〜時間は少し遡る

憤然とした顔で、彼(ロイド)は自分の部屋へと歩いて行った。
―――――― 全く、何故あんな男が上司なんだか――――――
とんでもない基地に配属された。
―――――― そもそも何故私が、こんな事を心配せねばならんのか――――――
今は戦力になる者は、一人としてここから転属させる訳にはいかなかった。
だが別に正義感と言う訳では全くなかった。
あくまでも、自分の失態になるに繋がる可能性を、消しておきたかっただけである。
―――――― 出世街道を進むには、この程度で躓く訳には………――――――
最も彼は、既にこの基地に着任した事事体、窓際街道まっしぐらである事には、
気がついていないみたいだが………………・。
そんなこんなを考えながら、自分の部屋に戻った其の時、電話が鳴り始めた。
―――――― ん?なんだ?――――――
受話器を取ると、目の前に十五・六歳ぐらいの女の子の、上半身を写す画面が現れた。
―――――― 誰だ?――――――

『やっほー!!何時も元気に、ばきばき逝ってる?』

いきなりにこやかに、訳の分からない事を言い出す女。

「は?」

『あのね今日!!決行だって!!ファンファーレはせ・い・だ・い・に・ね(はあと)』

――――――ね?え?け決行?結構?――――――
戸惑いが彼を支配する。
そして………。

「了解しました!!司令官!!」

訳の分からない事を、本当に訳の分からない事を口走っている自分に、あっけに取られた。
――――――な……な……な…な何を言っているのだ私は?――――――
だがそれと同時に、頭は霞み始めた。
――――――う………あ………あれ?一体…………――――――
そして、受話器を置いて女の子の画面が消えた時、彼は薄笑いの表情でドアの方に振りかえった。
―――――― ついに司令官トノ、秘密裏に進めてイタ、あの作戦がジっ行する時が来たノダ。
あの逆賊をウチ、正義を知らしめなければ…………ば?――――――
そこで彼の思考は一旦停止し、
―――――― この一戦は負けられヌ。ジュンビを始めなけれバ?なるまい…………――
何か違和感を覚えながらも、自分の中に収めていた、計画を見直し始めていた。

コンコン

ノックの音が聞こえる。

「誰だ」

「ロイド大佐。お届け物です」

「…………うむ。入ってきてくれ」

「失礼します」

シュン

その声に反応するかの様に、ドアが自動的に開かれる。
そこには、配達担当の兵士が入ってくる。

「ロイド大佐。速達です」

そう言って、彼は封筒を渡す。

「ご苦労」

それを受けとって、下がるように言う。

「はっ!!失礼しました」

敬礼をした後、彼はドアの向こうに消えて行った。
封筒を開ける。
中には、紙が入っていた。

「……………うむ」

それを見て満足したのか、丁寧に畳み、自分の机にしまった。

「…………さて」

そして彼は、自分の部下の一人に連絡する為に、内線を掛け始めた。



――――――ほぼ同時刻


「ねえあんた…………顔色悪いよ?」

同僚は心配そうに、彼女に話しかけて来た。
少し心配そうなその顔。
彼女は知っていた。
自分が、付き合っていた彼と別れた事を…………。
いや、一方的に捨てられた、と言ったほうが、正しいのかもしれない。
彼女はそんな自分を、心から心配してくれている。

「大丈夫よ」

だから少し笑って答えを返した。
安心させる為に。

「そう………それなら良いけど」

「もう………心配性なんだから」

それを聞いた彼女は、少し安心したのか、少し頷き

「わかった。でも無理しないでよ?」

「はいはい」

そう返す。
――――――そうよ。大丈夫――――――
もう少しその同僚の彼女が、注意深かったら、気づいたかもしれない。
――――――だって今日の夜、彼にマタアウノダカラ――――――
その瞳の薄暗い炎の存在に………最もそれを知って如何にかできるのか、は甚だ疑問ではあるが………。





〜ユメカウツツカ〜
赤い炎…………。
貴様ヲ…………。
四散する…………娘の姿………。
ユ……………ルサ……ヌ。
娘の後ろに立っていた………。
ワスレヌ…………。
赤い眼の……………男…………。
ゼッタイニ……………。




『参ったなあ………アイツが良く行く場所なんて知らねえぞ?』

今より大人になったルネの姿がそこにあった。
でも相変わらず………泣き虫だ……。
ここのコロニ−の統合軍エステバリス部隊の小隊長の時とは天と地ほどの差があるのはどういうわけかね?

