あれから50分が過ぎた。

 ハイビジョンでの犯行声明(謎)は未だに続いていた。

 本当に多弁な男である。

 もっとも結構面白かったりするので飽きたりはしないが

 そろそろ下に動きがあってもいい頃合なので様子を窺ってみる。


 (璃都ちゃん、下の人たちに何か動きがあった?)


 <<はい、突入班が組織され現在ビルの屋上付近を取り囲んでいます。

 こちらから死角になっている通風孔からの突撃、

 使用武器はガス弾、後3分後に作戦が開始される予定です>>


 (堅実な作戦だね・・・でも地味なだけにつまらない)


 <<アキト様・・・一体何を期待しているのですか?>>


 彼女の呆れ顔が鮮明に伝わる。

 死角からの強行突入は対テロ対策のセオリー、

 常識といえば常識ではあるが・・・。


 (そうなんだけどね・・・でもヤマモト艦長を知る者としては物足りなかったりするんだよ。

 彼の息子だということで結構期待していたし・・・)


 <<面白半分の奇策を求めるのもどうかと思いますよ。

 皆さん、真面目なんですから・・・>>


 (いや、わからないぞ、死角は一つしかないんだ。

 僕がテロリストなら・・・・)


 おどろけながら彼女と語る僕の思考が一気に凍りつく。



 そう・・・僕がテロリストなら・・・

 ・・・いや俺が・・・テロリストなら・・・。




 ・・・まさか!


 揃い過ぎた状況に導き出される一つの答え、嫌な予感。


 (璃都ちゃん・・・確か死角は・・・一つしかないんだよね?)


 <<はい、外部からの進入の際、犯人に気付かれず近づくには

 屋上の通風孔を通してでないと不可能です>>


 (急いで屋上付近のリモートシステムのスキャンを頼む!

 少しでも不可解な機械があれば・・・)


 <<大丈夫です、事前に辺りのスキャンは済ませました。不審な物は確認されておりません。

 それより後少しで味方による強行突入が開始されます。

 携帯用のガスマスクを装着してください>>



 僕の気のせいなのか・・・。

 璃都ちゃんの話を疑うわけではなかったけど嫌な予感が頭の片隅から離れない。

 懐から取り出した携帯用の簡易型ガスマスクを取り付ける最中でさえ、

 否、時間が過ぎれば過ぎるほど危険な信号が鳴り響くばかりだ。




 「どうやらネズミ達がゾロゾロと集まり始めたようだな」


 室内からの、人質をとって立て篭もっている男からの一言。

 両手で握り締めた機関銃を天上に向けて構えた瞬間、

 彼の者の意図を残酷なまで悟ってしまう。

 そして手遅れだということも・・・。



 ババーン


 銃から放たれた数発の銃弾が天上を貫き、吸い込まれるよう消えていく。

 そして・・・。




 ドガーン



 爆発音と共に襲い掛かる爆発の振動が辺りを揺らす。

 悲鳴、嘆き、苦痛・・・、

 それはビルの下から届いてくる声だ。

 屋上の突入班は悲鳴を上げる間もなく即死したであろう。

 様々な想いが周囲を埋め尽くし締め付ける。



 黒色火薬。

 爆発の振動と音だけで何となく推察できる。

 ダイナマイトとも呼ばれる原始的な爆弾、

 自分が生まれた世界では珍しくはないが、この世界の現在では

 製造技術の発展に伴って消えたはずの効率の悪い爆弾であるはず。

 ところが考えようによっては下手な仕掛けが無い分、

 意図して探さないと発見は困難だ。



 <<・・・あ・・・あ・・・>>


 不安定で壊れそうな思考、

 彼女の取り乱した思考によって逆に僕は冷静になれた。


 (璃都ちゃん、被害は?)


