アインツベルン。
 イリヤの生まれた場所であり、衛宮切嗣のスポンサーでもあった魔術師の名門の家系。千年にも及ぶ聖杯探求。その果てに、二百年前には冬木市において聖杯探求のために聖杯戦争のシステムを遠坂、マキリと協力して作り上げた。
 大聖杯は三度目の聖杯戦争において、アインツベルンが召還したルール違反のクラス復讐者(アヴェンジャー)により、敗北した反英霊(アヴェンジャー)この世全ての悪(アンリ・マユ)』によって純粋な呪いの汚染を受けた。
 衛宮切嗣は聖杯戦争の最中にこの事実と危険性を知り、アインツベルンを裏切って聖杯を破壊した。
 そして、俺もセイバーと共に聖杯を破壊し、アーチャーと共に戦い、自らの手で大聖杯を破壊した。
 だから、アインツベルンが大聖杯の再建を考えるなら、俺たちを敵として排除するのは当たり前だったんだ。

 …意識を失っていたのか……?
「士郎!!」
 遠坂の悲鳴が……体を誰かが支えてくれている。なのにそれが誰なのか分からない。
 熱い、熱い、熱い……!!
 体に埋め込まれた弾丸が、その異常な存在感を火傷しそうな熱を伴って暴れている!!
「この……士郎とイリヤを放しなさい!!」
「遠坂の魔術師か……だが今有利なのはこちらだ」
 そう言いながら、俺を抱きかかえる誰かの手は離れて――
 ガン!
 ガン!!
 ガン!!!
 がぁっ?!
 衝撃で暴れる体……また撃たれたのか?
「こうも早く追いかけてくるとは。邪魔するものは殺すのみ。だが……」
 だが、何と言いたかったのか。
 それは分からない。
 足音は遠ざかって……


Fate偽伝/After Fate/Again
第二章第三話『アインツベルン』



 カラン…膿盆に落ちた銃弾が、金属特有の音を立てて転がる。
 それは最初から分かっていた事だったが、その銃弾そのものを見て遠坂は顔を強張らせていた。発射や着弾で銃弾は多少の変形をしているようだったが、その弾丸には呪いじみた物がペイントされているのが見えた。
「あくどい……」
 と。
 つまりこの銃弾には、遠坂をもってしても悪どいと言わしめる仕掛けがしてあったという事か。
 ぐちゃぐちゃになっている意識をかき集めて、視覚による解析を始める。弾丸そのものは普通のものと変わらない……ただ、人の血液が付着すればそれがトリガーとなって、ペイントは完成する。その意味は……
「リン、私にもわかるように説明を」
「痛覚の増幅よ、これ」
「…は?」
「言葉通りよ。痛みを増幅して、一瞬で相手をショック死させる。銃弾って事を考えると……前から聞こうと思ってたんだけど士郎、アンタ本当に人間なんでしょうね? ここまで不死身っぷりを披露してもらうと、ちょっと本気で調べたくなってくるじゃない」
 死の危険を感じた。
 含んでいる危険の種類は大きく異なっていたが、それはもうサーヴァント戦並に恐ろしい。

「……とおさか、イリヤは…」
「呆れた。もう話が出来るなんて……やっぱり本腰を入れて調べようかしら
 誰にも聞こえないようにしたつもりだろうが、後半部分もきっちり聞こえている。しばらく遠坂と二人きりになるのは回避するべきだろうな、うん。
「申し訳ありません。私とサクラは呪いの排除に、リンはシロウの止血に奔走して……」
「そう、か……」
 クライストの発動させた呪い。
 それがどういう物だったかは分からない。
 しかし、アルトリアと桜の二人がかりで押さえ込まなければならないほどの……それほどの呪いを作り上げるなど、並大抵の魔術師に出来る事ではない。
 遠坂も興味――というよりも危惧――を抱いたのか、問い質すことにしたらしい。アルトリアに向かい直って、口を開いた。
「どんな呪いだったの?」
「……似ていました」
「あの時、感じた物に……」
 桜とアルトリア、二人の苦渋に満ちた声。
 それは、思い返す気にもならないほど、彼女が良く知っていたもの。
「人の死に逝くときに放つ、怨嗟と後悔が、生きる物を黄泉路へと引きずり込もうとする――」
「そう、あの『この世全ての悪(アンリ・マユ)』と同質のものでした」

