Generation of Jovian〜木連独立戦争記〜
●ACT6〔新たなる壁〕
カイト編「生きゆく者の定め」


 ぶっつけ本番だったにも関わらず、アルストロメリアのジャンプシステムは正常に作動してくれたようだ。
 ジンシリーズでも少々難儀な月面から軌道上までの直接ジャンプを、ジンの半分もないサイズのこの機体がやってのけるとは。
 矢張り技術面で確実に木連は追いつかれているのだ、地球に。
 しかし……人材面ではまだ遅れは取っていない。
 目の前で展開されている光景を見て、俺はそう感じた。

『ブラックサレナが……二機?』

 先のテンカワさんの宣言に勝るとも劣らない衝撃に、ブリッジは沈黙していた。
 救援を求めていたはずの連合艦隊の残骸の合間を縫う二つの光。
 爆発によって一瞬照らされるそれは、漆黒と真紅の姿をしていた。
 漆黒の機体は言うまでも無くブラックサレナだろうが、もう一機はなんだ?
 シルエットはブラックサレナに酷似しているものの、そこから発せられるオーラはまったくの別物。
 純然たる破壊の化身……全てを喰らい尽くす暴竜の如き凶暴さであった。

『真紅の羅刹』
「……!!!」

“ガッ!”

 振り向くと同時に接触し合う錫杖と、にらみ合う視線。
 その先には、同じく赤き衣に身を包んだ外道がいた!

『案ずるな。この場で主と事を起こすつもりはない。もう我も年を食っているのでな』
「寝言を……!」

 だが……確かに殺意や戦意は先に比べ格段に落ちている。
 北辰、いったい何しに俺の前に?

『奴の名は北斗……我が血より生まれし、常世の鬼よ』

「北斗?! 真紅の羅刹が実在していたのか!!」

 血の如く深く、それでいて濁りのない赤い髪を持った暗殺者の話を。
 しなやかな体躯が踊る時、そこには形を成さぬ肉塊と血だまりしか生まれないという。
 その姿を見たものは誰もいないという。何故ならそれと対峙した者は、殆ど生きては帰れないからだ。
 運がよかった者も心身共に朽ち果て、貝のように口を噤むそうだ。
「御伽噺か何かの類かと思っていたが……事実だったとは」
 真紅の羅刹の事は山崎や秋山艦長から聞き及んでいた。
 余りに荒唐無稽な話だったので話半分に聞いていたが……。

『どうだ、倒せそうか? あ奴を倒せぬ限り主らは冥府へと向かう事となるが』
「……冥府へはあんたら親子で行け。黄泉路へは俺達が案内つかまつる!」

 夜天光の錫杖を振り払うと、俺はテンカワさんを援護すべく突入しかけたが……。

『そろそろお開きにしましょうよ、北斗君』

 全チャンネルで響いた博士の声が、俺をとどめた……石蒜を中心とした大艦隊が、月面から迫っていたのだ。
 その数は少なく見積もって三桁後半……これほどの大戦力を、いつの間に地球圏に移動させていたのだ?!

『……!! お、大きい……』

 あのルリちゃんが声を上げるのも無理は無い。
 石蒜の全長は一キロを超えている。Yユニットを装備して全長が増えたナデシコでも4、5隻は並べられる大きさなのだ。
 もっとも、大きければ強い訳ではなく、単独での性能はナデシコに大きく劣る。特に相転移炉の効率とか。
 その最大の強さは無人艦隊への命令伝達能力である。
 従来は臨機応変な対応など無人艦には望めなかったが、石蒜の高速演算機T−260Gによる情報処理能力により、即座に全艦に艦隊行動を取らせることが可能となったのだ。
 人が乗っていないので、展開速度のみならば木連のあらゆる艦隊よりも迅速である。
 ……しかしこの船が地球圏にまで出張ってくるとは。
 何か大きな作戦が実行されたに違いない。少なくとも月艦隊は今度こそ全滅したようだが、博士のことだ。こんな事が本命ではあるまい。

『これだけの艦隊の接近をいつの間に許したんだ?! それに、あの船は……』

 石蒜を知らないのかテンカワさん?
 木連創設期に最も活躍した艦艇だと言うのに……北辰の様な裏の事情を知る割には、表の常識的な知識が欠如している。
 テンカワさん……貴方は本当何者なのか?

