「『
世界を切り裂き創造した、まさに天地開闢の剣。
自らの消失を理解したギルガメッシュの言葉通り最後の一撃――その一撃は純然たる破壊の一撃――!!
「疾れ――『
偽物の世界、偽物の住人たち、偽者の英雄。
それが自らの意思、自らの力、自らの望みのために生み出した、真実『本物』の剣。それが全てを凌駕する力でないはずが…無い!!
光、熱、風、その全てを超越し、ただ純粋に『斬る』だけの力を振り下ろす。
人々の思いが宝具を作り上げたように、星々の思いが聖剣を作り上げたように、剣達に込められた思いが新たな力を想像した。思いによって鍛えられた剣、其処に何の違いがあるのか。
あまりに激しすぎる力は、ただただそのためだけに生まれた存在である事を知らしめるものだった。
一体どれほどの時間か。
もう何分も鍔迫り合いを続けている気がする。
必殺の一撃、真名により開放された宝具、そのありえない拮抗。
生み出された風の断層は、コイツにそれそのものを切り裂かれまいと固体化している。固体化したその内側で、回転する乖離剣により更に力を増していく。
互いに切り裂こうとする力は、魔力を帯びるがゆえに物理現象を超えて自らの力を際限なく増しつづけていく。
ギィ!
黄金の鎧に亀裂が入り、その欠片が風によって巻き上げられ、消失していく。
パキリ。
剣に亀裂が入り、その刀身が真っ直ぐに、二つに裂ける。
「く、はははははははは!! 我、我の勝ちだ雑種! やはり真実王者ある我に貴様如きが勝てる筈は無かったのだ!! 今こそ我を傷つけた報いを受け、此処に潰えろ!!」
キキキキキ…
剣に入った皹がますます大きくなる……だけど……けれど……俺に、俺には……これだけしか、できない!!
持ち主同士の戦いで決着がつかないのは分かっている。
だから此処で、担い手同士の戦いで終わらせるしか、勝利するしかないんだ!!
Fate偽伝/After Fate/Again
第3章
第10話『大切なものは、とても単純なもの』
>interlude 10-1
意識を失っているクリストファと桜の体を背に、ライラを脇に抱えるようにしながらアルトリアは士郎とギルガメッシュの戦いの場へと疾走していた。疲弊したライラと意識を失ったクリス……を戦いの場に連れて行くことに抵抗はあったが、それでもこの場に残す事の方が拙いと感じられたからだ。
急いでいるからとはいえ、荷物のように小脇に抱えられているのは体にかかる負担も大きい。顔色の悪いライラ…彼女の不調を見て声をかけることにした。
「ら…クリス、平気ですか」
「大丈夫、だから……今は早く、エミヤの所に……」
言い間違えた一瞬、言い直された名前。その二つが苦痛そのものであるように……彼女は顔を苦しげに歪ませる。
アルトリアにかける声は無い。
彼女は男として生きたと言っても、その本質は女性である事を凍らせただけだった。なのにクリス……いやライラは自分は自分の心を殺して作られた偽物だと苦しんでいるのだから。
また、自らの心の在処に苦しんでいた士郎とも似ていながら、決定的に異なる。
そしてこの事は、自らの心の内に秘めていなければならない。
「それ、と。……ライラ、で、いいです…」
血を吐くような、いや、命と魂をすり減らす覚悟で放つ言葉。
「アルトリア、の、言ったっ…とおり。認めるところ、から始め、てみます」
「……ええ。たった一つの勇気と決断。それを手に入れた貴方にできないことは無い」
時同じくして、解毒に成功しながらも体力を著しく奪われていたルヴィアをアーチャーの背に乗せ、凛たちも士郎の下へと急いでいた。
「ミストオサカ、シロウはまだ生きているのですか…」
風に遮られ、本来であれば聞き取れそうに無い小さな声でありながら、その声はよく通った。
「ええ。ラインは途切れてないわ。まだ、生きてる」
失う恐怖と、信頼と決意に満ちた、強い瞳。
ルヴィアは自然と美しいと思った。彼女の矜持が、誇りが敗北に繋がりかねないその思いを否定しろと叫ぶが、そんな無粋な真似はできない。その表情は魔術師としては欠点だが、女性としてはもっとも大切なものだ。
ミストオサカは、魔術師であることと女性であること、その二つを両立させている。そう思い知らされずにはいられない。
「敵わない、わね…」
「何か言ったか?」
