< 時の流れに >
皆が皆、テンカワとの再会に浮かれていた時。
そのテンカワの奴が、両手に女性をぶら下げた状態で一言呟いた。
ちなみに今のテンカワの現状は両手に花、のレベルなんかじゃねえ。
お花畑の王子様状態、だ。
思いっきり周囲から浮いてやがる。
・・・何時か絶対、痛い目にあわせてやるからなテンカワ!!
で、テンカワが呟いた言葉だが。
「あれ、ガイは?」
だった。
・・・ん? 待てよ?
ガイってのはヤマダの渾名だったよな?
確かヤマダの奴は・・・
「あ、まだ海の底だよヤマダ君!!」
「何!! 誰も救出してなかったのか?」
ヒカルちゃんの言葉を聞いて俺は驚く。
「それはそうでしょうね・・・この場にいないんですもの。」
イネスさんが冷静にそんな発言をする。
って!! おい、マジでヤバイぞ!!
もう内蔵バッテリーもギリギリだろうし、何より冬の海にあの壊れたエステバリスでダイブなんて!!
「艦長!! 急いで転進・・・って、何時までイチャついてやがる!!」
「は、はい〜〜〜〜!!」
俺の怒声を聞いて、テンカワを取り巻いていた女性陣が散らばる。
まったく!! これだから近頃の若い者は・・・
って、俺は今も若〜〜〜〜〜い!!
で、それから三十分後。
無事、リョーコちゃんのエステバリスは回収出来た。
・・・エステバリスはな。
あの野郎は・・・さすがに絶望的かもしれんな。
「おい、テンカワ。
コクピットを開けてみろよ。」
歪んだアサルトピットからは海水が流れでている。
・・・おいおい、本当に生きてるかあの熱血バカ?
これは女性陣を追い出しておいて正解だったな・・・
なんせ水死体は・・・外見がアレ、だからな。
「お、俺がですか?」
不意を突かれてうろたえるテンカワ。
そして、その場にいたメカニック全員が頷く。
テンカワの退路は既に断たれている。
それを悟ったテンカワは・・・
恐る恐る赤いエステバリスに近づく。
俺の背後では、既にイネスさんがスタンバイしている。
一応、生きてれば大丈夫だろう。
・・・また、あの医療室に舞い戻るのかヤマダ。
つくづく縁が深いんだな、お前って奴は。
「あ、開けますよ、ウリバタケさん!!」
悲壮な覚悟が、その声から覗える。
なんだかんだと言いながら、一番ヤマダと仲が良かったのはテンカワだからな。
・・・辛いんだろうな。
「ああ、いいぞ!!」
俺達は退却の準備に入る。
そう、もし何かあったとしても・・・テンカワならなんとかするだろう。
何も悪意があって、俺はテンカワを指定した訳じゃねえ。
テンカワを信頼してるから、嫌な役を押し付けたんだ。
・・・言ってる意味は変らね〜か。
その時、俺達が注目する中。
アサルトピットが開いた。
何と、自動的にだ!!
プシュー!!
ザバザバザバ・・・(海水が流れる音)
ピチピチ!!(流れ出た海水に混じる魚の跳ねる音)
「あれ?」
テンカワが目を丸くしながら一言・・・
「おや?」
整備班一同が呟く・・・
そして・・・
アイツが現われる。
緊急用の酸素ボンベを口に咥えて。
どうやら緊急マニュアルを覚えてはいたらしい。
このアサルトピットに備え付けの酸素ボンベを使えば、5時間は窒息死をしなくてすむ。
「ぶ、無事だったんだなガイ!!」
ヤマダの無事な姿を見て素直に喜ぶテンカワ。
「わ・・・」
「わ? 何だよヤマダ?」
青い顔で何かを呟くヤマダ・・・
そら冬の海にダイブしてたんだからな。
酸素はあっても寒さは防げんか。
「我勝ちて、冬の海へと、沈み行く・・・」
バタン・・・
「ガ、ガイ〜〜〜〜〜!!」
最後の力を振り絞り。
そんな俳句を披露しながら倒れるヤマダ。
そして、その馬鹿に急いで応急処置を施すテンカワ。
・・・殺しても死なね〜よ、その馬鹿は。
いや、一度死んだら馬鹿が治るかもしれんな。
「はいはい、アキト君後は私に任せなさい。」
「ガイを・・・お願いしますイネスさん。」
そろそろ出番だろうと・・・ヤマダを担架に乗せて運び出すイネスさん。
テンカワにそう言うと、ヤマダを連れて医療室に帰っていった。
まあ、取り敢えず今回の戦闘も全員無事で終ったな。
「あ、ウリバタケさん。
・・・ちょっと話したい事があるんですけど。」
「何だよテンカワ?」
俺の視線の先には、あの戦闘時の表情をしたテンカワがいた。
これは・・・結構大変な事になりそうだな。
そして俺はこの日から徹夜を続ける事になる。
理由は俺の目の前にある、車のエンジンみたいなモノのせいだ。
・・・面白い仕事だぜテンカワ!!
