<はじめに>

このSSは、ユリカファンの方にとっては何ら読む価値のないSSです。

「アキト×ユリカじゃなきゃヤ!」という方はブラウザの[戻る]ボタンで戻って下さい。



























「ふぅ、今回はさすがに手こずったな。―――ラピス、戦闘結果の報告を」

アキトはようやく一息つけた、と言わんばかりに大きく息を吐き出し、パイロットシートにその身をゆだねる。

<<攻撃目標、戦艦29、ステルンクーゲル131、ジンタイプ28、バッタ多数。その全てを殲滅完了。
ブラックサレナの被害状況、機体損耗率37%、同じく損傷率40%、それにより戦闘能力が43%低下。
さらにジャンプユニットに被弾。現状でのボソン・ジャンプは危険です。
成功率は50%前後と思われます。早急な修理が必要です>>

いつものように淡々としたラピスの報告を、いつものように目を閉じて聞くアキト。
いつもと違うのはブラックサレナのダメージくらいだろうか。
戦闘能力はほぼ半減し、ジャンプも危険。
今日の所はおとなしく帰還する以外にないだろう。

「ここまでボロボロになったのは久しぶりだな。北辰を打ち破った、あの時以来か―――」



アキトとラピスはユリカが救出された後も、火星の後継者の残党狩りを続けていた。

今回壊滅させた組織は残党の中でも今までで最大級のものであり、当然その抵抗も強烈で、
なんとか壊滅させたもののブラックサレナもかなりのダメージを受けてしまっている。

「現状でのジャンプは自殺行為か。仕方ない、ユーチャリスごと月に戻る」

ジャンプユニットさえ無事ならばブラックサレナだけネルガルの月ドックにジャンプし、
アキトのみユーチャリスに戻って機体の修理を待つ、という事もできるのだが、
今回はそれは難しいようだ。

<<了か…!ボース粒子の増大を検知。大質量物体がジャンプアウトしてくるものと思われます>>

「くっ!増援か!」

<<いえ、これは……ナデシコB!>>

「!!そいつは、増援よりもっとタチが悪いな……」

現在のアキトにとって様々な意味で最強の敵が、この状況で。

「(とことんツイてないな、俺は)」

自分のあまりのツキの無さにアキトは思わず苦笑してしまう。




ラピスの報告通り、ジャンプアウトしてきた戦艦は、もう何ヶ月もアキト達を追い回している
もはや見慣れたものとなってしまった戦艦――――ナデシコBだった。
ナデシコCは、そのあまりにも強大な力ゆえに封印され、ルリは再びナデシコBに乗ることとなったのだが、
それでも今のブラックサレナではナデシコBを正面切って相手にするのは難しい。

ナデシコBの側でもブラックサレナのダメージに気付いたらしく、数からして搭載している全ての
エステバリスを出撃させている。
パイロットはリョーコ、ヒカル、イズミ、高杉、そしてアカツキ。

「ここで決める気だな、ルリちゃん。さて、どうする?有象無象は今のブラックサレナでも敵ではないが、
リョーコちゃん達が相手となるとな…… 」

ちなみに、アキトの言う「有象無象」は、世間で言う一流レベルのことである。

考えながらも、体は――というか、心は正直なもので、ブラックサレナはユーチャリスへと逃げ込もうとしたが、
エステバリス隊が先回りしてユーチャリスとブラックサレナとの間に部隊を展開し、その行く手を塞いでいる。

アキトから見て、中央にリョーコ機・左側にヒカル機・右側に高杉機。
リョーコ機は他の2機に比べてやや後方に陣取っている。

リョーコ機とヒカル機との中間地点よりやや後方にアカツキ機。
リョーコ機と高杉機との中間地点よりやや後方にイズミ機。

いまのところユーチャリスからの援護射撃はないようだ。
おそらくナデシコBからのハッキングを防ぐのに手一杯なのだろう。
バッタだけでも寄越してもらえれば活路が見出せそうな気がするのだが、その余裕すら存在しないらしい。

「これは年貢の納め時か?…… いや、そんなことは許されない」

アキトは、彼らのもとへは戻れない。戻ることは許されない。
感情ではなく、理性ではなく、世界がそれを許さない。
戻れば、アキトが守りたいモノの全てが世界に敵視され、滅ぼされかねないから。

火星の後継者を単艦で制圧したナデシコCの電子戦能力と、それを操るホシノ・ルリの力は
統合軍にとって火星の後継者以上の脅威となっている。
ナデシコCはすでに封印された。残るはホシノ・ルリをどう処理するか。
ルリ本人にその意志が無くとも、統合軍は彼女の力を恐れ、危険視し、
なんとかして彼女を排除できないものかと裏で画策している。

そんな彼らにとってはコロニー落としのテロリスト、テンカワ・アキトと彼女の繋がりは、
彼女を失脚させるための格好の材料であろう。

だからアキトは戻れない。戻れば逮捕され、極刑に処されるのは間違いない。
しかしルリが、旧ナデシコクルーがそれを黙って見ているとも思えない。
義父たるミスマル・コウイチロウも同様であろう。
そうなれば最終的に「ナデシコVS統合軍」という最悪の展開となる可能性が高い。

そんな現状でアキトに望みうる最上の結末は、クリムゾン・グループと火星の後継者を滅ぼし、
その戦いの中で自分も死ぬ、というものだ。
ネルガルに――アカツキやエリナに――迷惑がかからなければなお良し。

アキトは考え抜いた。
どうすればみんなを守れるのか。
自分にとって最良の未来を作り出すにはどうすればいいのか。

考え抜いた末に閃いたアキトの計画。それは、火星の後継者との戦いの中で自分が死に、
それによってクリムゾン・グループと火星の後継者を滅ぼす、というものだった。
自らの命そのものを武器として決着をつけようというのだ。

そして、そのための準備は完了している。あとはただ、死ぬまで戦い続けるだけ。

現在ブラックサレナに使用されているパーツの全ては、クリムゾン・グループが所有する
ダミー会社の名義を使用して裏ルートで製造させたもので構成されており、
機体の破片からブラックサレナの製造ルートを辿ろうとするとクリムゾンの名に行き着くようにしむけてある。

これはクリムゾン・火星の後継者の両者を仲違いさせ、あわよくば同士討ち、少なくとも各個撃破ができるように
するための計画の一つである。

現在は証拠がないために公言はされていないものの、テンカワ・アキトをバックアップしているのは
これまでの経緯からネルガルであろうと推測されている。

それと同様に、クリムゾンは統合軍――ひいては、統合軍からの離反者が大半を占める火星の後継者との
繋がりが噂されており、さらにブラックサレナまでもがクリムゾンと繋がった時、ある推測が成り立つ。


『クリムゾン・グループが火星の後継者を利用して軍需産業におけるシェア拡大を図ったのではないか』と。


地球と木連との休戦協定が成立し、統合軍が誕生。
先の戦争の影響で落ち目になったネルガルに代わってクリムゾン・グループの兵器が統合軍に納入される。
だが、平和な世が続けば、兵器の需要が(無くなりはしないものの)減少することは必定。
故に。
兵器の需要を維持・増加させるには戦乱の世が望ましい。
クリムゾン・グループは、己の利益のために自作自演の戦乱を起こしたのではないか。

火星の後継者に兵器を提供し、彼らに統合軍の戦力を削らせる=兵器の需要を作らせる。
そして必要の無くなった火星の後継者を、口封じの意味も兼ねてブラックサレナが殲滅。
かくしてクリムゾン・グループは更なる兵器の需要を生み出すことに成功した……

実の所、これは穴だらけの憶測でしかないのだが(ブラックサレナに敗北したステルンクーゲルの立場、等)
この憶測をテンカワ・アキトの死後に少しずつ流布していけば、まず間違いなく火星の後継者の残党が動く。
自分達を利用し、必要としなくなった途端に処分しようとした(と噂される)裏切り者のクリムゾンを、
彼らは許しはしないだろう。
昔ながらの思考形態の――自分達が絶対に正しいと思いこんでいる――火星の後継者に
そう思いこませることができれば、クリムゾンと火星の後継者とを仲違いさせることができる。

あとはネルガルが宇宙軍や、汚名返上にやっきになっている統合軍と協力して各個撃破する。

現在アカツキ(=ネルガル会長)がナデシコBに乗ってテンカワ・アキトの捕縛に協力しているのも
この計画の一端だ。ネルガルとブラックサレナとの繋がりを否定するためのポーズ、というわけだ。





「――50%。これに賭けるしかない、か」

この状況を切り抜けられる確率が最も高い方法は、ボソン・ジャンプ以外に考えられない。
投降する、などというのは論外だ。

ジリジリと間合いを詰めようとする包囲陣に合わせてブラックサレナを後退させながら、
アキトはボソン・ジャンプのためのイメージングを開始した。






自分達は、一体どこで道を間違えたのだろうか?

