「………おかえりなさい、アキトさん」





























「………ただいま、ルリちゃん」









































Returners

Turn:02 変わったもの、変わらないもの













































「盛り上がってるとこ悪いんだけどよ〜」
その声に現実へと引き戻される二人。自分たちが今どんな格好をしているのかを思い出す。


自分の胸にアキトの頭を抱え込むように抱き締めるルリ。

されるがままのアキト。


ちなみに、この光景はブリッジにも映し出されている。
その犯人は、実はオモイカネ。
ルリが懐かしさのあまり、つい色々な部署を覗き見していたため、オモイカネの中で
「覗き」という行為がやってはいけない事であるという認識が確立していなかったのだ。

まさに自業自得。


思わず大胆な行動に出てしまったことにようやく気付き、ルリは慌ててアキトから離れる。

ルリの顔はこれ以上ないというくらいに赤くなり、その顔を見られたくないのか、
彼女は俯いた上、両手で赤くなった頬を隠すようにしている。

立ち上がったアキトは、そんなルリの様子を見て無意識の内に優しげな微笑みをその顔に浮かべていた。


「ルリルリったら、あんなに赤くなっちゃって♪」
心底楽しそうなミナト。言葉も弾んでいるように感じられる。

「オモイカネ、録画してる?」

【現在、最高画質で録画中】
メグミの確認に、クルクルとウィンドウを回転させながらオモイカネが答える。
よく見ると、モニタの右下あたりで「REC」の文字が点滅している。

―――バッチリらしい。しかも最高画質。
しかし、オモイカネもただ遊んでいるわけではない。
録画しつつも今回の戦闘についての分析作業をバックグラウンドで実行中だ。

バックグラウンドで作業すべきものとそうでないものが逆のような気もするが。

「でも、あの彼も結構いい線いってるわね。ルリルリ、見る目あるわ」

「そうですね」

「あら?もしかしてメグちゃんも狙ってたりする?」

「えっ!?やだなぁ、違いますよぉ」
メグミは手をパタパタ振って誤魔化すが、顔が赤くなっているので全然説得力がない。

それにしても、ナデシコはまだ警戒態勢は解除されてないのではないだろうか?
何しろ警戒態勢の解除を命じなければならない艦長が、

「艦長命令です!このドアを開けなさ〜い!!」

未だにドアと格闘中なのだから。

まあ、ナデシコらしいといえばナデシコらしいが。

ちなみに、ジュンはユリカにお願いされて現在懸命にドアを開けようと奮戦中。
ムネタケは相変わらずキーキー喚いているが誰にも相手にされていない。
フクベはモニタに映し出された光景を興味深げに眺めている。
が、どうでもいいので割愛(爆)


――――――だが。

アキトが今、この表情を浮かべることができたのは、目の前の銀糸の髪の妖精よりも、ここにはいない桃色の髪の妖精の功が大きいであろう。


アキトが闇と狂気に身を委ね、その肉体と魂を死神に切り売りしていた時も彼のそばを離れることのなかった少女。
自分の全てがアキトのために存在するのだということを言葉と、態度と、行動とで示した少女、ラピス・ラズリ。
彼女のアキトへの絶対的な――命すらも委ねてしまう程の――信頼(もしくは依存)は、目に見えぬ枷となってアキトの心を縛り、守り、苦しめ、暖め、傷つけ、そして癒した。
彼女のおかげでアキトの心は完全に闇に堕ちることはなく、今こうして笑みを浮かべていられる。
そのことはアキト自身が誰よりもよく理解していた。


「(ラピスも、ルリのように『還って』来ているのだろうか?)」

未だに顔を赤く染めたままのルリを見て、アキトはようやくその疑問を抱き、試しにラピスの名を心の中で呼んでみた。

「(――ラピス、聞こえるか?聞こえたら返事をしてくれ――)」

2、3秒待ってみたが、ラピスからの返事はない。
当然といえば当然だ。アキトとラピスがナノマシン・リンクで繋がっていたのは過去の――数年後の――話。
今、この身体がラピスと繋がっているはずがないのだ。
仮にラピスも「還って」来ていたとしても、おそらく彼女も精神のみのボソン・ジャンプとなるだろう。
その場合はアキトやルリと同様に、この時代のナノマシン・リンク処理を受けていない身体ということになる。
「還って」来ていようといまいと、ナノマシン・リンクを用いたテレパシーは使えないのだ。
そのことがわかっていたので、ラピスからの返事が無くてもアキトが落胆することはなかった。


――それに、どちらにせよアキトは、ラピスをこの「二度目の戦い」にまで巻き込むつもりはない。


………おい、おい、テンカワ。聞こえてんのか?」

「ん?ああ、すまない、ちょっとな……」
言葉を濁しつつアキトが何気なく周りを見回すと、整備員全員がやや呆然とした様子でこちらの方を見ている。
どうやら二人の雰囲気に飲まれてしまい、声もかけられず、かといって作業に戻ることもできずにいるらしい。

その様子に苦笑すると、アキトは先程の声の主――整備班班長、ウリバタケ・セイヤ――の方を向いた。

「お、ちゃんと『こっち』に帰って来たみだいだな」

「随分な言われようだな…」

「今時TVドラマでもやらないような感動の再会シーンをやらかした奴には丁度いいくらいだと思うが?」

「………」
言い切られてしまったアキトには苦笑する以外の答え方が思いつかない。

「ま、それは置いといて一つ聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「何だ?」

「多分他の奴も同じ事を聞きたがってるだろうから俺が代表して聞くんだが、お前とルリルリの関係は?兄妹っつーには全然似てねぇし」

言うまでもなく、ウリバタケは二人の関係については全く知らない。
だからこそ二人にそう「聞いた」のであり、だからこそ二人にそう「聞くことができた」のだ。
もし二人の過去に何があったのかを全て知っていたとして、それでも彼は二人に同じ質問ができただろうか。

「「…………」」

沈黙。

「(地雷踏んじまったみたいだな……)」
揃って難しげな表情となり黙りこくってしまった二人を見て、ウリバタケは自らの短絡的な問いを悔いる。

しかし、時計の針を逆回転させたところで時間を巻き戻すことはできない。


「俺とルリちゃんの関係は……」

ウリバタケの質問に答えようとしたが、そこでアキトは言い淀む。
かつては「家族」だった。仮初めのものでも、少なくともアキト自身はそうだったと思っている。
では、今は?

