唐突に鳴り響く歓声。

 ビルの下より湧き上がる声に驚く。

 窓から外を見ると上空のボーバリングしているマスコミヘリから

 美人アナウンサーがマイクを片手に口忙しそうに動いているのが目に映る。



 そういえば映像が流れていたのだったな・・・。



 酷く他人事のように静観しながら気持ちを切り替え、

 仰向けになったまま倒れた黒衣の男に視線を戻す。


 「貴様の負けだ。大人しく縄につけ」


 「・・・否、我はまだ・・・任務を果たしていない・・・」


 あれだけ戦闘能力と気力を削ぎ落としても目が死んでいない。

 悪足掻きでも大したものだと思うが・・・。


 「無駄な抵抗は止めろ、さもないと次は・・・殺す」


 酷く不愉快な気持ちを眼光に宿らせ冷たく見下ろす。

 殺意を秘めた気が周りに充満し、

 遠巻きから見守るハナー姉妹さえ震え上がらせた。



 「そうだな・・・貴様なら・・・それも・・・可能であろう・・・」


 直接当てられた男がその気に反応するよう蠢き、

 痛々しいままに気力を振り絞って立ち上がる。


 「だが!!」


 見せ付けるよう勢い良く黒衣のマントを翻す。

 目に映るのは無数に張り付いた爆弾の群。



 「ただでは死なん!!

