◇

 

 転移の際に渦巻く魔力風が掻き消えると、俺は時の庭園の玉座の間に立っていた。

うし、成功!

目の前には、都合の良い事にMrs.テスタロッサが呆気に取られた顔で立っている。
お、この人のこういう顔は始めて見たな。

さて、目的を果たそうか…と歩き始めるが、手錠が邪魔な事に気付く。

何か使えるものは無いかなと、足元を見渡すと丁度良いものがあった。

俺の目の前に転がるのは、先に時の庭園に突入した時空管理局員が落としていった杖型デバイス。
どことなく、なのは嬢のデバイスのシューティングモードに似ている。

爪先で蹴り上げると、デバイスはそのまま直立。
意識を、この音叉のような槍先を持つ杖に集中すると、
音叉の根元に固定されている巨大な宝石・デバイスコアが光り、銀色の刃が展開する。

魔法の槍と化したデバイスの刃先に手錠を押し付け、一気に断ち切る。

手早く手錠の残骸を取り外し、管理局のデバイスを左手に持つ。

「待たせたな。」

Mrs.テスタロッサへ向き直り、声をかける。

「…今更、何の用?」

「なに、先ほどの御高説に一言文句、言いたくてな。」

「そう…。
ま、オマエともコレで最後だろうし、
聞いてあげるわ。
言ってみなさい。」

Mrs.テスタロッサは気を取り直したのか、いつもの見下す笑みを顔に張り付かせていた。

「それでは」と俺は咳きを一つ。
ゆっくりと話しかける。

「子供って奴はな、親の写し身だって話だ。
子は親の身振りや嗜好、言動に左右されるんだってよ。
まぁ、子供にとって一番近い人間は親なんだから、それも当然だわな。」

「…何が言いたいのよ…。」

「つまり、フェイトがああいう子に育ったのは、アンタがそういう風に育てたからだ。
アンタのアリシアって娘と、フェイトって娘があまりに違う子に育ってしまったのなら、
それは、アンタの所為だ!
フェイトを責めるんじゃ無ぇっ!!」

俺の一喝に、Mrs.テスタロッサの顔が歪む。
もちろん、怒りにだ。

「…そう。
オマエ…、そんなに死にたいのね。」

一瞬にして、彼女の右手にデバイスが握られ、振り上げられる。
見る見る魔力が溜まって、紫の雷が俺の周囲に走った。

おっと、こんなに簡単にキレるとは想定外だった。

咄嗟に俺は、左手に持ったデバイスを避雷針代わりに床に突き立て、自分は床に伏せる。

ギリギリで雷がデバイスに落ちた。
掠りそうなのもあったが、なんとか俺は無事だった。

代わりにデバイスがボロボロだ。
外装は酷く無いが、心臓部の制御システムがエラーだらけ。
一撃でコレとは管理局も安物を使ってるんだな。
いや、バルディッシュと一緒にしては駄目か?
…バルディッシュみたいに意思を持つ一点モノと比べては、コイツの立つ瀬が無いかもな。
ま、先の局員達を一撃で倒した雷を食らったのだし、
魔法障壁を一切張らなかったのだからこの結果は仕方無いのかもしれない。

幸いにして、管理局のデバイスはまだ周囲に転がっているので、有り難く交換する。

「やれやれ、図星を指されたからってそんなムキになるなよ。」

囚人服についた埃を叩きながらボソッと独り言。

だが、Mrs.テスタロッサには聞こえていたらしく、口元が怒りに釣りあがるのが見えた。

「おおっと、待った!
本題は別にある!!」

Mrs.テスタロッサは不愉快な態度を示したまま、話してみろと言った表情になったので遠慮無く話す。

ホントはMrs.テスタロッサの面を一発、殴り飛ばしてから口にしたかったが、
手を上げちまえば、彼女の怒りは俺を消滅させるまで持続しかねないからな。仕方ない。

「アンタ、さっき言ってたろ。
『これから旅立つ』って。
だからな、
その旅立ち、手助けしてやるよ。」

俺がそういった途端、Mrs.テスタロッサの表情が面白い位に変わった。
いや、ちょっと可愛いかも?

俺がにやけたのに気が付いたのか、Mrs.テスタロッサは再び「不愉快だ」という表情に戻った。

「ふんっ。
要らないわよ、アンタなんかの手伝いなんて。
とっとと消えなさい。
でなければ、私が消してあげるわ。」

「いや、別にそのアルハザードとかに行く術式の手伝いがしたいんじゃない。
俺には判らないからな。
そうじゃなくて、管理局の余計な邪魔が入らないように門番を仰せ付かってやるっつー訳だ。」

「…何処までも偉そうな奴ね。
………、
……でも、
そうね、足止めぐらいにはなるかしら。
いいわ。
好きになさい、私の知った事では無いわ。」

プイッとソッポを向いたMrs.テスタロッサは、
アリシア嬢の収まったシリンダーとジュエルシード達を引き連れて、奥の方へ立ち去っていった。

「私は、庭園の最下層で術式を展開するわ。
オマエは精々ココで、連中とじゃれてなさい。」

「あ、ちょっと待った。
この鎧達の制御法とか無いのか?」

立ち去りつつ、俺に捨て台詞を残すMrs.テスタロッサに俺が問い掛ける。
この玉座の間にも出現した鎧達を指揮出来れば、勝算は格段に上がる。

「傀儡兵の操り方なら、触れたら判るわ。」

そう言い残して、扉の奥に消えるMrs.テスタロッサ。

と、その時、ずっと展開されていたアースラと繋がっている魔法陣から声が届いた。

『フラットさん?
どういうお積りかしら?』

魔法陣に映っているのは、緑髪の偉そうな女性。

「別に?
見ての通りだ。」

『彼女は次元断層を意図的に引き起こそうとしているわ。
どういう結果に陥るかは、まだ判らないけれど、
下手をすれば隣接するあらゆる世界を巻き込んで、この世から消滅してしまうかもしれないのよ?』

「下手を打たなければいいんだろ?」

『プリシアをそこまで信頼しているのかしら?』

「いや、
だが、自分と娘の未来が掛かっているのなら、手は抜かないだろ?」

『…、そう。
あくまで彼女の側に付くのね。』

「中途半端に物事を投げ出すのが嫌いでね。」

困ったものだと俺は肩を竦めた。

『私達は、この事態を見過ごす事は出来ないわ。
時空管理局は、次元断層を引き起こすほど強大な力を持った遺棄物、
ロストロギアを安全に回収、保管する為に発展したのだから。
…、
手加減は、出来ないわよ?』

「望むところだ。」

彼女の真剣な表情に、ニヤリと笑いを返す。

そのまま、通話用の魔法陣が閉じた。

玉座の間に一人、残される。

さてさて、ショータイムは目の前だ。

俺は戦いの準備を始める事にした。


 

 

魔法少女リリカル☆なのは 二次創作

魔法少女? アブサード◇フラット

第六話 「決着! 終わる宿命と始まる宿命?」

 

 

 

 

  ☆

 

 走る。

走る。

走る。

私達は、アースラの廊下を駆け抜けた。

先頭はアルフさん。
お母さんの言葉で心を閉ざしてしまったフェイトちゃんを抱えて走ります。

まずはとにかく、医務室へ。

…フラットちゃん。
なんで、あんな事言う人の手伝いを…。
なんで?
判らないよ、フラットちゃん。

「手加減できない」と言ったリンディさんに、
「望むところだ」と笑って答えたフラットちゃん。

なんで?

フェイトちゃんのお母さんは、悪い人なのに…。

と、通路の向かい側から、人の走ってくる音がします。

クロノ君だ!

「クロノ君!
何処へ!?」

「現地に向かう。
元凶を叩かないと!」

「私も行く!」

「僕も!」

私の言葉に合わせてユーノ君も。

私達の言葉に、眉を引き締めたクロノ君が軽く頷いて答えました。

「判った。」

「アルフ。
君はフェイトに付いていてあげて。」

と、ユーノ君が言った時、アルフさんの方を向くと、
アルフさんに抱き上げられたフェイトちゃんの顔が見えました。

フェイトちゃんはボンヤリとした表情で何も見ていない感じで、
その瞳は瞳孔が開ききって、何も映さない。
湖のような澄んだ瞳だったフェイトちゃんの今の有様を見ているだけで心が締め付けられて、悲しくなってくるの。

「良し!
行こう!!」

アルフさんの頷きを見たクロノ君が走り始めます。
私達もクロノ君の後を追って、走ります。

『クロノ、なのはさん、ユーノ君。
私も現場に行きます。
貴方達は、プレシア・テスタロッサ及び、フラットさんの逮捕を!』

「「「了解!」」」

走っているとリンディさんから通信がありました。

これでまた、フラットちゃんと戦わなければならなくなってしまったの。

…、もぉいいや。
こうなったらフェイトちゃんの時みたいに、フラットちゃんも力一杯吹っ飛ばして、白黒ハッキリさせるの!
フェイトちゃんの時は、フラットちゃんのお蔭で酷い事にはならずに済んだけど。

気が付けば、アースラの転移装置の設置されている大広間にたどり着いてました。

「エイミィ!」

『準備出来てるよ、クロノ!
…皆、気をつけてね。』

クロノ君が声を張り上げると、スピーカーからエイミィさんの声。

「安心しろ、エイミィ。
僕達は、負けない。」

うわぁ、クロノ君ってば凄い自信。
でも、ま、ヤルだけだよね♪

『OK!
それじゃ、皆、魔法陣の上に乗ってっ!
転送するよ!』

エイミィさんが言い終わる頃には私達は既に魔法陣の上に居ました。

そして足元から虹色の光が輝いて、それが収まった時にはもう「時の庭園」の入り口に立っていました。

目の前には、石畳の大きな通路。
そして、鎧を着た巨大な騎士達が沢山。

うわぁ、皆、凄く大きいです。10mぐらい?

剣か槍と大きな盾を持った真鍮色の騎士と、大きな斧を持ってる更に一回り大きな鋼色の重騎士。
そして足の代わりに蝙蝠のような羽を持ち、蜂のような下半身を持つ緑色の騎士達。

「一杯居るね。」

「まだ入り口だ。
中にはもっと居るよ。」

息を飲むユーノ君に、強張った声のクロノ君が答えます。

「ねぇ、クロノ君。
この子達って…」

「近くの敵を攻撃するだけの、
ただの機械だ。」

「…そっか。
なら、遠慮はいらないね。」

レイジングハートを構えて、駆け出そうとした私をクロノ君が止めます。



「この程度の相手に、無駄弾は必要無いよ。」

そう言って飛び上がったクロノ君。

「はぁっ!」

〔Stinger snipe.〕

クロノ君のデバイスがリンディさんのような声で術式起動を宣言します。
…、お母さんの声をサンプリングしたのかな?

言い忘れてたかもしれないけれど、リンディさんはクロノ君のお母さん。
ハラオウン家は家族揃って管理局に勤めているのだそうです。


でも、そんな物思いもクロノ君の攻撃の前に消し飛びました。

攻撃が速いっ!

