『そよかぜ』に着艦して3時間、

 私は格納庫で気を失ったヤマモト大尉を医務室に運びそのまま彼の看病をしていた。

 ユミィ達は艦長に会うためだとばかり先にブリッジに上がり、

 ホワンさんも仕事があるのだと言い残し、医務室を離れた。

 私もユミィたちとブリッジに上がりたかったのだけれど、

 医務室には看護兵も含めて誰もいなかったので仕方なくその場に留まっている。


 (私もお人好しよね)


 と本来の律儀さからその場で看護する羽目になったユリコが溜め息つく。

 もう少しで艦専任の看護兵が戻ってくる。それまでの辛抱だ。




 ヤマモト・マコト。

 惑星連合の第一士官学校を主席で卒業した逸材。

 周りにも恵まれ苦労することなく出世街道を進み続けた典型的なエリート。

 人質事件の処罰転勤により『そよかぜ』に配属されたが

 直ぐに元の位置に返り咲くことは間違いない。


 あの事件を見守った人として・・・、

 私は彼の行おうとした行為を絶対に許すことが出来ない。

 そしてその事件を切っ掛けに彼のことを調べて・・・、


 私は益々この典型的な軍人が嫌いになった。



 想い出の人とはまるで正反対の人。










 「ここは?」


 私が物思いにふけているところで彼が目覚める。

 出来れば看護兵さんが来て下さった時に目を覚まして欲しかったのだけれど

 とりあえず当り障りのない言葉で返す。


 「お気付きになったようですね。ここは医務室です」


 「・・・スターさん、これはお恥ずかしい姿を見せました」


 視界が回復しきれなかったのか暫く間を置いて・・・、

 確認出来るようになると恥ずかしげに返事を返す。


 「いえ、お気持ちはわかりますわ。

 さすがに気絶なさるとは思いませんでしたが・・・」


 と言ったものの彼の卒倒が小気味いいと思ったのは秘密。

 緊急発進の意味は図りかねたが彼を卒倒させたことで

 タイラーさんへの好感が湧き上がるのだから不思議。


 「すみません、私はここで何時間寝ていたのでしょうか?」


 先ほどと打って変わって真顔で問い詰めるヤマモト大尉。

 邪まな思いを見透かされたようで・・・慌てて返事する。


 「・・・え、えっと・・・多分3時間位だと・・・」


 「・・・3時間・・・」


 私の返事にヤマモト大尉が呟くようその場で考え込む。

 すると突然、何かを思い出したかのように表情が強張り、

 慌てて懐から専用の端末を取り出し慣れた手つきで操作する。


 「クソッタレが!!


 ヤマモト大尉の叫び声、その勢いに竦む私。

 彼はベットから急に立ち上がると私がいることも無視し

 急いで医務室を出てブリッジに走り出す。


 「ちょっ、ちょっと待ってください。ヤマモト大尉!」


 別に何か礼を言われたいとは思わなかったけれど

 ここまで無視されるとさすがに頭に来る。

 そんな気持ちを胸に私も彼に続くのだった。








































 「艦長!これは一体どういう・・・」



 「「お黙りなさい」」



 「ウッ(汗;)」


 私がやっとの思いでヤマモト大尉に辿り着いた頃、

 ヤマモト大尉が艦長に怒りを怒鳴り散らそうとするより先に

 ユミィ達がタイラーさんをヤマモト大尉から守るよう庇う。

 その迫力に怒りも忘れ怯むヤマモト大尉。


 問題のタイラーさんは艦長席で眠っていた。

 グッスリと熟睡、彼らの言い争い(?)に寝返りひとつ打たない。

 そんな艦長を置いて彼らの話し合いは続く。


 「ご令嬢方、申し訳ないが今は急を要するんだ。

 我が艦は味方の陣営から切り離されつつある。

 至急司令部との通信を回復させないと危険な状態に陥る。

 まず艦長の真意を・・・」


 「「駄目です」」


 「ですから・・・」


 と平行線を辿り決着が着きそうにない。

 ヤマモト大尉に組するのは不本意だけれど、話を聞いている限りでは

 タイラーさんを起こした方がいいと判断したので割って入ろうとしたのですが・・・。


 「副長さん、実は艦長から伝言を預かっているのですよ」


 と、ホワンさんがヤマモト大尉の後ろから囁くのでした。

 ・・・っていつの間に戻ってきたのですか?


