Generation of Jovian〜木連独立戦争記〜
●ACT3〔戦神現る、そして……〕
天道ウツキ編「我が名はウツキ、弱者を守る剣なり」
 

「……いいわねぇ、子供は無邪気で」

 安民宿の一室で昏々と眠り続ける少女を見守ってて、ついそんな言葉が出てきた。
 状況が状況なので私自身は一睡も出来なかったが、この子の安らかな顔を見ているとそんな疲れも感じなくなる。
 我が子に愛を注ぐ母とはこんな気持ちなのだろうか? 私の母もまた、こんな風に私を見ていてくれたのだろうか。
 改めて彼女の状態を調べるが、擦り傷と縄の跡ぐらいで酷い怪我は負っていない。髪の色は栗色、目の色はちょっと暗い藍色だった。
 今でも十二分に愛らしく、時がたてば誰もがハッと振り向くぐらいの美人になるだろう。
 それを……。

「屑どもめ……」

 昨晩の事を思い出すと虫唾が走る。
 ああいう連中を叩き切っても良心が痛まなかった。
 それほどまでに奴らの行為は常軌を逸していた……。


 私は、クリムゾンSSを抜けたヤガミの臨時の穴埋めという立場でアクアの護衛をしていた。
 護衛、と言うには親密すぎるだろうか? 
 何せ住んでいる住居も同じで、朝起きるのも、食事を取るのも一緒。
 こうしていると寮での共同生活を思い出す。ドナヒューさんらには別の状態に見えるらしいが……何だ?
 今の所アクアの立場は微妙である。
 アクアは現実から逃避する事を止め、真っ向から世間に立ち向かうようになった。
 クリムゾン家の次期後継者として相応しいよう勉学に励み出し、“病気”の面影は全く無くなっていた。
 突然のアクアの変貌に両親はもとより、現クリムゾングループ会長であり彼女の祖父のロバート=クリムゾン氏も驚きを隠せないでいた。
 今は期待と疑惑が半々と言った所だろう。
 どんな形であれ、彼女の存在が認められる事は、私にとっても嬉しかった。
 そんな彼女を試すかのように、ロバート氏はある事業をアクアに任せた。
 それは、クリムゾンが連合軍採用を狙う次期人型機動兵器の試験運用であった。
 “ステルンクーゲル”と“積尸気”と呼ばれる二機種がアリス・スプリングに輸送され、そこで運用を開始した。
 だが、こちらには“荒野の迅雷”事ドナヒューさんがいるとはいえ、そうそう簡単に人型兵器を扱える者はいなかった。
 今まで戦艦や戦闘機が主力だった地球圏の人間にとって、二本足で歩く機動兵器など前代未聞なのだ。
 勝手が余りにも違いすぎる。前進、後退などの基本動作はもとよりしゃがみやジャンプ、そして何より射撃などの動作をスロットルやフットペダルを使って再現し、学習型CPに叩き込まねばならない。
 ドナヒューさんもこれには苦戦し、試験はちっともはかどらなかった。
 これはまずいと私はついテストパイロットに志願してしまった。
 友人が困っているのを見過せないのだ、私は。


 流石にテツジンのパイロットをしていたので私は直に感覚を掴む事が出来た。
 こういうのはマシンと見ては駄目なのだ。自分と同じ人型をしている以上、自らの肉体の延長と考える方が頭が早く納得してくれる。
 私の操縦データが役に立ったのか、以後はスムーズに試験を行う事が出来た。
 今の所は、ターレットノズルによる高機動力、ハードポイントシステムによる作戦行動の幅広い選択性。その性能を考えれば破格といって良いほどの生産性を持つ積尸気がリードしている。こちらの方は主にドナヒューさんが試験を担当した。
 対するステルンクーゲル――こちらは私が担当している――は、その一風変わった装備が問題となった。
 学習機能を発達させたコンピューターが、パイロットの望むがままに非常にきめ細かな動きを再現する“extra operation system”を搭載しているのだが、逆に言えばこれ、玄人でなければマトモに動けない。反応が過敏すぎるのだ。
 小型相転移炉の出力を利用したクーゲルの主力武器“DFS”も扱いに手間がかかりすぎる。
 正式名称はディストーション・フィールド・ソードと呼ぶらしく、“あちら”風に言えば空間歪曲剣といった所だろうか。
 空間歪曲場を剣状に圧縮させ、それをもって敵を歪曲場ごと叩き斬る事ができる。
 破壊力は申し分ない事は認める。だがその形状を維持する為にはかなりの根気と集中力がいる。
 更に、クーゲルは積尸気と比べコストが高い……安く、早く実戦投入できるという兵器の理想からは完璧に外れた、一騎当千の力を秘めたカスタム機体と化していたのだ。
 多分少数が配備される事はあってもこれが主力には“なりえない”。
 それに今はネルガルの“エステバリス”が連合の採用機体である。
 恐らく向こう数年間は積尸気とクーゲルが軍に採用・購入される事は無い。
 だから私は“あちら”に気を使う事も無く、開発計画に参加していた。
 これらが採用されるであろう次期には戦争は終わっている。無論“あちら”の、木連の勝利で。
 その時には戦後の秩序を維持するために、草壁閣下の元で生かされる筈だ。