「(『家族』と答える資格が、俺にあるのか?)」

その疑問が、アキトから言葉を奪う。
だが、黙ってしまったアキトに代わってその質問に答える者がいた。

「―――『家族』です。かけがえのない、大切な『家族』です」

「!ルリちゃん……」

ルリにはアキトの内心の葛藤が手に取るように読みとることができた。
彼が言葉にしたい答えも、その答えを口にできない理由も。
だから、彼女が答えた。アキトの目を真っ直ぐに見つめながら。

「私は、アキトさんの全てを認め、受け入れます。アキトさんが、アキトさんであるが故に行ってきた事も。例え、それが常識に於いては非難されてしかるべき事であったとしても―――――私は、アキトさんの全てを肯定します」




「「………………」」

思わぬ方向に話が進んでしまい、ミナトもメグミも軽口すらたたけずにいる。
今、二人の胸中にあるのは気まずさと後ろめたさと後悔。
そして、それらと相反する「もっと二人の事が知りたい」という思い。
だが、面と向かって聞いたとしても二人は答えてはくれないだろう。
二人の醸し出す雰囲気から、それは容易に想像できた。
だから、二人とも覗きを止めようとは言わない。思わない。


「『非難されてしかるべき事』?ミスター、テンカワには何か犯罪歴が?」

「データ上ではそのような記録は確認できておりません。ただ……」

「ただ?」

「テンカワさんの過去がどのようなものであれ、彼へのルリさんの信頼は
揺るぎないものである、ということは言えるでしょうな」

このプロスペクターの言葉は、言葉通りの意味にもとれるが、
実際には彼はそういう意味で言ったわけではない。

アキトと対立するということは、同時にナデシコの要たるルリとも対立することになりかねない。
従って、彼への対応は慎重を期さなければならない、という意味で言ったのだ。

「……むぅ」

二人の関係など、不可解な点を聞き出すためなら多少の荒事も仕方ないと考えていたゴートだったが、
プロスペクターの言葉を聞き、呻くような声とともにその考えを放棄する。

ルリがアキトを信頼するように、プロスペクターの人物鑑定眼についてはゴートも信頼している。
何しろ彼はプロスペクター(Prospector=掘り出す者)の名が示す通り、
これまでに数々の有能な人材を「掘り出して」きた人物なのだから。








ウリバタケには先程のルリの言葉が一体何のことを言っていたのかは分からなかったが、二人の間には何かしらの複雑な事情があり、それ故に二人は強い絆で結ばれているのではないか。彼はそう推測した。

兄妹でも、親子でも、恋人でも、ただの知り合いでもなく、『家族』。
ルリの言う『家族』が血縁者を指すのではなく、血の繋がりの有無を遥かに超えた親愛の念を示すものである事は、彼女の態度から容易に推測できた。

二人と知り合って間もない自分が、今の段階でこれ以上は聞くべきではない。そう判断したウリバタケは、

「なるほど、『家族』か………」
とだけ口にして、その話題を打ち切った。

「……こちらからも一つ、いいか?」
ウリバタケが重ねて問いかけてくるかと思っていたアキトだったが、逆に話題を打ち切ろうとしているような彼の様子を見て取り、それに合わせて話題を変えてみようと試みる。

「ん?ああ、いいぞ」
アキトの予想通り、ウリバタケはそれに乗ってきた。

「(エステの改造…は、まだ体がもたないな。なら……)さっきの戦闘でのことなんだが、あのエステバリスにはリミッターをかけてあるのか?」

「ああ、あんまり無茶な動きはGを殺しきれなくなるからな。ちぃとばかし出力は抑えてあるぞ」

そのウリバタケの答えに、アキトは軽く首を振る。

「いや、出力のことじゃない。フィードバックレベルの話だ。さっきの戦闘では6までしか上がらなかったんだが?」
何気無く言ったアキトだったが、その内容はウリバタケと周りの他整備員を驚かせるには十分に足るものであった。

「レベル6まで上げたのか!?レベル6っつったら『マッド・スピード』のレーサー並じゃねぇか!」


ここで、簡単に「マッド・スピード」について説明しておこう。<簡単じゃないかも(爆)

「マッド・スピード」とは、IFS仕様のレーシングカーのみで行われるカーレースのことで、非IFS仕様のレーシングカーのみで行われる「F1」より速く、より死傷者の多い過激なレースとして知られている。

IFS仕様は加減速やギアチェンジ、コーナリング等の操作が思考のみで可能なため非IFS仕様よりも即応性が高く、それ故に同性能の車の場合はIFS仕様の方がレースでは有利となるため、IFS仕様のレーシングカーは登場と同時に各種グランプリに於いて上位を総なめにした。

事態を重く見た運営委員会によってIFS仕様のレーシングカーが「F1」から締め出され、IFS仕様のレーシングカーのみで行われる新たなカーレース「シンクロニシティ」が始まったのは、IFS仕様のレーシングカーが登場してからおよそ2年後のことであった。

その後、「シンクロニシティ」は「F1」との差別化のためか、次々にルールの改定が行われ、またそれに従って車の構造・性能も変化していき、最終的に加速力とコーナーリング性能と、そしてそれらによって発生する強烈なGへの耐久力が勝敗・生死を決する、危険なレースへと変貌していく。

耐G機構とメインブースター及びコーナリング用サイドブースターを備えた常識外れな車に乗り込む、耐Gパイロットスーツを着込んだレーサー。

レース会場への入場の際に、事故に巻き込まれて負傷・死亡しても一切責任を問わないという誓約書を書かせられる見物客。

もはや乗る者も、それを観る者も狂っているとしか考えられないそのレースは、いつの間にか正式名称である「シンクロニシティ」ではなく、狂気の速度「マッド・スピード」と呼ばれるようになり、「シンクロニシティ」の開始から20年後、遂に通称である「マッド・スピード」へと正式名称を変更するに至った。

そんな常識外れな車の運転――操縦、と言った方がしっくりくる――には、例外的に高レベルのフィードバックが求められた。

一般的なIFS仕様の車の運転ならIFSのフィードバックレベルは1〜2で十分事足りる。
戦闘機の操縦の場合でも3〜4、というのが常識的なフィードバックレベルだ。
人型とは程遠い車や戦闘機の操縦には、高レベルのフィードバックは逆に操縦に混乱を来すため、これらの操縦・運転では低レベルのフィードバックが望ましい。