 我が怨みと誇りに掛けて貴様とあの死損ないだけは確実に殺してやる!!」


 力強く吼える。


 一目で超高性能爆弾だというのがわかった。

 何が何でも葬り去るつもりでいるのだ。

 例え己の命に代えても・・・。



 執念を感じた。

 これほどの男が使い捨てのように・・・、

 否、命令されての行動でない。

 彼の者の瞳が如実に語っている。

 自ら進んで行っているのであろう。

 己に潜む無念を晴らすために・・・、

 そう考えると無性に悲しくなるのだった。


 「お前はそれほど俺たちが憎いのか?」


 男の瞳を真っ直ぐ見据えて淡々と語りかける。


 「何を当たり前なことを・・・」


 そう、当たり前のこと。

 憎しみが男をここまで突き動かしている。

 怨み故に男はここまで残酷になれた。


 下の軍人であったのなら堂々と呪えたであったろうに違いない。

 しかし、俺を覗きこむ、戸惑いに満ちた瞳が男の行動理念に矛盾を抱かせていた。

 彼者のそういった態度にひとつの活路を見出す。



 「勝者があれば敗者があるのは必然のこと、

 敗北によって失われたモノ、その悲しみ、怒り、憎悪に捕われ

 相手を恨まずにいられない、という気持ちはわからないでもない。

 だが、それでも貴方が怨みだけでこのようなことをするようには到底思えない・・・」



 交じえれば分かる。

 小物のようで大物、野蛮そうで高潔、卑怯に見えて正々堂々。

 何より瞳の奥に潜む、理知的な瞳が全てを如実に物語っている。


 狂気に捕われても力に溺れてもいない。

 一つの業(わざ)を長年に渡って研ぎ澄まし、

 その中で己を律する術を心得た、誇り高き戦士。



 「だからこそ、あえて尋ねたい・・・」



 そのような者が敗北を他人のせいにするはずがない。

 ましてや逆恨みなどもってのほかだ。



 「・・・一体何が貴方をそこまで歪ませたんだ?」



 純粋に知りたかった。

 男を突き動かすモノに・・・。



 俺の言葉が・・・何もかも予想外だったのか、

 黒衣の男は勿論、室内の元提督も娘達も、外部の者達でさえ誰も口を開かない。


 ヘリのボーバリングする音以外、ビルの辺りの音が沈黙する。

 だが、それも暫しのこと、やがて矛を向けられた黒衣の男が沈黙を破るよう、俯きながら嗤う。



 「フ、ハハハ・・・、まさか、外道に成り果てた我をここまで評価(みて)くれる者がドム様以外にいようとは・・・

 正直、夢にも思わなかった・・・」



 嗤った。

 左手を額に乗せ、貌を天上に反らしながら嗤い続ける。

 そして想い出を語るよう、淡々と語り始めた。



 「・・・20年前からだ・・・宇宙の塵と化した多くの同朋を思うたび、

 逃亡時の惨めな想いを思い出すたび・・・怨念と共に底知れぬ恐怖に駆られる・・・。

 お主等の執念は凄まじかった・・・、・・・強かったな・・・本当に恐ろしかったものよ。

 我等を倒すためだけに死の海を創りだし、我等を葬り去っていく修羅の化身たち、

 奴等の意志、執念・・・我等が圧倒的に優位だったにも関わらず・・・

 貴様等を侮ったばかりに・・・・・・我等は未曾有の大敗を喫した。


 怨んだものよ。

 呪ったものよ。


 我が同胞を殺した忌まわしい惑星連合に・・・

 何より相手の執念に気圧され恐怖に駆られ、

 尻尾を巻いて逃げた我が脆弱なる心に・・・

 我はそのことを懺悔し、闇にその身を落とし、

 来るべき時に備え、その牙を研ぎ澄まし

 悲願を晴らす日を待ち侘びいていた・・・」



 気のせいか恨みことを語っている割には男の口調は澄み切っていた。

 過去への情景、想い出を語るように淡々と・・・、

 しかしそれも、ある一言で途切れる。



 「だが・・・貴様らは何をした」


 鋭利な刃物が背筋をなぞるよう、

 俺ですらゾクッとする凍えるような低い声、

 それ以上に暗く冷たい氷の瞳、



 「あからさまになるのがそんなに恐かったのか?

 喉から手が出るほど甘美だったのか?

 我等と交えた敵は文字通りの悪魔だったよ。だが・・・」



 気配が昂ぶり始める。

 男は両拳を血が滲むほど握り締め、全身を隈なく震わせ、

 淡々と語りかけた口調も後半に進むにつれ段々と荒れていく。

 そして・・・、



 「だが、貴様等にとっては唯一無二、救国の英雄だったはずだ!!

 その英雄・・・勇者達への貴様等の仕打ちは文字通り畜生にも劣る。


 
称える所か功績は抹消され闇に葬られた!


 貴様等は知りもしないだろう・・・

 寡兵を持って我がラアルゴン帝国の大艦隊を見事打ち破った者達の物語を・・・

 我が勇敢なるラアルゴン帝国軍人が心底脅えた地獄の軍団たちを・・・


 しかし、我がラアルゴン帝国を震撼させた嘗ての惑星連合は現在では見る影もない。


 非常時には日和見、コソコソ隠れては全てが解決すると

 手柄を横取りし我が物のように振舞う厚顔無恥で腐りきったブタ共・・・


 そして、取るに足らない己の命が何より大切だと思い込み、

 安寧の中で怠惰を貪るだけの無情な者達がいるだけよ。



 おまけに救い様の無いほど弱い。

 我一人満足に抑えきれぬ姑息で脆弱な軍隊・・・

 誰のおかげで自由を保てたのかも知らない恥知らずなほど無知なる者達・・・



 貴様等は侮辱したのだ!!

 我がラアルゴン帝国を・・・そして己らの誇りを・・・


 こんなクズ共と・・・こんなカス共のために・・・

 ええい・・・思い出すたびに忌々しいわ!・・・




 吐き出される悪辣雑言、耳を閉ざしたいほどの大音響。

 しかし、不思議と不快ではなかった。

 それは打算抜きの・・・見るものを引き付ける純粋な怒り。


 同朋を殺され、誇りを傷付けられ、

 無念を抱いて今に至った彼の者にとって

 相対した者に対する怨みは計り知れなかったであろう。


 だが、それ以上に相手を認めていたのだ。

 真の敵として・・・。


 愛憎とはコインの裏表。


 この者の心情を痛いほど感じることが出来た。


 しかし・・・。


 (この映像・・・やっぱり外に流れているのだろうな・・・)


 未だ怒り任せに吐き続ける男を呆然と見詰め、他人事のように呟いた。















 アキトの懸念は現実問題となった。

 ビジョンから流れる映像、音声は惜しみなく下の者達に曝され、

 それらを見上げる大半の者、野次馬もマスコミも、関係者である軍人も

 敵の工作員が語った・・・言葉に呆然と聞き入ってしまう。


 自分達の知っているモノから遠く掛け離れすぎた。

 しかし、工作員がデッチ上げているとは思えない。




 「どういうことだ?」



 他の者たちより比較的冷静だったヤマモト・マコト大尉でさえ

 部下達の居並ぶ前にも関わらずそう呟かずにいられなかった。



 「ヤマモト大尉、フジ参謀総長殿より緊急通信です」


 その一言で我に帰る。

 雑念を振り払っては直ちに作戦司令車両に駆け出して

 入室すると専用の通信画面手前に着席、

 通信士に手短で命じる。


 「よし、繋いでくれ」


 画面が光る。

 現れたのは惑星連合宇宙軍の参謀総長。

 特徴的なサル貌を画面一杯アップさせ、いきなり怒鳴り散らす。



 「ヤマモト大尉、何をしている!?