 <<・・・突入班として・・・編成された・・・7名の隊員全員が・・・殉職しました>>


 そう告げる彼女の口調が悲しみで揺れる。

 自信を持って薦めただけにかなり堪えたのであろう。


 だが、彼女の慢心で生まれた結果か、といえばそうではない。

 ソフト面はともかくハード的な力は周囲の電子機器に依存するしかない。

 下を埋め尽くしている軍車両の電子作戦車を初めとした各種センサーに引っかからなければ

 彼女とて探し出しようが無いのだ。


 そのことは知っていた。

 知っていたにも関わらずこの事態を許してしまった。



 それは相手の駆け引きに振り回された僕が悪い。

 故意なのか無意識なのかは分からないが最初の爆破によって

 自分は相手の手口を無意識に限定してしまった。


 リモートシステムによる信号と受信する機械にのみ気を取られ

 爆発物その物に対する警戒を疎かにしてしまった。


 摩擦による物理的な衝撃のみによって起こされた恐ろしく原始的なテロ。

 その行為が璃都ちゃんも欺き、下の軍人達を欺き、そして自分をも欺いた。



 (璃都ちゃん、屋上以外の爆発物の存在と他に不審な人物の存在を確認することは出来るかい?)


 <<・・・あの者以外の・・・不審人物は・・・多分無いと思います・・・爆発物は残念ながら・・・>>


 普段の明快な彼女にしてはぎこちない台詞。

 正直、彼女のこのような自信なさげな姿を見るのは初めてのことだ。

 少なくとも20年付き合った僕の記憶には無い。


 感情というのは時には爆発的な力を生み出すが、一度崩されると脆い。

 しかし、それが悪いとは云わない。


 人なら当然のこと。

 そして、それらを当たり前のように持ち合わせた彼女が楽しくて長い間付き合っている。


 ここからは自分の領域だ。


 ・・・目の前の黒衣のマントを羽織った男がそれだけの兵ということ。

 そしてここが慣れ親しんだ敷地ではなく巧妙な罠で埋め尽くされた敵地だということを思い知る。




 「そろそろ、時間だ、予告どおり貴様を殺す」


 彼の者から発せられる死の宣告。

 機関銃を医療用ベット、寝たきりの老人に向けて標準を定める。


 無意識に持ち合わせた慢心を捨る。

 静かに物陰から玄関へ近寄っては壁に背中を張り付かせ、

 懐から取り出したブラスターのトリガーに人差し指を軽くかけては隙を窺う。


 後ろをとっているにも関わらず彼の者からは隙が窺えない。

 不意をついて発砲しても軽々とかわす相手のイメージのみがシミュレートされる。


 (璃都ちゃん、とりあえず切るよ)


