、女は強くならなくちゃ! じゃないと肝心なとき、男の人を支えられないから」


咲耶は元気良く主張する。その考え方はとても中学生には思えず、その勢いに瑞葉は少し押された。


「うーん、咲耶ちゃんは中学生なのに色々考えているんだね。それに相変わらず健太クンとは仲が良いみたいだし」

「え? そ、そうですか。そんなこと・・・」


頬を赤く染めた咲耶はツインテールの一つに指を絡めて恥かしそうに俯いた。咲耶を横目に見て健太が瑞葉に尋ねる。


「ねえちゃん、今日はどうしたんだよ」

「ウン、日本とナーウィシアの同盟セレモニーに参加するのに日本に来たんで寄ったんだ」


瑞葉は持ってきたお土産を叔母に渡した。


「そうだったのかい、こんなところじゃ何だから居間へ移ったらどうだい?」


玄関に集まっていた人間がぞろぞろと青葉家の居間に移った。


「セレモニーってニュースで言っていたヤツ?」


健太は瑞葉の対面に座ると先ほどの続きを聞いてきた。


「そうそう」

「すっげーな、ねえちゃん。でも連合海軍ってウィルシアに負けているんだろ、ねえちゃんは大丈夫なのかよ」

「アタシ? ウン、心配しなくても大丈夫だよ。乗っている艦の艦長が連合海軍最強の人だから」


瑞葉は調子にのりつい自慢口調で話してしまう。その言葉に健太は血相を変えた。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ」


健太はドタドタと階段を駆け上がり自分の部屋から一枚の広報を持ってきた。その1面には瑞葉の良く知る人間の顔が載っていた。


「も、もしかしてねえちゃんの艦長ってこの“連合海軍の英雄”じゃないのか!?」

「う、ウンそうだけど・・・」

「うわ、ホントかよ! じゃあ一回逢わせてよ!」


(あっちゃー、軍機に触れちゃったヨ、アタシ)


瑞葉は内心で頭を抱えた。“連合海軍の英雄”の居場所はテロを警戒して軍機になっている。それをつい調子に乗って民間人に話してしまったのだ。

「うーん、逢わせる事はやぶさかじゃないんだケド・・・ねえ健太クン、今の話ここだけにしておいてくれない?」


真面目な表情を作った瑞葉が健太に向けてお願いする。そのお願いに不思議そうな顔をする健太。


「どうして?」

「英雄の居場所はテロを警戒して軍機なの。彼自身が狙われるのはもちろん暗殺で民間人に巻き添えを出さないようにするって意味もあるんだ。

ワタシはチョーシのって言っちゃったケド。だから・・・お願い」

「わ、分かったよ。でもこの艦長の事を教えてよ」


瑞葉の説明で理解した健太が頷く。


「どんな事が聞きたいの? 軍機に触れなければ教えてあげるケド」

「やっぱりさ、英雄も最初から強かったの? それにこの写真みたいに普段からビシっとしたような人なのか?」


健太は広報をじっと見ている。そこには双岳隼人の凛々しい姿が載っている。新進気鋭のスマートな海軍士官といった感じで写っていた。


「そんな事ないよ。最初は艦の指揮も、艦隊運営も覚束なかった。それに超兵器にあって何度も死に掛けているし」


瑞葉は今までの戦いを一つ一つ思い出してみた。新鋭艦を与えられるとはいえ第七駆逐隊や第七戦隊は常にギリギリの戦いを続けてきた。


「それに・・・健太クンが想像するような人じゃないよ、艦長は。逢えばガッカリするかもしれない、軍人っぽくない人だから」


瑞葉の言葉に少しがっかりしたような表情をする健太。


「そうなの?」

「確かに戦闘時は凛々しくて格好良いけど。普段は優柔不断だし、女の子に弱いし、アタシより料理も上手いし。でも・・・やっぱり何だかんだ言っても格好良いかな、彼」


視線を天井に向けほんの少しぽーっとしている瑞葉を見て自分の憧れの女性が誰が好きなのか分かってしまった。


(ねえちゃん、双岳少佐の事が好きなんだ)


そう思うと健太はイライラしだす。英雄をライバル視したくても自分は軍学校にも通っておらず兵隊のひよっこにすらなっていない。張り合うにはあまりにも分の悪い相手だった。