どうすれば、あの悲劇を回避することが出来たのだろうか?

絶対にあり得ないが、もしもう一度やり直せたら、
その時は絶対に間違えたりしないのに。




オモイカネと共にユーチャリスへのハッキングを行いながら、ルリは沈思する。
ハッキングに集中しなければ、とルリも思ってはいるのだが、そう簡単にはやめられそうになかった。

「(もう一度やり直せたら、その時は絶対に、アキトさんを守り抜いてみせるのに……)」

言葉には出さない。出す必要もない。
彼女をよく知る者にとって、それは想像に難くない事であり、
彼女をよく知らない者には、理解してもらう必要のないことだから。


そんなルリを、思考の海より無理矢理引き上げる報告。

「ブラックサレナ周辺にジャンプフィールドの形成を確認!!」

マキビ・ハリの報告に、喧噪に包まれていたブリッジを一瞬、静寂が支配する。

「無茶よ!あのジャンプユニットのダメージではボソン・ジャンプは自殺行為のはず!」

イネスが叫ぶ。ナデシコBをボソンジャンプさせた疲労など、今の報告で吹き飛んでしまった。

ジャンプが成功すれば、アキトはまたどこか遠くへ行ってしまう。
失敗したら、もう二度と会えなくなるかも知れない。

「(そんなの嫌!絶対に嫌!!)
オモイカネ、ユーチャリスへのハッキングを緊急停止!
ブラックッサレナへ強制介入!!ジャンプをキャンセルさせて!!」

【了解!……ルリ!ユーチャリスから妨害されてる!】

ナデシコBとユーチャリスがこれまでに何度も繰り返してきたこと。
ブラックサレナをハッキングしようとする度にユーチャリスが妨害にかかる。
アキトがその隙にジャンプし、アキトが逃げたことに動揺した瞬間に
今度はユーチャリスがジャンプする。

―――ならば。

「グラビティ・ブラストをユーチャリス至近へ発射!妨害が弱まった瞬間にフルパワーで強制介入します!」

逆に動揺させてその隙をつく。

【グラビティ・ブラスト発射……今!】

「お願い、間に合って………」









「ユーチャリスへ、ジャン…ッ!?ブラックサレナへ強制介入!?
ブラックサレナにこんなことができるのは――」

アキトの中で結論が導き出された瞬間、絶望が、機械的な声となってアサルトピット内に響きわたる。




【ジャンプイメージ、構築失敗。ジャンプ、キャンセル不可。ジャンプ先、不明】

―――――ランダム・ジャンプ―――――

それは『いつ』『どこ』へ行くのかわからないボソン・ジャンプ。

人間が生きていける環境など宇宙全体から見ればほんの僅か。

そこにジャンプアウトできる確率は――――かろうじて零ではない、というくらい。










その声は、強制介入した回線を通してナデシコBのブリッジにも伝わった。

「私の、せい!?私が強制介入したから、イメージが崩れたの!?」
自分の行動がもたらした予想外の結果に呆然となるルリ。


アキトが、ブラックサレナが、虹色の光に包まれていく……

「え!?」

呆然としていたルリの体が、突如として光に包まれる。その光の色は、虹色。
モニターに映し出された、ブラックサレナを包む光と、同じ色。



「……ここまで、か……

すまなかった、ラピス。俺の復讐にお前まで巻き込んでしまった。

ルリちゃん、みんな。……ユリカを、そしてラピスを頼む……」

そう言って目を閉じるアキト。

<<アキト、大丈夫。きっとまた会える>>

もはや手の打ちようがないことを悟っているのか否か、ラピスの言葉からは
動揺は感じられない。

ラピスの言葉を気遣いととったアキトは、目を閉じたまま、ほんの少しだけ笑みを浮かべる。




虹色の光に包まれながら、それでもルリの心は平静だった。

「(アキトさんは大丈夫。たとえ宇宙空間にジャンプアウトしても、
ブラックサレナの中ならまだ助かる見込みがある。
私は生身だけど、それは別に構わない。
これはきっと、我が儘な私への『罰』だから)」




そして、光と共に、テンカワ・アキトは消え去った。



ブラックサレナが、そしてそれに乗るテンカワ・アキトが消え去るのとほぼ同時に、
ホシノ・ルリの意識は途絶えた。






















Returners

Turn:01 再スタートは突然に





















「はじめまして、ホシノ・ルリさん……ってそんなにビックリしなくてもいいじゃないですか」

ルリが意識を取り戻すと、いきなり目の前にプロスペクターの顔が現れた。
驚いても仕方のないことだろう。

状況を把握しようと、周囲を見回すルリ。

「子供には好かれる方なんですけどねぇ」

結果としてルリに無視される形となったプロスペクターが落ち込んでいる。
そしてその横には、「それがどうしたんだ」と言いたそうな表情のゴート・ホーリーがいる。

だが、今のルリにプロスペクターの相手をしているような余裕はない。
周囲の光景、状況その他諸々。その全てが、記憶にある。

「……そんな……まさか……」

「?どうかなさいましたか?」

「プロスさん。今日は何月何日ですか?」

「今日は―――――ですが。はて?自己紹介はまだだったと思いますが、どうして私の名前をご存じで?」

その言葉に思わず固まってしまうルリ。

ルリらしくない単純なミス。だが、同時にそれは彼女の困惑の度合いを示している。

「それは、その……」

しどろもどろになりながらも、ルリの頭の一部は冷静に回答をはじき出す。
その回答に従い、うつむいて、一拍おいて上目遣い。

「以前、ネルガルのホストコンピュータの中を『散歩』した時に社員データで見たことがあったので、それで……」

そこまで言って再びうつむき、二人の反応を待つ。

まるで「悪戯を告白させられた子供」であるかのように。

「おやおや、ホシノさんにとってはネルガル自慢のセキュリティーも薄紙同然のようですな」

苦笑して、ポリポリと頭を掻いてみせるプロスペクター。
それは同時に、ルリの悪戯――本来なら厳罰をもって処されるべき犯罪行為――を不問にする、
という意思表示でもあった。

「ミスター、話が逸れている。そろそろ本題に入っては?」

すっかり蚊帳の外となってしまっていたゴートがむすっとした表情で口を挟む。
誤解の無いよう補足しておくが、ゴートの場合はこれが地だ。

「おっと、これは失礼。では改めまして簡単に自己紹介を。
私はネルガルの社員でプロスペクターと申します。プロスで結構ですよ。
こちらは同じくネルガルのゴート・ホーリー」

「ゴート・ホーリーだ。よろしく」

「突然ですが、ホシノ・ルリさん」

本当に簡単に自己紹介を済ませ、プロスペクターは本題を切り出す。

「私たちが今日ここへやって来たのは、新しい宇宙戦艦のオペレーターとして、
あなたをスカウトするためなんです。お給料としましては、危険手当、海外赴任………」

立て板に水を流すかのように、詰まることなくスラスラと給与・待遇等の説明を始めるプロスペクター。
しかし、説明される側のルリは聞いているポーズをとるだけで、その脳裏では様々な思いが渦巻いていた。

「(あの時私は、ジャンプユニットが被弾しているのにジャンプを強行しようとしたアキトさんを止めようとして、
ブラックサレナに強制介入し、ジャンプをキャンセルさせようとして、でもそれが原因(多分)で
ジャンプイメージが固定できずにアキトさんがランダム・ジャンプしてしまうことになって……

それとほぼ同時に、私も虹色の光に包まれて……

結論。

私は、アキトさんのボソン・ジャンプに巻き込まれたみたいですね。
しかもご丁寧に体がジャンプ先の時間に合わせて戻ってます。

いえ、違いますね。もし『未来のホシノ・ルリ』がボソン・ジャンプでここに、この時にジャンプしてきたなら、
プロスさんやゴートさんがあんなに平然としているはずがありません。
つまりこの体は『過去のホシノ・ルリ』のものです。

肉体を伴わない、精神だけのボソン・ジャンプでしょうか?聞いたことないですね。

今回のジャンプは、強制介入した回線とIFSを経由したジャンプという前例のないケースでしょうから、
結果が前例のないものになるのも仕方ないのですが。

それよりも、アキトさんのことが気になります。

アキトさんは無事でしょうか?