 「ええっと・・・」


 「貸せ!」


 懐から一枚の紙を取しかけたものをヤマモト大尉が素早く奪い読みあげる。


 「何も問題ない。とにかく俺を起こすな・・・」


 どこかで見たような伝言。

 隣を見るとヤマモト大尉の顔が見る見るうちに赤くなるのが分かります。


 「艦長、貴方という人は・・・


 艦長席で眠るタイラーさんを睨み怒りを叩きつけようとしますが・・・。


 「緊急報告、格納庫よりトラブル発生、至急、調停されたし・・・」


 キム中尉の次の言葉によりその言葉は遮られます。


 「何!?」


 先ほどの怒りを納め直ぐに格納庫に向かうヤマモト大尉。

 私たちもユミィとエミィを残して彼に続くのでした。




































 格納庫でのトラブル。

 それは一部のハイロットを含む『そよかぜ』砲兵隊と海兵隊達との体を張った争いでした。

 格納庫の破損は広範囲に広がっていた。ガラスは破れ、機材は辺りに散らばり、

 着艦した頃の少し綺麗だった格納庫は見る影もありません。



 とても信じられない思いです。

 トラブルと聞いて初めは火災などを予想したのですが

 こんな人災を・・・武装した方々が平然と行うなんて・・・。



 「こらぁ、貴様らー

 今がどういう時期かわかっているのか!!

 こんな時敵に攻め込まれたら・・・」



 先行したヤマモト大尉の静止。

 その言葉を聞いて争いを止める人たちもいましたが、全体の流れを断ち切るまでには至りません。


 「はいはい、あんたは偉いよ。ヤマモト副艦長さん。説教なら後にしてくれ」


 煩わしそうに手首を振り払い、話を遮るクライバーン特務総長。

 そして近くにいるパイロットスーツを着た人に拳を振るいます。

 その様子に信じられないといった感じで驚くヤマモト大尉。


 「・・・貴様ら、今が一体どういう状況なのか理解できていないようだな、

 全員停止、その場に居直れ!!


 格納庫に響き渡るヤマモト大尉の掛け声。

 先ほどと同じトーンのはずですが今回は不思議と全ての乗組員が耳を傾けます。

 ただひとりだけ、その『命令』を無視するようヤマモト大尉に歩み寄る赤い髪の体格の良い軍人さんを除いては・・・。


 「副艦長さんよ」


 「居直れと言った!」


 ヤマモト大尉より巨体なためでしょうか、律する彼の声から迫力が感じられません。

 いえ、これは赤い髪の軍人さんが明らかに小馬鹿にするよう見下したためでしょう。


 「副艦長さんよ、あんたは固いんだよ。

 そんなに固すぎるんじゃ誰もあんたについていかないぜ。

 皆の反発を招きたくなければ大人しく静観してな」


 「どういう意味だ?アンドレセン中尉、もう一度言ってみろ」


 ヤマモト大尉がアンドレセン中尉と呼ばれた人を射尽すよう睨み上げる。


 「アアぁ〜、もしかして頭だけじゃなくて耳も固いのか?

 いいぜ、柔らかくなるまで言い続けてやるよ」


 「貴様・・・」



 互いに一歩も譲らない険悪な雰囲気。

 私はその様子を冷めた眼差しで覗く。



 (これが私たちが命を預けた軍の姿なの?)


 軍の黒い噂を突き止めるために私は現場に赴いた。

 しかし、こんな姿を見たかった訳じゃない。



 「お止めなさい


 無意識に導かれるまま声に出す。

 そんな私に驚きのあまり注目する二人、


 「揃いも揃って何をしているのですか!?

 仮にも惑星連合の軍人さんが敵と戦う前に味方といがみ合うなんて・・・

 軍に籍を置く者として恥ずかしいとは思いませんか?


