構えたままの盾ごと吹き飛ばされる自分を自覚して、意識は真っ白いものに塗りつぶされそうになり――耐える。そんなに難しい事じゃない。気を失う事が出来ない程度に、体中が痛みに悲鳴をあげているだけだ。
 七枚の花弁を持つ盾、それは既に七枚目の半ばまでも砕けている。
 構えていた右腕など、何故胴体についているのか不思議なほどボロボロだ。衝撃を抑えていた足は地面を削り、衝撃に押されていた体を支えていた足は、見えるはずは無いのに骨に罅が入っているのが、はっきり分かる。
 ボタボタと落ちる血。
 ――失血死の危険性。
 服の裾を絞り、強制的に血の流れをせき止める。

 その時間は、あまりに致命的な隙であるのに、ギルガメッシュの追撃は無かった。
 不審に思うことなど無かった。眼前から襲ってくる純粋すぎるほどの殺意は、むしろ膨れ上がっていく。今こそ膨らませすぎた風船が破裂するように吹き飛ぶのではないかと思うほどだ。
 英雄を英雄たらしめている宝具の一撃、それも本気で打ち出した一撃を防がれた怒り、それこそ――自らを否定されるほどの屈辱なのだから。
「生き汚い、雑種め!!」
 ギリリと噛み締められた奥歯が砕ける音がした。
 憤怒の表情は、それこそ一瞥で生物であるならどのようなものをも殺す、真性の殺意を帯びている。
「贋作者の分際で、偽物の分際でまたしてもこの我を虚仮にするつもりか、雑種めが!!」
 またしても。
 やはりこの男は、何処の世界とも知れぬ場所で、衛宮士郎と戦ったのだろう。そしてその戦いの記憶を受け継いでいる。
「貴様は王たる我の前に跪き、絶望の底で騎士王が我のモノとなる姿を見ておれば良いのだ! ああそうだ、貴様に連なる女共も全て我のモノとしてやろう! 安心して死ぬが良い、あの女どもは我が飽きるまで――」
 ガキンガキンと鋼鉄が叩きつけられるような轟音を、地響きの如く轟かせ撃鉄が落ちる。
 俺の魔術回路の撃鉄が27全て落ちた。
 そして、魔術回路のものではない撃鉄が落ち、即ち怒りから殺意にシフトする。
「黙れ」
 彼女たちを傷つける者を、貶める者を許せない。
「―む」
「黙れと言ったぞ、ギルガメッシュ。殺されなければ分からないなら殺してやるよ」
 何の油断も増長も無い。
 コイツがその下品な口を閉じなければ、この手で閉ざすだけだ。それ以外に何がある。
「たかが偽物が我を殺すだと? 愚かな」
 その顔を、嘲笑に染め、歪める。
「この世全ての王たる我に、この世全てを手にした我に、真実の英雄たる我に偽物が勝てると思うか雑種! いや道化よ!!」


Fate偽伝/After Fate/Again 第3章
第9話『複合魔術"Unlimited Blade Works - Blacksmith"』



>interlude 9-1


 ぞんっ、と偶然も必然も置き去りにして、人形は真横に飛んでいった。
 まるで弓矢のように飛んできた、豪雨の如き剣の群れに突き刺され、その一本一本が突き刺さるたびに、人形は交通事故の再現人形のように滑稽な踊りを披露していく。
 そんな馬鹿馬鹿しい破壊力の乱打、そんな事を出来るのはあのお人好しの少年だけだ。もし他に出来る者が居るのならば、それは『彼』だけ。
「まさか、これって……」
 イリヤと凛が、同時に唖然とした表情に変わる。
 理由は簡単。目の前にある、その光景に心を引きずられたからだ。
「忘れたのか? なら薄情と言わざるを得ないな」
 呆気に取られる。
 その光景は、何度も夢に見た光景。
 彼女に背を向け、人形の王に射殺すかのごとく鋭い視線を向ける男。その姿は白い髪、褐色の肌、黒い鎧、赤い外套……そんな事よりも、その姿その物が彼女の目に、心に、消える事無く焼きついている。
「人の手によって人が滅亡にさらされた時、私は現れる事を」
 共に幾つもの夜を駆けた、赤い騎士。
 愛する青年の、可能性の一つだった青年。
「アーチャー!!」
 その声に一度だけ、注意を逸らす事無く視線だけを凛に向け、赤い騎士は微笑む。
「久しぶりだな、凛、イリヤ。……と言うかなんでルヴィアまで居るのだ、この状況で…」
「―きゃっ」
 軽く頭を抱え、ルヴィアが弱り倒れている事を察すると、着ている聖骸布の外套を脱ぎ、イリヤに投げた。
「抵抗力が落ちている。それを纏って身を守れ」
「――アーチャー?」
「奴の手口は『知っている』からな」
 そう言って、凛の問いに獰猛な――夜を駆け、英霊達と渡り合った戦士の、壮絶な戦意の固まりを――笑みを返した。