「テンカワさん! 今石蒜は防御体制に入っています。あの状態ではGブラストすらも弾き返しますので攻撃は無駄……ただ、攻撃もできないので後退するタイミングは今しかありません!」
『しかし、北斗を!』
「博士が俺らを潰す気ならとっくにやってます! 気が変わらないうちに後退を!」
『クッ……北辰を倒せぬうちに北斗現る、か。これが歴史の答えなのか?』

 俺の言葉を聞き入れてくれたテンカワさんは後退を開始した。
 また北斗も、名残惜しそうに石蒜へと帰還していく……博士が上手く誘導してくれたのだろう、助かった。
 連戦続きの今の状況では、皆まともには戦えなかっただろうから……。





『ギャ〜〜〜〜ス!!』
『は、班長〜〜〜!!』
『お前達の死は〜〜〜〜、無駄にしない〜〜〜〜!!』
『そ、そんな〜〜〜〜〜!!』
“ドドドドドドドドドド……”

「ゲホ、ゴホ……何騒いでるんだよみんな」

 砂煙を上げて疾走する整備班の皆さん、アーンド女性陣。
 アルストロメリアから降りた俺の足元には白煙が立ちこもり、その白煙の下に見え隠れする蓑虫が一つ。
 ……ってテンカワさんじゃないか!!
 この白いのは二酸化炭素が気化している証拠……演出に拘り過ぎてテンカワさんを窒息させる気か?!
 いかなる生物であろうと呼吸器系のダメージは深いんだぞ? 少しぐらい労わってやれよ……。

「せいあっ」

“ドサッ!!”

 高めに詰まれていたコンテナ目掛け、テンカワさんを放り投げる俺。
 これならば二酸化炭素を吸う事も、これ以上騒ぎに巻き込まれる事も無いだろう……俺が原因のこれから起こる騒ぎに。

"チャッ”

「……言い訳はありますか?」

 撃鉄が下がる音と冷たい声に、あれだけドタバタしていたその場の空気が本気で冷え始めた。
 ドライアイスのせいなどではない。

「……!! おいルリ!! 何の真似だ!?」

 俺の前から退いて下さい、リョーコさん……その銃口は、貴女ではなく俺に向いているんだから。

「貴方はアキトさんに牙を剥きました……これは、許しがたい反逆です!」
「タンマ、タンマだよルリ君! さっきのはああいう状況を作り出した……」
「アキト君のせいだとでも言うの? アカツキ君」

「……そうだ」

 エリナさんに睨まれてもなお食い下がらないアカツキさん。
 ネルガルの出向社員という立場をものともせず、会長秘書に意見するなんて……そんな危ない橋渡る必要は……。

「俺達はアキトの為だけに戦ってるんじゃねえ……全員、何かしらの都合がある筈だぜ?」
「時に反目し、時にぶつかり、時には殴り合いになりつつも友情を深め合う……これぞ熱血じゃねえか!」

 班長……ガイまで?!

「都合や熱血でアキトさんが殺されたら堪りません!!」

「駄目だよルリちゃん。そんなもの持ち出しちゃ」
「……艦長!!」
「ルリちゃんの言う通り……罪には罰が必要だよ。でもそれをやるのはルリちゃんじゃない。私だよ? 私は艦長さんなんだから」

 言い方は軽いが何気に重いな……こんな小さな少女に、引き金を引かせることを良しとしてはいけない。
 どうしても、というのならば自分で始末をつけるまでだ。

「ん〜、おしおきは何がいいかな〜迷うよね〜……でもやっぱりこう言うのはアキトに任せないと!」

 あ、あら?!
 先の自立宣言はどうなったんだ?

