「あ、改めてまして。…僕はクリストファ・クライスト。クリスと呼んでください」
 どんな材料を使ったのか、細切れ以下になりながら爆発し、なおかつ未だに火花や煙を上げているゴーレムを視界に入れ、分かりやすいほど冷や汗を流しながらクリストファ……クリスは気丈にも凛とエーデルフェルトさんを見ながら自己紹介をしてきた。
 アルトリアとクリスを含め、改めて紹介しなおす事になった。
「リン・トオサカよ」
「…アルトリアです」
 流石にペンドラゴンの姓は拙いのだろう、名前だけを伝える。
 アルトリアをアーサー王に結び付けて考えるような事は無いだろうが、ペンドラゴンなんてファミリーネームは俺は聞いたことは無いし、第一存在していればそれはそれで拙い。
 公式資料(さまざまな経路で作った怪しげなのに正式に機能する)には、『アルトリア・ペンドラゴン、19歳、イングランド出身』となっているが、それはそれ、これはこれ。とりあえず今をしのげればいいのだ。
「俺はシロウ・エミヤ。……いや、そんなに怯えなくって良いから」
 どうやら、あの暗殺魔術師のクライストを倒したのは『エミヤ』ということになっているらしい。確かに倒したのはオヤジだったけど……なんで知っているんだ、この少年は?
 そして最後に、この場に偶然居合わせたミスエーデルフェルトが、
「ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトよ」
 と言った。
 その彼女は俺のほうを向き直り、尋ねてきた。
「ミスタ・エミヤ。こちらは?」
「…士郎?」
 理由は分からないが、付き合いの長い俺たちなら何とか分かる程度の苛立ちを言葉に含ませる赤いあくまが其処にいた。
「えー…っと…」
 どちらを先に紹介するかで、後々問題になるような気がするが、それはそれとして放置しておける問題でもないし、混乱しているな俺、なんて事を考えながら……ああそうか、先にアルトリアにミスエーデルフェルトのことを紹介する感じ…な方が良いな、その繋がりで凛を紹介すれば、流れ的に問題ないじゃないか。
「こちら、ミスルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。仕事先の雇用主で、鉱石学科で凛の同期になるそうだ」
 ミスエーデルフェルトが優雅に一礼する。
 ……あれ、何か薄ら寒い感触がしたぞ、今?
「こちら、俺の師匠のリン・トオサカ。今言ったように、ミスエーデルフェルトとは鉱石学科で同期になります」
 よろしくと、微笑む凛。
 まただ。
 こう、虎の尾を踏んでいるような気がしてどうにもならない。
「最後にアルトリア。彼女は魔術師ではありませんが凛の助手で、俺の剣の師匠……ってなります」
 古式ながら、二人にさえできないほど気品溢れる優雅さで一礼する。
 駄目だ、何か大切な何かが壊れているような感じがする。

 ……クリストファ君が怯えている。俺なんかに比べれば遥かに優秀な魔術師なんだろうけど、物凄く怯える姿が様になっているのは……悲しいな、お互い。
 こくりとその目が縦に揺れる。目に宿る輝きは同情だ。
 あ、アイコンタクトが通じた。
「何だか……良い友達になれそうだな、俺たち」
「ええ。理由はわかりませんけど……確信できます」
 そう言って、硬い握手を交わす俺たちに向けられたのは、物凄く、醒めて冷たくて氷河期のような三対六つの瞳でした


Fate偽伝/After Fate/Again 第3章
第2話『連鎖は途切れず、日々は喧騒の中に』



 なにやら見て欲しいものがある、というクリスの言に従って、俺たちは寄宿舎のクリスの部屋に移動する事になった。確かにあの場の空気は精神的に悪く、下手をすれば命をそのものを食い尽くされそうなほど悪意に満ちたものに変化しつつあった。
 そんなわけで命の危険を感じて、仕切り直す為に部屋を移動しようと提言したら、結構あっさり通った事に拍子抜けした。

「これが『工房』か……確かにそんな雰囲気だ」
「そうね、衛宮の家とは全く違うわ」
 魔術師の工房と言うものをそれほど知っているわけではないが、少なくとも其処は他人……それも他の流派の魔術師を招いて良いものでは無いと聞いていた。凛やイリヤは衛宮邸が例外なのだ、とも言っていたし。
 凛の家だって、居間や彼女の部屋は見たが、工房は見せてもらっていない。
『士郎が遠坂の家に婿に来るなら……見せても良いわよ』
 ボソボソと小さな途切れがちの声で、顔を耳まで真っ赤に染めて俯いた凛にそう言われても……すぐ後ろで『にこやか』かつ『冷ややか』に俺たちを見つめる複数の目もあって、心を大きく動かされながらも頷くなんて出来なかった。……いや、いい提案だって思ったのは、ほんの少しだけだって。