「くはははは、守護者。ならば下級の英霊か。しかも、あれらと顔見知りと来た」
 ウェルシュの目がキリリと愉悦に歪む。
 突如飛び込んで来た、到底人間では有り得ない強大な力を持った亡霊が、既にこの場に弱点を持っていることに、おそらくは組みし易い相手であろう事を察した。
 その上、魔力殺しの聖骸布という最上級の概念武装を自ら投げてしまった。
 それは『向こう側』に居るクライストにも繋がっていた。飲み込まれつつある意識の中、単純な思考が彼を突き動かす。クライストはウェルシュと言う中継点をもって、いまだ残る人形を理解する。
 理解こそが、戦いにおいて最も重要な要素。
 敵の位置と、自軍の位置と戦力。相性によらず、一定以上の効果を持つ武器を選択する。
『砕けろ』
 と、まだ動ける人形の一つ、猿と犬の混ざりものに命令を下した。カエルの如く腹を膨らませ、膨らみすぎた風船が割れるように、当然の帰結として人形は内側から弾けた。鉄の塊で出来た人形はその欠片を鋭く尖らせ、
 キュボァ!
 と異様な音を上げて、あまつさえ毒煙すら撒き散らした。

 予備動作の大きさゆえか、凛は余裕を持って宝石剣を丸く振り、軌跡が光の盾を作りだす。さらに軌跡はその場に輝きを遺し、光は自ら増幅し、盾を巨大化させる。宝石の光が拡散して輝きを増すように、彼女たちを覆い隠してゆく。
「リン、それって円月殺法?!」
「…っ?! イリヤ、あんた日本で何を見ていたのよっ! それ絶対、藤村先生に汚染されてるでしょ!」
 集中が乱れそうな言葉に、凛は何とか自らを律し続け……
「そんな事よりイリヤ、ルヴィアの解毒を急いで! 今ならあいつが時間を稼いでくれる!」
「…うん!」
 地面に横たわり、ぜいぜいと荒く息を吐く彼女――しかし気品を失わない事には賞賛を送りたい――に、イリヤは僅かに手を当て、魔術行使を始める。自らの内にある、解毒の為のもの、回復の為の魔術刻印を走らせる。
「なに、を、して…いますの? わたしをおいて、にげなさい…」
「大丈夫。防御に回ればそう簡単にリンが突破される事は無いわ。私は貴方の回復に専念できる」