自分が原因(と思われる)だけに余計に不安になります。

現状では確認する手段もないので、今はアキトさんの無事を願う以外何もできませんが……

…………それにしても…………せっかく、大きくなり始めてたのに……うぅ(泣)<何が?

今、私にできること。まずはそれを実行しましょう。
今、私にできること。それは)」

「……もちろん税抜き、福利厚生も色々つ「乗ります」――の、乗っていただけますか。
そうですか、そうですか。いや〜話が早くて助かります」

待遇面の説明を遮られたプロスペクターは、言葉では喜んでみせるものの、どこか物足りなさそうな、
悲しげな表情をしている。彼のためを思うのならば最後まで聞いてあげた方が良かったのかもしれない。

だが、今のルリにはそれは無理だろう。

―――彼女の心は、もう、ナデシコへと飛んでいってしまっていたのだから。

















―――そして。

「どうです?これがネルガルが誇る新鋭戦艦、機動戦艦ナデシコです!」

ルリはナデシコが入艦しているドックへ来ていた。

「……変な形してますね」

本当は見慣れた形であるが、ルリはこの時初めてナデシコを見たことになっている。
ここでは初めて見た人が抱く一般的な感想を言っておかないと不自然に思われてしまうだろう。

「いやはや、これは手厳しい。たしかに従来艦と比べるとかなり変わった形に見えますが、
これは他の戦艦にない機構を持たせたからなのです」

「両舷側から張り出しているのは、ディストーションフィールド発生装置だ。大気圏突破時も………」

ゴートがルリに対して解説しているが、ルリにとってはそんなことは常識でしかない。
軽く聞き流しつつ、心の中でナデシコへと語りかける。

「(ナデシコ。私の、私たちの大切な思い出が詰まった、とてもとても大切な『居場所』。

あなたに誓います。私はアキトさんを守ります。どんなことがあっても。

私はそのためにここにいるから。そのためにここに来たから。

だからお願い。私に力を、大切なモノを守るための力を……)」

「さ、まずはデッキにご案内しましょう」

プロスペクターのその言葉にルリは意識を引き戻し、彼に従ってナデシコへと入ってく。

「(ただいま、ナデシコ) 」









































ルリがナデシコに乗艦してから、さらに数日後。

「くっ……ここは……?」

アサルトピット内の、独特の閉塞感が全く無いことに違和感を覚え、ゆっくりと目を開けるアキト。

その視界に飛び込んできたのは、

アスファルト。

穴だらけのアーケード越しに見える夜空。

女性物と思われる衣類の数々。

そして―――――

「すみません!すみません!」

聞き間違えるはずがない、その声の主は……

「ほんとにすみません。申し訳ありませんでした。イタイとこ、ありませんか?」

ミスマル・ユリカ。二度と会うまい、そう決めた女性(ひと)。

そしてこの光景、記憶にある。

「な……」

二重の衝撃にアキトは言葉を失う。彼がこれ程驚いたのは一体いつ以来だろうか。




















「お〜いユリカ〜。いまさらだけど荷物減らそうよ〜」
「ダメ!ユリカが三日かけて選んだお気に入りグッズばかりなんだもん。全部持ってくの!」


「(もしかして、俺は )」

「ホントすみません、手伝いまで」


「(ボソン・ジャンプで過去に戻ってしまったのか? )」

「あの〜」


「(ジャンプする直前にユリカのことを考えていたから、こんなところに? )」

「もしも〜し?」


「(だが、俺が突然現れたにしては二人の反応が普通すぎる気がするが…)」

「聞こえてますか〜?」


「(それに、この左手は―――『本物』だ)」
左手の指を開き、閉じるアキト。

「あ……」


「何をじ〜〜っと見てるんですか!!」

少しうわずったその声により、アキトの意識が現実へと帰ってくる。そして目の前にあった物は――

ユリカの下着(左手で、しっかりと握りしめていた)だった。

次の瞬間、電光石火のスピードで繰り出される平手打ち!

「へぷぅ!」

情けない声(と言っていいのかどうか)を出しながらアキトが吹き飛ばされる。

「あなたってヘンタイさんだったんですね!謝って損しちゃいました!行こっ、ジュンくん!」

怒りと羞恥に顔を赤くしたまま車へと戻っていくユリカ。
状況を理解できていないアオイ・ジュンを急かして車を発進させる。

アキトが意識を取り戻したのは、車がもう見えなくなってからだった。

「っ〜〜〜って、痛い?これほど鮮明な痛みなど、感じるはずが……」

あらためて、アキトは自分の現在の体の状態をチェックする。

華奢な腕。同じく華奢な脚。着ている服もパイロットスーツではなくごくごく普通の市販品だ。

それと平手打ちを食らったときに口の中を切ったのであろう。血特有の鉄臭い味がする。

「(しっかりとした五感……体も、あの頃に戻った?違うな。記憶、いや、精神だけが戻ったのか?)」

精神だけのボソン・ジャンプ。

聞いたことがない。

だが、これは現実だ。頬の痛みと、血の味がそれをアキトに示している。

「過去に戻って、俺は何をすればいい?いや、何をしたい?」

前回と同様にユリカが忘れていったフォトスタンドを見つめながら、アキトが自問する。

答えは簡単に出た。考えるまでもなく、アキトの中に存在していた。

その答えは―――





「もう一度、ナデシコに……」






もっとも、アキトにとって当面の問題は、今も左手に握りしめられているユリカの下着を

どうするべきか、というものだったが(爆)

















肉体と自転車を酷使し、アキトはナデシコが出航の準備を行っているはずの、サセボにある連合軍の
地下ドックへとやって来た。正確には地下ドックへの入り口へ、だ。

「ナデシコに乗ったら、一から鍛え直しだな」


この程度の運動で悲鳴を上げている肉体を恨めしく思いながらアキトが呟く。
呟きながら、これから自分がどう動くべきかを考える。

ちなみに、ユリカの下着は途中で処分してきた。ナデシコに持ち込んでしまってからでは処分しづらい上、
誰かにそんな物を持っていることを知られたら、たちまち変態扱いだ。