 <<はい・・・御武運を・・・>>


 僅かな言葉を交わし、リンクを切断する。

 蘇った感覚から周囲の情報が流れ込むが、強引に排除、

 全ての神経を室内の男にのみ注ぎ込む。



 チャンスは一度だけ、

 相手が発砲する直前を狙う。

 リスクは半々だが黙って見ている訳にはいかなかった。



 音が消える。

 周りの景色も限りなく色を失い、カラフルだった景色が白黒に変わる。

 その白黒の景色さえも色褪せてはやがて漆黒へ、

 最後には線と点のみの世界へ。


 不必要な情報が次々とシャットダウンされていく。

 背に張り付いた冷たい壁の感触も、ブラスターを握り締めた冷たい感触も感じなくなる。

 意識されるのは己の人差し指を掛けたトリガーの感覚と相手のトリガーに掛かった人差し指、

 己の心の臓の音と相手の呼吸音、そして己と相手のみ。




 「・・・のう」


 室内で状況を静観していた寝たきり老人の言葉。


 「何だ?今更死ぬのが惜しくなったのか?」


 機関銃を構えた黒衣の男が珍しく語った老人の台詞に興味深く尋ねる。



 「玄関前にお客さんがおるぞい」


 それは今まで起こったことに比べたら些細な変化であり

 とるに足らない小さな出来事かもしれない。


 だが、極限状態から隙を窺っていた僕を

 一瞬の内に現実逃避させるだけの充分な破壊力を持っていた。



 初め、何を云ったのか理解できなかった。

 否、理解したくなかったのかも知れない。

 聴覚を閉ざしたはずの僕にも不思議と響く裏切りの言葉、


 彼の者ですら老人の言葉に呆気に取られたらしい。

 だが直ぐに豪快に嗤(わらう)と老人に向けた凶器を玄関に向ける。


 「・・・ということだ、大人しく出て来たらどうだ」


 銃器の切っ先を向けての威嚇。


 僕はというと老人の言葉と相手の対応に諦めに似た溜息つくと

 途切れ掛けた集中状態を完全に解き、武器を捨て、両腕を上げては姿を表す。




 「名は何と云う?」


 「ジャスティ・ウエキ・タイラー、年金課所属の二等兵です」


 無駄だと思いつつも愛想笑いで応える。


 この映像はハイビジョンを通して外に放映されている。

 下手な対応は危険だ。


 「少しは見直したぞ、惑星連合も意外と骨のある奴がいる」


 ウンウンと頷いては勝手に納得する黒衣の男。

 何を言っているんだ?等と突っ込みを入れたくなるが、

 何かとてつもなく嫌な予感がしたのでとりあえず言い訳を述べてみる。


 「え・・・っと私はハナー提督に支給が遅れた年金を届に来ただけで・・・

 事態に巻き込まれて軍人としての行動を取ったまでですよ」


 ほら、と付け加えながら懐から年金と書かれた封筒を勢いよく見せ愛想笑いを浮かべる。

 だが、その行為を男は別の視点で勝手に誤解する。


 「根回し工作も完璧と云う訳か・・・益々もって侮りがたし」


 語れば語るほど墓穴を掘っていくような感じ、

 しかも手遅れ付き、自分には都合の悪いであろうということも・・・。



 「あの噂は本当だったと言う訳だ。

 この死損ないを守る惑星連合宇宙軍最強の戦士。

 怨みを持つ数々の同志、刺客どもを悉く返り討ちにした忌まわしい兵の存在をな。

 誇張され気味の突拍子も無い噂だから半ば無視していたが、

 実物を見ると何もかも納得がいく・・・」



 惑星連合宇宙軍最強の戦士?

 何の話をしているんだ??

 預かり知らないところで男の中に壮絶なシナリオが完成されたようだ。

 もちろん、身の覚えが無いのは当然のこと。



 「下の能無しどもと違ってお主だけは隙が無い。

 一体どのような隠行を駆使して忍び寄ったのやら・・・、

 我でさえ、先ほどお主の同胞を吹き飛ばしてからの

 気の乱れを察していなかったら危なかった所だ・・・」



 やはりあの時に勘付かれたか・・・、

 予想は付いていたしそれ以降、殺気を全開にしていたから特に驚くようなことではないのだが・・・。




























 誰かこの男の口を閉ざしてくれ!!




 多弁な男だという事は先ほどの犯行声明でよく分かっていた。

 話に付き合わされるだろうというのも・・・まあ、半ば予想できていた。

 しかし、目立ちすぎだ!!いや、何、宣伝しているんだ!!!



