赤と黒の狂詩曲(ラプソディー)
後篇 <神に見棄てられた地にて>

 

 

 

 

 

「ちっ、まだ追いつけないか!!」

 

 『ブローディア』を駆りながら、アキトは舌打ちをした。
 いま、アキトは全力で、飛び去ってしまった北斗を追っていた。
 幸い、対応が早かったこともあって発見することは出来たのだが、いかんせん
 『ブローディア』と『ダリア』の出力はほぼ同じである。
 追いつこうにも追いつけず、ただ後を追うだけしか出来ていない。

 

 いや、僅かずつだが、『ブローディア』の方が引き離されているか?

 

「しかし………」

 

 思う。

 

 非常にやっかいなことになった、と。

 

 事の発端は、イネスだ。
 彼女の作り出した『セイカクハンテンダケ』なるものを食べて、
 北斗は性格が180度変わってしまった。
 本当にそんなものがあるのかは、実際に見た今でも信じ難いが、
 事実北斗はおかしくなってしまっている。

 

 “あの”北斗が、「戦いを忌み嫌う」とは……………。

 

 これからどうなるのか、アキトには予想もつかなかった。

 

 だが、いまは……

 

「北斗を連れ戻すのが先決だな、っと!!」

 

 『ブローディア』の推力を、更に上げる。

 

「アキト兄、ちょっと無茶じゃない? これ以上出力を上げたら、いくら『ブローディア』でも……」

 

 ディアが言ってくる。

 

 確かに、通常の出力を大幅に越えた加速だ。
 このまま飛ばし続ければ、いくら『ブローディア』の相転移エンジンと言えども
 焼け付いてしまうだろう。

 

「解ってるよ、ディア。
 でも、こうしないと絶対に置いて行かれる。
 北斗も結構錯乱してたみたいだから、限界を超えた加速をしてるのは間違いないだろう。
 だから、もうちょっと上げてくれ」

 

「ん、もう! しょうがないなぁ」

 

「仕方ないよ、ディア。んじゃ、出力を上げるよ、アキト兄」

 

 ブロスが言うと同時に、Gがさらに強烈になった。

 

 『ブローディア』に搭載された小型相転移エンジンが、更に推力を搾り出す。

 

 そして、数分後………

 

 

「アキト兄!!」

 

「どうした、ディア」

 

「なんか、『ダリア』が急停止したんだけど………」

 

「なに!?」

 

 ディアの言葉に、アキトは驚く。

 

(錯乱状態から脱したのか………?)

 

 レーダーを見ると、確かに『ダリア』は止まっている。
 兎にも角にも、行ってみないと解らない。
 アキトは、『ブローディア』を少し減速させると―――流石に、限界に近かった―――、
 その地点へと急いだ。

 

 

 

 

「これは…………」

 

 『ダリア』を目視できるほど近くに寄ったアキトは、目の前の光景に唖然とした。

 

 そこにあったのは、大量の艦の残骸。

 

 ………さまざまなものが、辺りを浮遊している。

 

 焼け爛れた金属片。強化ガラスの破片。積んであったはずの、物資。

 

 それらが無数に漂う様は、硬質な宇宙空間にあって、明確な『死』を意識させた。
 生命体を拒む空間に在る、生命体の産物の残骸。
 それは、あまりにも非現実的で………あまりにも、現実的だった。

 

 そして、その中でも一番際立っていたもの。

 

 それは―――殆ど原形を保ったまま、それでも生体反応が皆無の巨大な戦艦だった。

 

 ―――死海。

 

 そんな印象を、アキトは覚えた。

 

 その前に、北斗の乗る『ダリア』は浮かんでいる。

 

   ピッ

 

 唐突に、ウインドウが開いた。

 

『アキトさん……』

 

「北斗!」

 

 通信の主は、北斗だった。
 だが、その表情にアキトは驚きを禁じえない。
 彼女は、落ち込んだ、沈鬱な表情をしていたのである。
 そんなアキトに、北斗は少し微笑みかけた。

 