駆け寄ってくる真鍮色の巨大な騎士達を、凄い速さで切り裂いていく蒼い閃光。

分厚い鎧を、まるで紙みたいに引き千切っています。

「はぁぁぁっ!!
スナイプショットぉっ!!」

クロノ君が振りかざしたデバイスから、更に光が飛び出します。

今度は、騎士達を次々に串刺しに!

一撃で沢山の巨大な騎士達が爆発していきます。

「うわぁぁっ、凄いの。」

私達が驚いている間に、クロノ君は入り口の門の前に仁王立ちする重騎士の頭の上に飛び乗り、デバイスを突きつけました。

〔Break impulse.〕

杖の先端から蒼い光が走り、大きな重騎士が一撃で爆発します。

爆発する前に飛び退いたクロノ君は、私達の目の前に着地して怒鳴りました。

「ボーっとしてないでっ!
行くよっ!!」

入り口を守っていた騎士達をたった三発で一掃し、駆け出すクロノ君の後を私達は追いかけます。

う〜ん、クロノ君って思っていたより強いの。
この間の戦いぶりは、フラットちゃんとの相性が悪かったからなのかなぁ。



門をくぐり抜け、大きな廊下を走ります。

廊下は所々が抜け落ちて、その穴の下は得体の知れない色のモヤが渦巻いていました。
その中で黒い点々がウネウネ動いていて気持ち悪いです。

「その穴…、
黒い空間がある場所は気を付けて!
虚数空間。
あらゆる魔法が、一切発動しなくなる空間なんだ!
飛行魔法もデリートされる。
もし落ちたら、重力の底まで落下するっ。
二度と上がって来れないよっ!!
…次元断層が恐れられる所以さっ!!」

黒い空間…、あの黒い点々の事?

「うん!気をつけるっ!!」

走りながら説明してくれるクロノ君に、同じく走りながら答えます。

と、目の前に大きな扉。

クロノ君が走りながら蹴り開けました。

開けた先はとても広い部屋。
奥には上と下に向かう階段が見えました。

そして、部屋一杯の巨大な騎士達。

「なのは!
君達は最上階の駆動炉に向かってくれ。」

「え?
クロノ君はっ!?」

「僕はプレシアを逮捕する。
それが僕の仕事だからね。」

私の目を見てそう宣言するクロノ君に、私は頷いてユーノ君に駆け寄り、
ユーノ君を抱えた私は飛行魔法を展開しました。

「良し!
道を開くから、そしたらっ!」

〔Break cannon.〕

クロノ君のデバイスに特大の光球が集まって放たれます。

蒼い光の奔流に巨大な騎士達は成す術も無く消え去って、私は飛び出しました。

でも、

その時、

爆煙の向こうから、斧が付いた槍が繰り出され、私のすぐ側を走り抜けたんです。

「きゃっ!
まだ居るのっ!?」

私はユーノ君を抱え直し、空中で後退します。

煙が晴れた先には、一列に並ぶ盾の群れ。
どうやら、真鍮色の騎士達の様です。

「ちっ!
簡単にはやらせてくれないって事かっ!!」

クロノ君の舌打ち。

直撃を受けた騎士は盾が壊れて倒れていましたが、他の騎士達は健在でした。

と、
真鍮色の騎士達が、構えていた盾を元に戻して隊列を組み直します。

そして、その列の奥から現れた一体の鋼色の重騎士の肩に、特徴的な女の子が立っていました。

「ふん、当然だろ?
…、
ココは通行止めだ。
お引取り願おう。」

銀色の長い髪を風になびかせ、
燃える様な赤い瞳で私達を見据え、
喉から漏れる声は、乱暴な言葉遣いなのに澄んでいて、
整った顔立ちは決意に引き締まっています。

ブーツにズボン、紺色の膝下まであるコートに白い胸甲と肩当て。
武装局員さんのバリアジャケットに身を包み、
管理局の汎用デバイスを右手に下げたフラットちゃんが、そこに立って居ました。

「フラットちゃん!
何でっ?
何で邪魔するのっ!?」

私の声に怪訝な表情を浮かべたフラットちゃんは、私の方に向き直って、こう言いました。

「そんなの、決まってるだろうが。
俺がそうしたいから、そうするんだ。
お前も同じなんだろ?
高町 なのは。」

「えっ、
どうしてなの?
フェイトちゃんのお母さん、フェイトちゃんにあんな酷い事を言ったのに。」

フラットちゃんの言葉の意味が分からない私がそう答えると、

「あん?
ああ、ありゃ、俺でも許せない発言だったがよ、
だからといって、
ソレでソイツの人格、全否定するほど俺は素直じゃないんでな。」

「??
…どうしてそうなるのか良く分からないよ、フラットちゃん。」

「いい加減にするんだ、なのは。
フラット!
これ以上邪魔立てしても罪が重くなるだけだっ!!
大人しく投降しろっ!!」

私がフラットちゃんの言葉を飲み込もうとしている間に、デバイスを構え直したクロノ君が声を上げます。

「それは違うぞ、ハラウオン(・・・・・)執務官。
現状の力関係で言えば、むしろこうなる。」

クロノ君の言葉で気を取り直したフラットちゃんは、ニヤリと悪党笑い。

「これ以上、邪魔立てしても痛い目みるだけだ。
お前らこそ、大人しく撤退しろ。
…ってな。」

「僕の姓はハラオウンだっ!!」

名前をワザと間違えられた事に怒ったクロノ君が振り上げたデバイスに凄い勢いで魔力を集めだしました。
足元にも大きな魔法陣が展開しています。
…大技なの。

「うぉおおおっ!!!
スティンガーブレイド!
エクスキューション・シフトッッ!!!」

クロノ君の周囲に数え切れないほどの光の剣が浮かび上がります。
剣の一つ一つは蒼く光り輝き、柄の回りにはリング状の魔法陣が展開していました。

「怪我しても知らないからなっ!!
()ぇっ!!!」

クロノ君の号令に合わせて光の剣の群れが一気にフラットちゃん目掛けて飛び出します。

と、フラットちゃんの左手に魔法陣が展開して、その左手が人形を操るように踊りました。

すると空に浮かんでいた羽を持った騎士達が一斉に降下して、
床に立っていた騎士達と隊列を組んで、フラットちゃんの盾に。

直後、騎士達に光の剣が突き刺さって一斉に爆発。

煙が晴れた先には、大きな魔法障壁を張ったフェイトちゃんが無傷で立っていました。
障壁には何本かの光の剣が刺さっていましたが、障壁が解除されると共に消えてしまいました。

「残、念。」

ニタリとフラットちゃんが笑うと、クロノ君が息を切らせつつも悔しそうな表情をします。

「お前らは有能だが、心も身体も幼すぎる。
だから、簡単に俺の良い様にされるって寸法だ。」

つまり、わざと怒りを煽って疲れさせたって事?
うう、フラットちゃんってば性格悪すぎなの。

「そして、戦いの勝敗は質より量。
戦闘は火力が全てだ。」

「戦いの勝敗は質より量」と言った時だけ、ちょっと苦い顔をしたフラットちゃんが、
魔法陣が纏い付いた左手を何かに捧げるように掲げると、この部屋の床から無数の騎士達が浮き上がって来ます。

あっと言う間に、先ほど倒した数を超える騎士達が現れました。

「テメェ等に勝てる要素は、
……、もはや無ぇ。」

再び左手を踊らせると、真鍮色の騎士達が部屋の横幅一杯に隊列を組みました。

最前列の騎士は盾を前に、後列の騎士は頭上に構え、
盾と盾の間から沢山の大きな槍が突き出されています。

「これは…、ファランクス!」

ユーノ君が叫びました。

「ふぁらんくす?」

「古い軍隊の戦闘用隊列の一つさ!
盾で攻撃を防いで、隊列を組んだまま、真っ直ぐ前進して槍衾で突き刺し、踏み潰す。
物量と質を兼ね備えた蹂躙戦法だよっ!!」

おお〜、
流石、ユーノ君。
ウンチクを語らせたら右に出るものがいないね♪

「来るぞ、なのはっ!!」

クロノ君の警告に前を向くと、前進を始めた騎士の群れ。
それはまるで、壁が迫ってくるようでした。

 

 

  ○

 

 アースラの医務室にデンと置かれているベットにフェイトを寝かせたワタシは、
壁に埋め込まれている情報端末を起動した。

画面に光が灯り、時の庭園で戦っているアイツらの状況が映った。

「…あのバカ…。
何やってんのさっっ!!」

その光景に思わず近くの壁を殴りつけようとしたけど、フェイトが寝ているからガマンする。

情報端末の画面には隊列を組んだ傀儡兵に射撃を加えるなのは達と、
その傀儡兵達を操るフラットが居た。

「フラット。
アンタがやりたかったって事はこれなのかいっ!」

怒りのあまり、ギリギリと歯軋りが凄い音になっている。

思わず、一発ブン殴りに行ってやる!
と、いきり立った時、ワタシの視界にフェイトが入って、一瞬で怒りが沈下する。

虚ろな目を宙に這わせるフェイト。
あの女の残酷な言葉がフェイトの心を無残に引き裂いてしまった。

…許せない。

ただ笑って欲しい、自分に微笑んで欲しい。
それだけの為に血と涙を流して頑張るフェイトに、あの女は鞭と酷い言葉しか与えなかった。

手助けしてくれたから。
それだけの事で傷つく事も恐れずに頑張ったフェイトなのに、
フラットのバカはあの女に付く事でフェイトの思いを踏み(にじ)った。

許せない。
許してなんか、やるもんか!

ワタシは怒りに震える心を懸命に抑え、ワタシに出来る限りのヤサシイ手付きでフェイトの頬を撫でる。

「ゴメンね、フェイト。
ワタシも行くよ。
…大丈夫、直ぐ帰ってくるから。
もう、フェイトを一人にしたりしないから。
……、
だから全部終わったら、
ゆっくりでいいから、ワタシの大好きな、ホントのフェイトに戻ってね。
これからは、フェイトがフェイトの好きにして良いんだから。」

思いの丈を告げると、ワタシは後ろ髪を引かれながらも医務室を後にした。

最後に目にしたフェイトは、やっぱり、力の無い目をしてた。

畜生。
待っていろ、プレシア。
待っていろ、フラット。

今すぐ、あんた等の頭を拳骨で吹っ飛ばしてやるんだからっ!