やってやるよ、この小型相転移エンジンは俺が完成させる!!
期待して待ってろよ!!
テンカワは言った。
これは俺にしか出来ない仕事だ、と。
この小型相転移エンジンは、後五年はしないと実用化されないと俺は思っていた。
しかし、テストタイプとは言えサンプルが俺の手元にある。
どう考えても、ネルガルを越える技術力を持つ会社があるとは思えない。
俺はその点をテンカワに問い質した。
「それは・・・この小型相転移エンジンの構造を解明すれば解かりますよ。」
そして俺はその挑戦を受けた。
それから、俺の興味は全てこの小型相転移エンジンに向っている。
この俺を舐めるなよ!! テンカワ!!
「・・・嘘、だろ?」
俺は自室で呆然としていた。
小型相転移エンジンの解明に詰った訳じゃない。
その逆だ。
俺にはこの相転移エンジンの構造が、手に取る様に解かる。
いや、予想がつく。
・・・俺が改造や発明をする時の癖が、所々で発見出来たからだ。
制御プログラムでさえ、俺の癖が混じっている。
これは俺が企画設計したものだ。
そう断言する事が出来る。
俺以外に、こんな癖のある設計とプログラムが出来る奴がいるとは思えねえ。
もし出来るとするのなら・・・
これは俺への挑戦状と一緒だ!!
御丁寧に俺の癖を真似してまで、こんなモノを作るなんてな!!
「俺にしか出来ない仕事、か。
確かにその通りだぜテンカワ。」
そう呟きながら、俺は作業に没頭していった。
テンカワ アキトが帰って来た。
その事を喜んでいるのは確かだ。
しかし、嫉妬の気持ちもまた僕の心の中にある。
彼と僕との違いとは何だろうか?
ユリカは・・・結局この3ヶ月の間、一度も僕を頼らなかった。
でも、もしテンカワがナデシコに乗っていれば。
やはりテンカワを頼ったのだろうか?
では、この僕の価値とは一体何だ?
ただ、ユリカの後ろに控えているだけの人形?
それとも雑用を片付けるだけの人物?
僕の存在価値とは・・・
結局、僕はテンカワ アキトに嫉妬してるだけなんだろうか。
アイツに勝てるモノが欲しい。
これだけは負けない、と言えるモノが・・・
それは・・・僕には贅沢な夢、なんだろうか?
・・・僕は何をしてるんだろう?
「ユ〜〜ゲット!! バ〜ニン!!
君らしく、誇らしく・・・」
はあ・・・
「おいジュン!! そっちの飾り付けは終ったのか?」
「はい!! もう直ぐ終りますよ!!」
ウリバタケさんにブリッジから連行された僕は。
クリスマスパーティ & テンカワ アキト復帰記念 & 新人歓迎会
の、手伝いをしていた。
・・・手伝いを断る事も出来たが。
そこで断る事が出来ないのが僕だ。
こんな性格だから僕は・・・
隣で楽しそうに歌を口ずさんでいるウリバタケさんが、無性に勘に障る。
「ユ〜〜〜ゲット!! バ〜〜〜ニン!!」
「おわ!!」
取り敢えず大声を出してストレスを発散してみた。
・・・やっぱり暗いよな、僕ってさ。
その後は順調に準備は終り。
僕は昼過ぎには解放されていた。
・・・今更ブリッジに戻ってもな。
僕は何となく食堂に向って歩いて行った。
食堂で僕は意外な人物と出会った。
昨日紹介された新しいクルーの一人、タカバ カズシさんだ。
この人は副提督の補佐なんだよな。
立場的には僕と似ている。
だからかな親近感を覚えるのは?