 さっさと現場の兵卒に命令して敵工作員の口を封じさせろ!!」


 怒りを露に怒鳴りつける。

 その取り乱し振りが尋常でないためかヤマモト大尉は相手とは対照的に冷静に対応する。


 「閣下、お言葉ですが彼は年金課の二等兵、

 事態に巻き込まれただけなので無線で直接というわけにはいきません。

 外部スピーカーを通して命令を下すことになるのですがそれでもよろしいのでしょうか?」


 「バカモノ!!分かりきったことは申すな!!

 そんなことをすれば敵の狂言が正しいと言っているものではないか!!

 ええいもういい、ミサイルでもかましてさっさと証拠を隠滅しろ!!」


 ヒステリックに怒鳴り散らす参謀の長。

 さすがのヤマモトもミサイルの一言には呆気に取られたが

 その後、敵の狂言という言葉がヤマモトの脳裏に強く印象つけられる。

 とりあえずそのことは臆面にも出さず真面目に応答を続けるのだった。


 「そのようなことをすれば確実に民間人を巻き込んでしまいます。

 閣下は前代未聞の不祥事を巻き起こす御つもりですか?」


 「不祥事で済むならそれでいい!」


 画面をドアップで埋め尽くしながら即座に言い切るフジ中将。

 その一言で事態の深刻さを思い知る。



 沸々と沸き起こる怒りと不信、

 それと共に敵の話だと思い聞き流していた言葉を深く吟味し始めたのだった。


 20年前、惑星連合とラアルゴン帝国との大戦。

 数では劣勢ながらも地理に長けた惑星連合宇宙軍が敵の後方を巧みに叩くことによって

 ラアルゴン帝国を補給困難にさせ、やむなく退かせることに成功したとされている。


 とはいえ定説と信じて疑わないこの話も

 学生時代のヤマモトには一つの解けぬ微かな疑問であった。


 20万の大艦隊を率いていたラアルゴン帝国軍を

 当時3万にも満たない軍艦も所有していた惑星連合宇宙軍が勝利するには

 確かに地理に疎い敵軍の進行を逆手に取った後方攪乱しか道がないだろう。


 別に戦いそのモノに疑問がある訳ではない。

 しかし、惑星連合宇宙軍は敵に大した打撃を与えることが出来なかったにも関わらず

 ラアルゴン帝国は体制を整え再侵攻してくることなく

 不気味な沈黙を20年以上も保ち続けたのがヤマモトの微かな疑問だったのだ。


 もっとも遠征というのは莫大なお金がいる。

 いかにワープ航法の発達によって人類が広範囲の宇宙を活動圏内に収めたとはいえ

 ラアルゴン帝国は銀河の反対側、7万光年先の宇宙にある。

 ラアルゴン本星から地球までワープ航法で急いでも半年以上は軽くかかる。

 そんな遠い宇宙から20万の艦隊を、人を運ぶにどれ位の資源がいるか・・・、

 燃料、食料、反陽子物資、弾薬、資材・・・想像するだけ気が遠くなるほど莫大なお金がいる。

 遠征は一度失敗すれば例え損害は微弱であれ、投資した分を回収できなければ二度目はない。


 また、政治的問題が遠征の隙に起こった可能性も考えられる。

 政的不満、帝国の力が外に向かった隙に起こった大規模な反乱、

 もしくは第三勢力によるラアルゴン帝国領内への侵略行為もありえる。


 学生時代の自分は微かに引っかかるものは感じ続けてはいたが、

 とにかく我々にかまける余裕がないほどの大きな外部要因を抱えたからだ。

 と、・・・そう考えるよう努めようとした。



 しかし、敵工作員の言葉は自分の今までの考えを覆すほどの大きな波紋を広めていた。



 未曾有の大敗。

 この言葉が意味することはなんだろう。

 敵が多弁で感情的だということを差し引いてもこの言葉のインパクトは強い。


 己の所属する組織を悪く思うのは気が引けるが当時の資料と統計を見る限りでは

 お世辞にも勝利と喜べる類のものではなかった。

 確かに守った。敵を退かせる事に成功した。

 しかし、その過程で敵より大きな損害を出した宇宙軍の艦隊、

 そして、破壊された数百に及ぶコロニーと2つの惑星、主戦場となったオリオン座方面、

 特にラグーン星雲は復旧の見通しが立っておらず、人々の信頼を完全に失った。

 そんな中で辺境に位置する幾つもの星系国家がそんな惑星連合を見切り、その影響下から完全に離れていった。



 ところが彼の者が語る宇宙軍は己の想像から遠く掛け離れていた。

 修羅、悪魔、地獄の軍団、間違いなく嘗ての惑星連合宇宙軍を指しての言葉であろうが