「(それはいいとして、どうやってナデシコに乗り込もうか。

前回同様「ユリカに会わせろ」と言えばプロスさんが会ってくれるかもしれないが、今回はそれはしたくない。

『俺』はこの時間のミスマル・ユリカが知っている『テンカワ・アキト』ではない。

復讐のために幾つものコロニーを破壊し、沢山の人間の命を奪ったこの人外の化け物に
ユリカに愛される資格など無い。

愛されるどころか、触れることすら、近づくことすら許されないだろう。俺はもう『王子様』にはなれない。

だが、ユリカがそのことを知らない以上、俺の方からユリカとの距離をとらなければならない。

少しでもユリカとの距離をとるためには―――)やはり、直接プロスさんを呼ぶしかないか」

結論のみを言葉にしたアキトは、ゲートへと向かい、そこにいた男に声をかけた。

「ネルガルのプロスペクターさんに会いたい。取り次いでもらえるだろうか」


























ルリが調べた限り、現在のところ前回の歴史通りの展開となっている。
世界情勢、木星蜥蜴との交戦状況、芸能ニュースやスキャンダルまで、全て前回通り。

このままルリが前回通りの行動をとれば、歴史は前回と同じ未来へと辿り着くのだろう。

だが、ルリはそれを良しとはしなかった。

今回ルリは、ハルカ・ミナト、メグミ・レイナードとも積極的に(といっても前回に比べて)交流を持ち、
前回よりさらに良好な交友関係を築いている。
ミナトにいたっては、既にルリのことを『ルリルリ』と呼んでいおり、その事をルリは密かに喜んでいた。
もちろん、オモイカネへの教育も忘れてはいない。

そして今日は、艦長と副長が乗艦する日。
木星蜥蜴が襲撃してくる日。
ナデシコの真の出航日。

――――そして、ホシノ・ルリがテンカワ・アキトという存在を初めて知った日。

「(そろそろですね…)」

前回通りなら、もうすぐプロスペクターに通信が入るはず。

―――来た。

<<プロスペクターさん、あなたに会いたいという方が来られているのですが>>

「??そういった約束を入れた覚えはありませんが……お名前は何という方ですか?」

<<テンカワ・アキト、と名乗っています>>

「!!」

通信に聞き耳を立てていたルリは、思わずプロスペクターの方を振り返ってしまう。

「?どうされました?」

いきなり振り返って、驚いたような表情で自分を見ているルリに、プロスペクターが声をかける。

「いえ、なんでもありません」

表情を消し、前へと向き直るルリ。
どう見てもなんでもなくはないのだが、プロスペクターは

「そうですか」

の一言で片づけた。

プロスペクターにとっては、今はそんな些細なことよりも招かざる客の方が重要だった。
ナデシコ出航を間近に控えた今、「テンカワ」を名乗る者が現れた。これは偶然だろうか?

「(確か、テンカワご夫妻には子供が一人いたはず)わかりました。今からそちらへ伺いますので
しばらくお待ちいただいて下さい」

通信を切ると、ブリッジ内にいる全員――と言ってもルリ・ミナト・メグミの三人だけ――に向かって、

「え〜、そういうわけでして、私はしばらく席を外させていただきます。何かありましたらコミュニケにて連絡を」

とだけ言って、プロスペクターはブリッジをあとにした。
プロスペクターのやりとりに全く注意してしていなかったミナトやメグミは「何が『そういうわけ』なワケ?」と
首を傾げていたが、ルリだけは様子が違っていた。

「(アキトさんが?でもおかしいです。前回はユリカさんに会うためにここに来たはず。
それにプロスさんのことはこの時点では知らないはずです。

!!もしかして!!)」

「どうしたの、ルリルリ?」

心配そうなミナトさんの声。
ルリの動揺は、その顔にはっきりと表れていた。

「いえ、なんでもありません」

そう答えはしたものの、ルリの頭はある可能性でいっぱいになっており、
深刻な表情で考え込むその姿は、彼女の言葉を完全に裏切っていた。

















「あなたですか?私を呼びだしたのは」

「ああ、そうだ。テンカワ・アキトという。聞き覚えは?」

「もしや………テンカワ博士ご夫妻の?」

「そう、息子だ。もし疑うようなら、調べてもらっても構わない」

そう言ってアキトはプロスペクターに向かって左腕を差し出す。

すぐさまプロスペクターはアキトの左腕の皮膚を採取し、DNAデータベースから情報を引き出す。

「!……テンカワさん、あなた、全滅したはずの火星からどうやって地球へ!?」

「憶えていない。気が付いたら地球にいた」

アキトの言葉が意味する所に気付いたのかどうか、プロスペクターは一瞬だけ難しい顔を見せる。

「ところで、私になんのご用でしょうか?」

「ナデシコに、乗せて欲しい。エステバリスのパイロットとして」

「!!なぜあなたがナデシコやエステバリスのことを知っているんです!?」

「ある筋からの情報だ。今はこれ以上は言えない」

もちろん嘘だ。本当のことなど言えるはずがない。言っても信じてもらえるはずがない。

「『今は』、ですか」

そう、今は。

「俺は、どうしてもナデシコに乗らなければならない。俺にはナデシコに乗ってやりたいことが、
やらなければならないことがある」

この想いは本当だ。「この時」に戻って来た以上、あんな歴史を繰り返したくない。
それには条件としてナデシコに乗ることが最低限必要となる。
もっと以前に戻れていたならば、他に方法があったのかもしれないが、今からではどうしようもなかった。
自らを鍛える時間も、歴史に介入するだけの力も、今のアキトは持っていない。

その真意を確かめるかのようにアキトの目を見つめるプロスペクター。
アキトはその目から視線を逸らしたりせず、真っ直ぐに見つめ返す。

「―――わかりました」

長い沈黙の後、小さく頷くプロスペクター。

アキトの想いが伝わったのかどうかはプロスペクター自身しか知り得ない。
だが、アキトにとってはナデシコに乗れるのならばどちらであろうと構わなかった。

「では、早速ですが、ナデシコ内部の案内をしながら待遇面についてのお話といきましょうか」






















【警告!警告!】

「ッ!」

オモイカネの発するアラートメッセージで我に返るルリ。

「どうしたの、オモイカネ?」

過去に経験済みのことなのでルリには何があったのか承知していたが、
他のクルー達にも知らせるためにあえて確認する。

【敵影、多数確認】

「艦内に警報。敵影を前方スクリーンに投影。それと軍の迎撃状況も確認。
あと艦長の所在を検索。見つかり次第ブリッジまで道案内をお願い」

【了解】

ルリの指示に従って即座に表示されたサセボ基地周辺のマップ。
そこに映し出された戦況は前回とほぼ同じ。
唯一の不安は、今までで前回と違っていた事―――プロスペクターが直接指名で呼ばれたことだけ。
その原因が何であるのか、ルリには想像がついた。
もしかしたら違うのかもしれない。そんな内心の恐怖を押し殺し、オモイカネに指示を送る。

「それともうひとつ、クルーのデータ検索を。名前は『テンカワ・アキト』」

【了解……検索完了。検索対象者:テンカワ・アキト。該当1名。プロフィールを表示しましょうか?】

「ええ、お願い」

ルリの正面にウィンドウが出現し、そこにテンカワ・アキトのプロフィールが表示される。
その画面を食い入るように見つめるルリ。

「ルリルリ、この人は?」
「テンカワ、アキトさん?」

敵襲にもかかわらず、ルリが一体誰のことを調べているのかと気になったミナトとメグミが
横からアキトのプロフィールを覗き見る。

……ルリからの返事がない。
そのことを不思議に思った二人がルリの方を向くと、そこには――――

「アキトさん……」

――――目に涙を浮かべ、じっとウィンドウのある一点を見つめるルリがいた。

そして、ルリが見つめていた箇所には、

「担当:機動兵器パイロット」

と記されていた。



それから間もなくしてフクベ・ジン提督、ムネタケ・サダアキ副提督、ゴート、プロスペクターが
ブリッジに到着し、彼らより少し遅れて艦長ミスマル・ユリカと副長アオイ・ジュンが到着。

その際ユリカは、前回同様「ぶいっ!」とのたまって彼らを唖然とさせたのだが、

ルリはそのことにも全く気付かずにアキトのプロフィールを見つめ続けていた。












!?…れって避難訓練じゃないんですか?」

ルリがようやく現実世界に復帰した時に聞いたのは、メグミの狼狽した声だった。
そして、今頃になってルリは自分が涙を流していたことに気付き、慌ててその涙を拭う。
アキトのプロフィールを表示したウィンドウを消し、両手で自分の頬をピシャリと叩いて意識を切り替え、
状況を再度確認する。