それとは逆に、「マッド・スピード」の場合は低レベルのフィードバックでは反応が鈍すぎて状況の変化に対応しきれないため、「人馬一体」ならぬ「人車一体」となる程の高レベルのフィードバックが理想的であった。

だが、理想はあくまでも理想に過ぎない。
あまりにも高すぎるフィードバックレベルでの運転は、脳への障害が発生したり、感覚を車に「持って行かれる」などの後遺症を引き起こしたのだ。

それらが原因となった数々の事故は、後に「赤で彩られし教訓」と呼ばれるようになり、その教訓から現在、「マッド・スピード」専用のレーシングカーの運転に関しては、フィードバックレベルが6までしか上昇しないように車体の方にリミッターをかけることが義務づけられている。
これは、集中していると無意識の内にフィードバックレベルが上昇してしまうためにとられた必然的な措置であった。
(その後、一般のIFS自動車や戦闘機にも同様のリミッターの搭載が義務づけられるようになる)


死傷者が多発するレースゲームにおける制限ギリギリのフィードバックレベル。それがレベル6。
そのレベル6で、先程の危なげない操縦をやってのけたのだ。それは確かに驚愕に値するだろう。

エステバリスは汎用性を持たせるために人型をしており、それ故にフィードバックレベルが高ければ高いほどより精密な操縦が可能となる。
しかし、同時に高レベルのフィードバックは前述のような欠点があった。
そのため、エステバリスにもフィードバックレベルのリミッターが搭載してあり、搬入された時点でそれはレベル6までしか上昇しないように設定されている。

今回はそのリミッターのためにフィードバックレベルが6までしか上昇しなかったが、アキトが感じた手応えでは、現時点でレベル7までなら耐えられるらしい。
だが、その手応えは同時に、現時点でなぜそこまで高レベルでの戦闘が可能なのかという疑問をアキトに抱かせた。

この当時のアキトのフィードバックレベルは2。頑張ってもレベル3が限界であったはずだ。
その後の激戦によりアキトの操縦技術が上がったものの、蜥蜴戦争終結の時点でもフィードバックレベルは5。十分にリミッターの許容レベル内であった。

さらにその後、彼に与えられた――アキトが自らの意志で戦うことを決めたので、「与えられた」という表現には若干の語弊があるかもしれないが――戦いの場については、あらためて語る必要はないだろう。

なぜ現時点でここまで高レベルのフィードバックに耐えられるのか。
アキトがその事に思考を巡らせることのできた時間はわずかではあったが、可能性として挙げられるものが少なかったため、結論を出すのにさほど時間はかからなかった。

”前回の戦闘の記憶によりIFSの補助脳が急速に成長した”
それがアキトの推測。これは、後にルリから前回よりも情報処理能力が上がっていることを聞くことで、推測から確信へと変わっていくこととなる。
完全に元通りとはいかなかったのは、おそらくその戦闘の記憶が、現在の補助脳が実際に体験したものではないからだろう。

だが、それでもアキトの目標達成には不十分だ。
最高レベルであるフィードバックレベル10。通称「HOH(Hell Or Heaven)モード」。
かつて、全てを失った代償としてアキトが手に入れた力。常人には到達不可能な領域。
それがアキトの目標とするフィードバックレベルだ。

しかし、アキトは無闇に力を求めているわけではない。
そのレベルに達して初めて操縦可能な機体が、彼の脳内に存在するからだ。

コードネーム「ネメシス」。
超小型相転移エンジンを搭載した、エステバリスの設計思想から遠くかけ離れた独立戦闘用の人型兵器。
あの戦いでユリカの救出が果たせなかった時、ブラックサレナを超える力としてアキトに与えられようとしていた機体。
エステバリスをベースにして必要と思われる性能を外部装甲という形で補ったブラックサレナと違い、完全に一から設計しなおされた機体。
しかし、ユリカ救出のみならず北辰を討ち果たすことにも成功したために、完成を間近に控えながら急遽、建造計画が中止されてしまった機体。

あえて慣例となっている花の名前ではなく、復讐の女神の名を与えられたその機体の操縦には、非常に高レベルなフィードバックが要求された。

※「マッド・スピード」やフィードバックレベル、「HOHモード」、「ネメシス」などはReturnersオリジナルの設定です。公式設定ではありません。


「―――で、どうなんだ?」
アキトがウリバタケに重ねて問いかける。

「あ、ああ。ついてるぞ、リミッター。今はレベル6までしか上がらないようになってるはずだ」

「じゃあ、外しておいてくれ」
至極あっさりと、とんでもないことを言うアキト。

「できるか、阿呆。ンなことしたら死ぬかもしんねぇだろうが」

フィードバックレベルのリミッターを解除することがどれほど危険な事なのかを知るウリバタケは即座に却下する。
他の者ならいざ知らず、レベル6で苦もなく戦闘を行えるアキトならば、やろうと思えばレベル10までフィードバックレベルを上げることができるだろう。
しかし、それに耐えられるかどうかは別問題だ。
レベル10がHOHモードと呼ばれる所以もそこにある。

「HOH=Hell or Heaven」とは、「死か生か」という意味ではない。
Hell(地獄)もHeaven(天国)も、死ななければ行けない場所。
つまり、レベル10になるとパイロットは絶対に死んでしまう、という意味なのだ。

ウリバタケが見せた反応は、至極当然と言えるだろう。

「……そうだな。いきなりレベル10は無理か。だったらリミッターをレベル8までに変更してくれ」

「おまえなぁ、フィードバッ「レベル7までなら問題ない」……マジか?」
アキトがフィードバックレベルを上げることの危険性を知らないのではないか、と思ったウリバタケがその危険性を教えようとしたが、それを遮るようにアキトが現在の限界を伝える。

レベル7。
先程のアキトの戦闘時におけるフィードバックレベルが6だったことを考えると確かに問題はないように思われる。
現実的な(一般レベルを基準にすれば非現実的ではあるが)数字を示されたウリバタケは首の動きを縦にするべきか、横にするべきか、数秒だけ思案する。

「よし、じゃ、とりあえずレベル7までにしておいてやる。レベル8でも大丈夫だと俺が判断したらその時はまた変えてやるよ」
結局、ウリバタケは折衷案を出すことにした。アキトの願いを却下する形になるが、若干の譲歩もあるため、彼にも受け入れやすい提案となっている。

