例えばこんな話がある。

 火星という星でコックを夢見た少年がいた。

 少しだけ特殊な能力を持つ以外は至って平凡な優男。

 そんな彼がとある機動戦艦に乗船することによって人生が大きく変わることに・・・。


 少年は仲間達と共に数々の困難を乗り越え成長し、ヒーローとして活躍する。


 並列世界の何処かには・・・いや、何処にでも転がっていそうな物語。

 しかし、この話には裏があった。


 少年を導いた能力、皮肉なことにこの特殊能力のせいで少年は人の姿を借りた悪魔たちに目を付けられ、

 最後には人知れず誘拐される。


 正義のいう名の元で行われた実験の数々、

 狂気に歪む科学者達に好き勝手にされる日々。


 後に少年は仲間達の手によって救出され、不自由ながらも身を持ち直す。

 そして復讐に燃える少年の手によって悪魔たちは引導を渡されるが、

 その時は・・・何もかも手遅れだった。

 少なくとも少年にとっては・・・。


 彼は虚ろの心を抱えたまま、人知れず逃げるよう、静かに身を消す。



 その後、少年の姿を見た者はいない。







































 UNKNOW



















































 夢を見ていた。

 地球と木連との因縁に決着を付け、ナデシコを降りた頃の夢を・・・。


 生活は大変だったけど幸せだった。

 側に居てくれた大切な人達、騒がしい仲間達。

 そして何時も変わらぬと信じていた日々。


 しかし、悪夢は唐突にやってくる。


 思い出すだけで目眩のする過去。

 皮膚を切り裂かれ、臓器や脳を弄ばれ、異物を挿入される。

 怒りに狂い喚こうが痛みに泣き叫ぼうが奴らは気にすることはない。

 極限を超えた苦痛に心が折れ、恥知らずに命乞いしてもそれは彼らを喜ばせるだけ、

 欲望を満たすかのような行為に拍車を掛けるばかりだった。


 そんな日々に体が先に廃人となり、

 それはそれで有効活用できるからといい、使い捨ての実験に投じられ、

 そして心もダメになった。



 視点が変わる。

 俺の周りを囲む馴染みの人たち。

 彼らがどんな姿で俺を見下ろしたのかは今でも・・・いや何となく想像はできる。

 今となっては痛いほど想いが伝わったのだから・・・。


 同じく皮膚を切り裂き、臓器や脳を弄りなおされても、

 狂った者たちのそれとは違い、俺を生かそうと必死だった。

 その想いが通じたのか体だけは何とか持ち直すことが出来た。

 壊れた心は元に戻ることがなかったが・・・。



 後に己が悪魔となる夢。

 復讐の心の赴くまま奴らを何のためらいもなく虐殺していく夢。

 一人一人、醜く命乞いする奴らを地獄に落とすのは快感だった。

 その時、初めて自分が生きていることを実感した。

 そのために巻き添えになった人たちの事など眼中になかった。



 「来たか、遅かりし復讐人よ」


 「・・・北辰、殺してやる」



 外道に堕ちし物達の因縁の始まり。

 そして物語はクライマックスに・・・。



 「グフッ・・・見事だ」


 息絶える北辰、その感触を噛み締めるよう呟く。


 悪夢の終わりを感じた。

 しかし、遺跡から切り離される大切な人と仲間たちを遠くで眺めている内に・・・、

 もう、あの日々に戻れないことを実感した。



 終わった。何もかも・・・。

 悪夢の日々も・・・幸せの日々も・・・そして自らの人生も・・・、

 抜け落ちていく虚無感に終わりを感じていた。


 意識がホワイトアウトしていく。

 そして全てが終わる・・・。

































 ピィーーーーーーーー



 (・・・ここはどこだ?)