「え、少佐って料理も上手いんですか?」


目を輝かせて会話に入ってきたのは咲耶だった。


「ウン、プロ顔負けだよ」

「じゃあ、健ちゃんも料理覚えないと、勉強と一緒に私が教えてあげるよ」

「でもなあ・・・」


健太はぼりぼりと頭を掻いて唸っている。いくら憧れの人がそうであっても自分が覚える必要性を感じていなかった。


「あれ、咲耶ちゃんと一緒に勉強しているんだ」

「はい。健ちゃん。来年江田島の兵学校を受けるんで猛勉強中なんです」


その言葉に瑞葉は困ったような顔をする。出来れば自分の身内から軍関係者を出したくはなかった。交通事故とは言え、自分の父も艦艇建造の帰り道に事故に巻き込まれて死んでいる。


「え? 健太クン・・・本気で軍に入る気でいるの?」

「ああ、ねえちゃんと約束したろ。俺、格好良い男になってみせる」


健太の真摯な目に内心で怯みながら、3年前イイ男になるように発奮させるべく健太を煽ったのは瑞葉だった。まさか軍関連に進みたがるとは思ってなかったのだ。


「憧れとかで簡単に決めちゃ駄目。軍はそんなに甘くないんダヨ? もっと良く考えないと」

「・・・考えているよ」


健太の押し殺した小さな言葉には怒りが混じっている。


「考えているよ、俺。早く一人前の軍人になって英雄と一緒にねえちゃんを護りたいんだよ!!」


健太は怒鳴るようにそう言うと居間を飛び出していった。


「健ちゃん! 待って」


その後を追い咲耶も飛び出していく。

瑞葉は憧れとか軽い気持ちで志願したのかと思ったが、今の態度を見る限り彼なりに真剣に考えていたようだった。


「おばさん」


瑞葉は今までの会話を黙って聞いていた叔母に顔を向けた。


「困った子だけど・・・あれでも真剣に考えているみたいだよ。瑞葉ちゃんが前線に出て行った日から健太、宿題きちんとやるようになったんだ。

最近は毎日、咲耶ちゃんのところで勉強しているよ。2年前からジョギングをして身体も鍛えているようだし」


瑞葉は健太の身体つきを思い出す、隼人と比べればまだまだだったが中学生としてはかなり鍛えているようだった。自分の浅はかな考えのせいで甥っ子を戦場に送り出すなんて事は想像したくなかった。

健太のことをどうしようか瑞葉が悩んでいるとドアの開く鈴の音が聞こえた。



「ただいま帰りました」

「ただいまぁ!!」


玄関からそう声が聞こえ居間に顔を出したのは日下古都と娘の楓。そう伊那沙の街にいて慰安婦をやっていた母娘だった。

彼女たちは戦火の迫るナーウィシアから日本に疎開したが、日本に身寄りがなく瑞葉の紹介で青葉家にやっかいになっていた。


「あ、瑞葉さん。ご無沙汰してます」

「おねーちゃん!」


古都がゆっくりとした動作でぺこりと頭を下げた。


「あ、古都さん。ご無沙汰です。きゃー、楓ちゃん、元気?」

「ウン、かえで、げんきだよ!」


瑞葉の胸の中に飛び込んできた楓が瑞葉のびめおな胸にぐりぐり顔を擦り付けている様子は小さな子犬がじゃれつくようだった。


「きゃはははは、あん、ダメだって。くすぐったいって楓ちゃん」

「こーら、楓。おねえちゃんくすぐったがっているでしょ」

「う〜、ごめんなさい」


母に叱られしょぼんとしてしまった楓を元気付けるように瑞葉は笑いかける。


「いいの、いいの!」


そう言って楓に負けないように幼子に頬擦りする。瑞葉は兄弟がおらず一人っ子だったので特に子供には甘かった。彼女の父・省吾が一二神将に暗殺されていなければ彼女には2人の妹がいるはずだった。その在り得た未来の影響なのかもしれない。


「きゃ〜、おねえちゃん、くすぐったいよう」


くすぐられて子犬のように転がる楓を古都は優しく見ている。


(はぁ・・・相変わらず優しい目をするなあ、古都さん)


瑞葉は楓の相手をしながら密かに古都を見ている。隼人が大事にしている女性だけに彼女にとって、とても興味のある対象だった。


「瑞葉さんがこちらにいるって事は・・・双岳さんも?」


叔母に促され古都は居間のソファーに座った。瑞葉も改めて座り直すと頷いた。


「いま、佐世保鎮守府で仕事をしてます」


瑞葉は仕事と言ったが実際は隼人のお見合いの事だった。さすがにこの事を古都に告げる気にもならず曖昧に笑うしかない。仮に自分だったとしても好きな男がお見合いをしてますとは聞きたくなかったから。


