スーパーロボット大戦 exA

 

第18話 ゴー・イーストエンド


ナデシコの攻撃(グラビティブラスト)で展開されているバッタの85%を掃討。発射後の相転移エンジンも順調に稼動中。オーバーロードの回路が数箇所ありますが……」
『こちら整備班! 末端のバイパス回路で不具合が出たぐらいで主系統に影響は無い。戦闘に支障は無いぜ』
「と、整備班チーフも言ってます」

 オペレーションブリッジのホシノ・ルリと、コミュニケ越しのウリバタケ・セイヤの報告を聞いて、一段上のコマンダーブリッジのミスマル・ユリカが満足そうにうなずいた。

「それでは、これよりナデシコは掃討戦に移ります。港湾施設に被害が出ないように速やかにバッタを排除してください。よろしくおねがいしまーすっ。
 ナデシコ、ディストーションフィールドを維持しながら海上へ移動。グラビティブラストのチャージも続けておいてください。あとルリちゃん、現状のバッタの展開図と予測進路を迎撃に出ている機動兵器に転送して。バッタはこちらを攻撃目標にするはずだから」

 ここまでの指示を一気に言い切り、ユリカはルリに向かってにぱっと満面の笑みを浮かべる。
 手を振ったりVサインを出したりしてしきりにルリの気を引こうとしたのだが敵はまったくの無反応。完全轟沈のユリカはがっくりと肩を落として、ジュンにあとよろしくぅと力なくつぶやいてデッキの後ろに引き下がってしまった。
 しょうがないなぁという苦笑を浮かべながら、今度はアオイ・ジュンがコマンダーデッキの前に出てきた。

「側面援護を行います。ボルフォッグ?」

 コミュニケに向かってジュンが呼びかけると、音声のみでマシンボイスが返答してくる。

『こちらボルフォッグ。アオイ副艦長、お呼びでしょうか?』
「対空砲を使う。ナデシコのディストーションフィールドをミニマムバリアのレベルまで下げるので、甲板上でバッタを迎撃してほしいのだが、できるか?」
『お任せください。広域殲滅は無理ですが』
「了解。ナデシコへ肉薄した撃ちもらしを落としてくれれば十分だ。3連対空砲スタンバイ! 迎撃態勢整ったらディストーションフィールドの出力変更。グラビティブラストのチャージは?」

 ジュンからの問いかけに、ルリの隣のハルカ・ミナトから返答がある。

「80%まで終ってるわよ。出力60%でよければ今すぐにでも」
「わかった。ハンガーデッキ、ボルフォッグを出すのでスタンバイよろしく」

 元気な女子大生艦長と気弱な学生副長。
 そんな第一印象を払拭させられて、ミナトは感心していた。

「ふーん、最初にデッキに上がってきたときはどうなるかと思ってたけど、艦長も副艦長も結構やるじゃない」
「そうですか? 艦長は指示だけ出して引っ込んじゃいましたよ?」

 納得がいってない風情で首をかしげるメグミ・レイナードに、苦笑しながらミナトが答える。

「普通の会社でもね、ベンチャーでもない限り社長が事細かに口出ししてたら仕事が回らなくなっちゃうの。だからミスマル艦長は最初の方針だけ明確にして、あとは実働部隊に任せちゃったわけ」
「で、実際の指揮を副艦長が執るってことですか」
「いいコンビみたいね。少なくとも、あの艦長が後を任せてのほほんとできるぐらいには、能力はあると思って間違いないわ」

 へー、と感心したようにメグミがジュンを見る。確かに、なよっとした外見とは裏腹に、各部署への指示は的確かつ力強い。

「ちょっと、かっこいいかも」
「うーん、どうかなぁ? 普段はきっと見かけどおりの人だと思うなー」

 そんな風に値踏みされているとは露知らず。
 ジュンはメインスクリーンに映し出される戦況図とハンガーデッキの光景をじっと見詰めていた。

 

○  ○  ○  O  O  O  ・ ・ ・  O  O  O  ○  ○  ○

 