 翳りの消えぬ笑顔。

 

 そんな彼女に、アキトは少しどきっとする。

 

『中に、入ってみませんか?』

 

「え?」

 

『あの戦艦の中です。アストロスーツ、備え付けてありますよね?』

 

 唐突な北斗の申し出に、アキトは戸惑った。
 罠、と言う可能性も考えられる。
 しかし、今の北斗には好戦的な雰囲気は微塵も感じられず、
 それ以前に北斗がそんな卑怯な手段を使うことをよしとはすまい。

 

 僅かな黙考の後、

 

「……わかった」

 

 と、アキトは承諾した。

 

 

 

 

 

 

  −廃艦内・通路−

 

「酷いな………」

 

 アキトは、少し顔をしかめた。

 

 北斗と共にこの艦に乗り込んで、数分。
 二人の目にとまるものは、無機質な壁のみだった。
 行けども行けども、壁、壁、壁………。
 途中、ドアも勿論あったが、全てにロックがかかっており、開けることは出来なかった。
 もっとも、アキトや北斗の力を以ってすれば容易に開けられる。
 だが、お互い、それをする気にはなれなかった。
 壁は、かなり腐食が進み、荒れ果てている。
 薄汚れた通路は、それを使う者がいなくなって久しいことを雄弁に物語っていた。
 無言のまま、歩を進める。

 

 侵入する前のスキャンで、艦内に空気があること、細菌などの汚染の心配が無いことは解っていた。
 故に、二人ともアストロスーツは着用しているが、ヘルメットまでは被っていない。

 

 だが、隣を歩く北斗は、一言も発していなかった。

 

 ただその表情を見ると、沈痛なまま、歩を進めていた。

 

 

 

 ブリッジがあると思われる地点に近づくにつれ、
 アキトは、北斗の様子がおかしくなっていることに気づいた。
 歩く速度が徐々に遅くなり、顔もさらにこわばっているのだ。

 

(今の北斗なら、無理もないか……)

 

 と、アキトは思う。

 

 この先に、何があるのか………それは、少し考えれば解ることだ。
 廃墟と化した戦艦。
 それと、調べてみて解ったのだが、この宙域は、どうやら通信が不可能なエリアのようだ。
 何故かは解らない―――自然によるものだと思われる―――が、
 まるで妨害電波でも出ているかのように、砂嵐(サンドストーム)になってしまう。

 

 この二つを総合し、推測すると………いや、やはりよそう。

 

 そして、二人の目の前に―――ブリッジのものと思われる扉が現れた。

 

「…………………」

 

 無言で佇むアキト。

 

 北斗は、アキトの腕にしがみつき、倒れそうになるのをこらえているようだった。

 

「北斗……戻ろうか?」

 

 優しい、そして心配した声音で、アキトは言った。
 この中に入れば、間違いなく北斗は衝撃を受けるだろう。
 予測は出来ているだろうが、実物を見るのは、それとは比べ物にならないほどのショックを受ける。

 

 錯乱するか……失神するかもしれない。

 

「い、いいえ……」

 

 だが北斗は、『帰る』とは言わなかった。

 

「でも……この先に何があるのか、気づいているだろう?」

 

「…はい。でも、行かないといけないんです」

 

「…………どうして」

 

「どうしても、なんです」

 

 懸命に、アキトは説得しようとしたが、北斗の決意は固いらしい。

 

 結局、十分近く粘ったが………、北斗の真摯な、そして本気の目つきに、アキトは降参した。

 

 入る前に、ヘルメットを被るのは忘れなかった。
 ここが安全だからといって、ブリッジまでそうとは言い切れないからである。

 

 そして―――扉が開かれる。

 

 

 

 

 

 

「…………………うっ!!」 

 

 中の光景を見た瞬間、北斗が、小さなうめき声を上げた。

 

 そこにあったのは………人の死体。

 

 ブリッジ要員だろう……七人が、床に倒れていた。
 確かめるまでも無く、全員が事切れていることは明白だった。
 既に、彼らの皮膚は茶色く変色し、頬はこそげている。

 