 直ぐに争いをやめてください。

 映像が流されたらいくら貴方たちでも無事ではすみませんよ」


 「・・・チッ、ジャーナリストのお嬢さんよ。

 確かにあんたの言うことも最もだが

 それを向けるべき者は別にいるんじゃないのか?」


 向けるべき者。

 その言葉を待っていたとばかりに海兵隊の人たちが一斉に同様の声を上げ始める。



 「そうだ、艦長だ!艦長はどうした!?」


 「何故艦長は現れない!俺たちを舐めているのか!?」


 「俺達だけ悪者か?俺たちばかり悪者にしてんじゃねえ!!」


 皆それぞれ「そうだそうだ」と声を揃えて罵倒し始める。

 しかも海兵隊のみならず先ほどまで争っていた砲兵隊の方々からも

 同調する声が上がるものだから始末が悪い。


 その雰囲気を容認するわけにもいかないとばかりにヤマモト大尉が制止の声を上げようとするのですが・・・。



 「実は、こんなこともあるだろうと艦長が私に伝言を預けてたんですよ」













 気が遠くなるような脱力感。

 ホワンさんの言葉が格納庫に空しく響き渡る。

 静まる皆さん、この時ばかりは私と同じ思いに駆られたことに間違いありません。


 心の中で「もやはお約束か?」とばかり諦めの念が辺りを包み込みます。


 ヤマモト大尉が無言で歩み寄り彼から伝言を奪い取っては読み上げる。


 多分免疫が出来ているのでよほどのことでもない限り取り乱さないでしょう。

 でもそんな私の予想を裏切るような彼の姿、

 よほどの内容なのかその場で紙を持ったままブルブルと震え上がらせる。




 「・・・好きにしろ・・・」



 よほどの内容でした。

 私を含めた皆さんの思考が止まる。
























 「これだけか?」


 「えっ!?」


 事態を正しく認識するより先に正常な判断力を失ったかのようなヤマモト大尉。

 地獄の底から響いてくるような声と威圧感にホワンさんが後ろに身を引こうとしますが、

 それより先にヤマモト大尉が彼の胸クラを両手で掴み上げ壁に叩きつける。


 「出せ!残りの伝言全て出してみろ!!

 貴様が持っている艦長の伝言とやらを全て吐き出せ!!