 心の中で第一声。

 見開けば漆黒に包まれた線と点のみの世界。

 しかし、己の愛機でも慣れ親しんだ艦(ふね)でもない。

 全く見覚えの無い室内に、多少なり戸惑いを感じてしまう。


 最後に最愛の女性が無事に救い出されるのを見て、ジャンプした事は覚えている。


 ジャンプ、

 それはボース粒子を利用した時空跳躍(ボソンジャンプ)

 今の所、火星出身者のみが使える特殊な能力、

 そして一時は俺をヒーローに仕立てた能力。



 ピィーーーーーーーー



 耳障りな音が立て続けて脳内に響き渡る。


 (・・・そうだ。思い出した・・・俺は・・・見知らぬ手術室にいた)


 追憶と共に記憶を巻き戻す。


 それは今となってはもっとも馴染みのある光景、

 天辺には見慣れた無機質な点灯、そして周りを囲む白衣を纏し者達。

 だが、見覚えの無い者達だった。


 狂気と陶酔で体を弄くるヤマサキを筆頭とした科学者チームでもない。

 見ていてこちらが気の毒に思えるほど献身的な治療を施すイネス、エリナの医療チームでもない。


 (どうでもいいか・・・)


 アカツキ達の手の者でないとわかればそれで充分だった。

 途端、外に対する興味を失う。


 夢も希望も無い。殆ど廃人に等しい身。

 今更、どこの誰かが俺の体を好き勝手に弄くった所で、気にする心など持ち合わせていなかった。


 そう、もうどうでもいいのだ・・・。






































 ピィーーーーーーーー



 (・・・いいかげんにしろ!!)


 脳に直接響く耳障りな音波に不快な気持ちになる。

 この不愉快で耳障りな音は、五感を失った俺をこの世に繋ぎ止める最後の措置だった。


 人は外部からの刺激を長時間受けなくなると死んでしまう。

 夢から覚めなくなるという。


 五感を失い外部からの刺激を受け取る術を失った俺にとってはまさに死の宣告、

 故にアカツキ達は死に物狂いでありとあらゆる手段を投じ、

 俺の感覚をなんとか回復させようとしたのだ。

 そんな過去の情景を思い浮かべると自然に笑みがこぼれてしまう。

 そういえばラピスはどうしているのだろう?


 俺のパートナーとなり復讐を手助けをしてくれた愛しいお姫様、

 北辰に付け狙われた時点で彼女の不幸は始まっていたのかも知れない。

 いや、もしかしたらマシンチャイルドとして生まれついてから避けられない運命だったのかもしれない。

 しかし、俺と行動を共にしたことが彼女にとってプラスになったか、といえばその答えは当然否だ。


 彼女は否定するだろう。

 共に行動し共有したからこそわかる、彼女の想い。

 それは俺と共に歩むことを願う、たったそれだけの、本当に素朴な少女の願い。

 しかし、俺は彼女の願いを己の復讐に好都合だとばかりに利用し踏み躙った。


 当時の狂気に駆られた俺のもう一つの罪、

 ・・・もうよそう、俺が悔やんだ所で失ったモノが帰って来たりはしない。


 リンクは切れていた。

 五感が閉ざされたことを見れば分かることだ。

 彼女を感じることが出来ない。

 ラピスも同様だろう。



 これでいい。

 彼女には可能性がある。

 その可能性を閉ざし、奪って来た俺がいうのもなんだが聡明な彼女のことだ。

 俺という足枷が外れれば彼女は思いのままに人生を開花させることが出来る。


 俺が不自由になるだけ彼女は自由になれる。

 始めは泣き喚く姿が想像出来ないまでもないが時の流れが心の傷を・・・想いを移ろわせてくれる。

 そう、復讐しか選びようのなかった俺と違って・・・。


 (・・・珍しく昔のことで浸ったな・・・少し疲れた・・・)


 直ぐに何事にも無感動な己に戻り、意識を沈みかける。


 終わりの予感。

 それでも最後の最後で仲間達の情景を思い浮かべ、微かに微笑むことが出来た。


 ・・・これでやっと終わる。



































 ピィーーーーーーーー



 (・・・本当にいいかげんにして欲しいな・・・)


 いつもの耳障りな音に呆れながら呟く。


 先ほどから述べたようにこれは俺の意識をこの世に留めて置くための装置だ。


 脳に特定の信号を発するナノマシン。

 あの戦いを最後まで貫き通すことを可能にしたありがたい代物、

 とはいえ、今となっては永遠の眠りを妨げる邪魔物でしかない。


 人としての心を繋ぐモノ。

 己の人生を奪った者達への復讐と仲間達を思う心、そして・・・ナノマシン。

 前者は血を以って達成し、仲間達とは心から別れを告げた。

 しかし、最後に繋ぎ留めるモノが無機質なナノマシンだと思うと滑稽にすら思える。


 まあ、この不快な音にも慣れたな。


 危険な状態だ。

 次に眠る時は多分目覚めることはないだろう、がなんの感慨もない。

 逆にこれでやっと解放されると思うと待ち遠しく思う。


 そう・・・やっと終わりを迎えることが出来る。





 「気が付いたかね?」


 (・・・誰だ?)



