イリヤは語った。
 聖杯は、戦いに敗れ純粋な力に帰った英霊が、世界の外に消える時のエネルギーを溜めておく器に過ぎないと。
 柳洞寺の地下にある大聖杯こそが、儀式の場であると。
 過去二回に渡り、聖杯に注がれるべき力は破壊され、その力は冬木の街に散っていった。
 ならば、聖杯戦争を起こせるほどの力はなくとも、七体全ての英霊を召還せずとも、英霊の力の一端と街にある力を注ぎ込むことで強制的に聖杯を降臨させ、『根源に至る孔』を召還できるのではないか。
 かつて聖杯となったイリヤだからこそ、桜の体の中に聖杯の欠片があることを感じ取っていたという。
 不完全な、それも汚染された聖杯。
 ならば、願望機たる聖杯を汚染した反英霊(アヴェンジャー)この世全ての悪(アンリ・マユ)』が降臨する可能性はいかほどか。
 そして、それはこの場に『守護者』たる英霊エミヤがいることで、一気に信憑性を増した。

「……衛宮士郎。分かっているな」
「セイバーは宝具を失っている。遠坂じゃ単純に破壊力が足りない。イリヤが臨界の大聖杯に近付いたら、どうなるかわからない。だから、やるのは……」
 ああ、と互いに頷きあい、既に決定している事実を語る。
「「エミヤシロウだ」」


Fate偽伝/After Fate/Again―第5話『永遠の命、欲する老怪』


 傷は癒えた。
 けれど体はまだ回復していない。俺の手で支える事で、ようやくセイバーは体を起こせる程度だ。彼女の体温が腕を通して伝わってくる。そしてきっとその逆もだろう。
 セイバーは信じられないものを見たと、今自分が幸せな夢を見ているのではないかと心配している。いや、もしかしたら彼女は、ここが夢の先にある場所だと思っているのかもしれない。
 彼女の手を取り、言葉を……言いたかった言葉を探して、それが当たり前すぎて、笑いそうになる。
「お帰り、アルトリア。……半年振りだね」
「…シロウ…!!」
 涙を流す事さえもどかしいとばかりに抱きついてくるアルトリア。
 俺は衝動のまま、言葉を語るより先に彼女を抱きしめていた。

「良いのか、凛。士郎をセイバーに渡したままで」
「アンタだって衛宮士郎でしょうに」
「もはや別の存在だ。こう言ってはなんだが、凛やセイバーを見ても過去のアルバムを見、こう言う人間が居た。その程度の感慨しかない」
 それは嘘だ。
 だが彼の長い長い時間は、その程度の嘘を見破れない程度に話すくらいは可能にしている。

「で、リン。何時セイバーに告白するつもり?」
「何言ってるのよイリヤ。セイバーに告白って」
「しちゃったくせに」
 ボウ。
 顔だけではなく耳や首まで、それこそウイスキーでも飲んだかのように赤く染まってしまう。
「誰かに士郎を渡す気も無いくせに」
「え、でも、その」
「キリツグなんてそりゃあもう凄かったんだから。本妻とか愛人とか。聖杯戦争の後の、死ぬまでの5年間だって、禁欲生活してたなんて思えないし。魔術師に宗教的・民族的倫理なんて要求してどうするのよ。大体シロウはキリツグの息子だもん、キリツグを目標にして生きてきたんだから、きっとすっごいよ」
 くるりと。
 凛はイリヤに反論するでもなく、士郎に言及に向かうのでもなく、解答例に聞くことにする。
「アーチャー、白状しなさい」
「何をかね」
「アンタの生前の女性遍歴をよ」
 まずい。
 それを口に出せば、殺される
 英霊エミヤは、衛宮士郎が果てに辿り着いた存在である。故に、彼の生前の行状は、これから士郎がたどる事実に――大きく異なるであろうが――部分的には類似するはずだ。
 自身が英霊である事など関係がない。凛が魔術師であることなど関係ない。力の差など関係ない。単純なまでに、そういう決意がある。この少女のこのような可愛らしい理不尽さに何度泣かされた事だろうか。それは英霊と成り果てた彼にとって、何よりも懐かしい思い出――というには生々しい――だった。