 

 

  ◇

 

 ギリ、ギリ、ギリ。

左手が軋んで重い。

俺の左手には、この巨大な騎士達、傀儡兵を操る為の魔法陣が展開している。

元々こういう風に集団を操作する事は想定していなかった様で、一体一体、制御しなければならない有様だ。

その過負荷が左手に、重さとなって襲い掛かってくる。
まるで無数の操り糸が左手を余す事無く、締め付けているようだ。

なのは嬢達の攻撃で傀儡兵が倒されるたび、この重さは少しずつ解放される訳だが、
破壊される時に起きるフィードバックが左手を疲弊させる上、
補充の傀儡兵が次々に俺の制御下に入るのでトータルはマイナスを爆走中。

両手で操れば少しはマシになるのだが、気を抜けば俺に直接、攻撃を加えてくるような奴等だ。
油断出来ないので、右手はデバイスを下げている。

現状は、盾とハルバードを持った騎士隊にスクラム組ませて、なのは嬢達を押し潰そうと言う所。

だが、捕縛結界を大規模に張るというユーノの意外な活躍でスクラムの前進が止まるを幸い、
なのは嬢とハラオウンの二人が傀儡兵の盾をも貫通する高威力魔法弾を撃ちまくっている。

ただ、3人とも高出力の魔法を連発で唱え続けているだけに、遠目にも息が上がっている事が判る。

よしよし、目的は果たせているようだ。
本来ならもっと速く駆けさせて、一気に押し潰してしまうべきなのだが、
このスクラムの目的は連中の魔力、体力を失わせ、精神的に追い込む事に在る。

敵が無限に増殖するインベーダーゲームみたいなモノだ。
何時まで経っても終わらない圧迫感は、確実にアイツ等を蝕んでいるだろう。

さて、そろそろ仕上げだな。

俺は使わずに取っておいた、羽を持つ騎兵隊と巨大な斧を持つ少数の重騎士隊を戦いに投入する事にした。

天井から騎兵隊で何度も一撃離脱をかける。

追い込まれた連中の意識が前と上に集中した所で、重騎士隊をなのは達の後方、連中が入ってきた入り口近くの床から浮かび上がらせる。

「はわっ!?
ユーノ君!クロノ君!!
う、後ろっ!
後ろ見てっ!!」

なのは嬢の慌てた声に釣られるように、二人の悲鳴と怒声が上がった。
背後から、退路を塞ぐように巨大な騎士が湧いて出て来るのだ。
動揺してもおかしく無い。

作戦が成功した事に笑みが零れるが、
くっ、
更なる過負荷に左手の感覚が無くなっちまいそうだ。

だが、後もう少し。

騎士隊はそのまま前進。
騎兵隊は自爆覚悟で突撃。
重騎士隊は後方から突入させて連中の連携を掻き乱させる。

なのは嬢達の動きが明らかに鈍くなった。
傀儡兵の撃破率も頭打ちになってくる。
只でさえ魔力消費で疲れているのに、突撃した騎兵隊と重騎士隊による挟み撃ちで縦横に走り回り、飛び回らされて、
更に疲れてしまったのだ。

ふむ。
これほど計画通りなら、このまま殺さずに確保する事が出来るかもしれない。

下手に殺すとフェイトのトラウマを増産しかねないからな。
…う〜〜む。
俺が、戦いの時まで誰かの事を気にかけるのなんて、初めてじゃないか?

気付かない内に、フェイトは俺の大切な奴になっていたらしい。

まぁ、それならそれでいい。
何時だって世の中はシンプルだ。
ヤるか、ヤラないか。

ただ、それに大切な物が付いて回るから、人の世はヤヤコシイ。

それでも、大切な物っていう重りがあるから、人の世って奴に生き甲斐が生まれるんじゃないだろうか?
それが無かったから、俺は背中を刺されて死ぬような面白くない死に方しか出来なかったのかもしれない。

おっと、要らん事に頭を回すほどの余裕は無い。
隙を突かれる前に、連中のトドメを刺してしまおう。

俺は連中を身動き出来ないほど疲れさせるべく、重騎士隊の制御に意識を集中した。

だが、それこそが俺の隙だった。

 

 

  ◆

 

 …何もかもがどうでもいい。

もう、どうでも…。

私は、母さんに嫌われていた。
私に微笑んでくれたあの日の記憶は、私のものですらなかった。

アリシア。

私は彼女の…。
母さんは、私ではなくアリシアの…。

アリシアが憎いとは思わない。
人形だと蔑まれても悲しくは無い。

ちょっと嫌な気分にはなるけれど、そんな事より私を認めて欲しかった。

だから、母さんに嫌われているという事が、どうしようもなく悲しい。

必要とされているのだと思ってた。
そう、思っていた。

怒ると言う事は、その人により良く変わって欲しいから怒るのだと思う。

鞭を振るう母さんは怖かった。

けれど、それだけ期待されているのだと思えば…、そう思う事で私は頑張れた。
「いつか認めてもらえる」と。

…微笑んで欲しかった。

…私を認めて欲しかった。

…頭を撫でて欲しかった。

あの遠い記憶、アリシアの記憶の中で見せる、あの笑顔。

度重なる心労で疲れてしまった母さん。
あの記憶の頃とは、全てがすっかり変わってしまった母さん。

だから、もう一度、笑って欲しかった。

私が笑わせられたら良いのにな。
…そう思ってた。

でも、初めから嫌われていたのなら、笑わせてあげる事も出来ない。

…初めから嫌われていたのなら、認めてなんてもらえない。





…もう、いいよね。

要らないんだったら、私、頑張らなくても…。

そう思った瞬間、今まで私を支えていた何かがフッと消えてしまってて、
気が付けば、何も考えられなくなっていた。

真っ白な心に浮かぶのは、疲労と寂しさで…。

ふと気が付くと、フラットの言葉を思い出していた。


『それがどんな生まれであろうと、お前はフェイト・テスタロッサだ。』

『Fuck!』

『卑怯な手段って奴は自分が傷つきたくないからするもんだ。』

『石ころの分際でぇっ!!』

『俺には関係無い。』

『それはっ!余裕がある者の理屈だっ!!』

『邪魔立てするならっ、容赦しない!!』

『無表情かと思ったら、いい顔で笑うじゃないか。』

『じゃあ、フェイト。
改めて、よろしく。
俺の事はフラットでいいぞ。』






…何故、フラットはあんなにも自信に溢れているんだろう。

私にはアリシアの記憶が与えられてたから、少なくとも自分が何者なのか悩む事は無かった。
でも、フラットには何も無い。
名前さえも即興で仮のモノ。

なのに、何故。

なぜ、あんなに堂々として居られるの?

そういう人柄なのかな?
それとも、記憶が無くても生きてきた経験っていうのが支えてくれたんだろうか?

フラットは間違いなく「お兄さん」と呼ばれるくらいの年齢な気がする。
「おじさん」と呼ぶほど歳を取っている感じでもない。

本当に、どうしてだろう?

どうやったら、彼みたいにやっていけるのだろうか。


『…これからは、フェイトがフェイトの好きにして良いんだから。』


不意にアルフの声が聞こえた。



私が私の好きにして良い?

…「私」が「私の」好きにする…。

!?

あれ、
私、そんなの、考えた事が無い。

私は、何時も、母さんの願い通りに…、

…母さんの言うままに…、

…、

…、

………、言われたまま、言われた事をただこなすのって、頑張ってるって言えるんだろうか?

「私」が「私の」好きにする?

私のやりたい事って?


ふと気が付くと、私はベットで寝ていた。

どうやら、この船の医務室のようだ。

周囲の状況は次々に目の中へ飛び込んでくるけれど、
頭の中は、アルフの言った言葉ですでに一杯。

「…、そうか。
私、何も始まって無いんだ。」

ふっ、と考えが纏まった。

今まで私は、母さんが考えた通りに動いていた。
それは「私」が「私の」考えで動いた訳じゃない。

つまり、私は何も選んで無い、始めていない。
母さんの指示を、何も考えずに言われるまま、こなしていただけなんだ。

だから私は、母さんと私の関係を、
私が望む形へ…、変える。

〔Get set.〕

不思議にスッキリした気分でベットから降りると、
バルディッシュがペンダントからデバイスモードに変形して私を迎えてくれた。

床の上に直立したバルディッシュを右手で掴み取る。

「ありがとう、バルディッシュ。」

寡黙だけど、常に行動で示してくれるバルディッシュ。
不満は、あんまりお喋りしてくれない事だけ…。

バルディッシュを胸に抱くと、通信端末の画面が視界に入った。

時の庭園の中継が映ってる。

傀儡兵を操るフラット、迫り来る傀儡兵を片端から叩き潰す高町 なのは達。

でも優勢なのはフラットだ。

疲労の色が隠せない高町 なのは達を、別働隊で一気に追い詰めてしまった。

彼女達はバラバラに飛び回る事で辛うじて攻撃を避けているけど、それも時間の問題。

私はフラットが何故、母さんの側についたのか考える事も無く、ただ、フラットの戦いぶりに驚嘆した。

…、凄い。

本当に凄い。

圧倒的な戦力差を、傀儡兵で覆してしまった。

何故、フラットはこうも強くあれるのか。
何故、迷わずに戦い続けられるのだろうか。

だって、フラットも母さんに捨てられたのは間違いないのに!

この時、私は、間違いなくフラットに嫉妬した。

でも、同時に勇気も貰った気がする。
フラットの背中が『自分の望む事を成せ』って言ってる気がするから…。

「…ふぅ。
…、
よし。
行こう、バルディッシュ。
全てを始める為に、
…全てを終わらせよう。」

覚悟は決まった。

流されるだけの自分にさよならを。

これからの私は、私の意志で道を選び、私の足で歩く。

始めよう、「私」である私を。
終わろう、今までの「私」を。

私は時の庭園へ向け、空間転移した。

 

 

  ◇

 

 くっくっくっ。

即興とは言え、作り上げた計画が綺麗に決まるというのは実に気持ちが良い。

ココまで綺麗にハマったのは、不良掃討作戦の時ぐらいか。
しかし、アレは一歩間違えば嬲り殺しの目にあっていた、かなり瀬戸際な勝利だった。

今回も左手に無理な負担をかけてしまってはいるが、まだ瀬戸際と言うにはほど遠い。

現になのは嬢達は傍目に明らかなほど疲労している。

まぁ、焦る事はあるまい。
現在の達成目標は、時の庭園最下層にコイツ等を到達させない事だ。

足止めという意味なら十二分に果たしている。

と、俺が気を抜いたその時。

突如、俺の後方にオレンジ色の魔力光が走り、風が吹き抜けた。

転移魔法!?…しかもオレンジ、だと?