「こんにちわ、アオイ副長殿。」
そんな事を考えていると、向こうから僕に話し掛けきた。
「あ、ジュンでいいですよカズシ補佐官。」
「じゃあ、俺もカズシでいい。
その代り、お互いに敬語は抜きにしましょうや。」
「そうですね。
でも、これが僕の何時もの話し方ですから。」
気さくな人らしいな。
まあ、細かい事に拘る軍人が、このナデシコでやっていけるはずは無いけど。
「しかし・・・暗い顔してるなジュンさんよ。」
「そ、そうですか?」
カズシさんの台詞に動揺する。
「何か悩み事でもあるのか?
一応俺の方が年上だしな、あまり頼りにはならないけど愚痴なら聞くぞ。」
「えっ、そんな事は・・・」
カズシさんが優しい目で僕を見ていた。
確かカズシさんの年齢は30代後半。
・・・カズシさんから見れば僕なんて息子同然の年齢か。
なら、悩み事を聞いてもらうくらいいいかな?
「どうする?」
「じゃあ、ちょっとだけ・・・」
そして、僕は今までの不満をカズシさんに話した。
途中、かなり感情的になったと思うけど。
話し易かったんだ、カズシさんには。
・・・どうしてだろう?
これが人生経験の差、なのかな?
「・・・それで、自分のナデシコでの存在に疑問を持ったんです。」
「ふ〜ん、贅沢な悩みだな。」
「な、なんですって!!」
カズシさんからの返答に僕は激昂した!!
「テンカワに比べて僕は確かに頼り無いですよ!!
でも、だからってどうして僕がここまで軽んじられるんですか!!
それを贅沢な悩みだなんて!!」
「まあまあ、落ち付けよ・・・
じゃあ、アキトが何も苦労をしてないと思ってるのか?」
それは・・・
テンカワは何時も、死ぬか生きるかの境目で戦っている。
一度はパイロットとして戦場に立った僕には・・・
あのアサルトピットの空間は異質だった。
ブリッジにいて死ぬ時は、すなわち船が沈む時。
つまりクルー全員が道連れだ。
そう考えれば僕は何故か落ち着く事が出来る。
しかし、パイロットはあの孤独なアサルトピットの中で一人で・・・
「それは・・・でもテンカワには有り余る才能があるじゃ無いですか!!」
「まあ、確かにアキトは天才・・・を超えてるな。
でも、それも今はどうでも良い事だ。
アキトにはアキトの苦労がある。
いや、あり過ぎるんだよ。」
・・・そうだろうか?
もしかして女性関係の事か?
それこそいい加減にしろ!! の苦労だぞ?
「・・・まあ、その顔を見ると何を思い付いたか解かるが。
ジュンが考えている事とは違うぞ。」
「そうなんですか?」
僕は半信半疑でその言葉を聞く。
「ああ、多分アキトにはもっと大きな秘密がある。
俺達には話してくれなかったがな。
辛いぞ? 他人に打ち明けられない秘密を持つ事は。」
「・・・そんなに大層な秘密を持ってるんですかね。」
テンカワ アキト・・・
偶然ナデシコに勤務する事になったコック見習。
しかし、彼の本当の実力は料理関係などではなかった。
人知を超えた戦闘能力。
しかも、それはエステバリスだけに留まらず、対人戦闘でも群を抜いている。
一度リョーコちゃん達との合同訓練風景を見た事があるが・・・
テンカワは目隠しをした状態で、リョーコちゃん、ヒカルちゃん、イズミさんの攻撃を捌いていた。
そして一瞬の反撃で、三人を吹き飛ばした。
・・・その光景を見ていた僕には、テンカワがどんな攻撃をしたのか解からなかった。
それなりに軍学校で体術も鍛えていたのに。
そんなテンカワが抱えている秘密?
ふん、彼なら一人でも十分強いじゃないか!!