「敵襲です」

そんなルリの様子を訝しく思いながらも、プロスペクターはメグミに対して短く事実を告げる。

「敵襲…って敵が攻めてきたの?どうして?」

「おそらく、敵の目的はこのナデシコの破壊だと思われます」

あるいは単に地上の軍が狙われただけかもしれませんが、と付け加えるルリ。

後者の方が説得力があるのだが、地上の軍が掃討された場合、当然ながら地下への侵入を許すこととなる。
いずれにせよナデシコはこの状況をなんとかしなければならないのだから、今回は多少なりとも危機感を
煽っておいた方が事がスムーズに運ぶだろう、というのがルリの判断だった。

「え?発進前からもう狙われてるワケ?」

ミナトが疑問を抱くのも当然だ。ナデシコは起動すらしていない。

「ちょっと、なにしてるのよ!さっさと迎撃しなさいよ!」

そんなことはどうでもいいとばかりに金切り声をあげるムネタケ・サダアキ副提督。
その挙動は民間人よりも落ち着きが無く、ブリッジ内で浮いた存在となっていた。

「対空砲火とか迎撃機出すとか、色々することがあるでしょ!?
 だからアタシは民間人に軍艦を任せるなんて反対だったのよ!」

「お言葉ですが、彼女たちは各分野のエキスパートです。民間人とはいえ、
その資質・能力は軍人に勝るとも劣りません」

ゴートがクルーを弁護する。だがそれはムネタケの神経を逆撫でるだけだった。

「だったらさっさと反撃しなさいよ!エキスパートならあれくらいの敵、パパパッと片づけて見せなさいっての!
 ほら!早くナデシコの対空砲火を真上に向けて下から敵を焼き払うのよ!」

「上にいる軍人さんとか、吹っ飛ばすワケ?」

「っ…ど、どうせもう全滅してるわよ!」

「それって、非人道的って言いません?」

「キーーーーーーーッ!!」

「艦長、なにか意見はあるかね?」

ミナトとメグミに言い負かされるムネタケを放っておいて、フクベが艦長――ユリカに意見を求める。

「海底ゲートを抜けていったん海中へ、そして180°反転。そのまま浮上して主砲により敵を殲滅します!」

おそらく彼女の中ではすでに作戦は決まっていたのだろう。それでも意見を求められるまで
それを口にしなかったのは、先達の二人への配慮に違いない。
ユリカは、アキトが関係しないところでは比較的まともな思考ができることもある(爆)

「ふむ、主砲のグラビティ・ブラストならば一撃ですからな」

プロスペクターのその言葉はわずかではあるが弾んでいるように聞こえた。
自分がスカウトした人物が期待通りの能力を有していることを喜んでいるのだろう。

「でも、あんなに散らばっていたらグラビティ・ブラストの有効範囲におさまりきれませんよ」

念のためにルリが忠告しておく。そうしないと囮の話が出てこないかもしれないからだ。

<<そこで俺の出番さぁ!俺様のロボットが囮となって敵を引きつけ、一カ所に集める。
そしてその間にナデシコを発進させる!クーーーーッ!燃えるシチュエーションだぜ!!>>

<<おたく、骨折中だろ。っつーかもうエステも出撃してるしよ>>

<<ナンデストーーー!?>>

いつの間に回線を開いたのか、格納庫から整備班班長のウリバタケ・セイヤとヤマダ・ジロウが
漫才をしながら会話に加わってくる。
会話の内容から察するに、ヤマダは今回も骨折したらしい。
前回はウリバタケ(ともう一人)に肩を貸してもらって医務室からブリッジまで来ていたが、
今回は格納庫に戻ったようだ。

「(この人も不安材料ですね。あとで対応策を考えましょう)」

そこまで考えが及んだところで、ルリは重要なことを忘れていたことに気付いた。

「皆さん、これを一組ずつ持っていて下さい」

そう言ってルリはユリカを除く全員に、前もって用意しておいた耳栓を渡した。
これでユリカ大音量口撃(誤字にあらず)にも耐えられるはずだ。

全員が『何故?』という目でルリを見ていたが、すぐにわかることなのでルリは説明を省いた。
仮に説明したところで、実際に体験するまでその必要性を理解することはできないだろうが。

「(さて、と。きっとあの人は今頃エレベーターに……いました。)
囮ならもう出ています。現在、エステバリスがエレベーターで地上に向かっています」

「あぁ、彼が出たんですね」

プロスペクターは誰が乗っているか察しが付いているようだ。

「ヤマダ以外のパイロット?」

「はい、つい先程採用したばかりの方でして」

「…パイロット、モニタに出します」

ルリの声が少し震える。誰にも気付かれない程度であったが。

そしてモニタに映し出された青年。パイロットスーツに身を包んでいるが、ヘルメットはしていない。
その顔を見て、ルリが声をかけようとしたが――――

「あーー!!あの時のヘンタイさん!」

ユリカに先を越された。

「(ヘンタイ?)」

その言葉にピクン、とルリの眉が反応を示す。
だが、そのことには誰も気付くことはなかった。

「誰だ、君は。所属と名前を言いたまえ」

<<テンカワ・アキト。エステバリスパイロット>>

顔も、声も、体も、どれもあの頃のアキト。ルリが『テンカワさん』と呼んでいた頃のテンカワ・アキト。

だが、モニタ越しでもわかる、彼の持つ雰囲気や表情、声のトーン。それは間違いなく――――

「『The Prince Of Darkness』………」

その声が聞こえたのか、アキトが驚いたようにルリを見つめる。いや、実際に驚いているのだろう。
その二つ名を知る者は、この時代には自分以外にはいないはずなのだから。

「私のことがわかりますか、アキトさん?」

<<……『電子の妖精』、なのか?>>

「アキトさんも、なんですね」

<<ああ>>

「よかった……無事だったんですね」

<<『コレ』を無事と呼んでいいものか、判断に迷うところだがな>>

苦笑混じりに自分の脆弱な体を眺めるアキト。

これから戦闘に向かおうとしているというのに、何故か意味不明な話を始めた二人に
他のブリッジクルーは困惑を隠せない。

だが、この状況の真の異常性を理解できた者はブリッジ内でたったの二人だけ。

アキトとルリとの間に何の接点もないことを知っているプロスペクターとゴートだけ。

「もしかして、お二人はお知「チョット!な〜に二人してワケわかんないこと言ってんのよ!
さっさと作戦を伝えなさいよ!!」

二人の関係を問いただそうとしたプロスペクターだったが、ムネタケの耳障りな金切り声に遮られる。
そのせいで改めて二人の関係を問いただせるような雰囲気ではなくなってしまい、皮肉にも
ムネタケのおかげでプロスペクターの追求を(一時的ではあるが)かわすことができたアキトとルリ。

だが、その事を差し引いてもムネタケの行為はルリを怒りを買うのに十分なものであった。

この時代にランダム・ジャンプするまでの数ヶ月、アキトとの会話が全く無かったわけではない。
だが、その会話の内容は、要約すると

「帰ってきて」

「帰らない」

の二言で片づいてしまうような、潤いの欠片も感じられないものであった。

昔誰かが言っていた「会話とは、言葉のキャッチボールである」との言に当てはめるならば、
それは会話ですらないだろう。
アキトは、ルリ達の言葉のことごとくを拒絶していたのだから。

それに比べれば先程の会話は、実に久しぶりの――本当の意味での「会話」なのだ。

ルリの言葉にアキトが言葉を返す。

さらにそれにルリが答える。

そしてルリの言葉にアキトがその表情を変える。

そのごくごく当たり前のことが、ルリの心を満たしていく。

だがムネタケは、それを無遠慮に妨害してしまった。

「(―――『おしおき』決定です)」

内心でムネタケへの報復を決心すると、ルリは気持ちを切り替えて再度アキトに話しかける。
内容は、前回と同じ作戦内容を伝えるだけ。だが、ルリにとってはそれだけでも十分だった。