「ボルフォッグ、だっけか。お前、GGGの機動メカなのか?」

 パトカーを模したビークルモードのボルフォッグに向かって、ウリバタケ・セイヤは問いかける。
 問いかけ、というよりは確認に近い。

『その通りです、ウリバタケ整備班長』
「ってことは、AIプログラミングは」
『予測通りです。私のAIはGGGの猿頭寺チーフオペレーターによって調整されました』

 猿頭寺、の名前を聞いてセイヤはがしがしと頭をかいた。

「耕助の奴、相変わらず風呂にも入らずプログラムばっかりか?」

 知り合いなのだろうか。心底嫌そうな口調とは裏腹にほんの少しだけほころんだ表情でボルフォッグに尋ねる。

『いえ、近頃は2日に1回は入浴しています』
なっ、なにぃっ!?

 そこまで驚くのもどうかとは思うが、セイヤにとって耕助がそんなに風呂に入ることはにわかに信じられないらしい。

『研究や生活のパートナーとなっている生体医工学者のパピヨン・ノワール博士に、入浴でリラックスすることで作業効率が上がると諭されてから、習慣になったようです』
「パピヨン……ノワール……その名前……生活のパートナー、だとぉ……」

 ぶつぶつぶつと腕を組みながら、セイヤがボルフォッグの前を行ったり来たりする。そして、3往復目にくわっと顔を上げた。ナデシコ発進前に檄を飛ばしたときよりもすさまじい表情を浮かべている。

「耕助……てめえ、いつの間に女作りやがったあああっ!

 自分が妻子持ちだということは完全に棚上げだ。
 よほどショックだったのか、血涙を流さん勢いでセイヤは拳を震わせている。そこに、コマンダーブリッジからボルフォッグ出撃の命令が下された。

「ちっ、耕助の件はあとでじっくりと聞かせてもらうとするか。ボルフォッグ、頼んだぜ」
『了解しました、ウリバタケ班長』
「よーしっ! ハッチ開けろ! ボルフォッグが出るぞ。必要のねえ奴ぁ全員退避だ!!」

 ハンガーデッキのカタパルトゲートがゆっくりと開いていく。そこに向かって、ボルフォッグはスピンターンで走り出した。

『参ります! システム、チェーンジっ!!』

 ウイリーから大きく飛び上がった車体が空中で1回転すると、車体下部に収納されていた腕が引き出され、後部座席部分が展開して脚部になる。最後に頭部が出て、変形が完了した。

『ボルフォーッグ!!』

 鎖帷子を思わせるメッシュ状のアーマーを身にまとった、最新科学の結晶である忍者ロボ。
 GGG諜報部所属のビークルロボ、ボルフォッグはナデシコの甲板で腕を組み、すっくと立ち上がった。

『さぁバッタ達、ナデシコには傷一つつけさせはしません!!』

 両手を大きく広げてボルフォッグが構える。すると、いつの間にか両手にL字型の鋭い両刃のブーメランがあった。

『ミラーコーティング! シルバームーンっ!!』

 ミラー粒子を蒸着させたブーメラン……シルバームーンを大きく振りかぶり虚空へと投げつける。
 二つのシルバームーンは別々の軌道を描き、飛来するバッタを次々と真っ二つにしていった。

『とぉっ!!』

 甲板から軽やかに飛び上がり、空中でシルバームーンをキャッチすると、二つのブーメランの頂点を合わせて、大きな十字手裏剣を成した。

『シルバークロス!!!』

 十字手裏剣……シルバークロスは先ほどよりもより大きな弧を描き次々とバッタを切り伏せる。対空砲火の援護もあるが、自身の言質どおりにバッタをまったく寄せ付けない。

『……センサー情報解析完了。やはり、Z粒子の反応が見受けられます』

 そんな活躍をしながらも、ボルフォッグのセンサーは戦闘行動中の情報を常に解析していた。
 バッタから感知されるZ粒子……ゾンダーの反応が何を意味しているのか。
 それをナデシコのクルーが知るには今しばらくの時間が必要だった。

 

○  ○  ○  O  O  O  ・ ・ ・  O  O  O  ○  ○  ○

 