 俺は失ってしまったものを取り戻したこの感触から離れる事に一抹の寂しさを感じながら、離れるよう背中を軽く叩いた。
「セイ…アルトリア、俺とアーチャーはしなければならない事がある。しばらくの間、遠坂とイリヤと一緒に避難していてくれないか」
「シロウ…一体何がどうなっているのですか。聖杯戦争は終わって、なのにアーチャーが此処に居る。そして私も……」
 話すべきか、それとも話さざるべきか。
 彼女の性格からして、話せばこの体をおして着いてくるに違いない。
 けれど、この体の彼女にそんな事はさせられない。
 例えエゴだとしても、そう決めた。
 口を開こうとして、後ろからの声に遮られる。
「後始末だ。この下にある『大聖杯』を打ち壊して、もう此処で『この世全ての悪(アンリ・マユ)』の召還などさせないために。……守護者たる私が召還されたは、大聖杯の破壊とマキリ臓硯の抹殺。本来はそれだけだったのだが…まあ、もののついでだ」
 その顔は何時になく慌てていて、その背後には赤いあくまが立っている。
 ああ、これはデジャヴだ。
 錯覚ではない。主観では見る事の出来ないはずのものを今、俺は客観的に見る事が出来ているのか。

「へえ、アーチャー……もののついで、で色々な事があったんですけど? その辺の釈明についてはどうお考えで?」
「それは衛宮士郎に任せよう。私には私の目的が――」
 待て、待て待て待て待て!!
 何で赤いあくまを俺の方に押し付けようとするんだアーチャー!!
「ひ、卑怯だぞアーチャー! お前だって衛宮士郎じゃないか!」
「私はお前とは違う。大体、私はお前とは全く別の人生を経て英霊になったんだ。その私が何故お前の援護をしなければ――」
 …あ、何時の間にか呼び名がアーチャーに戻ってる。
 そっちの方が慣れてるし、自分の名前を呼ぶのも何だし、これで良いとしておこう。

「どういう事なのですか、イリヤスフィール。アーチャーが士郎だとは…?」
「どうにも。ただ、士郎が死ぬまで戦いつづけた結果、英霊になったのがあそこで嫌な事を擦り付け合いをしている赤い奴ってだけ」
 アルトリアの疑問に、イリヤは達観した声で返す。
「では…シロウは彼の目指す『正義の味方』になれたのですね。それは…」
「最悪の事態、最悪の末路よ」
 斬り捨てる。
 それが最悪の可能性の具現だとして。
「死ぬまで戦いつづけた挙句、その行為は誰にも理解されないまま。しかもその死因が仲間の裏切り。死んでからは英霊として、人間の悪行だけを見せつづけさせられて。……まるで何処かの誰かさんみたい」
 真っ直ぐにセイバーを見て、
「純粋な力となり、英霊の座に帰ろうとする魂を一時的にとはいえこの体に封じ込める『聖杯』だった私にはわかる。英霊エミヤ、ううん…シロウはずっと、破滅の種を抱えていたって。ううん、今だってそう。見えないだけ」
「…そんな」
「だから私は決めたの。シロウを破滅させたりなんてさせない。ずっと一緒に居てやるんだって」
 そう宣言するイリヤの顔は、いつもの彼女とは違っていた。とても厳粛な、侵してはならない聖女としての顔をもっている。
「だからセイバーも約束して。英霊になんてならない、反省しても後悔はしない、人として生きて人として死ぬって」
「……ええ、きっとそうなんでしょうね、大切な事は、たったそれだけなんですね」


 その洞窟の中は非常に不快だった。
 洞窟の中というのは安定した環境であり、貯蔵保管に向いているという。確かにそういう考え方からすれば、此処は洞窟として優秀だろう。
 だがそんな事よりも、この状況……生温い澱んだ空気は一体どうしたことか。
「ふう、またこれか」
 毎度おなじみ、という風なアーチャー。
 うん、やっぱりコイツにはエミヤシロウとか英霊エミヤとか言うよりも、アーチャーと呼んだ方がしっくりくるな。
「また、ってことは似たような場面に遭遇した事があるのか」
「ウンザリするほどだ。破滅の直前はいつも、死が具現化した世界に変わる。この奥に在る者、居る者、それが私の記憶と同じ者であるのか違うものであるのかなど関係ない。世界を滅ぼすものであるからこそ、世界の一部である英霊が召還され、人間は嫌悪を感じているのだ」
「まあそうかもしれないが」
 こうして、自分がなるかもしれない存在と歩いているというのはあまりにも異常な状況だ。
 しかし、魔術というのはえてして異常を恒常とするもの。
 受け入れなくてはならない。