 初めて見た他人の工房、それも人形遣いの工房は素人目にも奇妙なものだった。
 美術館にも似た、人型の展示場。
 マネキンのようなものから、人間そのものの形、美術品のように大きく美しくダイナミックにデフォルメされた形、人間とは全く異なる形、人以外の生物の形、そういったものが見たことのある材料や見たことの無い材料で作り上げられていた。
「あら、これって…」
「凛、何か気になるものでもあるのか?」
 手にしたもの、それは人間の手にしか見えないほどに精巧で精気に満ち溢れた義手だった。
 凛はそれが気になるのか、クリストファに尋ねようとして、隣に居たルヴィアの声に遮られてしまった。
「それは…アオザキの手によるものですね」
「知っているのですか、ミスエーデルフェルト。これがそうだと」
「ええ。研究資料に数点ほど所有しておりますので」
 チリチリと、空気が帯電している錯覚が起こる。
 魔力と魔力が拮抗した時に発生する、火花と同じような理屈だとは思うが、俺が感じられる範囲では魔力は発生していないんじゃ……?
 それでも!!
 こんな異世界の真っ只中でも言わなければならないと……嫌々ながらわかっているのだろう、クリスは言葉を続ける。
「いえ、見て頂きたいのはそれでは無く、こちらです」
 クリスの指し示した先にあるのは、壁にかけられたコルクボード、そこに乱雑に貼り付けられた写真。

 その中の多くには、よく似た面差しの少年と少女が楽しそうに笑っている姿が映し出されている。
 ただ、少女のほうが5年ほど成長すれば……クリスそっくりになるんじゃないだろうか。俺だけで無くアルトリア達もその事に思い至ったようだ、示し合わせたように同時にクリスを見る。
「おそらく、皆さんが思っている通りです」
 きつく縛った髪を解き、服の裾に手を居れごそごそと……あ、サラシか。
 こうして見ると、写真に移っている少女そのまま……って、クリストファって男の名前……だよな?
「男装…と言うわけでもなさそうですね、どういう事ですか」
 男装、という部分で何か微妙な感慨があるのか、アルトリアは顔を僅かにしかめて問い質そうとしていた。
 クリスは観念するかのように顔を項垂れ、悔しげに唇を噛み締めながら顔を上げた。
「…僕は確かにクリストファです。でもこの体は、妹のライラの体です」
 他人の、体だって?
 確かに…女の子にしか見えないけど。それにしたって?
「シュトラウスが倒れたのとほぼ同時に、僕は意識を失いました。そして気がついたときには、この体に封じ込められていたんです。自分の体を破壊された時の予備として、細工が施されていたんだと……今なら分かります」


 ――これが時計塔で初めて出来た友人、クリストファ・クライストとのファーストコンタクト、後にライバルとして時計塔中に勇名悪名を轟かす凛とルヴィアの邂逅だった。
 豊富な知識と経験をもつクリスは、時計塔に居る人形遣いとしては最優秀……だった。しかし今の体に魔術刻印は無く、属性も異なるらしく、悉く暴走事故を引き起こすことになるとは、この時点での俺に知りようも無かった。
 そして暴走事故、凛の魔術講座、アルトリアの稽古、ルヴィアの洋館でのバイト、時計塔での講義……ようやく慣れたと実感できた時には、既に半年が過ぎていた。


 干将莫耶に似せて造った模造刀を構え、同様に模造刀を構えたアルトリアに対峙する。この模造刀は壊れればその瞬間に霧散し、刀身が人体に触れれば強いショックを与える、怪我をせずに真剣で高度な訓練を出来るスグレモノ。購入資金は無論、自腹だ。
 彼女から放たれる身体能力強化のための魔力は、今は極限まで抑えられていた。それは俺との模擬戦闘のためだ。そして今、俺自身も魔力は切っている。今からの模擬戦は、いつもの限界に挑む高速戦闘ではない。
 相手の動きを何処まで読み取り、精密な至高を組み立てることが出来るか、その能力を作り上げる為のものなのだから。
 彼女の体が一瞬沈み込み、凛とした表情と声で宣言する。
「いきます」
 タッ…と、踏み込みの鋭さに似合わない軽い足音。
 真っ直ぐに踏み込んでくる彼女、しかし視線、肩、腕、全ての予備動作を消し、その上での疾走の如き踏み込みだった。
 もはや予知の域にある彼女の『直感』を相手に、衛宮士郎だけで勝つことはまず不可能。考えうる限りの戦闘方法を自身の内のみならず、アーチャーの記憶、そして心象世界に突き刺さる剣たちから呼び出し、自身の肉体を持って再現する。