 即戦力をすぐさま投入出来ない官僚組織の何と無駄の多い事か……そんな事だから大敗を喫するのだ、地球は。



 そうやって暫く気ままにテストパイロットを続けていたが、クーゲルの姿勢制御プログラム更新に関連して欧州へと飛ぶ事となった。
 OSを開発していたダブリン支社が私の戦闘機動データに興味を示し、ぜひ話を聞きたいというのだ。
 ただこの事はアクアは承知していなかったようで、泣いてすがって私を止めようとした。
 ……アクアには悪いが豪州のみならず欧州の状況を知る事は大きな収穫となる。
 知る限りでは、クリムゾンの影響が強い北米及び豪州や、クリムゾンのライバル企業ネルガル重工と明日香インダストリィが本社を構える極東以外は、押並べて壊滅状態に陥っているらしい。
 だが無人兵器の観測データのみでは納得がいかない部分もあるのも事実。
 それを確かめにいきたいのだ……火星で聞いた博士の言葉の真偽を確かめる為にも。
 何とかドナヒューさんにアクアを説得してもらい、お土産も約束させられて私は豪州を後にした。
 確かヤガミが欧州のとある軍人のガードをしているらしいから、気が向いたら会うのもいいかもしれない、とその時は構えていた。

 旅客機で数時間かけて欧州に到着した私は、超博士が主張したような悪夢のような瓦礫の町並みを覚悟していたのだが……。
 意外と街は元気に見えた。
 確かに生々しい戦禍の傷跡はあちらこちらに見受けられる。
 石造りの建物や道路は粉々に砕け、綺麗に並んでいたであろう街路樹は黒く炭化してしまっている。
 私が降りた空港からは、撃破されたレーザー駆逐艦トンボが山に突き刺さっているのが良く見えた。
 それはそうなのだが、街の人々の表情はそろって笑顔だ。
 これほどまでに痛めつけられたのだから、絶望と恐怖、そして怒りを覚えて当然では無いのだろうか?
「もっと酷い有様を覚悟していたんだけどね……」
「ええ、少し前までこの世の終わりのような光景が毎日続いていたんですがね……今はご覧の通り。街にも活気が戻ってきました」
 迎えに来たクリムゾンの研究員が嬉しそうに語る。
 豪州では、激戦地である欧州はまさに最果てという認識があったのだが……。
「救世主が現れたんですよ。現在に蘇ったアーサー王みたいな英雄がね」
「英雄?」
「私も噂にしか聞いた事が無いんですが、黒いエステバリスに乗った凄腕のパイロットが、チューリップを落す程の大活躍をしているんですよ。お陰で欧州全土の戦力図が塗り替えられてしまいましたよ。一度戦闘記録を少し拝見しましたが、もうあれは鬼か神かって領域でしたね」

「!!」
 漆黒の機体……。
 そう聞いて頭に真っ先に浮かんだのは、月攻略戦で遭遇したあの機体。
 忘れもしない……撫子の艦載機の中では異彩を放っており、私も気迫だけで負かされてしまった。
 そして、ミカズチを救ってくれた勇気ある戦士……。 

「まさか、ね」
 だが撫子に所属している漆黒の機体がこんな所にある筈が無い。
 あれほどの戦闘能力を有するパイロットとあれほどの戦艦……組み合わせれば敵は無い。
 態々分断して運用するなど考えられない。
 きっと偶然黒をパーソナルカラーとするエースがこの戦場で生まれただけだ。