「……何でそこで俺に振る」

 コンテナの上で寝転がっているテンカワさんがこちらを覗き込んでいた。

「だって、さっきのはアキトとカイトの喧嘩でしょ? 私達が断罪する権利なんて、誰にも無いよ」

 一部の女性陣からかなりのブーイングが上がった……ほっと胸を撫で下ろしている人が過半数を占めているのは、少々意外だったが。

「そうだな……ならこの件は俺達の間で片をつけさせてもらう。どんな形だろうと、納得してくれるね? みんな」

 有無を言わさぬ口調と温和な表情に、みな押し黙った。
 矢張りカリスマ性があるなぁテンカワさん。例え姿が蓑虫でも。

「そう思うんだったらまず解いてくれないか?」
「あ、それもそうですね」

 だが、俺らが笑いながら縄を解いている途中も、ルリちゃんの視線は突き刺すような冷たさだった。


「ふーん、そんな大騒ぎがあったんだね」

 早速俺はテンカワさんから罰をもらった。
 イネス先生に休養を強制されてしまった為、食堂での仕込ができないから代わりにやってくれとの事だった。
 ……しかしつい頭を下げてしまうところが何ともテンカワさんらしかったなあ。
 必要とあらば味方も撃つやもしれぬ人とは思えない。
 ……まあ、どれだけ多くの一面を持っていようがテンカワさんはテンカワさんだ。

「あの子も悪気があった訳じゃないんだ。純粋にテンカワの事が心配だったんだろうよ。許してやりな」

 ホウメイさんはそう言うが、俺とルリちゃんの溝は相当深まってしまったぞ……。俺はいいけど、向こうは絶対に許してくれそうにない。

「大抵の事は時間が押し流してくれるさ……でもあの子ももう少し大人になればいいのにねえ」
「まだ少女ですよ。それを望むのは酷ってものです」

 十箱ぐらいはあるジャガイモの皮むきを続けながら、俺は話を変えようとした。

「……しかし多いですね、これ」
「ナデシコは大所帯だからね。戦争している時ぐらい腹いっぱいに食べたいだろ?」
「木連では軍隊に入ってようやく満腹というものを知った、って奴も結構いましたけどね……」

「……そうか。向こうも、苦しいんだね」

 だが本当の所はどうだろう?
 超博士や姉さん自ら戦地に立つ事を、最初は切羽詰っているのだと感じたが……あの艦隊の威容を見てどうもおかしいと感じた。
 あれだけの戦力をこちらにやる余裕が出来たとも考えられる。大体、跳躍門があるとは言っても補給ラインの確保は必要だ。
 無人艦とはいえ、片道切符の特攻攻撃を許すような人ではない、あの人は。
 必勝策を引っ提げて地球に来たに違いない。
 だとすると……この戦争、もっと激しくなる。

「こんちわ〜! ミカコちゃん達はいますかね」

 などとアンニュイな考えが頭を支配していたが、それを一発で声の主が取り払ってしまった。

「あの子達はまたテンカワの追っかけさ。何でも今日が決戦とか言って張り気ってたけどね」
「あらーそれは残念……ん?」

“ガシャン”

 ……お互いの姿を確認した途端、両者共に固まってしまった。
 俺にいたっては包丁を取り落とし危うく足に刺さる所だった……手も震えてしまっていた。

「高杉副長……!! 無事だったのですね!!」
「ミ、ミカヅチ?! 何でお前がこんな所に!」

 俺は無理やりカウンターを飛び越え、すぐさま副長の前に駆け寄った。

「お久しぶりです副長! あの戦闘後無事を確認する手段が無かったのですが……良かった。秋山艦長はお元気で?」

「あ、ああ……俺も艦長も元気そのものだ。しかしお前良く生きてたな? 幽霊じゃないよな?」

 そう言われて俺はハッとなった。
 そうだ。俺は誰としゃべっているつもりだ?
 この人は俺の尊敬する上官ではないのだ、もう……。

「いえ、幽霊です……貴方が知っているミカヅチ=カザマは、この世にはいません」
「……何があったんだ?」

 俺は高杉副長に今までの出来事を説明していった。
 ……口をつぐむ事だって出来たが、この人はかつての俺を知る数少ない人だ。
 一人の木連軍人の生き様を……覚えていてもらいたい。