「アキトさんには、ナデシコが地上に出るまでの囮役をしていただきます。
 しばらくの間敵を引きつけ、指定された合流ポイントへと敵機動兵器を誘導して下さい」

<<了解。どれくらい時間を稼げばいい?>>

「そうですね……約10分。行けますか?」

<<俺を誰だと思っている?>>

「ですね」

ルリは、そう言ってクスリと笑う。

ゴートとムネタケ、そしてフクベは、ルリから伝えられた無茶な命令を平然と受け入れたアキトに絶句している。
当然と言えば当然だ。囮になることは、ただ戦うよりもはるかに困難なことのはずなのだ。
そのことを知る者ほど、二人のやりとりの異常さを強く感じてしまう。

「ゴートさん、何をそんなに驚かれているのですか?」

プロスペクターはそこまでは分からなかったらしく、隣のゴートの驚きようを不思議がっている。

そんなプロスペクターに対してゴートが囮の困難さを説明している頃になって、
ルリは「自分が何かを忘れている」ことに気付いた。だが、それが何なのかが思い出せない。

「(あれ?何か忘れてるような……)」

「テンカワ・アキト……アキト……アキト……」

そのユリカの呟きが引き金となって、ルリは忘れていた「何か」を一瞬にして思い出した。

「皆さん!先程お渡しした耳栓を急いで付けて下さい!アキトさん!いったん音声だけ
回線をOFFにします!」

<<了解>>

ルリの緊張をはらんだ声にただならぬモノを感じた者は、その声に従って急いで耳栓を付ける。
アキトも状況を察して――いや、思い出して――苦笑しながら軽く頷いた。

まだ耳栓を付けていないのはジュンとムネタケの二人だけ。

ジュンはブツブツとアキトの名前を繰り返し呟いているユリカのことが気になって、
ルリの言葉が耳に入らなかったようだ。
ムネタケは初めからルリの言葉に従う気がない。

フクベがゆったりとした動作で耳栓をつけ終えるのとほぼ同時に、
ユリカが何かに気付いたように勢いよく顔を上げた。






―――――――来る!!



「ああぁぁっっ!!アキト!!アキトだ!!アキトアキトアキトアキトアキトアキトアキトアキトアキトアキトアキトアキトッ!!!!!!」


念のために補足しておくが、ナデシコは宇宙空間での戦闘を前提に建造された、いわゆる宇宙戦艦だ。
そのため艦内の気密性は非常に高く、空気が外部へ漏れないような構造になっている。

そういった環境において、空気を振動させることで伝わる「声」は、逃げ場がないために通常よりもよく響く。


―――と、理屈を言えばそういうことなのだが。

ユリカより発せられた大音量の声は、逃げ場を与えられなかったがためにブリッジ内に留まらざるを得なくなり、
目に見えぬ凶器となってブリッジクルーと、運悪く回線をブリッジに接続していたウリバタケとヤマダに襲いかかる。

ムネタケとジュンは速攻でノックアウト。他の者たちは耳栓のおかげでなんとか無事だ。
ジュンにはある程度「耐性」があるのだが、高気密空間内という+αには耐えられなかったらしい。

ウリバタケとヤマダの場合はコミュニケに搭載されている音量の自動調整機能が働いたため、
意識を失うほどではなかった(それでも足下がおぼつかないようではあるが)

アキトとの回線で音声のみOFFにしたのだから、ウリバタケとヤマダに対しても
同様の対処ができたはずなのだが、ルリはうっかり忘れてしまっていた。
決して「ヤマダさんなら大丈夫でしょう」などと思って放置していたわけではない。

「ねぇアキトォ!なんで返事してくれないのぉ!? ねぇアキトってばぁ!!」


過去の経験をもとにルリがあらかじめ音声のみカットしておいたため、
ブリッジ内を荒れ狂う不可視の力はアキトには届いていない。
届いてはいないが、ブリッジ内がどういう状況にあるのかは、ユリカ以外の全員が
耳を押さえているという映像だけで、アキトには十分に理解できた。

唇の端で苦笑いを浮かべたまま、アキトはジェスチャーでルリに対してユリカの口を塞ぐよう指示を送る。

ルリはアキトに小さく頷いて見せて了解の意を示すと、ユリカの近くにいて、
なおかつまだ意識を失っていないゴートへとメッセージを送った。

「(オモイカネ、ゴートさんに艦長の口を塞いで欲しいってメッセージを送って)」

【了解】

オモイカネが表示したメッセージを一読したゴートが、両手を耳栓の上からあてた格好で
ユリカの背後に回り、素早くユリカの口を塞ぐ。

「アキトアキトアキトアキトアキトアキムォ?」

ルリ達ブリッジクルーにかかっていた重圧が――耳だけではなく、全身にかかっていた――ようやく消えた。

ルリが率先して耳栓を外すと、それに倣って他の皆も同じように耳栓を外した。

―――大きな、安堵のため息をつきながら。

「ありがと、ルリルリ」
ウィンクとともにルリに感謝してみせるミナト。

「どうやったらあんなに声が出せるのかしら」
元・声優らしい疑問を口にするメグミ。

<<一瞬、川の向こうに立つジョーが見えた…>>
かなりヤバイ所まで逝きそうになったらしいヤマダ。

「このための耳栓だったのですね。調査不足でした」
懐から端末を取り出し、メモをとっているプロスペクター。

<<サウンドウェポンか。今度リリーちゃんにも付けてみるか>>
早くも立ち直り、リリーちゃんの改造計画を練り始めたウリバタケ。

「年寄りにはちと堪えたわ」
トントンと手のひらで耳を叩きながら誰にともなく呟くフクベ。

「艦長、閉鎖空間内ではあまり大きな声を出さないでいただきたい」
ユリカの口を塞いだまま、そう忠告するゴート。

「「…………」」
ジュンとムネタケは仲良く(?)気絶。

ユリカはゴートの拘束から逃れようとしばらくの間ジタバタとしていたが、諦めたのか今は大人しくしている。

「ゴートさん、もういいですよ」

そのルリの言葉で、ようやくゴートはユリカを解放し、耳栓を外す。

ルリは念のため耳栓を手にしたまま2、3秒待ってみたが、ユリカに再度叫び出す様子は
見られなかったので、もう大丈夫だと判断してアキトとの音声回線を繋ぎ直した。

「お待たせしました」

<<大丈夫か?>>

心配そうにブリッジ内を見回すアキト。

「はい、なんとか。それより、あと3秒で地上です」

<<了解。ではそっちは発進準備を急いでくれ>>

「うん!」

ルリに向けられた言葉に何故か返事をするユリカ。
それを見て全員が耳栓をすぐにでも付けられる体勢に入った。

が。

「ルリちゃん、ドッグに注水開始。それと相転移エンジン及び核パルスエンジン始動、
グラビティ・ブラストへのエネルギーチャージ!……ってみんな、どうしたの?」

『(あんたが言うか、それを?)』

気絶している二人とユリカ自身を除いた全員の心が一つとなった瞬間であった。

「注水は作戦が決定した時点で開始しています。現在80%完了、ゲート開きます。
※ちゃんと注水前にドック内の人は退避済みです
 エンジンが温まり次第、直ちにナデシコ、発進できます」

「相転移エンジン、始動。行けるわよ?」

あとは、ユリカの号令ひとつでナデシコは発進する。


「機動戦艦ナデシコ、発進です!」




















ユリカがナデシコ発進の号令をかける少し前。

アキトの駆るピンクのエステバリスは、エレベータが地上に到着した途端にミサイルの雨にさらされていた。

「随分と手荒い歓迎だな」

その「手荒い歓迎」を余裕をもってかわすアキト。その右手はIFSのコントロールボールに置かれ、
左手は中央のメインコンソール上でせわしなく動いている。

アキトがコンソールを操作しているのは、各種パラメータの調整のためだ。
(ここでいうパラメータとは、各パイロットの癖に応じた補正値のことを指す)