そう結論付けた私は、とっとと話題を変えクーゲルの将来的な拡張性などを研究員と話しながらその場を後にした。 


 正直な話、私が出向くほどの意味がある用事では無かった。
 単に更新するOSについてどう思うか、とか使い勝手はどうかという、やろうと思えば通信で済む様な事ばかり。
 かといって無意味かと言えば決してそうではない。
 開発者とそれを使用する者の意思疎通を図る事は非常に重要な事だ。
 優人部隊にいた頃も、技術士官と積極的に議論を繰り返し、より深く機体と互いの事を理解した物だ。
 そういう面から見ても今回の訪欧は大きな収穫だった。
 彼らはステルンクーゲルが自らの技術の集大成であるという自負があり、その事を語る彼らの目はとても輝いて見えた。
 私もその話は興味深く聞かせてもらった。
 矢張りこういった優秀な兵器は、作る者と使う者の熱意あってのものなのだと、改めて感じた。

 ただ気になる話が一つ。
 クーゲルは主に地球側が撃破した虫型戦闘機の技術を多数応用している。
 小型大出力の相転移炉がその主たる成果だ。
 だが積尸気に使用されている技術に関しては彼らも知らないと言うのだ。
 別の兵器開発チームとはいえ多少の情報交換はある筈だが、クーゲルと積尸気のチームにはそれがない。
 ……私の見た限りでは、積尸気には木連の技術がふんだんに――しかもバッタなどより更にレベルが高いものが応用されているように思える。
 私の見当違いだといいのだが……。


 翌朝になって私は彼らから車を借り、偵察を行う事にした。
 この情報を本国に持ち帰れば、それなりの役には立ってくれるだろう。
 ま、実際は気晴らしがしたかった事もあったのだが。
 借りてきた車は内燃機関式の荒地走破に特化した四輪駆動車で……一言で言えば“ジープ”である。
 ルーフ(天井)はビニール式で、必要に応じて広げたり閉じたり出来る。
 豪州で見かけた電気自動車とは違い、無骨で力強いフォルムであった。

 これを運転するのがまた楽しいのだ。
 人型機動兵器のような煩雑な操作をしなくても、アクセルとハンドルの微妙な動きで思うように動き回ってくれる。
 車輪が整地されていない砂利道を通るたびに、その震動がシートごしに伝わってくる。
 揺れる視界、ベルトの圧迫感、開けっ放しのルーフから飛び込んでくる風……。
 私はコロニーでは決して味わう事の出来ない感触に、心から歓喜していた。

「で、調子に乗ってこんな所まで……」
 私は日が暮れるのも御構い無しに走り回っていたが、途中である街に寄った。
 いや街だったというほうが正しい。
 既に過去形なのだ。

 朽ちたビルが墓標のように乱立し、そこには生が一切存在しない。
 かつてはここも人が集まり、生活があった筈だ。
 それを……私達が奪った。
 ただプログラムを走らせ、無慈悲な殺戮者に破壊を命じた……それだけだ。
 それだけの事で一体どれだけの人間が死んだ? どれだけの街が死んだ? どれだけの未来が死んだ?
 私達の戦争は本当に正しいのか? 生き残る為なら、何をしてもよかったのだろうか?
 ……何もかもが間違っているのだ。
 地球が私達を認めなかったのも、木連が戦争を起こしたのも、未だ戦争が続いているのも……。
 この諸悪の根源は一体何だ? 人の業か? それとももっと別の何かか?
 私にはまだ判らない……だがはっきりしている事は只一つ。
 根源を見つけるよりも先に、目先の危機を片付けないといけないと言う事だ。
 さもなくば最悪共倒れだ。

「……死んだ人間の怨嗟の声が聞こえてくるようね」

 ビルの間を通る突風がまるで叫び声のように暗い街に轟く。
 風に紛れて幼子の泣き声まで……ってちょっと待て!

「誰か……いるの?!」
 もう一度耳を澄ませて見るが、なるほど確かに子供のすすり泣きが聞こえる。
 幻聴などでは無い。
 おぼろげながらその方向へと足を向け、慎重に接近していく。
 見ると黒ずくめの見るからに怪しい乗用車が一台、廃ビルの前に停車していた。
 その中ほどの階に、微かな光が灯っていたのだ。
 そしてそこから漏れ出ているのは光だけではない。
「何、この殺気……」
 私はどうも気がかりになって心刀を引き抜いた。

 緊張が刃にも現れ、微かに刀身がブレる。右手にそれを携え、慎重に階段を登っていった。
 それにつれて段々と状況が判明していく。
 人数は四人。動き回っているのが二人いて後の一人はジッとして動かない。
 何かを監視しているのか?
 そして最後の一人……恐らく子供だろう。その場から一切身動きしておらず、呼吸も一定と言う事は……。
「眠らされて縛られているの? まさか……」
 しかしそのまさかは周囲の人間の言葉で確信となった。