「そう言えば…遠坂たちを帰してよかったんだよな」
「まあ、護身用の武器は渡しておいた。凛なら何とかするだろう」
 俺に理解出たのは、その在り様は理解出来ない、全く異なる法則で出来た剣という事だけ。構造とか……投影に必要な情報くらいは解析できてはいたが、それ以上は何も分からない、宝石で刀身が作られたおかしな剣だという事だけだった。
「相手はサーヴァント並のバケモノだってのにか」
「遣りようによっては倒せる。此処とは違う平行世界、そこに居た衛宮士郎は一対一でギルガメッシュを討ち破っていたぞ」
「―は?」
 あの、セイバーを簡単にあしらった、バケモノのようなギルガメッシュを、平行世界のとは言え、俺が倒してた――?!
「もっとも、桜に殺された世界もあったようだが」
「……人類最古の王…ウルクの暴君…半神半人…英雄王とまで言われたギルガメッシュも、堕ちたものだな……」
「全くだ」
「ちなみに先程凛に渡した武器は『多重次元屈折現象、宝石剣キシュア・ゼルリッチ・シュバインオーグ』といって、その桜を正気に戻す為の戦いに凛が使った、第二魔法の恩恵を受けた武器だ」
 第二魔法の恩恵?!
 そんな物を使ってまで、一体何があったんだ――?
「そういう訳だ。最悪の場合、その桜とやりあう事になる」

 ……桜と戦う、だって?

「先に言っておく。私が言ったらすぐに『全て遠き理想郷(アヴァロン)』を作り出せ、その準備を怠るな。それが出来なければ桜は死ぬ」
「どういう、事だ」
「お前の理想と私の現実は違う。999人が生き残れるなら一人を殺す、それが私の現実であり、1000人全てを救う、それがお前の理想だ。だがこの状況で1000人救うペテンが一つだけ存在する」
 それが『全て遠き理想郷』なのか…?
「お前と私が完全に同一である確証は無いが……私が歩いてきた道と同じなら、お前は言峰綺礼を殺していたはずだ」
「……ああ」
 それは、忘れてはならない罪。
 例えどんな悪人であったとしても、人を殺したという事実。
「マキリ臓硯は救えない。あの男は完全に狂っていて、しかし正気に返れば死ぬしかない。既にそんなシロモノに成り下がっている」
「…殺せ、って事か?」
「少なくとも、桜を助ける事と臓硯を殺す事はイコールだ」
 殺す。
 命が終わる。
 それは取り返しのつかないこと。
 だが、それをしなければならないという事なのか。
「救う1000人に、臓硯は含まれていないのか」
「自分が生き延びるためだけに他人を殺すだけの存在、不可逆変化。数ヶ月に一度、他人を食う事で命を永らえさせる。それがマキリ臓硯。救う方法がなく、救う意味がなく、救われても先は無い」
 理性は理解している。
 しかし、殺す事を拒否する心はいまだにある。
 けれど、決心はした。
 桜を助けてみんなの所に帰る。
 正義の味方は――悪人を救えない。
 少なくとも今は、それが真実。それを意識に刻み込む。

「桜は一人になるって事か」
「いや。後は凛が何とかするだろう。何ならお前が支えたらどうだ。二人も三人もそう大した違いはあるまい」
「…その話題から離れろ」
「何、凛はからかい甲斐があったがここには居ない。ならお前をからかうくらい構わんだろう」
「断る」
 ああ。
 何が在ったのか分からないが、俺はこんな人間にはならない。なってたまるか。


