以前上がった議題、それは英霊エミヤの行動の異様さについてだった。
遠坂曰く。
『守護者は本来、意思を持たない殲滅兵器のはずよ』
なのにあの英霊エミヤは自由意志で行動していた。
そのことに疑問を出してみたが、イリヤは別の見解を持っていた。
『アーチャーはあれだけ剣を持っていた。つまり、それだけ戦ったってことだから、適当に何かの神話の中に組み込まれてるんじゃない? それで守護者から英雄に格上げされているとか。世界とか歴史とか神話なんて、所詮そんなものだし』
ヒーローが赤いのは、アーチャーの所為だったりして。なんて事まで付け加えてきた。
セイバーにいたっては、
『意思の無いまま戦うなど、不可能では有りませんが無茶が過ぎます。精神が健全な状態にあってこそ、勝つために戦うことが出来るのですから』
バーサーカーの例を、思い出してくださいと。
どの案についても納得できる事ではないが、検証できる事でもない。実際にはああだったと、割り切るしか出来なかった。
あの衛宮切嗣には自分の意思は無いのだろうか。
その問いには、仮定を立てることしか出来ない。
アーチャーの置き土産ともいうべきもの、俺の投影魔術の正体とも言うべき固有結界『無限の剣製』がここにある。
衛宮士郎の敵は、いつだって自分自身だ。
衛宮士郎は戦いに向いていない。
そんな事はわかっている。それでも俺は今、自分の理想そのものと戦わなければならない。
戦闘に特化した
なら勝つためにするのはサマでありペテンだ。
ああそうだ、俺はもう決めた。『衛宮士郎は、衛宮切嗣を乗り越える』と。
自分の理想を追い求める為、現実をもって理想を打破し、乗り越え、理想を乗り越えてやる。
Fate偽伝/After Fate/Again
第二章第四話『乗り越えろ』
遠坂は断固とした態度で宣言する。
「誰がこんな脅迫に屈するもんですか。イリヤは助けるし、桜は渡さない」
「しかしどうしますか。切嗣の言葉が真実とするならば、敵が居るのは柳洞寺、教会地下と、シロウの家のあった――」
最後の一つを言う事が憚られたのか、アルトリアの声は小さな物だった。
しかし、決断は下さなければならない。
「……時間が無い。最悪の策だって事は承知の上で、三手に分かれよう」
俺の言葉に、はっとして振り返る三人。
「アルトリアは桜を守りながら教会の地下に。閉塞した空間なら、最悪全てを吹き飛ばせば事は済むから。遠坂は柳洞寺に。それと偵察用の使い魔を三方に。――俺は、切嗣を倒す」
例え本物の衛宮切嗣の魂を込めた物だとしても、ホムンクルスの肉体故に人間を超えた身体機能を持つとしても、偽造されたサーヴァントゆえに令呪に縛られていようとも――イリヤを助ける為に、倒すしかない。
「待ってください」
――桜の声。
「切嗣……さんは、固有時制御を使うんですよね? 先輩じゃ…」
「勝てない。アルトリアなら負ける事は無いだろうけど、勝つ事も出来ない。それは遠坂でも、桜でも同じ事だ」
「だったら、全員で――」
「その間に、この町の人間を皆殺しにされてもか」
クライストの人形――その中に仕込まれているのが、純粋な呪いの産物であるのなら、それは破壊しなければならない。そしてそれが出来るのは、魔術を行使する者だけだ。
「だから、この場で一番可能性のある人間がやる」
「―シロウ?」
「向こうが時間を狂わせるなら、こちらも対抗するだけだ」
「固有結界? より強い結界が固有時制御を封じるとでも思ってるの?」
「そんな事は出来ないって。ただ、可能性がある、そう言う話」
そう、可能性に過ぎない。
英霊エミヤに出来たことを、衛宮士郎が出来ないはずは無いのだから。
「だから、みんな今の内に仮眠を取ってくれないか。……5時間後の夜中の1時、その時まで」
>interlude
士郎が抜け駆け――一人で戦いに行く――のではなく、土蔵に入ったのを確認して三人は離れの一室に集まっていた。