 「ガアァアアァーー、お助けを〜〜

 私はしがないサラリーマンなんです。

 家には妻も子もいるんです。お助けを〜〜」



 持ち上げたまま彼の体をガンガンと壁に叩きつけるヤマモト大尉、

 意識を失うまで悲鳴を上げ続けるホワンさん。

 暫く格納庫では命の危機にさらされているホワンさんを救うために

 総がかりでヤマモト大尉を抑えるのでした。





























 「「駄目です。お兄様に近寄らないでください」」


 場所は変わってブリッジ。

 ヤマモト大尉が理性を取り戻して20分。

 その後、艦長に会うために戻ってきたのでしたが・・・。


 「いや、確かに私も恥ずかしい姿を見せましたけど・・・

 あの伝言の言葉を撤回しないと取り返しのつかない事に・・・」


 「「駄目です。お兄様に近寄らないで!」」


 格納庫でのヤマモト大尉の活躍(?)をブリッジで拝見したユミィたちが

 お兄様を守るためだとばかりにヤマモト大尉を艦長席に近寄らせなかった。



 無理もないわ。

 いくら『伝言』で我を無くしたとはいえ何の罪も無いホワンさんを酷く傷つけたのですから。

 当然、彼は医務室に・・・、全治1週間で済んだのが奇跡的な位です。



 「いえ、あの時の私は確かにどうかしていました。

 もう暴れませんのでどうか艦長にお声をかけさせてください」


 といい大人が卑屈になって頭を下げ続けるのでした。


 ヤマモト大尉もやり過ぎたと自覚したのでしょう。

 好きにはなれない軍人ですけどそんなヤマモト大尉を見て、もういいのではと思ったりします。



 「ユミィ、エミィ、ヤマモトさんも頭を下げているんだからもういいんじゃない?」


 「「ですが・・・」」


 「それに私たちは民間人なのよ。

 貴方たちはいずれパイロット候補として登録されるでしょうけど

 今はヤマモトさんのお仕事を邪魔することは出来ないはずよ」


 ユミィたちの気持ちはよくわかる。

 でも妨げになっては駄目。

 何よりタイラー艦長に頼まれてのことではないことは間違いない。


 「わかりました」


 「でもお兄様に痛いことはしないでくださいね」


 そのことを承知のユミィたちが素直に道を通す。

 勿論、何か危険なことが愛しの人に迫れば物理的に排除することを前提に・・・。


 「恐れ入ります。その点は心配しないでください」


 とそんな彼女たち見て感謝を忘れないヤマモト大尉。

 あの分ならどうやら危険な事態には陥らないでしょう。


 でも、タイラーさんを起こす前に危険な事態は直ぐそこに迫っていたのでした。



























 「・・・くっ、クーデターだと?」


 「はい、海兵隊を中心に乗組員の3分の1が大々的な武装叛乱を起こしています。

 現在、第二艦橋の要員たちが防衛中ですが苦戦してます」


 キム中尉の報告にヤマモト大尉が呆気に取られます。



 先制攻撃。

 勿論、敵による外部からの攻撃ではありません。


 内部の、味方による奇襲。

 世間で文字通りクーデターと呼ばれるモノ。

 そのクーデターがこの『そよかぜ』内で行われた、との事でした。

 首謀者は海兵隊のリーダー、アンドレセン中尉。


 「副長、アンドレセン中尉より通信です」


 噂をすればです。

 ヤマモト大尉がその通信に応じます。


 「貴様ら・・・自分たちが何をしているのかわかっているのだろうな・・・」


 「おお、恐い恐い。

 別に俺たちは艦長の言う通りにしているだけだぜ。

 命令通り、好きなようにな」


 「それがクーデターだというのにか!?」


 ブリッジのオープン回線を通してアンドレセン中尉を睨むヤマモト大尉。


 現在ブリッジには私を含めヤマモト大尉、キム中尉、カトリ中尉、サカイ少尉、そして私とユミィたちの7人(?)がいるだけ、

 他の全乗組員は勢いに乗った海兵隊の人たちを抑えるためだけに苦しい防戦を強いられています。



 「どうでもいいじゃねえか副艦長殿、とにかく今の内に降伏するのが身のためだぜ」


 その言葉を裏付けるだけの力が彼らにはある。

 現在、彼らは艦の中央ブロック辺りで乗組員と交戦中、けれど総崩れになるのも時間の問題。

 機先を制したばかりに強気になっている。


 「貴様らは軍に対して重大な背信行為を行った。これは艦長の命がどうかという問題では無い!

 キム中尉、非常体制による緊急マニュアルを発動、全乗組員に第1級武装の許可、

 反乱兵を見かけたら速やかに射殺せよ。これは命令だ!

 反乱側の兵士を見かけたら速やかに射殺、排除せよ」



 ヤマモト大尉の命令がキム中尉を通して艦内に流れる。



 射殺?排除?

 言う通りにならないからといって平気で味方を殺す?

 確かにアンドレセン中尉のやり方には問題がある。

 でもこれほど極端な対応を迫っていいはずがない。

 こんなの間違っている。


 押し留めようにも抑えきれない激しい怒り。

 私はもうそれを止めようとは思わなかった。



 「いい加減にしなさい!!



 私の声がブリッジの通信機器を通して艦内に隈なく響き渡る。

 途端に海兵隊を含む全ての乗組員がその場で停止、ブリッジに注目する。


 「このような馬鹿げた争いは直ぐに止めるべきです。

 ヤマモト大尉、命令の撤回を!

 そしてアンドレセン中尉たちもその場を引いてください」


 「誠に残念ですが、いかにスターさんとはいえ一度発動した命令を撤回するわけにはいきません。

 今回ばかりはお引取りを・・・」


 「そうやってご自分の思い通りにならないと直ぐに力で訴えるつもりですか?

 あの人質事件でミサイルを発射させようとしたように?」


 そのまま押し黙るヤマモト大尉。

 内情を知る海兵隊の者がはそんなヤマモト大尉を見て回線越しで大笑。

 そんな彼らの嘲笑に怒りが頂点に達するのを感じた。


 「何が可笑しいのですか?

 自分たちのことを棚に上げて嗤わないでください!!

 一体貴方たちがどれだけ恥ずかしいことをしているかおわかりですか?

 力を合わせてラアルゴンと戦わなければいけない時に

 なんて大人気ないことをしているのですか?