その小さな呟きを聞き取れたのは、彼女を背負ったアーチャーのみ。
「……何でもありませんわ」
正体の分からない焦燥に、僅かに苛立つ。
「ルヴィア」
「イリヤスフィール…?」
「リンはどうせ恥ずかしがって言わないだろうから、私が代わりに言うわ」
凛はことさら、その言葉を無視する。言わなくてはならない事だろうけれど、自分の口から言うのは恥ずかしいからと。しかしそれは聞いてもやはり恥ずかしい、ということを忘れて。
「敵わないの一言で片付けるのは簡単よ。でも私たちは現実を覆す本当に強い理想を知っている。ルヴィアは現実に勝てないほど弱い人間じゃないでしょう」
ザザザと地を駆ける足音が聞こえ、警戒し、すぐにでも攻撃に入れるように態勢を整え……同時に相手が誰かを知った。
「リン!」
「アルトリア! …そっちは上手くいったみたいね!」
互いの仲間を確認し、誰一人として欠けていない――むしろ増えている――事に、それが見覚えのある誰かであることに互いに気づく。
「何故アーチャーが居るのです?!」
「あれは守護者だからよ!」
守護者の現界、それ即ち――
「――滅亡!」
「それは既に回避した! ―残るは後始末だけ、英雄王の始末だけだ。……久しぶりだなセ、いやアルトリア」
「ええ。貴方も元気そうで……このような挨拶はおかしいですかね」
「いや、時事的な挨拶だと思えば良いだろう」
いつもの如く、このような状況にあってもアーチャーには変化は無い。
それは『彼のもうひとつの可能性』である少年には無い。
そのことに思いを馳せる時間も無い。
「桜は?」
「気を失っています。原因はおそらく魔力の大幅な減少。それ以上は私にはわかりません」
「――分かった。後は私が調べるわ」
「リン、それよりも先に聞く事があるでしょ! ―アルトリア、結局それ、どうなったの」
イリヤの声は、アルトリアの腕に抱えられた少年……クリストファの体を指している。
答える資格をもつのはただ一人。ただ苦しみながら決意を口にする。
「今は……まだ待ってください。どう話せば良いのか分からないから……でも、必ず話します」
突如大所帯になったが、それで歩が緩む事は無い。
アルトリア、ライラ。
凛、イリヤ、アーチャー、ルヴィア。
彼女たちはほぼ同時にその場に着き、その光景を見た。
誰もが驚愕に口を閉ざす。
命あるものは雑草ひとつ存在しない、炎によって切り取られた小さな無限の世界、無限の剣たち。其処にあるのは破壊され残骸と成り果てた『本物』と、墓標の如くありながら悠然と立ちつづける偽りの剣群。
その中央に立つのは赤い魔術師と、黄金の騎士。
黄金の騎士の鎧は見る影も無く無残にひび割れ、その衝撃によって欠片を、自らの存在さえ吹き飛ばしていく。
赤い魔術師は、遠目にも分かるほど傷ついていた。全身から血を流し、削られた体には肉どころか骨さえ見えている。
それでも戦っていた。
命を秒単位で削られても、戦う意思を捨てない。
赤い魔術師…衛宮士郎は見たことも無い、何の装飾性も無い無骨な諸刃の剣を手に、英雄王の世界すら切り裂く力と正面から戦いつづけている。地に立つ剣たちは、自らの持ち主を、自らの後継の担い手を見つめ続けている。
それはまさに、戦場の最後を飾る『将』の戦いだった。
「綺麗」
我知らず、凛の口から零れた声。
誰もそれを気に留めない、全く同じ思いをしていたから。
「怖い」
我知らずルヴィアの口から零れた声。
誰もそれを気に留めない、全く同じ感情を持っていたから。
それでも、嫌悪は無い。
ただただ圧倒的なその姿は、ただの弱い人間だからこそ持ちえた、守るために戦う強い意志の具現だったから。
だから、彼が勝つことを祈り、恐れ、確信し、名を呼んだ。
>interlude out
「シロウ!」
轟々と渦巻くエアの創り出した断層、その風に遮られ誰の声かは分からなかった。
けれど、見えなくても分かる。
みんな、誰一人欠ける事無く勝ったんだ。
なら、俺が負けるわけにはいかない。
所々、透けてさえ見える英雄王。
その存在に必要な魔力さえも、この一撃に込められ続けている。
勝利も敗北も無い、理想を現実に変えるために存在するのが、俺にとっての道、理想、大切なもの。
ただ、手を取り合って生きていきたい。
それが、一番大切な、一番単純なものなんだ!!
