タイガーは悩んでいた。
先日、横島の新事務所の引越しを手伝い。その時は祝福したが、その騒ぎも一段落して落ち着いて見ると色々と考えてしまう。
いつも横島、雪之丞、ピート、そして自分とGSを志す4人でつるんでいるが、実はGS免許を持っていないのはタイガー1人だ。
横島は独立し一国一城の主となり、雪之丞が正式なGSとして弓家の元で活躍している。そして、ピートもまた唐巣の後継者として注目されていた。
それに対して自分はどうだ?
自分では制御できない精神感応能力を抑えるために、エミにより差し伸べられた手を取り来日。その後、少なくとも精神感応能力を抑え込む事には成功したが、それだけだ。それ以上ではない。
次のGS資格試験こそはと決意を新たにするが、具体的にどうすればいいか思い付かずにいた。
一方、ピートも悩んでいた。
既に1人で仕事をこなしている雪之丞、独立した横島。対して自分はどうだ?
同じ時期にGS免許を取得したと言うのに、彼等と自分が同列に居るとは思えない。確かに業界では注目を集めているが、あくまで『唐巣の後継者』であって自分の実力ではない。
このままでは自分があまりにも情けなさ過ぎる。
だからピートは悩む。自分は大きく躍進せねばならないと。
しかし、ヴァンパイアハーフとしてこの世に生を受けて700年余。同族の中ではまだ若い方かも知れないが、成長のピークはとうに過ぎているだろう。
なにより、人間のように急激な成長力を持っている訳でもない。現状を打破するためには何かが必要なのだ。今の自分を打ち砕く何かが。
「エミさん、わっしに稽古をつけてツカサイ!」
翌日、事務所に顔を出したタイガーの第一声がそれだった。
最近のエミは仕事がない時は専ら魔理を鍛える事に時を費やしている。
エミの事務所における魔理の仕事は、やはりエミが霊体撃滅波を放つ際のガードがメインとなる。そのため、エミは特に霊的攻撃からの防御を徹底的に鍛えていた。
確かに最近は魔理にかまい過ぎてタイガーの修行が疎かになっていたかも知れない。
「おたくに渡したトレーニングメニューはちゃんとやってるワケ?」
「もちろんですジャー! でも、それだけではイカンのです。次のGS資格試験で合格するためには!」
エミはその言葉におおよその事を理解した。横島の独立が結果として発破をかける事になったのだろう。
実際、タイガーは霊能者としてそう劣っているわけではない。
複合妖獣(キマイラ)を怯えさせる強い霊力。エミにより課せられた修練により制御に成功した高レベルな精神感応能力。
ただ、惜しむらくはそれら全てがGSとしての戦闘能力に結びついていないのだ。
「エミさん、お願いします!」
「………」
「この通りですジャー!」
「あー煩い! そこまで自信がないんだったら、妙神山にでも行ってくるワケ!」
「は、はい! 学校に連絡してきまっす!」
エミに怒鳴られ、タイガーは逃げるように事務所を飛び出して行った。
「あのバカ…連絡するなら電話で充分でしょうに」
走り去ったタイガーに対し、呆れてこめかみを押さえるエミに魔理は苦笑いを浮かべる事しかできなかった。
「はぁー、はぁー。思わず学校まで走ってしまいましたノー」
「あれ? タイガーじゃないですか。もう帰ったんじゃ?」
タイガーが事務所を飛び出た足で学校まで辿り着くと、ちょうど校門から出て来たピートと鉢合わせた。
「ピートさん、実は…」
「おぅ、タイガーじゃないか。小笠原さんから連絡は受けているぞ」
「「え?」」
妙神山に行く事をピートに伝えようとしたところ、廊下を通りかかった担任に声をかけられる。どうやらタイガーが学校へと走っている間にエミが既に学校の方に連絡を入れていたらしい。
「修行に行くらしいな。俺にゃGSの世界はよくわからんが頑張ってこいよ」
そう言ってタイガーの肩を叩くと担任は去って行った。
「修行に行くんですか?」
「次のGS資格試験に合格するためにも妙神山に行きますケン。しばらく戻ってこれないかも知れんが、皆にはよろしく伝えといてツカサイ」
しかし、その言葉を聞いたピートは承諾の返事を返さない。
「タイガー、僕も妙神山に行くよ」
「え?」
「僕も…強くならないといけないんだ」
ピートの瞳はどこか遠くを見詰めていた。
「妙神山に行く?」
タイガーとピートが妙神山に向かう準備を進めている頃、横島は愛子とタマモに妙神山に事務所の開業を師である猿神に伝えに行く事を提案していた。