『おい……このガキどうするんだ?』
『知るかよ。隊長の事だ……どーせ散々相手を脅し慌てさせておいて殺すんだろうが』
『もったいねえ』
『何だそんな趣味があるのか?』
『んな分けないだろ。だがありえない事も……』

「……!! 何をやっている!! あんた達はぁ!!!!」

 もうこれ以上、このようなおぞましい会話を聞いていられなかった。
 瞬時に階段を駆け上り、入り口を蹴り倒した私を見た奴らには驚きの表情が浮かんでいた。

「あ……れ……」
「起きた? 大丈夫、怪我は無い?!」

 廃ビルから子供と共に抜け出した私は、泣き疲れてぐっすり寝ている彼女をジープに乗せ、一目散にその場を後にしていた。
 さっきの会話から察するに奴らにはまだ上がいる。
 それに気付かれると色々と厄介な事になるだろう……長居は無用。
 私の突然の奇襲に対し即座に対応し、反撃を試みた所を見ても奴らはプロだったのだろう。
 だが……木連では艦長イコール優れた戦士なのだ。私だってそう自負している。
 確かに奴らはそれなりには強かったが……室内で銃器を持ち出す馬鹿がいるとは。
 そいつは銃身ごと肩を切り裂いてやったが、残りはナイフで飛び掛ってきた。
 狭い空間では正しい攻撃法だ。しかしリーチが違いすぎる。
 腕ごと斬り飛ばして戦意を喪失させた所で、私は捕らえられていた子供を抱え逃げ出した。
 途中表に置いてあった車を一刀両断して通信機も破壊するのも忘れない。
 ……まあ、両腕が無い状態で何をしろという感じだが。

「それにしても誘拐だなんて……よっぽど欧州の治安は悪いのかしらね」
 取り敢えずは名前だけでも聞いておこうと私は話を切り出した。
 もう空はとっぷり暮れており、流れ星だけが動く物体であった。

 しかし……その時もう少し注意しておけば、その流れ星が“只の流れ星”でない事が分かった筈だ。
 もっとも、運転中のわき見運転は極めて危険である。大体この距離ではどうこうする事もできなかったのだ……。


「私はウツキ……心配しなくてもあいつらの仲間じゃないわ。只の通りすがりのお姉さん、って所かしら」
「ウツキ……お姉ちゃん?」
「まあどう呼んでくれても構わないわ。ところであなたのお名前と住所は? 家まで送ってあげるわよ」
 と、この調子で順調に話題が進むはずであった。
 次の少女の言葉が無ければ。

「あ……流れ星が」
「へ?」
 次の瞬間、荒れ道を突き進む時の数千倍もの震動が私達を襲った。
 迫ってきた衝撃波がジープをおもちゃのように吹き飛ばし、何度も何度も地面を横に転がっていった。

「くぅぅぅぅぅ!!」

 咄嗟に少女を抱きしめた私は、祈るような思いで衝撃が止むのをジッと耐えた。
 細かい石や砂が私の顔や身体に容赦無く降り注いでくる。
 そんなのはまだ良いがジープがこちらに圧し掛かってきたら一巻の終わりだ。
 だがこいつは中々根性があったようで、散々転がったにも関わらず、横転する事は無かった。
 シートベルトのお陰で投げ出される事も無かった。

「な、何が起こったの?!」
 少女を抱いたまま私は後ろを振り返る。
 見るとそこには巨大な入道雲が巻き起こっており、先刻まで廃墟とはいえ街だった場所が……今では盆状のクレータに変貌してしまった。
 あそこに置き去りにしてきたあの連中は……生きてはいまい。
 苦しまずに一瞬で蒸発したのがせめてもの救いだろう。
 そしてクレーターの中央部には、青く鏡の様な長方形の巨大な鉄板がそそり立っていた。

「木連の……新兵器?」
 だとしたら何と危ういタイミングだった事か。
 もし私がこの子の存在に気がつかなかったら一緒に吹き飛んでいた所だ。
 何と運のいい……。
「次元跳躍門が落ちたときも、こんな感じだったのかな……」   
 赤熱して真っ赤に焼けているクレーターを見て、私は火星の悲劇を思い浮かべる。
 今、それに近い光景を目の当たりにして、自分達の行為に改めて恐怖していた……。
 