 しつこいだろうが、この様子は当然ながら外部に漏れている。

 彼の者からその当事者として語られているであろう、

 僕の姿がハイビジョンでドアップに映っている姿が簡単に想像できる。

 しかもマスコミのヘリがその様子を詳しく撮影しようと上空をボーバリングしながら窓際まで近寄る。

 マイクを片手に持った美人アナウンサーとカメラマンの表情が肉眼でも確認できるほど近寄っているのだ。

 それに対する男の対応は寛大だ。

 僕と己の雄姿を見せつけるよう派手なパフォーマンスを加えて力説している。

 彼らが勇気を持って近づけば取材も許可するのではないかと思えるような対応だった。



 正直この事態は不味い、非常に拙い。

 注目を浴びること等、言語道断。

 素性、経歴、その他諸々、後ろ暗いことなど山ほどある。




 男の口を真っ先に閉ざしたかったが・・・意外と全く隙がない。

 何より肌で感じ取れる男の実力がそのことを更に困難にした。


 同等かもしかしたら僕より上。


 先に映像機器を壊せなかったことをこれほど悔やんだことは無い。

 心の底でこんな奴に・・・等と思っても文字通り後の祭り・・・、


 世の中の理不尽に嘆く間、大した対応も取れず、キッチリ20分間晒し者にされてしまった。































 「・・・もう用は済んだ」



 一体何の用だったんだろうね・・・激しく問い詰めたいよ。

 しかも手遅れだということは室内で僕のことを尊敬の眼差しで見詰める

 ハナー提督の御令嬢さん達を見れば大よそ見当がついてしまう。

 これでマスコミ責めは必死、あっという間に有名人・・・。

 プライベートは奪われ、平常な日常生活とは別れを告げる。

 そして軍上層部には風紀と律を乱した責任を問われ、良くて左遷。

 最悪の場合は懲役処罰(クビ)にされちゃうんだ(涙;)


 半ば達観、悪く言えば分裂気味で壊れかけ、

 不満の吐け口を男に放とうとするが・・・。



 「この死損ないを殺して撤収するとしよう」


 その一言でスイッチが入る。


 撤収??



 「・・・まさか、これだけの軍人に囲まれて生きて返るつもりでいるのか?」


 俯いたまま呟くよう静かに語る。

 彼の者は笑みを張り付かせながら当然のように吐き出した。



 「そのつもりだ。

 まあ、我も最初は生きて返れるとは思わなかったが今の連中を見て気が変わった。

 この男を殺し尚且つ生きて帰る。

 貴様等にとってこれ以上の屈辱はあるまい」



 彼の者の嘲るような嗤(わらい)を淡々と聞き入っていた。




 面白いなあ・・・本当に・・・。


 先ほど乱れ切った気持ちが嘘のように静まっていく。


 意識されるのは己と対なる者のみ。

 それ以外の情報は全て排除する。


 (本当に・・・)


 心の底から嗤い、


 (舐められたものだな)


 思いのまま疾り出す。



 「小癪な!!」


 僕の意図をすぐさま察した男が機関銃を即座に構え、躊躇い無く撃つ。

 額を貫通する軌道へ・・・だが、当たらない。


 「何!!」


 男の貌が驚愕に歪む。

 その僅かな隙を活かして詰めよると男の左脇から回り込み、


 「ハッ!」


 銃器の反動で一時的に動けなくなった男の延髄に向けて拳打を放つ。


 「クッ!!」


 銃器を僕に投げつけ、避ける時間を稼ぐ。

 急所への攻撃はキャンセルされたが間合いはまだ生きている。



 「オアアァァ・・・」


 耳障りな気合をあげての突き上げるような衝打、

 男も迎え撃つようカウンターを放った。


 拳打が見事なまで綺麗に交差する。


 お互い紙一重で避けると、共に弾け飛ぶよう間合いを広げ、

 男は懐から2本の飛クナイを取り出し、僕は棚の上の灰皿を無造作に掴み、

 お互いに向けて投げつける。



 ガシャーンガッガッ



 窓が割れ、壁に刃物が突き刺さる。


 だが、相手の飛び道具に少しばかり態勢が崩された。


 その僅かな隙を逃すことなく男が詰め寄る。


 近距離、目前の僕に向けて大げさに構えをとる。

 練り上げられた気の奔流が一点に集中する。

 紛れも無く大技の態勢。



 「舐めるな!!」



 挑発的な態度に剥きになり、

 技を潰そうと先に手を出そうとする、


 「馬鹿め!」


 男は極限まで集めた奔流を器用にキャンセル、巧みに姿勢を変え、

 僕の動きに合わせる様、絶妙なタイミングで男の突きが入る。


 (かわせない!)