>interlude


 身長的な無理があり、衛宮邸までセイバーに肩を貸して歩いたのは凛だった。
 セイバーの衣装は、以前から鎧下に着ていた古風なドレスにも似た装束。いまだ朝日が昇る前である為、人通りは無いが、あれば相当に目立ったろう。しかし二人は既に屋敷の敷地の中にいて、イリヤが鍵をあけるのを待っていた。
「すみません、リン。だいぶ回復しては来たのですが、まだ歩くのは辛くて……」
「構わないわ。それに、早く山から離れないと何が起こるか分からなかったし――」
「大丈夫よ。大聖杯を壊せば地下空洞は壊れるけど、逃げる時間は十分にあるから」
 ガラガラと扉を開けながら発せられた、イリヤの言葉に動きは止まる。
「崩壊?」
「そうよ。後で現場を調べに来ても、何にも残っていないって寸法。秘密を守るための仕掛けとしては初歩の初歩ね」
「……シロウはその事知ってるのですか?」
「言っておいたよ。道は一本道で、罠も無いし。ゾウケンが何か仕掛けてなければ大丈夫でしょ」
 罠は避けるのが基本。それが駄目なら、往路のうちに破壊しておく。シロウはともかくアーチャーならそうする。
 イリヤはそう言いきった。

 居間に入り、畳の上に座り込む三人は、誰ともなく口を開く。
「夏に…なっていたのですね」
「そうね。セイバーが居なくなって半年経つもの」
「その間、シロウ…達はどうしていたのですか」
「達、をつけなくていいわよ。セイバーはシロウの事が知りたいんでしょ」
 イリヤの声に反論する気力など残っていない――事実、知りたいのはその事であるのだから――彼女は正直に頷く。
「セイバーの事を聞いても、いつも『未練は無い』って、こっちが怖くなるくらいに透き通った顔をしてたわ」
「そうね。もう、何時死んでもおかしくないって位に吹っ切ってた」
 本気で怖かったと、二人は言う。
 まるで燃え尽きる直前の蝋燭が、一瞬だけ強く燃える姿に似ていたと。
 そうだったのですかと呟いて、セイバーは俯く。
「だからセイバーには、今までの分シロウを助けて欲しいの」
「それは無論――」
「――リンと一緒に」
 邪気に満ちた笑顔だった。それはセイバーの記憶にある、魔術師マーリンが碌でも無い事を考えついた時の時の顔にそっくりだった。しかし、それを聞いておかなければ、もっと酷い目にあう気がしてならない。
 だから勇気を振り絞って聞く。真っ赤になって慌てふためいている凛に嫌な予感を感じつつ。
「それは一体どういう―」
「駄目、イリヤ、それ以上言ったら――」
 混乱に陥る空間に、イリヤは我関せずとさらりと言い切った。
「シロウが死にかけたから、リンが助けたの」
 そこまでで止めていれば、問題の先送りでしかなかったろうが、後日悲劇が衛宮士郎を襲う事も無かっただろう。

「……性交渉でラインを繋ぐって方法で」

 宝具を失い、更に本調子ではないセイバー。しかしその体にみなぎる闘気は、死を予感させずにはいられない程のもの。凛は手の中にある宝石剣ゼルリッチを握り締め、アーチャーがこの展開を読んでいたに違いないと結論付けた。
 可能性としてはアーチャーは生前、イリヤに振り回されたという可能性もある。だから彼女の行動を予測できたとも。
「リン、これから貴方をライバルと認識して宜しいでしょうか」
「そうね、アルトリア……だったわね。私も貴方をライバルと認めるわ」
 ふふふふふ、ほほほほほ…と、寒気のする笑い声が居間を彩っていく。
 それを見ながらイリヤは煎餅をパリンと割る。
 内心、自分が舞台に立つ前に相打ちになってしまえなんて、魔術師らしい腹黒い事を考えつつ。


