機動戦艦ナデシコ

『影(シャドウ)』

 

 

 

 

 

大量のミサイルが爆発したことにより、宇宙空間に多数の爆発の花火が上がる。

四機のエステバリスは、なんとかミサイルの雨はやり過ごし、敵を次々に狩っていく。

そんな中、それを熱い眼差しで見詰める熱い男ことガイがいた。

パイロットであるにも関わらず出撃もせずに、艦内で腕組みしながら仁王立ちをしている。

服装もパイロットスーツではなく、艦内で着る制服を着用していた。

その無駄に自信満々な姿からは、エステバリスで出撃する意思は掴めない。

むしろ何時まで経っても、ここで見詰め続けていそうな程である。

 

「なあ、博士。

 小さい頃の夢ってあるかい?」

 

そのガイの隣で戦闘を眺めていたイネスへと問い掛ける。

イネスが答えを返すまでの間、周りではバッタの花火が無数に上がっていく。

 

「夢ねぇ。

 小さい頃の記憶がない私には答えることはできないわね」

 

「あ、じゃあ今でも良いです」

 

妙に卑屈になりながら、ガイが続きを促す。

するとイネスも満更でもない様子で、上機嫌でぺらぺらと語り始める。

 

「それじゃあ、たっぷりと私の夢について語ってあげましょうか。そうね、とりあえず研究し続けるということが私の夢かしらね。それと、研究というのは得てして不健康になり易いものなの。だからそれを解消する研究して私の美貌を保ちつつ、楽しく様々な研究をすることができれば良いと思ってるわけ。それと―――」

 

「もう結構です(キッパリ)」

 

まだまだ語り足りないという顔をしているイネスを止める。

威勢良く言っているが、及び腰になっているのが情けない。

そんな状態で、イネスが言うことを聞いてくれるのか心配であったが、

不満げに眉を顰めながらも、すんなりと言うことを聞いてやめてくれる。

 

「そう、語り足りないけど」

 

「と、とにかく博士にも夢はある訳だ。

 その夢を叶える為にも色々と努力をしないといけないよな」

 

「それは、そうね。

 簡単に叶わないからこそ、夢なんだから」

 

「だけどな、今の俺の状況は夢が転がってきているんだ」

 

「ふん?」

 

「今、俺は夢の世界にいるんだよ!!」

 

強く両拳を握り締めながら、燃える瞳で熱くイネスへと訴えた。

鼻息が荒くなりつつも自分がいかに幸福のさなかにいるのかを体全体で表現している。

 

「夢追い人というわけね」

 

そんな暴走気味の姿を見ても、イネスは冷静に返す。

勿論、イネスのどうでも良いという態度丸出しの返事を聞いても、ガイの熱気は冷めることはない。

イネスの言葉など耳に入らず、実に幸せそうに続きを話し始める。

 

「小さい頃、俺はヒーローになって敵と戦うことを願ったもんだ!!

 ちょっと改造されたという経緯が納得いかないけど、それは孤高のヒーローっぽくてグッ!!」

 

「ふぅん、改造した甲斐があったわね」

 

「最初は少々行き違いがあったが、ある種これは俺にとって願ってもないこと!!

 巨大ロボットに乗って悪の軍団と戦うという夢はナデシコで叶った。

 エステバリスに乗り、縦横無尽に敵を粉砕する爽快感。

 確かにイイ!!

 だが、もう一つの夢に向かって、俺は走り続けてやるぜぇ!!」

 

「ふぅーん、それでヒーローねぇ」

 

「ああ、博士ッ!!

 俺は俺の夢を叶える為にも、悪の軍団に苦しむ仲間を助けなくてはならない!!

 頼むから、洗脳装置を作動するのはよしてくれよ!?」

 

「ああ、はいはい。

 私としては貴方の中にある発明品が正常に作動するのかというデータが欲しいわけ。

 だから自主的に戦ってくれるなんて嬉しいわね。

 ふふ、火星で効率的かつ合理的に人を殺せる研究をしていた日々が懐かしいわ。

 あの頃は、自主的に手伝ってくれる人がいなかったもの」

 

懐かしい日々を思い出しながらイネスが遠い目をする。

その姿をジト目で眺めながらガイは、名も知らぬ人々を思い心を痛めた。

しかし、痛めただけで何をしようという訳ではない。

 

「くっ、なんか納得がいかんが置いとく!!