「ウォォォオオンッ!!!」

振り向こうとした俺に浴びせ掛けられる獣の咆哮。

振り返った時には、

狼の姿に戻ったアルフが、俺目掛けて跳躍した後だった。

「ちぃっ!」

魔法障壁を張るが、アルフの右前足の一閃で切り裂かれる。

大きく開かれ、俺の喉元に喰らい付こうとするアルフの口。

咄嗟に左手で庇うが、それこそがアルフの狙いだった。

アルフは傀儡兵制御用の魔法陣ごと、俺の左手に噛み付いた。

パリン。

思ったよりも、ささやかな音で割れる魔法陣。
牙が左の手首に食い込み、激痛が走る。

思わず引き抜こうとするが、そこで何処かで見た、もしくは俺の精神にインストールされた知識とやらが警告を発する。

曰く、
獣の牙は、獲物を引き千切るように出来ているので、噛み付かれた時は逆に押し込むようにすると良い…と。

覚悟を決め、全体重を左腕に乗せて、一気に押し込む。

「もゴッ!?」

しっかり噛み締め、引き千切るはずだった獲物が、
全力で振り払おうとするはずの獲物が、振り払わず逆に押し込んで来た事により、アルフの牙は左手首から抜け、
アルフの口は大きく開かれ、閉じる事が出来なくなった。

良し、このまま、壁に叩き付けてやる。

と、空中を走り出そうとした瞬間、
足元が不規則に暴れだした。

俺の制御から外れた傀儡兵達が、本来の機能に戻り、独自に戦闘を開始したのだ。

俺の築き上げた統制が崩れ、バラバラに動き出す。
俺の足元の重騎士も、俺のすぐ側にいるアルフを敵と認識し、アルフへ攻撃を開始した。

俺とアルフのすぐ側を、巨大な両刃の斧が駆け抜けていく。

あまりに危険なのでアルフを蹴飛ばして、足場にしていた重騎士から距離を取る。

「糞ったれっ!
後少しだったというのにっ!!」

しかも、傀儡兵は思った以上にアホだ。

入り口付近の主戦場では、せっかくの包囲網に穴が開いていた。

「ユーノ君!クロノ君!
ちょっとこの子達、足止めしててっ!!」

「「何をする気なんだっ?」」

「みんなまとめて、一掃するのっ!!」

その言葉と共に、なのは嬢の周囲に魔力が集まる。
巨大な魔法陣を正面に展開した、その光景を見て、なのは嬢の目的を知る。

「ちっ!
させるかよっ!!」

側に居た緑色の羽が付いた騎兵に触れ、かりそめの乗騎として俺の支配下に置く。

騎兵の背中に片膝を付いて立ち、デバイスを持ったままの右手で騎兵の襟首を掴んで『なのは嬢目掛けて突撃しろ』と命令を下す。

が、文字通り飛び出した騎兵は突然下から上へ突き抜けた衝撃で、その機能を停止した。

「アンタの相手はこのワタシだよっ!!」

落ちる騎兵から飛び降りた俺を待ち構えていたのは人型になったアルフ。

後方へ目をやると、
アルフへ攻撃を仕掛けていた重騎士は、その巨体を壁にめり込ませて沈黙していた。

「アルフ、
よくもやってくれたな。
後、一息だったというのに。」

完成直前のパズルを、跡形も無く消し飛ばされたような怒りが俺の身を焦がす。

「それはこっちの台詞だよっ!
アンタ、なんでプレシアなんかに協力してるんだ!
アイツはアンタを消そうとしたんじゃないかっ!!」

「ふん、
そうしたいから、そうしている。
…それだけだ。」

「ふざけてるんじゃ、
無いよっ!!!」

激昂したアルフが、台詞と同時に俺へと飛び掛る。

左手で魔法障壁を展開しようとしたが、度重なる酷使とダメージで左手の感覚が無くなってしまっていた。

「ちっ。」

舌打ちしつつ、右手のデバイスで捕縛結界を展開。

「ワタシに結界は通じないっ!」

だが、張ったばかりの結界がアルフの右ストレートであっけなく破砕される。

そのまま駆け込んでくるアルフに合わせて、俺も一歩前進する。
右足を前に出すと同時に、デバイスを槍のように構えたまま、右手を後ろへ。

俺が一歩進む間にアルフは、目の前へ迫るほど近づいていた。

アルフが拳を振り上げるのと同時に、左足を前へ。

アルフが拳を振り下ろすのと同時に、デバイスを突き出す。

ゴッ!!

魔法障壁や結界を一撃で破壊するアルフの拳と、俺が突き出したデバイスの穂先が真正面から激突した。

何らかの魔法効果で強化されたであろうアルフの拳は、鋭いデバイスの切っ先を受けても傷一つつかない。

「このっ!」

アルフは叫びと共に振り下ろした拳を引き、反対の拳を繰り出した。

俺は一歩後退しつつ背を逸らして拳を避けつつ、その勢いも利用してデバイスを持った右手を身体に引き付ける。
結果、円弧を描いたデバイスの石突がアルフの突き出した腕を打った。

「ええいっ!
小賢しいんだよっ!!」

だが、中途半端な痛みはアルフの怒りを煽るだけだったようだ。

縦横に振るわれる拳を辛うじて避けていく。

避け切れない拳はデバイスで叩き落とすか、逸らす事で対処する。

ちっ、左手も使えたら攻勢に出られるんだが…。
幸いにして、頭に血がのぼったアルフの攻撃は単調で読み易いので、なんとか片手で凌げている。

だが、俺を倒す事に集中しているが故に、アルフは回りの状況が見えていない。

現に傀儡兵の群れの向こうからは、危険なまでの魔力の高まりが桜色の光と共に確認できる。

「っ、このっ!!
よそ見してる暇なんか与えてやるもんかっ!!」

…俺の行動にアルフは更に怒りを燃やしてしまったようだ。
アルフはデバイスごと叩き折りそうな一撃を繰り出してくる。

俺も冷静に対処しなければどうしようもないから冷静に振舞っているだけで、
内心煮えくり返ってるんだが…っ、
なっ!!

アルフの大振りに過ぎる一撃を避け、がら空きの胴にデバイスの横殴りの一撃を喰らわせる。

「かはっ!」

素肌をさらしている横腹へ気持ち良いくらいにデバイスが直撃し、一時的に呼吸が乱れたアルフがふらついた。

もう一撃で、昏倒させれるか?
振りぬいたデバイスの勢いを更に加速させるべく、独楽の様に一回転。
後はデバイスをアルフに叩き付けるだけ、というタイミングで聞きたくなかった声が聞こえた。

「いっくよ〜〜!
悪い子は皆、吹き飛ばしちゃうんだから〜〜っ♪」


声の届く先では桜色の光が燦然と輝いている。

アレに巻き込まれれば、只で済まないのは明らか。
ならば、避けるしかない。

俺は舌打ちと共に、攻撃を中断。
デバイスを叩き付ける代わりに、自分の体ごとアルフに体当り。
その勢いも利用して、壁まで一気に跳躍する。

「スターライトッ!
ブレイカーーーッ!!」


時の庭園をも揺るがす強大な砲撃。

一時は優勢を誇った傀儡兵達と天井と床の一部、そして幾つもの壁が桜色の巨光の前に消えていく。

着地を無視した緊急回避の結果、壁に叩き付けられた俺とアルフは、
眼前を通り過ぎる閃光をただ見つめる事しか出来なかった。

ズズズ、と床が振動するのから想像するに、多分、今の砲撃はこの庭園の深部まで穿ったらしい。
いや、ひょっとすると貫いてしまったかもしれない。

空恐ろしい威力だ。

だが、そうであるが故に、もはやなのは嬢は恐れるに足りないだろう。

「…しかし、部屋を埋め尽くすほどの傀儡兵を部屋ごと消し飛ばすとは。」

起き上がりながら溜息を付くと、左手が今更ながらに痛みだした。

再び溜息。
だが、今度のは安堵の溜息って奴だ。

傷が痛いって事は神経が生きていると言う事。

重傷を負ってその部位の感覚を失った場合、その部位は死んでしまった可能性が浮上する。
神経も血も止まって壊死するのを待つだけ…、と言う可能性だ。

幸いにして俺の左手は、酷使とアルフの一撃で麻痺ってた…だけらしい。
つまり、
最悪、腐り落ちるしか無かったかもしれないこの左腕は、まだまだ俺の無茶に答えてくれる訳だ。

「…アンタ。
何で、ワタシを…。」

と、足元からアルフの声。

「あ?
なんだお前、なのは嬢の砲撃を喰らいたかったのか?」

「そんな事ある訳無いじゃないかっ!
そうじゃなくて、なんでワタシを助けるような真似を…。」

「んー?
避けるついで…かな?
深い意味は無いぞ。
それにな、お前を見殺しにするとフェイトが悲しむだろう?
Mrs.テスタロッサの側に付く事と、フェイトを裏切る事はイコールじゃないからな。」

左手の具合を確かめながら適当に答える。
ふむ、血も止まりそうだし、軽く布を巻くだけでいいか。

絶句するアルフを放置して、
コート…は生地が分厚いので、その下のシャツの袖の一部を裂いて作った包帯で左手を巻き終えた。

「見つけた!
フラットちゃん!覚悟だよっ!!
力一杯、お話しないと許さないんだからっ!」

土埃と瓦礫を挟んでなのは嬢の声が届いた。

あれだけの砲撃を放ったと言うのに、疲労は表に出ていないらしい。
…色んな意味で、ヤレヤレだぜ。

俺はアルフから離れつつ、デバイスを構える。

対するなのは嬢もデバイスを構え、何時でも飛び立てる体勢になった。

「ちょっと、待った!」

なのは嬢の視界を遮るようにハラオウンが身を乗り出す。

「どうしたの?クロノ君。」

「なのは、
君は最上階の動力炉を押さえてくれ。
アイツは僕が倒す。」

「え、駄目だよ!
フラットちゃんとは、白黒ハッキリ決着を付けないと!!
私とフラットちゃんの戦いなんだからっ!」

「違うっ!!
…、
いいか?良く聞くんだ、なのは。
僕達の今、成すべき事は、
この場で起きようとしている次元断層の発生を阻止、もしくは安全に収束させる事。
その為ならば、フラットとの勝敗なんてどうでも良いんだ。」

「…でも。」

「アイツと戦わざるを得ないのは、アイツが僕達の邪魔をするからだ。
そこを間違えてはいけない。
どうしても受け入れられないのなら、
…なのは、君にはアースラに帰ってもらわなくてはならない。
民間協力者である君に管理局として命令は出来無いが、保護という名目で強制退去させる事ぐらいは簡単なんだ。」

「…、
…うん。判った、クロノ君。
納得は出来ないけど、そういう事じゃ無いんだね、きっと。」

「ああ、その通りだ。
僕達の行動次第で、君の世界の安全が左右される。
次元断層はそれくらい危険なんだ。
それを忘れないでくれ。」

ハラオウンの言葉でなのは嬢の顔つきが変わる。
自分の世界が危険だと言う事に、我が侭を言っていられなくなったのだろう。

つくづくコイツ等の歳を疑いたくなる。
絶対、小学生の台詞じゃない。

すでに職業意識を確立させているハラオウン。
自分の趣味を優先させる所は子供だが、やるべき事は正しく認識しているなのは嬢。
目的の為ならば、自分の苦痛を噛み殺すフェイト。
ユーノの奴も、責任感に溢れているらしい。