「……わかった」
不承不承、といった口調でアキトが提案をのむ。

「(うまくいったな……)」
その様子を見て、ウリバタケが心の中で安堵のため息をもらす。

ほぼ同時に

「(うまくいったな……)」
と、アキトが心の中で安堵のため息をもらしていることにも気付かずに。


そう。アキトは初めからリミッターを7に変更してもらうだけでよかったのだ。

レベル6がレベル7になっても大した差はないように思われるが、実際には全く違う。
レベル6なら60%、レベル7なら70%、機体が収集した情報のフィードバックが行われる。
つまり、レベル6からレベル7になると
(70÷60−1)×100=16.66……≒16.7
約16.7%も処理しなければならない情報量が増加するのだ。

加えて、エステバリスの各種センサー類が収集する情報量は、人間の感覚器官のそれよりも遥かに多い。
例えば

人間には、首や体を動かすことなく周囲360°を一度に見渡すことなどできない。
人間には、可聴領域外の空気の振動―「音」―を認識することなどできない。
人間には、一瞬にして周囲数kmの範囲内に存在する物体全ての位置情報を把握することなどできない。

だからこそ、通常は

周囲の映像はアサルトピット内のスクリーンに投影される。
可聴領域外の音はカットされて可聴領域内の部分のみがスピーカーから伝えられる。
周囲の物体の位置情報や、電磁波等の人間には認識しがたい情報はスクリーンの一部を使用して数値化・図式化表示される。

減らすべきではない、あるいは操縦に際して重要な情報を外部出力装置へと回すことで、IFS補助脳への――ひいては脳への――負荷を抑え、低レベルのフィードバックでも十分な操縦が可能となっているのだ。

しかし、そんな配慮もアキト程にフィードバックレベルを上げてしまっては、焼け石に水をかけるような「無いよりはまし」程度のものでしかなくなる。

ウリバタケがこのことを知らないはずがない。
いきなり「リミッターをレベル7までにしてくれ」と言ってもそう易々とは首を縦には振らなかっただろう。

だからアキトは最初に「リミッター全解除」と大きくふっかけ、それから譲歩して見せることで、「ま、これくらいならいいか」とウリバタケが思うように誘導したのだ。

アキトも素人でないのだから、リミッターの存在くらい当然のように知っている。
つまり、アキトがウリバタケに質問した時点から、アキトによる誘導は始まっていたのだ。

その事に気付いたルリは、「かつてのアキト」ならばできなかった(考えつきもしなかったであろう)彼の行動に目を丸くする。
同時に、その行動の中にアキトの中で流れた時間を感じ取り、そしてその時間を自分が一緒に過ごすことができなかったことに、ルリは少なからぬ寂寥感を抱いた。

段々と気分が沈んでいくルリだったが、沈みそうになっている自分に気付き、

「(……でも、これからはずっと一緒ですから、空白の時間は少しずつ埋めていけばいいんです)」
と自分に言い聞かせる。

ものの数秒で立ち直ったルリは――このあたりは誰かを彷彿とさせる――さっきまで格納庫にいたはずのもう一人のパイロット(ヤマダ)の行方をウリバタケに尋ねていたアキトに声をかける。
(ちなみに、ヤマダは再び医務室へ放り込まれたらしい)

「アキトさん、艦長たちをブリッジに待たせています。あまり長く待たせるのも悪いので、そろそろ行きませんか?」

「わかった。では、俺達はこれで」

「おう、俺たちもさっきのエステのメンテがあるからな。…あ、そうだ。お前のエステのカラーリングなんだが、何色がいい?」

「そうだな……しばらくは海上や空中での戦闘が多いだろうから、青系統の色にしておいてくれないか?」
別段アキトにはカラーリングについての好みはない。ブラックサレナのカラーリングは、宇宙空間での戦闘が多いことを前提としていたため、迷彩色として――その全容を把握しづらくするために――黒にしたに過ぎない。

「迷彩色って事だな。奴さんにどの程度効果があるかわからねぇが、やってみる価値はあるだろう」

「急ぎはしないから、余裕のあるときにでもやっておいてくれ。……じゃ、行こうか」
前半をウリバタケに、後半をルリに対して告げるアキト。

「はいっ♪」
アキトの言葉に最高の笑みをもって応えるルリ。後ろに花でも咲かせそうな勢いだ。






ルリルリFC、結成の瞬間であった。













「……?『しばらくは』?海と空以外っつったらあとは……」

アキトとルリが格納庫から出ていき、整備員に指示を出し終えた頃になって、
ウリバタケは先程のアキトの言葉を思い出す。

「主動力が相転移エンジンだってこともあるし、こいつぁひょっとして……」

ウリバタケが自分の推測の正しさを知るのは、そう遠い話ではなかった。












カッ、カッ、カッ、カッ、カッ………
ルリの靴が一定のリズムで静寂を切り刻む。

二人はブリッジへと向かってはいるが、遠回りになってでも人通りの少ないルートを選んでいるため、すれ違う者も数える程度しかいない。


ちなみに、未だにブリッジからの覗きは続いている。

ユリカも、アキトがこちらに向かっていることを知りおとなしくなったようだ。

「ああ………アキトが私を迎えに来てくれるのね………」
何か激しく勘違いしているようだが。

あ、ジュンがなんかショック受けてる……そういやさっきは気絶してたっけ。

「アキトさん」

ためらいがちにアキトの手に自分の手を伸ばしながら、ルリがアキトの名を呼ぶ。

「なんだい、ルリちゃん」

「視覚、聴覚は問題ないようですけど………触覚はどうですか?」

そう言ってアキトの手を握りしめるルリ。

「ああ、大丈夫だ。今もちゃんとルリちゃんが手を握っている感触がある」

「ダメダメ!手を繋ぐの禁止〜〜!!」
誰の言葉かは言うまでもないだろう。

「……ミスター」

「契約では『手を繋ぐ』まではセーフですよ。
それとさっきルリさんがテンカワさんを抱き締めたのも、
ルリさんは『例の項目』を削除しておりますので問題なしです」
何故か悔しそうなプロスペクター。

「テンカワも『例の項目』を?」

「いえ、彼は削除しておりません。
しかし、抱き返しておりませんので先程のは査定対象外です」

……何の話をしているのかも、言うまでもないだろう。

「嗅覚は?」

「それも大丈夫。さっきルリちゃんに抱き締められた時、ルリちゃんからシャンプーかボディソープか、どちらかはわからないが、いい香りがしてたから」

それを聞いてルリは少し頬を赤らめる。しかしそれも数瞬のことであった。

ここからが本題なのだから。

「じゃあ………味覚は?」

不安を隠し切れていないルリに微笑みながらアキトが答える。

「大丈夫だ。ナデシコに来る前にユリカにひっぱたかれたんだが、その時に口の中を切ったみたいでな。その時、確かに血の味がした」


二人の会話から何かに気付いたミナトが誰とはなしに尋ねる。

「ねえ。アキト君って、五感に障害があった時があったの?」

「視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚。言われてみると、そうですよね……」
メグミもミナトの言葉でその事に気付いたが、二人の疑問に答えられる者はブリッジには存在しなかった。