だから……だから俺に力を貸してくれ!!
…ぎしり。
『――その言葉、待っていたぞ!!』
脳裏に直接叩き込まれる、物理的な力さえ伴う圧倒的な聲。
『担い手よ!』
おまえは……この剣……なのか?!
『忘れるな、汝は双剣の遣い手、此れなるは汝の為だけの剣ぞ!』
キィンッ!
剣は二つに割れる、否、変わる。
右手に片刃の長剣、左手に片刃の短剣。
長剣の柄には
「ハッ、ハハ…お前も俺と同じでデタラメだな!」
双剣の出現が、僅かな拮抗を崩す。
英雄王の一撃を防いでいた長剣はそのままに、短剣が自由になる。
「か、片割れ一本でエアを防ぐだと、大概にしろ
「さすがに俺もそう思うよ。だからこれで打ち止めだ――もう一度行くぞ――『
輝きの中で理解した。
衛宮士郎にとって一番大切なものを。
それは理想でも夢でもなく、ただ一緒に歩いてくれる人が居るという事。
大切なものはもう持っていた。
大切なものは、こんなにも単純な素晴らしい事だったんだ。
シャットアウトされていた五感――視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚――がようやく戻る。
最初に感じたのは、痛覚。
その痛みに自分を狂わせないためにもと、俺は息を吐き出す。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
全身の細胞が酸素を欲し、筋繊維は自重の保持すら投げ出そうと痛みをもって訴え、骨格はギシギシと悲鳴をあげる。
振り下ろされた剣は地面に突き刺さり、その場には変わらぬ英雄王の姿がありつづける。
く、そ……駄目、だった……のか……?
ゴトン。
乖離剣エアが、落下する。
それはもはや意味を成さない。なぜなら真っ二つに切断されていたからだ。
「……?」
ざむ…。
英雄王の足音が聞こえる。
一歩、二歩と、後ろに下がる足音。
英雄王は自分の体を、まるで左右から押し付けるように抱きしめる。
あまりに不可解なので見上げた時、そこに居る英雄王に以前の高慢勝つ傲慢なものは無かった。
「莫迦、な……この我が、雑種如き、に……」
ピリと、決定的な何かが避ける音がした。
それは、有り得ない光景が目の前で展開される合図だったのだろうか。
「…な…?」
そこに居た英雄王の頭から股間まで、一直線に赤い線が出現した。それは認識した瞬間に血流へと変化し――
ゴォゥ!!
それを中心に、光と闇が入り混じった何かが生まれたように見えた。それは錯覚だったかもしれない。かつて英雄王ギルガメッシュだったものは、まるで夢や幻が現実に食いつぶされたように溶け、吹き飛ばされ、僅かな時間の存在も許されずに世界に一気に食いつぶされた。
ここで俺、衛宮士郎の意識は十数時間の間、途切れることとなる。
>interlude 10-2
内心に渦巻く怒りと苦笑と呆れを声や表情に出さないように彼女は全力を尽くさねばならなかった。
それは隣に立つ彼女も同様だったのだろう。
宝石学科の赤と金の宝石は並び立ち、査問の名を冠した糾弾者達に向き合ってなお、平然として立ち向かった。
「では君達は、責任の所在は自分達に無いというのかね」
「はい、それは勿論」
きっぱりと、この査問会そのものが間違っていると思いたくなるほど、鮮やかに言い切った。