「ブァファファファファファファファッ!! …その行為は無意味だ。あの亡霊が何者であれ霊体である以上、人形の封じていた浄化と汚染と殺意の結晶を受けて、存在しつづけられる筈があるまい」
 元はウェルシュであったろうモノが、自らの崩壊と再生を繰り返しながら、醜悪に変化しつづける体を動かし、首を凛達に向けて、その獣のようにつき出た口をあけて犬歯だけの乱杭歯から涎を滴らせて、それでいながら流暢に人の言葉を話すその様は悪夢のようだった。
「アンタこそ理解しなさい、ウェルシュ。自分の野望程度も実現できず、挙句の果てに聖杯に泣きついた程度の人間が、真っ直ぐに駆け抜けていった本物の大馬鹿に勝てると思っているの?」
「くははははははははは!!! 莫迦め、あの呪いは霊体を汚染するもの、それを受けて――」
 ふう、とあからさまに他人に聞かせる為の大きな溜息。
 吹き荒れる魔力は物理的に空気の流れを造り、それはつむじ風となって毒煙を急激に拡散させ、その向こうにある存在の姿を確認させた。
「大馬鹿と言われて否定できない身が悲しいな」
 いつもの声。
 何の気負いも無く、ここは戦場で無いかのように、気楽に、ほんの少しだけ悲哀を込めた声。彼も自分が馬鹿であると自覚しているのかもしれない。そんな事を感じさせる。
 だがそれは、彼と敵対するものにとって恐怖以外のものではない。
 ウェルシュはヒュドラキャストを制御できずに全身からガチガチと歯を鳴らし、一歩二歩三歩と後退しつづけ、やがて無様に転ぶ。
「な――あの、至近距離で呪詛の爆発に巻き込まれて……無傷だとぉ!」
 やれやれと、目を瞑り、首を左右に振る。
「どうやら貴様は実戦慣れしていないようだな。作られた隙と、作らされた隙の差。それくらい察しろ」
 傷一つ無い七つの花弁を持つ盾を構え、赤い騎士は挑発を続ける。盾を消しては、相対するもの全てに怒りを与える『むかつくポーズ』をとり、更には『霊体である守護者に毒ガスが効くか、阿呆が』とまで侮蔑を込めて吐き捨てる。
 ……ただし、背後に居る数人(凛、イリヤ、ルヴィア)に緊張したままで。
「リン、やっぱりシロウだよ、あれ」
「きっと生前、ルヴィアに酷い目に遭わされたのね……」
 むろん推測でしかないが、彼のルヴィアを見た瞬間に目に浮かんだ恐怖と後悔。そこからすれば、限りなく真実に近い推測であろう。ただし二人が二人共に、自分が『そう』である事は除外していると思われる。
「……シロウ?」
 ぼそぼそという日本語での会話、その中に聞こえた、聞き覚えの在る名前。先ほどまで彼女が見ていたこの守護者の姿は、赤い聖骸布をその体に巻きつけていた。その姿はまるで先ほど見た士郎の姿を思わせるものだった。だがこの守護者の髪は白く、肌は褐色。
 どこか士郎に似た青年、その事実をルヴィアが知った時、彼女は一体何を思うのだろうか。

 もはや衛宮士郎ではなく英霊エミヤとなった彼は、それでも衛宮士郎に対して『哀れみ』を持たずには居られなかったのだろう。とりあえずルヴィアに正体がばれないように、後ろを絶対に振り向かないように決意する。
 かつて『正義の味方』となるための力を求め、時計塔に居る凛を尋ねた時、授業料を渡せと言われ働いた先がエーデルフェルト別邸だった。凛との関係を邪推され、ルヴィアに『シロウ、貴方はミストオサカのスパイだったのね!』と襲われた時の傷はいまだに体に刻まれている。
 そんな英霊エミヤの恐怖を、誰が責められようか。
 恐怖から逃げようと、分かりやすい敵意のほうを向き、挑みかかるように声を発した……いつものように不遜な声で。
「魔術師ウェルシュ。貴様とこの祭壇、滅ぼさせてもらうぞ」
 決定的な宣言を持って彼は詠唱を開始する。
「---I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)
 細心の注意をもって、聞こえないような小さな声で。
Unkwon to Death.Nor known to Life(ただの一度も敗走はなく、ただの一度も理解されない。)
 しかしルヴィアには、この状況にあって失笑している凛とイリヤに、不審な目を向けることしか出来ない。
「 ---unlimited blade works(その体は きっと剣で出来ていた。).」
 だが詠唱の終わりと共に現われた世界に、彼女は目を奪われた。