「ずいぶんと波乱万丈な生き方してたんだなお前……」
「そういう高杉副長はどうしてナデシコに?」
「そりゃかわいい子をナンパ……じゃなくて、さっきの月の戦闘で回収され損ねてな。仕方がなしに捕虜になってる訳だ」

 ……確かにあの状況では後退しか方法は無かっただろうな。
 虎の子のジンを破壊された状態で、あのテンカワさんに立ち向かうのは無謀だ。

「……必要とあらばいつでも言って下さい。手助けします」
「おいおい、俺は幽霊に物を頼むほど情けなくは無いぜ? 心配するな……それに、今度変な行動起こしたら艦長絶対キレるぞ?」
「……? 失礼ですがユリカ艦長とはどういった仲で?」
「! あ、ああ違うんだその……ルリちゃんの間違いだ間違い」 

 どこをどうやったらユリカ艦長とルリちゃんを間違えるかなあ……。
 まあ、ナデシコの中核を担っているのがルリちゃんである事は間違いないのだが。

「と、言うわけでしばらくよろしくな。ええと……」
「カイトです」
「おう、よろしく! 所でちょいと相談があるんだが……」

“プシュ”

「おーい、カイト!」

 格納庫での緊張した表情が嘘の様に、今のリョーコさんは明るく振舞っていた。
 ……とにかく、あの一件は俺と彼女達だけの問題にしてしまわないと。
 これ以上リョーコさんやガイ、アカツキさんや班長らを巻き込めない。

「おい、聞いてんのか?」
「あ、はい。で……何か」
「何か、じゃねーよ。訓練しようぜ。来るだろう?」
「でもまだ仕込みが……」
「あんだけやりゃ十分だよ。テンカワは許してくれるさ」

 “は”というのに微妙に力が入ってるな。
 戦場でチームワークにヒビが入るのは避けたいんだけどな……。

「やあ丁度良かった。俺は……」
「ん? こいつ木連の捕虜だろう?! 何でこんな所うろついてるんだ?」

 確かに捕虜らしくない楽観した表情だからな高杉副長……。   
 何と言う余裕だろうか……矢張り秋山艦長が側に置くだけあって豪胆だ。

「俺の木連時代の上官、高杉三郎太副長です。明朗快活にして不屈の信念を持つ男の中の男です。俺はこの人から多くの事を学ぶ事が出来ました」
「へ?」

 呆気に取られる事でもないでしょう……本当の事なのだし。

「ほ〜、カイトがそこまで持ち上げるんだから相当デキる奴みたいだな。よろしくな」
「よ、よろしく。で所でリョーコちゃ……」
「うし、なら放っておいて平気だな。行こうぜカイト!」
「あ……ええ。じゃあ失礼しますって引っ張らなくてもいきますから!」
「……」

 高杉副長を置いてけぼりにして、俺達はその場から離れていく。

「とほほほほ……先越されるなんてなあ」

 ……あーまたいじけてるよもう。ホウメイさん、美味しいものでも作ってあげてくださいね。


 さて、その後一日潰して延々と戦闘シミュレーターに篭っていたのだが、何故かアカツキさんとアリサさんがいなかった。
 日も落ちた頃に二人共帰って来たのだけども、アカツキさんは全身包帯まみれ。
 その反面アリサさんは気力十分と言うか何と言うか……かなりテンションが上がっていた。同時にテンカワさんも……。

“プシュ”

 昨日何があったか俺は知る由も無いが、テンカワさんの緊張はかなり解れているようで、幾分余裕が戻っていた。

「や、テンカワ君。今日は何の会議なんだい?」
「いや、それは直ぐに解るけど……どうして包帯まみれなんだ、アカツキ?」
「ははは、詳しい事は聞かないでくれたまえ。まあ、怪我をした価値はあったと言っておこう!!」
「そ、そうか」

 ……本当に何やってたんだこの人は。

「馬鹿は無視していいわよ、テンカワ君。それより……何で彼までいるの?」

 疑惑の視線がエリナさん、そしてルリちゃんから俺に向けられた。
 視殺するような勢いってこんな風なのかも……。
 他にもユリカ艦長やサラさん、そしてシュン提督にプロスさんがいる。
 しかしこの面子の中で、俺と高杉副長は明らかに浮きまくっているのですが?!