『少し目を放した隙に居なくなっちゃたの。どうしよう………』

『泣いたって仕方ねえだろ?とにかくそう遠くには行かねえ筈だし…………
 ここのドックのアナウンスも頼もう………二人で手分けして思いつく場所を探して見よう』

『う………うん……』

『だから泣くなって……泣いてもしっかたねえだろ?』

『で………でも……』

『はあ〜〜〜〜〜〜やれやれ………しょうがねえ奥さんだぜ全く』

『なによお』

『とにかく……そんな顔を子供に見せちゃ駄目だぜ………笑ってろ……な?』

『うん』

(でもやっぱし………見付かったら泣きそうだなこりゃ……)

こんな風に考えていたあの頃が……
思い返して見れば幸せの一ペ−ジだったなんて………あの時は思いもしなかった。
やがて放送で呼び出しが掛かり、二人揃って………ある施設に入ったとき………悲劇の幕があがった。
その施設は静かだった……不気味なほど……。
それもその筈………殆どの人間が死んでいたのだから………。

『ねえ……本当にここの施設なの?』

『その筈だがね』

違和感を感じながらも………歩いて行った………。
そして………角を曲がった時……。

『ヒッ!!』

『なっ!!何だよ……一体……』

死が……満ちていた…………。
まるで引き摺ったかの様に、地面に描かれた血の道筋や、首と胴が泣き別れしているものまで
………七・八人の死体が転がっていた。

『ぱぱ………ママ………』

声が聞こえる………。
泣き声に混じって聞こえるこの声は……。
これは…………!!

『ユナ!!』

『ユナなの!!』

そして……まとわりつくような………死神の声が………。
先にある……部屋から聞こえてくるこの声は……。

『娘よ……抱いてもらうが良い……熱き風となってな………』

娘に爆弾を背負わせ………。
俺達の前で……殺したその男を………。
扉から………娘が………あの娘が出てきたとき……熱い風が………俺達を……吹き抜けた。





声が聞こえる………。

『不運よの……娘が迷いこんだ先が………こことはな』

カカカカカカ………耳に入る………奴の笑い声が……。

『嘆く事もあるまい………主の娘も………涅槃で待っているだろうよ』

炎が………俺を染めて行く……。

『パパ……起きて!!』

あの時の炎は………俺の心を焼いている…………。

『パパ………ママを助けて!!』

俺………は……!!

『あの男が………来たよ…………』

「北辰!!」

その声と共に目が覚めた………。
どうやら………手紙を読んだ後寝てしまったらしい……。

「また………夢か……」

しかし………如何もすっきりしない………。
気のせいか?
外が騒がしい……。
銃声が聞こえる………。
気のせいじゃ……ないな……。

「来たか」

しかし随分と手際が速い。

「楽に治められそうにないな」

準備していた装備をつけ、部屋を出る。

「!!」

左側の通路の曲がり角に、赤い鉢巻をした兵士がいた。
銃を構え、こちらに狙いをつけている。
――――――チッ!!――――――
ナイフを投げると同時に、部屋に引き返す。

ヒュン!!

ドスッ!!