それを聞いてほっとするルリ。しかしすぐにその表情をあらためる――――無表情に。

「それってさっき艦長がアキトさんのことを『ヘンタイ』呼ばわりしたことと関係があるんですか?」

表情を変えることなく聞いてくるルリに、なんとなく怖いものを感じながらもアキトは律儀に答えた。

「ああ。俺が『還って』きたのがユリカのトランクがぶつかった直後だったんだ。ぶつかった拍子にトランクの中身が散らばって、それを詰め込む手伝いをしながら現状を把握しようとしてたんだが………考えに集中しすぎてね」

「『かえって』きた?一体どこからでしょう?」

プロスペクターが首をひねる。まさか、「未来から」とは思いもしないだろう。


「それで目覚ましにひっぱたかれたんですか?」

「いや、考えに集中してた時にユリカの荷物を持ったままで。それがユリカの下着だった、と。ま、そういうわけだ」

「なるほど、それで『ヘンタイ』ですか」

「そういうことだ。感覚を取り戻して一番に感じたのがユリカにひっぱたかれた痛み、というのも情けない話だがな」

「でも、なんだかアキトさんらしいです」

そう言って微笑むルリ。

「そうか?」

苦笑気味のアキト。

「アキトったら、私の下着が欲しかったのね。最初からそう言ってくれれば、
洗濯済みのじゃなくて、
脱ぎたてだって……きゃあ♪」
自分で言っておいて、恥ずかしさにイヤンイヤンと首を振り、身をくねらせるユリカ。
はっきり言って、怖い。

……あ、ジュンが
塩の柱になった(爆)

そうして話しながら歩いている内に、いつの間にか二人はブリッジのあるフロアへ行けるエレベーターの前に着いていた。

アキトが「△」ボタンを押すと、大した間を置かずにドアが開く。
開いたドアに吸い寄せられるようにエレベーターに乗り込もうとするアキトだったが―――――ルリの足が止まったままだ。

ルリと手を繋いだままのアキトはルリに引き留められるような形で立ち止まった。

「どうした?」

不思議そうにアキトが尋ねたが、ルリはそれには答えず、アキトと繋いでいた手から力を抜いて、逆に聞き返した。

「どうして、『パイロット』なんですか?」

「え?」

静かに、エレベーターのドアが閉まる――――乗せるべき二人を置き去りにしたまま。

しかし、それに気付くことなく心底不思議そうな表情でルリを見つめるアキト。
その手は自然とルリから離れていた。

「どうして、『コック兼パイロット』じゃないんですか?」
重ねて、よりわかりやすい表現でルリが問い質す。

「――『二兎を追う者は一兎をも得ず』。今必要なのはパイロットとしての『力』。コックになりたいというのは個人的な『夢』。両方望んで、その結果両方手に入らないなんて結末は願い下げだ」
淡々と告げるアキト。その表情に迷いは無い。

「それに」
アキトが表情を崩す。笑っているような、悲しんでいるような、そんな表情に。

「『願掛け』の意味もある。無事ナデシコを守り抜き、そしてこの馬鹿げた戦いを終わらせることができたら…その時は、もう一度コックを目指そうか、なんてな。この世に神などいないことを身をもって味わってきた俺が『願掛け』なんてのもおかしな話だが」
アキトはそう言って、今度ははっきりと自嘲の笑みを浮かべた。

もしアキトの目の前にいる人物がルリ以外の者であれば、自らの考えを嘲弄するアキトを諫めていたことだろう。
しかしルリは、諫めるどころか、アキトがコックになることを諦めたわけではないと知り、内心で安堵のため息を漏らしてすらいた。
かつてのアキトの料理に対する情熱を知っているだけに、「ただのパイロット」として乗り込んできたアキトのことが心配だったのだ。

もうコックになろうとは思っていないのだろうか?
ひょっとして、味覚が回復しなかったのだろうか?

そんなルリの懸念を余所に、アキトは前を向いて――将来のことを考えて――行動を決定していた。
味覚も回復していた。
その事に比べれば、「願掛け」を嗤(わら)って良いかどうかなど、ルリにとっては些末事でしかない。

「(取り越し苦労でよかった……)大丈夫です。アキトさんの『勇』と私の『知』、そしてネルガルの『財』が揃っているんです。きっとうまくいきますよ。でも―――」
ちなみに、ユリカの場合は「知」にやまいだれがついたもので表される。
「でも?」

「全てが終わるまで、全く料理をしないつもりなんですか?」

「……気が向いた時はするかもしれないが、それ以外ではするつもりはない。そんな時間があるのなら、トレーニングに回した方がいい」

本当は毎日でもしたい、というのがアキトの本心だった。

かつて奪われたはずのコックとしての未来を、ランダム・ジャンプという名の奇跡によってもう一度目指すことができるようになったのだ。
これまでの反動で、強烈な料理への欲求が湧いてきてもおかしくはなかった。

しかし、彼はまず力を望んだ。皆を守る力を。敵を滅ぼす力を。
そして、力を望んだ以上、代償として手放さなければならないものが必要となる。
何も失わずに、何かを手に入れることなどできはしないのだから。

アキトが選んだ代償―――それは、「コックとしての時間」。
アキトは「コックとしての時間」を「パイロットとしての時間」とすることで、逆行により失われた力を――強烈なGに耐えることができる強靱な肉体と、レベル10での戦闘を可能とするまでに進化した補助脳を――取り戻そうとしていた。

逆行によって失った「力」を取り戻すために、逆行によって取り戻した「夢」を犠牲にする。いや、犠牲にしなければならない。
なんとも皮肉な話だ。

「でも、それだと料理の腕が鈍っちゃうんじゃないですか?以前アキトさんも言ってたじゃないですか。『料理は毎日しないと勘が鈍る』って」

「しかし、この状況では仕方ないだろう。コックの仕事までしていたら、かつての力を取り戻せるかどうか……」

「『かつての力』……?」
ゴートの訝しげな、しかし周囲をはばかった小さな声。

「いやはや、お二人は謎だらけですね〜」
プロスペクターは先程から二人の会話を端末に記録し続けている。
彼は二人の関係を会話の端々から推測するのではなく、
会話全体から受ける印象から推測するつもりなのだ。