「そうなんですか。相変わらず忙しいんですね、双岳さん」


懐かしそうな顔をして古都は呟いている。それほど時間が経ったという訳ではなかったが古都にとってここ数年の出来事が何十年にも感じられる時があった。


「でも、もう少しすれば終わると思います。古都さん、お逢いになります?」


瑞葉の申し出に少し考える表情をした古都だったが結局頭を振って謝絶した。


「まだ、私にはあの人に逢う資格はありません。それに戦争が終わるまで逢わないって決めたから」


古都は寂しそうな笑みを浮かべる。その顔を心配そうに楓が見ていた。それに気づくと古都は楓の頭を優しくなでる。


瑞葉は古都の言葉に本当に強い女性だというのを感じた。楓がいるからなのか、それとも彼女本人が強いのか分からない。もしかしたら両方かもしれなかった。

もし自分に子供が出来たとしたら・・・ここまで強くなれるのかと思った。自分だとしたらすぐにでも艦長に逢いに行き縋ってしまうかもしれない。そんな事を考えていると叔母が今後のことを聞いてきた。


「さて、瑞葉ちゃん。今日はどうするの?」

「そうデスね、ご厄介になります。健太クンのこともあるし」

「じゃあ夜になったら居間に布団を敷くから」


そう言って叔母は夕食の支度を始めた。古都もその手伝いをしようと立ち上がりながら瑞葉に申し出た。


「あ、瑞葉さん、私たちの部屋を・・・」

「ダメデスよ、古都さん。楓ちゃんもいるんだし」


元・瑞葉の部屋だった自分の部屋を提供しようとする古都にそう言って瑞葉は断った。


─ 2096年11月5日 日本・佐世保 健太 ─

玄関から飛び出した健太は街をふらふらと歩いていた。その彼にようやく咲耶は追いついた。


「ねえ、健ちゃん。もしかして・・・健ちゃんって、おねえちゃんの事」

「咲耶には関係ないだろ!」


健太は振り向き咲耶を睨みつけた。普段は咲耶に優しい健太もこの時ばかりは別だった。


「け、健ちゃん。わ、私・・・」


健太の強い言葉に押され咲耶は小さく縮こまった。


「俺、真剣に考えてたんだ。軍に行くこと」


俯いた健太の肩が震えている。


「そんなの分かっている、だから私も協力しているんだよ!」


その震えている肩を咲耶は心配そうに見つめている。


「でも・・・ねえちゃんは反対している」

「しょうがないよ、瑞葉おねえちゃんは前線に居て戦争の厳しさを知っているんだもの。どんなに背伸びしようと私たちは前線の厳しさを知らない。それに・・・子供なのには違いないし」

「わかっているよ、そんな事は! でも俺、やっぱり子供扱いなのかな」


咲耶は小さく頭を振る、ツインテールがふわりと流れた。彼女は言葉に出さすに“わからない”と言った。両手を後ろで組み足元の小さな石を軽く蹴った。小さな石は転がり誰かの靴に当たった。


「・・・あ、ゴメ」


石の当たった相手に咲耶は慌てて頭を下げかけた。


「子供扱いは・・・しているつもりはないんダヨ? 健太クン」

「み、瑞葉ねえちゃん! いつの間に」


瑞葉の姿に健太は少し後ずさった。


「さっきは・・・ゴメンね。てっきり連合海軍の英雄に、艦長に憧れて軍に入りたいのかと思っていたの」


瑞葉はペコリと健太に向けて頭を下げた。


「ねえちゃん、俺。本気で・・・」

「分かってるヨ、健太クン。それとアタシの事心配してくれてアリガト」

瑞葉は健太に向けてにっこりと笑う。その顔を見て健太の頬が赤くなった。


「べ、別に・・・そ、そんなこと」


咲耶は視線を下げ地面を見る事で健太と瑞葉から視線を逸らせた。自分の幼馴染が誰の事が好きなのか見たくなかった。


さっきも健太に言ったように自分たちは子供だった。同じ年の男の子が年上に憧れるというのは知っている。でもその男の子が自分の幼馴染だというのは嫌だった。自分の姉とも慕う人間をライバル視するには女としての魅力も経験も足りない、子供だという事を知っていた。


「健ちゃん。先、行っているね」


咲耶はそういうとツインテールをなびかせて走っていった。


「あ、咲耶」

「良いの? 行かなくて」


瑞葉は咲耶が走り去っていった先を見た。


「今は・・・ねえちゃんと話したい」

「そう。咲耶ちゃんには後で謝らないと駄目ダヨ?」

「分かってる」


健太も咲耶の走っていった先を見つめていたが振り向き瑞葉の目を真っ直ぐ見つめた。


「ねえちゃん、さっきも言ったように俺、軍学校に行く。確かに最初は英雄に憧れた。でも・・・自分なりに考えた、本気なんだ!」


拳を握り締め健太は瑞葉は向かって自分の想いを伝えた。


「そう、だったらアタシは止めないよ」

「え?」


苦笑を浮かべ健太を見る瑞葉。


「だって一人前の男の人が決めたことを・・・一人前と認めているアタシがやめろと言える訳ないじゃない。

でもね、ホントはね、止めて欲しいんだよ。健太クンが戦死して泣く叔母さんをみたくないの。それにイイ男に、格好良い男になるのにわざわざ軍を選ばなくたって・・・道は一杯あるんだから」