「先輩は、大丈夫でしょうか…」
「傷のことなら、今度はあの怪しげな回復力だけじゃなくて、魔術薬も併用しているから動き回る分にはもう心配ないわ」
言葉と凛の目にある微妙な光を見て、桜は冷や汗をたらす。何かの拍子に、かつて聖杯にされた時の後遺症があるなどといえば、実験動物にされるのではないかという危惧を抱いてしまったがゆえに。
「イリヤちゃん、助けたいですね」
「サクラ、それは違う。助けたいではなく、助ける。今必要なのはその決意です」
その力強い言葉に、一瞬驚きながらも桜は同意して頷き返す。
しかし桜の言いたかった事は、傷のことは無論だが、もう一つの事もだった。
「切嗣…さんは、先輩のお父さんなんですよね、どういう人だったんですか」
「私は知らないわ。父さんの居た前回の聖杯戦争については、私にも知らないことが多いし…」
「まさか、父さんを殺したのが切嗣さんということは…」
「いいえ。貴方達の父を殺した相手は言峰綺礼であり、その言峰はすでに士郎によって倒されている」
ここで言う倒す、それが殺したという意味である事に、桜は士郎とその事実を繋ぐギャップに一瞬たじろいだ。
「あいつは理想主義者の甘ちゃんだけど、大切な事は知ってるわ。そのためには真っ直ぐに進む。……真っ直ぐすぎるから、私たちが重りになってよろめかせるの。もっといろいろな事があるって、教えたいから」
「私も。あのような後悔をシロウにさせたくはありません。私は彼を守ると誓った……それは今でも、そして未来でも。死によって別たれるまで絶対です」
まるで、一生士郎と共に歩くと宣言するような言葉。
プロポーズの言葉のようだと桜に言われ、二人は赤くなってしまった。
部屋の中に落ちた沈黙に耐え切れず、凛は無理やり話を変えることにした。残る二人もそれに異論はなく、話はこれからについての事に変わっていった。
「ホラ、私たちは三月で卒業じゃない。で、桜は在校生のままだし、どうしようか」
「姉さんこそ、どうするつもりですか。この街に残る人には思えませんし、受験案内を取り寄せたようにも見えませんけど…?」
「言ってなかったっけ? 遠坂の魔術師として一人前になる為に倫敦の時計塔に行くって」
「――え?」
「大体5年くらいかかるし、表向きは美術大学に留学――って事にするから、口裏合わせといて」
「そうなのですか、リン」
「ええそうよ。アルトリアもどう? 自分の故郷がどのくらい変わったのか、その目で確かめに行くって言うのは」
変わってしまった故郷。
アーサー王の存在したというのは5世紀……およそ1500年の月日が流れている。その歳月はあまりに大きく、もはや地形くらいしか面影は無いだろう。しかし、今のブリテンがどうなっているのかを見る事は、彼女にとっても重要な事に違いない。
「興味が無い、といえば嘘になりますね」
二人がイギリスに行く。
つまり、日本で一人になってしまう……それは、マキリの家で行われた仕打ちに今もって怯える桜には恐怖だ。
其処まで考えた時、先ほどの話と矛盾する点に思い至った。
「あの姉さん、アルトリアさん、お二人は卒業と同時にイギリスに行くんですよね」
「そのつもりよ」
「ええ、今決心しました」
迷いの無い二人、その姿に一抹の不安を持ちつつ……
「じゃあ先輩はどうされるお積もりなんですか。まさか日本に置き去りにして――」
その口から自然にもれ出た言葉は、彼女にとっては希望でも在ったのだが……
なに言ってるのよ。
そう言わんばかりの態度の凛に、
「連れてくわよ、無理やり。首に縄をくくりつけてでも」
「シロウの律儀な性格を考えれば、多少の奸計を巡らせるのも効果的では? 例としては、妊娠した……など」
「それは良いわね。その気になれば、本当にしてしまえばいいんだもの」
その邪悪なまでの計略を巡らせる二人に、桜は悲鳴にも似た抗議を、聞こえているはずの無い士郎はくしゃみを持って反応した。
>interlude out