隙あらばお零れに預かろうと集まった有象無象が怯んでいる姿が、妙に小気味よいと二人は内心思う。ついでに言えば、衰弱して寝込んでいるのだろう、集まった魔術師も数は少なく、しかも顔色が悪い。
「ではお聞きします」
幾分挑戦的に捉えられかねないだろう声だったが、それでも礼節は整っていた。
「私に課せられた任務は、暗殺魔術師クライストの捕縛ないし殺傷。またミスエーデルフェルトに課せられたのは――」
「魔術師失踪事件の解決ですね」
「今更確認するわけでもあるまい。今問題としているのは――」
またただのお題目を繰り返すつもりなのかとうんざりし、遮る形で発言する。
「いいですか」
殊更それを強調して言葉を繋ぐ。
「アインツベルンの秘奥の一端をこの倫敦で再現、召還機を建造、
自分で言って、よく生き残れたものだと考えてしまう。
もっとも、似たような経験は以前にもあったが。
「それで……第三魔法及び”根源に至る穴”への可能性を破壊したのか!」
この状況にあって、自分たちの命も危なかったという事実を突きつけられてなお、糾弾の手を緩めようとはしない。
魔術師は根源、そして究極である魔法を追い求めるもの。
その全てに自身のみならず先祖代々の生涯を重ねてきたとはいえ、あまりにも盲目適するぎる。正直に『馬鹿』だと思える程度に。
「破壊したのは私達ではありません。それを為しえたのは『世界より召還された』守護者ですから」
「だが君は第二魔法の恩恵を受け、それで――」
破壊したのではないのか。
そう言おうとした時だった。
「何時まで査問会を長引かせているつもりだ人間」
人間でありながら神霊の域に最も近づいた亡霊、即ち『英霊』が、何の前触れも無く議長の頭を鷲掴みにしながら現れた…白い髪に褐色の肌、赤い外套を靡かせるそれは、人間が容易に太刀打ちできる相手ではない。
ただの人間であるならまだしも、ここに居るのは本質を見極めることの出来る魔術師たち。突如現れたその存在に全ての思惑が破壊されるのを感じた。説得力そのものという在り得ない事象の登場で、場の空気が唐突に変化する。
「な、何者……」
「守護者だ。もっとも……我が契約者殿がその二人を呼んでいてね、今ここで『死神』になろうか迷っているところだ」
皆殺しになってみるかい、などと物騒な言葉を吐き、しかもそれを今から実行しようと殺意を振りまけば、誰しもがその身を引く。
英霊であるのならば『宝具』を持つ。その宝具がどのような物であるかは分からずとも、それが召還機と英霊王を滅ぼしたものであるなら、この査問会の会場を、この場に居る魔術師後と滅ぼしかねない脅威である。
目的のためなら手段など選ばない魔術師も、自分たちの命、一族の悲願、その全てが一瞬で消滅させられる恐れには勝てない。だが、単純にここで退く事は……できない。
魔術師たちは、この場では使うことの許されない魔術回路の起動を果たし――
最後のスイッチに指が触れた。
「
英霊エミヤの必殺の手段の一つ。
宝具の大量投影と射出、のみならず、更には幻想の崩壊の力。広範囲に大量の破壊をばら撒く――滅亡さえ滅ぼす、彼にとって最大級の禁呪。
触れられたスイッチを押し込む、その最後の瞬間に――
「私なりの誠意を見せよう」
そう言葉を発する老人が現れた。
>interlude out
痛む体を押しつつ体を起こす。
「寝すぎた……感じがする」
グラグラする頭を抱え、冷蔵庫から牛乳を取り出し、体が欲するままに一気に飲み干す。
―プハッ!