>interlude out


 洞窟の向こうには、とんでもなく天井が高くて、とんでもなく広い空洞があった。
 中空には黒い太陽が浮かんでいて、黒い柱が伸びている。
 黒い柱の中にあるのは、黒い泥が形を求めて彷徨っている姿。
 ああ、これはあの時見た光景だ。
 半年前、言峰の後ろにあった……そして10年前、街を焼いたあの光景。
「どうやら『この世全ての悪(アンリ・マユ)』の具現化の可能性は無いようだ。……ならば、あれはまだ『影』を呼び出せもしまい」
 アーチャーは、アーチャーのクラスの加護が無くとも、魔術によって増幅された視力、それをもって遥か先の人影を捕らえていた。アーチャーに比べれば遥かに劣るだろうけれど、不器用なりに俺も何とかそれを見ることに成功した。
 そこに居たのは、桜だった。
 けれど、それが桜だとは思えなかった。
 だからなのだろうか、俺がアーチャーの言葉を、反発もせずに受け入れてしまったのは。
「そこに居たか、マキリ臓硯」
 その視線が向かう先にいるのは、他の誰でもなく、桜。
 まるで幽鬼のように揺らめきながら立っている様は、何かに取り憑かれているようで――それで分かった。言葉通り、取り憑かれているのだと。
 唇が歪む。
 それは桜の苦痛であり、臓硯の優越であった。
 その声は桜のものであり、言葉は臓硯のものだった。
「まさかもう此処まで来るとはな。アサシンはどうした」
「さあな。会わなかったのだからもうお前を見捨てたのではないか」
「ほう…あの役立たずめが」
 その姿を見て、アーチャーは取り立てて気を悪くした様子もなく、
「聞いていたとおりだな。まさか、桜の心臓に寄生しているとは」
 ―心臓―?!
「ならば分かるだろう。わしを殺す事は桜を殺す事。貴様にできるか―」
「できるか、ではない。する、だ」
 それは厳然たる宣誓。
 分かる。
 この男はもう、臓硯を殺す事しか考えていない。
 世界を救うなんてのは、そのついで。余禄のようなもの。
「ぐ、……!!」
 それは臓硯も理解した目の前にいるのは、始末屋、掃除屋、全てを滅ぼすためだけのもの。その姿に恐怖を感じる以外に、何をすればよいというのか。

「臓硯よ、最後に一度だけ言う。桜を開放し、聖杯を壊せ。それをするならば殺さずにおいてやる」
「ふ、ふん……そんな事は出来ぬ。わしは五百年生きてきた。死なぬ。死ぬ事で全てを失うなど誰が出来ようか。わしは永遠の命を得て無限に生き続けてみせる。そう、この世の果てまで存在しつづけて――」
「無限に存在する現象たる英霊。その苦悩と苦痛も理解できぬ貴様が…永遠を語るな」
「死ねば無に帰す。それを恐れぬ生物は居らぬ。人はその永き時の中、永遠とも思える時間をその為に費やしてきた。その思いは貴様に分かるまい」
「死、だけの世界を見てきた。だからこそ言おう。私は死を最も恐れると。……だが、その為にこの剣を止めるつもりも無い」
 その手には、一本の武器。
 闇に染まった魔物が恐れる光、これはその光を宿す魔剣グラム。ただそれを携えて赤い騎士は立つ。
「無限に生き続ける不老と、永遠に存在しつづける不老。会った事は無いが、それを追及し吸血種となった魔術師がいたという。だがそれとて滅びた。世界すら殺す、ただの人という怪物によって。マキリ臓硯、貴様にその重圧に耐える精神はあるのか」

 恐怖の具現と化したアーチャー。
 だがもう一方で、そう考えなければ誰かを傷つけられないという事を理解し、更にこの状況をひっくり返す方法を模索する。足掻きつづけるその姿。それは切嗣が追い求め、俺が辿り着こうとする理想と同じもの。
 全ての人を。ただそう願って。
 その姿を見て、抑えきれない怒りが込み上げてくる。
 心の中から響いてくるものがある。これは怒りだ。それも、俺一人のものじゃない。アーチャーの怒りもだ。
「準備を始めろ。お前は後から追って来い」
 冷静に努めている声。
 だが、抑えきれていないのが分かる。

 ―ダッ!!
 ただ歩いているだけから、突然最速へとスピードが切り替わる。その衝撃に絶えかねた地面に、足跡がくっきりとめり込んでいた。
 アーチャーが一気に桜/臓硯に肉薄する。

 ゆらりと蠢く泥。
 あれに触れれば、肉体を持たないサーヴァントは、いやさ守護者は全てが取り込まれてしまうだろう。
 だがそんな事はお構い無しとばかりに、アーチャーは真っ直ぐに走っていく。
 空間から現れるのは、名剣、聖剣、魔剣、歴史に名を残すもの、名を知られぬもの、それらが立ち上る泥を悉く打ち砕いて行く。それどころか、俺の周囲に現れる泥までもが破壊される。
 これは投影に集中しろという事なのか。
 アーチャー自身ではなく、俺に『全て遠き理想郷』を投影させるには……何かの理由があるのだろう。俺はそれを知らない。
 だから今は、鞘を投影する事を考える。
 全ての情報は、最初から知っていた。気づかないだけでずっとあった。
 だから今は、それだけを考え、走り続ける――!!




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