「何年も前に、亡くなったんだろうな……………」 

 

 アキトが呟いた。 

 

 恐らくは、初期に無人兵器と戦い、敗れた艦隊だったのだろう。

 

「床………」

 

「え?」

 

 微かな北斗の言葉。

 

 それを聞き、アキトは視線を下に下ろす。

 

「…………!!」

 

 そこは、茶色に染まっていた。

 

 大量の、血だ。

 

 時間を経て、変色したのだろう。

 

 見ると、艦長だったのだろう遺体は、手に拳銃を握っていた。

 

「…自殺……したのか……………」

 

 びくっと、北斗は身体を震わせた。

 

 だが、それしか考えられない。

 

 ―――破損した艦体……恐らく、燃料も残っていなかっただろう。
 ―――異常なまでの、自然による通信妨害……助けなど、呼べなかった。
 ―――死んで逝った部下たち……この艦以外は、全滅。

 

 艦長の傍まで行き、アキトと北斗は、コンソールに文字が刻まれているのを見つけた。

 

 置いてあるナイフで刻んだと思われるそれを見た瞬間…………

 

 北斗は、思わずアキトにしがみついていた。

 

 

 ―――神よ! 運命よ!!
 ―――何ぞかくまで無情なるや!!

 

 

 ……悲痛な叫びであった。

 

「うっ…うっ……!」

 

 アキトの胸に顔をうずめ、嗚咽を上げる。

 

 アキトは……

 

 そんな北斗を、思わず強く抱きしめていた。

 

 意識しての行動ではない。

 

 ただただ、そうしなければ、そうしたい、といった衝動が彼を突き動かしていた。

 

 その胸の中で、北斗は思わず目を見開く。

 

 そして………

 

「あ、あ、あ……ああああぁぁぁァァぁぁァァァッッッッ!!!!!」

 

 心から……

 

 本当に、心から………

 

 北斗は、泣いた。

 

 

 

 

 

 アキトの全身から、蒼銀の輝きが生まれた。
 木連式柔最終奥義・口伝『武羅威』。
 その体現……アキトの魂の色を映す、『昂氣』だ。

 

 それは、ゆっくりとその輝きを強めながら、北斗をも包み込んでいく。
 冷たく、そして暖かい輝き………。
 アキトの『昂氣』に包まれた北斗は、自分の身体から力が抜けていくのを感じていた。

 

(暖かい…………)

 

 『昂氣』とは、己の魂の発露。即ち、心そのものだ。

 

 自分を包み込み、癒そうとするアキトの心に触れた北斗は、自然、自分も『昂氣』を発していた。
 立ち昇る、朱金の輝き。
 それは、ゆっくりと大きくなると……アキトの『昂氣』が自分を包んだように、
 アキトの身体を包み込んだ。
 対照的なふたりの『昂氣』は、触れあい、交じりあい………互いの全身を覆う。

 

 ―――それは、心のふれあい。

 

 魂の、交流。

 

 

 

 

 

 

「……ごめんなさい。みっともないとこ、見せちゃいましたね」

 

 暫く、アキトの胸で泣いた後…………

 

 北斗は、服のすそで目尻を拭うと、アキトに、ほんの少し笑みを向けた。

 

「………………………………」

 

 アキトは、何も言わない。
 沈黙が、辺りを包み込んだ。

 

 待つ。

 

 今のアキトに出来るのは、それしかないのだ。
 自分から話してくれるまで、アキトは待った。

 

「私………」

 

 更に数分の沈黙が続いた後、北斗は、ぽつり、ぽつりと話し始めた。

 

「私は、これを望んでたんです」

 

「え?」

 

「戦争の生み出す悲劇……当事者達は、それを必ず知らないといけません。
 自分達のしている行為の結果が、どんなことを生み出すのか………
 それを知るのは、人としての義務です」

 

 北斗の目には、強い意志が宿っている。
 さっきまで泣いていた北斗とは思えない……いや、違う。

 