「……で、なんでお前がここに居るんだ?」
「ウェルシュと召還機を破壊し、後は消えるだけになった時の事だ。後ろからイリヤに抱きつかれ、振りほどくわけにもいかず、どうすれば良いかと思案した時だ。俄かに不意を突かれ――契約させられてしまったのだ」
俺の投げやりな声に、いつもの口調の中に諦観を込めて『赤い奴』が溜息を吐く。
「私の対魔力は低くてな、魔力殺しの聖骸布を外套として使っているのだが……」
破裂した人形から漂う瘴気、それからイリヤ達を守るため、彼女たちに渡したそうだ。
面倒そうに言ってはいるが、それでも昔の自逆的な顔には程遠い。
「結局、切り捨てる正義は止めにしたのか」
「たった一人で召還させられる守護者には、いまだ手が届かない事が多いが……それでも、見捨てたくなかった頃を思いだしてしまってはな」
そうかたるアーチャーの顔は、どこか吹っ切って見えた。
こういう顔が出来るのなら、掃除屋と自虐的に語るような守護者の仕事も、悪くないと思えているのだろうか。
そんな事を考えていると、
「ちょっといい、士郎?」
そう前置きする、恐ろしい顔の――絶対声に出来ない――凛がいた。
彼女の眼は、無造作にテーブルの上に置かれた一振りの剣――に戻った双剣――が、赤い鞘に収められている。ただ、この赤い鞘はどうやら元はクリスのコートだったものが勝手に巻きついて固まったものらしい。
それを指差して、
「アンタ、発動させたらそれ、消えるんじゃないの?」
と、尋ねてきた。
ギルガメッシュに一撃を与えた剣『オーヴァー・ファンタズム』。
いつもなら宝具として能力を発揮すれば消えるはずなのだが……何故か今回は消えずに残っている。星に鍛えられた最強の幻想『エクスカリバー』のように、剣達に鍛えられたこの剣、もしかすると既に――
「たぶんだけど。……これ、宝具として完成してるんじゃないかと思う。どうかな?」
「……え゛?」
凛の動きが止まった。
それほど驚いたのだろうか、こんな剣一本が完成したことに。
「ふむ、ありえるかも知れんな」
アーチャーは、特に気にした様子も泣く俺から剣を取り上げると、軽く素振りをし、挙句『真名』を呼ぶが全く反応しない。
「…こいつは私を認めていない。むしろ私に触れられる事に拒絶の意を示している」
「アーチャー、貴方、剣の言葉なんて分かるの?」
「優れた剣には魂が宿る。それに認められるならば持ち主ではなく、担い手といえよう。これはまさに衛宮士郎の為だけの剣だ」
そいつは、まるでその言葉を理解していると言いたげに、柄の巻き布を揺らした。
「それでアーチャー、聞きそびれていたけど、なんであんたがルヴィアの事を知ってるの?」
ルヴィアの事まで知ってたのか、こいつは?
でも何でだ、コイツと時計塔の魔術師に接点なんて……
「もう記憶も殆ど残っていないが……おそらく、投影魔術の件で凛に会おうとしたのだろう。かすかに残っているのは『授業料払え、稼いでこいと言われ、流れ着いた先の主人が彼女だった』……というおぼろげな記憶だけ」
以前にも言ったが、衛宮士郎であった頃の記憶は曖昧なのだよ。そう告げ足して。真実――今も心に残る傷痕があること――は、口が裂けてもいえなかったんだろうな。
それに、と前置きして継げた言葉は『世界中の戦場を駆け抜けた私のパトロネスでもあったな』だ。
その言葉に凛は『あちゃあ』という表情をする。
何とか聞き取れるような小さな声で『それが無ければ戦場巡りなんて出来なかったんだから、こいつがこんな捻くれ者にならない可能性もあったんじゃない』と呟いていた。
「それと結果だけど……交霊学科副学長補佐ウェルシュの独断専行による大量虐殺を防いだ事になって私たちは無罪放免。厄介な部分は聖杯戦争においてヘラクレスを六度殺したほどの英霊『アーチャー』が守護者として召還されたことにより……で誤魔化したわ」
……まあ、こいつに全部押し付ければ全てOKという事でもないだろう。
二人同時に苦笑するあたり、裏で何かあったな、これは。
「それで、何があったんだ? 凛の事だからまだ隠している事があるだろ」
「……実は、宝石剣を使ったじゃない、それで大師父が査問会に現われて、色々と口添えをしてくれたのよ」
お節介焼きで無茶苦茶な人――正確には吸血種の親玉の死徒二十七祖の一人で、人間ではないそうだ――だが、突然現われて場を混乱させて有耶無耶にしたらしい。
凛曰く、宝石の老人は『魔法使いが直々に弟子を取るから、この場は許せ』とのたまったと。
「最優秀な魔術師でも、生きて戻ってこれるかどうかよ? もしかしたら魔法の秘奥に迫れるかもしれないけど、使い物にならなくなるかもしれないから、何処の派閥でももめちゃって」