…そうならざるを得ない環境で育ったが故であり、羨むのは筋違いだが、
自分が同じ歳ぐらいの時に何をしていたか思い出すと、自分が恥ずかしくなる。

と、溜息を付いていると、
なのは嬢がユーノを抱きしめて天井に空いた穴から上に向かおうとするのが見えた。

このまま彼女等を行かせるのも癪なので、フォトンランサーで迎撃する。

が、俺の放った光弾は、蒼い光線で全て打ち消される。

「お前の相手は、この僕だっ!!」

吼えるハラオウンを無視して第二射目に取り掛かったが、放つ頃にはなのは嬢達は天井の奥に消えてしまっていた。

「ちっ、
お喋りしている間にぶっ潰すべきだったか?」

仕方が無いのでハラオウンに視線を向けると、背後から声が上がった。

「アンタも意外と甘いね。」

アルフだ。
ハラオウンと協力してでも俺を倒したいらしい。

だが「俺も甘い」とは心外だ。
文句を言ってやろうとしたら、先にハラオウンが口を開いた。

「待った、アルフ。
君は、なのはを手伝ってくれ。」

「え?
でも、コイツは?」

「僕一人で十分だ。
それよりも、なのはの方が心配だ。」

「…判ったよ。
でも気をつけるんだよ?
フラットは容赦なんかしないんだから。」

そう言い残してなのは嬢の後を追うアルフ。

だが、そうは問屋が卸さない。
彼女が俺の上空を飛び越えた瞬間、俺は捕縛結界を展開した。

魔法陣から飛び出した銀の鎖に縛り付けられたアルフ。

「二度も三度も、同じ真似をさせる俺だと思っているのか?
…、
アレだけの砲撃をフェイトの時と合わせて二回だ。
しかも、今まで大量の魔力弾を撃ちまくっている。
先行したなのは嬢は、直に魔力切れで傀儡兵の餌食になるだろうよ。
ココでテメー等を足止めすれば、俺の仕事は完遂されるって寸法だ。」

デバイスで肩を叩きながら、二人にそう言ってやる。

ぶっちゃけ、出たとこ勝負でいい加減な作戦しか立てれなかったが、まぁ、これも策っちゃ策だろう。

俺がこの広間で大量の傀儡兵を連中にぶつけたのは、疲弊させる事と時間を稼ぐ事が目的なのだ。

物量に任せた消耗戦の恐ろしさの一つは、敵の質の高くても、敵の選択肢を奪う事が可能な点だ。
敵が少数精鋭だったりすると効果が更に高くなるのは見ての通り。

「馬鹿正直に正門から突撃したのが運の尽き…ってな。
テメー等が傀儡兵と交戦した時点で俺の勝ちって訳だ。」

加えて言えば、俺の目的はMrs.テスタロッサの術式が完成するまでの足止めだから、
こうやって駄弁ってるだけで目的が果たされていたりする。

と、ガラスが割れるような音がした。

「ふんっ、
何さっ!偉そうに!!
アンタをぶっ飛ばせば、それで終わりさねっ!!」

俺の結界を力ずくで破ったアルフが、着地すると同時に吼える。
今にも飛び掛って来そうな体勢だ。

その時、唐突にハラオウンが笑い出した。

「ク、クククッ、
ハハハハハッ!!
…ふんっ、
コレで勝ったつもりか?
あんまりっ、
僕をっ、
舐めるなぁっ!!!」

叫ぶと同時に跳躍。

空中に魔法陣を展開し、それを足場にハラオウンが再加速。
俺に向かって一直線に突っ込んでくる。

速い!

だが、軌道がモロ見えだ。

俺は一歩左に寄ってデバイスに魔力を込め、両手で保持して全力のバッタースイングを敢行した。

「おらぁぁっ!!」

「はぁぁぁっ!!」

斜め下から斜め上に振り上げる俺と、真上から真下へ振り下ろすハラオウンのデバイスが激突する。

想像以上に鈍い音が響き渡った。
そして、俺の両手に重い衝撃が伝わり、左手の傷にも響く。

「ぐっ。」

ガマン出来ない痛みに左手から力が抜け、デバイスの押し合いに競り負けてしまう。

そして、俺を押し切りつつ着地したハラオウンがそのままデバイスを振りかざす。

俺から見て左上から右下への切り下ろし。
体勢を立て直す余裕も無く、全力で後退。

頬を掠める杖の先。

振り切ったと思った瞬間、ハラオウンはデバイスを持ち替え、今度は石突を先にして真っ直ぐ突く。

咄嗟に左足に重心を移して、首を左に振る。

こめかみの側を走り抜ける石突。

転げないように踏ん張りつつ、更に一歩後退。
その勢いで右脇に抱えたデバイスを水平に振り回すが、盾のように構えられたハラオウンの杖でその勢いを止められる。

くっ、後退しながらの腰が引けた攻撃では駄目かっ!

俺の攻撃を止めたハラオウンは、そのまま怒濤の攻撃を開始する。

杖の先、石突、杖の中腹。
変幻自在の突き、薙ぎ払い、押し出し。

反撃の糸口も掴めない俺は、受身に立たされる。
体勢が崩れるのも構わず後ろに大きく跳躍しても、即座に飛び込んで来て間合いを潰される。

くそっ、生身の戦いでここまで押されるとは。

デバイスの振るい方も様になっている。
杖術の類でも修めているのかもしれん。

だが、段々とハラオウンの動きに目が慣れて来た。

だからそろそろ反撃に移ってやろうと思い立った瞬間、それは起こった。

俺から見て右上から左下への切り下ろしの攻撃をデバイスで打ち止めて、ショルダータックルで吹っ飛ばす。
そのつもりで振り上げたデバイスが目標を外したのだ。

バカな!

驚きに目を見張る俺の右肩にハラオウンのデバイスが叩き込まれる。

痛みと衝撃で動きが止まった瞬間に、ハラオウンの後ろ回し蹴りが俺に直撃する。

「ごっっ!?」

そのまま吹っ飛ばされた俺は、なのは嬢によって耕された床を滑り、転がり、倒れた。

うつ伏せになった俺は、震える手で起き上がろうとした。

が、
何故、外れたのか?

早く立ち上がらないと、という焦りと疑問で溢れそうになっている俺を尻目にハラオウンはアルフに声をかけた。

「ご覧の通り、コイツは僕が倒す。
君は早く、なのはの元へ急いでくれ。」

「…あ、ああ、
そうするよ。
アンタも気を付けてっ!」

そう言って穴が開いた天井を駆け抜けるアルフ。

起き上がった時には手の届かないところまで行ってしまっていた。

「ちっ。
拾い物に入っていたバリアジャケットをそのまま使ったとはいえ、甲冑に蹴りでヒビ入れやがるとはな。」

蹴られた辺りに手をやると、放射状のヒビが入っている事が良く分かる。
同じく殴られた右肩の方は肩当の固定具に直撃したのか、起き上がると同時に肩当のパーツが転がり落ちてしまった。

バリアジャケットが無ければどうなっていたか、考えるだけでゾッとする。

「僕を舐めるのもいい加減にしろ。
これでも僕は執務官だ。
管理局の汎用装備に手間取ってたまるもんか。」

「ふん。
道具は使い方次第だろうが。
ま、このデバイスの出力が物足りないのは同意だがな。」

どうも、この時空管理局の汎用デバイスは低い魔力量でも確実に稼動する事を優先して設計されているらしい。
省エネで定格出力の攻撃を可能とする、汎用武器としては中々の出来。
レスポンスが高いのも良い感じだ。

究極の汎用兵器とは「誰にでも扱えて、誰でも同じ破壊力を行使出来る」モノなのだそうだ。
現代社会でのソレとは、ミサイル…もしくは核兵器か?
どちらもスイッチ一つだ。
実際には、システムを操る知識と技能が要るが。

と、言う訳で俺が持っているこのデバイス。
訓練された兵士が装備するに丁度良い具合なのだが、
平均的魔力量を持つ者に合わせて設計されているので、俺達みたいな飛び抜けた魔力持ちには少々歯痒(はがゆ)い。

ま、それも使い方次第な訳だが。

「さて、第二ラウンドと行こうか。
…、
ああ、安心しろ。
俺はお前を舐めちゃいない。
ただ、見下していただけだ。」

皮肉でも何でも無く、本気で見下していた。
お蔭で実力を測り間違え、手痛いダメージを食らってしまったが。

俺は右肩をグルグル回して、身体に残ったダメージを探る。
…よし、とりあえず、ヤれる。
腹部の方も問題無い。

しかし、なんで先の最後の攻撃を受け損ねたんだ?
あれは確実に受け切れるはずだったんだが…。

まぁいい。

俺は、俺の吐いた言葉に顔を引きつらせるハラオウンに向かって飛び出した。

「くったばれぇぇッ!!」

先の攻防の立ち位置を真逆にしたかの如く、デバイスを垂直に振り下ろす。

振り下ろす瞬間にデバイスの穂先に魔力を集中、
銀色の刃を形成する。

紙一重で避けても無駄だっ!

だがハラオウンはデバイスを両手で掲げるように構え、俺の攻撃を受け止める。

「君はトコトン根性が悪いなっ!」

俺のデバイスを押し上げ、左足でハイキックを繰出すハラオウン。

俺はハラオウンの方に顔を向けたまま、デバイスから離した右手で迎撃する。

だが、脛を狙った俺のパンチは外れ、ハラオウンのハイキックが俺の右肩にブチ当たる。

「ぐおっ!?
…、何故だっ!!」

そのまま、吹っ飛ばされながら思わず俺の口から疑問が飛び出る。

本当に何故だ!
ハラオウンの動きは掴めていた。
あのタイミングなら、確実にハイキックを迎撃出来ていたはずなのにっ!

そもそも、俺を蹴り一発で吹っ飛ばすだと!?
いくら魔法で強化していたとしても、筋肉の付いた高校生を小学生がっ、

…そうか、

今の俺の身体は、小学生の女の子だった。

ちゃんと確かめる暇こそなかったが、この身体はフェイトと同じ身体に構成された…みたいだ。

うっ、女…。
再構成された時、一応自分の目で確かめたし、今までフェイトの体を借りていた時と同じ体の感じだから、女の身体で間違いないと…思う。

明確な「何か」を言葉に現せられないが、とにかく、何かに絶望してしまいそうだ。
小学生なのは仕方なくとも、せめて、男だったら…。

と、凹みながらも体勢を立て直して床に着地。

前に目を向けると、俺に飛び掛って来るハラオウンの姿。

畜生、落ち込んでいる暇が無い。
そういえば、身体を与えられてからコッチ、ずっと落ち込む暇が無い。

自分の体があるだけ御の字なのかもしれんが。

ま、戦っている内はそんなの気にならない辺り、俺も終わってるな。

「ふっ。」

思わず自分に失笑してしまう。
笑いつつも内心の焦りは拭えないまま、ハラオウンのデバイスを避ける。

ともかく、コレは問題だ。
気付かない内に俺は生前の身体の感覚で戦ってしまっていた。
18歳前後の鍛え上げた、男の体の感覚でだ。

当然、今の体ではリーチもパワーも段違い。

この身体での格闘戦の感覚も覚えているが、記憶を取り戻した直後である今、
かつての記憶の方が色濃く出てしまっている。

と、そこまで自分を認識したところで、再びハラオウンの攻撃。
できるだけフェイトと共にいた頃の戦いぶりを思い出しつつ防御に専念するが、どうしても上手く行かない。

なんて迂闊。

このままではマトモに戦えん。
身体感覚を取り違えたままでは、一方的に潰されて終わってしまう。

くそっ、
今の今まで気付かなかったなんてマヌケにもほどがある。

が、相手は待ってくれない以上、現状でハラオウンを打倒するしかない。

空間は広いとはいえ、屋内での戦闘。
しかも相手は手練。
格闘は避けたい。

ならば、遅滞戦闘に活路を見出すしかないな。
常にハラオウンとの距離を一定に保ち、後退つつ撃ちまくる。
スターライトブレーカーの砲撃跡を辿れば、隅に追い詰められる事も少ない…はずっ!