「――もう其処まで看破したか」

「!! 何者だ!」
 その言葉と同時にアルトリアは姿を変え、庭へと踊り出て――彼女もまた、俺と同じに動きを止めた。
 桜も遠坂もその理由が分からずに、アルトリアの動きが止まった事に――それとも彼女の動きを止める程の敵が居る事に――緊張を強める。
 ボサボサの髪をした、長身の男。
 見た目の年は34,5歳。
 皺でよれたスーツの上にコートを羽織ったその姿。
 そいつは俺が見た事の無い表情、おそらくはアルトリアが知っている唯一の表情で立ち尽くしている。
「馬鹿、な――貴方は死んだはず――」
 そうだ。
 俺はあの時、ずっと……火葬場までずっと着いて行ったんだ。見間違える事など無い。間違い無く死んでいたんだ。
 ギンッ…
 常時放出される魔力の壁、それによって物理法則を覆して銃弾が跳ね返されるのを見て――俺たちは我に帰った。
「何故、死んだ人間が、ここに居るんだ――」
「士郎? あいつの事知ってるの―?」
「サクラ、リン、シロウ。三人とも下がってください。あの男が私の知っている魔術師なら――」
「まさかセイバーが現界しているとは。クライストめ、半端な情報を―」
 クライスト。
 あのタイミングでイリヤを連れ去ったのだから、関係が無いなんて考えていなかった。だがこの男の口から改めて言われると――苦しい物がある。
「funf!!」
 放たれる魔弾、先手必勝とばかりに遠坂の手から放たれる――人間相手なら間違い無くオーヴァーキル――力の塊は、何時の間にか避けられていた。
 緊張を更に高めるセイバー。
 あの男の魔術を俺は知らない、しかし『セイバー』の知るある一人の人物の持つ力に他ならないと、確信したのか。
「貴方が何者かは知らない。だがその姿と力を持って相対する。それは我々に対する侮辱行為と受け取る」
 言うが早いか、アルトリアはまるでセイバーだった頃に戻ったかのような表情で、地を蹴り疾走し、肉薄し、その刃を振り下ろし、地を穿つ。かわされた事を知覚するよりも早く腕は振り抜かれ、隣の空間を斬り裂き、地面に血を吸わせながら男はかわしきる。
 あの烈火怒涛の攻撃をかわすその姿は、人間の運動能力では有り得ない。
 いや、この断続的に感じる魔力の流れは何らかの魔力が働いていると言う事――なら?
 衛宮士郎の知識の中にそれは無い。
 だがアルトリアはそれを知って居るはずだ。
 そうでなければ、さっきのような言葉は無い。
「士郎、アルトリア……二人とも、あいつが誰だか知っているの…?」
 遠坂の言葉は遠い。
 けれど、ここで否定することは、逃避でしかない。
「知っている」
「知っています」
 同時に二人で肯定する。しかし俺たち二人が知っていながら遠坂も桜も知らない人間など居ない。その条件で俺たち二人が同時に知りうる人物……それに合点がいったのか、だからこそ納得できない表情を見せる。
「何で……アンタは死んだはずじゃないのか、衛宮切嗣!!」

「その名で呼ばれるのは久しぶりだ」
 それは肯定。
 最もして欲しくなかった、本能的な部分で納得していた、理性が反論していた事実。
 だが自嘲さえ――何の感情さえ――浮かべずに切嗣は語る。
「アインツベルン、遠坂、マキリ。かつて聖杯戦争のシステムを作り上げた三家の結晶、その亜流。(クラス)の代用として作られたホムンクルスの肉体に、英霊(サーヴァント)の代わりにオリジナルの霊魂、動きを縛る擬似令呪。擬似英霊(サーヴァント・イミテーション)
 翻るコートの内には、吊り下げられたホルダーと数々の銃が。
「かつて衛宮切嗣だったもの。それがこの私の正体だ」
 手にしたのは、俺の知識には無い、おそらくはサブマシンガンか何か――だが、この状況で詰め込まれている弾丸が、まともな物であるはずは無い――!!

 ぐじり。
 内蔵が悲鳴をあげ、縫合された傷痕は血を吐き出し、痛みに肉体は離反を起こそうと暴れだし、その全てを無視して誰よりも前へ。
 する事なんて一つだけ。
 魔術使い衛宮士郎に出来るのは一つだけ。
 自分との戦い、そして、
「---I am the bone of my sword.(体は 剣で 出来ている)
 呪われた銃弾など全て防ぐ、盾を作り出すだけ――!!
熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」
 たった二枚しか現れる事の無い――本来七枚の花弁を持つ盾――それは衛宮士郎が、自らとの戦いに負けつつあるという事か!!