 貫禄を含んだ初老の声、

 死に掛けの状態だったために俺自身の反応は味気ないが・・・やはり驚いていてしまう。



 聴覚が蘇ったのか?と純粋に驚く。



 視界は相変わらずの線と点のみの世界、

 しかし、年齢を識別できるほどハッキリ聞こえる音が思考の混乱に拍車をかける。

 だが、その者に注意を振り払った時、俺の思考が突然懐かしさに包まれる。



 ーーフクベ提督ーー


 ナデシコA時代のオブサーバー、

 己の業に苛まれた哀れな軍人。

 思えばあの爺さんには酷い事を言ったものだ。

 今の俺にどの口をぶら下げて爺さんを責めることが出来よう。

 まあ、今度は俺が罵倒される番だろうな。


 「ククク・・・提督が居るということはここは地獄か?当然の報いだな」


 過去の出来事を回想しながら自虐的に言う。

 だが・・・。


 「カァ、カッカ、なかなか面白いことをいう少年じゃ。確かにここは地獄の最前線。

 魑魅魍魎の巣食う修羅の層、生きるために敵を排除し、

 また生き残るために味方を切り捨てる。まあ、少しオーバーじゃったか・・・」


 先ほどの穏やかな気配が一転し、場違いなほどの能天気な返事が返ってくる。


 違和感、

 フクベ提督の・・・少なくとも過去の俺が感じたことのなかったモノがそこにあった。

 その違和感が朦朧(もうろう)とした意識を覚醒させ、眠った警戒心を呼び起こす。



 「・・・誰だ?」


 先ほどの穏やかな物腰は消え、全身に鋭い緊張感を纏う。


 雰囲気の豹変に初老の男は一時呆気に取られる、が

 直ぐに豪快に笑いながら殺気を受け流し俺の問いに答える。



 「ガァ〜ハッハ、これは初対面で老いぼれが礼を欠いてしもうたわ、

 済まぬ、私は惑星連合宇宙軍、外宇宙方面軍司令、ロベルト・J・ハナー提督だ。

 これでいいのかね?少年」


 相変わらずの能天気で陽気、

 俺と相対しても崩すことの無い友好的な態度。

 しかし、当の俺はそんなものより彼の者の発言に戸惑いを感じた。



 惑星連合宇宙軍?

 宇宙軍にも総合軍にもそんな部署はないはず・・・

 文字通り記憶に存在しない部署だ。

 ただ、俺が知らないだけということもありえたが・・・。



 「どうやら、君はここの者ではなさそうだな」


 突拍子もないその一言で俺の推測は完全に否定された。

 今だ現状を正確に認識できない俺には困惑の拍車をかけるようなもの、

 おかげで完全にどうすればいいのかわからなくなってしまった。

 そんな俺の戸惑いに他意はないとばかり真摯な態度で俺の疑問に応える。



 「別にここでは珍しいことではない。

 我々の科学が銀河の隅々に影響を及ぼして以来、

 我々はそれこそ色んな惑星の人々と交流してきた。

 友好的な勢力もあれば敵対的な勢力もある。

 それらと親睦を深めたりまた争ったり・・・

 どんな形であれ人の流れがある所、交わる所には事故はつき物だ。

 まあ、要するに少年みたいな宇宙の漂流者はそう珍しくないというわけだ。それと・・・」


 頼みもしないことをお構いなしにスラスラと話す。


 そうか・・・俺はどうやら異世界とも呼べる世界に時空跳躍したらしい。

 しかし、よく喋る老人だ。


 天性のお人好しなのか?

 喋るのが心から好きだというのが感覚の不自由な俺にもよくわかった。


 今まで出会った軍人にはないタイプ、

 物静かなフクベ提督とは正反対な人、

 何故俺はこの人をあの提督と重ね合わせたのか不思議でならない。


 異世界としかいいようのない世界に迷い込んだことよりも

 この一見変わった提督と呼ばれる軍人に興味を抱く。


 死に掛けた心に活気が注ぎ込まれる。

 この軍人に対して好奇心が刺激され、少し外に対して夢中になりかけるが・・・。



 運命の悪戯なのだろうか?

