虎の雄叫び高らかに 4


「うぅ、勝てんノー」

 翌朝、タイガーはいまだに剛練武に勝てずにいた。
 食事を持って来たメドーサには驚かされたがそれどころではない。
 ダメ元でアドバイスを求めてみたが、霊能を覚えるという事は言わば霊力を効率良く使うための回路を構築する事で、一度作った回路を書き換えるなど一朝一夕でできるヤツはいないと言われた。
 要するに「とっとと諦めろ」と言う事である。


「ま、死なない程度にやっときな。私ゃもう1人の方にも行かなきゃならないんだから」
「がんばりますケエ」
 メドーサは食事の乗ったお盆だけを渡すとそのまま道場を出ていった。
 タイガーは受け取った食事を頬張りながらも、メドーサの言った言葉について考えを巡らせる。

 弱点の克服、それがタイガーの精神感応能力を使用する際の自分を虎の姿に見せる幻覚にある事は間違いない。
 なにせ、そう見えるだけなのだから。

 では、時間をかけてでも自分の霊能に使う霊力の内の虎に見せる幻覚の分を減らして精神感応のみに集中させればいいのだろうか?
 …それも、何か違う気がする
 確かに、あの後何度か試してみた所、時間はかかるものの変身せずに精神感応を行う事はできた。
 すぐさま剛練武に戦いを挑んだのだが、そこである問題が発覚した。使う霊力が減らなかったのだ。精神感応に使用する霊力に、幻覚に使用していた分の霊力までもが上乗せされていた。

 霊能と言う回路は一定の霊力量を流し込まねば発動せず、タイガーの精神感応能力の回路の中には虎の幻覚も含まれてしまっている。そのため虎の幻覚を行わずに精神感応を行おうとしても使用する霊力量は減らず、虎の幻覚に使用されなくなった分が精神感応の方に使用されてしまったのだ。

 そして、使用する霊力の増した精神感応は タイガーの制御能力を越えていた。
 あの時、剛練武の一撃を受けて精神感応が途切れていなかったら、そのまま正気を失っていたかもしれない。
 メドーサの言った『一度作った回路』とはこういう事なのだろう。


 そもそも、剛練武には精神感応の効果が薄いと言うのに精神感応能力をどうにかしても仕方がない。
「あー! きっと横島さんや美神さんならここで起死回生の反則技を思い付いてるはずジャー! わっしもなんとかせんと、こう、逆転の発想で…」
 そこまで言ってタイガーの動きが止まる。
「逆転の…発想……そうか! これジャ! この逆転の発想こそが剛練武を倒すカギなんジャー!
 次の瞬間、タイガーはやおら立ち上がり、剛練武と向い合った。





 メドーサはピートの元にも食事を届けに来ていた。
 しかし、当のピートが瞑想を続けていてメドーサの存在に気付かない。業を煮やしたメドーサはピートの後頭部目掛けて竜気を放ち、見事、命中した。



「へぇ、雪之丞とあんたがねぇ…」
「ええ、でも僕には何の事かさっぱりで」
「あんたの持ってる雪之丞のイメージって何なのさ?」
「え?」
 メドーサの言葉に一瞬ピートが固まる。
 猿神が出鱈目を言うとは思えない。しかし、ピートは雪之丞や横島に比べ自分が情けないと思い妙神山の門を叩いたのだ。

「雪之丞は…強くて、もう1人で仕事をまかせられていて…僕にないモノを全て持っているような…」
 ピートの言葉に俯いて肩を震わせていたメドーサだったが、ついに堪え切れずに腹を抱えて笑い出した。
「なっ何がおかしいんですか!」
「いや、おかしいって! 雪之丞が…ククク」
 そんなに面白いのか、メドーサは地面を叩いて笑っている。

「だいたいね、雪之丞なんか私が白龍会に乗り込んだ時、一番弱っちぃヤツだったんだよ?」
「え?」

 メドーサの話にピートは驚きを隠せない。
 確かにメドーサは雪之丞に魔装術を教えた張本人だ。昔の雪之丞を知っていても不思議ではない。

「魔装術契約した後も、悪魔と契約したのにビビったのか毎晩メソメソ泣いててねぇ…いやいや、ああも素直に怯えてくれると私も教えた甲斐があったってもんさ」

「…魔装術と言うのは、どんな悪魔と契約するんですか?」
「気になるのかい?」
「いえ、そういう訳じゃ…」
 しかし、メドーサは困った顔をして頭をかいた。
「悪魔と契約か…ぶっちゃけウソなんだけどねぇ、アレ」
「ウソ!?」
「ああいうのってイメージがモノを言うからね、本人の闘争本能とか好戦的な部分を内なる悪魔と思い込ませてるんだよ、実は」
「………」
 思わず言葉を失うピート。そんなピートを無視してメドーサは更に続ける。
「まぁ、そう思い込んだ時点で闘争本能とかは魔性を帯びると言うか『堕ちる』。だから、魔装術ってのは悪魔と契約するんじゃなくて悪魔を産み出す技なんだよ本来は」

