馬鹿馬鹿しいほどの力押し。
盛り上がる泥を目で見て、耳で聞いて、触覚で空気を感じつつあきれるほどの剣を降らせていく。
世界の支援を受ける守護者とは、これほどのものなのかと、滅亡を起こそうとする者達に同情さえ起こさせる――それほどの力の奔流だ!!
「馬鹿、な――!!」
臓硯が桜の声を借りて驚愕の声を上げる。
だが俺ならともかくあのアーチャーが、そんなことで動きを止めるはずはない。
一気に肉薄し、
「いまだ、衛宮士郎!! ――
激しい叫び声。
――承知!!
「
『創造の理念を鑑定し、
基本となる骨子を想定し、
構成された材質を複製し、
製作に及ぶ技術を模倣し、
成長に至る経験に共感し、
蓄積された年月を再現し、
あらゆる工程を凌駕しつくし―――
ここに、幻想を結び聖剣の鞘と成す――!』
快心の出来。
それはかつて自分の半身であったがゆえか、それともアーチャーとの戦いの中で自分の技術その物が研鑚されたのか、それともただの偶然、火事場の馬鹿力か。そんなものは関係ない。
ただ今、此処にあるのは本物に何ら劣ることの無い偽物、セイバーとの絆だった鞘と等しい物――!!
魔力で筋力を増幅し、力の限りブン投げる!!
「受け取れ、アーチャーーーーッ!!」
弾丸の如く投擲された『
聖剣の鞘というあまりに強大な力、それとこれを同時に扱う事が出来ないからこその、俺というサポーターの存在が必要だったのだ。
「
斬!!
裏切りの符丁、全ての魔術を無効化するキャスターの宝具『
殺傷能力の低いナイフ。
それに全身を貫かれた桜の体が倒れるよりも先に、アーチャーは怖気が走るほど鮮やかな手つきで心臓を切り開き、奇怪な虫を引き抜き――俺が驚愕に驚くよりも先に、残るもう一方の手で『
「かつて衛宮士郎を癒したように、桜の体を癒せ――『
そして真名を呼び、宝具たる『
Fate偽伝/After Fate/Again―第6話『崩壊』
ブギュ。
大地に叩きつけられた虫――臓硯――は、アーチャーの手によって
マキリ臓硯という魔術師のしでかした事件は、少なくとも此処で一つ区切りをつける。
そのことを理解して俺は桜を抱き上げた。その体はこの数日ですっかり痩せ細っていて、桜が女の子ということを割り引いても……軽すぎた。
「桜…桜…」
声をかけても微動だにしない。
ぺち、ぺちと頬を叩いて意識を取り戻させようとして……違和感に気づく。
空間を満たす、張り詰めた空気。
「? ……アーチャー?」
その体に満ちるのは緊張か。
敵意を一身に浴びている。
「そうか。臓硯は居なくとも、お前は存在しつづけるのか」
「そのようだ。……守護者たるお主がいるということは、いまだ世界の危機は去っておらぬのだろう。……何しろ、此処に居るのだからな」
アサシン。
その身に纏うのは、苛烈にして清冽な闘気。
「――喰われたか」
「ああ。だが、悪くない。お主と最後まで剣戟を交えられるのだからな」
渦巻く黒い泥。
だがそれは、アサシンの体を食い破ろうとして……逆に飲み込まれていく。魔術など使えない、ただ剣を極めた一人の侍。その奇跡はただ、彼の意思の下に行われる。まさに剣鬼。
「行け、衛宮士郎。私はここで戦わなければならない」
馬鹿な、今のアサシン……
援護をしなければ!!
「待て、俺も!!」
「……ふん、アインツベルンの城でバーサーカーと戦うために残った私の心境が今ならわかる。桜を守れ。お前が今すべき事はそれだけだ」
アーチャーはあの時のように、背を向けて敵へと真っ直ぐに歩き出す。
「お前が
既に自身のシンボルとなっている干将と莫耶を構え、アーチャーは歩き出す。
「今の私は守護者として、抑止力として世界の援護を受けている」
アサシンが進み出る。
アサシンの一閃。
右からの横薙ぎ。干将の刃にあたり、刀の変形を嫌って引き戻す。
同時に繰り出される、ありえない一閃。
左からの袈裟切り。莫耶をもって跳ね返す。刀は莫耶の刃を削ぐように滑る。
第三の剣戟でありながら同時に襲い掛かる一閃。
頭頂からの唐竹割り。
干将と莫耶は既に塞がっている。
ならばそれは、防ぐ事の出来ない一閃であるはずだった。
「そうか。お主にはそれがあったか」
「そういう事だ」
何も無い空間から、第三の剣戟を迎え撃つ剣の群が吹き出している。
攻守逆転。
襲い掛かる剣の豪雨。
まるで冗談のように黒鍵が吹き上がる。
その数は千や二千ではきけない。
だが既に破れた技、黒鍵は剣としての精度は低い。
再び剣の豪雨を刀の傘で防ぐアサシン。
だが。
「降るだけだと、誰が言った」
まるで雨が地に跳ね返り飛沫になるように、地面から吹き上がる剣の群。
ヒュ!