おそらくは、俺がこの家を離れる時まで続くだろう日課。それをする為に土蔵に入り、座を組む。
イメージするのは干将莫耶に次ぐ、英霊エミヤのシンボルとも言うべき剣のうちの一本、
本来はヴォルスング・サガにおいて、北欧の最高神オーディンが聖木に突き刺し、シグムンドが引き抜いた剣――後に折れ、鍛えなおされグラムとなった――と、戦いの女神の恋人ファーガス・マクロイの持つ剣・カラドボルク。この二つが後に混じり合ってアーサー王伝説の石の魔剣カリバーンの由来となった。
ならばカラドボルクとグラム、カラドボルクII…そしてカリバーンの違いは何か。
かつてアインツベルンの森で投影した時に分かった。カリバーンは、その力の強大さゆえに投影の際の負荷が大きすぎる。だからこそ英霊エミヤはそれを、より負担が少なく、かつ強い力を残したままの武器を欲したのだろう。
そして、衛宮士郎の魔術は全て
ならば、それが出来ない道理は何処にあるのか。
ガンガンと魔術回路のスイッチたる撃鉄を落とす。
突き詰める点は一つ。
カリバーンとカラドボルクIIの間にある違いを解析し、手段として再現する事。
今は思い出せないだけ、しかしあの戦いの中、英霊エミヤの精神や記憶の一部が流れ込んだ先、この俺の中にあるはずだ。
投影して比較するまでもない。
既にどちらの剣も、衛宮士郎の内部世界にある。
「―――
これは平行世界なのか。幾つも重なる同じでありながら全く異なる、カリバーンの群れ、群れ、群れ。様々な相違と類似、在り方が見えてくる。
そうか、これか。
イメージするのは、衛宮士郎が出会ってきた中で最も使い勝手がよく、少ない魔力で使用出来る、そんな都合の良い物。ならばその持ち主こそは七人のサーヴァントのうちの誰か。
そう、例えるならセイバーさえ傷つけた力を持つ――
その能力を残したまま、別の姿、別の有り方を与える。存在の骨子を、姿を、力さえも捻じ曲げる。
その為の呪文となる言葉は決まっている。
「---
―――できれば、誰も悲しまない方がいい。
自分程度の力添えで周りが幸せなら、それはこの上なく住みやすい世界だと思うのだ。
―――若い頃は向こう見ずでね。
世の非常を呪う事で、自らを育んでいた。
世界が非情ならば―――それ以上に非情になる事を武器にして、自分の理想を貫こうとしたんだよ。
―――そうだね士郎。
結果は一番大事だ。けれどそれとは別に、そうであろうとする心が―――
吹っ切れたなんて言えやしない。
けれど、イリヤを救うためにすべき覚悟は出来た。
「――士郎」
「遠坂、眠ったんじゃないのか?」
先ほどと変わらない表情の遠坂が、土蔵の入り口から顔をのぞかせていた。
その顔にあるのは戸惑いか。
「流石にね、イリヤが捕まってる時に眠れるほど強くないわよ」
ついでに疲労の蓄積している桜と、眠るべき時に眠れるアルトリアは別だといって。
「相手は…その、お父さんなんでしょ。戦えるの、本当に」
遠坂の心配は当たり前だった。
俺はとことん甘い。
イリヤを助けられればそれで良い、そう思っている自分が居る事も確かだ。
でも。
「……あの日、衛宮切嗣が死んだ時の事を憶えている。今の衛宮切嗣がもし本当に俺の知っている衛宮切嗣だとしても、大切な物は見失ったりしない。あの時、庭を見ながらオヤジと語った事は、曲げられない。俺は死ぬまで正義の味方でありつづける」
そうでありつづけようとする心。
それが重要だ。
「遠坂、二人が起きてくる前に軽い食事の用意でもしよう。みんなで食べて、出かけて、必ずみんなで戻ってくる。それが一番俺達らしい」
「――そうね」
そう言って笑ってくれる遠坂に、自分の理由はこれだけで十分、そう思えた。
今度はみんなで初詣に行こう。
俺は羽織袴で、女の子は全員振袖で。そんな決まりまで作って。
当たり前の日常にみんなで戻る、そう決意させるような話をして。そうやってみんなで家を出た。
ただそれだけの事だった。