「ん〜………!それじゃ、こうしましょう♪」
人差し指をあごに添えて虚空を見つめていたルリが、何を思いついたのか弾むような声を出す。

「?」

「私の朝食、昼食、おやつ、夕食、夜食、全部アキトさんが作るんです。もちろん毎日。私専属のコックさんってことで♪」


「ダメ〜〜〜!!アキトは私の王子様なの!
ルリちゃんのコックさんなんかじゃないの!」

「……あ、頭が割れそう……」

「ダメよ、メグちゃん!寝たら死んじゃう!」

ミナトの言葉はこういう時に使うべき言葉ではない。
しかし、あながち間違いではないような気もする(爆)


「全部って……」

「アキトさんに拒否権はありませんよ?だってアキトさんがご飯作ってくれなかったら、私、餓死しちゃいますから♪」

極めて明るく、笑顔でつきつけられた最後通牒。
しかし、それが自分のためを思ってのものであることぐらい、アキトとて承知している。

「……わかった、やらせてもらうよ。そのかわり、味の保証はできないからな?」
苦笑を抑えきれぬままにアキトが答えた。

「おいしくない時は『おいしくない』ってハッキリ言いますから……精進して下さいね?」

「……善処しよう」

アキトの苦笑がさらに深くなった。


「ルリルリって、こういう顔もできるのね〜」
モニタに映るルリを見つめるミナトの眼差しは慈愛に満ち満ちている。

「私たちに見せる笑顔とは、またちょっと違いますよね。
……あ、ルリちゃんが言ってた『私、少女です』って、こういうことかな?」
メグミはこめかみの辺りを人差し指の腹の部分でこねくり回しながら、
一人で勝手に何事かを納得している。


もう一度エレベーターのボタンを押し、今度こそ乗り込んだ二人。ルリが乗り込んだのを確認して、アキトはブリッジがあるフロアのボタンを押した。
先程と同様、静かにドアが閉じ、音もなく上昇を始めるエレベーター。
現在の階を示す表示板だけが、そのエレベーターが上昇しているのだということを伝えている。

一般的なエレベーター特有の不思議な感覚は、ナデシコのエレベーターには存在しない。
なんらかの障害によりエレベーターが急上昇、もしくは急下降した時のために、エレベーター内には専用の重力制御がなされているからだ。
そのため、エレベーターが上昇しようと下降しようと、重力の変化が無いために何も感じない。
上昇時の圧迫感も。下降時の浮遊感も。

「……緊張するな……」
どこか現実離れした空間の中で、唯一そこを現実と繋いでいる表示板を見つめながらアキトが呟く。

「私も緊張しましたよ。二度目の『はじめまして』は」
その呟きを聞いたルリが、さもありなんとばかりに頷き、答える。

かつての仲間達との、二度目の「はじめまして」。
変わってしまった自分と、それとは違う意味で変わってしまった、かつての仲間達。
彼らを知る自分と、自分を知らない彼ら。

変わってしまった自分は、彼らに受け入れられるのか、それとも……

「大丈夫です」
アキトの内心の不安を十分に理解できる――なぜなら、数日前に彼女も経験したのだから――ルリが、断言する。


「ナデシコは、ナデシコです」


エレベーターのドアが、静かに開いた。





エレベーターからブリッジまではそれほど距離は無い。あっという間に二人はブリッジの入り口に辿り着いた。

「オモイカネ、ドアを開けて」

【了解】

ルリの声に答えてブリッジのドアが開く。

と、

「ア〜〜キ〜〜ト〜〜♪」

という声と共にユリカがアキトに飛びかかる

思わずそれを避けてしまうアキト。

ユリカが飛んでいった先で豪快な激突音がしたのだが、アキトとルリは

「…俺には何も見えなかった。何も聞こえなかった」

「…私もです」

と言って、そのまま背後を振り返ることなくブリッジへと入っていった。
非情な対応にも思えるが、この場合は適切と言って良いだろう。なにしろ彼女はミスマル・ユリカなのだから(爆)
下手にアキトが近づいて声でもかけたりしたら、ユリカが突如として再起動し、アキトを捕まえてしまうのは想像に難くない。

二人がブリッジに入ってみると、既にブリッジクルーのほぼ全員がドア周辺に集まっていた。そのことを不思議に思いつつも、

「機動兵器のパイロットとして雇われた、テンカワ・アキトだ。よろしく」

そう言って軽く会釈した後、クルーをサッと見回す。

アキトの視線が一巡りした後、誰が決めたわけでもなくアキトから見て左から順番に自己紹介していく。
軍であれば階級で順番が決まっていたことだろうが、ここはナデシコ。そんなものが通用する場所ではない。

「はじめまして、通信士のメグミ・レイナードです♪よろしくお願いしま〜す♪」
かわいらしく、ちょっとしたポーズ付きで自己紹介をするメグミ。このあたりはつい最近まで声優だった名残だろうか。
ポーズを決めた姿に羞恥や躊躇いはなく、そのせいか違和感を全く感じない。

「ああ、よろしく」
アキトの答えは短いが、さりとてそれはぞんざいなものではなかった。
その証拠に、アキトの口元には自然と笑みが浮かんでいる。


「ハルカ・ミナトよ。担当は操舵。ねぇ、ルリルリとはどういう関係?もしかして恋人とか?」
先程まで覗き見していたので「家族」発言はしっかりと聞いていたのだが、そんなことはおくびにも出さずに、ミナトはからかい混じりで尋ねる。

「ミ、ミナトさん……」
ルリが顔を真っ赤にしてミナトの名を呼ぶが、後に言葉が続かない。

「…まぁ、家族みたいなものだ」
ルリの格納庫での言葉が後押ししたのか、今度は素直に「家族」と答えることができたアキト。

「ふ〜ん。家族……ってことはアキト君とルリルリは夫婦なのね?そっかぁ、ルリルリってば幼妻(おさなづま)だったんだ〜」
段々とノッてきたミナト。絶口調(誤字にあらず)のようだ。

「…………」

ルリ、KO。その脳内では「幼妻」という単語がリフレインされている。

「い、いや、そんなにあっさり決めつけられても困るんだが。それ以前にルリちゃんは年齢的に結婚できないだろう?」
口元にニヤリ笑いを張り付けたミナトに、アキトは最近では戦場ですら感じなかった戦慄を覚える。