あの豪雨を防ぐだけでも技の範囲を遥かに超え、魔法の領域に限りなく近付いているというのに、アサシンの『燕返し』は更に常識を超える。ただでさえ三つの剣の軌道を同時に巻き起こす魔剣が、一瞬の間に数度の剣戟を放っている。
地から生え出でる剣さえ切り裂き、その身を傷つける物を事もなく切り裂いてしまう。
吹き上がる剣と、それを切り裂く刀。
ならば次の手は、超長距離で強大な破壊力をぶつけるか、零距離で相打ち覚悟の攻撃を入れるか。それしか無い。
互いに次の手を決めたのか。
空気がキリキリと絞られていく。
ただそこにあるだけで、全てを切り裂いてしまうほどに鋭さを増し、渦巻く力はその余波だけで大空洞を大きく傷つけていく。
「消えろ、少年。アーチャーの全力、見てみたい。お主が居れば見れぬではないか」
「アサシンは私が倒す。……授業料代わりだ、貴様は守護者たる私に代わり『この世全ての悪』を滅ぼせ」
その二人が余りに張り詰めていたからか。
俺はつい、場の空気を乱すような事を言ってしまう。
「……分かった。アーチャー、アサシン。お前らはそこで楽しくケンカしてろ。オレは勝手に奴を倒す」
くく、と互いに笑い…
「楽しくケンカしてろと来たか」
「ならせいぜい、楽しく思えるくらい全力で行かせてもらうとしよう――!!」
目の前にあるのは、一つの夢。
それがどれほど歪んだものの産物であれ、ただの被害者に過ぎなかったものであれ、今それは純粋な悪そのものとして存在しているに過ぎない。
聖杯の向こうに『目』が見えた。
それは人の体に在る『目』という器官とは別のものだが、こちらの姿を見ようとするものに、間違いはない。
そいつは、こちらを理解した。
そいつは、俺が自分の世界への現出を邪魔する存在だと理解したのだ。
もう、すべき事は分かっている。俺の力で壊せるものではない。ならば、よそから持ってくるのが魔術師のやり方だ。
やり方は既に分かっている。実戦を通して教えられた。既に目にしている。魔力は遠坂から供給されている。
なら、出来ないなどという道理は無い!!
「『
俺を殺そうとして伸びてくる黒い泥の触手。
いまだ眠りつづける桜。
彼女を守りながら奴を倒す事は難しい――けれど。
桜を守る。遠坂と再会させる。
必ず、それをしてみせる――!!
アーチャーとアサシンは、互いの必殺の一撃を持って、最終局面に入る。
「いざ参る!」
「応よ!」
二つの声が唱和される。
自らの内面、心象世界を意味する言葉、それは同じ言葉でありながら、そこに至る想いが、異なる意味をもたせる。
「
”
「
”
「
”
「
”
「
”
「
”
瞬間、全ての物が破壊され、あらゆるものが再生した。炎は境界線となり世界を塗りつぶし、次の瞬間には世界を塗り替え、全く別の世界が作り出される。
それは製鉄場。世界を動かす歯車が空に在り、無限の剣の突き刺さる大地はそれだけで廃棄場じみている。
それは剣の丘。昼と夜の間の黄昏色の空の下、無限の剣の住まう大地。
同じ能力でありながら、全く異なる世界。それは反発しながらも入り混じり、互いを侵食しながらも跳ね除けている。
手を伸ばす。
たったそれだけで剣は自らの主を認めたかのように容易に抜けた。
態々確認するまでも無い。
やるべき事は一つ。
例えこの先に何が待っていようと、俺は走り続ける。
先に何があろうとも、俺が最も大切にするもののために。
そこに意味は無い。護りたいものがあるという、理由があるだけ。誰にこの行動を理解されなくとも、勝利が無くても、敗走はありえない。俺はたった一人ででも、剣を鍛ち、敵を破る。
剣が人を守るためのものであるのなら。きっと俺の体は剣で出来ている。影を斬り、闇を斬り、泥を斬り、悪を斬り、ただそこにある許されざるものを斬る。
……いや。
アルトリア、遠坂、イリヤ、桜、藤ねえ、美綴、一成、ライガ爺さんや組の人たちに、バイト先のオヤジさんたち。
守りたい、助けたい、そう想って最初に浮かぶ人たち。
その考えは衛宮士郎が思い描く『正義の味方』ではないかもしれない。
けれど、それはきっと大切な事だ。
襲い掛かってくる黒い触手を切り裂き、断ち切り、貫き、斬り捨てる。
既に理解している。
ああ、そうだ。俺の知る限り、聖杯を破壊するだけの破壊力を持つ宝具は一つだけ。なら出し惜しみは無しだ。
「――行くぞ、これが正真正銘、最後の一撃――『
>interlude
がこん。
突然ちゃぶ台に突っ伏した凛に、セイバーもイリヤも目を丸くする。