>interlude out


「――道化だと?」
 幾度となく夢に見た光景。
 俺とは異なる衛宮士郎は、戦いの日々の果てに英霊エミヤとなった。
 英霊エミヤの戦い、それは永遠に続くかのごとき戦い、止む事の無い戦い、終わる事の無い日々。その中で出会う人々と、彼らの持つ武器たち。見ただけで複製し、貯蔵する、衛宮士郎の魔術『固有結界』には、無限の剣が突き刺さっている。
 彼らの思いを受け継いだ、無限の剣たちが。
「確かに俺は偽物かもしれない。だが、決して道化じゃない」
 そんな事は分かりきっている。
 だけど。
 この手にあるのは、思いは、背負っているものは、全て本物だ。
「俺は魔術師だ。この俺が作り出した剣たちと共に、この全身全霊をもって守りたいものを守るために、倒すべきものを倒す為に、ここに居る」
 この体の奥、魂の中に広がる、剣達の住む大地。
「だから作り上げる」
 ただ全てを超える為に。
 自分というモノを超える為に。
「たった一つ確かなものを。守るための剣を」
 武器であるのなら、見た物を全てを複製し貯蔵する固有結界アンリミテッドブレイドワークス。
 それは見たことも無いものさえ――カラドボルクよりの派生、カラドボルクIIさえも――作り上げる。
 全く別であるはずの二振りの剣、グラムとカラドボルク。しかし二つの剣が一つの伝承に受け継がれて一本のカリバーンという剣になったように。
 この俺の中にある剣たちが、その剣たちの思いが、敵を倒し、仲間を守るために、一つになれない理由は無い。

 彼らは偽物。
 しかし皆、本物の全てを受け継ぎ、本物さえ凌駕する、言わば後継。
 ならば、彼らは思いさえも受け継ぐ。造り手の、持ち手の、担い手の、その日々の中に育まれた思いを、その身に宿し、永遠に近い時間を受け継いでいく。
 倒す為に。
 殺す為に。
 守るために。
 名をあげる為に。
 そして、担い手と共に在りたい。
 全ての剣達の思いは、衛宮士郎という持ち主を、担い手に変える。

「ギルガメッシュ……最古の神話、ギルガメッシュ叙事詩に名を残す半神半人の英雄王」
 眼前に立つその男に、最後の言葉を。
「その神話は、今日この地で潰える」
 右腕に宿った刻印。
 決意はした。
 そして今まさに、時が来た事を理解した。
「お前が真実の英雄だというのなら、俺は英雄になんてならない。ただの人間のまま、偽りの英雄とよばれるまでだ」
 右手を上げる。
 この俺の魔術を体現した『刻印』に魔力を注ぎ込む。
 全身が悲鳴をあげる。
 魔術回路が自らの消滅の危機を告げる。
 魂がすり潰されるような重圧。
 それでもなお、しなければならない事がある。ただ当たり前の命を全うする為だけに、眼前の脅威全てを断ち切る為に、衛宮士郎は『剣』となる。
 故に衛宮士郎が唱える呪文はたった一つ。

「---I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている。)


>interlude 9-2


 固有結界。
 術者の心象風景を持って現実を侵食する大禁呪。
 それは士郎のものと大きく違い、しかしその危険さは同等以上だった。
 砕かれようと、切り刻まれようと、生き残りは常に残骸を食うことで自らをより強化していく。壊れれば消える『剣』とは違う、これは『壊れる事を前提』として生み出される傀儡。本当に破壊するには、許容量以上の『力』で完全に消滅させるしか方法はない。
 蟹を基本とした甲殻類のはずが、鳥類に似た翼を手にし、徹底的に、自立行動を取る盾としての性能を追求した傀儡。魚に似ていながら、決定的に魚とは異なる、空中を水中に見立てて泳ぐ、突進力を追求した傀儡。数限りない、現実にある生物の痕跡を僅かに残すものが幾つも組み合わされ生まれた、決して有り得ない、歪みきった傀儡人形。
 それらに囲まれて、アルトリアは剣を構える。
「気を確かにしなさい、クリス!!」
 呆然としてしまったクリスを、背に守りながら、騎士の少女は守り手としての戦いを始める。
「言ったはず、そこに居るのは『ライラ』でありクリスではない」