十分一人で何でもやってのけるさ。
今までがそうだったんだ、これからも大丈夫だろう。
「別に僕達が心配しなくても、テンカワなら自分でどんな危険も解決しますよ。
・・・テンカワは特別ですからね。」
「ふう、こりゃあトコトン腐ってるな・・・
いいか、アキトはこのナデシコに別に戻る必要は無かったんだぞ?」
「え!!」
「アキトの実力なら、あのまま西欧方面軍に残って士官候補になれたんだ。
そうすれば危険な前線に出る必要も無くなる。
あっちじゃ救国の英雄として、皆が尊敬してくれるしな。
なのに何故、軍から嫌われているナデシコに戻ったと思うんだ?
あのまま西欧方面軍にいれば、これ以上苦労する事は無かったのにだ。」
確かにナデシコはその特異な立場上、軍に嫌われていた。
軍の防衛線を力ずくで突破して火星に向ったり。
オモイカネの叛乱では軍に多大な被害をあたえもした。
それ以来、ナデシコは常に最前線を転戦させられてきたんだ。
では、何故僕達はこの厳しい条件の中で頑張れたのか?
それは・・・テンカワが帰って来ると約束をしたからだ。
それだけは、僕も認めている。
だけど・・・
「確かにナデシコに戻っても、良い事は無いですね。」
「そうだろ?
でもアキトは自分から進んでこのナデシコに帰って来た。
約束と・・・自分の信念を貫く為にな。」
「・・・約束、ですか。」
テンカワはナデシコを去る時に僕達に約束をした。
絶対に帰って来る、と。
彼にとってナデシコはそれ程に大切なモノなのか?
それともナデシコに乗るクルーが・・・
一つ解かった事は、テンカワが安穏よりナデシコを選んだという事だ。
例えそれが最前線を渡り歩く戦艦でも、だ。
僕に・・・それが出来るか?
ユリカがいれば出来るかもしれない。
そうか!! テンカワも僕と同じなんだ。
ただ、大切なモノ、大切な人を守る為にナデシコに帰ってきたんだ!!
「まあ、テンカワの考えは解かりませんが。
・・・今は、帰って来てくれた事を感謝しますよ。」
「そうだな、今はそれでいい。」
「でも、どうして僕にこんな事を教えたんです?」
僕のその質問に・・・
カズシさんは少し目を閉じて考え。
そしてある男性の話をしてくれた。
「そいつはな・・・アキトに嫉妬をするあまり、取り返しのつかない事をしちまった。
誰も悪く無かったかもしれん。
しかし、皆が悪かったとも言える。
アキトは自分から心を開かず。
そいつはただアキトの上っ面だけを羨望していた。」
それは・・・僕だ。
「最後に残ったのは悲しみだけだった。
何が起こったかは俺からは絶対に言えん。
いや、話す資格があるのは一人の女性だけだ。
その悲劇を繰り返す事だけはしたくない。
だからアキトは変った。
俺やシュン隊長・・・いやシュン副提督はそんなアキトを見て来た。」
カズシさんは悲しそうな表情をしている。
・・・一体、何があったのだろう?
あのテンカワが落ち込むような事。
僕には想像もつかないな。
「その男性はどうなりました?」
あのテンカワの逆鱗に触れたんだ。
多分・・・生きてはいまい。
「さあな、今は故郷に帰ってるはずだが・・・」
「え!! でも罪を犯したんでしょう?」
「・・・証拠が無いんだよ。
アキトはな、ジュンが思うより遥かに大きな敵と戦っているんだよ。」
何だよ・・・それ・・・
「アキトは今のジュンより遥かに先を見ているぞ。
甘えた事を言う暇があったら、少しでも自分を磨く事だな。
・・・でなければ、艦長は何時まで経っても気付いてくれんぞ。」
「な、何故その事を!!」
ど、どうして僕がユリカを好きな事を知ってるんだ?
「お前な〜〜・・・
ふう、まあ精進する事だな。」
そう言い残して、カズシさんは食堂を出て行った。
後には、何故皆には直ぐに解かるのに、肝心のユリカは気付いてくれないんだ?
と、悩む僕がいた。
でも、取り敢えず僕の悩みは少し軽くなった。
テンカワもまた悩みを抱える人間なんだ。
そう、僕と変りはないんだ。
だったら・・・何時か越えてみせる。
これだけはテンカワに負けない、という僕だけのモノを見付けてみせる。
そしてユリカを・・・
「さてと、取り敢えずブリッジに戻ろうかな?」