「それじゃ、雪之丞は…」
「魔装術を極めれば抑え込めるもんさ、元々自分の一部なんだし。雪之丞が魔装術を極めたって聞いた時は笑ったよ「あの腰抜けが信じられない」ってね」
 そう言ってメドーサは笑いながら異空間から出て行き、後には無言で考え込むピートが残された。





「あー、めんどくさい」
 脱衣場に戻って来た戻って来たメドーサがコキコキと首を鳴らしていると、そこに猿神が温和な笑みを浮かべてやって来た。
「ご苦労じゃったのぅメドーサ。お主この仕事に向いておるんじゃないか?」
「冗談じゃない、人間の世話なんてやってられるか」
 なんと、メドーサは猿神にさり気なく2人に助言するよう頼まれていたのだ。
 小竜姫は真面目過ぎるせいか「さり気なく」助言できるほど器用ではない。そのため猿神はメドーサに頼んだのだが、思った以上の成果が出たと自分の判断に満足していた。
「確かに最近のGSってのは自分独自の霊能を持つ者が多いから、小竜姫みたいな教科書通りの甘ちゃんより私のような実戦経験豊富なヤツの方が相手に合わせてケースバイケースに指導できるかも知れないけど、それとこれとは話は別さ。そもそも、私がここにいるのは監察処分を受けているからだ。それが終われば とっととこんなとこからはおサラバしてやるさ」
「それで、小僧のとこにでも行くつもりか?」
「ハッ! だぁれが横島なんかの所に」
「誰も横島とは言っとらんわい」
「………」

 不機嫌そうに黙り込むメドーサ。やはり、猿神の方がまだ一枚上手のようだ。


「ま、監察処分の期間はまだあるからの。じっくり考えておいてくれ」
 そう言うと猿神は勝ち誇ったような笑い声を上げながら脱衣場から出ていった。





 その頃、横島達は広間に集まってヒャクメの設置したモニターでタイガーとピートの様子を伺っていた。モニターの正面にはヒャクメ。そのすぐ後ろに横島が居て、横島の両脇を小竜姫と愛子が腕を組んで固めている。
 その後ろで出遅れたタマモに小竜姫は勝ち誇った笑みを向けるが、タマモは慌てる事なくニヤリと笑い横島の背中に飛びついていた。


「…何やってんだい、あんたら?」
 そして、脱衣場から戻って来たメドーサがそんな5人をささやかに突っ込んだ。




 そんな真面目なのか不真面目なのかわからない六人に見守られつつ、道場にて剛練武と向い合うタイガーはある一つの可能性を掴んでいた。
「短所を克服する事でなく、長所を伸ばす事を考えるんジャー!」
 それが、タイガーなりに考えた「逆転の発想」だ。
「わっしに今できる事…精神感応と虎の幻覚…虎の幻覚…!!」
 無駄だと、短所だと思われていた虎の幻覚を長所とするにはどうすればいいか?
 タイガーの脳裏で何かが弾けた。



「タイガー、大丈夫かな…」
「だ、大丈夫よ。タイガー君ならきっと! たぶん…」
 心配そうに呟く横島に対し、愛子はフォローしようとするが勢いが続かない。
「大丈夫ですよ。ちゃんとタイガーさんの能力を考慮した上で修行内容を決めていますから」
「確かに、アイツがあの事に気付けば剛練武の装甲を破れるだろうけど…気付けばだろ? 小竜姫、あんたそのあたりは考えてるのかい?」
「それは…ちょ、ちょっと様子を見てきます!」
 心配になったのか道場に向かう小竜姫。
 おそらくそこまでは考えていなかったのだろう。それが試練なのだから。

「そう言うメドーサはわかってるのか?」
「私を誰だと思ってるんだい? とっくに気付いてるに決まってるだろ」
「へ〜、エラいんだなぁ」
 感心した様子の横島。まるで子供を褒めているようだ。