 笑い続けた海兵隊もその迫力に押し黙ってしまう。

 海兵隊のみならずブリッジも艦内のクルーも、

 しかし、一人だけは違っていた。


 「ジャーナリストのお嬢ちゃんよ。

 気に食わないからといってヒステリーを起こすのは感心できないな」


 と小馬鹿にするようなアンドレセン中尉の発言。

 途端ムッとなる。


 「ひ、ヒステリーですって?

 私はただ、このような姿を世間の皆さんがご存知になれば・・・」



 「どうなるんだ?」


 忘れかけた理性を瞬時に戻すようなアンドレセン中尉の問い。

 そこから彼は私を小馬鹿にするよう笑いながら語り始めた。



 「別に俺たちは何も困らないぜ。なあ、野郎共?」


 そういって海兵隊の人たちに振り向き、話す。


 「言われてみれば確かに困らないな〜、困るとしたら世間体を気にするお偉いさんくらいだろう?」


 アンドレセン中尉の隣にいたヤンキー風の者が反応し。


 「ここより落ちぶれる所なんてある?」


 体格はいいが海兵隊で一番穏やかな面相をした者が受け返す。


 「いや〜あるんじゃないのか?

 あの姉ちゃんに告発させれば

 俺たちが陸上がりってことも・・・」


 と黒いサングラスをつけた非健康そうな男、


 「おいおい、そりゃ栄転だろう。

 いいな、それ〜、よし、もっと暴れてやろうぜ!」


 最後に海兵隊の中、一番小柄な男が最後を締めくくる。


 「と言うわけだ。俺たちは人様に知られようがどうってことはない。

 まあ、俺たちはこのように好きにやらせてもらうから

 お嬢ちゃんも記事にするなり何なり好きにしな」


 なんて人たちなの?

 私は貴方たちのために事態を収拾しようとしたのに・・・。


 私の意図を子供のように反発する彼らの反応に怒りを通り越して呆れ返ってしまうが、

 直ぐに気を取り直して再度語りかける。


 「違います。

 私はそんなことを言いたかった訳じゃない。

 貴方たちは考えたこともないのですか?

 あなた達に命を預けている人たちの気持ちを・・・

 軍に大幅な信頼と支援を惜しまない方達の前でも、

 貴方達はそのように言うのですか?」



 彼らを思っての言葉。

 しかし、私はこの言葉を彼らに語ったことを後々後悔することになる。



 静寂が辺りを包み込む。

 ブリッジは勿論、回線越しの海兵隊達まで薄ら笑いをやめ黙り込む。

 感化したという訳ではない。


 そのことを証明するように彼等の面影が憎悪に歪み、

 アンドレセン中尉は彼らの気持ちを代弁するよう淡々とした口調で語り始めた。


 「・・・お嬢ちゃん、それはこの『そよかぜ』ではタブーだ。

 あんたは考えたことがあるか?