意地悪く笑うあたり、その将来は明るいものでは無いのだろう、その弟子となるかもしれない魔術師というのは。
「それと」
急に真面目になり、凛は『オーヴァー・ファンタズム』を指差し、
「それは使わない方が良いわね。新聞とか見なかったわけじゃないでしょ?」
「いや? 今起きたばかりでまだ何も」
呆れ、溜息、踵を返してマガジンラックから新聞を取り出し、放る。一連の動作を終えた凛は目で『読め』と言っている。
一面トップに飾られているのは、数百メートルという地面が消失している事実だった。
「あのエアをぶった斬ったのよ、あの後、思い出したかのようにいきなり地面が吹き飛んだときは私達も驚いたもの」
カラー写真で大写しになっているのは、ギルガメッシュが居たと思われる場所を基点に、扇状に数百メートルにわたって大地が消失している姿だった。
瞬間的なエネルギーは日本式に換算して震度6、マグニチュード7.3。ただし震源地は地下0メートル。どうやら真っ向から唐竹割りにギルガメッシュを切り裂いた時、切っ先が地面に当たったのが悪かったようだ。
すいません、二度と使いません、こんな危険な『剣』は。
ですからみなさん、その恐ろしい顔は止めてください。
俺以外の誰にも――アーチャーにさえ――反応しないガラクタのような剣を片手に、俺は今、どういう話の流れがあったのか、長期休暇を取って冬木の街に戻る準備に追われていた。
「サクラやイリヤの帰国に合わせて、皆さんも一時帰国するのですか。…寂しくなりますね」
何とかクライストを倒せたクリス……いや、ライラ。
話を聞いて最初に思ったのは、慰める事なんか出来ない、手助けを頼まれたときに助ける事だけ。それしか出来ないって言うあたりまえの事。
なんでもここ数日、植物状態のクリストファの体を保護するためのシステムの構築やら、クライストの仕掛けを解析したりで数時間も寝ていないらしい。魔力も使いすぎて疲労は限界だろう、目の下のクマはドロドロと怨念を放っている錯覚を感じさせる。
……目が虚ろと言うか、据わりきっているので、カフェインと糖分を多く含むココアを濃い目に出す事にした。このままじゃ話も出来やしないから。
「…ありがとうございます」
ゆらりと、何か向こう側に行ってしまった感のあるクリス。
「今度会う時は、きっと私なりの答えを手にして、クリストファと一緒に皆さんの前に現せて見せますよ、ふふふははははははは……」
ぱたり。
ごつりと頭をテーブルにぶつけたまま、寝息が聞こえ出す。
テーブルの向こうでは、魔弾以外に宝石魔術の使い道が有るのではないかと談義する凛とルヴィアの姿。……まさか、とは思うが…確証も無いので触れない事にすべきだと思う。
「文献からすれば、分量に間違いは無いようですが…少々効きが強すぎたかもしれません」
「ライラのように肉体と精神に問題のある人間には、薬効がより強くあるのかもしれないわね」
会話の内容が推測を肯定しているように思う。
けど、絶対に問い掛けてはならない。
せっかく生き延びたばかりだと言うのに、これからまた死地に赴く気は無い!
「それにしても惜しいですね」
―?
「一時的なものとはいえ、皆さんが帰国なさるなんて」
「長くても…10日くらいだから、気にすることなんて無いぞルヴィア」
「いえ、日本はかなり特殊な文化形態があると聞いています。この機会に遊学でもしようかと思っていたのですが……ライラの件もありますし、今回は諦める事にしましょう」
空港で搭乗手続きをしている最中、物凄くいやな悪寒が走るのを――フルマラソンでもしているのか、この悪寒は――止められなかった。
「では、また休暇明けに」
「ああ、進展がある事を祈っておくよ」
「それと……あの、イリヤさんは、此方へは来られないのでしょうか……彼女はとても優秀な魔術師ですし、フユキの街に残る理由は無いと思うのですが……」
……そうか、そっちの感性はどうにもならなかったんだなライラ。
どうすれば良いんだ、お兄ちゃんとしての俺は?!
……イリヤは、額に汗をかいたまま明後日の方向を向きつづけている。
そして最後に、懸念を確定させる言葉を彼女は自身の口から放つ。
「シロウ、ミストオサカ、私は貴方達をあきらめたわけではありませんよ」
……冗談だと、信じたい。特にそのうっすらと染められた頬の色は演技だと思いたい。
ただ、幾つもの死線を潜り抜ける事で培ったこの感性は、彼女の言葉は99.99%真実だと確信している。
凛に至っては、自分の体を抱きしめながら後退し、壁にぶつかっていた。……いつの間に?
ルヴィアはにこりと笑って……
「私、諦めるという言葉は捨てましたから」
素敵な笑みに言葉を載せてくださいました。
そして『俺たち』は衛宮邸に向かう。
おそらく『虎が待ち受けているであろう道場』へと。