 本能的に危険を察し、即座に相手の右膝に蹴りあげては後ろに飛ぶ。

 打撃点をずらすことによって急所への攻撃は避けきれたものの

 勢いそのものは殺しきれず左肩に突きを喰らって軽く数メートル弾き飛ばされる。



 (大技を崩しに使うか・・・いや・・・)


 爆破テロでの駆け引きといい、

 相手のペースを崩すのが天才的に上手い。

 実力は均等しているはずだがそれをモノともしない奇抜な戦法が光る。

 しかも認めたくないが自分以上に修羅場を潜っている。

 瞬時に僕のリズムと呼吸を盗むのもその場数がモノをいわせているのだろう。




 参った・・・そう考えると互角どころかやはり僕が格下じゃないか。

 格闘センス、経験、駆け引き・・・

 実力を計る全ての要素で遅れを取っている。




 (参ったね、本当に・・・・)


 後ろ向きな心の呟き。


 しかし、奥底ではこれ以上となく楽しく笑う。


 下の軍人も上のマスコミも、

 ましてや寝たきりの老人なんかどうでもいい。


 黒衣を纏った禿頭の男しか目に入らなかった。


 (小細工は無用)


 相手に読まれることも駆け引きに振り回されることも気にしない。

 劣るモノは躊躇い無く捨てる。

 僅かに優位な己の身体能力。

 その力を全てを出し尽くせることのみに意識を集中し、


 (いくぞ!!)