 俺たちが何故この『そよかぜ』に流れ着いたのか・・・、

 そしてこの『そよかぜ』がどんな艦なのか・・・?」


 先ほどの薄ら笑いが嘘のような真剣さで・・・、

 無視することの出来ない想いが伝わり・・・気軽に割り込むことが出来ない。

 そんな私を見てフッと笑うアンドレセン中尉。


 「まあ、今更こんな話してもどうにもならないがな。

 だが、俺たちはあんたの言う世間とやらのためには戦えない。

 いや、戦いたくない。

 俺たちをこの『そよかぜ』に追い込んだ世間なんてモノにはな」


 「そんな・・・」


 アンドレセン中尉の断言に絶望する。

 不遜な返答に対する怒りより先に冗談抜きでこのような返答をよこす軍人にあったことがない。

 そのため、まともな返事が思い浮かばない。


 「別に驚くような事じゃありません。

 この『そよかぜ』は惑星連合の掃き溜めと言われ続けています。

 その所以はただ、素行の悪い者達が多いからではなく、

 そういう者達を集めているからに他ならない。

 実際に救いようの無い問題で来る者もいますが、それは稀で

 ほとんどが理不尽な形で『そよかぜ』に追いやられています。

 そして、ここに訪れた者は二度と主力には戻れない。

 出世からも、人々の関心からも見放され、日々腐っていくだけです。

 だから軍への忠誠も人々に対する義務感も薄い」


 私の混乱を収めるよう説明を加えるヤマモト大尉。

 一番大切なことを彼はこの場では言わなかったことを後に知るのだけれど・・・。


 「適切な説明ありがとよ、副艦長殿。

 まさかあんたのようなお上(かみ)にそのようにフォローされるとは思わなかったぜ。

 まあ、そんなことはどうでもいいか〜。

 とにかく勝敗は決した!そろそろ艦長殿に代わりな」


 「残念だが艦長はお休み中だ。

 英気を養っているが故にいかなる者もお会いすることは出来ない」


 その言葉にアンドレセン中尉の表情が変わる。

 先ほどの勝気は消え去り、怒気を瞳に込めて睨む。


 「冗談を言っているつもりは無い。本当に熟睡しているのだ。

 おかげで副長の私も後日改めなければならなかった。お前達もそうしてくれ」


 「ガキの使いじゃないんだ!さっさと艦長を出せ!!

 さもないと本当に冗談じゃ済まなくなるぞ」


 そう言ってまたも艦長を巡っての言い争いが始まる。


 ふとした疑問。

 何故艦長なのか?

 要求を実行する『そよかぜ』の最高責任者と交渉するためかも知れない。


 でもアンドレセン中尉以下海兵隊の人たち、そしてヤマモト大尉でさえ

 艦長に対してなんらかの拘りと執着を感じ取っていた。



 「中尉は何故それほどまで艦長にこだわるのですか?」


 思ったことを素直に質問。

 海兵隊の方々のまたあんたか?、という視線が突き刺す中、

 アンドレセン中尉がやれやれ、と呆れながらも律儀に答える。


 「こだわらない方がおかしいと言うものだろう?

 何せ艦長はこの艦(ふね)の責任者なのだからよ」


 そう言われてもやはりわからない。

 けれど、力に訴えて成し遂げないといけないほどのものなのか?


 そんな私の疑問に答えるよう、アンドレセン中尉が私を見て・・・。


 「お嬢ちゃん、戦場で勝つに必要なモノは何だと思う?

 力さ、相手より勝る力。

 『そよかぜ』という艦はどの艦隊にも所属していない言わばはぐれ駆逐艦さ。

 空母『鳳凰』からの補給以外、艦隊からの援助は見込めない。

 だから敵に遭遇した時は単艦で立ち回らなければならない。

 俺たちも命は惜しい。

 そして俺たちの生存率を上げるためにも力のある艦長が着て欲しいんだ。

 しかし、俺たちは艦長を選べない。

 だからこの艦に訪れる新任艦長を試すのさ。

 俺たちの行為に屈して病院送りになるのもよし。

 その間、作戦指示を受けることはないだろうからな。

 そして、俺たちより力のある艦長なら尚よしだ」



 そこまで聞くと彼等の執着を大よそ掴み取れるような気がした。

 でも彼もヤマモト大尉同様、全てを語ってはいなかった。


 「さあ、戯言は終わりだ。さっさと艦長を出せ!」


 やっぱり何かが引っかかる。


 「断ると言った!規律を乱した者たちに与えられるのは処罰のみ。

 戦場で勝利するに一番大切なモノは相手より優れた組織、そして軍規だ。

 いかなるものも集団によって統制されたシステムより勝ることはない。

 アンドレセン中尉以下、海兵隊の諸君。

 貴様らの考えはよくわかったが、貴様等は明らかに組織の軍規をやぶった。

 例え艦長との面会が可能になっても会わせるわけにはいかない」


 「ハハハ!!軍規だと?笑わせるな!ああ〜、もういい。

 どうやら口で言うのも面倒だから実力で示して貰うぞ。

 ミッキー、出番だ!」



 「おう、待ってましたぜ、艇長!!」


 「待ってました」


 アンドレセン中尉の合図と共にブリッジに入り込むピンクと黄色の『ハーディマン』

 二体のハマーの出現にブリッジ要員の緊張が広がる。


 「ありがとな、お嬢ちゃん。

 あんたが副艦長を掻き乱してくれたお陰で

 無傷でブリッジに乗り込むことが出来た」


 クライバーン特務曹長の話に押し黙ってしまう私。

 それが本当のことだとしたら私は取り返しのつかないことをしたことになる。


 「副艦長殿、チェックメイトだ。

 まさに今の『そよかぜ』の状況そのものだと思わないか?