「…言っとくけど、私ゃ今の外見通りの年齢じゃないんだからね?」
「もちろん覚えているさ。俺がお腹を痛めて産んだ子だからな!
「その言い方、誤解を招くと思うぞ」
 案の定、愛子が誤解して妄想を膨らませていた。



『そう、わっしは…わっしは…張り子の虎じゃない! ホンモノの虎になるんジャーッ!!
 その時、モニターの向こうのタイガーが叫び声とともに霊力を全開にして剛練武へと特攻をしかける。

「あ、危ない!」
「ちょっと、そりゃ無茶ってもんでしょ!?」
 横島達は身を乗り出してモニターに向かって叫ぶが、ただ一人メドーサだけが冷静に事態を見守っていた。

 幻覚の虎の衣を纏いつつ、剛練武との力比べ。
 本来ならタイガーにとって分の悪い勝負だったが、一瞬タイガーの体が光り、幻覚の虎が実体を持つそれに変わる。
「ふんがぁーーーッ!!」
 次の瞬間、タイガーは剛練武を大きく投げ飛ばし、すぐさま普段の彼からでは想像もできないような俊敏な動きで追い討ちのラッシュを浴びせる。
 最早、剛練武に勝ち目は無い。



 小竜姫が到着する頃には剛練武は完全に粉砕され、タイガーが野生の本能を全開にして勝利の雄叫びを上げていた。

「あ…小竜姫様、これは一体なんだったんですかいノー?」
 小竜姫に気付いたタイガーが人間の姿に戻って小竜姫に問う。
 先程の戦いは正気を失って行っていたわけではなさそうだ。
「なんて事はありません、ただの獣化能力ですよ。勿論、幻覚ではなく本物の」



「俺が前に見た獣化能力とはちょっと違うような…」
 モニターで見ていた横島が呟く。
 六道女学院のクラス対抗戦に出場していた生徒の中に《雷獣変化》を使用する者がいたが、彼女は今のタイガーの様に直立歩行はしていなかった。
「横島さんが見た獣化能力者って、もしかして4つ足で歩くホントの獣みたいな?」
「そうそう! なんか本当の動物みたいになっちゃって」
「それが本来の獣化能力なのねー」
「え?」

 ヒャクメの説明によると、獣化能力を初めとする『変身』の能力は変身後の自分をイメージする事から始まるらしく、通常の獣化能力者は本来の動物のイメージから離れられず、自意識も獣に近付いてしまうものらしい。

「でもでも、タイガーさんは昔から『タイガー』、『トラキチ』と呼ばれ続けて無意識のうちに虎の幻覚を作ってしまうぐらいに虎との相性がいいのねー」
「さらに言えば、アイツは虎に変身しても二足歩行で両手を人間と同じように使ってただろ? そういうイメージが既に出来上がってるさ」
 ヒャクメの説明に更にメドーサが付け足した。
 無意識の内に行っていた虎の幻覚にそのような意味があったとは、横島達は驚いて言葉を失うばかりだ。




「あなたは獣化能力を目覚めさせるためのイメージトレーニングを既に終えた状態だったのです」
「それじゃ、この修行は…!?」
「精神感応能力の効果が薄く、あの時点のあなたの攻撃力では倒せぬ敵と戦う事で獣化能力に目覚めるきっかけを作るための試練だったのですよ。人間の本来持つ適応能力は『必要』とする事から始まりますから」
 凛々しく受け答えをする小竜姫だが、内心 修行がうまくいってホっとしている。
 少々キツいかも知れないが、今のタイガーが波に乗っていると判断した小竜姫は更なる試練をタイガーに与える事にした。



「タイガーさん、肉食獣の身体能力を以って人間の技で戦えるようになった貴方の戦闘能力は格段にアップしています。ここでもう一押し行きますよ!」
「は、はい!」
「禍刀羅守(カトラス)、でませい!」

 こうなったら毒を食らわばなんとやらだ。
 タイガーは小竜姫の言葉とともに姿を現した禍刀羅守と向い合った。

「今の貴方はこの禍刀羅守と互角に戦える力を持っています。この子を倒して下さい。前回と同じく時間制限はありません。退いて体勢を整えるのも自由です」
「わ、わっかりましたケエ!」
 タイガーは獣化して身構える。
 対する禍刀羅守は2つの鎌を大きく振り上げ、勢いよく襲いかかった。




つづき