格納庫に着いたのが前回と同じタイミングであったため、アキトはヤマダの暴走を止めることができず、
またハードウェア的にパラメータを調整する余裕もなかった。
そこでせめてソフトウェア的な調整だけでもやっておこう、ということでエレベータで上昇中も
コンソールを使ってパラメータの調整を行っていた。
一応エレベータ内である程度調整は完了していたのだが、やはり実際に動かしてみると
若干の違和感があったため、蜥蜴の攻撃をかわしつつ最終調整を行っているのだ。


「ま、こんなものかな?」




















「ん〜……」

正面モニターにリアルタイムで大きく映し出されているアキトの戦闘映像を見ながらミナトが唸る。

「ミナトさん?」

「ん。いやね、な〜んかフツーっていうか……」

「あ、それ私も同感です」

「?」

ミナトとメグミは同じ感想を抱いているようだが、何を『普通』だと言っているのかがルリには分からない。
そんなルリの様子に説明の必要を感じたミナトは、なぜそう思ったのかをルリに伝える。

「さっきルリルリと……アキト君だっけ?二人が話してるのを聞いた限りだとアキト君ってすっごく操縦が上手いのかな〜って思ってたんだけど、すごい勢いで敵を倒したりするでもないし、私にはひたすら逃げまくって、時々申し訳程度に攻撃してるだけのように見えるんだけど……」

「そうそう」

ルリの隣でメグミがコクコクと頷いている。

「あぁ、そういうことですか」

ようやくルリは納得した。
確かにアキトの戦い方はひどく地味で、素人の目ではどこが凄いのか、さっぱり分からないだろう。
基本的にはヒット(攻撃)&アウェイ(回避)なのだが、明らかにアウェイの方が多いため、
二人がそう思ってしまうのも無理はない。

「多分、従軍経験のある方は違う感想を持っていると思いますよ。例えば――ゴートさんはどう思いましたか?」

ルリの言葉に、呆然としていたゴートが率直な感想を述べる。

「信じられん」

「「「は?」」」

その感想に、ミナトとメグミだけでなく、プロスペクターも間の抜けた声を出してしまう。

「失礼ながら、私もお二人と同意見なのですが。具体的に、何が信じられないのですか?」

プロスペクターの問いに、モニターを見据えながらゴートが答える。

「囮役が、ただ戦うよりも難しいことは先程言った通りです。当然操縦にも無理が出て、敵を牽制するためにこちらからの無駄な攻撃が増えたり、無理な回避行動のために機体の損耗が激しくなってしまう。
それが『普通』です。
だが、彼の――テンカワ・アキトの操縦は『普通』ではありえない。
ホシノ、現在のエステバリスの損耗率・損傷率は?」

「損耗率4%。損傷率1%。損傷はワイヤード・フィスト使用時の傷と、出撃前にヤマダ<<ダイゴウジ・ガイだ!>>…さんが勝手に動かした挙げ句転倒させた時の傷のみ。それ以外は全くの無傷です」

そこまで聞いて、ようやくミナト達もアキトの戦いの凄みを理解しつつあった。
プロスペクターは端末を操作して、アキトの給料の査定UPとヤマダの同査定DOWNおよび修理代の給料からの天引きを、それぞれの査定表に記入している。
ヤマダ、極貧生活決定(爆)
「彼は、敵の攻撃の着弾点から爆発の威力まで予測した上で、機体に損傷を与えないポイントへと無理なく移動し、時には反撃も行い、それでいて囮としての役割をしっかりと果たしている。
軍のエース級のパイロットでさえ、このような戦い方ができるものはいないかもしれない」

ミサイルの弾道から、着弾点くらいまでなら機械の側で予測できる。
だが、そのミサイルがどの程度の威力を有するのか、また現在エステバリスが展開している
ディストーションフィールドで爆発の威力を完全に防げるポイントがどこか、という所までは予測できない。
着弾した瞬間からであればそれも判明するのだが、それでは回避が間に合わない。

つまり、アキトは機械的な補助の及ばない点を「勘」によって補っているのだ。

ゴートが言った「『普通』ではありえない」という言葉は、この点も暗に指している。

最新の機動兵器「エステバリス」
ナデシコ同様、機動兵器初のディストーションフィールド搭載型。
なのになぜ、アキトはそのディストーションフィールドがどの程度の防御力を有するのかを知っているのか?
初めて乗る機体の筈なのに、なぜ「勘」――経験に基づく未来予測――が働くのか?

アキトがエステバリスのテストパイロットであれば「勘」が働いてもおかしくはない。
だが、これ程の技量の持ち主であれば、プロスペクターが初めからパイロットとしてスカウトしていた筈だ。
にもかかわらずプロスペクターは「先程採用したばかり」と言った。
つまり、彼はテストパイロットではない。

そういった意味でも、アキトの操縦は「『普通』ではありえない」のだ。

「とすると、もし囮とかじゃなく普通に戦ってたら?」

ふと思いついた考えを言葉にするミナト。

「……ナデシコの出番は無かったかもしれん」

そのゴートの返答にルリを除いた全員が言葉をなくす。フクベやムネタケからも異論はないようだ。
もっとも、ムネタケは未だに気絶しているので異論を唱えることなどできはしないのだが。

「さっすがアキト♪」


訂正。2名を除いて言葉をなくしていた。

「それにしても、ミスター、彼は一体何者なのです?少なくとも軍の中でテンカワ・アキトという名を聞いたことはありませんが」

「それは「アキトは私の王子様なの♪きゃ〜、言っちゃった♪」……」

ゴートの問いに対してプロスペクターが何と答えようとしたのかは定かではないが、
それはユリカの声によって遮られた。

ちなみに、ジュンはムネタケ同様、未だに気絶中。
幸か不幸か、ジュンはユリカの「王子様」発言を聞き逃してしまった。
遠からず耳にすることは想像に難くないが。




そんなやりとりが行われる中、ナデシコは順調に進行中。
完全にギャラリーと化してしまった皆を尻目に、ルリは一人、作業をこなす。

「ナデシコ、浮上予定地点に到着」

ルリはしばらく待ってみたが、予想通りユリカからの応答はない。

「ミナトさん、浮上して下さい」

「あ、は〜い。ナデシコ、浮上しま〜す」

軍でこんなことをしたら越権行為などと言われるだろうが、幸いナデシコは民間企業が運用している戦艦であり、そもそも艦長たるユリカが職務放棄してしまっているので、ルリが指示を出しても問題ない。(多分)

「アキトさん、合流予定時間まで30秒を切りました。エステのモニタに表示している時間とマップを目安に合流ポイントへ向かって下さい」

<<了解>>

追撃してくるジョロ・バッタの攻撃を余裕を持ってかわしながら、アキトは真っ直ぐに合流ポイントへと向かっていく。

「20秒切りました。残り10秒からはカウントダウンを行います」




「10」

海岸から少し離れたところでアキトが立ち止まる。ここで最後の時間調整を行うつもりのようだ。

「9」

「8」

「7」

ジョロ・バッタを振り切って再び走り出す。

「6」

「5」

「4」

「3」

「2」

海岸に到着すると迷うことなく海に向かって跳躍。

「1」

ナデシコ浮上。

エステバリスが空中で一回転半ひねり。

「0」

バーニアで勢いを殺し、エステバリスは軽やかにナデシコへと着地した。

「残存兵器、有効射程内に全て入っています」

ルリの言葉に、ユリカの力強い声が答えた。

「目標、敵まとめてぜ〜んぶ!ぅてーーーーー!!」

主砲、グラビティ・ブラストの一撃によって、ジョロやバッタが次々と火の球に変わっていく。










「ゴートさん、ゴートさん」
プロスペクターがゴートのそばに忍び寄り、彼に小声で呼びかける。

「?ミスター、何か?」
小声で呼ばれたために、ゴートも無意識のうちに小声になって聞き返す。

「(ごにょごにょごにょ)……お願いできますか?」
プロスペクターがゴートに何事かを耳打ちする。

「私はそんなことをするためにナデシコに乗ったのでは……」

「まあまあ、そうおっしゃらずに。お願いしますよ」

「……わかりました」
不承不承、といった感じでようやくゴートの首が縦に振られる。




「戦況を報告せよ」

ゴートは気配を殺し、音も無くユリカの背後へと忍び寄る。
忍び寄られたユリカはアキトに声をかけるタイミングを計っている最中だった。

「はい。ジョロ・バッタとも残存ゼロ。地上軍の被害は甚大ですが、幸い戦死者はいないようです」

今がチャンスだと思ったのであろう、ユリカが遂に口を開いた!