 今のあんたに援軍は見込めない」


 今度は回線越しのアンドレセン中尉の話。

 ヤマモト大尉は淡々と受け流すだけだった。


 「まあ、とにかく艦長は連れて行かせてもらうぜ」


 「では艦長、私たちと共に来て貰いましょうか」


 話の終わりを境にピンクと黄色のハマーが艦長席に近寄る。

 そして最初に黄色のハマーがヤマモト大尉の隣を通り過ぎようとした。


 「やれやれ、まさか勝った気でいられたとはね」


 ヤマモト大尉の微笑み。

 そして左手をゆっくり、けれど素早く、

 すれ違おうとする黄色のハマー、頭部に左手を伸ばす。


 「あれっ?・・・ぇぇえ・・・」


 装着された緊急用の取っ手を軽く掴まれ、そのまま後ろに引っ張られた黄色のハマー。

 私たちが事態を正確に意識する頃には黄色のハマーはろくな抵抗ひとつ出来ず、

 ただブリッジの下に転げ落ちていた。


 「サカイ少尉、下の方頼みましたよ」


 「あ、ああ!」


 急な展開、そしてヤマモト大尉の余りにも自然な動きに

 少し唖然と見守っていたサカイ少尉がその声に我に返り、

 転げ落ちた黄色のハマーに向かって動き出す。


 「ジェイソン!ヤロウよくも・・・」


 ピンクのハマーの中にいたクライバン特務曹長が我を忘れてヤマモトに襲い掛かる。

 しかし、その後私たちは信じられない光景を目の当たりにした。



 バカーン


 機器の破壊音、

 しかし破損した物はヤマモト大尉本人でもなければブリッジの機器でもなかった。


 音の元はピンクのハマーの右腕。

 右腕の関節が不自然な方向に曲がって操縦者の制御から解き放たれている。

 そして当のハマーはヤマモト大尉によってうつ伏せに倒され、廊下に押し潰されていた。

 彼はハマーの背中に圧し掛かり、自由な左手には何時の間にか握り締めたブラスターで

 隙間からクライバーン特務曹長の頭部に押し付けている。



 正直何が起こったのか私にはわからなかった。



 「さすがブリッジで暴れさせる訳にはいかんのでな。

 少々手荒い真似をさせてもらった」


 そのヤマモト大尉の呟きも辺りの空気を変えるには至らない。

 信じられないモノを見たさに静まるブリッジ。

 先ほど命令ばかり下し威張り散らす、ひ弱なエリートとしての面影は何処にも無い。


 「・・・どうした?変な顔して?」


 真顔で問うヤマモト大尉。

 そんな彼を、私たちは憑かれたよう呆然と見つめるばかりでした。


 「・・・非常識なヤロウめ・・・普通ハマーに関節技を仕掛けるか?」


 回線越しのアンドレセン中尉には全てが見えていたようだけれど

 そんな彼の常識からしてもヤマモト大尉の動きは規格外だったようで・・・。


 「別に不思議なことでもあるまい。

 いかに強度があっても関節までそうとは限らないだろう」


 「いや、そういう問題じゃないぞ・・・下手すりゃ貴様が・・・」


 先ほどの勝ち気は失せ、決まり悪そうに言うアンドレセン中尉。


 「そんなことはわかっている。

 だが、私は頂点に立つために必要だと思ったモノは全て自分の物にして来た。

 あらゆる知識、力、そして経験、何より己より強き者を倒す心得。

 それこそ貴様らが身内で傷を舐めあい腐り果てた時、

 私は己に出来ること全てを実践してきたのだ」


 挑発するようヤマモトさん。

 その言葉にアンドレセン中尉の顔がみるみる怒りで染まる。

 先ほどのマニュアル的な台詞しか語らなかったヤマモト大尉では無い。

 初めて垣間見るヤマモト・マコトとしての生きた言葉。


 「・・・上等だ!どうやら艦長より先にあんたを叩きのめす必要がありそうだ。

 第2ラウンド開始だ。首を洗って待っていな!!」


 「それはこちらの台詞だ!

 私に歯向かった事を後悔させてやる」



 そういって不敵に笑うヤマモト大尉がとても印象的だった。





その4