 正確にこちらの間合いと彼女の間合い、その限界点から放たれるような鋭い剣、その動きは点、即ち『刺突』か。
 ギッ!
 最小限の動きでもたらされるその攻撃を、右の模造刀をもって盾とし、当たった瞬間の衝撃をそのまま活かして跳ね上げられた剣が刺突の体勢から横薙ぎに姿を変えている。
 ジャッ!
 防ぐ事を意識する前に動いていた左の模擬刀をもって、再び盾とする。
 互いに模擬刀故に武器の力は互角、サーヴァント戦のような武器の力にひっくり返される要素、それはここに無い。
 剣の閃きの回転が上がる。彼女の体に満ちる魔力が、ほんの僅かだけ上昇する。振るわれる剣戟の、動きの根幹である足さばきが、剣の動きを大きく左右する膂力が格段に上昇する。
 ――見える。視覚で見ているのではない、全く別の情報。彼女の、予備動作を極限まで殺した動き、それが見える。鋭さは上がる。だが、目とは違うものによって、理解しつづける。
 それは僅かなりとも彼女の剣筋を知った事による、剣筋の解析による、戦闘理論の確立の為の一歩。
 わざと隙を作る。彼女の目はそれを見逃さない。隙を作ることは未熟の証であり、打ち据えるべき失敗なのだから。
 ――騙せたか?
 針の穴を通すような精密な攻撃に、突如不規則な攻撃が加わる。
 ――騙せてない!

 組上げられた戦闘理論が根本から瓦解する。
 速度に変化が、剣筋に変化が、捌きに変化が加わり、剛の剣が柔の剣に変わる。それは西洋刀の斬る剣筋では無く、日本刀の切る剣筋。――これは藤ねえの剣筋か! アルトリアは藤ねえの剣筋から剣道の動きを学んでいたのか?! …て、今度のこれはバーサーカーの剛剣っ?!
 不規則。
 何もかもが不規則になる中、一つだけ変わらない物がある。
 アルトリアの、真摯な瞳。
 そこまでですかシロウ、これ以上先に進まないつもりですか、それとも――
 その瞳に応えなければならない、自分が自分である為に、彼女たちに相応しいだけの自分となる為に。だから、前へ進む!!
「お――お、おおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
 ギィッ!
 もとより、当たっても怪我をせず済むように造られている模造刀、それが悲鳴をあげるような力を加え弾いた事で、こちらの二本は罅だらけになる。かわりに、アルトリアの模造刀はほぼ無傷。
「シロウ、剣がそれでは――」
「最後の一手――いくよ」
 稽古は終わり、そう告げようとした彼女の声を遮る。
 彼女の目が鋭く変わる。
 構えが下段に変わる。それは防御に優れた、かつて数々のサーヴァントと戦うたびに見せた、彼女の得意とする構えの一つ。
 彼女の剣が僅かに右に在ることを理解して――なかばヤマを張り――左の剣を盾にする。だが右の剣が剣であるとは限らない。双剣は、双方が共に剣である盾であり、互いに独立して動き、それでいながら同調して動く。それを成しえなければならない。
 最小限の動きで、足を動かし……間合いを計る。
 長剣を模した模造刀を持つ分、リーチは彼女の方が圧倒的に長い。
 こちらは双剣とはいえ、罅の入った短剣に過ぎない。
 一閃。
 下段から切り上げられるそれを、左の短剣をもって逸らし、破壊され、刀身はその瞬間に固めた砂が飛び散るように消えた。
 破壊した時点で上にそのまま抜けず、急角度の変化を見せて俺の胴を断とうと剣が動きを変える。
 右の模造刀でそれを防ぐ。
 持ちこたえた時間は一瞬に満たない。彼女の剣が翻ると同時に、蛇口から出た水を叩いたように飛沫が上がり刀身は霧散する。
 それだけの時間で俺に出来たのは、何も持っていない腕を彼女の胸に向けて伸ばす事だけ。衛宮士郎の戦いは、その一点をもって完了する――本来は。だがこの模擬戦闘において一瞬に満たない時間が過ぎた時、俺は模造刀――彼女の魔力による強化のおまけつき――に吹っ飛ばされていた。
 二度、咳き込む。
 道場の端に寄りかかりながら痛む背中をさすり、両手を挙げてみせる。
「――参った」
 と。
「いえ。貴方の戦術は『投影』が基本になっています。それを考えれば、今の動きは貴方の勝利でしょう」
「え、いや、でもアルトリアが手加減してくれているからであって……」
「はい、それは勿論」
 はっきりと認められましたよ、手加減の事。
「シロウの戦闘技術そのものはアーチャーの戦闘技術を継承しています。しかしサーヴァントと互角に戦える剣技を持つアーチャーとシロウの決定的な違い、それは圧倒的に実戦経験が足りない事です。ですからシロウには、まだまだ進歩の余地は残っています」
 アーチャーに迫れたのは、その剣筋そのものを理解出来ていたからだと。戦闘中に他人の動きを理解できるほどに戦闘理論を突き詰め『心眼』を会得してみせろと、常に前に出ようとする俺を気遣ってか忠告してくれる。
「そうか、まだ『心眼』の域は遠いって事か」
「はい。ですから、明日からはもう二段階ほど動きを上げて稽古しましょう」
 そんな鬼のような台詞まで言ってくれますか、アルトリアさん。
 っと、痛む体に鞭を入れ、居住まいを直して一礼。
「それじゃあバイト行って来るから、後頼むよ。凛の手伝いもな」
「リンの事は任せて、シロウも頑張ってください」