 自らの存在を偽りであると否定されたクリス、いやライラ。自身の魂そのもの、偽る事の出来ない自分そのものが言っている。私は偽りの存在でありクライストの言っていることは真実だと。
「ならば貴方も偽りの存在ではないのですか、クライスト!」
「何をもって真実、何を持って偽りと言うのだ? 何時の時代、何処の生まれとも知れぬ剣の精霊”セイバー”よ」
 英霊の座にある『本体』から切り離されて現界する、偽りの存在。
 それが英霊。
 それが自立行動をとっていた所で所詮コピーに過ぎず、偽物でしかないのだと揶揄する。
 だが、彼女は規格外の存在だった。
「…違う。この身は英霊ではなく、ただの人。世界との契約を破棄したが故に人のまま捨て置かれた存在。私は他の誰でもなく、アルトリア。人であり、騎士であり、ただ一人の女だ。そこに一点たりとも嘘は無い」
 誇りを持って言う。
「自らの存在を偽り、ただ戦い続けただけの日々。だが誰が何を言おうとも、偽りの日々こそが私を作り上げた真実」
 女である事を隠し、男として生きるため、偽りに偽りを重ねた、嘘に塗れた日々。
 だが其処に、真実の輝きは無かったのか。
 あったはずだ。
 だからこそ彼女は、ただ一人の人間として死ぬ事を決意し、しかし有り得ない奇跡的な偶然に救われた。
「偽物が真実に辿り着けないと、誰が決めた」
 ただ真っ直ぐに、苦しみながら走る、英雄ではない、しかし英雄に相応しい強さを持つたった一人の青年。かつて偽物だった少年は自らの命を、魂を、生き様を戦いの中で鍛えつづけた。それは炎の中で剣を鍛える様、そのものだった。
「いいか、クライスト!! 例え偽物だとしても!! 其処に宿る想いが真実なら、それは真実すら凌駕する!! そして逆もまた然り! 研鑚を忘れた真実など、鍛え続ける偽者の前に駆逐されるのみ!!」
 風王結界が緩む。
 中心になるのはあくまで剣、風王結界は鞘に過ぎない。だが今に限っては鞘の方が武器としての能力が高い。暴れまわる風は乱気流の様相を呈し、全ての傀儡を地に叩き落し、地に落ちたものを重圧で潰し、残骸は欠片すら残さずに消失させる。それに従い彼女の真実の刃、聖剣がその姿を輝きと共に威光を知らしめる!!
 どれほど驚異的なものであろうとも魔術の一種、限界を超えては存在できる道理は無い。
「だからクリス、貴方も立ち上がりなさい! 自らが何者であるかを自らの手で定義するために!! 自分が自分という存在の、唯一無二の主でありつづけるために!!」

「そう、でしたね。あの時決めた事が嘘だったとしても……今の僕を作り上げたんだ」
 苦しげに、しかし前を見据える。
 迷いを内包しながら、それでも前に進む事を決意した目だ。
「僕は……いや私は……クリストファでもライラでもない、真実も偽りも関係無い、此処にいるのは私でありこの世に唯一の……『私』だ!!」
 その決意こそが呪文であったのか。
 クリス…いやライラのリュックから、最後の傀儡が飛び出した。それは蛇、狙い過たず地を這い、駆け、人形を潜り抜け、クライストに肉薄し、その牙を突き立てる天性の暗殺者の能力を再現した傀儡。
 ザリという音を立てて、蛇は牙を突き立てたまま胴体を切り飛ばされる。
「こ、これは……毒、じゃない……一体…?」
 キシャァと鳴く蛇、その牙は尋常な物ではない。
「聖遺物『ロンギヌスの槍』の欠片、尋常な魔術の産物では……無効化など出来まい!! これが私の奥の手だ!!」