「俺が必要だと感じたから呼んだんだ」
「僕もテンカワ君と同じ考えだ。彼の力も今後は必要となる」
「何せこいつはあの超博士の養子だからな。俺より今の木連事情には詳しい筈だぜ……それに、カイトが信用に値する人間だって事は俺が保証する」

 いやー木連の捕虜である高杉副長に保証されても、ねえ……?

「ですが、それでも……!」
「もー、駄目だってばルリちゃん! もうおしおきは終わったんだよ?」 

 どうやら俺に対する不信は深いようだな、ルリちゃん。
 テンカワさんの事をよっぽど信頼……いや最早これは信仰か?

「……出て行きましょうか? 俺。こっちもこっちで忙しいですし」

「いや、君がいないと話が前進しないんだ……むず痒い思いをするだろうが我慢してくれ」

 テンカワさんがそう言うぐらいなら……よっぽど俺の重要性は高いようだ。

「そうだよアキト、今はリョーコちゃん達の新型エステの練習が第一なんでしょう?」
「ユリカ、確かにそれも大事だがもっと根本的に、必要な事があるとは思わないか?」
「……根回し、か」

 ……何ですってシュン提督?

「なるほどね、やっと解ったわ。私がこの場所に呼ばれた意味」

 いや俺には何の事だかまだ解らない……高杉副長笑ってないで無学な俺にも解るように説明を!

「サラちゃんの予想通りだよ。今日俺がこの場所に呼んだ人達は……和平の実現をする為に、必要な力を持つ人ばかりなんだ」

「和平……?!」

 その一言だけで俺には十分だった。
 遂に、テンカワさんが戦場以外の局面で動き出そうとしているのだ……。 
 


 ……テンカワさんが述べていった和平への道。
 それはとても綿密に練られた計画だった。
 軍の意見の統一、経済団体への圧力、更には捕囚である高杉副長をも利用した木連への呼びかけ。
 俺は改めて、テンカワさんの深い思慮に感服してしまった。命を晒す戦場で、ここまで高度な政治行動を同時に行う事ができるなんて……。
 だが俺は、それに諸手を挙げて賛同する事ができなかった。何故なら……相手が相手だからだ。

「……問題は、クリムゾンだな」
「現在、クリムゾングループは旧来の幹部が全て死亡し、豪州本社を本拠地とするアクア派と、北米大陸を勢力基盤とするシャロン派に分裂中です。両派閥がいかなる行動に出るかは全くの未知数です」
「何せあのアクア嬢がクリムゾンの派閥率いてるんだよ? 僕としてはアクア派の方が危険だと思うがね」
「俺はそうは思いません」
「何故だい、カイト君?」

 ……大半は普通に聞こうとしてくれるのだけど、俺が発言する度に必ずルリちゃんは睨んでくるな。
 まあ、いい……。

「アクア派には天道艦長がついています。あの人が利害目的で他人の元につく事はまずありえない……アカツキさんが知るアクア嬢がいかなる人物かは知りませんが、あの人が認めたぐらいだ……人格的には問題がないと思います」

 あの時俺を撃墜したステルンクーゲルは、豪州のアリススプリングから打ち上げられたものだった。
 アリススプリングはアクア派の本拠地、更にプロスさんが探りを入れた結果……テストパイロットとしてあの人が登録されていたのだ。

「天道?」
「木連優人部隊に所属する女性艦長の一人です、テンカワさん。あの月臣少佐に師事を受けたそうで……姉さんの親友でもありました」

「そうか……月臣に……」

 やけに感慨深い言い方だ……テンカワさん月臣少佐とも知り合いなのか?
 いやまさかな。でもあの顔はどうも旧知の仲って感じだが? 