額を狙って突き出されたデバイスを体全体で避け、バックステップ。

追撃の突きを手元のデバイスで打ち払う。

更にバックステップで後退しようとしたが、崩れた体勢を利用して更に加速したハラオウンが今の間合いを維持し続ける。

「君が近接戦闘を苦手にしている事は分かった!
だから、トコトン距離を詰めさせてもらうぞっ!!」

宣言と同時に掬い上げるようにデバイスを振るうハラオウン。

くそったれ、
戦いのイニシアティブが取れない。

畜生め。
多少無茶をしてでも、この状況を壊さないとジリ貧だぜ。

現にハラオウンの野郎は戦いの主導権を奪われる事を警戒してか、隙の大きい攻撃は控えている。
先の俺の戦術を裏返したが如く、俺を疲弊させる事を意識しているのかもしれん。

相変わらず素早い攻撃を立て続けに繰り出してくるハラオウン。

しかも巧みに間合いを詰めてくる為、俺は後ろに後退し続けるしかない。

だが、
この程度の不利で大人しくヤラれるほど、俺は人間出来ていないんだっ!!

振り下ろされるデバイスを手に持つデバイスで打ち払ったその瞬間、
攻撃から次の攻撃へ移る一瞬の空隙。

俺はデバイスを使わずにフォトンランサーを形成し、左手で打ち出した。

自画自賛じみた物言いだが、銃の抜き撃ちじみた、なかなかの素早さだったその弾は、
ハラオウンの顔へ一直線に飛び出し、
顔の正面に緊急展開された魔法障壁に散らされた。

ちっ、良い反応だ。

だが、目くらましとしては十分。

「貫け、轟雷!」

大きく後退した先で魔法陣をデバイスを使わず展開し、

「サンダー・スマッシャー!!」

デバイスを握ったままの右手で、眼前の魔法陣へ魔力の篭もったストレートを放つ。

放たれた閃光はハラオウンに直撃。

先のフォトンランサーで一瞬目の眩んだ奴は、防御する事も出来ないまま吹っ飛んだ。

ザリッ。

ブーツが足元の破片を踏みつける音が響く。

ザリッ。

もう一歩後退する。

前進の間違いではない、後退だ。
格闘戦で倒せるのならこのチャンスを逃す手は無いが、
今の俺では無理。
ならば、二度と起き上がれなくなるまで撃ちまくるのみだ。

警戒すべきなのは、捨て身の特攻。
だから、自分の視界を遮るような高出力砲撃は避ける。
倒れた所に追撃の砲撃を放てば、土埃でやはり視界が遮られるのでトドメは刺せない。

理想は速攻でハラオウンを倒し、動力炉へ向かったなのは嬢達を足止めする事。

だが、速攻で倒そうとすれば反撃を食らって俺が倒されてしまうので、時間をかけるしかない。

まぁ、体力も魔力も危険なくらいに疲弊したはずのなのは嬢が、まだまだ居る傀儡兵を倒しきれるとは思えんが。
アルフも一体多数の戦いは得意じゃないしな…。

くっくっくっ。

どうして俺って奴は、こうも崖っぷちになればなるほど頭が回りやがるのかねぇ。

…ド畜生め。

 

 

  ●

 

 「…ゴホッ…ガハッッ。」

喀血が止まらない。

この身体も…、もう駄目ね。

でも、ココまで来たのだ。
あと少しで、希望に手が届くのだ。
…アリシアが生き返るのなら私は死んでも構わないし、地獄に落ちるのも本望よ。

私は、時の庭園の最下層で次元断層を制御するという困難に挑戦している。

なぜならば私の目的地、魔道を極めたと謳われる聖地アルハザードは、
遠い昔、時空の彼方に消し飛んでしまったのだから。

普通ならば、そこで諦めるだろう。
だが、私は次元断層に飲み込まれた物が、決してソコで失われてしまう訳では無い事を知っている。

あの忌まわしい、ヒュードラの失敗。
あの時、垣間見えた次元の狭間の先、一瞬ではあるが確かに私はアルハザードを見た。

あれこそ魔導の都に相違無い。
今までの研究の結果からも断言出来る。

そして、あのフラットと名乗る存在。
あの異常にタフネスな精神は、アルハザードを探す過程で偶然、私の手元に転がり込んで来た。
そう、アレは次元の狭間から零れ落ちて来たのだ。

次元の狭間。

かつては、失われた秘法を求めた研究。
今は、失われた命を取り戻す為の研究。

結局同じものを追い求めているのは、研究者という生き物の業なのかしら…。

ズズズ……ン…。

「ちっ。
アイツ、偉そうな事を口にしておいて足止め一つ満足にこなせないのかしら?」

今の振動から察するに、時の庭園全体を貫く規模の攻撃が行なわれた様子。

管理局の船は、次元断層に巻き込まれる事を恐れて攻撃圏内に踏み込んでこないでしょうし、
と、するならば、腕の立つ局員を派遣した…という所かしら。

ま、良いわ。

どうせ、この城にもう用は無いのだし。
精々、私達の旅立ちを祝う為に祝砲をあげれば良いのだ。

「ふふふ、
長かったわ。
アルハザードの居る深度まで次元を切り裂かねば届かない、と言う事を掴むまで。
それだけの次元震を発生させうる力を持つロストロギアを見つけ出すまで…。
でも、
もう、アルハザードは…、
目の前よっ!!」

10のジュエルシードと、時の庭園の動力炉として稼動しているロストロギアが唸りを上げる。

私の目の前、透明な床の先に発生した次元震を抉じ開ける。

見える!
あの黒々とした闇の先に!!

アルハザードがある!!

ギシッ。

一気に準備を整えようとした矢先、
音で無い音が響き、私の術式が強引に引き止められる。

なによ、これ?

っ!
妨害者!?

『プレシア・テスタロッサ。』

唐突に届く念話。
この声は管理局の…どこから…。

『終わりですよ、
次元震は私が抑えています。
ここの駆動炉も直、封印。
貴女の元には執務官が向かっています。

忘れられし都、アルハザード。
そして、そこに眠ると言われる秘術は、存在するかどうかも曖昧な…唯の伝説です!』

っ!
私の術式を止めるですって?
この女、只者では無い。

だけどそれ以上に、この女の断定口調が、許せない。

「…違うわ。
アルハザードの入り口は次元の狭間にある。
時間と空間が砕かれた時、その狭間に滑落していく輝き。
道は…確かに、そこに在る!」

『でも、随分と分の悪い賭けだわ。
貴女は其処に行って、一体何をするの?
…失った時間と、犯してしまった過ちを取り戻す?』

「…、
…、
……そうよ。
私は取り戻す。
私とアリシアの…過去と、未来を!
取り戻す…、
こんなはずじゃ無かった、
世 界 の 全 て を ! ! 」

ドンッッッ!!!

最下層への入り口付近で爆発が起こり、私がそちらに目を向けると、

「世界は、
何時だって、こんな筈じゃ無い事…ばっかりだよっ!!
ずっと昔から、
何時だって、誰だって…、そうなんだっ!!」

黒いコートに身を包んだ少年が立っていた。

額から血を流して左目が塞がれ、右肩を押さえている手から血が滴り落ちている。

と、

空から私の足元にボロクズの様になったアイツが降って来た。
先の爆発で吹き飛ばされたのね。

「ッ!
ぐおっ!!」

「…無様ね。
先の威勢は何処へ行ったのかしら?」

「ハンッ、
本調子じゃ…ないんでな。
それより、Mrs.テスタロッサ。
アンタ、まだこんな所で愚図ついていたのか?」

起き上がれずに寝転がったままのフラットが私に減らず口を叩く。

「ふん、言ってなさい。」

私が吐き捨てるように口にすると、黒いコートの少年が再び声を上げた。

「こんなはずじゃない現実から、
逃げるか、
立ち向かうかは、個人の自由だ。
だけど自分勝手な悲しみに、回りの無関係な人間を巻き込んでいい権利なんて、
何処の誰にも、在りはしないっ!!」

ちっ、
どこまでも正論を吐く連中ね。

判ってるわよ、そんな事くらい。

でも、それでも、
止められないのよ。

この…悲しみは。

我が子を自らの失策で失い、我が子を救う手立てが目の前に在る。

なのに救う手段が傍迷惑で危険だから、と、簡単に諦められる訳が無いじゃないのっ!!

と、

その時、上から二つの人影が降りて来た。

一人は生意気な使い魔。

一人は、
…、我が子の写し身、フェイト。

愛しのアリシアを復活させようとした試みは、まったく異なる子供をこの世に生み出すという失敗に終わった。

或いは、使い魔を超える魔導生命…というコンセプトこそが失敗だったのかもしれない。

幼くも聡い知性を持つフェイトは己の立ち位置を無意識に理解していたのか、アリシアの様に甘えてくる事は無かった。

いいえ…、違うわね。
私の振る舞いを見て、判断したのね。

逆らえば、消される…と。

ふっ、
フラットの言う通りなのかもしれないわね。

子は親を見て育つ…。

でも、他に如何すればよかったの!?

幾度もの失敗の果てに成功したフェイトは、アリシアじゃなかった。

アリシアの時の様に育てれば、アリシアの移し身となってくれるかもしれない。
そう思った事もある。

でも、出来なかった。

私の瞳に生きたアリシアの、フェイトの顔が映る度、
あの日の惨劇を思い起こしてしまう。

結果、フェイトに八つ当たりの暴力を振るってしまった私に出来た事は、
出来うる限りフェイトと接触しないようにする事だけ。

私の使い魔、リニスは、
そんな私の代わりに良くやってくれた。

だけれど、私を蝕み続ける病がリニスへの魔力供給を行なえないようになってしまった結果、
リニスを失ってしまった。

…せめて、フェイトが私を憎んでくれたら…。

私は、心置きなく、フェイトを呪う事が出来たのに…。

だというのに、あの子は。

どこまでも…私を…。

 

 

  ☆

 

 「ふぅ、ふぅ、ふぅ。」

息が切れる。

変なの。

まだ、走れるはずなのに…。

「なのはっ!
君の魔力は、もう限界だよっ!
いったん引くんだ!」

「出来ないよ!!
出来る訳無いよ!
私は、皆を守るんだからっ!!」

ユーノ君の忠告を、私は否定する。

今居るのは、大きな螺旋回廊。

羽付きの騎士や盾を持った騎士がひしめいています。

勿論、私の息が上がっていたって関係無く襲い掛かってくる。

「っ!
デバインシューターっ!!」

振り下ろされる剣を後ろに飛んで避け、魔法を放つ。

クロノ君のように、一発で一掃は出来ないけど、少なくとも一体は倒せる。

「ウォオオォォン!!」

と、背後から吼声が聞こえたと思うと、私の側を掠めて吹き飛ばされる騎士の姿。
振り返ると、

「油断するんじゃ無いよ、なのはっ!」

狼の姿のアルフさんが、騎士の何処かのパーツを咥えたまま、言いました。

「うん!
ありがとう、アルフさん!!」

私は気合を入れ直して、前を向きます。

ズキッ。

胸の奥が痛い。
でも、今はガマンしなくちゃ。

Master(マスター)
Do an unerring aim(的確に狙って行きましょう。).〕

と、レイジングハートが私に語りかけて来ました。

「…、うん!
ゆっくり、確実に、
だねっ!!」

Of course(その通りです).〕

よし、行こう。

上から羽付きの騎士が二体降下してくるのを、一体ずつ撃ち落とす。

レイジングハートが手伝ってくれるお蔭なのかな?
思ったほど胸の奥が痛まないの。

「なのはっ!
後ろだっ、避けてっ!!」

ユーノ君の声に振り返ると、巨大な斧を持った重騎士が、その斧を私目掛けて振り下ろしました。

あ、
駄目。
避けられない…。

高速移動のフラッシュムーブを使う暇も…。

こんな、
私、こんな所で?