 あぁー俺の正義に反するが、とりあえず置くんだ!!」

 

胸をかきむしりながら自分の中に生まれた葛藤と戦う。

頭を振りたくりながら、イネスの言葉を頭から追い出そうと試みる。

そんな様子を見ているイネスは、何やら目つきが険しくなっていく。

一応、このような奴でも実験に協力する協力者なので、抑えようとしているのがわかる。

だが、目の前で苛立つことを言う奴がいることを見過ごせる程、イネスも人ができていなかった。

ゆっくりと白衣の内側からリモコンを取り出す。

 

「貴方、さっさと行きなさいよ(ぽちっ)」

 

「あぁ!?

 また体が勝手に動き始めた、気持ち悪っ!!」

 

右、左、左右両方同じ手足を同時に出しながら歩いている。

以前は意志すらも奪い取っていたが、今回は体の自由だけを奪っているようであった。

どうやらリモコン一つで、そこらへんは操作が利くらしい。

 

「嫌だぁ!!  気持ち悪いぃ!!  勝手に動かすなぁ!!」

 

「うるさいわね!! いい加減にしないと怒るわよ!!  いいから黙って、そこの上に乗りなさい」

 

強制的に歩かされてたどり着いた場所は、ナデシコの上部に当たる場所であった。

その場所は、艦内の設備が整っているナデシコにしては暗い。

今までも停電やら故障等で、その機能を十分に発揮しているとは言えないが、

それでも、照明器具のようなものが、最初から設置する気がなかったように見て取れる。

何故なら、どこを見渡してもパイプのようなものが辺りを行き来しており、

普段から人が通ることを前提として製作された場所ではないように思えた。

と、ガイは暗い中を歩いているうちに、自分が大きな台のようなものに乗っていることに気付いた。

自由に動かない足が、硬い四角形の台の上に乗っていることを伝えてくる。

 

「な、なんだ?

 博士、一体俺をどうしようって言うんだ?」

 

「人聞きが悪いことを言わないでくれる。

 何にもしないわよ。

 強いて言うなら、貴方を宇宙空間に放り出すぐらいかしらね」

 

「宇宙空間? なるほど……遂に俺のデビューというわけだな?  遂に出陣なんだな!?」

 

「はいはい、それから安心しなさい。

 貴方は宇宙空間でも活動できるようにしているから。

 だから死なないと……思うわ」

 

「思うって何だよ!?」

 

「まだ実験してないもの(あっさり)」

 

「ふ、ふふふ」

 

「ん?」

 

「くそぉ!!

 死ぬのが怖くて、ヒーローをやってられっか!!

 俺は夢に殉ずる男となるのだ!!」

 

涙を流しながらも必死に叫ぶガイ。

 

「ふふ、素晴らしい」

 

「さあ、さっさと出撃させろ!!」

 

「そのリフトに乗ってれば、宇宙空間に出れるわよ。

 さっさと外に出て戦ってきなさい。

 あ、操作したままだと戦えないわね(ぽちっ)」

 

「ふぅ」

 

イネスがリモコンを操作すると、体が自由に動く。

手や足にも感覚が戻り、自分の意思で動くことを握りながら確かめる。

 

「それじゃあ、いってらっしゃい。

 データは随時、私のデータベースへと送られてくるから、存分に戦ってきなさいね」

 

その言葉を聞いてガイは、笑いながらリフトの上にあがった。

 

「ふっふっふ、今こそ俺がヒーローになる瞬間だっ!!」

 

リフトが上昇していく中、ガイが嬉しそうに笑みをこぼす。

 

「英雄推参!!」

 

ガイがコミュニケを通して艦内中に通信を送る。

急に馬鹿でかい声が聞こえた為に、ほとんどの人間は耳を抑えているに違いない。

だが、人のことなど気にしないガイは、つらつらと続きを述べる。

 

「燃える、燃える、燃える!!