 そして……ポンコツ同然となったジープを走らせ、小さな町に辿り着いて落ち着いていた。
 結局あの少女は名前を聞く間も無く気絶してしまい、今も目を覚まさない。
「どうしよう……」
 正直私は途方に暮れていた。
 移動手段であったジープは良く動いてくれたがもう限界だ。
 助けを呼ぼうにもここには通信施設が存在しない。電話線も断線しているようだ。
 それに……。

『貴女も大変ね……親子でこんな所まで逃げてきたなんて』
 この宿の女将さんにそう突っ込まれて、初めて私は今の状況を客観的に見る事ができた。
 傷ついた女児を抱えたボロボロの女……戦火を逃れてきた避難民と見られて当然である。
 もし、こんな所をアクアに見られたりでもしたら……多分“キレ”てしまうだろう。

 ああ、カミソリを持って迫るアクアの姿が目に浮かぶ……。

 とにかく、とことんまで孤立無援の状況だった。
 そして今日は不幸の大売出し日だったようで、私は更に追い詰められた。
 町に無人兵器が来襲したのだ。

 踏んだり蹴ったりとは正にこの事だ。
 今日ほど運命とやらを激しく呪った事は無い。
 ついでに無人兵器の融通の無さを。
 無人兵器の数は戦力とはとうてい言えないレベルではあった。
 但しそれは軍隊での話。何の抵抗手段を持たないこの町にとっては、悪夢の襲来に他ならない。
 しかも……。

「倫理プログラムが働いていない! 旧型なの?!」  

 虫型戦闘機は人がいるのも御構い無しに突き進んでいく。
 その動きはとても洗練された物とは思えず、ただただ直進し進路上にあるもの全てをなぎ払っていく。
 ……古来蝗などは作物を喰い尽し、行く先々の畑を全滅させていったと言うがそれに状況が良く似ている。
 だが虫型戦闘機が貪っているのは人の生命そのものなのだ。

 私は未だ目を覚まさない少女に目配せする。
 こことて安全とは思えない。シェルター施設が無意味という事は火星会戦で実証済みである。
「やるしか、ないか」
 私は腰に心刀を差すと、少女を抱きかかえて下の女将に預けてきた。
 どうするつもりだとうろたえる女将に、私は落ち着いた表情で答えた。
「大丈夫。助けを呼びに行くだけだから」
 だが助けなど来ない事は判り切っていた。奇跡も起きそうに無い事も……。

 だったら自分でこの状況から自分自身を助けなければ。
 奇跡を自力で起こさなければ。
 さもなくば……死ぬだけだ。
 

 宿の外に出た途端、真っ赤な虫型戦闘機とばったり顔を合わせてしまった。
 女郎蜘蛛に似ているから私達は“ジョロ”とか呼んでいるタイプだ。
 地上戦に特化したタイプであるが旧式の部類に入る。
 空間歪曲場も無く武装は小口径のマシンガンのみ。
 何より致命的なのは……思考速度が遅すぎる!

「次!」

 空と同じ澄んだ色の刀身を振り回し、一撃でジョロを大破させた。
 これには他の無人兵器も注目したようだ。一斉に向きを変えこちらに向かってくる。
 無人兵器は脅威度とエネルギー規模で攻撃目標を変更するクセがある。
 ジョロを一撃で葬り去った私、そして心刀の粒子(フォトン)が発する大規模なエネルギーが、無人兵器を呼び寄せているのだ。

「飛んで火にいる何とやら! こっちに来なさい!!」

 六本の脚を忙しなく動かし、鬼のような速さでこちらに向かってくる虫型。
 対人戦闘を意識しているだけあってその速度はシャレにならない。
 私はなるべく人がいるエリアから遠ざかるようにして走る。
 途中回り込んだ無人兵器が数体立ちはだかったが、すれ違い様に破壊してやった。
 だがこちらも無傷とはいかなかった。
「もらった……」
 わき腹に鈍痛が走っている。
 やっぱり複数方向からの砲火をもらって無事でいようというのは“ムシ”が良すぎるか……。
 これ以上走るのは無理だ。
 舌打ちして私は転回し、正眼の構えで虫型を待ち構える。
 紅いカメラアイが激しく揺れながらこちらに迫ってくる。あれを全部相手にするのは無謀だ。
 だが、刺し違える覚悟でいけば全機行動不能に陥らせる事は出来る筈だ。

「死ぬときは一瞬かと思っていたけど……随分と焦らされそうね」
 自傷気味に笑うと、私は意を決して虫型の群れに飛び込もうとした。  

その2へ