と、思わず目をつぶった瞬間。

〔Thunder rage.〕

特徴的な合成音声が、魔法の起動を宣言しました。

「え?」

思わず目を開くと、巨大な雷に打たれて、崩壊していく重騎士。

上を見上げると、
真下にデバイスを構え、宙に浮かぶフェイトちゃんの姿がありました。

「ふぇ、」

「「「フェイト」」ちゃん!?」

思わず、私とユーノ君とアルフさんの声が重なります。

フェイトちゃんは、そんな私達に答える様に、

〔Get set.〕

「 サ ン ダ ー ー ッ 、 レ イ ジ ー ー ー ッ ! ! !」

大きな魔法陣を展開した一撃で、螺旋回廊に居る騎士達を一掃してしまいました。

そして、ゆっくりと私の居る高さまで、フェイトちゃんが降りてきました。

「フェイトちゃん、
元気になったんだねっ!」

思わず涙ぐんでしまいます。

と、私を見たフェイトちゃんが訝しそうな表情を見せて、ふぅ、と溜息。

「バルディッシュ。」

と、自分のデバイスに呼び掛け、私に切っ先を向けます。


一体何を?

「貴女のデバイスも私に向けて。」

「??」

訳が判らないまま、言われた通りにデバイスを構えます。

すると、バルディッシュのデバイス・コアからレイジングハートのデバイス・コアへ、金色の光が走りました。

〔Power charge.〕

そう言ったレイジングハートのシリンダーが動いて煙を噴くと、レイジングハートの輝きが増しました。
そして、気が付いたら胸の奥の痛みが何処かに消えていました。
なんとなく、身体も軽くなったような気がします。

「あ、あれ?
これは…!?」

「私の魔力を貴女に分けた。」

「え?
なんで?」

「…意味は無いよ。
ただ、そうしたかった。
ひょっとしたら私は、貴女を傷つけてきた事を負い目に感じているのかもしれない。
けど、ともかく、
私はこうしたいと思ったから、こうした。」

話はこれで御仕舞いって感じにフェイトちゃんが話を切ってしまいました。
奇しくもフェイトちゃんの台詞は、フラットちゃんの言ってた言葉にソックリです。

あう、
なのに、なんで頬が緩んでくるんだろう?

「でも、それはお互い様だと思うの。
えへへ、
なんだかとっても嬉しいよフェイトちゃん。
…ありがとう。」

思わずニッコリ、フェイトちゃんに微笑んでしまいます。

そんな私を見たフェイトちゃんは、目を背けてしまいました。

「…別に、私は。
それに、私にはやる事があるから、貴女の手助けは出来ないから…。」

そう言うフェイトちゃんの頬は赤くなってます。

ふふ、照れてるの。

なんだか、ほのぼのとしていた次の瞬間。
フェイトちゃんの眉がキリリと引き締まって、壁の向こうを見据えました。

「…、私も攻撃目標に含めた?
さっきの攻撃の所為?
それとも、私はもう「敵」なの…?」

何があるの?
と私も目を向けた瞬間、壁を突き破って大きな騎士が現れました。

デザインは盾と槍を持っていた真鍮色のタイプ。

でも、色は赤銅色で、そのサイズは10倍も大きいです。
さらに、

ガシャッ!!

両肩に大砲みたいなパーツが展開しました。

「大型。
バリアが強い。」

「うん。
それに、あの両肩の…。」

両肩の大砲に光が集まります。
目に見えるほどの魔力の高まりに、私の体が緊張しました。

でも、その時、

「だけど、
私と貴女の二人でなら…、敵じゃない。」

!?

それって、つまり協力するって事!?
…、
フェイトちゃんが、
私を、
必要としている!

「うん!
うん、うん、
うん!!
やろう!フェイトちゃん!!
二人で、一緒に!!」

私は即座に使い慣れた魔法、デバインバスターを、
フェイトちゃんはサンダースマッシャーを、それぞれ展開します。

私とフェイトちゃんの視線が交わって、口を動かす事無く、思いが伝わりました。

以心伝心。

これまで争ってきた間柄だからこそなのか、瞳を合わせるだけで言いたい事が通じ合って、
だから私は大きな声を出して、タイミングを合わせます。

「いっせぇのぉ〜〜っ!
「せっ!!」」

私の声に合わせて、同時に攻撃。

一撃で打ち砕かれ、壁をも貫く閃光に飲み込まれる騎士を眺めながら、私はいつの間にか緊張が解けていた事に気付きました。

なんだろう、この感じ。
アリサちゃんやすずかちゃんと一緒に居る時のような、違うような。

でも、

なんだか胸がとっても暖かいの。

 

 

  ◆

 

 時の庭園に転移した私は、その場で戦っていた高町 なのはに協力して傀儡兵を一掃した。

…、何故?

何故、私は高町 なのはに協力したのだろう。

なんとなく「そうするべきだと思った」。

でも、どうして、そうするべきだと思ったんだろう?

「負い目」があったから?

確かにその通り。
ジュエルシードを奪う為に、私達は高町 なのは達に戦いを仕掛けた。
それが「負い目」。
でも、
それだけでも無い。

あれだけ敵対していたのに…。



あれだけ敵対して「いた」?



そうか。
私はもう、ジュエルシードを集める気は無いんだ。

私はもう、高町 なのは達と争う気が無いんだ。

だから、助けた。

困っているようだったから、魔力を分け与えた。

…敵じゃないから。

じゃあ、高町 なのは達が敵対している母さんは、私の敵?

……、

そうなのかもしれない。

そうでないのかもしれない。

…、判らない。
母さんの事をそういう風に考えた事は無かったから…。

じゃあ、

私のする事は、唯一つ。

私は…、

「…ちゃん。
…ちゃん!
フェイトちゃん!!」

!?

「なっ!?
何っ!?!?」

大きな声で呼びかけられて、考え事に夢中だった私は心臓が止まりそうな勢いで驚いてしまった。

「も〜。
ちゃんと聞いてて欲しかったな。
もっかい聞くよ?
フェイトちゃんは、これからどうするの?
私達は、ここの動力炉を止めに行かないといけないんだけど。」

「…。
私は、母さんに会いに行く。
会って、話をする。」

「…そっか。」

私の答えを聞いた高町 なのはは、少し困った顔をして頬を掻く仕草をしている。

私も共に行動すれば彼女達の目的も達成しやすくなるだろうから、私を誘う言葉を捜しているのかもしれない。
私はそう判断した。

でも、彼女の言葉は違った。

「その…、
私バカだから上手く言えないけど、
…頑張って。」

デバイスを傍らに置いて、両手を私の右手に添えて、
高町 なのはは私を真摯な瞳で見据える。

…、
自分の表情が驚きに溢れているだろう事が自分でも判るほど、私は動揺した。

だって、彼女は…、
自分の事なんか微塵も考えず、ただ私を案じていたのだ。

先の困惑も、私に送る言葉が思い当たらなくて自分自身に苦笑していたのだろう。

だからだろうか。

「…ありがとう。」

気が付けば、私は右手に添えられた高町 なのはの手に左手を乗せ、感謝の言葉を述べていた。

なんの気負いも無く、自然にそう言っていた。

アルフやフラットにも言った事がある言葉だけれど、初めて使ったような新鮮味があった。

多分、あの二人には色々迷惑をかけているという気負いがあるからだろう。

でも、彼女には何も無い。

なんでだろう?
言った私の方が、気分が楽になってる気がする。

私と高町 なのはの間に不思議な沈黙が流れると、急に暖かい感触に包まれた。

「フェイト!
フェイトっ!!」

アルフだ。

「良かった!
良かったよぉっ!!」

跪いて、私の腰に両手を回して、私のおなかに顔を埋め、泣いている。

「…うん。
ゴメンね、アルフ。
心配かけたね。」

アルフは体が大きいから勘違いしがちだけど、本当はまだ、私よりも幼い。
人以外の大抵の種族は子供の期間が短いから、そういう意味ではもうアルフがお姉さんかもしれないけど。

その事に気が付くと、私はいつのまにかアルフの頭を撫でていた。

出来ればアルフが落ち着くまでこのままで居たいけど、状況がソレを許してくれない。

「アルフ。
…私、行くよ。」

「え?
何処に…、まさか!
駄目だよ!
あんな女、無視して逃げよう?
あんなのに関わっても、フェイトが傷つくだけだよ…。」

「ううん、もう逃げない。
今、逃げ出したら、私はもう、
…何も始められなくなる。
だから、
母さんと話をしないと。
結果は問題じゃないんだ、アルフ。」

「…フェイト。」

跪いたまま、潤んだ目で私を見上げたアルフは、
ゆっくりと頷いて、立ち上がった。

「判ったよ、フェイト。
フェイトがそう決めたのなら、ワタシはどこまでも付き合うさ。」

「うん。
ありがとう。」

立ち上がったアルフと共に、最下層への道へ向かう。

側で私達を見守っていた高町 なのは達は最上階への道に。

背を向け合った私達はそのまま別れる。

「動力炉はこの道を真っ直ぐ上がって、
突き当たりの扉の奥にあるエレベータで更に上がった所だよ。」

「うん。
有難う、気をつけてねフェイトちゃん。」

「…貴女も。」


そうして私達は彼女達と別れ、行く道を尚も塞ぐ傀儡兵を蹴散らした私達は母さんと対面した。

 

 

  ◇

 

 倒れた身体を起き上がらせた時、俺の側で激しい咳きが聞こえた。

同時に血の零れる音。

Mrs.テスタロッサは身体を病んでいたらしい。

今まで俺達にソレを判らせまいとしていたのは、プライドの為だろうか。

「母さん!」

フェイトが血相を変えて駆けて来る。

だが、

「何しに来たの。
…消えなさい。
アナタに、もう、用は無いわ。」

掠れた声で告げるMrs.テスタロッサの言葉にフェイトの足が止まる。

フェイトの顔つきは今にも泣き出しそうだったが、
だが、同時に決意に染まっていた。

正直、俺は驚いた。

時の庭園での戦闘で、かなり時間が経った様な気分になっているが、
実際、俺がアースラから空間転移してから30分経ってないはずだ。

だというのにフェイトは心神喪失状態から復帰し、
心を閉ざす原因となったのに等しい言葉を投げ付けられたと言うのに、
その言葉を真正面から受け止めている。

元から我慢強い娘だったが、これは我慢とかの範疇じゃねぇな。

いったい、何がフェイトに…。

「…、
貴女に言いたい事があって来ました。」

フェイトの言葉で、この場に静寂が訪れる。

「私は…、
私はアリシア・テスタロッサじゃありません。
…貴女が造った、唯の人形なのかもしれません。
でも、私は、
フェイト・テスタロッサは。
貴女に生み出して貰った、育ててもらった、
貴女の娘です。」

そう言い切ったフェイトの顔は、いつの間にか迷いの表情が消え、
実に穏やかだった。

…強い。
一体この子は誰だ?