(紛れも無く、さっきの北斗と同じだ…)

 

 強い意志を、感じる。同時に、心の弱さも感じる。
 一見、それは相反するようにも見えるが、本質は同じだ。
 コインの、表と裏。
 表裏一体のそれを秘めることこそ、真に強いものなのではあるまいか。
 それは、アキトにも通じるところがある。

 

「アキトさん……私がだれか、わかりますか?」

 

「え……?」

 

 突拍子も無い問い。

 

 一瞬、アキトは理解不能になる。

 

「だれって………北斗は、北斗だろう?
 今は、セイカクハンテンダケとかのせいで180度ちがうみたいだけど………」

 

「いいえ。アキトさんの言っていることは、ある意味では当たってますけど、認識の違いがあります」

 

 理解できない。

 

「え、でも、違ってるけど、当たってるって………?」

 

「歩きながら、話しましょうか」

 

 混乱するアキトに微かに微笑むと、北斗はもと来た通路に歩き出した。
 慌てて、アキトもその後を追う。
 ブリッジを出るとき…………
 一度だけ、北斗は後ろを振り返った。
 つられてアキトも立ち止まるが、その一瞬後には、北斗は歩みを再開していた。

 

 後ろで、ドアが閉まる。

 

 スライドの音が、アキトには何故か、人知れず命を引き取った船員達の、哀しみの溜息とも、
 安堵の謝意とも聞こえた。

 

 

 

 

「あのキノコは、セイカクハンテンダケなんて名前がついていますけど、実際は違います」

 

 二人の歩く音だけが、艦内に響く。
 ゆっくりとしたその歩調の音を聞きながら、北斗は語り始めた。

 

「多分、ですけど。
 事実、私は『北斗』であることに間違いはありませんが、アキトさんの知っている『北斗』
 そのものではないんです」

 

「…どういうこと?」

 

「多分……深層心理における、圧迫された自我の欠片と、圧さえつけられた願望の開放を、
 引き起こすんだと思います」

 

「???」

 

 アキトには理解できない。

 

「あっさり言うと、別の人格を構成するきっかけを与える……ってことにもなりますね」

 

 簡単に北斗は言うが、その内容は相当なことである。

 

「そ、それって、つまり……『きみ』は、枝織ちゃんに続く、北斗の新しい人格ってことか?」

 

「ええ、そういうことになりますね。
 尤も、正確には抑えていた心情――所謂『本音』を開放するんでしょう」

 

 驚愕の表情を隠せないアキトに、『彼女』はあっさりとそう言った。
 アキトは、開いた口がふさがらない。

 

「……………………………………………」

 

「幼い頃、父である北辰に精神的な衝撃を与えられ、私たちは自我を一部見失いました。
 言ってみれば、分裂症に陥ってしまったんです。
 ヤマサキによって『枝織』という人格が創られたのは事実ですが、元々分裂症気味だったことも
 あったから、枝織は簡単に生まれたんでしょうね」

 

 歩きながら淡々と話す。まるで、アキトの反応を楽しんでいるようだ。

 

「そして、心の奥深くに押し込められ、構築されていた人格が、私。
 『私たち』が本来持っていたものに、今の『北斗』、『枝織』の特性の一部が混ざっているんです。
 私は、表層意識の一階層(ワンステージ)下で、眠りつづけていました」

 

 アキトは、流石に立ち直ったらしく、彼女の話を黙って聞いている。

 

「あのキノコは、起爆剤だったんです。
 『私』という人格を、表に持ち上げるための。
 言ってみれば、私自身がある意味『本音』でもありますからね……。
 『北斗』も『枝織』も、今は眠りについています。
 これからどうなるのかは、私にも解りませんけど………面白そうではありますね」

 

 言って、彼女は、くすくすと笑った。

 

「最初の反応は……演技だったのか?」

 

 錯乱していた時のことである。

 

「ええ。アキトさんと、ふたりで話がしたかったんです。
 まさか、こういうことになるとは思ってなかったですけどね」

 