 分間数百発をうたっている機銃だが、カートリッジに入る弾丸など数が知れている。ならばせいぜい二秒かそこら防げればいい。
 痛みに負け、維持する事が出来ずに倒れる俺を――桜が支えてくれた。
 遠坂は既に魔弾を手に、アルトリアは風王結界(インビジブル・エア)を解き、代用に手にしている不慣れな絶世の名剣(デュランダル)を露わにする。
 切嗣は既に塀の上に立ち、油断なく構えている。その姿から敵意は消えず、戦意は消えている。戦いはここまでだという意思表示か。
 この場から消え去る際に、ただ一度だけこちらを見、
「警告する。聖杯の資格を持つ間桐桜を渡せ。要求が呑まれない場合、この冬木の地にある三つの力の集約点、柳洞寺、新都の教会、公園となった住宅街――そこで呪いを開放し霊脈を汚染させ、呪いによってこの街全てを一日以内に全て殺す」
 冷酷とさえ言えない、死の宣告をするその姿は――衛宮切嗣がかつて協会の暗殺者だったという事実を思い知らさせる物だった。


>interlude


 イリヤが目を醒ました時見たのは、忘れかけながらも見覚えのある光景、郊外の森にあるアインツベルンの城と、自分を心配そうに見るセラとリーズリットの顔だった。
「イリヤ、大丈夫?」
「大丈夫ですかイリヤスフィール様」
 痛みは無い、痛みは無いが――大きな違和感が体にある。
「―動くな」
 その声は、イリヤの心を一瞬で凍りつかせた。
 薄れ掛けた記憶の向こうに、僅かにその声を覚えている。
 消えた筈の記憶の向こうに、僅かにその姿を覚えている。
 アインツベルンの魔術師たちによって施された、一千年の妄執の生み出した魔術の数々。
 それによって擦り切れた記憶の向こうに、そして今目の前に、その男はいる。
「イリヤスフィール・フォン・アインツベルンだな」
 態々、今更確認するような事でもないだろうに、男は確認してくる。
 イリヤはそれに反発しようとしたが、体は動いてはくれなかった。
「動くなと言ったぞ。セラ、リーズリット。アインツベルンの老人の命令だ。イリヤにこれを着せろ」
 そう言って、男は『素手』で彼女たちの前にある宝物を投げつけた。
 ある宝物、即ちアインツベルンの至宝の一つ、人間が触れれば黄金へと変化させる力を持つ、魂を物質化させるという『天のドレス』を、あろう事かこの男は素手で放り投げた。
 なのに、人間のままで居るはずが――いや、抜け道がある。
 人間でなくなるか、元から人間ではないか。
 そういう存在が触れた場合だ。
「あなた、切嗣の形をしたホムンクルスね……」
 魔力を振り絞り、戒めを僅かだけ緩め……其処までだった。魔力による呪縛ならともかく、魔術による呪縛はそれ相応の手段をとらなければ解除できない。だがこの魔術を解除しようにも、イリヤの知らない術式で編まれた物である為に、彼女には解除できない。
「この状況で話せるか。ユスティーツァの再来というのは誇張ではないようだ」
「誤魔化さないで、話を…」
「衛宮切嗣の血など、アインツベルンには幾らでも転がっている。ホムンクルスを作り出すのに問題は無い」
 その言葉は、彼女が想像した通りのもので、最悪の物だった。

「今回のアインツベルンの協力者、魔術師クライスト。奴がイリヤ、お前を大聖杯の部品として組み込む」
 イリヤに驚きは無かった。
 聖杯探求を諦めるような魔術師がアインツベルンに居ない事など、先刻承知のはずだった。なのに、この街が、士郎が、リンが、アルトリアが、サクラが、タイガが、ライガが、セラが、リーズリットが、この街で出会った誰もが暖かくて優しくて、アインツベルンなどどうでも良かったから。
 アインツベルンの事を理解した上でこの街に居たのだから、いつか誰かが来る事は覚悟していた。
「イリヤ、これを着る事を嫌がってる」
「待ちなさいリーズリット。元々イリヤスフィール様は聖杯となられる為にこの地へと――」
「納得できない! 聖杯ならまだ、イリヤはイリヤのまま、いられたかも。でも、大聖杯になれば」
「私も納得できないのは同じです。話を途中で遮らないで。……切嗣、と呼べばいいでしょうか」
「…構わない」
 瞬間、言葉が途切れたのはイリヤの顔がその名前を聞いて歪めたからだろうか。
「では切嗣、イリヤスフィール様は小聖杯として機能する為の調整は受けていましたが、御体に刻まれた魔術刻印は大聖杯とは違いすぎ、大聖杯としての機能はできないでしょう」
「そのためのクライストによる調整だ」

「……貴方は形だけの偽物、それとも――」
「オリジナルの意識を継承しているのはお前だけではない」
「なら、貴方は――士郎に言った事を憶えているの」
「無論だ。『救われぬモノは必ずある。全てを救うことなどできない。千を得ようとして五百を零すのなら。百を見捨てて、九百を生かしきろう。それが最も優れた手段』だと」
 なら、と。
「貴方は一体、何を生かそうとしているの……」
 その言葉に、答えは返ってこなかった。



>interlude out


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