 疾り出す。


 己と対なる者以外は無機質な世界の中、

 戦いの音色を奏でる。











 室内での戦闘シーンは下に居並ぶ者達に余すことなく魅せつけた。


 年金課の二等兵と名乗った青年の存在は多弁なテロリストによって大げさに語られたが

 大半が敵国の言葉を真に受けることはなかった。


 ところが実際にその戦いを垣間見ると

 彼の者の台詞があながち誇張されたモノとは思えなくなる。

 特に軍人の、格闘技能に長けた者であればあるほど

 洗練された動き、熟練された組み合い、高度な戦いに魅入り感嘆を漏らす。

 また恐怖に似た感情も・・・。



 時が経つにつれ、青年は人々にとって惑星連合を守る最後の要として

 彼等の奥底に住み着き、彼の勝利を心の底から祈り続けるのだった。


 ヤマモト大尉も青年の雄姿に魅入るように見守っていたのだが

 周りの様子を見て指揮官としての使命を思い出す。

 野次馬は勿論、軍人達ですら観衆心理に捕われていることに危機感を抱いたのだ。

 現場指揮官として、否、軍組織の責任者としてこの事態を看過する事は出来なかった。



 「犯人は油断している。

 ただちに突入班を組織、

 この隙を逃さず人質を救出するのだ」


 手柄を横取りしよう等と姑息なことを考えた訳ではない。

 敵との勝利は全て組織のチームワークによって導かれなければならない。

 いち個人に全ての命運を預けるような真似は極力避けねばならないのだ。


 全ては軍のために、

 組織の維持のために。








 室内での戦いは熾烈を極めた。

 あれから数十分、お互い休む暇も無く拳打の打ち合い、動き回る。

 さすがに極限状態での戦いなだけに体力と精神力の消耗は避けられない。

 力の消耗に比例して、お互い業の精彩さを欠いていく。

 だが、気持ちだけは疲労に反して高揚していった。



 遠い過去に置き忘れた懐かしの感覚が蘇るような気がして、

 この戦いがずっと続けばいいな、等と不謹慎なことを考えてしまう。

 その時・・・。





 ドガーン



 下から伝わる爆破の振動で極限状態から我に帰る。


 瓦礫の崩れる音、上空に舞う灰色の煙、そして悲鳴を伴った喧騒。


 正直、間違いであって欲しかった。

 拳を交え分ち合ったからこそ尚更、想う

 しかし、彼の者から発せられた言葉は僕の小さな想いを悉く砕いしまった。



 「どうやら、貴殿と戦っている隙に我を抑えようとしたらしいな。

 全く、この機会を活かせずノコノコと罠に嵌るとは、まさに能無しどもよ。

 これでハッキリとした。貴様を倒し、あの男を見せしめとして殺せば

 我が帝国に逆らう者はいまい、ガハハ・・・」



 虫けらを弄るように気軽に言い放つ彼の者の言葉に

 僕の意志が限りなく暗闇に染まっていく。


 少し夢を見過ぎたのかも知れない。

 純粋に拳を交じり合ったことで相手に好感を擁いたのがいけなかった、

 どれだけ認めあっても所詮は敵・・・。



 己を取り巻いた気の質が急速に変わる。

 甘えを取り払い、相手を滅することのみに注ぎ込む。

 そして、不用意に間合いを詰めた。



 「愚か者め!!」


 完璧な形でストレートが顔面に入った。


 口の中に、血の味がする。

 それでも怯むことなく相手の拳が引くより早く左脇に渾身の一撃を叩き込む。



 「グッ!小癪な!!」


 受けた反動を利用して痛恨の一撃を叩き返す。





 守り抜きの純粋な殴り合い、

 気力のみがお互いの体を動かし本能の赴くままに殴りあう。

 双方共に限界であったが殴り合いになると

 ウエイト的に分のある黒衣の男の方が有利に見える。


 実際、青年の体が一撃を叩き込まれる度に、派手に揺らぐのだから

 そう思われて当然だろう。



 「「タイラー様」」


 己の劣勢が周りに痛々しいほど伝わるらしい。

 痛々しい呟き。

 ただ、その中で一人だけ悠然と見守る者がいた。


 「大丈夫じゃ」


 「お父さま・・・」


 「・・・ですが」


 「本当に大丈夫じゃよ、私達は見守るだけでよい、

 流れが変わるところを・・・」



 その者の予言どおり、

 誰もが彼の敗北を予感し目を背ける中、

 拳打の打ち合いが七合ほど続いた時、状況が一変する。










 「・・・馬鹿な・・・こんなはずじゃ・・・」


 呟きと同時に叩き返す。

 だが、思ったほど手応えがない。


 力が削がれたこともあるが

 それ以上に相手へのダメージを与えられなかったことが気になる。

 そして、己の過ちに気付くのだった。


 もっと早く気付くべきだった。

 我の攻撃をまともに受けたのは2,3合だけ、それ以降はポイントを巧みにずらし、

 相手に気付かれないギリギリの所で上手く受け流している。

 そして驚くべき事実は奴の精神力、


 「グア・・・」


 繰り出された拳が黒衣の男の腹にめり込み、身体を大きく「く」の字に折り曲げる。


 初めの一撃も全力だったはずだ。

 それ故に我も全力で打ち合いに応じた。

 ところがラリーが続けば続くほど彼の拳は破壊力と鋭さを増し、

 我の気力を確実に削いでいく。


 力が急に増したとかそういった類のモノではない。

 質が急激に変わったのだ。


 白から漆黒へ

 全てを滅ぼさんと限りの負の一撃、

 己以上に深い執念が宿った渾身の一撃が己を打ちのめしていく。

 そして己の、決して軽くはない重い一撃を体を仰け反られながらも

 不屈の精神力で耐え切る。



 最大級の屈辱だった。

 奈落の底から這い上がって来た我が、

 年端もいかない・・・技に長けた若者に精神力で敗れかけようとしていた。



 認める訳にはいかない。

 純粋に力負けするより、精神力で敗れるようなことがあってたまるものか!



 相手の一撃を怒りで耐え同等のモノを相手に見舞おうとする、が・・・。


 「しまった!」


 大振りの一撃を膝を抱えて避けられてしまう。


 完全なる無防備状態。

 相手が膝を折り曲げた状態のまま、構えを取る。



 「オオオオーーー」


 凶暴なまでの気の流れが相手の拳一点に集中され、

 剥き出しのままに放たれることを今か今かと待ち侘びる。



 ・・・敗北を悟った。



 直撃。

 意識がホワイトアウトされかけるが

 最後の力を振り絞って意識を繋ぎとめようと・・・した。


 気が付けば我は仰向けになって地面に倒れていた。



 「どうだ、虫けらにやられた感想は?」


 倒れた我を冷たい目で見下ろす男、

 己を倒した男を冷静に見上げる。


 瞳に宿す冷たく深い、負の輝き、

 そこには己以上の地獄を味わった生ける修羅がいた。



 (そうだったのか・・・)


 心から納得する。

 そして受け入れた。


 相手の本質を見抜けなかった時点で己の敗北は決まっていたのだ、と。






その3