 言うと、彼女は沈んだ表情になった。

 

「『北斗』は、沢山の人を殺しています。
 その狂気はアキトさんのおかげで消え去ったとはいえ、戦争……
 人殺しをしていることには変わりありません。
 そして、私はまだ、人の死というものに明確に接していませんでした。
 だから……知る必要がある、と思ったんです。流石に………堪えましたけど。あ、着きましたよ」

 

 いつの間にか、二人は『ブローディア』と『ダリア』のある場所へと辿り着いていた。

 

「取り敢えず、乗ろう」

 

 言って、アキトは『ブローディア』に乗り込む。

 

 しかし………

 

「よいしょ、っと。流石に、ちょっと狭いですね」

 

 彼女―――としか言いようが無い―――も、何故か一緒に乗り込んできた。

 

「え、ちょっと! 何で君までこっちに乗るんだ!?」

 

 すると、彼女はすました顔で、

 

「だって、『ダリア』は動きませんもの」

 

 と言った。

 

「ええ!?」

 

「どうも、エンジンが焼き付いちゃったみたいなんです。整備しないと、動きません」

 

 まぁ確かに、あれだけ飛ばせばそうなってもおかしくはない。

 

「……………………………」

 

「乗せていって、くれますよね?」

 

 沈黙するアキトに、小悪魔のような悪戯っぽい笑みを浮かべ、彼女は言った。

 

「…………仕方ない」

 

 

 

 

 宇宙空間を、漆黒の機動兵器が駈ける。
 その後ろには、真紅の機体が牽引されていた。
 もうじき、ナデシコやしゃくやくと合流できるはずだ。
 そんな時、不意に彼女が言った。

 

「そうだ。一つ言い忘れてました」

 

「何が?」

 

「深層心理に抑え込められた中には、もっと別のものもあったんですよ」

 

「?」

 

「忘れようとしても、忘れることは出来ない事実。その一部を、『北斗』は私に委託したんです」

 

 アキトの方を向き、彼女は言った。

 

「それは、女性としての自分。
 無意識の内に抑えようとしていたそれは、
 勿論完全に私だけに委譲することなんて出来ませんけど、ね。
 『枝織』は別として、『女性』であることを明確に自覚しているのは、私なんです。
 自覚しようとすまいと、忘れることなど出来ませんけど」

 

 アキトは、一体彼女が何を言っているのかよく理解できていない。
 まぁ、すぐに理解しろと言う方が無茶かもしれないが。

 

「同時に…………」

 

 アキトの顔に、吐息がかかる。
 半ば操縦に意識を裂き、彼女の話を整理して理解しようとしていたアキトは、
 実に無防備な状態だったのである。

 

 ……気が付くと、彼女の顔が、すぐ近くにあった。

 

 それを認識した数瞬後。

 

「―――!!」

 

 唇に、柔らかな感触が触れる。

 

「同時に、………その想いも、ね」

 

 その感覚と言葉が脳に達し、処理し終えるのに数秒かかった。

 

「え、ええぇぇぇぇっっ!!?」

 

 そして、再起動。

 

 その狼狽ぶりに、顔を前に向けていた彼女は、不意打ちの完全な成功を感じた。

 

「『北斗』も『枝織』も、同じ想いを抱いています。
 ただ、明確にそれを認識しているのは私だけ、ですね」

 

 自然、笑みがこぼれる。

 

「それと……私、まだ名前がないんです。
 ずっとまえから存在(い)たことは確かですけど、表に出たのははじめてですから。
 だから………私の名前、考えてくれますか?」

 

「え、ええ? いや、でもそんなこと………」

 

 立て続けの唐突な展開に、混乱する気配が伝わってきた。

 

 ふふ、と、彼女は微笑む。

 

 漆黒の宇宙(そら)を、『ブローディア』は駈ける。
 騒がしさと微笑みを乗せて。
 行き着く未来(さき)はわからないけど…………

 

 きっと、明るいんだろう、と、彼女は思った。

 

 

 

 

 

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