『特機のお二人、グラビティブラスト発射します。射線データ送りますので退避しないとすごいことになります』

 ルリからの音声通信と同時に、戦術コンピュータに送信されたデータがレーダーマップに上書きされる。

「広域放射か。ラミア、右翼を牽制してくれ。俺は左翼に回る」
『了解』

 放射状の射線の両翼からはみ出さないように、アキトはヴァイサーガを駆る。
 ユリカの言ったとおり、バッタはナデシコを攻撃目標としているので、さほど回り込まなくても引き離すことは出来た。

『よし、グラビティブラスト、拡散モードで発射!!』

 発射の指示がユリカでない男の声だったので、おやっと思ったアキトだったが、

「……こっちのジュンは多少は積極性があるってことか」

 影の薄い副長を思い出し、一人納得するようにうなずいた。

『戦闘終了です。協力者の皆さん、ありがとうございました』

 その副長……ジュンから通信が入る。大したことはない、とアキトが答えようとしたが、そこにプロスペクターが割り込んできた。

『いやぁありがとうございました。おかげでナデシコが沈むこともなく、無事出航できました。あ、私ネルガルのプロスペクターと申しまして、この機動戦艦ナデシコの経理を担当しております。もしよろしければお二人の所属と目的をお聞かせ願えないでしょうか?』

 プロスペクターに一気にまくし立てられてアキトは懐かしさを感じていた。
 知らない場所なのに、そうでなければならないのに感じる懐かしさ。
 まだ、大丈夫。このぐらいなら耐えられる。
 脳裏に浮かぶ微熱のような痛みを片隅に押しやり、アキトは返答した。

「我々はガッツィ・ジオイド・ガード嘱託のテンカワ・アキトとラミア・ラブレス。GGG長官からの依頼でナデシコ出航を援護しに来た、というわけです」
『なるほど、それはそれはわざわざありがとうございます」
「加えて、これ以降はナデシコの指揮下に入り、エステバリスパイロットが到着するまでの直衛も依頼されています。正式な辞令は後でネルガル本社より伝達されると思います」

 プロスペクターの目線がずれる。ふむふむとうなずいて、もう一度カメラ目線に戻った。

『辞令は確認いたしました。ようこそ機動戦艦ナデシコへ。歓迎いたしますよ。では艦長、着艦の許可をいただけますか?』

 プロスペクターが転送したネルガル本社からのメールをコミュニケで確認して、ユリカは大きく一つうなずいた。

『了解です。えーっと、テンカワさんとラミアさん。着艦許可を出しますのでハンガーデッキに機体を係留してください。その後、ブリッジに出頭していただきますか?』
「……わかったユ……」

 ユリカ、と呼び捨てにしそうになってアキトはぐっと息を詰めた。

「……失礼、了解しました艦長」
『大丈夫ですか? もしかして、さっきの戦闘でどこか怪我でも?』
「いえ、そういうわけでは……ないんですよ。大丈夫です』
『それならいいんですけど。ではガイドを出しますのでそれにしたがって着艦してください。ルリちゃん、ハンガーデッキへのガイドビーコンを転送して』
『わかりました。ガイド、送ります』

 ルリがひょいっと一枚のウインドウを投げる。そこにある戦艦からの誘導データが送られてくれば、細かい機体制御以外はほぼオートコントロールだ。敬礼でブリッジからの全てのウインドウが消えたのを見て、アキトはほぉっと、大きくため息をついた。

『どうした、テンカワアキト?』

 一枚だけ残っていたラミアのウインドウから、普段どおりの淡々とした声が聞こえてくる。

「……なんでもない。数奇な運命、って奴を実感していただけだよ」

 AIとしては追随するものがないほどに高性能なラミアを以ってしても、今アキトが浮かべている苦笑じみた微笑が何を表しているのかはわからない。
 いっそのこと、知り合いがまったくいない世界であればあきらめもついたのかもしれない。
 自分が知っているはずの人物が自分のことをまったく知らないということがどれほどの寂寥感を与えるのか。
 それは誰にもわからない。あるいはわかるかもしれない人物に3人ほど心当たりはあるのだが、彼らが今どこの世界にいるのかはまったくわからないのだから、いないのと同義だ。

「……ただいま。そして、はじめまして……ナデシコ」

 誘導指示に従い大型ハンガーにヴァイサーガを固定すると、アキトはぴしゃんと自分の両頬を叩き、ハッチを開いた。

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