 足に刺さった蛇の牙、その本質は『ロンギヌスの槍』の欠片。
 足元から立ち上るのは、侵食する感触。
 魔力回路の活性化、しかしそれは底の抜けたバケツから水が漏れ出るように魔力は抜けていく。
「ぬ、ぐ……見誤ったか……またしても!」
 神の子にさえ死を与えた聖遺物、人の身で抗えるものではない。
 勝敗は決する。
 しかし、勝利も敗北も意味を持たない。
 あるのは、終わってしまった感触だけ。
「……こうして戦っても、勝っても……何の感慨も沸かないよ。どうしてだろうね」
「それは…貴方が、これを乗り越えたからです。既にこの男を、敵としてみる必要の無いほどに」

「はははははははははははは、ハァーーーーハッハァ!」
 狂う。
 元からなのか、今狂ったのか、その区別など愚かな事で、クライストはその狂気を表面に出した。
「面白い、面白いぞ!! ならば真に私を超えてみせろ、我が一族全てに浸透した無限連鎖の呪いを解いてみせろ、この永遠の存在たる私を凌駕してみせろ、はぁっはっはっはっはっはっ」
 スッと表情が消える。
「この体の人格は消去された。虚ろなこれをどうするかはライラ君、君に任せよう。……いずれ、他の姿で会おう。君の一族以外にも幾らでも『クライスト』の資格を持つ魔術師は居るからな……クハハハハッ!!」
 プツリと、マリオネットの糸が切れる音がした。
 それは幻聴のはず、なのに現実の光景はその幻聴を再現してみせた。
 倒れ込むクリストファ。
 神殺し故に、人間には効果が不完全だったのか……生きている……生きてはいるがその顔には何も、生気も、心も、魂も……全てが抜け落ちている。
「クライストは消えた……のですか?」
「……いいえ」
 ライラは苦しげに言葉にする。
「います、きっとおそらく私の、私の一族の血の中に」


>interlude out


 衛宮士郎の最も奥深い場所、心の奥底にある世界。
I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている。)
 誰にとっても意味の無い単語の羅列。
Steel is my body,and fire is my blood.(血潮は鉄で、心は硝子)
 それはただ、言葉の主にのみ意味を有す。
I have created over a thousand blade.Unknown of loss.Nor aware of gain(幾たびの戦場を越えて不敗。ただ一度の敗走もなく、ただ一度の勝利もなし。)
 続く詠唱。
Withstood pain to create weapons.waiting for one's arrival(担い手はここに孤り。剣の丘で鉄を鍛つ)
 そこにあるのはただ、造り手の、持ち主の思いを受け、時を重ねてきた剣たち。
I have no regrets.This is the only path(ならば、わが生涯に意味は不要ず)
 彼らを呼び覚ます、自己への暗示とも言うべき呪文はここで完成する。
My whole life was"unlimited blade works"(この体は、無限の剣で出来ていた。)

 瞬間、炎が走る。
 熱くも冷たくも無い幻覚の炎は、幻覚であるが故に現実を浸食する存在として世界を覆し、染め抜いていく。それはまさに境界線。現実を全て砕き、食いつぶし、塗りつぶし――現実を侵食するのだ、幻想が。
 後に残るのはただ荒野だけ。誰かの思いが込められた、剣達だけが住む大地。ただ朝と夕、始まりと終わりの色の空が全てを照らしている。
 それと同時に現われたのは轟という、大地を震撼させる大音量。
 その音の発生源は……距離方角からして召還機。それをするのは凛たちに違いない。
「どうやらそっちの魔力供給は止まったみたいだな」
 軽口を叩いたつもりだったが、どうやら英雄王にとっても予想外だったのか。
 唐突に『王の財宝』からの宝具の射出が止まる。
「む――!」
 流石に魔力供給が止まれば無制限な使い方は出来ないのか、英雄王はその体を僅かに傾がせた。
「雑種如きが、王たるこの我に刃向かうとは……やはり根こそぎ滅ぼさねばならぬようだな!!」
 血の色の瞳が、その色を増させた。
 これが最後になる。
 それを理解して袖をめくり上げる。
 そこにあるのは『刻印』、名付けた銘は『Blacksmith』。
 衛宮士郎が固有結界を理解した事で、その欠片である『知ること/解析』『力を引き出す/強化』『意味と姿を変える/変化』『この世に現す/投影』の四要素がカタチを得た、ただそれだけの存在。
 英雄王を相手取るには、あまりにも非力。
「……今更何をするつもりだ雑種、事此処にきてただの魔術を行使するつもりか」
 宝具を生み出した所で、改造した所で、あの英雄王の攻防を突破するのは容易ではない。
 なら、この世界を生み出しても肉薄できた所で、倒せるとは限らない。
「ならその目に焼き付けろ。これが『複合魔術"Unlimited Blade Works - Blacksmith"』だ」