背中を伝い落ちる冷たい滴が一体何であるのかについてアキトが考えを巡らせる間もなく、ミナトの口撃(これまた誤字にあらず)が再開された。

「あ、そっか。てことはまだ婚約までなのね。で?指輪はもうプレゼントしたの?あ、もちろん婚前交渉はダメよ?せめてルリルリがアキト君を受け入れられるようになるまで我慢しなくちゃ」
奥義・無双三段が炸裂!!<違
完全にからかいモードに入ったミナトに、アキトは手も足も、口も出せない。

「……つ、次だ、次!」
勝ち目がないことを悟ったアキトは強引に話を打ち切る。

「……ま、今回はコレくらいにしといてあげるわ♪」
後でまた何かやるつもりなのか(汗)

「私は自己紹介しなくても良いのでは?」

「そうだな……プロスさんの本名を知りたいな」

「それは秘密です♪」


「ゴート・ホーリー。ミスター…プロスペクター氏の補佐をしている」
体格からして、どう考えても荒事担当なのだが、一口に「補佐」と言ってもその内容は様々だ。
おそらく彼の得意分野を活かした「補佐」を行うのであろう。

「………それだけか?」

「ほかに俺の何が知りたい?」

「……いや、結構だ」


「アタシは、副提督のムネタケ・サダアキよ。アタシの出世のために、これからも頑張る事ね」
気絶していたためにアキトの戦いを全く見ていないにもかかわらず、横柄にそう言い放ったムネタケ。

「………」
しかし、アキトがそれに激することはなかった。
むしろ彼を見るアキトの目には、同情や哀れみの念がこもっている。
アキトは知っているのだ。
彼もまた、自らの正義を現実によって踏み砕かれた、かつてのアキトと同類なのだという事を。

「な、何よ!?何か言いなさいよ!」

「………」
結局、アキトはムネタケに一言も話しかけぬまま、その隣のフクベの方を向いた。


「提督ということで乗っている、フクベ・ジンだ。まぁ、お飾りだがな」
淡々と、事実を事実として語るフクベ。

「ご謙遜を……よろしくお願いします」

「先程の囮役、見事だった。軍の中でもあれだけの腕を持つ者はそういまい」

「ありがとうございます」
アキトは、今さらフクベをどうこう言うつもりはない。何も知らなかったあの頃とは違うのだ。



そして(アキトから見て)最右端のジュンがアキトを睨みつつ自己紹介すべく口を開いた瞬間、後方の(ブリッジの)ドアが開く。
……ってジュン、いつの間に塩の柱から復活したんだ?

「ひどいよアキト。なんで避けるの〜?それにユリカを助け起こしてもくれないし。ユリカ、さっきまでず〜〜っと待ってたんだよ!」
アキトは気絶したのかと思っていたが、どうやらユリカはアキトが自分を助け起こしてくれるものと信じて今の今までずっと待っていたらしい。
それにしても――ジュン。ひょっとしなくても自己紹介すら出来ないのではなかろうか。
「…ドアが開いた瞬間にいきなり飛びかかられたら、普通は誰だって避けると思うが」
アキトの答えを聞いた一同が大きく頷く。ユリカも一緒になって頷いているのだが、そのことにツッコミを入れる者はいなかった。皆、ミスマル・ユリカというキャラクターについて、ある程度把握できたのだろう。
「それにしても、アキトがユリカのためにナデシコに乗ってくれるなんて、ユリカ感激〜〜♪やっぱりアキトは私の王子様だね♪」

「(人の話を聞かないのも相変わらずか…)別にお前のためだけにナデシコに乗ったわけじゃない。第一俺はお前の王子様なんかじゃない」

「アキト、無理しなくてもいいんだよ。アキトが私と離れ離れになっていた間に何かがあったのはさっき聞いたから。アキトに何があったのか知りたいけど、アキトが辛いなら無理には聞かない。でも、いつか必ず話してね。愛し合う二人が喜びや苦しみを分かち合うのは当たり前のことだもの」
そのまま自分の妄想の中へと埋没していくユリカ。

「!!さっきの話を聞いていたのか!?」

アキトだけでなく、ルリも表情を変えている。

二人だけにしかわからないような表現ではあったが、それでもプロスペクターやゴートが疑念を抱くには十分な内容の会話であったはずだ。

ましてルリとアキトが『ちょっとした知り合い』どころではないことなどもうバレバレである。
(格納庫でのことで既にバレバレなのだが、アキトもルリも気付いていない)

意外と抜けている二人である。

「これからは会話する場所も考えないといけませんね……」

「そうだな……」

二人が揃って沈黙したあたりで、きりがいいと思ったのであろう、プロスペクターがアキトに声をかける。

「ではテンカワさん、一通り自己紹介も済みましたので、あとは自室にておくつろぎ下さい」

「僕、まだ自己紹介終わってないんだけど…」

「そうだな、そうさせてもらおう」

当然の如くジュンは無視され、アキトはブリッジを出ていこうとする。
(ちなみにユリカは未だに妄想トーク中である)

と、そこで

「アキトさん、待って下さい」

ルリがアキトを呼び止めた。

「どうした?」
怪訝な顔でルリに尋ねるアキト。

「アキトさんの部屋のことなんですけど……」
しかしルリは、アキトではなくプロスペクターに話しかけた。

「部屋が何か?」

「私と相部屋にしてくれませんか?」

「「「えええええええっっっっ!!!」」」

驚きの声を上げたのはユリカ・メグミ・ミナトの三人。それ以外の面々も声には出さないが驚いているようだ。

「ルリちゃん、意外と積極的……」
思わず感心してしまったメグミ。

「(からかったつもりだったけど、ひょっとしてビンゴ!?ルリルリってやっぱり幼妻!?)」
言葉にこそしなかったものの、かなりの混乱を見せるミナト。

「ダメよ、ルリちゃん!若い男と女が部屋に二人きりなんて……」
ルリの予想通り、即座に反対するユリカ。

「どうしてダメなんですか?部屋に二人きりだと、何だって言うんですか?」

「え?…いや、あの、その……」

ユリカはしどろもどろ。やはり、こういう時は冷静に切り返すのが一番らしい。

アキトにもルリの意図が読めなかったのか、ルリにその意図を尋ねる。

「先程のようなこともありますので、これから他人に聞かれては困ることを話し合っていかなければならない場合に、自然に二人きりになれる状況を作っておいた方がいいと思ったんです。それに自室ならプライベートということで覗けなくする理由付けにもなりますし」