「うん、分かっている」

「じゃあ、約束して」


瑞葉の鋭い視線と声に健太は覚悟を決める必要がある事を悟った。


「え? な、何」

「もし、もし江田島を落ちたら軍に行くのは止めて」

「ねえちゃん・・・どういう」


瑞葉は健太に近づいていく。そっと手を伸ばした。


「受かったら・・・やるからには一番を目指して。別に艦長のようになる必要はないんだよ? 健太クンには健太クンなりの良さがあるんだから」


瑞葉はぎゅっと健太を抱きしめた。


「貴方はその時その時出来ることを・・・精一杯がんばって。それからイイ男になる事を考えヨ、ねっ?」


そう言って健太の頬にそっとキスをした。



(貴方が前線に出てくる前に戦争を・・・私たちが絶対に終わらせるから)




─ 2096年11月5日夕刻 日本・青葉家 瑞葉 ─

夕飯を食べ、お風呂から上がってきた瑞葉が見たのは居間で責められている健太だった。


「ねえ、健ちゃん! いったい誰を選ぶのッ!?」

「えらぶの〜ッ?」


柳眉を吊り上げた咲耶とにこにこ顔の楓に詰め寄られ冷汗をかく健太。

「どうしたの健太クンは」


叔母は肩を竦め咲耶を見た。


「ちょっとしたヒステリーって感じかねえ。原因は・・・分かっているよね」

「え?」


イミ有り気に瑞葉を見て笑った叔母は居間から出ていった。苦笑した瑞葉は咲耶と健太の様子を見た。


(少し困った事になったナァ。でもまあ見たところ咲耶ちゃんは本気だけど、楓ちゃんは単に咲耶ちゃんの真似をしているだけカナ。ちっちゃい子にはありがちな事だけど健太君にとっては洒落にならない状態カナ)


健太は助けを求めようと瑞葉に視線を投げた。

先ほど瑞葉に言われたように咲耶に謝りに行ったのだ。ところがどこをどう間違ったのか売り言葉に買い言葉から誰を選ぶという選択を咲耶から迫られる事になったのだ。


責任の一端は瑞葉にあったので彼は援軍を求め瑞葉に視線を送ったのだ。


(ちょっとだけ面白そうな状況だしからかってみようかな)


自分の責任をだということは感じていたが瑞葉はこの面白そうな状況にほんの少しだけチャチャを入れてみた。


「そうねぇ、健太クン、私を含めて誰を選ぶのかな?」


さらに追い打ちをかけるように瑞葉が言う。


「ね、ねえちゃんの裏切り者ぉ!!」


その言葉を聞きさらに表情が険しくなる咲耶。


「え? 健ちゃん!! 瑞葉おねえちゃんにそんな事言ったのッ!!」


その言葉にさらに鋭くなった咲耶の眼光が健太に突き刺さる。




─ 2096年11月5日夕刻 日本・青葉家 健太 ─

健太は悩んでいた・・・人生最大の岐路かもしれない。

いや、真面目に。


瑞葉は憧れの人だし。

咲耶は幼馴染みで気安く疲れない(別な意味で疲れる事はあったが)。

楓は妹みたいで可愛い。


この三者三様を前に健太は内心で頭を抱えている。


(こんな僕は一体誰を選べば・・・)


こんな時ゲームみたいにセーブできれば苦労はしないのに。だがそんな事を言っていても状況は変わらない。ますます悪くなる一方だった。


取りあえず今は咲耶の頭を冷ます事が先決、時間を置くしかなかった。



「と、取りあえず・・・今は転進!」




ダッシュをかまし女性陣の間を駆け抜けていく。その後を猛烈な勢いで咲耶が追っていった。その速さは尋常ではなく、あっという間に瑞葉の視線から消えた。


「・・・あれ?」


健太はこの修羅場から転進したがいずれ捕まるのは時間の問題だったが。


この情けない彼こそ地球連合宇宙軍火星艦隊の名提督・福部仁中将の娘、福部咲耶と結婚する未来の連合宇宙軍大将だったりするのは余談である。




26話その二へ続く。