 刻印に魔力が通った瞬間、俺の周囲の時間が止まった。
 そんな事は有り得ない。これはただ、時間の流れが限りなく小さくなっただけだ。
 炎と風に侵食される世界にただ、俺と剣が立ち尽くす。
 彼らは叫びつづける。
『造る者よ』
『その使命を果たせ』
『造る者よ』
『我らの意思を知れ』
『知らねばならぬ』
『我らの生まれた意味を』
『知らねばならぬ』
『造り手の意味を』

 生まれるのは魔力の輝き、思いの輝き、剣達の重ねてきた年月、振るわれるたびに得、失ったものの数々、その光芒。
 右腕に作り出した宿った刻印。衛宮士郎に出来る魔術『解析、強化、投影、変化』、これらをもって衛宮士郎の世界『アンリミテッドブレイドワークス』を究極の一にする『鍛冶師(Blacksmith)』に他ならない。
 鍛冶場に火が入る。
 ふいごを通して送り込まれる魔力という風にあおられた炉が、炎を上げ全てを燃やし溶かし意味を消失させる高温の坩堝へと変化していく。
 無限の剣達の持つ意思、造り手の想い、担い手と歩んだ日々、それらが織り成す日々と言う『一抹の鋼』。
 坩堝に食われつづける鋼たちは等しく溶け合い、混ざり合い、混沌たる一を作り出す。
 坩堝より流れ出した鋼は冷え固まろうとする。
 槌を手に、全ての魔力を出し切るかのごとく振り下ろす。
 一度、二度、三度。
 27の金槌が剣目掛けてガンゴンガンゴンと、数限りない回数を振り落とし、剣製の場をその轟音で染め上げていく。
 全身全霊をもって、剣達の全てを受け継ぐ為に。
『造れ』
『汝が造る物、全て真実』
『誰が贋物と言おうとも』
『それは唯一無二、汝にとっての真実!!』

 この世界に存在する全ての剣は偽物だ。
 だがその想いまで偽物などとは誰が決めた。
 彼らは、彼らの主達と共に歩んだ日々の、刻まれた神話の後継者なのだ。
 その力はいまだ本物には及ばないだろう、しかしだからこそ追いつき、追い越す事さえあるだろう、不完全な未完成品であるからこそ、彼らは存在する意義を持ち、意味を持つ。それは価値とは別のもの。
 幾度となく振り下ろされる金槌。
 鋼はその度に光り輝き、不純物を吐き出し、自らの意思を持つかのように新しい形を作り上げていく。
 衛宮士郎が、全ての剣達と共に作り上げるたった一本だけの本物。
 ソイツはただ、この手の中にあった。
 出来上がってみれば、何の変哲も無い一本の剣。重量感のある両刃の西洋剣なのに、日本刀のような鋭さを持っていて、柄拵えは長く、片手剣なのに両手で持てるようになっている。柄に巻かれているのはあいつのコートと同じ、赤い聖骸布。
 その在り方はとことん不器用で、頑なで、真っ直ぐだ。
 そして何より、魔力で造られた偽物の鉄の塊の癖に、優しい暖かさを持っていた。



 ギルガメッシュは後退する。
 俺を、俺の右手にある物を見て、王の矜持さえギルガメッシュの後退を防ぐ事は出来ない。
「知らぬ…知らぬぞ、我はその様な宝具を知らぬ!!」
 あの英雄王が恐怖している。
 あいつにはコイツがそれほど怖いのだろうか。
「知らないのは当たり前だ。人々の想いが鍛え上げたものが宝具であるなら、これは俺の中に居る何千何万という想いが鍛え上げた、剣達の宝具」
 物言わぬはずの剣達は、ただ一度だけ、その身を大地に突き立てたまま同意するかのように刀身を煌めかせる。