そうアキトに耳打ちする。

なるほどな。……プロスさん、俺からも頼む」

「そうですね……男女での相部屋は風紀上問題がありますが、ホシノさんはまだ子供ですし……」

「そうですよね!風紀上問題アリですよね!」

プロスペクターの言葉の前半部分だけを都合良く聞き取り、ユリカが勢いよく言った。

しかし、そんなユリカに対してルリがとどめの一言を放つ。

「艦長は、そんなにアキトさんのことを信じられないんですか?アキトさんが――『艦長の王子様』が――私に何かするかもしれない、そう思っているんですか?」

こう言われてしまうと、ユリカは

「そうよね、アキトがそんなことするはず無いもんね。だってアキトは私が好きなんだもの!」

と答えるしかない。
彼女の「病」を知るルリだからこそ可能な心理誘導だ。

「……ということで、艦長も承認されましたので、お二人には同じ部屋に住んでいただくことになりましたが、部屋はどうしましょうか?テンカワさんにはヤマダさんと相部屋していただくつもりでいたのですが……」

「違う!俺の名前はダイゴウジ・ガイだ!!」

もし彼がこの場にいたのであれば、そう叫んでいたことだろう。

しかし、彼は未だに医務室の住人であった。

「それなら、今私がいる部屋でいいと思います。私の部屋は士官用の大きめの部屋ですし、私もアキトさんも、あまり荷物はありませんから」

「しかし、ベッドを二つも入れるとさすがに手狭になってしまうと思いますが…」

「今使っているベッドは元々大人用で、子供の私が一人で寝るには大きすぎるサイズですから、アキトさんと私と二人で寝ても問題ありません」

「風紀上問題があります!」

思わず声をあげるユリカだが、

「艦長、やっぱりアキトさんのこと信じていないんですね」

と言われれば引き下がるしかない。ことアキトに関してはかなりの知能低下を見せるユリカである。

「では、部屋への案内はホシノさんにお願いしましょう。テンカワさんの分のカードキーは今日中に発行しておきます」

「はい。……じゃ、行きましょうか、アキトさん」

「ああ」

「それじゃ、私もアキトをお部屋に送ってきま〜〜す!」

「待て」

「うきゅ!?」

当然のように二人について行こうとしたユリカだったが、その襟首をゴートに掴まれ、珍妙な声を上げる。

「まだ警戒態勢の解除を命じていないだろう。それに……」
ユリカの襟首を掴んだまま、ゴートはユリカに対して艦長としての責務その他について説教を始めた。

ちなみに、ゴートに襟首を掴まれたユリカは、いわゆる首が締まった状態にある。
ユリカが必死になってゴートの腕をパンパンと叩いていた
――ギブアップ、という意味だ――
のだが、説教に集中しているゴートは全く気付いていない。

延々とゴートの説教が続く中、段々と血色が失われていくユリカの顔を見て
ジュンが慌てて二人を引き離したが、ユリカは既にオチていた。

そんな光景を見てミナトが呟く。


「……バカばっか」

そのセリフがかつてルリの口癖であったことを、ミナトは知らない。




空気が漏れるような音と共にブリッジのドアが閉まり、それに若干遅れるようにして、アキトはほぅっと溜め息を漏らす。

「……ね?言った通りでしょう?」
隣に並んだルリが、半ば覗き込むようにしてアキトに話しかける。

「確かに、ナデシコはナデシコだった。みんな、俺が知るみんなだった。だが―――」
通路の奥の方に視線を向けるアキト。だが、その瞳の先には、かつての思い出が走馬燈のように駆けめぐっている。

「―――俺を知るみんなはいなかった」
寂しげなアキトの表情。アキトは知る由もないが、それは数日前、みんなに自己紹介をした後にルリが見せたものと同じであった。
今まで積み上げてきた物全てが粉々に砕かれてしまったような悲しみ。寂しさ。

――――――――だが、それは錯覚だ。

「私が、います」

そう。

アキトには、ルリがいる。
ルリには、アキトがいる。

「アキトさんは、決して独りではありません。私が、アキトさんを知っています。そして私も、決して独りではありません」

「―――俺が、ルリちゃんを知っているから」
ルリの言葉を、アキトが引き継ぐ。

その言葉に頷いたルリに向かって手を差し伸べるアキト。



「なら、二人で始めようか――――――――運命への、反逆を」










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<あとがきめいたもの>

約1ヶ月ぶりでございます。大変お待たせいたしました。
(個人的には順調なペースではありますが)

しっかしまぁ、今回は色々とやってしまいました。
大体何だよ「マッド・スピード」って(笑)
高レベルのフィードバックが危険であるというReturnersオリジナル設定の補強のために考えただけの補足設定なのに、それについての説明の長いこと長いこと(苦笑)
しまいにはエレベーターにまでオリジナル設定が(核爆)

それらのおかげで今回のお話の要点がわかりにくくなっているような気がしてならない今日この頃(笑)
しかも時間経過が30分あるかどうかすら怪しいしです(爆)
次の日になるのは何話先なんだろう……

簡潔に言えば、逆行により変わってしまったものは何か、逆行しても変わらなかったものは何か、というのがTurn:02のメインなのですヨ。
タイトルのまんまですけど(笑)
それと、アキトとルリの絆の深さを周囲に知らしめる、ってのもあります。

決して説明おば……げふんげふん。説明お姉さんへの対抗心ではありませんので(笑)


では、最後に。

<すぺしゃる・さんくす>
鈴木様、Brave様、AM様、水谷様、tai様、神逆様、ノバ様、逆獏様、月光様、感想及び訂正個所のご指摘ありがとうございました♪

メールにて感想及び訂正個所をお寄せいただいた方々(名前を挙げて良いのか分かりませんのでとりあえず伏せておきます)にも感謝♪
※メールにて感想を送られる方で、この<すぺしゃる・さんくす>に名前を載せてもいいという方はその旨を付記して下さい。



ではでは、次回をお楽しみに〜〜♪




 

代理人の感想

いやいやいやいや。

設定なんてそんなもんです(笑)。

登場人物の行動に違和感を感じさせないために人は設定をでっち上げ、

幾万言を費やして言い訳を連ねるのです。

ま、上手い下手の差は確かにありますが(爆)