 それとも俺が鋭すぎただけなのだろうか?


 少しずつ開き始めた外に対する希望は・・・絶望に塗り替えられる。


 一人で使うには少し広い病室、

 部屋の中はさも「俺のために置きました」とばかりに並べられた治療用具、

 しかし、病室の分厚く閉ざされた扉の向こう側には隙を窺うようにして待機している軍人たちがいる。

 気配からして数は5人、機関銃を両手に装備し、俺に不穏な動きがあれば割り込むつもりでいるのが何故かわかった。

 壁を背に寄せ、引き金に指を掛けて今か今かと突入しようとする姿勢が滑稽なほど察することが出来た。



















 ・・・考えてみればそんなものだろう。


 俺は余所者。 しかも曰く付きの不審人物だ。

 どんなに人が好い者でも所詮は軍人、得体の知れない者に心を許すなんてことはないだろう。


 俺から引き出したい情報でもあるのだろうか?

 全く手の込んだことだ。



 いっそう返り討ちにしてやろうか、とも考えてみたがやめた。


 万全な状態ならともかく病み上がりで出来ることなどタカが知れている。

 何よりこの能天気なお人好しが一番食えないのかも知れない。

 組み合えば疲れることになるのは間違いない。


 何より・・・どうでもよくなってきた。




 扉の向こう側に対する意識を閉ざす。

 意識を向けるのも疲れるし、面倒になった。

 さっさと終わりにしたい。


 身近に映る医療道具。

 線と点しか映し出さない視覚でも刃物系を見間違うことはない。

 その手術用メスに魅せられるよう・・・手を伸ばす。


 流れるようにゆっくりと、しかし、喋ることに夢中の隣の軍人よりは早く・・・。


 取った。

 間違いなく刃物、その手にした物を器用に逆手で握る。

 その時になって初めて提督が動くが、もう遅い。



 目指すは己の心の臓、

 そのまま自らの手で全てを終える・・・はずだった。


























 ドクン



 心臓の脈打つ音がダイレクトに脳へ伝わる。







 ・・・何故だ?


 己の手前で血を流す軍人を見下ろし、自問する。

 こんなことは俺の予想にない。







 ドクン



 とにかく人生の幕を降ろしたかった。

 俺が直接降ろしてもいい。

 身の危険を感じたこの老人が自衛のために殺してくれてもよかった。








 ドクン



 また、声に出して危険を叫び、扉の外に待機中の軍人たちに始末されてもよかった。

 とにかく、早く終えたかった。面倒なことは考えたくなかった。

 なのに・・・。








 ドクン



 脳内を駆け回る不快な匂い。

 皮膚に伝わる焼けるような熱み。

 偶然味わった濁った鉄分の味。


 そう、わかってはいた。

 聴覚だけじゃない。

 しかし、認めるのがいやだった。








 ドクン、ドクン、ドクン・・・



 脈打ちが抑え付けられなくほど活発になる。

 聴覚、触覚、鼻覚、視覚、そして味覚。

 先と点のみの世界が形を帯び、

 白黒だった世界が段々と色浴びていく。


 それは誤魔化すことの出来ない事実、

 目の前の惨劇・・・、それを改めて認めた時。




































 凍りついた時が加速度的に動き始めさせた。








































 全身の毛が全て逆立つ。

 血液の活発な流れを全て感じ取れるほど神経が研ぎ澄まされていく。


 もう誤魔化したりはしない。

 色も景色も音も感覚も・・・とにかく全ての感覚が蘇った。

 その全ての感覚を・・・全身全霊を持って目前の凶事に意識を注ぎ込む。





 背中を深く突き刺した。

 はずみで流れる出血が尋常じゃない。

 年もある。流しすぎると取り返しのつかない事になる。

 止血に使える物を素早く見分け始める。



 「何故助けた」等と関係ない仮説は強制的に意識から排除する。

 幸い、俺の治療のために揃えられた医療器具がある。

 それを巧みに使い分け、出来る限りの応急措置を取る。







 ・・・止血は完了した。

 後は外部の助けが要る。


 その思考が頭を掠めると扉の向こうに誰がいようと躊躇いはしなかった。


 「誰か!医者を呼んでくれ、あんた達の提督を怪我させてしまった!」


 扉の向こう側に向けて話すが反応は無い。



 気付かれていないとでも思っているのか?