 敵の大軍団が味方を苦しめている中、颯爽と登場して戦況を変えていく」

 

移動が終了し、辺りをガイが見回すとエステバリスとバッタが見ている。

どうやら、ナデシコで発生している異変に対して、双方が戦闘を中止して見守っているらしい。

その為、一時的に戦闘は中止していた。

ちなみに、ガイが言う苦しめられている味方だが、エステバリスを見る限り損傷という損傷は受けていない。

やはりパイロットの腕前だけは一流なのだ。

 

「お、おい、誰か、あのバカをこっちに呼べ」

 

脱力した様子のリョーコが、かすれた声で周りに呼びかける。

目の前にいるガイのところへとエステバリスを移動するのも面倒臭いようだ。

 

「無理よ、リョーコ。

 バカには何を言っても効果はないんだから……死ななきゃね」

 

お手上げだとばかりにイズミも言ってくる。

 

「はっはっは!!

 助けを求める民草の声が聞こえる。そう、今こそ声援に応え俺が立ち上がる時だ!!」

 

         バッ!!

 

勢い良く腕を振り上げながら、ガイが宣言する。

周りの呆れている様子にも気付かずに、やたらめったはりきっている様子であった。

ガイの五感は腐っているのかもしれない。

そんな中、戦闘中に現れた乱入者に対してバッタとしても困っているようだ。

何体かがガイの周りを旋回しながら必死に情報を収集している。

この敵戦艦より現れた異様な物体についての判断がつかない為に、このような行動を取っているのだろう。

恐らくデータが送られてきた木連の軍人も、さっぱり訳がわからなかったに違いない。

 

「さて、それじゃあいくぜぇ!!

 ハァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

声を漏らしながら両腕をゆっくりと輪を描くように動かしていく。

それと共に、何時の間にかガイの腰に巻かれたベルトらしき機械が光を放っていた。

バックルの中央部分では、風車が宇宙空間で風もないのに回転している。

 

「うっそぉ!! もしかして変身ポーズ!?」

 

ガイのポーズを見てヒカルが嬉しそうな声をあげていた。

メガネが不気味にベルトの放つ光を浴びて光っている。

だが、嬉しい声をあげるものがいれば、嫌そうな声をあげているものもいた。

 

「はあ。あの人は、なんで直ぐに立ち直れるんですか。

 撃たれて大怪我を負った時も、別に気にしていないみたいですし、

 適応能力が高すぎますよ……ブツ……ブツブツ

 

体育座りをしながら、ブツブツと小声で不満を言っている。

そろそろミユキは色々と説明しにくいものが登場したので限界に近いのかもしれない。

 

「あれ、ミユキさん? おーい、正気を取り戻してくださーい

 ゴートさん、ミユキさんが戦闘中に壊れてしまいましたがどうします?」

 

「う、うむ」

 

まるで心配していない様子でメグミがゴートに向かって言う。

言われたゴートはというとモニターに映るミユキとメグミとを見比べながらため息をついた。

そんな時、関係各所に迷惑をかけながら、ガイの変身ポーズも大詰めにきたらしい。

最後の部分でタメながら止まっている。

 

「いくぞぉ!!」

 

心底嬉しそうに壊れた笑みを浮かべながらガイが、変身しようとした瞬間であった。

 

「あ、バッタが」

 

          バシュン!!

 

ルリの小さい呟きが示す通り、バッタが数機ガイに向かってミサイルを発射される。

それをガイがモロに食らう。

 

 

           チュボボボボボボボボボボボボボボボン!!

 

 

「のわぁぁぁぁぁ!!」

 

 

宇宙空間を流されていく。

 

ミサイルの直撃を食らってしまった為に、爆風を受けて宇宙空間を漂う。

その余りの無防備さにバッタも躊躇してしまったぐらいである。

敵戦艦の戦力をAIが計算すると、このような戦力が存在してはいけない。

何故、このような存在がいるのか、何かしらの利益があるのかを複雑に計算し直している。

だが、余りに難解かつ、複雑怪奇だった為にバッタの一体が自爆する。

AIを駆使し過ぎて、オーバーヒートしてしまったのだ。

 

バッタの会話

『敵目的ハ我等ノ自爆プログラム作動ニ有リ』

『了解、直チニ対策。並ビニデータヲ本星ヘト』

 

           ピピピッ

            ピピピッ

 

ナデシコを落とす為にやってきていたバッタ達が騒ぎ始めた。

赤く光るモノアイを何度も点滅させながら、バッタ間においてデータの交換が行われている。

さらには、バッタだけでは飽き足らず、背後に控える無数の戦艦ともデータ交換が行われていく。

と、ここでバカげた展開だった為に、目を丸くしていたナデシコのパイロットが動いた。

 

 

「これは、チャンスだ!!