しかし、提案された二人の反応は…
「妙神山って…何?」
「その店、きつねうどんはある?」
そもそも、二人は妙神山が何であるかを知らなかった。
「それでミョウジンザンって何なのよ?」
「日本における神族の本拠地で、日本一の修行場でもあるな。そこの主の猿神師匠が俺の師にあたるんだよ」
「横島君、あなた神様の弟子だったの?」
「…まぁな」
目を丸くする愛子の声に、少し視線を逸らして答える横島。
二人は知らない事だが、横島本人は半魔族だ。
「やっぱり、本格的に仕事はじめる前に挨拶に行ってた方がいいと思ってな」
「それはそうかも知れないけど…」
「ねぇ?」
愛子とタマモは困った表情で顔を見合わせる。
「どうした? 交通費の事なら厄珍からの報酬が残ってるから気にする事ないぞ?」
「いや、そうじゃなくて…そこ、神族のテリトリーなんでしょ?」
「あんた忘れてるかも知れないけど、私達妖怪なのよ?」
「…あ」
完璧に忘れていた。と言うより、二人が妖怪である事など気にした事もなかった。
「まぁ、大丈夫じゃないか? あそこはデタントのテストケースとして魔族も出入りしてるし」
ジークも今は魔界の軍に復帰しているが、以前は留学生として滞在していてた。軍復帰後はデタント推進のための魔界、天界、人間界を結ぶ連絡員をしているため、妙神山に訪れる事は少ない。
そのため、最近は任務以外で個人的に顔を出すワルキューレの方が訪れる頻度ははるかに高くなっている。その目的は妙神山の温泉で骨休めをするため。ベスパが育児休暇を取ったために色々と仕事をまわされて疲れているそうだ。
「温泉があるなら旅行のつもりで行ってみるのもいいかな?」
「私はイヤよ、めんどくさいし」
前者が愛子の返事で、後者がタマモのそれだ。そんなタマモの返事を聞いた横島はニヤリと笑う。
「実は隊長から また、ひのめちゃんを預かってくれって頼まれたんだけど
妙神山に挨拶に行くからって断ったんだよ、今日」
「へ、へ〜」
先日、子守りで散々苦労した事を思い出して冷や汗を流すタマモ。
「タマモが留守番に残るならひのめちゃんを預かってもいいかな?」
「…誰も行かないとは言ってないわ」
タマモはあっさりと白旗を上げる。
勝ち誇る横島に対し、タマモは後で仕返ししてやると心に誓うのだった。
「エミさん、私も妙神山に行っちゃダメですか?」
タイガーが学校に連絡をしに事務所を飛び出した後も修行を続けていた魔理だったが、自分も妙神山に行きたいとエミに願い出ていた。
しかし、エミの返事は芳しくない。
「あんたの実力じゃ門番の試練を突破するのも難しいワケ、今は私が言った修行を続けなさい」
これには少し納得のいかない魔理。
確かにタイガーの規格外の体格から生み出される力と言うのは相当のモノだが、霊力を使った戦いならタイガーに負ける気はしないのだ。
タイガーの精神感応能力の凄まじさを知らぬからこそ言える事かも知れないが、魔理自身その事実に気が付いていない。
「おたく、タイガーと戦っても負けないと思ってるでしょ?」
「え、それは…」
うろたえる魔理。嘘のつけない性質だ。
その様子を見たエミは苦笑する。
「確かに、今のタイガーは霊力を無駄に使ってるとこがあるからね。でも、それを無くせば可能性はあるワケ…気付けるかどうかは別問題だけど」
「アイツがねぇ…」
魔理は少し信じられない様子だった。
ちなみに、この魔理の修行だが 実はこれもバイトの一部として扱われている。
修行させてもらっているのにと魔理は言ったが、部下に修行をさせるのは仕事の成功率を高めるためと、鍛えてGS資格試験に送り込み良い成績を残させて名を上げるためだとか。
確かにエミは「仕事なのだから」と厳しいが、魔理としてはエミの厳しい鍛え方も性に合っていると感じていた。
「タイガーもエミさんが鍛えたらいいんじゃ?」
魔理はそう提案してみるが、エミは黙って首を横に振る。
「タイガーは今まで私が直々に鍛えてきたんだから、そろそろ1人でどうにかして欲しいワケ」
そう言いつつ、タイガーの妙神山までの交通費を用意してやるエミ。
片道しか用意していない所が実にエミらしい。暗に「修行が終わるまで帰って来るな」と言っているのだ。
「何か寒気がするノー」
その頃、タイガーは自分を待ち受ける過酷な運命に気付く事なく荷造りに勤しんでいた。