 いや、戸惑っている。


 罠の可能性を見出しているのだろう。

 しかし、それらに付き合う暇は全く無い。


 「急を要するんだ!早く!!」


 声帯の限界を振り絞って叫ぶが、相変わらず外の反応が無い。

 その時になって自分の意図を見抜こうとする者達に初めて苛立ちを覚えた。


 「医者を呼ぶのに何を手間取っている。

 一番外側のメガネの軍人!そう機関銃と睨みあっていたアンタだ。

 早く医者を呼んで来てくれ、5人も居るんだから一人くらい構わないだろう、

 呼ぶついでに血液バンクも持って来てくれ!、

 本当に一刻を争うんだ!急げ!!」


 俺の言葉に何かを感じ取ったのだろう。

 指名された軍人は躊躇(ためら)うことなく急いでその場から離れていく。


 よかった。助かるかも知れない。

 一悶着覚悟はしていたが、想像以上に上手くいったことに安堵する。

 ところが・・・、唐突に扉の向こう側から殺意が流れてくる。


 分厚く閉ざされた扉越しでもわかる、

 銃口の冷たい切っ先、その切っ先が目指すスポット、

 威嚇でも脅しでもなく俺目掛けて躊躇い無く撃つ気でいる。

 3秒後には俺の額は間違いなく貫かれるだろう。

 その未来が自然と思い浮かび興奮した心が冷やされる。


 刻々と迫る死へのカウントダウン。


 避ける気はなかった。

 案外、自分に相応しい死に様かもしれないが・・・、やはり現状を知る身としては迷惑な話だ。


 「そのまま撃つのは構わないが、もう少し考えてから行動したらどうだ?

 そんな強力な銃火器を乱射したら俺もろとも後ろの提督まで破壊しかねない、

 一刻も争う状況で余計な手間を掛けさせるな」


 真剣だがどこか冷めたような俺の言葉に向こうの殺意が急激に薄れる。

 しかし、相変わらず照準は固定されたまま、

 今度は己の意思とは関係なく弾みで撃ちそうな危うさがあった。


 「・・・貴様、一体何者だ?」


 扉の向こうから流れる疑惑の言葉。

 その男の口調は未知の恐怖に震えていた。


 「何故、俺達が5人居ることがわかった?

 何故俺が貴様を殺すとわかった?

 いや、何より何故俺の武器が貴様にわかるんだ?」


 問いに答える間も与えることなく、次々と勝手に疑惑を打ち上げ続ける。

 常識の枠を越えた事態に軽い錯乱状態に陥ったのだろう。


 障害物で遮られた空間の中、手に取るように把握している俺に恐怖を抱くのも無理も無いことだ。

 自分から見ても気配で察するというレベルをとうに超えている。

 だが、一刻の猶予も無い状況下が理性を抑え、己を突き動かす。


 「俺が千里を見渡そうが、空を飛べようが、今の状況には全く関係ない話だ。

 重要なのはアンタ等の提督が出血多量で危険な状態に陥ってしまったことだ。

 軍人のくせに小さなことに一々こだわるな!」


 「・・・小さなことって、おい・・・」


 毒気を抜かれたよう呟く。

 見るからに殺気は消え失せ、気力は削がれていく。

 丁度いい時に医者を呼びに行ったメガネの軍人が医者を連れてくるのがわかった。


 ・・・よかった。

 あれからたいして時間は経っていない。

 もし目の前のお堅い軍人よう、俺の言葉に疑問ばかり持つ者であったのならば

 こうも早く連れて来る事は叶わなかっただろう。


 「医者を連れて来た、通してくれ」


 「お、おう・・・」


 勢いの削がれた軍人が医者を入れるために扉を開けようとする。


 が、開かない。

 代わりに開かないことへのもどかしさが扉越しに伝わってくる。


 「クッ、開かないだと!?」


 「ダメだ!俺たちの入力を受け付けない。

 まさか提督は俺たちが独断専行することに気付いて手を回したのか・・・」


 「くそう・・・やっぱり開かない。提督の識別パターンじゃないと受理されないようになっている」


 扉越しで流れてくる声に純粋に驚く。

 勿論、扉が開かないことに対する驚きではない。

 提督ともあろう者が自分の身に降りかかるリスクも省みず、あえて俺のための環境を作ったことに・・・。



 俺は余所者だ。しかも見るからに怪しい不審人物だ。

 信用など皆無、扉の外で隙を窺っていた軍人たちの行動の方がよほど自然だった。

 なのに・・・、庇ったことに飽きたらず、俺を守るために自らの危険を顧みず密室を作り上げただと?