 ナデシコ、俺等がバッタどもを蹴散らすから一気に背後にいる奴らに向かってぶっ放せ!!」

 

 

赤いエステバリスが行きがけの駄賃だとばかりに移動しながらバッタを撃墜していく。

そのエステバリスが生み出す一筋の爆発の光条に沿うように緑、オレンジ、青の機体が後を追う。

だが、よくよく見ると青の機体だけは、緑とオレンジのエステバリスに背中を押されていた。

 

「え、でもディストーションフィールドが」

 

メグミの脳裏にグラビティブラストに耐えた敵戦艦が襲ってくる様子が走る。

 

「ここは宇宙空間なんだろ!?

 真空だったら、連発できるんじゃなかったのかよ!!」

 

「あ、なるほど」

 

          ポンッ!

 

手を軽快に叩きながらリョーコの言葉に納得する。

コミュニケから流れてくる声を聞きながら、必死に右往左往しているバッタを殲滅していく。

もはや戦闘に集中できていないAIなどにリョーコたちが負けるわけがなかった。

 

「という訳でルリちゃん、よろしく」

 

「……別にクマがボソンジャンプをするということなので敵を叩かなくも良いのでは?

 ここで下手に手を出して、クマの集中力を乱したりするようなことはあってはならないですからね」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

そのメグミの言葉に思わずリョーコもエステバリスを操る手を滑らせる。

敵が攻撃をミスした隙をついて、バッタがコソコソと逃げ去っていく。

 

「お、おい!! 結局どっちにするんだよ!?

 このままだと俺達だけで、敵に突っ込むことになるぞ!!」

 

方針が固まらない様子のブリッジにいらつきながらリョーコが怒鳴る。

その催促を受けてルリが簡単に纏める。

 

「メグミさん、選んでください」

 

「え? え? え?」

 

「お、おい、いいのか?」

 

「大丈夫です。どっちかに決めれば良いんですから」

 

「あのね、ルリちゃん。私は艦長じゃないんだよ?

 そうよ。こういう決め事は、艦長がやるべきじゃないんですか!?」

 

「艦長でしたら、ケガをしたテンカワさんをお見舞いしています。

 ついでにプロスさんとアオイさんが行方知れずですが、どうしたんでしょうね?」

 

「仕方がない」

 

「フクベ提督!!」

 

この時、誰もが存在を忘れていたフクベ提督がすくっと提督席から立ち上がった。

誰もが息を飲んで、フクベが次に言う言葉を考えて黙っている。

 

 

 

「これより艦長不在に当たって、君が艦長代理だ!!」

 

 

 

          ビシッ!!

 

フクベがメグミを指差す。

指差されたメグミは、きょろきょろと周りを見回した後に叫んだ。

 

「えぇ!? 通信士なんですけど!?」

 

メグミの絶叫は、フクベの宣言を聞いた全員の総意でもあった。

何人かに至っては、信じられないとばかりにぽかーんと口を開いていたりする。

それに先程のやり取りを見ている限り、艦長には向いていないと感じずにはいられない。

 

「いや、君が適任だ!!

 君しかいない!!

 君がやるんだ、いいな!!」

 

 

(うぅ、めんどくさそうだなあ。

 ん、待てよ? 艦長代理ということは、艦内の方針を総て決定できる立場。

 ということは、この立場を利用すればや・り・た・い・放・題という奴?)

 

 

そこまでのことを0.001秒で計算する。

こういう計算にかけては、メグミの右に出るものは一人もいなかった。

当然の如く、このような腹黒い考えは表情には出さずにである。

 

「し、仕方がないですね」

 

しぶしぶという調子でメグミが答える。

了承の言を受けたフクベは、老体に似合わぬ大声を張り上げた。

 

 

 

「よし、君に全権を委任する!!」

 

 

 

「いいから、どっちなんだよぉ!!」

 

このやり取りを見ていたリョーコは、怒りに顔を真っ赤にしながらフクベに負けじと怒鳴った。

 

 

 

 

 

 

その5にジャンプ!