 今の宇宙軍と彼者の言葉を結びつけるには些か現実とのギャップが激しすぎた。

 ただ、見捨てた。闇に葬り去った。という言葉が心に残る。

 そこに謎を解くヒントが・・・。



 「ヤマモト大尉、何を呆けておる!!聞いておるのかね?」


 どうやら考え事に深け過ぎたようだ。

 フジの言葉に己の回想を閉ざす。


 「ハッ、失礼しました、私が理解するには余りにも大きな問題でしたので・・・」


 「フン、言い訳などいいわ、貴殿たちが何を考えているかなどとうにお見通しよ。だがね・・・」


 一言間を置いてフジの貌がまたドアップになる。

 片目を異常に釣り上げて相手を睨む仕草はチンピラ以外何者でもない。



 「君はラアルゴンと戦う前に軍を空中分裂させるきかね?」


 半ば予想は出来ていた。

 だが、言葉で直接伝えられると理不尽な怒りが奥底から込み上げてくる。


 バラバラのピース。

 絵を完成させるにはまだ破片が足りなかったが

 フジの一言で完成後の絵を思い浮かべることが出来た。

 人の貌をした悪魔の絵が・・・。


 「・・・いえ、そのようなことはあっては・・・」


 「よくわかっているではないか。

 そうだ、あってはならないのだ。

 そうとわかればさっさと・・・」


 「いえ、閣下!待ってください」


 真実、例え人々に求められるモノであろうと

 それが軍が空中分裂するほどのスキャンダルだとしたら

 現時点でラアルゴンとの交戦を控えている今は何が何でも避けねばならないであろう。


 認めたくないがフジの言う通りに工作兵の口止めを敢行しなければならないのだ。

 だが・・・。


 「しかし、民間人を巻き込む訳にはいきません」


 いかに軍の崩壊を防ぐためとはいえ、これだけは譲れなかった。

 己の中で曲げることの許されない一つの信条、ところが・・・。



 「民間人ではない。軍人だ。

 しかも没落したとはいえ嘗ては我が軍の中核まで上り詰めた元中将閣下だ。

 我が軍の現状を察して喜んでその身を捧げて下さるであろう。

 他の者も同様だ。閣下の家族として、軍に忠誠を誓った一兵卒として

 よろこんで惑星連合の礎となってくれるであろう」


 顔には出さなかったがミフネ中将閣下みたいな真の軍人では無く、

 フジみたいな親の七光りで伸し上った能無しに言われると激しく抵抗を感じる。


 だが、民間人ではなく軍人・・・。



 「とにかく後は任せたぞ!!」


 用は済んだとばかりに通信を切る。

 虚空に染まった通信画面をヤマモト大尉はぼんやりと眺め続けていたが

 意を決するとコンソールを操作、外の状況をモニターに映し出す。


 事態は新しい方向へ進展していた。

 ハイビジョンの画面を見る限りでは勝敗が決したことも・・・、

 もはや敵の工作員が捕われるのは時間の問題。

 しかし、マスコミは真相解明に躍起になるであろうし相手は御覧の通り多弁な男だ。

 答えは目に見えている。

 情報封鎖に失敗したことがこれほど痛く思えた時は無い。

 所詮は後の祭り・・・。


 (申し訳ありません。惑星連合をラアルゴン帝国に蹂躙されるわけにはいきません。お許しを・・・)


 そして隣の軍人に新たな指示を出す。









 「・・・お主に敗れたことを恥じいてはいない・・・

 だが、勝者が勝者として振舞わず負け犬のような道を進み、

 命運を奪われた我等を愚弄する気なら・・・茶番は終わりだ。

 お主とそこの死損ないを確実に道連れにし・・・

 我が神聖なるラアルゴン帝国の未来を照らさん・・・」


 穏やかな口調、

 男の弁舌がクライマックスを迎えようとしていることを感じ取った。

 放って置けばこの場の者を巻き込んで自爆・・・されるはずなのに、

 その事態を穏やかに眺めている自分がいる。



 物語はすでに己の手から離れた。

 今の自分は舞台から静かに降り、一人の観客として成り下がっている。


 彼の者の気持ち・・・痛いほどよくわかった。

 しかし、男は勘違いしている。

 この場にいる者で負け犬など誰もいない。

 否、男がある者を負け犬と勘違いしているのであれば思い知るであろう。

 己の勘違いに・・・。



 「根暗男が何をカッコつけておる」



 この場で一番戦力として成り立たない筈の者の声が・・・静かに辺りに響きわたる。








その4