 (底抜けのお人好しめ!!俺なんかに関わるからこんなめにあうんだ!!)


 後ろを振り向き、思いつく限りの悪態をつく。

 だが、心は失われる命への焦燥感が激しく渦巻き続けた。


 数々の情景が映し出される。

 己の復讐のためだけに多くの者達を巻き添えにした。

 生き残るためだけに大切な人達と・・・そして一人の愛しい少女の未来を犠牲にした。



 もうたくさんだ!

 誰かの代わりに生き残るのは・・・。



 体内の全ての気を無意識に練りあげる。




 (俺はどうなってもいい。代わりに・・・)



 極限までの集中状態、その練り上げた物を扉の一点に集中し、気合と共に解き放った。



 (いけーー!!






 
ドコ−ン




 炸裂、

 鈍い音を立てながら扉その物が弾け飛ぶ。

 途中で4人の軍人が勢いに巻き込まれたが、他人の不幸に気遣う余裕などなかった。


 とりあえず道を開くことに成功した。


 「後は任せた」


 驚きに居座るメガネの軍人と医者を交互に見ながら意識を手放す。































 夢を見ていた。

 俺が生身の体で剛鉄の扉を吹き飛ばす夢を・・・。

 全く現実感のかけらもない馬鹿馬鹿しい夢だった。

 ほら、あの生命を維持する不愉快な音も響いてこない。


 やはり夢なのだ。

 それとも死期が近いのだろうか?

 どうでもいいか・・・。


 そう、どうでもいい。

 清潔な白い病室にリンケル剤を注入された状態でベットに寝かされたことも、

 知り合ったばかりの初老の提督と一目見たばかりの軍人達と女医さんが俺の周りを囲んで入るのも、

 全て夢なのだから。





 「気分はどうかね?少年」


 その言葉のみがハッキリと脳に響く。

 応じようにも指一つ動かせない、前以上にボロボロになった体。


 「最悪だ・・・」


 思うまま言葉にする。

 夢のはずなのに鉛のように重たい体、そして痛みで軋む体、

 夢とはいえ気持ち的には最悪だった。


 「芝居はそれ位にしろ、もう疲れた。

 煮るなり焼くなり好きにしたらどうだ」


 本当に疲れたように呟く俺の冷めた口調に、周りの空気がガラッと変わる。

 俺に洞察力を働かせる気力が残っていたのなら、彼らの気持ちを正確に汲み取ることが出来ただろう。


 しかし、本当に疲れたのだ。

 面倒なことを片付けてさっさと楽になりたかった。













 「・・・我が艦隊は2週間後、作戦領域に突入する」


 威厳に満ちた提督の声。

 周りが引き締まり俺ですら聞き惚れてしまう。

 今の彼からは先ほどまでベラベラとお喋りに明け暮れた男のイメージはない。


 「戦略的に重要な意味を持つ作戦だ。

 いかなる失敗も敗北も許されない。

 艦隊のクルー全てがそのことを心得ている。

 そんな時に少年がこの危険領域に漂流して来た」


 提督以外、話はおろか誰も動かない。

 静まり返った病室の中で彼の朗々とした独白のみが満ちていく。


 「有人惑星から限りなく遠く離れた戦闘空域の最奥、

 我々の関知しないテクノロジーを積んだ人型兵器、

 そしてそれ以上に不可解な少年の状態・・・」


 トントンと静かに独白が続く中、

 不意に俺の意識が抜け落ち始める。


 終わりが近いのか?