 道場から自室に戻り、稽古着から一度スーツに着替える。
 ルヴィアの洋館でまた制服になっている執事服に着替えなければならないとはいえ、流石にシャツとジーンズで仕事先に行く勇気はもてない。何しろ彼女はあのルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトなのだから。
「それじゃ行ってくる――」
「ちょっと待って士郎、ネクタイ曲がってるわよ」
 言われ、直そうとネクタイに手を伸ばし――それより先に伸びてきた凛の手に、キュッと直される。
「うん、これで良し……あ」
 物凄く近い位置に、凛の顔がある。
 この年になって成長期に入ったのだろうか、最近は少し見下ろすようになってきてはいるが、それでもすぐ傍に凛の顔があることに緊張してしまう。
 見上げてくる凛の顔、少女時代のツインテールはやめてしまっていて、その代わりにほんのりと化粧の施された彼女の表情。自分の手が俺のネクタイを直す時のまま添えられている事に固まってしまっていて、微妙に顔が紅潮している。
 な、なんか瞳が潤んでいるような……あの、凛?
「士郎……」
 ほんの少しだけつま先立ちして、代わりにゆっくりと目を閉じる凛。
 控えめに、しかし上品なローズレッドのベージュが引かれたその唇は蠱惑的で、俺は――
「……仕事、遅れますよ?」
 ――凛に突き飛ばされました。
 わたわたとしながら、凛はアルトリアに向かって弁明を始める。
「あのね、士郎のネクタイが曲がっていたから直していただけで、何もおかしな事は」
「寄りかかり爪先立ちになり、瞳を閉じて……は、おかしな事ではないのですね」
「そ、そうだぞアルトリア。何もおかしくなんてない、な、凛!」
「そ、そうよ。だから貴方が気にすることなんて…」
 じろり。
 いつもの毅然とした少女の瞳では無く、嘘偽りを許さない騎士の瞳では無く、罪人を裁く王の如き瞳。
「シロウ、貴方は早く仕事に行って来なさい。私は凛に話がありますから」
「あ…アルトリア、ちょっと待ってよ…」
「待ちません。……シロウ、早く行きなさい」
 どうしても凛が『市場行きの荷馬車に載せられた子牛(ドナドナ)』に思えてしまう。しかし俺にはどうする事も出来ない。今のアルトリアは、セイバーだった頃の彼女に戻っている。その苛烈さは、まるで英雄王に挑む時の彼女を思い出させた。
「……アルトリア、いいからちょっと落ち着いて…」
 何とか宥めようとする凛が、いっそ哀れだった。