「まあ今は互いに牽制し合っているみたいだから放っておこうよ。もう一つの明日香インダストリーは……ちょっとまずいね。さっきの月での戦闘でヤハタ総帥は戦死。後継者と期待されていたカグヤ嬢も行方不明と来た……月面の明日香関係の施設の損傷も酷い」

「ええ?! カグヤ=オニキリマルって、うちのプロトタイプナデシコを買いとって自ら軍で運用していた筈……それが何で?!」
「いやはやエリナさん。プロトナデシコはどうやら先の月での戦闘において沈められてしまったみたいなんです。恐らくカグヤ嬢も……」
「そんな! カグヤちゃんが?!」
「それだけではありませんよ艦長。連合軍の月における被害……相当誤魔化しているみたいです。既に月艦隊は戦力の八割以上を消耗してしまったとも伝えられています。更に豪州との音信が完全に閉ざされている事も気になりますね……」

 何やらショックを受けているエリナさんとユリカ艦長だったが、俺の方はと言えばひたすら感心していた。

「……月で派手に暴れて軍の注意を引き、その隙に豪州大陸の制圧作戦に乗り出したんだろうな……ここ数ヶ月のチューリップの活動活発化は、豪州へ一気に戦力を送り込むための下準備だったんだ! そして豪州は制圧され、月の艦隊を引き付けるどころか殲滅してしまった……流石は博士だ。容赦が無い」

「……っ! さっきから何なんですか?! 博士とは一体何者です!!」

 何癇癪起こしてるんだルリちゃん?
 こういう計画は、自分の思い通りに進む事など絶対にありえないと言うのに……。




「木連において遺跡の調査・発掘・利用法の研究を目的とした国家機関“超科学研究所”……その初代所長が、超新星博士です。俺らを始めとした人造人間の製造と実戦投入を強く推進した人物であり、俺ら姉弟の里親でもあった人です」
「超……新星……もっと詳しく教えてくれないか?」
「本気で何も知らないんですかテンカワさん?! 木連に無くてはならない重要人物なのに……」    

「何ですその言い草は?」

「まあまあ、知らないもんは知らないんだ。教えてやってくれよカイト」
「はあ」

 苛つくルリちゃんを宥めながら高杉副長が頼んでくる。
 にしても馴れ馴れしいな……ルリちゃん結構人見知りするタイプだと思ったんだが。
 どうやら俺は高杉副長の評価を更に上げないといけないらしい……人心を掴む事にも長けているとは。
 軟派そうに見えたのはその為か……。

「政治力にも長け、秋山艦長や四方天の一人である南雲義政を始めとして数多くのパイプを持っています。ただ、倫理面において山崎博士等と対立する事が多く、かなりの火種を生んでいるようですが……」
「山崎と対立……草壁とはどうなんだい?」   
「ええと……草壁春樹中将ですよね? 中将は結構博士の事を重用してましたし、それほど深刻な対立は無かった筈です。でなければあれだけの大艦隊を博士一人に任せる様な事はしないでしょうし」
「うーん……複雑な内面を持った人間なんだな」

 貴方がそれを言うか、とは流石に口にはしない。

「ですが基本的には真っ直ぐな人間です。自分の目標達成の為には手段を選ばない所もありますが……戦争の早期終結という目標については、こちらと共通しています。ただ……」
「ただ?」

「決定的に違うのは博士は完全なる勝利を目指している所です。草壁中将の理想の為でも、己の地位向上の為でもなく……姉さんとの未来の為に」
「ん〜! 正に正義の人じゃないですか! アキト、この人にも協力してもらおうよ!!」

「落ち着け艦長……だがカイト、何故そう断言できる?」
「……俺らが元々山崎博士に製造された、規格外の人造人間である事は聞き及んでいると思いますが……どうやってそこから管轄が移ったと思います?」
「さあ……?」

 サラさんの興味ありげな視線に答えるように、俺は言葉を繋ぐ。

「以前に外部稼動試験中だった姉さんと出会っていた博士は、山崎博士のラボで培養槽ごしに再会したんですが……次の瞬間怒りに身を任せて山崎博士を鉄拳制裁してました。まだ半覚醒状態だった俺でもその光景は覚えています……十メートルぐらいは吹き飛ばされた気が。お陰で山崎博士は全治数ヶ月の大怪我、研究所は爆破解体……自分の地位を優先するならここまで激しい事はしませんよ普通」
「そ、壮絶なエピソードだなカイト……俺でもそんな話聞いてなかったぞ?」
「まあ、木連の恥ですし……俺の場合、事ある事に姉さんが悶絶しながら聞かせてくれましたからね、この話」