 しかし、目を覚ますには面白いシチュエーションなので

 少々面倒でも力を振り絞って何とか意識を繋ぎ止める。


 「興味はあった、不可解な領域への漂流、不可解な兵器と不可解な少年。

 だが、それでも任務の優先度は変わらなかった。

 私は報告書だけで少年を任務に支障をきたす異物と判断し

 この手で始末しようとした」


 最後の一言に辺りの静寂が極まる。

 独白し続けるハナ−提督以外はやはり誰も動かない。

 誰もがそれを承知していたのだろう。

 後ろの5人も女医も軍人なのだから。

 俺はというと・・・何故か一番聞きたかった言葉を聞けたことに満足した。


 なるほど・・・あえて密室に仕立て上げたのは俺のためなんかじゃなかったのか。

 邪魔者が介入されない状況の中で心を開くように仕向け、用が済んだら自らの手で始末する。


 冷徹な軍人の見本みたいな人。

 そして久しぶりに垣間見た、俺の嫌いな軍人そのモノだ。

 むしろ、ここまでハッキリ言われて清々しいとさえ思う。


 もう未練はない、

 削がれ逝く流れに今度こそ身を任せようとするが・・・。



 「しかし、私は少年に出会った」



 口調が唐突に変化した。


 流れが止まる。

 その言葉に不可思議な脈動が沸き起こる。


 「少年に出会って本当によかった・・・

 もしあのまま軍人として見捨てるようなことをしたのなら、

 一人の・・・助けを求め続けていた誇り高い戦士を葬り去る所だった・・・

 ・・・私はあの時・・・本当に死んでも・・・良かったと思ったぞ・・・」


 上に立つ者としての威厳は跡形もなく消え失せ、

 一人の涙脆い男が文字通り嗚咽を漏らしながら涙を流す。

 その嗚咽が静まり返った周りに感触し、

 病室が嗚咽の場へと変わった。


 俺の側にメガネをかけた一人の軍人が歩み来る。


 「君には・・・本当に済まないことをした。

 提督が心配だったから病室の外で無断でも・・・

 非常事態に備えたつもりでいたんだが・・・

 その事が君をそこまで・・・追い詰めるとは思わなかった。

 何もかも先走った私の・・・手落ちだ・・・

 ・・・全て私のせいだ・・・・・・」


 「馬鹿野郎!!

 何一人でカッコ付けやがる。

 お前はあの状況で最善の処置を取ったんだ!

 むしろ、坊やのことを・・・最後まで疑った俺が・・・」


 「隊長!そんなことどうでもいいじゃないですか?

 本当に・・・取り返しのつかない事に・・・

 坊や・・・提督を助けてくれて・・・本当にありがとう・・・」


 「本当にありがとよ・・・

 坊やも生きてくれて本当にありがとよ・・・

 謝る機会を与えてくれて・・・本当にありがとよ・・・」


 「ありがとう・・・ありがとう・・・」




 なんだ、このオチは?

 何故このような事態に陥ったのだ?




 ・・・見渡せば涙の海。

 大の大人達が俺の周りで泣き崩れる姿は滑稽ですらある。

 だが、俺はその姿を直視することが出来ない。



 正直ついていけないと思った。

 夢とはいえ何故こうなる、等と突っ込みたくなった。

 だが次第に生まれてくる背筋を擽るコソ痒さ、

 底から溢れんばかりに沸き起こるこの暖かいモノは何だろう?



 虚ろな心が満たされしていく。

 小さな拘りが次々と洗い流されていく。


 不覚にも涙を貯めてしまった。

 その事実に戸惑い必死で戒めようとしたが、

 湧き出し始めた想いを断ち切ることは出来ない。


 一番後ろで静観していた女医が

 ベットのシーツを掴んで大泣きしている軍人達を乱雑に退かし、

 表にある俺の右手を両手で力強く握り締める。


 「貴方はもう私たちにとって決して他人じゃない。

 ヤザワの名に賭けて絶対に治して見せる。

 絶対・・・何があっても絶対・・・生きるのよ・・・」


 念を押すよう、祈りを込めるよう、

 呪文のように唱え続ける。



 気が付けば泣いていた。

 貯めに貯めた涙が無防備に流れ落ちる。

 それを止めようとする気持ちは何処かに吹き飛んでいた。

 今更夢だ、夢なのか?と誤魔化す気にもなれなかった。


 静かに瞼を閉じる。

 共に沈んでいく意識。


 それは休息のため、そして・・・こそばゆい現状を誤魔化すため。




 しかし、虚ろな心を満たした暖かい想いが冷めることはなかった。





つづき






あとがき



 初めまして、異世界より渡来し者です。

 ・・・と、冗談は置いておいてノリと勢いで始めた処女作ですが

 なんでこうなったのかは自分でもわかりません(汗;;)

 読者の心を軽く掴まないといけない出だしなのにこの展開・・・

 やはり電波に頼りきりなのはいけませんね^^;;。

 オープニング的な展開はまだ続きます。

 その時まで見守ってくださると幸いです。