「ふぉ!!」

少し間の抜けた声が、聞こえた。
上手くいっていれば、顔に刺さっている筈だが………。
少し顔を出してみると、

「な!!」

目にナイフを差したまま、こちらに向かってきていた。

「ひぃひひぃっひっひっひいいいいいい敵
 ………てきいいいいいいいいいいい!!」

目を血走らせたその兵士は、口からゴボリと血の塊を吐き出しながらも、こっちに向かってきていた。
だがその顔には、苦痛の表情はない。

「まじかよ………」

どうやら、薬を使っているようだ。
もう一つナイフを投げようとした其の時、

ガシッ!!

その兵士の背後から、首に太い男の腕が回った。
瞬間、首があらぬ方向へと曲がる。

「ひ?ひひぇ!?」

それでもよたよた4・5歩歩み………。

ゴトッ!!

今度こそ完全に死んだようだ。

「キール……助かったぜ………」

「神が私に教えて下さった…………どうやら、少々てこずる事になりそうだ」

「なに?」

まあ・・・・・・・・うんぬんはともかく、この男の分析力はかなりのものだ。

「反乱がおきた。かなりの兵士が、丸め込まれているようだな。」

「んだとお!!」

そう言うと、後ろを振り向き、ナイフを投げる。
曲がり角にいた、兵士の眉間に吸い込まれる。

「ぎゃあははあっはっはっははずれ〜〜〜〜〜〜〜」

そう言って倒れる、兵士。

「とにかく、やっかいだ。加担したほとんどの人間が、麻薬を嗅がされている所為もあるが・・・・・・・・」

かなり手の込んだ代物だ。
その言葉に、俺はため息と共に首を軽く横に振る。

「やれやれ・・・・・・・それで首謀者は?」

振り向かずに、後ろに向かって銃を撃つ、キール。

「ぐふ………ち………」

銃を向けた兵士が、胸を撃たれた拍子に、後ろの壁にぶつかり倒れる。

「半年前に、ここの基地に赴任した、ロイド大佐だ」

「あの男が?随分手回しが良いな」

確か、奴は・・・・・・・・・・。

「元々デスクワークで出世した人だ。書類の差し替えぐらい、わけないことだろうな」

それに・・・・・・・。

「それに?」

「あの男は一年前の火星の戦いで生死不明になっていた様だ」

「それで?」

驚きもせずに俺は話を促した。
火星での戦い(厳密には火星からの撤退)において、軍の中の生死不明者の数はかなりの数に達していた、
と言う事を聞かされていたからな。

「その後彼の生存が確認されたのは八ヶ月前つまり四ヶ月の間、何処にいたのか全く分かっていない
 ・・・・・・・・経歴上では軍の病院にいたことには・・・・なってはいるがな」

「何処の?」

「オーストラリア方面軍の病院だ」

「思いっきりクリムゾンの敷地ないじゃねえか・・・・・・だからってここまでやる必要があるのか?」

「グラシス陣営にヒビを入れる気だろう・・・・・・そしてエステだな。
 サレナ系列の技術は、素晴しい事は素晴しい」

「ああ・・・・・・だがコストパフォーマンスは、N型のエステのほうが上。
 性能はちょいと劣るが、こちらの方がかなりのお得だ」

スペックの向上の余地はかなりあるからな。

「そしてここの基地を潰す事により、戦争を長引かせようってか?くそったれが・・・・・・」

「ユンテスの死があれば確実だな。グラシスの旧友であり、懐刀と評せられるユンテスだ。
 消せば、ヨーロッパのグラシス陣営のダメージは大きい」

「まあ……な。とにかく、片っ端から、消していこう。助けられる奴らは助けたいしな」

「良かろう。我が妻も心配だ」

今・・・・・・・とっても聞きなれない言葉を聞いたような気がした?

「・・・・・つまって?・・・・・刺身の?」

それはツマ。

「…………我が神のお言葉を交えて、後でじっくりと聞かせてやる」

「…………やっぱいいや」

どおおおおおおおおおおおおおおおん!!

「!!なんだ?」

「食堂の方だな」

「ちっ!!取り敢えずこっちだ・・・・・・・行くぞ!」

「うむ」

そして俺は、赤い闇に出会う事になる。

 

 

 

その2