「ウソよ!こんなの、偶然に決まってるわ……」

しかし、ユリカが言葉を発するよりも早く、ユリカの動きを察知したゴートがユリカの口を塞ぐ!

「く……耳鳴りが……」

「ンーッ!ンーッ!」
ユリカは必死にゴートの手をはね除けようとするが、純粋な力勝負でゴートに勝てるはずがない。

いつの間にかジュンとムネタケが意識を取り戻している。

が、ルリはまだそのことに気付いていない。

もちろん、ルリは背後のユリカとゴートのコント(?)にも気付いていない。

「やりましたね、オモイカネ。デビュー戦は快勝です」

【ありがとう、ルリ♪】

「お礼なら敵を残してくれてたアキトさんに言って下さい。
あの程度の数ならアキトさん一人でも十分だったんですから」

【そうなんですか。ありがとうございます、アキトさん】

<<どういたしまして。それとこれからよろしく、オモイカネ>>

【こちらこそ、よろしくお願いします】

早くも人間臭さを漂わせつつあるオモイカネに、アキトは思わず微苦笑する。

微苦笑の原因は、ルリの背後で繰り広げられるコント(?)にもあったのだが。

――その笑みは、今日の戦いの終結を告げるものであった。







「むなしい………」
ユリカの口を塞ぎながら呟かれたゴートのその言葉は
誰にも聞かれることはなかった………








「(………さあ、アキトさんを迎えに行かないと)」

誰にも分からないように、気合いを入れ直すルリ。

「(オモイカネ、私は今からアキトさんを迎えに行ってきますので、戻ってくるまでの間は艦長の指示に従って下さい。ただし、私が戻ってくるまで絶対に艦長をブリッジから出さないで下さい)」

【了解】

「(ありがとう。じゃ、行って来ますね)」

【いってらっしゃい、ルリ】 


……………ってヲイ。ルリの命令は艦長命令より優先されるのか!?



ルリが格納庫へ通じるドアを開くと、そこには整備班の面々に囲まれたアキトがいた。

「やるな〜おめぇ」

「……まあな」

「(アキトさん…………ようやく、ようやく会えた………)」

「にしても、なんだよ、あの最後の着地は。かっこつけやがって!」

「そーだそーだ!このこの!」

「痛っ!誰だ、今俺を蹴ったのは!こら、叩くな!」

整備班のスタッフにもみくちゃにされながらも、アキトの顔には笑顔が浮かんでいる。

その笑顔は、あの頃のままに……

「(……帰って、来てくれた…………)」


一歩、また一歩。

ルリが足を踏み出す毎に、彼女の瞳に映るアキトの姿が大きくなっていく。

自分という障害物に気付いていないかのように真っ直ぐに歩いてくるルリの存在に気付き、整備班のスタッフが驚きながらもルリに道を譲っていく。
だが、今のルリはアキト以外を認識することができなくなっており、道を譲られたことにすら気付いていない。

そしてその様子からアキトもルリが来ていることに気付いたようで、アキトはルリの方を向いて、彼女が自分の元へと辿り着くのを待っている。

二人の雰囲気に飲み込まれたのか、整備班のスタッフはついさっきまであれ程騒いでいたのに、シン………と静まり返っている。
もしかしたら静まり返っているのではなく、目があった瞬間から、二人の世界から
余計な雑音が消えてしまったのかもしれない。

その静寂の中で、二人の距離は確実に縮まっていく。

5m。

4m。

3m。

2m。

二人の距離が1mを切った所で、アキトは両膝をフロアに付けて目線をルリと同じ高さにまで下げた。

その顔に、微笑みを残したままで。

「夢じゃ、ないんですよね…」

目の前にあるモノが夢の産物ではないことを確かめるように、ルリはおそるおそるアキトの頬に両手を伸ばして、まるで腫れ物にでも触るかのように、そっと、そっと触れる。

「(あったかい。アキトさんのぬくもり………)」

そのぬくもりを確かめているルリの両手に、アキトは自分の手を優しく重ねる。

その時、不意にルリの目に映るアキトの姿が歪みだした。

いや、アキトだけではない。
ルリの目に映る全てが歪んでいく。

感極まったルリは、まるでそうするのが当然のことであるかのように、
頬に伸ばしていた両手を、アキトの後頭部へと回し、そして―――

アキトの頭を自分の胸へと抱き寄せた。溢れ出る涙を拭うことなく。  <ここにツッコミを入れないこと(爆)

そして、言った。

何年も言えなかった、ルリがアキトに言いたかった言葉。






































「………おかえりなさい、アキトさん」

















ルリの胸に額を押しつけるような格好になったアキトが、その姿勢のまま、瞳を閉じて答える。














「………ただいま、ルリちゃん」



































―――――帰還者たちが創り出す未来は、いかなるものか―――――
































<おまけ1>

その頃、ブリッジでは。

「どうしてぇ!?なんでドアが開かないのぉ!?
開けてよぉ!」

ルリと同様、アキトを迎えに行こうとしたユリカだったが、オモイカネに通せんぼされていた。

【格納庫への通信もカットしておきますね♪】

ルリの教育の賜物か、よく気が利くオモイカネ。

………やはり、艦長命令よりもルリの命令が優先されているようだ(汗)


<おまけ2>

ムネタケへの『おしおき』は

「ムネタケの自室の無重力化&密室化&通信遮断&トイレ使用不可(←このへん悪辣)」

に決定。ムネタケが部屋に入り次第執行予定。


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<あとがきのようなもの>

ども!mye(まい、と読みます)です。

ご存じでない方、はじめまして。
ご存じの方、お久しぶりです(滝汗)

実はこの「Returners」。素人SS書きの定石とも言える「行き当たりばったり製法」にて制作されていたものを書き直した、いわゆる「改訂版」という奴だったりします。
書いているうちに設定や今後の展開が決まっていったものの、その設定と序盤の話がかみ合わない。
「しゃーない、書き直すか」
ということで出来上がったのがこのTurn:01なのです。

……素人がいきなり長編に挑むこと自体がそもそもの間違いのような気もしますが(笑) ※短編制作経験なし

まぁ、そういった経緯である程度先の展開が決まっているので、今回は文中に伏線を張っています。
かなり細かいもの(後になって読み返してようやくわかるようなもの)もありますので、色々と邪推してみて下さい(笑)

あ、それと、「Returners」の世界においては、ゲーム版でのキャラはおそらく、お そ ら く 登場しません(笑)
ゲーム中での出来事についても同様です。
選択肢次第でコロコロと変わる設定なんて使いにくいし。そこんとこヨロシクでございまス。


それでは最後に、魔法の言葉をお教えしましょう。

「いえすらぷるーろとんこ」

ではでは、次回をお楽しみに!



隠しで、シリアスに疲れた私が発作的に挿入した文章が入っています。
れっつ、再読♪



それと、これだけは言っておきます。
アキトの「左手」。
かつては「本物」ではなかったかのような描写がありますが、間違っても
ドリルだったことはありませんのであしからず(爆)






代理人の感想

なるほど、改訂版ですか。

確かに文章の無駄や無理な展開が少なく、練ってあるのが分かります。

 

※無茶な展開がないとは言いませんが(爆)。

 

しかしまー、最初からああ言い切られてしまうともはや文句をつける気にはなりませんなぁ(笑)。

いや、お上手。

(本気でそう思います)

 

11歳の少女の胸に顔を埋めるアキト・・・・・・・

へっ、変態だっ!(核爆)