「男子三日会わざれば活目して見よ」って言葉があるが、女の子だったらもっと一瞬なのか?

いや、大したもんだ。
もっと歳を取っていたら、惚れていたかもしれん。

…そういえば、俺が女性にそういう興味を持ったのって初めてだな。

と、

唐突に高笑いが聞こえた。
Mrs.テスタロッサだ。

「アハハハハッ、
あははははっ、
…、
だから何?
今更、アナタを「娘と思え」とでも?」

「…、
貴女が、それを望むのなら。
…それを望むのなら、
私は、
世界中の誰からも、
どんな出来事からも、
…貴女を守る。」

「私が貴女の娘だからじゃない。
貴女が、
私の母さんだからっ!」

決意に満ちた眼差しでフェイトが断言する。

だが、

それを間近で聞いたMrs.テスタロッサは

「…くだらないわ。」

と、一言呟いて杖に魔力を込め、床に打ち下ろした。

10個のジュエルシードを基点に置いた超弩級の魔法陣が唸りを上げ、時の庭園が振動を始める。

その振動で天井や床に亀裂が走り、
破片が降り注いできた。

これは…崩壊を始めている!?

手を差し伸べるように伸ばしたフェイトへ背中を向けたMrs.テスタロッサに目を向けると、
彼女の表情は、怒りと悲しみが入り混じった複雑な表情をしていた。

いや、これは…後悔?

「ちっ、動力炉は抑えられたのね。
でも、それなら時の庭園の質量をそのまま変換するだけよ。
管理局の五月蝿いのも妨害出来なくなったみたいだし。
…まだ行ける。
行けるわ!
アルハザードはもう目の前よ!!」

口から零れる血を拭きもせず、術式に没頭するMrs.テスタロッサ。

だがその時、一つのジュエルシードが明滅を始め、
魔力を放出しなくなってしまった。

「…何よ?
どういう事!?」

そのジュエルシードのナンバーはZ。
俺の今の体の再構成に使われたジュエルシードだった。

Mrs.テスタロッサが如実に取り乱す。

「何故!?
どうして!?
どうして、いつも、後一歩のところでぇっ!!」

どうやら、このままではMrs.テスタロッサの目的は叶えられないらしい。

『聞こえる、皆!?
アースラに戻ってっ!!
そこは崩壊します!
この規模なら次元断層は起こらないから、早く逃げてっ!!』

と、艦内で聞いた事のある声がここに届いた。

「聞いたか、フェイト!
脱出するぞ!
早くしろっ!!」

ハラオウンの警告も聞こえる。

どうやら本格的にヤバいらしい。

ふとフェイトに目を向けると、フェイトは真っ直ぐMrs.テスタロッサを見つめたまま微動だにしていない。

…、
ふう、やれやれ。

俺は、今までの戦いの中でも失う事無く持ち続けていたデバイスを、ジュエルシードのシリアルZへ向ける。

そして、俺に残った魔力をありったけ注ぎ込む。

「ふん。
餞別って奴だ。
とっとけ。」

唐突な俺の行動にMrs.テスタロッサが唖然とした顔を俺に向ける。

が、
対する俺は、立つ力すら失い、床にへたり込んでしまった。

「オマエ…、何を?」

と、Mrs.テスタロッサが口を開くが、彼女は再び口をつぐんでしまう。

今度はフェイトが俺と同じようにジュエルシードへ魔力供給を始めたのだ。

俺達の魔力を受けたジュエルシードは輝きを取り戻し、超弩級の魔法陣は活動を再開する。

魔力供給後も辛うじて立っているフェイトにMrs.テスタロッサが疑問の声を上げた。

「アナタ達…、
どうして!?
何故!?
理解できないわ!
どうしてアナタ達は、私なんかに協力出来るのよっ!!」

「…、
それは、貴女が私の母さんだから。」

「私は貴女の心も身体も、傷つける事しかしなかったのよ?」

「それでも、貴女は、母さんだから。」

フェイトの答えに絶句するMrs.テスタロッサ。

「くっくっく、
受け入れちまいな、ミセス。
損得だけで動く人間だけじゃねぇんだ。
特に、
フェイトみたいなのはな。」

「そういうアンタは、どうして、そんな有様になるまで私に協力したのよ?」

俺の言葉に疑問で返すMrs.テスタロッサ。

「損得じゃねぇのさ。
…、
強いて言えば、恩義かね?
道具扱いは業腹だったが、ミセスが俺を拾ってくれたお蔭で悪態吐く事も出来るってわけだ。
…ただ、それだけだよ。」

へっ、と尻餅ついたまま肩をすくめる。

「…馬鹿ね。
大馬鹿者だわ。
…、
どうして、
どうして憎まないのよっ!
私を!!

…、
憎んでくれたら、私も心置きなく、全てを憎めたのに…。」

俺たちに向け怒鳴っていたMrs.テスタロッサだが、途中から涙が零れていた。

口からは喀血。
涙で化粧はグシャグシャ。

なのに何故か、
彼女の表情は目を離せないものがあった。

その時、俺の側に特大の瓦礫が落ちてきた。

幸い、俺には掠り傷一つなかったが、どうやら、いよいよ持って長居出来なくなったようだ。

「大丈夫、フラット?」

「おう。
魔力切れで身動き取れない以外は問題ないぞ、フェイト。」

心配して俺の側に来たフェイトに、笑ってかえす俺。

俺の言葉に頷いたフェイトは、そのままMrs.テスタロッサへ顔を向ける。

どうやら術式が完成したらしく、
トンデモナイ大きさの魔法陣の縁に沿って光が走る。

光が走った後にそって床が抜け、
Mrs.テスタロッサはアリシアの入ったシリンダーと共に巨大な魔法陣に乗ったまま、
ジュエルシードを引き連れ、眼下の時空の裂け目へゆっくりと降りて行く。

俺達の方へ顔を向けたMrs.テスタロッサはしばし悩む顔つきをした後、懐から取り出した宝石を投げた。

フェイトがソレを受け取ると、Mrs.テスタロッサが口を開く。

「アナタ達にあげるわ。
…別に餞別って訳じゃないわ。
もう私に必要ないものだからよ。
…、
じゃあね。
一応、感謝してあげる。
家名は好きに使っていいわ。
…面倒背負い込むだけでしょうけど。
…………、さようなら。」

そっけない口ぶりで、そういい残したMrs.テスタロッサは視界から消えていった。

「…母さん…。」

フェイトが床の穴の縁まで行って最後まで見届けようとするが、
時の庭園の崩壊がソレを許さなかった。

大きな瓦礫が次々と落下し、床が崩れていく。

瓦礫で退路が断たれ、床が裂けて身動きが取れなくなっていく。

「おっと、
…参ったな。
少し魔力を奮発しすぎたか?」

マトモに身動き取れない俺では脱出できなくなってしまった。
ま、ハラオウンの奴に散々痛めつけられたってのもあるんだが。

その分以上の仕返しをハラオウンにはしてあるので、その件はどうでもいい。

ん?
フェイトはその気になれば脱出できなくはなさそうなんだが…、

「フェイト?
どうした。
ボーっとしている暇は無いぞ?
うかうかしていたら、潰されちまうからなぁ。」

「…フラットは?」

「ん。
俺は無理っぽい。
もうしばらく休めば動けそうだが、それだけの余裕は無さそうだな。」

肩をすくめてそういった俺へ、フェイトが歩み寄った。

「じゃあ、無理に動くしかないね。」

そういったフェイトが俺の脇に手を差し入れ、起き上がらせる。

「…とはいえ、飛べなきゃどうしようもねぇ、
終わったな、コレは。」

フェイトの肩を借りて立ち上がった俺は出口へ目をやった瞬間、そう言う。

上層への通路は、無数の瓦礫で塞がれてしまっていた。

「フラット。」

「あん?」

俺を呼ぶ声にフェイトの方へ向くと…、

至近距離から頭突きを食らわされた。

「っ、ぐぉっ!?
なっ、
いきなり何するっ!」

「…フラットらしくない。」

「なにがだ?」

「フラットらしくない。
そんなに簡単に諦めるなんて、
フラットじゃないよ。」

ムスッとした表情で俺に言うフェイト。

「けっ、
言ってくれる!」

忌々しげに舌打ちしたものの、気分は意外に晴れやかだ。

確かに!
俺は物事を簡単に諦めるほど(いさぎよ)く無いし、
往生際の悪さなら、身をもって味わっている。

ま、フェイトが俺の事を「そういう奴だ」と認識しているのは素直に嬉しい。

「俺とした事が、どうかしてたぜ。
魔力が切れたくらいで考える事を放棄するなんてな。」

そうだ。
魔力が切れたから、どうだと言うのだ。
ガキの時は魔法など無かったではないか!

俺の首に死と言う名のギロチンが落ちる瞬間まで、
…いや、落ちても諦めない。

むしろ、諦めるって事に意識が回らないくらいの有様の方が俺らしい。

何か手があるはずだ。
どれだけ危険だろうと、目の前の危機を潜り抜けられる方法が。
後はソレを繋げて、生き延びるだけだ。

ここで死ぬなどという「強制」、死んでも許さんっ!!


と、上を向いた時、
天井から斜め下方向へ桜色の光線が走った。

「…あの色。」

「ああ、アイツか。」

瓦礫を吹き飛ばして、上階から舞い降りた少女。

白いバリアジャケットに身を包み、両足に飛行用魔法を展開した高町 なのは。

右手を俺たちに差し出して、彼女はこう言った。

「飛んで!
フェイトちゃん!フラットちゃん!!」















 第六話 完















 あとがき

 すいません。次で無印編、最後です。

エピローグ扱いなので短いですが、切ったほうが収まりが良いような気がしますので。

では、7話のあとがきで。



エピローグ