>interlude


 アルトリアは凛を椅子に座らせると、テーブルを挟んで反対側に自らも座る。
 そして詰め寄り、反論を許さない口調で語る。
「凛、先ほどの行為は協定違反ではないのですか」
 と。
 協定とは、衛宮士郎を巡る人間関係の中で、特に彼に恋愛感情を抱く人間たちが組んだルールの事だ。
 この地においてアドバンテージを誇る彼女らであるが、日本に残してきた二人、桜とイリヤの参戦まで、そういった行動は『抜け駆け禁止』と申し合わせていた。後々に遺恨を残さないように、という配慮である。
「違うわよ! …ただ、その……あいつのネクタイ、曲がってたから直しただけだもの……」
 真っ赤になって照れ、俯く姿。
 これが士郎であれば、それ以上の追求はしなかっただろう。けれど此処にいるのはかつて王であったアルトリア。彼女には罪人を裁く義務と責任があった。その鉄の如き意志を今一度奮い立たせ、凛に向かう。
「それならば、あの行動は一体なんだったのですか。シロウを誘うなど、明確なる協定違反です」
 彼女とて『我慢』しているのだ。なのに凛が違反しては、彼女の我慢は一体何処にぶつければいいのだろう。

 アルトリアの憤り。
 それは凛にもよく理解できるものだった。だから彼女は偽らざる内心を口にすることで彼女に誠意を見せるべきだと悟った。
「……ネクタイ直す時、士郎の胸に手が触れたの」
 訥々と、普段の彼女を知る者であれば目を疑うような表情で、しかしより彼女を知るものであれば納得してしまうような少女じみた可愛らしい表情を浮かべて、気恥ずかしさで一目でわかるほど紅潮していた。
「なんだかずっと逞しくなっていて、ドキッとして……何も分からなくなって……」
 言っているうちに、紅潮の意味合いが変わってくる。ドキリとさせられた、という言葉が少女的なものから女性的なものに変化していく。
「男の人なんだ、そう思ったの……」
 あの時触れた士郎は少年ではなく、一人の大人の男だったと告白する事によって、よりその意味合いは増していく。
「……稽古の時、私もそれを認識する事があります」
 その独白は、アルトリアにも納得できるものだ。聖杯戦争の場で初めて会ってから、もうじき二年が過ぎようとしている。
 凛とて、偶然見た校庭の姿からすでに6年は経っている。彼女もやはり、大きく成長していた。
 彼女達は、自分が成長している事を実感していた。騎士王として魔術師として殺していた感情を解き放った事で精神的に、また体がより女性らしくなっていく事で肉体的にも成長を自覚していた。
 しかしそれを理解しても、彼女らはそれを黙殺しなければならない場所にあった。それを実感していたからこそ、士郎もまた成長していたことを意図的に忘れ、もしくは意識から封印していたのだろう。それが今日に偶然、意識に上っただけの事。
 部屋に沈黙が落ちる。
 認めてしまってはこの生活を続けることの出来ない事実を、認めざるを得ない時期に来ている事を互いに理解してしまった事に。

 時は流れる。
 押し黙っているだけで、それだけでも時間の流れは続く。
 こうしていれば時間は経ち、結論の出ないまま士郎が帰ってくるだろう事は分かっているのに、結論は出せない。
「やっぱり無理があるのかな、今のこの状況」
「あります。人が人を好きになる、その感情は抑えられません。……だからこそランスロットは国に混乱を招くと知ってギネヴィアを愛したのでしょう。今の私なら、それも理解できます」
 何か大切なものを抱きしめるように。
 彼女はそう言う。
「ね、アルトリア」
「…リン?」
 彼女らしからぬ、何かにすがるような声。
「知ってる? もうすぐ時計塔の編入試験の時期だって」
「…サクラ、ですか」
「うん。イリヤもね、付き添いで来るって言うから……進展、ちょっとくらい期待しても良いかな…って」
「他力本願ですね」
「……悪い?」
「いえ、私もです。……人を愛すると言う事はとても苦しくて……それでも嬉しい事。だから私は、シロウと生きていきたいんです。その思いは、きっと何よりも大切で雄弁な、私の真実ですから」
 凛に負けず劣らず、自分の言葉で頬を染めるアルトリア。
 だから嬉しくなって、二人は微笑みあう。
「やっぱり私達、似たもの同士なのね」
「はい」
 と、本当に楽しそうに。

 そんな時、唐突にコンコンと扉を叩く音がする。
「失礼。時計塔執行部の者だが――」
 表情が変わる。
 少女の顔、女性の顔から、騎士の顔、魔術師の顔に。
 此処は時計塔の寄宿舎。一応は規則があるとはいえ魔術師の巣窟であるのだから、来訪者に対しても油断はできない。二人は互いに頷きあうと、魔力を発散させずに発動できる武器を互いに手にし、椅子から立ち上がる。
 そして、慎重にドアを開けた。


>interlude out


>T o Be Next