「雑種が…この我を…英雄王たる、この我に恐怖を抱かせたな、雑種めがぁぁぁぁぁ!!!」
 激昂し、常軌を逸するギルガメッシュの手に現れるのはあの赤い槍、ゲイボルク。因果を覆し、どのような状況からでも敵の心臓を貫く、ケルト神話の英雄クー・フーリンの魔槍。
 だがそれは、あの赤い魔槍では有り得ない。ギルガメッシュは使い手ではなく、担い手でしかないのだから。
 ――槍が嘆いている。自らをただ道具としか扱わない男の手にあり、振るわれる事に。
「お前は……ランサーじゃない」
 カシン、と。
 この手にある剣、それは当たり前のように翻る。
 槍の刃を、剣の刃を持って跳ね返すはずだった。だが想像さえ越え、槍は真っ直ぐに穂先から柄までが二つに分かれ、存在する理由さえ切り裂かれ、サラサラと砂の如く崩れていく。
「認めぬ…認めぬぞ、このような事、あってたまるか!!」
 背後の空間に今一度『王の財宝』により、数限りない宝具が現われる。その出鱈目さに眩暈を感じた。
「我は神であり王であり英雄! この世の全てを手にした、至高の存在だ!!」
 絶叫するギルガメッシュ。
 叫びに反応してか、宝具は世界を破壊せんとばかりに襲い掛かり――

 ガン、キン、ゴウ、バキン、ガァコッ、ギィン、ジャン、ドウッ…!!

 ――この俺の世界の住人たちが切り結ぶ。俺の意思なんて関係なく、剣達は迎え撃つ。
 彼らは見届けたいのだ。
 自分たちの後継として生まれたこの剣が、担い手と共にある姿を、最強の敵と戦い、勝利する姿を見届けたいのだ。そのために邪魔をするもの全てを滅ぼす。
 全ての財宝を持つ、人類最古の王、神にして『真なる英雄』ギルガメッシュ。その『乖離剣』が振るわれる姿を。
 偽りの世界のみを持つ、ただ一人の人間にして『偽りの英雄』衛宮士郎。人と剣が鍛えた『剣』を振るう姿を。
 その戦いの全てを見届ける為だけに。



「お前が真実の英雄だというのなら、俺は英雄になんてならない。ただの人間のまま、偽りの英雄とよばれるまでだ」
 逃れる事の出来ない運命。過去から来て現在を経て未来へと繋がる、運命。運命は与えられる物でも、決まっている物でもなく、その本人の意思によって幾らでも変えられる。
 俺たち魔術師は、人とは相容れない存在なのかもしれない。人が太陽の下に生きるものならば、魔術師は夜に星と月を見て生きるものだ。逃れられない運命を、夜の住人が超えてみせる。ならばコイツに与えられる真名は、たった一つをもって他に無い。
 ――沈む月、昇る朝日を超える輝き。
「うわああああああああああ!! 雑種め、雑種め、雑種めぇぇぇぇ!!」
 開かれた門『王の財宝』より、生み出される宝具の数々。
 それはたった一つが触れただけでも、この体程度一瞬で破壊し尽くすだろう。
 こんなものは剣達が滅ぼしてくれる。
 俺がする事は『担い手』となる事、たったそれだけ。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 錯乱するかのごとく、らしからぬ咆哮が上がる。
 その手にあるのは、乖離剣エア。既に円柱は互いに異なる方向へ回転を始め、激しい気流が吹き出し始めた。世界を切り裂いた、最強の聖剣であろうと――俺に出来る事はたった一つ。
「――じゃあな、英雄王。もう二度と会わない事を祈るよ」
 頼むよ、相棒。
 そう声をかけて、俺は右腕を振り上げ、当たり前の如く振り下ろす。

「『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』――!!」
疾れ(はしれ)――『偽り無き、真実の輝き(オーヴァー・ファンタズム)』!!」


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