「ど、どうしたのですかリン? いきなり倒れて――」
「魔力が一気に吸い取られているみたいよ。…もしかして、シロウ?」
「……そのようね……この感じは……」
ぎぎ、と油の切れた人形のように何とか体を起こす。
その様に怨念さえ感じて二人は身を引く。
「まあ、全力でやれとは言っておいたけど……ここまで一気に持っていくなんて、何をやってるのよ士郎は―」
「固有結界ね」
ふい、と空気の動きが止まる。
固有結界。現実を侵食し、術者の心象世界で現実を塗りつぶす、まさに禁呪中の禁呪。最も魔法に近い魔術。故に、その存在を許さない世界は、固有結界を潰しにかかる。故に魔力の消費は通常の魔術とは比較にならない。
英霊エミヤが使っている姿は見た。しかし、士郎までもが使うとは――考えていなかった。それは可能性自体を、嫉妬から考えていなかったからかもしれない。
「ここまで消耗がきついとは思って無かったわ。……禁呪と言われるだけの事はあるわね……」
その姿を見て労いの言葉を、すっかり板についたあの表情でイリヤが告げる。
「内助の功。……日本人の理想とする妻の姿ね、どう、セイバー」
「え、そう…?」
「む」
辛そうな表情はなりを潜め、むしろ嬉しそうな凛に、むっとするセイバー。
「あ、そうだ」
さも今思いつきました。
そんな顔でイリヤはまた爆弾を投下する。
「サクラはこれからどうする? マキリの屋敷に戻すのは止めておいた方が良いわ。胸が悪くなるもの」
何か知っている、というように話すイリヤに、凛とセイバーは気を引かれる。
「……マキリの魔術は教育ではなく調教。そうやって後継者に伝えられるわ。人間としての尊厳なんて無い方法だし、元々遠坂の魔術師であるサクラはマキリの魔術に適性が無いし、それにサクラは女だもの、その光景なんて想像したくも無いわ」
ゾッとする言葉だった。
凛は思い出す。この家に居る時以外の、桜の表情を。例え学校であっても、士郎や大河から離れれば、全てから怯えたような表情をしていた。
それが、遠坂とマキリの協定などというものに縛られていた自分の愚かさを、否応なく思い知らさせる。
蒼白になる凛の表情に、セイバーは自分の想像が大部分で当たっている事を理解した。
性別を偽って暮らしていた事、その苦痛は、ここで当たり前の人間として生活していた事によってより深く浮き上がっていた。一人の女性として、愛し合う男性と結ばれる事。
そんな当たり前の幸せを、根本的な部分から剥奪されるという屈辱、そして恥辱。
「――で、どうする? 私としてはサクラはリンが引き取って、マキリの屋敷は地上も地下もシロウに適当な宝具で完全消滅させる。というプランがお勧めなんだけど」
この間ライガと見た映画みたいにドッカーンと。
なんて注釈をつけてまで。
「そうですね……リン、私はイリヤスフィールの意見に賛成します」
「……うん。私もそうしたい。10年以上の溝だけど……埋められるなら、埋めてしまいたいから」
しんみりとする凛をよそに、今度はセイバーに顔を向けて話を続ける。
「それと、セイバーの戸籍とか用意しなくちゃいけないけど、名前は『アルトリア・ペンドラゴン』で良い?」
「は?」
「アインツベルンと藤村組の力を使えば、セイバーが現代社会で普通に生きていけるように外堀を埋められるよ」
「それは願っても無い事ですが…」
「イリヤ、アンタ一体何をするつもりで…」
にぱっと、向日葵の笑みを浮かべて、片足をちゃぶ台の上に乗せ、指で空を指し示し――
「日本極道界、完全掌握! 目指せ、イリヤ姐さん!」
迷いの一欠けらもなく、そう言いきる。
そして再び、がたんと倒れる。
イリヤの台詞に力が抜けたというのも在るが、これはもっと別の要因によるもの――
「……何か、宝具でも使ってるのかしら、士郎は――!!」
帰ってきたら、折檻してやる。
赤いあくまは、上級職にクラスチェンジしようとしていた。
>interlude out
この世界にある全ての武器の、使い方は理解している。
だから、今はこの一撃を聖杯に――!!!
「――
その一撃は大上段から聖杯を切り裂き、黒い柱を割り砕き、地に存在する大聖杯に致命的な欠損を生み出した。
集められた地脈の霊気は一度停滞した後、大地への還元を始める。
それを見届け、桜を抱き上げ、いまだに戦いつづける騎士と侍に目を向けた。
それは馬鹿馬鹿しい姿だった。
ただ、相手が居るから。
自分をぶつけれる相手が居るから。
そんな子供じみた、意地のぶつかり合いだった。