「う……そいつは辛いな」

 他人の惚気話程聞くに耐えない話題は無いわな、うん。
 でも俺は……家族だ。

「いいえ。俺はその話を聞くたびに心底羨ましかった……自分の為に全てを敵に回す事を良しとする人に、恵まれた姉さんがね……」

「……この計画に失敗は許されない。彼と接触するか否かはもう少し見極めが必要だと思う」  

「え……そうかもしれませんが……しかし……」

 聞くだけならあの人、誰であろうと耳を傾けてくれると思うけどなぁ。
 すぐ近くにいると言うのに……もどかしい所だ。

「それに、俺達に和平の意志があっても、他にも軍を黙らせないといけない。戦争は何も生まないって事を嫌でも解らせないと……ルリちゃん頼む」
「はい、アキトさん」

“ピッ”

 ルリちゃんがウインドゥを表示すると、そこには世界地図が浮かび上がっていた。
 その後図も併用したルリちゃんの説明によると、軍の派閥は大きく分けて五つあるらしい。
 亜細亜周辺を含めた東南亜細亜方面軍。
 米国を中心とした、亜米利加方面軍。
 欧州諸国を中心にした、西欧方面軍。
 中央阿弗利加を中心にした、阿弗利加方面軍。
 そして、最後に豪州を中心にした、オセアニア方面軍……よくもまあこんなに指揮系統を分散させたものだ。
 これでは、突発時の連携対応が非常に困難ではないか。
 俺達木連が緒戦で押しまくれたのは、こうした複雑な軍内部の派閥のせいだったのだな?

「お父様に頼めば……東南アジア方面軍は和平につくね」
「ああ、ユリカにはミスマル提督の説得を頼むつもりだ」

 そういえばユリカ艦長のお父上は、結構高い地位に居る将軍だったんだな。
 ユリカ艦長のお父上と言う事は……相当優秀な人物に違いない。
 これならば東南亜細亜方面軍は心配無さそうだ。

「そして、西欧方面軍は私とアリサの出番ね。それに、私の国の人達はアキトに感謝をしてるからね。まず、間違い無く和平を受け入れるわ」
「だとしても……説明は必要なんだ。意見の統一を怠ると、その隙を突かれるからな……頼めるかな?」
「ふふふ、ナデシコに乗ると決めた時から、何となく予感はあったわ。お爺様の説得と補佐は、私達に任せて」
「有難う、サラちゃん」

 ?
 会議が始まってからずっと思っていたが、何でサラさんが軍の説得に関係が?

「あの〜、失礼ですがサラさん。サラさんのお爺様とは一体何者で……」
「ん? 私のお爺様のグラシス=ファー=ハーデットは、欧州方面軍の総司令官なのよ」

「そ、総司令官!?」

 これはまた随分直接的なパイプだな……もう欧州方面軍は完璧だろう。

「いやーてっきり消火器片手に諜報活動でも行なうのかと……ほら、ナデシコって裏表激しい人多いしサラさんも裏で……」

「ほぉ〜……カイトは私の事をそんな風に見てたのね……」

 それ、それですって!
 その片手で持ち上げている“赤いの”が一番の原因!!

「いや、普段から冷静な指示飛ばしてくれてるんで、権謀術数にも長けているのかと……」
「あ、ありがと。褒めてる……のよね?」
「まーたそうやって自然体で……一体誰に似たんだ?」

 自然体で……何です? 高杉副長。

「……ところでサラさん、怒ってないんですか?」

 未だにエリナさんは不満を押し殺しているし、ルリちゃんに至ってはそれを隠そうともしていないのに……。

「家族をなくす事の辛さとか……怒りとか、私も解るし」

「! す、すいませんでした……」

 耳から言霊が心に直接痛みを持ってきたよ……高杉副長も苦い顔をしている。
 俺らが……当事者なんだからな……。  

「だからこそ二度とこんな事が起きないようにしたい……その為に、私達はアキトを助けてあげないと」
「……はい」 

 

その2へ